51A6YZR094L



1: 世界@名無史さん 02/07/02 21:23
ヒマラヤ周辺の小王国について語りましょう。



「ネパール・ブータン・シッキム」は、2002年から2007年にかけてのスレです。









3: 世界@名無史さん 02/07/02 22:13
シッキムってどこらへんだろうか。
シッキム王国は、インド、シッキム地方(現シッキム州)に存在した王朝(1642年 - 1975年)。ナムゲル朝(Namgyal dynasty)とも呼ばれる。チベット仏教(ニンマ派)を信奉していた。

4: 日本@名無史さん 02/07/02 22:17
ネパールとブータンの中間。1975年にインドの保護領となる。
首都は紅茶で有名なダージリン。

10: 世界@名無史さん 02/07/02 23:46
ダージリンは遠く1839年に英領インドに割譲されてるよ。

15: シッキムの首都は 02/07/03 02:18
シッキムの首都はガントクでございます。
チベット人が支配階級の国です。
ブータンもチベット人の国です。

十七世紀に存在したチベット人の国としては、
ツァントェ王国(1642年ダライラマ政権によって併合さる)
ペリ王国(1640年ダライラマ政権によって併合さる)
ジャン・サータム王国(1674年ダライラマ政権によって併合さる)
シッキム王国(1975年インドによって併合さる)
ラダック王国(1840年カシミール王国によって併合さる)
ブータン王国
など多数ございました。
ブータンは、いまのところチベット人国家のなかで国家を全うし国連に加盟することのできた唯一の国です。

16: 世界@名無史さん 02/07/03 03:09
シッキムは下層労働者階級として入ってきたネパール人が人口の4分の3にまでなってしまい、彼らを操ったインドの圧力で併合への道を辿るしかなかった。
ブータンも南部を中心に人口の4分の1から3分の1がネパール人になっていて、前者の轍を踏まないようにブータン化教育をやっているが、それをインドから責められ苦悩しつつある。

17: 世界@名無史さん 02/07/03 07:41
昔はヒマラヤの通商路沿いの谷ごとに、国があったみたいだね。

35: 金蓮 02/07/15 14:39
中尾佐吉(植物学)の本でブータンにいったときの様子が書かれている。未だ、飛行場も道路もなかったので歩いていくしか首都にたどり着けない時代(50年もたってないと思う)だ。インドから入るには途中ジャングル地帯を通過しなければならないがその時蛭の攻撃で大変だったらしい。このジャングルが天然の要塞の役割をしてる。

こんな地理的条件なのでインドから独立を守れたのだろう。
本は岩波新書だったかな。

50: 世界@名無史さん 02/10/26 00:35
ヒマラヤ諸王国
ヒンズー教のネパール
チベット仏教紅帽派のブータン
チベット仏教「国家」シッキム

インドに呑まれたのはシッキムだけ。
インドのシッキム併合名目はシッキム国民投票後のシッキム「国民の過半数以上の希望」だった。
ブータンは国王専制体制で徐々に議会制に移行中も極力インドの影響力を排除する変わりにブータン外交ブータン安保の前提として対インド相談を実行中、名目上はブータンはインドの保護国実質は内政はインドの影響を受けない独立国である。
ネパールは外見上の立憲君主制をとっているが王族惨殺事件以来国王の内政関与が濃い。それはともかくネパール外交は中印等距離外交でブータンのインド面目維持外交とは対照的である。

51: 世界@名無史さん 02/11/06 03:03
歴代クマリのその後って詳しく知ってる人いますか?
漠然と「不幸」とか語られてないんだけど気になる…
クマリは、ネパールに住む生きた女神である。サンスクリット語で「少女」「処女」を意味する。

密教女神ヴァジラ・デーヴィー、ヒンドゥー教の女神ドゥルガーが宿り、ネパール王国の守護神である女神タレージュやアルナプルナの生まれ変わりとされており、国内から選ばれた満月生まれの仏教徒の少女が初潮を迎えるまでクマリとして役割を果たす。

54: 世界@名無史さん 02/11/07 18:19
とりあえず検索したら80才くらいで幸せに暮らしてるクマリの話が出てきた。
この人は5才で病気降板したから、クマリという自意識が強くなる前にカタギの世界に戻って適応できたのが良かったんだろうな...

56: 世界@名無史さん 02/11/23 21:11
前前クマリのラシュミラさんはよくTVに出てくるね
今は大学生

前クマリはやっぱり美少女に育ってましたがクマリ在位期間が長かっただけに、社会復帰にはかなり苦労しているようでした
ネタ元はNHK「アジア人間街道」
この他ex-クマリを扱った番組は2・3回見たな
植島啓司はだいぶクマリを調べてるようだったけどなにか著書はあるのか?
ちょっとトピずれしてきたか?
クマリの退任とその後

退任したクマリには毎月7,500ネパール・ルピーの恩給が支払われる。クマリの持っていた神秘性と関連して、「元クマリの女性は幸せになれない」あるいは「元クマリの少女と結ばれた男性は早世しやすい」といった俗説がネパールでは長い間信じられていた。1991年までの7年間ロイヤル・クマリを務めたラシュミラ・シャキャは自伝"from goddess to mortal"において、元クマリのそのような神秘性を否定している。

57: 世界@名無史さん 02/11/29 16:47
シッキムやブータンがインド独立時に他の藩王国みたいに統合されなかったのはなんで?
ハイデラバード藩王なんかは抵抗したけど併合された。ハイデラバードはシッキムなんかよりずっと強力な藩王国だったと思うのだが。

59: 世界@名無史さん 02/11/29 22:01
そりゃブータン、シッキムはインド帝国の宗主権下になかったからじゃないの?英の影響は強いけど一応独立国として認められてたと。ネパールもね。

この宗主権(suzerain)ていう用語がクセモノで解釈が難しい。ダライ・ラマ時代のチベットが独立国だったかどうか、未だにガツンと結論は出てないもんね。

インドにあった藩王国も「独立する」って突っぱねれば何とかなったかも知れないけど、これに加えてインドではかなりのド田舎でも当時は民族運動(民主化運動)が盛んだったんだよ。

小さい国の王様の中には、なんとか名目だけでも王国のままでいたかったのに、民族運動に押されて渋々インドあるいはパキスタンに参加することに同意せざるをえなかった連中もいたよ。

そういう「インド連邦に参加しよう」っていう民族運動もブータンやシッキムにはあんまりなかったのかも知れないねえ。あんまり調べてないけど、少なくともあんまり聞いたことない。

61: 世界@名無史さん 02/11/29 23:44
>>59
シッキムも最後は「インド連邦に参加しよう」運動をインドにデッチ上げられ、それが国民投票を通過し、シッキムもインドに編入させられた。

62: 59 02/11/29 23:51
インド独立時の話よ

74: 世界@名無史さん 03/01/12 20:01
ブータンはイギリスと不可侵条約を結んで植民地化を逃れた。
シッキムはその条約を結ばず、植民地化もなかった。
だが、インド独立後ブータンはイギリスと結んだ条約を盾にインドと不可侵条約を締結し独立を保った。
シッキムは条約を締結してなかったのにつけこまれて併合された。
だけど、ブータン人にとってシッキムの人、とりわけレプチャ人に対する考え方は異民族じゃなく同朋に近い。
運悪くインドに併合された同朋という考え方らしい。

76: 世界@名無史さん 03/01/25 01:02
「チベット」仏教は三国いずれの国民の一宗教として存在する。

大英帝国がシッキム外交の支配者であり、かつ清帝国がチベット外交の支配者であった時代に結ばれた「チベット」シッキム条約でインド支配者大英帝国、シナ支配者清帝国が国境とみなした「チベット」シッキム国境はそのまま中印の国境となる。
かの中印国境戦争時も「チベット」シッキム国境を中共軍は侵さなかった。

むろん、「チベット」ブータン国境も国境をめぐる対立はあっても戦争に発展しなかった。なぜかといえば相手の主張する境にインドのようにブータンは軍隊をおかずに少数の国境警備主権組織をおいたにとどまったからである。

63: 世界@名無史さん 02/12/06 18:16
インド帝国における藩王は藩王国は、英語では何というんですか?
そのままマハラジャとか、あるいはプリンスとかいうんでしょうか。

64: 世界@名無史さん 02/12/06 22:49
>>63
藩王=Prince
藩王国=Princely State

だが「藩王国」ってインドじゃなんていうんだ?

65: とてた 02/12/06 23:08
>>64
「ラジャスタン」というのを、昔きいたことがありますが…。

66: 世界@名無史さん 02/12/07 04:22
>>65
それは地名以外で?

68: とてた 02/12/07 12:46
>>66 >>67
うーん、「地名以外」だったと思うんですが…。

うろ覚えです(汗)。

69: 63 02/12/07 13:53
PrincipalityやPrincedomじゃなくてPrincely Stateなんだ。

ラジャが王でラジャスタンが藩王国?その有力な者がマハラジャってことか。

84: 世界@名無史さん 03/03/16 05:00

シッキムとアッサムには独立を達成してもらいたい。アーリア・ベンガル人に差別支配されてる現状では、見ているのが辛く悲しい。そういう意味では中国を宗主国として漢民族移民を導入してでも、モンゴロイドの版図としてモンゴロイドへの帰属を明確化しておきたい。

87: 世界@名無史さん 03/03/21 13:53
>>84
アッサム州の隣のナガランド州やミゾラム州も独立運動が盛んですよね。暴動やテロもあってかなり近年は物騒になってきたけど。
ヒマラヤ諸国とはまた事情が異なる(仏教国ではないしね)のですが、この地域はどうでしょうか。
え?スレの範疇じゃない?

90: 世界@名無史さん 03/04/02 01:37
アッサムにはかつてアホム王国が栄え、それを築いたのはタイ系の種族だったらしいね。
チベット・ビルマ系の種族もカチャリ王国を築いたそうだね。
しかし今のアッサムではモンゴロイドは少数派じゃないの?
モンゴロイドの血が混ざってる人は多いかもしれないけど。
メガラヤやトリプラもこれに近い状態なのかな?
ナガランド、マニプール、ミゾラムは今のところ「モンゴロイドの版図」かな?

91: 世界@名無史さん 03/04/02 02:39
あそこら丘陵地帯はまだモンゴロイドの領域ですな。
南どなりのバングラデシュ東部丘陵もモンゴロイド系民族ですね。

93: 世界@名無史さん 03/04/02 03:25
ブータンの東、中印国境紛争地帯はいまどうなっているのでしょう?
住民はたしかチベット系諸民族が主だったような。   

101: 世界@名無史さん 03/04/30 16:16
>>93
中部~東部はシャーチョップと呼ばれる雲南からミャンマー北部とおなじ系統のモンゴロイド系先住民族が多くすんでます。
ブータン人はチベット系と言いますが、チベット系は西部に偏在してます。
ブータン民族化政策が行われているブータンですがシャーチョップに対しては彼らの民族文化を守ればよいとされています。

103: 参考までに 03/04/30 19:37
>>35に書かれている
> インドから入るには途中ジャングル地帯を通過しなければならないがその時蛭の攻撃で大変だったらしい。このジャングルが天然の要塞の役割をしてる。

の話題ですが、ブータンの地形は南が標高300m程度で北が5~6千mの斜面になっていて、南のインドからの侵入をジャングルが防ぐ形になっていました。

んで、このジャングルを日本の農業技術者の技術指導で耕作地に変えてしまったため、農業生産は画期的に向上した反面、天然の要害がなくなり、ネパール系住民が入り込んできたことにより摩擦が発生しているということだそうです。

この技術指導をした日本人は大いに感謝され、ブータンで貴族に列せられているんだそうですが、政治と技術の関係というのは中々難しいもんですな。

126: ty270410 03/11/12 21:54
ナパール西部にマッラ王国があったというが,これを書いた本はありますか?

127: 世界@名無史さん 03/11/12 21:57
日本語では『ネパール全史』が唯一。

基本文献としてはTucciの著作。
ネパールの英文本もある。
最新学説としてはVitaliの著作を見よ。

129: ty270410 04/01/16 00:18
>>127
Vitaliはチベット西部の王国についても書いているようですね!

イブン・バトゥータによると時のデリー・スルタンがガンジスを遡って西チベットへ遠征したようですが,これも西チベット衰退の一因ではないかと,私は憶測しています.

130: 世界@名無史さん 04/01/16 01:35
チベット側の史料にも「1193年に南からホルが侵入した」と記録されています。アイバクは1193年北インドを占領し、その勢いのまま西ネパールから西チベットへ侵攻した模様。

ただしインド・テュルクの侵攻はこれだけ。

西チベットを衰退させたのは、11~12世紀に北から何度も侵入して国を荒らしたカルルク(あるいはカラハン朝)。

16世紀に復活したグゲ王国を最終的に1630年に滅ぼしたのは、隣りのラダック王国です。

104: 世界@名無史さん 03/04/30 22:39
やっぱネパールもブータンも将来的には大国に飲み込まれてしまうんでしょうか…

149: 世界@名無史さん 04/04/26 23:10
>やっぱネパールもブータンも将来的には大国に飲み込まれてしまうんでしょうか…

ネパールは、ああ見えて人口2千3百万人。イラクより多い。ヨーロッパなら、大国とまではいかないが、中国くらいにはなれる規模です。

そもそも、東アジアから南アジアにかけては、人口が多すぎるんだよな、誰がどう見ても・・・。

205: 世界@名無史さん 04/09/14 13:39:13
ブータンの王様って名君ってことになってるけど
無茶な政策で大量の難民がでてたり…
ネパールみたいなことになりそうだな

207: 世界@名無史さん 04/09/14 21:07:54
>>205
「世界最後の楽園」みたいな論調で語られることが多いけど、ブータンには言論の自由はないし(特に王室批判はタブー)、王室や政府に都合の悪い情報はなかなか伝わらない。

日本で出てる本の著者は、今枝由郎にしても西岡京治にしても王室にきわめて近い立場で語られており、ネパール系難民問題や政府非公認シャブドゥン・リンポチェの話は無視されている。

両氏の仕事は立派だし、ブータン王室・政府もなかなか努力しているとは思うが、「完璧」とか「理想の」とか美辞麗句のみで語られるのは贔屓の弾き倒し。

210: 世界@名無史さん 04/09/15 18:17:14
>>205
ネパールのブータン難民ってなんで出たの?
俺の理解では、ブータン政府が知らない間に不法入国者が一杯ブータン国内で生活をはじめて、人数増え過ぎで問題起こったから根こそぎ追放しようとしたけれど、何十年も住んでる人も居てなかなか難しい。って感じなのだが。ちがうかな。

不法入国者を追い出すって所だけを見れば無茶ではないし、何十年も住んでいた人を追い出すところだけ見れば無茶かな。
でも、国王とかの立場からすれば、何十年前であろうと勝手に入ってきて税金も払わないうえに、騒ぎばっかり起こすような奴らの面倒見たくないだろうな。

232: 世界@名無史さん 05/01/23 21:38:09 0
>>210
80年代にブータンが推進した一連の伝統文化強調政策が、原因だろうね。
ただ、それらの政策が偏狭な民族政策・愛国政策だった、とまでは言えないと思うが。
あと、シッキム滅亡の例もあって、ブータン指導者層のネパール系住民への不信感は強い。

232: 世界@名無史さん 05/01/23 21:38:09 0
>>210
80年代にブータンが推進した一連の伝統文化強調政策が、原因だろうね。
ただ、それらの政策が偏狭な民族政策・愛国政策だった、とまでは言えないと思うが。
あと、シッキム滅亡の例もあって、ブータン指導者層のネパール系住民への不信感は強い。

239: 世界@名無史さん 05/02/01 19:56:53 0
シッキムって国王がダメ人間だったから、国民選挙でインドに併合されたってホント?
誰か教えて。

243: とてた ◆0Ot7ihccMU 05/02/01 22:18:35 0
>>239
こちらを参照してください。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/syometsu/sikkim.html

247: 世界@名無史さん 05/02/01 23:19:42 0
>>243
>さて、シッキム併合の二の舞を恐れているのがブータンで、ブータンでもネパール人開拓民の移住が増えていた。
そこで1989年に民族衣装の着用を義務付ける法律を制定。この民族衣装というのは「ゴ」という江戸時代の農民の服みたいなものだが、ブータン人が住む北部の涼しい山間部ならともかく、ネパール人が多く住む南部のインド国境地帯では「暑いのにこんな服着ていられるか!」と多くのネパール人が難民となって逃げ出している。

ワロタw

253: 世界@名無史さん 05/02/02 21:06:46 0
シッキム王はどこに消えたの?

254: 世界@名無史さん 05/02/03 00:08:50 0
>>253
1982年1月29日、ニューヨークで病没。

328: 世界@名無史さん 05/02/12 13:28:51 0
へーザンスカールってチベット系の国なんか
するとチベットって中国とインドで「分割」したというのが本当の所?

334: 世界@名無史さん 05/02/12 14:48:13 0
チベット系の民族がすべて同一の国家の支配下にあったわけでもないのだから、一方が中国の、他方が英領インドの支配を受けたからといって、分割とはいえない。

340: 世界@名無史さん 05/02/12 15:09:52 0
十七世紀、ダライラマ勢力がチベットの大部分を統一した。
自立を保ったのが、ヒマラヤ沿のブータン、ラダック、シッキム、ムスタンなどの諸国。
ラダックは19世紀にシーク教国に併合され、シーク教国が英領インドに併合されたので
イギリスの支配下になった。ムスタンは十八世紀にネパールの現王朝が勃興したときに、
これに併合された。シッキム・ムスタンは自立をたもったが、シッキムは1974年に
インドに併合され、チベット系諸国のなかではブータンのみが独立を保っている。

341: 世界@名無史さん 05/02/12 15:13:54 0
ダライラマ勢力による征服を免れたラダックとかシッキム、ブータンは、日本でいうと、島津とか、加賀の国一揆が、豊臣秀吉や徳川幕府から自立をたもったまま、国際社会から別国家扱いをうけちゃった状態に近い。

343: 世界@名無史さん 05/02/12 15:16:35 0
> 国際社会から別国家扱いをうけちゃった

ラダック、シッキム、ブータンは「実際に」別国家だったんだから当たり前でしょうが

352: 世界@名無史さん 05/02/12 16:48:01 0
>>343
当たり前でもない。
グゲ王国、デルゲ王国、ムリ仏教首長国なんて、ヒマラヤの南斜面にあれば、国連加盟国にもなれそうな歴史の長さと、ブータン、ラダック並の行政機構を持っていたのに、いまや跡形もない。

引用元: ・ネパール・ブータン・シッキム



東ヒマラヤ山麓を訪ねて―シッキム・ダージリン・カリンポンの生活と文化
山下 幸一 雨宮 智子
朱鷺書房
売り上げランキング: 610,577