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1: 世界@名無史さん 2018/05/13(日) 09:32:16.80 0
日本では、明も清も人気がない

2つ合わせれば、それなりに話のネタもあるか?


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明清帝国 







297: 世界@名無史さん 2018/06/22(金) 13:24:34.75 0
明清には中国人の質が落ちた。
中国人が尊敬されるのは宋のじだいまでであり、そのあとは別の人種であり、階級も異なる。

日本人の中国観もそれに応じて変化した。

301: 世界@名無史さん 2018/06/22(金) 20:54:54.81 0
>>297
国家として朝貢しなくなったけれど、民間交易は盛んだった。
明清の物産、書籍の需要が大きかったので、大量の金銀が明清に渡ってしまってる。
従って明清も依然として憧れの地。

305: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 08:17:05.82 0
なぜ、日本人には唐宋の人気が高くて、明清の人気が低いのか。
自分の考えでは、「北京」が首都になってからの中国史の人気が低い。
やっぱり、中華の都といったら、洛陽とか長安じゃないとダメみたいだ(笑)。

それというのも、日本人は、モンゴル帝国とその継承者を本能的に嫌っている。
その感覚は確実にあると思われる。

311: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 14:50:19.09 0
>>305
それなら唐と宋の間の断絶のほうが大きい

発酵食品や米の加工製品が多く酢の物もあった唐の料理は日本料理の原型で、炒めもの中心の中華料理が完成したのは宋代から
宋が洛陽や長安を都としたことはない
漢文では日本では唐詩が中心だが宋詞や元曲は専門家だけ
日本の儒学の根幹は漢唐訓詁学で、宋学つまり朱子学の系統は大正から戦後で廃れた
今の日本で朱子学と聞いたらそれだけで歯をむき出しにして嫌悪感を露骨に現す人ばかりだろう

日本人はモンゴルにはむしろエキゾチシズムからくる憧れの気持ちが強く、嫌う理由は全くない
元寇で来たのは高麗人と漢人の多い連合軍で、エキゾチックな遊牧民モンゴルのイメージからは遊離している
少なくとも「朱子学」と「モンゴル」でどちらのヘイトが強いか考えればわかる
モンゴル以外では満洲人、チベット人についても、日本人は多くは学校教育での予備知識がほとんどないが、趣味的に知識を得ると惹き込まれる人がよく見受けられる
中国歴代王朝との交渉史を知ると、同じ周縁民族として共感する所もあるだろう

306: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 08:26:01.63 0
しかし、日本人が「昔の中国人」と聞いて思い浮かべるイメージは、唐や宋ではない。
マンガに出てくる中国人は、男は辮髪で道士服、女は三つ編みかお団子ヘアでチャイナドレスだが、これは、明・清・中華民国のイメージが錯綜してできあがったイメージ。

「来来 キョンシーズ」という台湾の映画が、日本人の中国観に大きな影響を及ぼしたと言われている。

319: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 19:14:44.09 0
>今の日本で朱子学と聞いたらそれだけで歯をむき出しにして嫌悪感を露骨に現す人ばかりだろう

それはない。

朱子学のことなど、誰もまったく知らないから、反感の持ちようがないな。

322: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 19:24:55.31 0
現代の日本では、かなりのインテリでも、「格物致知」という言葉すら知らない

朱子学は、本当に忘れ去られて埋もれた

323: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 19:30:27.45 0
だが「誠心誠意」はよく聞く
これはもちろん大學の「正心誠意」から来てる

あと、「治国平天下」もたまに聞く

324: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 23:07:39.86 0
「誠心誠意」も派生語ではあるが、「心を正し、意を誠にす」という元の意味とは違いすぎる

351: 世界@名無史さん 2018/06/25(月) 10:48:36.96 0
漢唐訓詁学、宋明性理学、清朝考証学
と言われるが、それは官学と有力な学者たちの見解の主流であって、明でも清でも子供の勉強は朱子学ベースだった(後世の批判は別の話として)
陽明学や考証学はあくまで「学者の議論」で、あまりに応用的でレベルが高すぎて、四書集注みたいな基礎テキストを編み直すような方向に行かなかった
だから明でも清でも、科挙に合格するまでは朱子学式の勉強をしろってことだったようだ

366: 世界@名無史さん 2018/06/26(火) 09:29:49.81 0
洪武帝は始まったばかりの科挙を停止させたことがある。
理由は合格者が実務に役立たない青二才ばかりだったことと、南人ばかりが合格していたため、北方が不満を抱いたこと。
成績の南北地域格差はいかんともしがたく、北方に配慮しようとすると、南が差別されたと怒る。
大帝国ならではの苦労と言える。

389: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 22:04:38.10 0
>>366
ほっとくと江南の奴ばっかりになるらしいね
しかも明初なんて河北河中はボロボロだし……

393: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 05:59:47.70 0
>>389
江南は米という効率の高い作物の生産に向いていて人口が増えやすく、経済が発展しやすく教育インフラも整えやすい(学校、書物、学者、教師が多い)

また江南の諸方言は古い特徴が多く、官話系方言よりもずっと古典の学習・科挙への準備に有利(入声が残っていて単音節語が多い、声調や子音の区別などが多い、など)

そういうマクロな傾向は王朝が何度リセットされても続いたようだ
(山西の晋語のように入声音があっても、北方語は発音がシンプル)

明清とくに清の雍正期に官話の普及が進められ、後者の優位要素は徐々に失われ、科挙の廃止と文学革命によって言語の上では北方が有利になったが、学問と教育のレベルはまだ南方が比率的に高いように思う

381: 世界@名無史さん 2018/06/28(木) 09:08:55.45 0
王陽明の生涯って凄いんだな。
武術に熱中して鍛錬し、兵学を学び、
高僧と問答で言い負かして僧を泣かし、
朱子学を学び、科挙に合格するも、
宦官劉瑾を批判して僻地に左遷され、
正規軍でない烏合の衆の民兵を率いて、
匪賊を討伐し、
寧王の乱を平らげ、
軍事、民政に功績を残し、
天才ぶりを発揮する。

正直、儒教の理論については、
神学論争みたいで興味を持てないけれど、
この人のアグレッシブな生き様には感心する。

398: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 11:24:45.35 0
>>381
少年時代、継母にいじめられたので、こっそり、継母の寝室の布団にフクロウを入れたというエピソードがいい

511: 世界@名無史さん 2018/07/06(金) 22:49:08.16 0
>>381
世襲の伯爵になったせいか
子孫は武の面が強いな
孫の王承勲なんか漕運のトップで武尊文卑の権化みたいな奴だし
https://baike.baidu.com/item/%E7%8E%8B%E6%BF%E5%8B%8B

397: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 10:22:34.89 0
寧王の乱は、鎮圧軍が、たまたま王陽明という軍事天才に率いられていたのが運のツキ

400: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 12:11:41.98 0
>正直、儒教の理論については、神学論争みたいで興味を持てないけれど、この人のアグレッシブな生き様には感心する

「アグレッシブな生き様に感心する」というような人なら、朱子学より陽明学に共鳴するのは間違いない

そもそも、朱子学は極めて理論的だが、陽明学はそうではない

386: 世界@名無史さん 2018/06/29(金) 06:42:11.81 0
李自成が朱元璋や劉邦になれなかったのはなぜだろう?
似たようなもんだと思うけど。
李自成(りじせい)は、中国明末の農民反乱指導者。明に対して李自成の乱と呼ばれる反乱を起こして首都の北京を陥落させ、明を滅ぼした。順王朝(大順)を建国して皇帝を称したが、すぐに清に滅ぼされた。


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【闖王】 李自成 【英雄? 逆賊?】



387: 世界@名無史さん 2018/06/29(金) 10:09:32.59 0
>>386
偶然ってのも、あるとは思うけどな

勝てば官軍っていうか、結果が歴史の必然みたいに見えるけど

396: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 10:21:38.61 0
>>386
呉楚七国の乱や、寧王の乱は鎮圧されたが、永楽帝は成功した

それと同じようなもんですな

391: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 22:21:53.15 0
アメリカ人って明清大好きだよな
ポメランツの大分岐とか皆さんどうお考えで
驚くほど似ていた一つの世界 ——。東アジアでも西ヨーロッパでも、発達した市場経済は生態環境の制約に直面していた。なぜ西欧だけが大きく分岐していったのか。今日にいたる世界経済の根源的な謎を明らかにし、新しい歴史像を提示したグローバルヒストリーの代表作、

大分岐―中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成


403: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 16:10:18.35 0
>>391
ポメランツの大分岐の主張って
西欧が経済面で東アジアを超えるようになったのは、石炭産地からの距離の短さと新大陸によって、資源が得やすかったからでしたっけ?

まぁそれもあるだろうが、国家が海外進出に積極的かどうかの違いじゃないかなぁ。
明清が国家として海外進出に積極的だったら、オーストラリアあたりは中華世界になってたはず。

404: 世界@名無史さん 2018/07/01(日) 16:46:24.13 0
>>403
日本や中国は、内陸的な勢力が鎖国政策を全土に広げてしまったからな

九州や広東省が、オランダやポルトガルみたいな独立国だったら、世界地図はまったく変わっただろう

478: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 22:02:53.22 0
王朝末期の衰退は人口は幾何学的に増加するが、食糧生産は算術的増加に留まって、貧困が生まれるという古典経済学のマルサスの罠によるものだろうか?

清代のグラフを見る限り、一人当たりの耕地面積が小さくなる一方で、もちろん土地の生産性は向上してるとは思うのだが、追いつかない感じがする。

ちょっと話題を明清に絡めました。。。

481: 世界@名無史さん 2018/07/04(水) 23:26:07.52 0
>>478
だから確か明清って相対的に恒常的に飢餓なんですよね……
何かの論文で読みましたが、中国が明清交代期の戦争や明末のいわゆる「郷紳の横」とかで荒れたせいで17~8世紀くらいに日本の方が農業生産性で上回るんだそうですね

あと個人的に明清調べてて思ったのが、牛耕よりも人力作の方が発展してると見られるってのは意外でしたね
その方が生産性高いらしいですし

485: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 02:33:51.58 0
>>481
その場合の生産性は土地生産性な。
土地が足りなくて労働力が余ってたから人力を際限無く投入して収量を増やすのが合理的になる。

487: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 18:20:46.37 0
>>481
清代は世界で例をみないほどの人口大爆が興った時代なんですけど
乾隆帝 (在位1735~1795) 一億七千七百万人
道光帝 (在位1820~1850) 四億千三百万人
新大陸から生産量が高く山間部でも育つトウモロコシが伝来したことや農業技術の革新で
ようやく人口一億の壁を越えれるようになった

日本も未曽有の人口増加があったのは確かだが享保年間で停滞して以来明治時代まで横ばいと清と比べると対したことない

488: 世界@名無史さん 2018/07/06(金) 02:23:28.81 0
>>487
「俺も行くから君も行け 狭い日本にゃ住みあいた
海の彼方にゃ支那がある 支那にゃ四億の民が待つ」
(「四億」はシオクと読むので頭韻を踏む)
の元になった数字が出たのは道光年間か
『馬賊の歌』が流行した1910年代はもう5億になっていたようだ

494: 世界@名無史さん 2018/07/06(金) 03:46:11.70 0
清の時代には、黄河は今ほど水が涸れてなかった

そのときの人口爆発が現在の状況につながっている

516: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 06:39:59.63 0
坊主、ハゲ、托鉢と言う者共全て凌遅。

517: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 08:25:13.71 0
>>516
かつてハゲ頭の坊主で托鉢をされていた朱元璋陛下だ。
開天行道肇紀立極大聖至神仁文義武俊徳成功高皇帝万歳!万歳!万万歳!

519: 世界@名無史さん 2018/07/07(土) 08:44:06.71 0
>>517
朕を素早く讃えた功績に公爵位を授ける。
一方で黒歴史を蒸し返してるので、その後は死刑。
俸禄出すのがもったいないしな。

575: 世界@名無史さん 2018/07/10(火) 16:14:28.56 0
>>519
明はケチ。
官の待遇が最悪。
薄給でこき使われた挙げ句に粛清。
報われない。

明朝万暦6年の財政収入を銀換算すると2080万両。
これは宋朝の1.6億両に劣るだけでなく、唐朝貞観年間の3000万両にすら及ばない。
一方で科挙官員の数は明朝中期で10万人で唐朝貞観年間の十倍以上の数。
結果、官員は薄給となる。
さらに膨大な胥吏や雑役がタダ働き同然を強いられていて、みんな暮らしのために汚職するしか道がない。

577: 世界@名無史さん 2018/07/10(火) 19:16:30.45 0
>>575
明らかに割に合わないのに官僚になりたがるのは何故なんだろうね

580: 世界@名無史さん 2018/07/10(火) 19:46:07.76 0
>>577
使命感。
名誉。
権力欲。
一族の繁栄。

やっぱり袖の下の旨味。

582: 世界@名無史さん 2018/07/10(火) 20:00:21.46 0
>>575
公務員が異常に多い

社会主義国だな

593: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 07:39:43.56 0
>>582
清朝に乾隆帝に謁見したマカートニー曰く
「確かに中国政府の機構と権威は、ほとんど即座にどんな困難でも克服し、人間の力でできることなら何でもしでかしてしまうほどによく組織され、強力である。」
だそうだ。
明清政府機関はそれなりに機能した。

588: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 00:00:14.75 0
>>575
軍事研究家の別宮暖朗が言ってた話だけど、中国とりわけ時代が下った王朝は、極端な「軽税国家」なんだよね。
そしてそのことが、一見善政のようで実は社会の発展の足を引っ張っているのだと彼は言う。
(もちろん経済学的観点としては無自覚だったにしても)、権力による所得の再分配がされないので、貧富の差が開きまくり、それが爆発して社会不安を引き起こし、王朝が崩壊する。
新王朝は、王朝崩壊の混乱後の「みんな貧しく平等」からスタートするので、最初は再分配なくてもうまくいくが、途中から貧富の差が開いて無限ループ。

590: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 06:18:33.61 0
>>588
まあ、明清の地主は、インドでいえばマハラジャみたいなものだな

事実上、地主の連合国家だ

591: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 06:57:02.71 0
>>588
「軽税国家」が人口爆増を起こす要因かなぁ。

617: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 23:50:11.10 0
>>591
少なくとも、康煕帝の有名な政策「課税人口の固定」が、その後の清のクソ人口爆発を生んだ重大な要因の1つだったのは、紛れもない事実だと思う。
あれで、19世紀にはついにマルサスの罠に陥り、中国社会は飢えた貧民が暴れまくる大動乱の時代に入る。

592: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 07:36:58.09 0
>>588
>王朝崩壊の混乱後の「みんな貧しく平等」からスタート

そんなわけがない。
上位が躓くだけ、あとはコネシステムが多少崩れるだけ

新王朝初期には農民が一杯科挙に合格するのか?

606: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 13:57:50.88 0
>>592
中国の場合は王朝が変わっても官僚組織はそのまま
つまり別の国になるわけでなく、同じ国で皇室が交代しただけ

617: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 23:50:11.10 0
>>592
「永楽帝大虐殺伝説」が、華北の農村の広範囲に、20世紀になっても伝わっている事実を見ると、王朝交代時期(前後含む)の混乱は「上位がちょっと入れかえ」とは考えられないけどねえ。
しかも、歴史の勝者が大虐殺をした伝説が全国レベルで広範に広まっているという、世界的にも珍しい状態。
洪武帝じゃなくて永楽帝(燕王)の軍勢が大虐殺した、という伝説内容でどこの村も一致する。
つまり本当に庶民レベルまでの大虐殺があった可能性が高い。

552: 世界@名無史さん 2018/07/09(月) 02:00:50.80 0
清はボロクソ国家とされるけどこの歴史解釈は誤りだ。その最大根拠は人口×農業生産×人口増加ペースだ

清の時代末期4億弱で農業生産トンは4500-5500万トン以上
実は個人あたりの石高割り当ては当時の日本と大差ない
そして1940年代満州開発で石高は増強しつつ、人口は4.6-5.2億ほどなので農業事情は全く悪くない

むしろ相対的に破滅的なのはロシアであり、ロシアは大戦で1500万、粛清と内戦で1000万も死んでるのに別途1910年から35年で餓死者4000-5000万と以上な量の死者を出してる結果人口が増えなかった
同時に当時のソ連は明確に身長が低かった。これは飢饉の裏付けだ


実は清帝国は歳入、歳出、貿易黒字、農業経済、農業成長は完全にうまく言ってた
というかこうがダム爆破と、大躍進の二大厄災をうけるまで実は農業経済うまくいってた
これは意外と知られてない公然の秘密である

599: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 11:24:30.94 0
明清戦争って、いまいち武将や政治家のキャラ立ちが薄いよね
日本の戦国武将とかヨーロッパの西蘭戦争・北方戦争・30年戦争のキャラみたいなのが少ない
袁崇煥くらい?

601: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 12:34:35.77 0
>>599
李自成と呉三桂は、講談・芝居に欠かせない超人気キャラ

602: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 12:44:27.44 0
南宋になっても粘った宋とは異なり、明はあまりにもあっけなく滅んだ
おかげで、「抗金の英雄」岳飛や、「亡宋の三傑」文天祥みたいなのがいない

中国を征服した異民族の英雄に、人気がないのは仕方ない

604: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 13:17:30.03 0
>>602
鄭成功は人気。

605: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 13:55:38.35 0
>>604
そうだな

鄭成功がいる

608: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 15:42:14.58 0
史可法、永暦帝、呉三桂、祖大寿王夫之、顧炎武らへんが僕好き

609: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 18:37:42.38 0
明や清の人物は、日本での認知度が低いだけ

中国での人気は、劉備玄徳や諸葛孔明と変わらんっていうか、多分それ以上

610: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 19:29:34.23 0
明清の人物は学者ならズラズラと思い浮かぶが武将なんかはサッパリだ
清末の革命期になるとまた知ってる人物多くなるが

清の皇帝だけはヌルポハチから溥儀まで全員知ってる

611: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 19:38:57.12 0
そもそも女真じゃなくて李自成に滅ぼされてるからな……
呉三佳とかキャラ濃いけど異民族側に付くし単純な2極対立じゃないから分かりにくくて流行りにくいのかも……
それでも裏山で自殺したすうていていとか好きだ

612: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 19:49:59.70 0
確か呉三桂の妾を李自成が寝取ったから山海関明け渡したとか言う逸話有るよね
関連【冠を衝く一怒は】呉三桂【紅顔の為なり】

613: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 20:08:51.98 0
むしろ明清に関する知識や関心が無さすぎる日本がちょっと変かもな
欧米での中国学と言えば真っ先に明清時代が対象だからな

616: 世界@名無史さん 2018/07/11(水) 22:18:37.28 0
日本人の「古代好き、近世無視」が、中国社会停滞論を未だに引きずる輩が大勢いる原因の一つなんだと思う
お前は戦前からタイムスリップしてきたのかと言いたくなるような人間が多すぎる

626: 世界@名無史さん 2018/07/12(木) 12:03:57.39 0
中国の章回小説のたぐいは
日本では後漢末を描いた三国志演義、唐を描いた西遊記までが人気で、最近では殷周革命を描いた封神演義もある

北宋末を描いた水滸伝はいくつか日本の小説、漫画、ドラマなどあるものの人気は今ひとつ
中国で何度もドラマ化されて人気度も高い楊家将(北宋を描く)は日本では知名度は非常に低い
四大奇書の一つでもある紅楼夢は清代の貴族社会を描き中国では最もマニアックなファンの多い作品だが
これも日本ではあまり人気がない(女性の一部か)

627: 世界@名無史さん 2018/07/12(木) 12:29:48.03 0
>>626
隋唐演義も、どうにも人気が出ない

関羽と張飛の知名度を100とすると、秦叔宝と尉遅敬徳の知名度は、中国では50くらいはあると思うが、日本では1未満、ていうかほぼゼロ

628: 世界@名無史さん 2018/07/12(木) 12:33:43.13 0
明初の英雄もそうだ

諸葛孔明の知名度を100とすると、劉伯温の知名度は、中国では70か80といったところじゃないか

日本ではほぼゼロ

636: 世界@名無史さん 2018/07/13(金) 06:59:55.48 0
明清といえば皇帝独裁制が極限までいったイメージがあるが、
あんな巨大国家の舵取りを一人の人間に集中できるものなのか?
毎日、何百もの重大な決裁を要する気がするが。

638: 世界@名無史さん 2018/07/13(金) 07:03:19.99 0
>>636
それをやり遂げようとしたのは清の雍正帝

日夜、全国から集まる大量の書類の決裁に追われて睡眠時間を削り、「過労で早死にした唯一の中国皇帝」とも言われる

明の皇帝たちは、日常の行政を官僚まかせにして、自分たちは遊び呆けた

645: 世界@名無史さん 2018/07/13(金) 09:48:41.01 0
>>638
明の皇帝は遊んでいたのが多かったけれど、遊んでる皇帝の一存で、あっという間に権臣佞臣宦官の首を飛ばせる怖さがある。
皇帝に代わって権力を握った者の時間は短く、遅くても次代即位で失脚し悲惨な末路となる運命。

703: 世界@名無史さん 2018/07/16(月) 13:59:57.52 0
>>638
洪武帝の場合、
1384 (洪武17 )年9月14日から21日までの8日間に集まった上奏文は 、1160通 、その案件は3291件 。
1日平均400件

独裁者は働き者。

639: 世界@名無史さん 2018/07/13(金) 07:04:15.72 0
西洋では、スペイン最盛期の国王フェリペ2世が「書類王」と呼ばれた

646: 世界@名無史さん 2018/07/13(金) 10:08:12.77 0
>>639
雍正帝とフェリペ2世、似てる。
広大な支配地からあがる膨大な数の報告書を黙々と読みながら、余白に書き込みをする。
フェリペ2世は指示、注記ばかりか、つづり字や地誌の誤りまで訂正していた。
地味で細かい絶対君主なんて最悪の存在。

引用元: ・明清帝国



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