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1: 陳友諒 2006/10/24(火) 17:23:10 ID:p6hSK/du0
なわけねーだろ。
息子のためか、孫のためか知らねーが、罪もない人間を大量に殺した人間が、英雄なわけねーだろ。
おまけに創業者が糞だったからか、明にはろくな皇帝が出ず、時代の空気も陰気臭い。
朱元璋って野郎は最悪だな。








129: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/07(水) 22:48:21 ID:sOfSQEo90
次の『その時歴史は動いた』足利義満の対明外交やて。
燕王や皇太孫は当然出るだろうけど、果たして陛下に出番はあるのだろうか?

「明の太祖朱元璋が元を滅ぼして明を建国し云々」とナレーションで軽く触れられるぐらいかな。

132: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/09(金) 18:56:04 ID:ni7phjKU0
明からの朝貢を促す使者を「蒙古人しつこい」とか言って斬ったくらいだからな。
大陸の情勢なんて知ったこっちゃ無いって感じ。

133: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/12(月) 18:10:29 ID:N3SANWOi0
>>132
それは海外に無知な懐良親王が鎌倉幕府の先例に倣ってした事。
足利幕府は留学僧などのルートで元から明の政権移行は知っていた筈。

134: 真剣師 2007/02/12(月) 20:50:03 ID:00bHgR7B0
懐良親王といえば、明では彼が日本の最高権力者と思っていたらしい。
なんでも懐良親王が日本国王の名で明へ書簡を送っていたとか。
あちらでは、九州が本土でその他は属州という感覚でいたんだろうね。

135: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/13(火) 05:27:36 ID:T4hiDqfk0
つーか南北朝期における南朝の安定した勢力範囲は懐良親王の九州か北畠顕家の奥州しかないだろう
そこで断絶が起きてるんだから、さもありなんな反応だと思うが

136: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/13(火) 11:42:11 ID:k+pXGG8L0
胡惟庸の獄のとき、日本と手を組んでクーデタを起こそうとしたという口実で粛清したのだが、あの時代から○○は日本と手を組んでいると言っては政敵の追い落としに利用していたんだな。

137: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/13(火) 12:51:03 ID:U7s5wC/i0
そういうことしそうな国と認識されていたのかな。
蒙古と並んで。

138: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/13(火) 13:39:21 ID:FrNwOFg90
まぁ、倭寇が中国人に日本の嫌なイメージを与えていたみたいだしな。

139: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/13(火) 21:54:54 ID:u34h/nCD0
「嫌な」と言うよりは、むしろ「恐ろしい」かな。

元の渡海軍事行動は悉く失敗したとされているが、日本以外の国々は皆その後元に朝貢している。
視点を支那側に移せば、これらは軍事的な失敗ではなく、庸懲の後に恭順の意思を示したのだから(征服は出来なかった/しなかったけれど)軍事的、外交的には(ある程度)成功したのだ、という言い訳が可能。

しかし、日本が送ってきたのは朝貢使ではなく「倭寇」。
これは外征の完全な失敗を意味する。
しかも、元の後半はこれらの「賊」を討伐する事もかなわず、攻められっ放しという体たらく。
(どこかの都市が倭寇に占領されたとか、征服されたというわけでは無いのだけれどね。)

蒙古に屈するどころか、反撃し続ける日本は(それなりの)軍事的強国として下手に刺激しない方が良い国だと見られていたのだろうと思う。
(当時の日本政府、朝廷も幕府も倭寇とはほぼ無関係だけどね。)
倭王・良懐の朝貢使には「太祖嘉之。」と他にはあまり見られない表現が使われたし、アレな国書にも「帝得表慍甚、終鑑蒙古之轍、不加兵也。」と、ムカついても軍事行動は諦めている。

140: 139 2007/02/13(火) 22:04:33 ID:u34h/nCD0
まあ正直な話、南北朝の動乱期に明に攻め込まれたら、日本も危なかったんじゃなかろうか~とは思うんだが、多分それは「後知恵」になるんだろうね。

148: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/17(土) 23:41:40 ID:rVE4gBJs0
郭子興の息子はやっぱり朱元璋に葬られたのかねえ。

149: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/18(日) 19:44:20 ID:XA6uONb+0
暗殺と言うか有耶無耶な死に方は朱元璋っぽく無いなw
殺るなら冤罪と公開処刑のコンボで

150: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/19(月) 00:50:05 ID:BHCCefYx0
>>149
つ 韓林児

162: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/27(火) 23:58:51 ID:bj6yZ9qX0
朱元璋は劉邦に比べて人気がない。

163: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/28(水) 13:56:49 ID:BKcB3xYS0
呂后<孝慈高皇后はガチだがな。

164: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/28(水) 22:06:23 ID:UE4iJN250
官人為馬后歌

我后聖慈 化行家邦
撫我育我 懷德難忘
懷德難忘 於萬斯年
毖彼下泉 悠悠蒼天

(明史太祖孝慈高皇后馬氏傳)

170: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/16(金) 00:06:12 ID:emwGv4VU0
この人、安徽省の出身だろ。
現代の中国でも、安徽省の人はこういうタイプ多い。

猜疑心が強くて、親族しか信じない。
だから、事業を始めても従業員を雇いたがらないからいつまでも小規模な経営状態が続く。
会社勤めのような他人との協調を要する仕事も嫌い。
大都市で集団スリをする人も多い。

中国では結構嫌われてます。

171: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/16(金) 12:33:01 ID:+sKLah8W0
へ~、現在ではそうなんだ。
明代ぐらいには、安徽省新安の商人さんたちは、日本の堺の商人みたいに勢いがあったみたいだけどね。
それに、安徽省は華北と江南の文化のちょうど交わるところで、この地の人々は多様な思想、価値観にさらされて育つから、有用な人物を排出しやすいって、確か陳先生辺りが言っていたような気がする。

172: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/16(金) 15:22:39 ID:bZ1szuKd0
~地域の人は、~だ、みたいなのが中国には結構ありそうだね。

173: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/17(土) 22:18:58 ID:a8EC+kBbO
天涯孤独で身一つで成り上がった朱元璋が誰も信頼しない、できない訳ないだろ。
仲間を見つけ、有力者に師事し、主人の猜疑心に耐えて、信頼を勝ちえた。
主人を裏切ったりしてないし、むしろ主人が死ぬまで忠義を通した。

175: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/18(日) 12:25:45 ID:viVLUGqa0
>>173
その息子たちは悲惨な最期をたどったがな

176: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/18(日) 12:52:38 ID:EXsaPVJBO
息子ってどうなったんだっけ?
朱元璋にとって有能な主か、己の分を知っている奴か、命の恩人でないとな。
息子といえど命を狙う敵にしかならない。

177: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/18(日) 20:52:10 ID:viVLUGqa0
>>176
史料が今手元にないので、うろ覚えながら・・・

まず郭子興には三人の息子がいて、その内長男は若くして戦死している。
んで、残ったのが次男の郭天敍と三男の郭天爵。

郭子興の死後、郭子興の義弟張天祐は朱元璋に相談もせずに大宋の宰相杜遵道に使いを送って、小明王から官爵を授かり、(郭天敍が都元帥、そしてそれを補佐する形で張天祐が右副元帥、朱元璋が左副元帥) これによって張天祐は旧郭子興軍閥の中で郭子興亡き後、郭天敍に次ぐ実力者となる。

抜け駆けされた形となった朱元璋は当然面白くない。
おまけに、郭天敍も張天祐にべったり。

そこで朱元璋は一計を案じた。
捕虜としていた元の将軍陳埜先を解き放ち集慶に向かわせ、また、郭天敍には陳埜先が内応の約束をしたといい加減な報告を行い、張天祐と郭天敍を集慶へと出兵させ、二人を戦場にて葬ろうとしたのだ。

結果、朱元璋の目論見どおり張・郭の二人は陳埜先ら元軍によって討ち取られた。

残りの弟である郭天爵も、謀反を図ったという罪をでっち上げられ、まもなく処刑された。

178: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/18(日) 22:01:03 ID:w28SlvZc0
>>177
陳埜先の裏切りは、朱元璋の企みかどうかは分からんような。
郭天爵の謀反もでっち上げか、本当に支配権を取り戻そうとして殺されたのか分からんような。

180: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/03(火) 13:12:12 ID:mkEhUJaI0
奴隷を解放したり、貧しい農民に土地を与えたり、汚職官吏を容赦無く処罰したあたりが嫌われているんだろうね。

181: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/06(金) 16:13:24 ID:8ch11Iki0
功績も大きいんだけどマイナス面ばかりが目に付くな

182: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/06(金) 16:15:44 ID:PKThkMhj0
特に記録を残す立場の知識人層にとっては、悪魔のような存在だったからな。

184: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/08(日) 13:40:03 ID:KW5filkU0
でも、名君と呼ばれて偉業をなした皇帝には、こういう冷酷な性質を兼ね備えた者が多いね。

187: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/10(火) 14:37:10 ID:fiFw5wVd0
この人の作った王朝は実質二代で滅亡
王朝を乗っ取った永楽帝がたまたま朱元璋の息子だったから同一王朝扱いされてるだけ

188: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/11(水) 20:39:35 ID:wVEc1q1N0
そんな事言い出すと宋は一代で弟に乗っ取られて滅亡してないか?

189: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/11(水) 20:45:26 ID:jneFhV8/0
いくら簒奪があったとは言っても、建文帝に仕えた廷臣の多くが、そのまま永楽帝にも仕えているわけだし、王朝交替と言うのはちょっときついんじゃないかな。

宋の場合は、後の方で復活したね。


194: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/04/27(金) 23:45:04 ID:1gUHKR9c0
朱元璋の兄弟親戚系って全滅していたんだっけ

195: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/03(木) 15:40:52 ID:7vR9glSL0
両親兄弟は全員餓死だったはず

196: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/03(木) 19:49:51 ID:Xy8Ewsd90
両親が死亡し、僧になる段階では、まだ兄が一人、そして他家に嫁いだ姉が一人生き残っていた筈。ちなみに、この嫁いでいた姉は李文忠の母親でもある。
ただ、この二人も朱元璋が僧になった後間もなく亡くなっている。

197: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/03(木) 21:27:18 ID:sWMHyA110
そんな無い無い尽くしから、よく皇帝にまで登り詰めたもんだと素直に関心。

198: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/15(火) 23:29:27 ID:B/sbqid20
しかも40歳ぐらいで皇帝になっている。
これって最下層出身から皇帝にまで登りつめたにしては、かなり若くない?

202: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/17(木) 20:56:44 ID:0x9gInOq0
明ってなんかすごく興味深い。歴代王朝の中でもこれほど残酷話が多いのもすごいと思う。ちゃんと詳しく明の歴史がわかる小説出してほしい。

206: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/17(木) 21:51:16 ID:LmF/i2rl0
朱元璋に関する本で今現在、容易に入手できるのは

明の太祖 朱元璋 檀上寛/白帝社
中国の大盗賊 完全版  高島俊男/講談社(講談社現代新書)

この二冊。
他に堺屋太一訳・呉ガン著 超巨人~明の太祖朱元璋があるが絶版なので古本屋か図書館でしか読めない。

208: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/17(木) 22:21:57 ID:LmF/i2rl0
中華書局の明史を読むか
陳舜臣「中国の歴史」を読むことを勧める

209: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/17(木) 22:49:18 ID:+ttmeMZh0
陳先生の小説十八史略はもっと伸ばして、明末、三藩の乱くらいまではカバーして欲しかったね。

211: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/18(金) 17:22:45 ID:4NQXOllJ0
元末明初の群雄割拠時代を詳しく知りたいなら、銭謙益の『国初群雄事略』がお勧め。

元末明初を彩った群雄たちに関する様々な記述を、様々な史料から引用し、要所要所に銭自身の考察が書き添えられている。本格的に研究しようと思えば原史料との比較も行わなけりゃいけないんだろうけど、趣味で歴史やっている俺にしてみればこれ一冊で色んな史料の記述が参照できるんだから、これほど便利なものはない。

十四巻構成で、第一巻では韓林児、第二巻では郭子興
第三巻徐寿輝、第四巻陳友諒、第五巻明玉珍、第六~八巻張士誠、第九巻方国珍
第十巻李思斉、第十一巻拡廓帖木児、第十二巻納哈出、第十三巻陳友定、第十四巻何真
がそれぞれ解説されている。

220: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/27(日) 23:22:12 ID:cEnE4KYq0
顔にごま塩皇帝

221: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 21:07:23 ID:ceG5FPei0
>>220
幼少期に患った天然痘かペストの影響らしいな。

222: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/01(金) 12:15:58 ID:7ByjVNHn0
確か、中国大陸では元代にペストが侵入したんだっけ?
モンゴル帝国が成立して、ユーラシア大陸の東西間の人の移動が活発になって、ペストも広まったと聞いた。

223: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/01(金) 20:51:32 ID:ZfeVrkFe0
杉山正明も元代ペスト流行説を元の衰退の要因の一つに挙げているな。

242: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/28(木) 18:26:30 ID:5Ltc1Xuy0
中国史で最高の名君といえばやはり洪武帝だな。

243: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/28(木) 20:18:54 ID:HDG7KJgk0
光武帝の間違いじゃなくて??

244: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/28(木) 23:44:25 ID:yUsqo25Z0
洪武帝vs光武帝だと、絶対に光武帝が負けそうな気がする。
何だか凄みが違いすぎる気がするし。

245: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/29(金) 00:12:38 ID:Udok9FYe0
でも洪武帝の方は光武帝みたいなヒトにはすごいコンプ感じてそう

250: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/29(金) 17:12:45 ID:zQUaahfS0
劉秀は上に突き抜けるアピールポイントがないからな
良くも悪くも秀才タイプ、そこそこの血統からそこそこの名馬が生まれた感じ

朱元璋は良くも悪くも突け抜けすぎ
馬刺しにされそうな馬が凱旋門獲った様なもの
馬刺しにされなかったのは「顔が不細工だから見所がありそう」なんて理由で

現実問題、市民階級の零落に歯止めをかけれなかった劉秀とモンゴルの痴政から庶民を救った朱元璋とでは政治的功績の時点でどっちが英主か一目瞭然なんだけどねえ(政治家を人格で判断するのは日本人の悪い癖)

254: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/07/02(月) 21:19:19 ID:HHGMc8gq0
光武帝と洪武帝には臣下の妻で逸話があるのが共通している。
尤も、光武帝は糟糠の妻云々だけど
洪武帝は臣下の嫉妬深い妻を殺して塩漬けにした話だが。

258: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/07/04(水) 10:04:26 ID:ELtghR470
何気に創業と守成を同時にやったのって歴代でもその二人だけだよね。
まあ創業者が偉大すぎたのか両方とも何かイマイチな王朝だけど。

260: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/07/04(水) 10:26:53 ID:Zl+q9uBH0
イマイチとは言っても、270年以上続いたからなあ。
皇帝の権力は確保され続けたし。

261: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/07/04(水) 11:01:15 ID:ELtghR470
つーか宦官の弊害はもう一人の開祖とも言える永楽帝のミス(つってもしょうがないけど)じゃん。

262: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/07/04(水) 12:55:13 ID:Q3Voib5H0
で、あの大殺戮はその後の役にたってるのかな?
むしろ洪武朝の自滅につながってるような気もするけど

別に文章でやみくもに知識人を弾圧したところで、それが農民の暮らしが上昇するとも思われないんだが

333: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/11/11(日) 23:49:49 ID:nQDJ+v/e0
日本で陛下の知名度をもっと上げるにはどうすればよいだろうか?

334: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/11/12(月) 15:55:13 ID:5FlROD0h0
>>333
この時代(元末明初)を扱ったゲームを出すか
それともNHK辺りで人形劇にするかとか色々ある。

335: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/11/13(火) 01:31:14 ID:yMY98/xk0
天下統一に至るまでの前半はよくても、後半の治世の部分は、日本人にはあまり好かれない要素が多い。

338: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/11/26(月) 01:23:27 ID:MBmT4D9h0
旧版の集英社学習漫画中国の歴史はなかなか良かったと思う
学習漫画だから大分端折ってはあったけど
好青年重八がどんどんダークサイドに染まっていく様とか
臨終の時に「今や私はひとりぼっちだ…」って呟くシーンは厨房ながら泣けた

340: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/11/26(月) 23:26:45 ID:4bWkBbwj0
>>338
たぶん同じやつだとおもうけど、その前に謀反の知らせ受け、震えながら処刑を命じたあと
「そうだ!みんな殺してしまえ!」
って狂い笑いするシーンが印象に残ってるなあ。

342: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/11/30(金) 09:09:19 ID:COUK29YU0
陛下と比べると世界史のあらゆる英雄、暴君、成り上がりがかすんで見えるから
すごい。ただ陛下はユーモアが少々足りないのが残念。

引用元: ・【大明】太祖皇帝朱元璋は中華史上最高の英雄



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