41kPg4DXc+L



1: 日本@名無史さん 02/06/02 07:27
古墳時代の豪族達、奈良時代、平安時代の貴族、役人達はくつを履いていた。しかし武士はクツをはかなかった。武士の世になり、クツを履く人口はますます少なくなった。江戸時代、クツを履いていたのは、京のお公家さん数百人くらいだと思われる。奈良時代なら、貴族、官人と地方役人で、少なくとも2-3万人の日本人はクツを履いていたはず。
坂上田村麻呂の軍隊だってみんなクツを履いていたかもしれない。官軍だから。
しかし秀吉の朝鮮出兵軍はみんなわらじだった。そりゃ、みっともないって。朝鮮軍や明軍にバカにされるわ。
そりゃ、寒いって、氷点下20度のところでわらじじゃあ。

なぜ、時代がさかのぼるにつれ日本に限ってクツをはかなくなったのか。どう考えたって、ぞうりやわらじよりクツのほうがいいじゃん。
この疑問に答えられる人募集!








570: 日本@名無史さん 2006/04/13(木) 06:18:45
オレの死んだばーちゃんが、よく草鞋作ってたよ
じーちゃんが趣味で、鮎の友釣りとか行くとき、地下足袋に草鞋をはいてた。
そうすると、ゴム底の靴とかより、グリップが効いて川苔のはえた岩とかでも滑らなかったそうです。

そのばーちゃんが、草鞋つくるのにおよそ20分もあれば一足出来上がってたから、昔の慣れた人なら短時間で、作れたんだね。

だから、痛むと修理の大変な靴より、消耗してもすぐ替わりを調達(作成)できる草鞋のほうが日本の気候風土に合ってて、靴が廃れたんだと思う。

581: 日本@名無史さん 2006/07/14(金) 12:54:59
>>1
きまってるじゃん。夏にこんなクソ暑くなっておまけに湿気でびちょーとなる国で、通気性の無いクツなんてはいてた日にゃ思いっきり水虫になっちまうだろ!

585: 日本@名無史さん 2006/07/14(金) 19:26:41
日本語には古語からクツという単語があるが、これは革靴でなく木靴ではないか?
またはシナ式の布製のものだろうか。木靴ならスリッパのようなもので走るには適していなかっただろう。

586: 日本@名無史さん 2006/07/14(金) 20:48:14
日本の様な湿地帯では、クツは水虫の元、石の上は苔が生えてすべる
海草が生えた岩の上は危険な様に、船の上でもすべる
わらと下駄が一番便利

589: 日本@名無史さん 2006/07/23(日) 09:50:01
江戸末期に書かれた守貞謾稿には沓(革製)として足袋沓・綱貫沓・朝鮮沓があり、底の踵を補強してあって朝鮮沓のみ前も補強。

常用していたのは下賤民とか、足袋・朝鮮沓は1分2朱(1両6万と考えたら2万3千円)、かなり高価だし耐久性に難があったとか、1年程度しか使えなかったらしい。
綱貫は2朱、8千円くらいだろう。

当時の草鞋は10~36文程度で、1文20円計算すると200-720円。
海軍操連所の講習生の中には洋靴を履いていたのもいたらしい。

591: 日本@名無史さん 2006/08/09(水) 22:46:15
ワラジは、2足セットを3文で売っていた。
タダみたいに安いものの例えで、「にそくさんもん」という訳だな。

599: 日本@名無史さん 2006/11/03(金) 20:29:47
牧畜をしてなかったから、靴の材料になる革が豊富に供給されなかったからでしょ

600: 日本@名無史さん 2006/11/03(金) 20:53:41
そういや日清戦争でも陸軍の兵卒たちはみんな草鞋だったな。戦術や武器が近代化しても兵隊の足元はそのままだったんだな

601: 日本@名無史さん 2006/11/06(月) 07:58:37
田んぼやってる限り、靴はだめだよなあ。

602: 日本@名無史さん 2006/11/06(月) 09:33:40
田んぼでは田下駄というものを履いていたそうだが。

下駄は一種の木靴と言えないか。

605: 日本@名無史さん 2006/11/06(月) 19:17:07
日本は湿気が高いので沓では水虫にかかりやすいからだろう。

606: 日本@名無史さん 2006/11/14(火) 23:31:44
日本は古来から湿気が多かったのでしょうか?
日本でも北の方に棲むなら木靴でも良さそうだが・・・

608: 日本@名無史さん 2006/11/18(土) 22:37:34
普段は草鞋やぞうりで寒い時は靴をはいてたんだよ。
俺もそうしてる。

635: 日本@名無史さん 2007/09/06(木) 19:20:50
>>1
坂上田村麻呂は靴履いて戦に行かなかっただろ。
貴族が履く足先が反った靴では馬にも乗れない。
貴族の女性が寺社を参拝する女房装束も、足は草履だった。
靴はあくまでも宮中への出仕のためのもの。
田村麻呂も、平時には靴を履いて参内しただろうが。

648: 日本@名無史さん 2007/09/27(木) 21:55:18
草履って、快適そうな履物だよね。草履で通勤したい。女は、草履みたいなものはいて通勤しているのにね。

655: 日本@名無史さん 2007/10/05(金) 20:50:27
>>648
今年の夏に「親子で草鞋を作ろうの会」みたいのにチビと参加して本格的な草鞋を作ったので、試しに履いて歩いてみたけど、ありゃだめだ。
底が柔らかいから、体重が足の裏全体に分散しないで、親指の付け根の肉球部分と土踏まずに異常に負担が掛かる。一方で踵(かかと)は、ほとんど使わない。つま先で歩いているような感覚だ。2kmでギブアップ。
現代人が草鞋で生活しようと思ったら、相当な訓練が必要だと思う。
ただ草鞋で生活していたら、偏平足は間違いなく根絶されるだろうね。

ちなみに俺の親父の子供の時は草鞋だったそうだ。戦後間もない頃で、裸足の子もいたそうだから、草鞋履きには全く抵抗無かったそうだが、雨の日は草鞋が重くなって辛かった、と言っていた。

673: 日本@名無史さん 2007/12/05(水) 17:41:39
>>655
草鞋も結構きつい履物なんだね。
地下足袋も、足裏で踏ん張らないと下り坂で爪を傷めると言うし。
昔の日本人ってつよいね

674: 日本@名無史さん 2008/01/11(金) 23:17:24
>>673
単に歩き方が違うんじゃないか?
あと、アスファルトと土じゃ大分感触違うし。

649: 日本@名無史さん 2007/09/27(木) 22:33:13
生活の基本に稲作があり、田んぼに足突っ込むのに靴なんて履くわけないどろ。
豪族だって武士だって田んぼ用の土地持ってなんぼ。靴なんぞ蹴鞠やる公家だけ履いてろ。

653: 日本@名無史さん 2007/10/03(水) 21:37:17
革靴の材料になる皮革って食用になった牛の革を利用するのが一般的だそうだから過去の日本において動物の革を利用した靴が定着しなかったのは肉食が一般的でなかったという理由もあるんじゃないかな。

656: 日本@名無史さん 2007/10/05(金) 22:11:18
>>653
死んだ家畜の皮肺でもいいじゃん

657: 日本@名無史さん 2007/10/05(金) 23:10:18
>>656
絶対量が足りないだろ。それじゃあ。

658: 日本@名無史さん 2007/10/06(土) 12:01:31
>>657
日本で作られる皮革製品は、ほとんど武具優先だったからなぁ
平安時代までは、烏皮履みたいな靴が結構普通にあったようだが
鎌倉以降、乳用牛も居なくなったからだろうな

654: 日本@名無史さん 2007/10/04(木) 00:24:25
実物見たことないけど、東北では、地下足袋が普及する以前は、藁で作った「田靴」を履いて、水田に入っていたそうな。

660: 日本@名無史さん 2007/10/06(土) 13:14:51
靴つくるのと草鞋編むのでは靴作る方が簡単な気がするんだが

661: 日本@名無史さん 2007/10/06(土) 16:02:37
>>660
コストの問題だろ

666: 日本@名無史さん 2007/10/13(土) 20:36:30
草履もそうだが下駄もそうとうヘンテコな代物だよな
なんつーか発想が著しくズレてる。
だがそういう民族が日本刀とか作るからわからんもんだ

668: 日本@名無史さん 2007/10/16(火) 12:39:21
マゲもなぜあんなもんが全国に広がったのか…
絶対最初の頃は武士間でも笑われてたぜ
多分有力者がするようになって文句がいえなくなったんだろうな

669: 日本@名無史さん 2007/10/16(火) 15:18:33
戦国時代にマゲが発達した理由として、前髪を剃っておくと兜を被ったときに
のぼせにくくなるためと、聞いたことがあるのだが、実際のところ、どうなの。

676: 日本@名無史さん 2008/03/29(土) 21:26:46
>>669
公家の剃り上げ方と武家の剃り上げ方はかなり異なる。
武家が後頭部のほうまで一直線に刈上げるのは兜をかぶって蒸れないため。
逆にすけすけ烏帽子の公家は頭の頂上が蒸れないのでそんな刈上げ型はしない。
野武士や足軽みたいに急に借り出された兜をかぶらないような戦闘要員もそのような刈上げ方はしていない。

679: 日本@名無史さん 2008/03/31(月) 00:34:11
庶民が日常履くのが下駄だったのは、戦後しばらく続いた。
特にこどもや学生。

684: 日本@名無史さん 2008/08/30(土) 18:03:18
幕末の官軍隊に山国隊ってのがあって隊長の靴が羨ましくって無断拝借し、処罰された兵隊がいた。

雨に濡れると草蛙は直ぐにグズグスとなって脱落する、様するにビンボーだったんで靴が手に入らなかったってのが結論だ。

685: 日本@名無史さん 2008/09/12(金) 00:32:25
炎立つが全編DVD化されたので見いている。
やっぱむちゃくちゃ面白い大河だよ。大河の最高傑作だ。

平安中期から後期にかけてだが、やはりみんなクツ履いてるな。
源頼義、源義家、藤原経清、藤原清衡、安部一族、清原一族
俘囚も上級武士もみんなクツだな。下人はワラジだけど。
これが武士の世となると、みんなワラジになっちまうから不思議だ。

頼義も義家も国府多賀城で椅子にふんぞり返って、クツはいてる。
日本的というより、ずいぶんと大陸的だわな。

686: 日本@名無史さん 2008/09/12(金) 00:47:32
もちろん前九年の合戦も、後三年の合戦でも鎧兜を来て皮靴履いてるのね。
この時代って、神主のはく木製のポックリ靴じゃなくて本当に皮靴みたいだね。どちらかというとブーツみたいなやつね。

雲と風と虹との大河ドラマも平将門の話だけど、みんなブーツみたいな皮靴はいてたなあ。940年ころだね。前九、後三年の合戦は1050-1080頃ね。

688: 日本@名無史さん 2008/09/12(金) 12:54:07
ぜんぶは読んでないけど、
原因・水虫説が有力そうだね。
気候、風土に合わせていって、身につけるものが変わるのは自然だしさ。
公式の場や、特殊状況では別として。

704: 日本@名無史さん 2008/10/21(火) 16:51:03
靴より草鞋、草履、下駄のほうが、わが国の自然環境の中ではずっと快適だし健康にいいよ。合理的に出来ているし進歩した履物だと思う。

709: 日本@名無史さん 2008/11/23(日) 10:53:23
だんだん結論に近づいてきたが、奈良朝以降の仏教政策がかなり影響しているからのようだな。朝廷が肉食の禁令をたびたび出して、死んだ獣からしか皮をとれなくなり、文明が発達するにつれ、公家衆くらいしかクツが履けなくなったというのが真相な気がする。

712: 日本@名無史さん 2008/11/25(火) 18:17:26
なぜ木靴が発達しなかったのだろうか?

713: 日本@名無史さん 2008/12/27(土) 18:07:05
すぐに痛むからじゃないか?

714: 日本@名無史さん 2009/01/09(金) 19:37:22
木靴より下駄の方が楽だろう

718: 日本@名無史さん 2009/02/08(日) 14:17:10
草履や下駄を履くために、日本には、足袋というものがあるが、江戸時代の初期くらいまで、足袋と言えば革製だった。庶民も普通に皮足袋を履いていた。
布製の足袋が普及したのは江戸時代、明暦の大火で皮不足になってから。それまでは、皮革は庶民の手が届かないほど高価なものではなかった。

もちろん、特別な場合や冬場を除くと、庶民の場合は基本的に裸足に草履や下駄だったけど。
それは経済的事情というよりも、単に暑いとか蒸れるとかの理由による。

720: 日本@名無史さん 2009/02/12(木) 19:54:07
新参者が一言。既出だったらすいません。
民俗学の資料集でみたのだが、江戸時代には「なめしぐつ」というものが存在したらしい。
形は巾着袋そっくりで、革製。労働者が履いたらしい。ちょうど今の地下足袋のようなもので、近代に入り地下足袋が発明されると姿を消し、今では忘れ去られている。

722: 日本@名無史さん 2009/02/14(土) 17:06:00
地面が舗装されていない場合、雨が降ったときなど、靴は大変だった。ゴム底が普及する以前は滑るし、なによりも泥で汚れると始末が悪い。乾かしてまた使えるようになるまで数日はかかる。
ひとりで靴を何足も持てるようになるのは、高度成長期以後のこと。もし使いやすさだけならば、日本の風土気候では下駄、草履、草鞋が快適。
ただ、これはある程度暖かい地方のことで、雪国などでは靴が使えないのは不便だったろう。
草履は靴とはまったく異なった性格のもので、比較の対象にはならない。あれは裸足に近いもので、足の裏を保護するのと滑り止めのために使う。
ゴム草履は指が本体の上に乗るが、藁草履は指先が先に突き出て、直接地面に着く。

724: 日本@名無史さん 2009/02/15(日) 05:00:41
今でも見かける、雪国の長靴のような藁靴って、どの程度防水性があるの?
藁だけだったら、どうしても、水が浸みてくると思うのだが。
内側はどうなっているの。

725: 日本@名無史さん 2009/02/15(日) 12:48:09
>>724

防水性は高い
中までは水はしみ込まないし
暖かいのにあまり蒸れない
革やゴムの長靴より断然よい

728: 日本@名無史さん 2009/02/21(土) 17:11:45
靴もそうだけど
日本の住居に防寒しようという意思があまりかんじられないのも不思議
火鉢で手かざすだけとか信じられない

729: 日本@名無史さん 2009/02/21(土) 19:10:19
>>728
それはラフカディオハーンも指摘していたね。
「夏の蒸し暑さをしのぐために風通しの良い構造にしているが、冬のことはまったく考えていない」って。
スレ違いになるから控えめにするけど、つまり、夏と冬の両立が難しかったんで、夏対策を選択したってことじゃないか。
暑いのはハダカでも暑いが、寒いのは着ぶくれすればしのげる。
実際、和服は重ね着しやすいようにできていると思う。綿入れもあるし。

732: 日本@名無史さん 2009/02/22(日) 15:00:48
明治時代に書かれた回顧録に、横浜居留区の外人は、朝散歩して革靴を泥だらけにしてきたのに、昼にはピカピカな革靴を履いている。
外人てのは日に何回も靴を使い捨てるくらい裕福なんだなあと感心して聞いてみたら、『ああ、磨いているんですよ』と言われたそうな。

「クツを捨てた」で思い出した話。

744: 日本@名無史さん 2009/03/03(火) 09:34:35
江戸時代になっても、公家は裸足なんだよね。
武士も、町民も足袋はいてるけど。

746: 日本@名無史さん 2009/03/05(木) 01:57:56
>>744
高位の公家の正式衣装では「しとうず」。
武家も高い官位は「しとうず」。
通常の出仕では、足袋を履く時期と履かない時期は、決まっていた。

747: 日本@名無史さん 2009/03/05(木) 12:58:12
「信貴山縁起絵巻,尼君の旅」を見ると馬に乗った尼君は沓を履いています。米俵を担いだ従者は草鞋っぽいです。

754: 日本@名無史さん 2009/05/05(火) 08:47:55
根本的な疑問なんだが――

鞋と靴では、靴のほうが文化練度が高いの??
(なんか、そういう前提のスレみたいだけど…)


769: 日本@名無史さん 2009/07/02(木) 23:29:28
>>754

> 鞋と靴では、靴のほうが文化練度が高いの??

文化練度と履は関係ないだろ。欧州でも、古代ローマは皇帝でもサンダル履きで、
その後の中世は、庶民でも履(木靴とかも多かったようだが)だが、文化練度はどちらが高いかは言うまでもないだろう。

772: 日本@名無史さん 2009/07/05(日) 21:57:39
草履とか草鞋とかは日本の気候にあっていたの。ヨーロッパだって温暖なギリシアやローマはサンダル履き。靴を履いていた同時代のゲルマン、ケルトよりも文化も技術も上。

778: 日本@名無史さん 2009/07/12(日) 14:34:14
毎年今頃のサンダルの履き始めには必ずサンダル擦れして皮がむけて痛い
とくにレザーサンダルは痛い
ローマやギリシアの人達も苦しんだのかね?

靴下履いてればそんなこともなくなるが、ローマやギリシアのサンダル履きに靴下履く習慣はあっただろうか?
ブリタニアやゲルマニアなど寒さが厳しい土地でも素足にサンダルだったのかね?

779: 日本@名無史さん 2009/07/12(日) 22:39:56
>>778
寒冷地では豚や羊といった柔らかい皮のソックスを履いた上からサンダルはいた。
ゲルマン人とかは、モカシンみたいな履いていたけどね。

783: 日本@名無史さん 2009/09/19(土) 19:16:36
ゾウリっていまの60代の人は子供の頃普通に履いてたんだよな。
靴は長持ちするが高いからゾウリって事だったんだと。
但し都会は別みたい。

引用元: ・なぜ日本人はクツを捨てたのか



ある靴職人の話
ある靴職人の話
posted with amazlet at 19.03.15
火星 雅範
門土社
売り上げランキング: 569,840