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1: 人間七七四年 2008/07/18(金) 13:59:51 ID:E7ap7d0J
かなり無理があると思うのですが誰か考えてください。








131: 人間七七四年 2008/08/02(土) 00:44:08 ID:tp479zLQ
そもそも元親は四国統一(は完全にはしていないけど)の時点で天下取りなるものを考えていたのでしょうか?

132: 人間七七四年 2008/08/02(土) 00:54:54 ID:Ar6XmYLf
ただ領土をおっきくしたかっただけじゃね?
武田北条島津その他と同じ

133: 人間七七四年 2008/08/02(土) 07:23:08 ID:QGaIFYU2
天下の帰趨が定まりつつある情勢では、いやでも考えないはずがない。
自分の所の力や領土を相対的に見る思考実験は、戦国にあっては情勢見る初歩だろ?まして四国をあっという間に席巻したいくさ働き、明智との血縁、常に畿内と連動していた阿波や讃岐、信長による長曽我部無視の新方針・・・。

あるいは本能寺さえ、利害が絡むという点では容疑者の一人とまで考えられるからね。

134: 人間七七四年 2008/08/02(土) 09:21:35 ID:QwgH301c
阿波・讃岐が常に畿内の動きに影響されていたのは細川・三好の領国だったのが大きい
両者が没落してからは、それほどでもないよ

島津・長曾我部・伊達あたりは戦国最末期に急速に所領を拡大しているけど、それは天下取りなどを意識してのことではなく、いずれ起こるだろう織田や豊臣の来襲に備えるためと、既成事実を積み上げて戦後の自家の領土を少しでも広く認めてもらうためじゃないかな

135: 人間七七四年 2008/08/02(土) 09:40:16 ID:QGaIFYU2
そういう計算もあるのが普通。

ただ、信長の横死や信玄、謙信の死のように、何が起こるかわからないのが戦国だから、自分の天下という夢もそこにないことはないと思うよ。
元親だって四国制覇の夢が夢でなくなったんだから、次も見ざるを得ない。

136: 人間七七四年 2008/08/02(土) 11:00:23 ID:P77IchqR
金が無い。一領具足の皆兵制で、農地は荒れ放題。
信長と元親の最大の差は経済力。

140: 人間七七四年 2008/08/02(土) 21:41:36 ID:Q1zB8wtG
>>1
足利義昭が毛利を見限って長宗我部を頼ってくれていたら、細川晴元、足利義維の入京の再現も、あるいは出来たかもしれない…
柴田勝家が担ぎ出そうとしてたぐらいだし、義昭にはまだ政治的価値がある
(ただ、勝家にとっての義昭の政治的価値は、毛利家込みのものだったようにも思えるが)
これを四国を席巻しつつあった精強長宗我部軍団が擁すれば、賤ヶ岳の頃なら、十分秀吉とも戦えたんじゃないかと思う
まぁ、賤ヶ岳の時に毛利がやってれば良かったんじゃないかと思うことなんだけど

145: 人間七七四年 2008/08/03(日) 13:03:02 ID:KV5eQAWy
長宗我部元親じゃ天下は無理だろうな。

確か毛利が対織田、対大友で釘付けになる前に河野の要請で援軍にやったきた小早川隆景と対峙したが、一戦もせず土佐に逃げ帰ったんじゃなかったけ?しかも毛利全軍じゃなく隆景単独に。

結局、伊予に攻め込むことができたのは、毛利の力が及ばなくなった後だ。

146: 人間七七四年 2008/08/03(日) 16:55:33 ID:TALH5tty
彼我の戦力を分析して、毛利と事を構えるのは得策じゃないと判断したから引いたんだろ。
戦いたいがために戦うどっかの軍神様と違って、状況判断が優れてたと思うんだけどな。

147: 人間七七四年 2008/08/03(日) 17:46:29 ID:gCYpY8Xp
勝っても局地戦じゃ意味ないしね

148: 人間七七四年 2008/08/03(日) 22:24:53 ID:k85/+Ddd
秀吉後に天下取りの可能性のあったと言える大名を考えると、徳川、石田、毛利、前田、小早川、宇喜多、上杉くらいか。

島津攻め、北条攻めか、大陸攻めで大活躍して気に入られて、100万石クラスになってなきゃ苦しいね。

150: 人間七七四年 2008/08/04(月) 07:31:28 ID:sh4YZKhQ
だからその時点では無理だろ。土佐一国に押し込められてちゃ。
翌年に死んじゃったし。

でも、四国統一が47才、秀吉に問われて堂々と「天下に心を賭け候」と答えたように、野心も実力も相当だったとは言える。勇気、統率力、知力、戦争技術や謀略戦、内政能力など、一線級だよ。

問題は、家中の層の薄さか。もし四国統一が十年早ければ、四国内の諸豪族を馴致し、長曽我部軍団を形成して毛利や織田にも対抗しうる勢力を形成し得ただろう。

151: 人間七七四年 2008/08/04(月) 08:21:10 ID:DIKLfJo9
>>150
四国随一の英雄ではあるが、一線級かどうかは疑問が残るだろう
信長や官兵衛には馬鹿にされてたしな
やれ○△力だの、家中の層の薄さだの、大して根拠のない光栄チックな評価基準を出す割に畿内に比較的距離が近いことだけが、ほぼ唯一の取り柄の四国という土地柄には言及していない
史実の四国征伐を見れば分かる通り、長曽我部が四国統一をしても織田には対抗できないだろう

152: 人間七七四年 2008/08/04(月) 08:57:10 ID:jf6vicbM
四国を束ねた程度では信長、秀吉に対抗するのは国力的に無理
チャンスがあるとすれば賤ヶ岳、小牧長久手で勝家、家康に呼応しての上洛か
実際その二人とは同盟して結果は見ての通りだが

153: 人間七七四年 2008/08/04(月) 13:07:01 ID:Pa9vHsxk
織田家が消滅したのに、秀吉がすぐに伸し上がる。
賤ヶ岳が短期で終わって、家康、元親は悔しかっただろうね。
タイミングも大事だよ。
信長が伸びたのも、斉藤義龍や三好長慶がすぐに死んだとかあるし。

167: 人間七七四年 2008/08/06(水) 01:02:42 ID:78BBSRzF
まぁ本山攻めでめちゃ時間がかかったのが痛いね。

国親が結構広げたが
安芸や本山に本拠地を攻められたりしたのがねぇ。


169: 人間七七四年 2008/08/06(水) 07:22:32 ID:1ylQg8uC
>>167
しょうがないと言うしかないよ。事実上一から始めた初代だから、それぐらいのことはあるだろう。たった二代で四国を取れた、それで凄すぎるし、一杯一杯と。

170: 人間七七四年 2008/08/06(水) 10:01:22 ID:78BBSRzF
確かにそうやが。

親貞が長生きしてたら、中央に出れたかもね

174: 人間七七四年 2008/08/07(木) 02:57:53 ID:OTWPeH7g
元親に天下統一の戦略眼が無かっただけじゃね?彼が本当に天下統一を意識してたなら、あの時点で信長に対抗しよ
うとは思わなかっただろ。中央の力を楽観視しすぎ。

175: 人間七七四年 2008/08/07(木) 03:43:20 ID:xKMXcZXq
天下統一しようなんて奴は1582年以前に信長以外いたか?

177: 人間七七四年 2008/08/07(木) 08:45:45 ID:caGIdgIh
小牧長久手や関ヶ原、大阪の陣などみても、むしろ姑息に蠢動してた方だろ

天下は意識してる方だと思うよ。

178: 人間七七四年 2008/08/07(木) 12:21:05 ID:ZdbkQh82
四国の蓋になろうとしてなれなかった奴が天下の蓋になれるわけがない
土佐阿波で満足しとけばよかったのに

183: 人間七七四年 2008/08/07(木) 18:25:42 ID:VW41Mffm
経済力・生産力に劣るからどう足掻いても天下は無理でしょ。

197: 人間七七四年 2008/08/09(土) 01:58:38 ID:m0/lSIU6
人が何時死ぬかも分からない戦国時代に長宗我部元親は息子が亡くなったぐらいで「人生終わった」になるのはどうかと思う。
養子をとるなりして長宗我部家を繋げればいいのに。

198: 人間七七四年 2008/08/09(土) 02:31:59 ID:OfCK4oOP
盛親じゃ駄目なの?

199: 人間七七四年 2008/08/09(土) 09:04:30 ID:SOtTfOhF
親和、親忠は無視かよw

200: 人間七七四年 2008/08/09(土) 12:39:22 ID:uVbeIzya
他家に出したので継がせたくなかったんだろうな。秀吉の親和を後継ぎにせよってのもスルーしてるし。

225: 人間七七四年 2008/08/11(月) 16:46:15 ID:yzI2Fl5h
まぁ元親の場合、姉が本山に嫁いでたから、攻めにくかったんだよ。んで時間がかかりすぎた訳やね

229: 人間七七四年 2008/08/12(火) 01:58:31 ID:K44imUPd
>>225
長浜合戦を知らないのか?
国親存命中すでに交戦状態でしょ
遠慮してたのではなく滅ぼすだけの力がなかっただけ

231: 人間七七四年 2008/08/12(火) 04:33:26 ID:ohyc3pkB
21歳の初陣から15年近くかけて土佐統一
これがもう5年ほど早ければどうなってただろうな。

232: 人間七七四年 2008/08/12(火) 06:21:02 ID:0By7/lLV
土佐は広さだけなら尾張以上だからな
15年が最速なんじゃとは思う

233: 人間七七四年 2008/08/12(火) 09:48:26 ID:jhrkuq8O
本山より一条の方が攻めにくかったんじゃないの?

234: 人間七七四年 2008/08/12(火) 10:02:29 ID:oOMAKsS9
今でも四万十川とか足摺岬行くのは凄く時間かかるもんな。

まして当時、悪路を越えて長駆決戦するのは大変だったろう。
でも、それを数日でぶっとばして一発で勝ったのは大したものだが。
一条氏の反乱で統一が遅れたという程手間がかかったわけじゃないし、本山の方が大変だっただろう。自勢力の規模も違うし。

238: 人間七七四年 2008/08/12(火) 11:11:08 ID:K44imUPd
一条兼定の妹は安芸国虎の室で国虎の岡豊城襲撃の際には一条は援兵を出してるし
元親が本山を討った後に一条の縁者である国虎を討ってるわけだから一条とは友好関係ではない
時間がかかったのはただ単に勢力の問題、まず調略をして合戦に持ち込んでいる

243: 人間七七四年 2008/08/12(火) 23:33:40 ID:0ru5ZMLG
全ては長宗我部兼序が原因

傲慢な態度を取らずに、うまく立ち回ってたら国親で土佐統一がなっていたかもな

247: 人間七七四年 2008/08/13(水) 11:51:28 ID:T7kvA/8r
本山と山田は兼序の仇なので協力はありえません
また本山との婚姻は両家に争乱が起きないようにという一条房家の計らいです

しかし着々と力をつけた国親は山田を討つとその矛先を本山に娘の嫁ぎ先とか関係ねえ、宿敵なんだから

262: 人間七七四年 2008/08/16(土) 22:05:08 ID:lxa23cQW
現代でも、四国4県においてさえ、最も未成熟な県。当時はもっと酷かったと想像出来る。土佐一国といっても、足摺・室戸ではもはや言語が異なるほど異文化地域。

こんな特殊な地域を実質一代でまとめあげ、四国を席捲したのは驚嘆に値するよ。

元親では天下統一はムリだろうけど、秀吉にしろ家康にしろ前支配者が築き上げたものをまんまと手にしただけなので、元親が彼らに劣るものではない。

263: 人間七七四年 2008/08/16(土) 22:11:51 ID:Z3QErP2i
その他地域との隔絶っぷりが土佐統一の助けになったとは考えられんのかね

265: 人間七七四年 2008/08/16(土) 23:55:14 ID:lxa23cQW
>>263
それはないと思う。むしろ逆かと。

隔絶されている領域が広く、東西に延び過ぎている。面積の割に人口は少なく、隣の地域はもう他国の感覚。100カ条もの国内法を制定したのは、土佐がいかに後進国で、国内の人心統一が難しいかの裏返しかと。

隔絶によるメリットは肉体的頑健さだけ。

ちなみに漏れは宿毛出身なのだが、高知市内出身の人に対し、同郷の気持ちは全くわかない。

266: 人間七七四年 2008/08/17(日) 08:36:21 ID:41Sv3y9F
>>265
国人が林立し、四国でも後進地域だった土佐なのに隣接している細川・三好の影響を強く受けていない
まぁ細川・三好は畿内志向で、四国にそこまで興味がなかったというのは大きいけどさ
もし土佐が他地域ともっと強く関係を持てるような土地だったら史実のように土佐を統一できる勢力が表れていたか疑問に思うのだが

267: 人間七七四年 2008/08/17(日) 12:58:03 ID:YaS+6T8c
>>265
阿波から土佐へ行くには2つのルートがある。
四国山地を超える中央ルートと、海岸線沿いを抜けるルート。
四国山地の峻厳さは言うまでもないが、海岸線沿いも相当なもの。
八十八ヶ所巡りをすればわかる。
いずれにしても、とても隣国とは思えない距離。正に陸の孤島。

他の先進地域のように、『土佐を統一する』という発想自体が奇跡。
土佐統一は、元親個人の異才に拠るとしか思えない。

実際に高知に行き、東から西へ歩いてみればわかる。土佐の田舎国人が、一国を統一、四国制覇を成し、秀吉とガチンコなんて絶対信じられないから。

268: 人間七七四年 2008/08/17(日) 18:56:11 ID:UdIM1Ji4
国境が峻険で実入りが少なければこそ他地域からの侵略や介入を免れたとも考えられる
勿論それでも難事には違いないが土佐統一を考え、成しただけで「異才」ではまるで褒め殺しだ

270: 人間七七四年 2008/08/17(日) 19:42:31 ID:UxHeiuxF
>>268
もちろん、元親が秀吉・家康より一段劣るのは事実。それは全く否定しない。
信長とは三段くらい違うだろう。

土佐という超辺境から四国制覇をなし得た事が驚愕なんだよ。
秀吉が土佐に生まれていたら、土佐を捨て他国で名を成したと思うし、信長の死によって大大名への道が開けた家康なら土佐統一程度だったと思う。

一代で上場を果たした中小企業社長と、大手上場企業の役員を比べてるようなもんかな。

271: 人間七七四年 2008/08/17(日) 21:04:42 ID:xsmXv1es
土佐の統一は必然だろ
宿敵の本山を倒して中央を制圧したらあとは交戦関係にある東の安芸と西の一条しか残ってないんだからな
まあ正室を美濃の斎藤から招いているし土佐一国におさまらない器量と野心はあったほうでしょ

272: 人間七七四年 2008/08/17(日) 21:33:01 ID:UdIM1Ji4
土佐では大勢力の本山と一条も当主に不幸が続いたり出来が悪かったりでがたついてたからな
親子そろって調略上手だし比較的順当、結果論と言われてしまえばそれまでだが
で、統一後は織田信長と三好を攻撃、言うまでもなく遠交近攻の典型的パターン
僻地だからこそ背後を気にせずすみ本国を空にしても敵に攻め込めるメリットは大きい

まあ、勿論文字にするほど容易じゃないし十分優秀なんだが
四国を統一するに至ったのが驚愕に値するか
ついで家康はその条件下で元親以下の結果しか残せないかと言えば疑問だな
元親でそれなら毛利元就とかどうなるんだよと思ってしまう

300: 人間七七四年 2008/08/23(土) 10:32:31 ID:OiKnEWy9
信親が生きていたら、東軍に参戦していたんだろうか?
長宗我部は、島津・上杉と違って、三成と誼を通じてた形跡ないし。
むしろ、元親は対秀吉の経緯で家康と繋がりがあると思うんだけど。

301: 人間七七四年 2008/08/23(土) 10:38:46 ID:/u8mBvC8
>>300
そもそも盛親だって東軍に参戦する気だったところをひょんな流れから西軍についてしまったわけで

302: 人間七七四年 2008/08/23(土) 10:57:26 ID:BpQtlDtL
少なくとも津野親忠を暗殺することはなかったろうから
土佐半国は安堵してもらえたんじゃないか

304: 人間七七四年 2008/08/23(土) 11:43:21 ID:sUs34uwm
信親が健在なら御家騒動が無いので、信親が会津征伐に加勢して円滑に東軍参加できる、なんていう都合の良い希望的観測もできないことはないぜ!

引用元: ・長宗我部元親の天下取り



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