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1: レオニダス 05/03/16 20:00:19 0
スパルタ教育という言葉だけ残してあまり資料が無いので教えてくれ。

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古代ギリシアスパルタについて語るスレ 
 









836: 世界@名無史さん 2007/08/05(日) 23:44:47 0
ドーリア系が南下して、先住組ギリシャ人を征服という説は本当?
だったら別の民族のはず。

838: 世界@名無史さん 2007/08/06(月) 12:50:48 0
元々のスパルタに住む人は奴隷になりました
いわゆるスパルタ人というのは征服した人達

839: 世界@名無史さん 2007/08/06(月) 23:14:19 0
>>838
言語の違いは?

840: 世界@名無史さん 2007/08/07(火) 00:16:38 0
民族ですか。。。難しい問題ですね。
特に現代の民族問題に引き寄せて議論される方が多いのでやっかいです。

民族の定義は難しいところですけど、古代ギリシア人は基本的に、ギリシア語を日常言語として、ギリシアの神々を崇めている人々をギリシア人と考えていたようです。
簡単に言うと言葉が通じ、同じ信仰を持っていればギリシア人です。
そのギリシア人の中にドーリア系、イオニア系、アルカディア系などの多くのグループがあります。
各グループは起源に纏わる神話が異なりますし、言語も僅かに異なっています。
違いといっても方言ていどですね。

ドーリア人南下説はヘラクレイダイの帰還の伝説を根拠に出てきた説で、古代ギリシア人はヘラクレイダイの帰還の伝説を信じていました。

伝説の内容をまとめるとこのような感じです。
元々ペロポネソス半島はヘラクレスが支配していましたが、ヘラクレスの死後、ヘラクレスの子供達はペロポネソス半島を逐われます。それから数世代後にヘラクレスの子孫達はドーリア人の助力でペロポネソス半島を再征服します。この時に建国されたのがドーリア系ポリス、スパルタです。
ちなみにドーリア人はギリシア内を移動し続けていた遊牧民のような人々だそうです。元々スパルタに住んでいた人々が一度追い出されて、再び帰ってきただけとの認識ですね。。。

新たな異民族がギリシアに侵入した事件を形を変えて記録したものがこの伝説だとして、南下説が現れました。ただし、別の形の南下説もあります。
ドーリア人は少しづつギリシアへ移住し、紀元前1200年頃に突如各地で蜂起し、現住ギリシア人を制圧してドーリア系ポリスを建国したという説です。

しかし、近年の考古学調査によると、この様な民族大移動の形跡は見つからないそうです。 ドーリア人の南下に結びつけられて語られる海の民説の方も信憑性を疑われていますから、ドーリア人の南下を信じていいのかどうかはわかりません。

842: 世界@名無史さん 2007/08/07(火) 11:41:44 0
スパルタ自体はペロポネソス半島に覇を唱えたいだけの矮小な国家であって帝国主義的領土拡大せず。

843: 世界@名無史さん 2007/08/08(水) 11:16:31 0
>>842 
トインビー先生が似たような主張をしていましたね。
スパルタは成長を止めた文明だと。。。

スパルタ史研究では紀元前5世紀末のペロポネソス戦争後のスパルタをスパルタ帝国(Spartan Empire)と呼び慣わす慣習があります。ペロポネソス戦争でアテナイに勝利した後、ギリシア全域に強い影響力を行使してペルシアにも攻め込んでいます。
ペルシア侵攻を実現できるほどの影響力を評しての名称ですね。

紀元前6世紀頃にもサモス、ミレトス、ナクソスなどのエーゲ海の島々や、アテナイなどを攻撃し、傀儡政権を立てようとしています。

ペロポネソス半島に籠もっていられるようなポリスではなかったようです。 

856: 世界@名無史さん 2007/08/21(火) 19:10:39 0
スパルタのポリスの墓は発掘されているの?
骨を発掘して復顔すれば人種は分かるでしょ。

858: 世界@名無史さん 2007/08/22(水) 00:23:28 0
1996年にラコニア地方の発掘成果をまとめた報告書が出版されているのですが、骨は出ていませんでしたね。
ドーリア系到来以前。。。とされているミュケーナイ諸王国の墓からは遺骨が出ているようですが、復顔の話は聞いたことがありません。

865: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 13:31:55 0
ポリスを形成して、ホメロス詩学を必須教養としている集団=「ヘラス(ギリシャ人)」という自意識であったはず。
テーバイのようにフェニキア人末裔もヘラスとみなされるようになった。
おそらく、そうでない連中はギリシャ語を話していてもヘラスではなかったとおもう。

928: 世界@名無史さん 2007/09/24(月) 01:31:11 0
>865 
スパルタでギリシア神話の文学といえばアルクマンでしょうね。 
 スパルタでホメロスとアルクマンのどちらがメジャーかはわかりませんが。。。 
問題はアルクマンの方は断片しか残っていないのですよね。
866: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 13:36:18 0
アテネは遺跡発掘によって、住民交代の形跡がないので本来ペラスゴイ(先住民族)だったはず。
ヘラスは血統ではなかったはず。しかし、「民主政治」の発達というのは、市民権を厳密に閉鎖することでもあった。だから(アレクサンドロス帝国が出来る以前は)血統とみなされるようになった。
928: 世界@名無史さん 2007/09/24(月) 01:31:11 0
>866 
最近スパルタでも新たな民族の到来を示す考古学的な証拠が見つからないと問題になっていましたね。 
それでも史学者はドーリア人の南下説を支持し、考古学者が疑問を投げかける構図でした。日本では周藤先生の影響で否定説の方が有力のようです。
963: 世界@名無史さん 2007/11/16(金) 01:48:33 O
>>928 
えっ、考古学者がドーリス人の南下を否定? 
なんでまた? 
遺伝子的に証明されたんですか?

966: 世界@名無史さん 2008/02/19(火) 00:48:40 0
>>963 
遺伝子は関係ないのですよ。 
一般的な考古学では土器とか墓の形態とかの変化を見ますので。 
ドーリス人が南下されたとする時期にこれらの形態の変化が余り見られないそうですよ。

874: 世界@名無史さん 2007/09/07(金) 19:38:24 0
>ポリスを形成して、ホメロス詩学を必須教養としている集団=「ヘラス(ギリシャ人)」という自意識であったはず。

つまりスパルタはギリシャじゃないと

889: 世界@名無史さん 2007/09/16(日) 15:47:56 0
スパルタは武芸以外の詩文学芸は全然無かったのでしょうか?

891: 世界@名無史さん 2007/09/16(日) 22:44:07 0
スパルタに芸術は無かったのか?と言うのは、ソ連に芸術は無かったのか?というのと同じ馬鹿馬鹿しさを感じる。

892: 世界@名無史さん 2007/09/16(日) 23:08:25 0
ただスパルタの芸術なるものは、よく言えば素朴。ぶっちゃけると粗野で洗練されていない。

896: 世界@名無史さん 2007/09/17(月) 16:51:32 0
野蛮でギリシャ人じゃないドーリア人に芸術を理解することなど出来ない
同じドーリア人のアレクサンドロスも酔った勢いでペルセポリスを炎上させた戦争犯罪者である

898: 世界@名無史さん 2007/09/17(月) 17:08:40 0
>>896
デモステネス乙
928: 世界@名無史さん 2007/09/24(月) 01:31:11 0
>889-893 
スパルタはギリシア最初の音楽学校が作られたと言われるだけあり、音楽にはご執心でした。 
300でも話題に出たカルネイア祭も全ギリシア的な音楽の祭典です。 
彫刻なども意外に多く出土しているのですよね。
905: 世界@名無史さん 2007/09/19(水) 21:53:40 0
「ドーリア」というのは自称なの?
アテナイ側による他称・差別語?

906: 世界@名無史さん 2007/09/21(金) 18:57:26 0
プロメテウスの孫、デウカリオンの子ヘレンがギリシャ人の始祖とされ、ヘレンには三人の子があり、アイオロス、クストス、ドーロス。
クストスの子が、イオン、アカイオス。
アイオロス、ドーロス、イオン、アカイオスがそれぞれ、ギリシャの四台支族、アイリオス人、ドーリア人、イオニア人、アカイア人の始祖とされる。
ドーリア人は、始め、小アジアのエーゲ海岸のドリス地方に定住し、更に移動してペロポンネソス各地に殖民しスパルタを建設したと自称していた。

つまり、共通の神話によって同祖同族と認め合う間柄。

913: 世界@名無史さん 2007/09/23(日) 04:42:01 0
>>906
アテネはこのうちの何人だったのですか?

914: 世界@名無史さん 2007/09/23(日) 08:11:27 0
世界史的にはアテナイはイオニア人だろうけど

神話の系図でいくとアテナイ王家はヘレン系じゃなくてヘパイストスとかの流れを汲む系譜でケクロプスとかエリクトニオスとかエレクテウスとかパンディオンとか。

ヘレン系ではアテナイ方面だとクスートスが↑のアテナイ王家の女との間にイオンやアカイオスを作ってるがパンディオンやアイゲウス、テセウスにつづくアテナイ王家とは関係なさそうだしなあ。逆にアテナイ以外だとヘレン系のアイオロスの元にほとんどの地方の系図が統合されてる。
アイオロスの息子はコリントスのシーシュポス、テッサリアのサルモネウス・クレテウスなど多数

915: 世界@名無史さん 2007/09/23(日) 09:38:17 0
伝説によればテーベはフェニキア人のカドモスによって建造されたそうですが、これは現実に起こった出来事に基づいてるんですか?

927: 世界@名無史さん 2007/09/24(月) 00:04:21 0
>>915
現実にフェニキアがギリシア人と植民地・商業競争するのと神話におけるカドモスやエウロペの出身地とが全く関係ないとは言わないが
テーバイやクレタがフェニキア人の入植でできたというような神話と歴史の直接的な関係はまず無いと思うんだがなぁ


919: 世界@名無史さん 2007/09/23(日) 11:36:02 0
キプロスも最初フェニキア人の入植地。

920: 世界@名無史さん 2007/09/23(日) 19:51:54 0
>>919
最初期はルウィ族とクレタ人
フェニキアが入ったのは前一千年紀になってからでアカイア人の入植より遅いよ

921: 世界@名無史さん 2007/09/23(日) 20:12:15 0
でもそれ以降は一貫してフェニキア系
それ以前のは僅かな証拠だけのアヤシゲな半電波

922: 世界@名無史さん 2007/09/23(日) 20:24:41 0
一貫して?
サラミス、パフォス、クーリオンは最後までギリシア系だったしフェニキア系のマリオンもギリシアに乗っ取られてますけど?
それにキプロスは青銅器時代のほうが研究進んでて半伝播なんていい加減なレベルにありませんけど

929: 世界@名無史さん 2007/09/24(月) 03:34:00 0
>テーベはフェニキア人のカドモスによって建造された

アレクサンドロスがテーベを抹殺・全市民奴隷化・破壊してからつくった「伝説」なのでは?

932: 世界@名無史さん 2007/09/24(月) 22:37:59 0
厭で仕方ないがフェニキア人と貿易しないわけにはいかないので、つくった同族伝説だろう。

933: 世界@名無史さん 2007/09/25(火) 03:08:51 0
アテネの彩色柱廊で哲学の講義をしていたストア派の哲学者ゼノンはどうもフェニキア人だったらしい

言うほど差別意識なんかなかったんじゃないのかな という気もするんだけどね

936: 世界@名無史さん 2007/09/25(火) 11:55:34 0
ホメロスを読むとフェニキア人とアカイア人は互いに船で奴隷として拉致しあっていた。

948: 世界@名無史さん 2007/09/29(土) 20:37:39 0
>>936
ヘロドトスなどの歴史家もフェニキア人自体の歴史については「紅海沿岸部から植民してきた」というだけでほとんど語っていないね。
ユダヤ人については全く無視。(ペルシャ帝国の頃には故地にはごく少数だった?周囲から異様に目立つ戒律はパリサイ派成立以降の事か)

ギリシャ人はフェニキアに立ち入り禁止か、それとも語る気も無いくらい憎悪の対象だったせいか?

950: 世界@名無史さん 2007/09/29(土) 21:11:04 0
>>948
でもアテナイにはフェニキア人の商業コミュニティーあったし「自分たち専用の神殿をアテナイに立てたいんだけど」って申し出すら議会で承認されるくらいには仲良かったよ

960: 世界@名無史さん 2007/10/07(日) 10:13:39 0
>>950
>自分たち専用の神殿をアテナイに・・・
フェニキア人は、実際に何時頃建立したのですか?

961: 世界@名無史さん 2007/10/08(月) 06:12:03 0
>>960
アテナイでフェニキア系メトイコイが目立つようになるのが5世紀末からで
実際に神殿建てたのはアレクサンドロス支配下の333/2年
これより少し前にはエジプト人もイシス神殿を建てたりしてて時代が降るほど雑多になっていく感じ

951: 世界@名無史さん 2007/09/29(土) 21:41:21 0
商いは相手があってこそ成り立つものだから、握手をしながら殴りあうというようなことはしょっちゅうだでよ、商売敵でお客さんの関係だから、商売の邪魔にならない神殿の用地くらい金出せば貸してやるよ、くらいのものだろう。

952: 世界@名無史さん 2007/09/29(土) 22:02:11 0
古典期だと各地の民会から市民顕彰受けたりしてるしな
案外「隣のクラスのお友達」程度の感覚だったのかもしれん

953: 世界@名無史さん 2007/09/30(日) 13:05:31 0
そもそも、民族間の対立っていう概念自体がさ
現代の感覚をそのまま古代に当てはめても駄目なんだと思うよ

954: 世界@名無史さん 2007/10/02(火) 03:43:13 0
>1
>若者を鍛えるキャンプみたいのがあって、常に食糧は少なめにしか与えられず、

でもさ、成長期の少年に食料を与えないのは体の大きな戦士を養成する点ではマイナスだよな?

956: 世界@名無史さん 2007/10/02(火) 07:49:22 0
>>954
栄養学とか当時あったのかねぇ

958: 世界@名無史さん 2007/10/02(火) 12:33:34 0
栄養学というよりも「食餌療法」の医術があった。

980: 名無し 2008/07/17(木) 10:34:43 O
>>954-958
戦士としての狡猾さや忍耐力を身に付けさせる為に、ヘイロタイから食べ物を盗ませたんですよ。

それも戦いの訓練としてワザとやらせたそうです。
盗んでるのがバレたら鞭を打たれてました。鞭を打たれる際には悲鳴を上げてはいけなかったとか……。(それも戦士としての訓練の一つであります)
ヘイロタイ

ヘイロタイは、古代ギリシア・スパルタで、共有財産として国家に所属していた非自由身分の名称。

ヘイロタイは家族を持つことは許された国有奴隷である。代々奴隷身分を引き継ぎ土地に縛られ農業に従事し、主人であるスパルタ人に収穫物の一部を貢納した。約5万人(市民とその家族)のスパルタ人に対し約10万人のヘイロタイが存在したため、数で劣るスパルタ人は常にヘイロタイによる反乱に神経をとがらせた。

紀元前479年のプラタイアイへの出兵に際しては、スパルタ人1人に対してヘイロタイ7名が従卒ないし輜重兵として参加した。ヘイロタイは危険な分遣作戦に好んで使われ、ほとんどの者が躊躇なく見捨てられたという。


970: 世界@名無史さん 2008/03/28(金) 15:00:05 0
古代ギリシアどころか中学生レベルの歴史(初歩的日本史を軸とした歴史)すらロクに覚えてない素人ですが、「古代スパルタでは一定の年齢になるまでに結婚しな男は結婚しろと詰め寄られ、それでも結婚しないと裸の女性たちを集めた場所に放り込まれ、それでも拒否すると死刑にされた」とかいう話を何処かで聞いたように微かな記憶があるのですが、コレって実際にあったことなんでしょうか?
(それともタダの与太話なんだろうか・・・??)

971: 世界@名無史さん 2008/04/01(火) 00:28:34 0
それはたぶん。元ネタはプルタルコスですね。

リュクルゴスは結婚していないものには不名誉を与えた。
彼らはギュムノパイディア(お祭り)から締め出された。
冬に役人たちは結婚していない者達に裸で広場を廻るように命令した。
彼らは法に従わないから正当な罰を受けたと、彼らのために作られた歌を歌った。
彼らは若者たちからの尊敬と奉仕を奪われた。

プルタルコス『リュクルゴス伝』


処刑はないと思いますよ。

引用元: ・古代ギリシアスパルタについて語るスレ



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