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335: 世界@名無史さん 2005/08/02(火) 22:35:08 0
宦官が本格的にローマ帝国に入ってきたのはディオクレティアヌス帝の時代。
ドミティアヌス帝やネルウァ帝は勅令で男子の去勢を禁じていたし、アレクサンデル・セウェルス帝は宦官を国政枢機に参加させなかった。
ローマ時代の宦官で悪名高いのが、コンスタンティウス帝の侍従長だったエウセビウス。
コンスタンティウスに副帝ガルスを処刑させたのもこの人物で、ユリアヌス帝の治世に今度は彼自身が処刑される。

336: 世界@名無史さん 2005/08/03(水) 07:06:13 0
酒見賢一の後宮小説で「真野」っていう名の宦官がヒゲ生えてるって書いてあったけど。
宦官てヒゲ生えるの?

337: 世界@名無史さん 2005/08/03(水) 13:09:37 0
今まで見てきた資料では、髭の生えた宦官の記述はなかった。
童 貫(どう かん、? - 1126年)は、北宋末の政治家、軍人、宦官。開封の人。去勢され男性機能を失ったはずの宦官でありながら、多くの妻妾と養子を持ち筋骨隆々とした体躯で顎鬚まで生えていたという怪人物。

348: 世界@名無史さん 2005/09/19(月) 18:31:48 0
>>336
成人後の去勢だったらヒゲはあると思う。
以前アメリカかどっかの性転換でない去勢のサイト見たけどヒゲはもちろん胸毛もあった。
顔も身体も普通のオジさんなのに股間はスッキリしてる(しかも剃毛してる)からかなりヘン。
358: 世界@名無史さん 2005/12/18(日) 02:59:18 0
古代ローマで宦官といえば、すでにユリウス・クラウディウス朝ころから宮殿の毒味役などで使用されていたよ。

359: 世界@名無史さん 2005/12/18(日) 18:52:04 0
去勢手術後の感染症に白人は弱く死亡率が高かったので、抵抗力の強い黒人のヌビア人の宦官が重宝された。

360: 世界@名無史さん 2005/12/30(金) 20:58:50 0
>>359
白人の宦官奴隷より黒人の宦官奴隷の方が身分が高かったとか聞いた。

362: 世界@名無史さん 2006/01/05(木) 03:55:58 0
クレオパトラを描いた映画などにも必ず黒人の宦官が出てくる。
その雰囲気は現代のオカマちゃんと言う感じだが、後宮では力仕事を担当していたりする。

366: 世界@名無史さん 2006/02/08(水) 21:46:33 0
古代ローマに宦官はいなかったと思う。

理由1 
古代キリスト教は、ユダヤ教のように割礼が、あったがあまりにローマ人に不評なため洗礼に変更された。
→人体の傷つけることは非常に忌み嫌っているので、ありえない。
またこれは、完全な肉体の美を賞賛するギリシャ文明の価値観を受け継ぐローマの価値観にも合致する。
刑罰としてもチンギリはなかったとおもわれる。
浮気の罪はあったが追放刑であった。

理由2 
オリエントの専制君主のように、後宮がない。皇帝時代でももちろん愛人はOKだが、後宮が無い以上、官僚として宦官が生まれる必要性がない。
宦官の役割に開放奴隷がついたことはあったが

367: 世界@名無史さん 2006/02/09(木) 12:51:26 0
>>366
日本と同じで宦官制度はなかったが、去勢奴隷はいっぱいいたよ。

368: 世界@名無史さん 2006/02/09(木) 15:09:08 0
日本と同じではないが、去勢者は大勢いた。
自宮僧も珍しくはなかったぞ。

369: 366 2006/02/10(金) 05:59:57 0
>>367 
>>368
去勢奴隷はいたんですね。
去勢奴隷 去勢者が何の目的でいたのか教えてください。

奴隷の子は、奴隷でありローマ時代特にパクスが成立してからは、奴隷はなかなか高価な財産だとされていたようなので、去勢することは経済性に反しているようにおもえるので

370: 世界@名無史さん 2006/02/10(金) 07:25:19 0
去勢奴隷は基本的には、女部屋の管理に充てるものだが、ローマ人は主に男色相手として寵愛していた。
タキトゥス程度は平易な日本語に翻訳されているので、読んでおくがよいぞ! 
373: 世界@名無史さん 2006/03/04(土) 17:54:24 0
高音の歌を歌うために去勢はあるね。

374: 世界@名無史さん 2006/03/18(土) 23:59:02 0
>>373
カストラートか
あれはローマだが古代じゃないな

375: 世界@名無史さん 2006/03/19(日) 00:07:04 0
世界史四大宦官

鄭和:東洋最大の艦隊司令官
マリク・カーフール:ハルジー朝の南インド征服者
ナルセス:東ローマ帝国第二の名将
アーガー・モハンマド・シャー:宦官でありながら王朝を建設

376: 世界@名無史さん 2006/03/19(日) 14:18:39 0
>>375
>アーガー・モハンマド・シャー:宦官でありながら王朝を建設

後継ぎにはだれがなったんだろう?

377: 世界@名無史さん 2006/03/19(日) 22:32:02 0
>>376

384: 世界@名無史さん 2006/05/10(水) 22:09:34 0
日本も宦官制度を復活させて死刑に出来ない性犯罪者を一生後宮で仕えさせるようにしたらどうだろう

385: 世界@名無史さん 2006/05/10(水) 22:28:08 0
復活って…
日本に宦官制度はなかったと思ったが

386: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 08:46:59 0
琉球王国には閹人が居たぞよ!!!

392: 世界@名無史さん 2006/06/02(金) 08:33:04 0
閹人てどゆの

395: 世界@名無史さん 2006/06/03(土) 10:30:56 0
閹人:去勢された男性・宦官
閹:慇の甲骨文字でペニスに小刀を添えたな形の文字に由来する。、

401: 世界@名無史さん 2006/06/12(月) 09:39:51 0
蒼穹の昴に詳しく書いてあるよね。
でも、刑罰の時にはそんな丁寧なことしてくれなかったんだろうなあ。
インドでは、アヘンを吸わせて朦朧とさせ、切り取った後には熱い油を注いで止血したというけど…。ショック死しそうだね。
エジプトでは切り取った後、熱い砂漠に下半身を埋めて止血したとか。
いやいや、ほんと昔に生まれなくて良かったぽ。

403: 世界@名無史さん 2006/06/25(日) 18:03:07 0
>>401
そのエジプトの話の出典(日本語は三田村だけど)がわからないんだよ。
誰か知らない?。

407: 世界@名無史さん 2006/08/21(月) 16:47:49 O
>>403
エジプトっつっても相当時代に開きがあるから…
古王国~新王国時代までは去勢は存在しない。
「砂漠」というステレオタイプな胡散臭い単語が出ているので多分眉唾もの。

413: 世界@名無史さん 2006/09/19(火) 22:00:28 0
宦官て日本には無かったのか?

417: 世界@名無史さん 2006/10/06(金) 19:22:49 0
>>413
宦官はいたけど行政機構としての宦官制度はなかった
なお宮刑はあった

418: 世界@名無史さん 2006/10/06(金) 19:27:49 0
>>417
実例は?

419: 世界@名無史さん 2006/10/07(土) 00:23:16 0
建武式目

421: 世界@名無史さん 2006/10/17(火) 19:14:59 0
>>419
記載はあるけど実際施行されたのか?

499: 世界@名無史さん 2007/08/21(火) 19:12:43 0
土御門天皇の代、1207年(承元1年)に法然の弟子である法本坊行空と安楽坊遵西が、女犯の罪で羅切の刑に処せられたとの、「皇帝紀抄(巻7)」の記録がある。

羅切(らせつ)とは、人間の男性の外部生殖器を切断すること。

日本において本来の意味である、仏教の修行での実行例として伝わっているものは少ないが、江戸時代中期の「誹風柳多留」の中の川柳に、「禅坊主、羅切してから、無一物」という作品があり、一部では行われていたことがわかる。

江戸時代の僧侶了翁道覚は、1662年(寛文2年)33歳のときに、性欲の迷いを断つために自ら小刀で羅切を行った。その後、2年ほど傷口が治癒せず苦しんだが、自分の治療用に自ら調合した薬を、「錦袋円」と名づけて売り出したところ、江戸名物になったと言われている。

また、平安時代の宇治拾遺物語巻一・第六・「中納言師時が法師の男根をあらためた事」(原文は「中納言師時法師の玉莖撿知事」)のなかに、修行のために陰茎を羅切したように見せ掛けて寺を訪れたが、偽者と見破られる「偽羅切僧」の話があり、僧侶の羅切という行為が必ずしも珍しくなかったことが推測される。

460: 世界@名無史さん 2007/03/24(土) 04:08:30 0
オスマン帝国でも、宦官・外戚・后等のハレム勢力の専横が問題になってたな。

461: 世界@名無史さん 2007/03/24(土) 05:33:51 0
外戚?
ハレムの女は皆奴隷だろう。

463: 世界@名無史さん 2007/03/31(土) 21:44:00 0
>>461
オスマン帝国では皇太子が宦官になっていたりするんだよ。

471: 世界@名無史さん 2007/04/10(火) 00:09:34 0
>>463
それはビザンチン帝国だろ?

コンスタンティノープル総主教聖イグナティオスは皇帝ミカエル一世の皇太子で、813年、ミカエル一世帝の失脚によりレオーン五世帝の命令で14歳で去勢され、宦官修道士とされた。
彼は後にサトゥロス修道院院長を経て、総主教メトディオス一世の後継総主教となる。

皇帝ロマノス一世レカペノスは、息子の内2人を去勢させている。
そのうちの1人は、正統の皇太子テオフラクトスで、彼は若年の頃父の命令で去勢され、聖職者宦官となった。
テオフラクトスは総主教ミュスティコスの執事となり、その後16歳で総主教となる。

皇帝ロマノス一世レカペノスの庶子であるバシレイオスは幼児宦官となり、後に10世紀後半の宮廷で大きな権限を振るった。

474: 世界@名無史さん 2007/04/27(金) 23:08:49 0
清代は、ほとんど宦官は、自宮でほとんどは、少年だった。
1722年江戸時代、擁正帝が「以後、17才以上の宦官は採用してはならぬ。」と命令を下した。
宦官は結婚は不能で、(世襲はありえないから)次々に自宮者を補給する。
宦官になるためには、切除したモノが必要。
切除したモノとは、男の子のいのち・・男になるのに一番大切なものを、少年で切り離して、応募する。
つい大正末頃まであった。
                
徳間文庫こー271「宦官」徳間文庫

482: 世界@名無史さん 2007/06/13(水) 09:52:46 0
ローマといえば死んだ妻の身代りに美少年を去勢して妻にした皇帝がいましたね

483: 世界@名無史さん 2007/06/13(水) 11:12:23 0
>>482
ネロだな
美少年スポルスを去勢させた話

504: 世界@名無史さん 2007/11/07(水) 21:28:24 O
アレ切られて楽しいか?
俺なら絶望して自殺しちまうよ

505: 世界@名無史さん 2007/11/07(水) 21:32:24 0
>>504
かわりに物欲と権力欲を極められる可能性もあるわけでw

507: 世界@名無史さん 2007/11/08(木) 10:59:09 O
>>505
しかし大半は単なる雑務に追われる奴隷だろ
金も権力もない上、セクロスの楽しみもないなんて…

521: 世界@名無史さん 2008/02/01(金) 22:08:52 0
>>507
君は古代世界において「食いっぱぐれない」と言うことがどれほど重大かと言うことを理解していない。

523: 世界@名無史さん 2008/03/07(金) 23:31:26 0
おしっこどうやってだすの

525: 世界@名無史さん 2008/03/09(日) 00:55:24 0
そこ重要だよな。中国の場合は男性器を荒っぽく切除した後、金属の棒を差し込んで尿道を確保して治癒を待ったそうだ。
たまに括約筋も切除してしまって、オムツがいる人もいたそうだが。

ローマは中国より外科器具が揃ってたからもっとうまくやったでしょうな。

733: 世界@名無史さん 2009/07/29(水) 19:54:00 0
井上浩一先生が、『ビザンツ 文明の継承と変容』で、宦官の制度は専制国家と親和性があるのではないかと書いていた。

牧夫が多数の羊を統禦するために去勢牡を用いるのは、専制国家における宦官の存在に対応すると。

西欧や日本に宦官が存在しなかったのは、封建制度だったから。

795: 世界@名無史さん 2010/05/17(月) 07:25:45 0
タキトゥス「年代記」にはペラドという宦官がネロの宮廷に登場してるよ。
ドミティアヌス以降の皇帝は宦官禁止令を度々出していたから、宦官の広まりはなかなか止まらなかった、と考えられている。
10年もやってるスレでこの話がまだ登場してないのは不思議。

836: 世界@名無史さん 2010/05/20(木) 22:50:31 0
宦官の風習は地中海世界の北方から伝わったものです

837: 世界@名無史さん 2010/05/20(木) 23:14:16 0
>>836
南方ですよ

838: 世界@名無史さん 2010/05/23(日) 02:00:38 0
>>837
一般的にはギリシャから伝わったと言われているがエジプトから直接持ち込まれたという説もある
クレオパトラが従者に宦官を連れてローマに来た当時はローマではまだ宦官は珍しがられたという記述もある
いずれにしても南方由来は間違いない

引用元: ・古代ローマに宦官がいたの?



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