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1: ピンチ 01/09/13 18:58
アレクサンドロスについて、彼のどこがすばらしい?
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アレクサンドロス大王について 









374: 世界@名無史さん 03/05/13 17:44
インドの土侯と交戦したという話は歴史のロマンを感じさせる

375: 世界@名無史さん 03/05/13 18:01

死ななくても2、3年すれば帝国は分裂してたかも

年をとれば人間深みが出るって言うけど、若いときの才気が長続きしない例が多いのもまた事実だからなあ

376: (××) 03/05/13 18:51
>>375
始皇帝同様、生きているうちは分裂したとは考えにくい。

また、アレクサンドロスのヨメはペルシア皇女。
アレクサンドロスではなく
その子供にマケドニア人が反発するのは容易に想像できる。

377: 世界@名無史さん 03/05/14 00:43
アレクサンドロスは政治家というよりも戦士だから自分の死後に帝国が長続きするようにとはそれほど執着していないと思う、そこが政治家タイプの始皇帝と違うところかな、アレクは戦いという表現方法で人と接して人間というものを追求したかったんじゃないかと思う
ガキっぽくて純粋な人だな

379: 世界@名無史さん 03/05/15 10:50
アレクサンドロスにとっては征服することが目的であって征服した地を維持することなど関心外だったろう。

382: 世界@名無史さん 03/05/17 02:42
ガイシュツかもしれんが、中世以降は伝説的にローマ皇帝とペルシア皇帝をあわせた権威
東西世界の統合者としての象徴と考えられていたらしい。

オスマン帝国のスルタンはアレクサンドロスを意識していたとか。

383: 世界@名無史さん 03/05/21 21:36
まあ、諸国の王が近隣国の領土切り取って豊かになる、という発想で戦争やってた時代に世界制覇という概念を打ち立てた人で、その後の覇者たちの系譜のスタートになったのは凄いと思う。

カエサルは30代のとき、アレクサンドロスの銅像を見て「彼は自分の年齢では巨大な王国を築いていたのに俺は何やってるんだ」と思って奮起し、
ナポレオンはいやいや入った士官学校でカエサルの物語を読んで「僕はカエサルの名に恥じない生き方をする!」と野望を立てたらしい。

400: 世界@名無史さん 03/06/05 20:29
背教帝ユリアヌスのペルシャ遠征って、アレクサンドロスに影響されたのかね。
この皇帝、ギリシャ趣味だったらしいから。

401: 世界@名無史さん 03/06/05 20:34
アレクサンドロスって、長期の攻城戦を経験してないでしょう。
唯一、ハルカリナッソスを除いて、すぐ陥落している。

だからこそ、短期間の大征服ができたわけだけど、この人のつかった攻城兵器って、そんなにすごかったの??投石器かなにか??

ペルシャに侵攻してからは、大した城、なかったのかしらん。
キュロスの叛乱の時も、一挙に帝国心臓部まで行ってるしね。

403: 世界@名無史さん 03/06/06 22:49
>>401
テュロスは苦労したぞ

404: 世界@名無史さん 03/06/07 15:02
テュロスもありましたね。ただ、苦労はしたけど、何ヶ月もかかるような戦いじゃないでしょう。
テュロス攻略の決め手って、城壁の破壊だったかな。

406: 世界@名無史さん 03/06/07 16:46
>>404
プルタルコスによればテュロス攻囲戦は7ヶ月かかった。

407: 世界@名無史さん 03/06/08 10:20
七ヶ月もかかったの??随分足止めくってるね。
アッリアノス「アレクサンドロス東征記」に、攻囲期間かいてあったっけ??
あれ読んだとき、そんなに、長期攻囲じゃないと思ったんだけど。
しかしテュロスやエジプトに寄り道してる間、ペルシャはなにしてたの??

411: 世界@名無史さん 03/06/08 20:46
>>407
テュロス、エジプトを攻めてる間、ダレイオス3世は帝国各地から軍隊を集結させてるところではないかと。
ちなみに7ヶ月かかったというのはディオドロス、クルティウス、プルタルコスに出てくることです。で、テュロスが陥落したのは今の暦で8月頃です(こちらはアッリアノスにヘカトンバイオン月というのがでてます)。

412: 世界@名無史さん 03/06/08 22:17
テュロス攻めのときはイッソスの敗残軍が、小アジアに反攻してる。
アンティゴノスに撃退されたが。
ダレイオスは>>411の通り、戦力を集めてたんじゃないかな。
あとは、アギスの叛乱がうまくいってアレクサンドロスがマケドニアに帰るような事があればその隙に失地を回復しようぐらいは考えていたとは思うが。


414: 世界@名無史さん 03/06/09 12:27
もしアレクサンドロス大王が長生きしていれば、西はイベリア半島・フランス・イタリア半島、南はエチオピア、東はインド半島、北は黒海沿岸・カスピ海沿岸まで征服していただろうか。

417: 世界@名無史さん 03/06/17 16:36
ふと思ったんだけど、大王の世界帝国が完成・維持されてたら、ギリシアの哲学者とインドのバラモンとの議論とかが実現してたのかなー

471: 世界@名無史さん 03/09/02 17:02
そもそもアレクサンドロスが東西文化の交流に直接関わったわけじゃないからね。

アレクサンドロスの唯一の功績はペルシアの向こうの世界ともいうもべきものを認識させたということである。しかしながら、その認識は同時代のギリシア人たちには全くといっていいほど理解されることはなかったのである。
…俺の卒論より(w

472: 世界@名無史さん 03/09/02 18:18
逆にペルシャ人は非常に強くギリシャを意識するようになったけドナー

477: 世界@名無史さん 03/09/09 17:10
フィリポス2世が、アレクサンドロスの側近として選んだスタッフが良かったのかもね。
プトレマイオス、カッサンドラ、フェファイスティオンなど、何れも若くて才能あふれる
人達だったらしい。

478: 世界@名無史さん 03/09/10 23:15
阿刀田高の「獅子王アレクサンドロス」読みました。
本の中でアレクサンドロスは金髪碧眼になってましたが、これは正しいのでしょうか?

479: 世界@名無史さん 03/09/13 01:47
おそらく浅黒い肌に黒髪、暗色の瞳と思われ。
有名なモザイク画でダリウスとの合戦を描いた絵に出てくる彼の風貌がこれでしたが・・・
真相は相即するほかないようで。
あ、ひょっとしたら文献などで何か言及しているかも?

485: 世界@名無史さん 03/09/16 16:53
>>478
定評のある、オスプレイ(日本版発行:新紀元社)のイラスト主体の歴史解説シリーズでは、アレクサンドロスは金髪碧眼で描かれております。
文献資料よりは、彩色彫刻、壁画などから推定しているようです。

アレクサンドロス大王の軍隊―東征軍の実像 オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/488317848X/ref%3Dpd%5Fbxgy%5Ftext%5F2/249-7816996-7481953

481: 世界@名無史さん 03/09/15 12:06
岩波からアレクサンドロス大王東征記って出てるけど
あれはどう見ても素人向けじゃないよなあ

482: 世界@名無史さん 03/09/15 15:01
>>481
岩浪文庫の「アレクサンドロス大王東征記」はアレクサンドロスに関する基本史料の一つですね。
素人向けじゃないかもしれないけれど、やはりあれは読んだほうが良いと思うな。

488: 世界@名無史さん 03/09/25 20:09
今日、クルティウスの「アレクサンドロス大王伝」を入手。
これからゆっくり読むかな。電車の中で少しだけ読んだけれど、アッリアノスとは違うおもしろさがあるかな。

497: 世界@名無史さん 03/10/11 18:50
クルティウス「アレクサンドロス大王伝」、数日前に読了しました。
アッリアノスではあまりでてこないペルシア側の事情がかなり詳しく書かれていたり、フィロータス事件の様子、大王が死んだ後の出来事等が詳しく出てきます。むろん、話として面白くするための脚色もあるのでしょうが、こうした点はなかなか面白かったかな。
あとは、アレクサンドロスが幸運続きでそれに毒されてだんだん傲慢になっていく様が順を追って書かれてます。
4200円出しても購入してよかったと思います。

492: 世界@名無史さん 03/10/01 21:05
アレキサンダーの名が中国に伝わったのはいつだろう?

498: 世界@名無史さん 03/10/12 22:14
>>492

安 禄 山 ? 
ア  レキ サン 

他スレのネタでつが・・・
安 禄山(あん ろくざん)は、唐代の軍人、大燕国皇帝。本姓は康で、康国(サマルカンド)出身のソグド人と突厥系の混血。「禄山」はソグド語の「ロクシャン(rwxšn/roxš(a)n 明るい・光の意味)」の音訳[1]。

1^ 「安禄山」は「アレクサンドロス」「アレクサンダー」の音訳説があるが、現代では否定されている。

499: 世界@名無史さん 03/10/13 11:47
禄山だけでアレキサンダ-じゃないかな。安はボハラのことでそ。

500: 世界@名無史さん 03/10/17 00:14
ボハラって?

501: 世界@名無史さん 03/10/17 02:55
ボハラってのはシルクロードにあった都市国家。今のウズベキスタンの中。

502: 世界@名無史さん 03/10/17 11:59
なんで「ボハラ=安」なの?

503: 世界@名無史さん 03/10/17 20:32
安=安息=パルティアだから。

505: ty270410 03/11/01 22:07
イラン,中央アジアでは「イスカンダル・ズルカルナイン」という名前で記憶されていたと読んだことがある.

506: 世界@名無史さん 03/11/09 21:57

アレクサンドロスの先祖と子孫、それぞれどのくらい先から(後まで)分かっているのでしょうか?

前は父親フィリッポスまで、後は・・・・末裔の話を聞いたことが無いけれど?

507: 世界@名無史さん 03/11/10 00:30
>>506
ヘロドトスに出てくるアレクサンドロス1世が王国建国から7代目という事になっていますが、彼の父親アミュンタス1世以前の王については実際のところよくわかりません。史料的にかなりはっきりしてくるのは紀元前5世紀からということでよいと思います。

終わりですが、アレクサンドロス後を引く子孫はディアドコイ戦争で断絶しています。子供のアレクサンドロス4世、ヘラクレス(庶子扱い)は前310年、前者はにカッサンドロスによって、後者はポリュペルコンによって殺されてしまいます。
彼の妹たちについてもエウリュディケーはオリュンピアスとの抗争に敗れてとらえられ自殺、クレオパトラはサルディスからエジプトへ逃げようとして殺され(前308)、テッサロニケはカッサンドロスとの間に3人の子を残したが子供に殺されています。
その子供たちも王位を巡って争い、死んでいったようです。

513: 素人 03/12/21 23:28
昔読んだ歴史漫画でアレクサンドロス大王の家庭教師としてアリストテレスが登場してくるシーンがあります。
その時、大王のご学友としてプトレマイオスとヘファイスチオンって言うのが出てきたんですが、ヘファイスチオンって何した人ですか?

514: 世界@名無史さん 03/12/22 02:00
アレクサンドロスがもう一人のアレクサンドロスと言ったほどの親友。
バビロンで死去。

522: 世界@名無史さん 04/01/15 16:31
このスレにはアレクサンドロス暗殺説についてはほとんど書かれてないようだな。
セレウコスらが共謀した暗殺の可能性が強いだろう。

531: 世界@名無史さん 04/01/26 00:34
>>522
アリストテレスは、遠征に参加した歴史家の甥をアレクサンドロスに殺されたため、それを恨み暗殺しようとしたがそれより先に病死してしまった。という話は聞いたことある

549: 世界@名無史さん 04/02/04 16:42
アレクサンドロスの墓を水揚げできないのかな

550: 世界@名無史さん 04/02/04 20:11
まず、何処に墓があるかも見つかってないんじゃなかったっけ?
参考アレクサンドロス大王の墓、21年がかりで探求

559: 世界@名無史さん 04/02/11 08:45
>>550
エジプトのアレクサンドリアに大王の墓があったとうことはかなり有名だが……
アウグストゥスもアントニウスとクレオパトラを倒したあとアレクサンドリアに墓参りいっている
海に沈んだファロス島の灯台は実は大王の墓だったというのは科学雑誌ニュートンなんかでよく書かれてるね

576: 世界@名無史さん 04/05/23 20:41
>>559
アレクサンドロスの遺体をプトレマイオスが途中で奪い取って、それでエジプトに持っていったのでしたっけ。

558: 世界@名無史さん 04/02/11 08:24
中世フランスで吟遊士人なんかが謡ったうたでは、大王はバビロンでは死なずインドや中国へいき水中探索をやったことになっている……
それでイッソスやガウガメラの戦いのシーンなどを描いたタペストリーの風景は中東ではなく、フランス中部のロレーヌ地方の風景だといわれている……

no title


563: 世界@名無史さん 04/02/24 23:52
>>558
イスラム世界におけるアレクサンドロス(アル・イスカンダル)の伝承をもってきたんだろう。
三本の角があったとか、初めて潜水船を作って海中観察をしたとか、おもろい内容がいっぱい。

565: 世界@名無史さん 04/02/25 08:44
ディスカバリーチャンネル
2月25日 19:00~

アレクサンドロス大王暗殺事件

空前の巨大帝国を築いたアレクサンドロス大王。32歳という若さでこの世を去った権力者の、知られざる死の真相に迫る。歴史に名前をとどろかせる存在でありながら、真の姿は、いまだ秘密のベールに包まれた王。
特に、さまざまな説がささやかれ、今も研究の対象とされているのが、その最期についてだ。果たして彼は病死だったのか、それとも何者かの手で殺害されたのか。専門家の見解を交えながら、その死に隠された真実を探る。

566: 世界@名無史さん 04/02/25 22:18
ヘファイステイオンの死で心も傷つき
酒におぼれ、精神安定剤飲みすぎで体をこわして死亡。
ありえるな。
怪我の後遺症とかも本当にあったと思うし。

567: 世界@名無史さん 04/02/26 18:12
なんとかって薬草=毒草入りの薬の飲みすぎってやつだね。
まあ、当時の医学とか大王の性格考えたら、そういう結論だったとしてもおかしくは無いよね。
それにしても、一般的に知られる死因・マラリアの症状と大王の末期の症状が全く違っていたとは驚いた。

584: 世界@名無史さん 04/07/28 14:03
アレキサンダーは日本人だった!



というトンデモ本をきぼん

593: 山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM 04/08/10 18:40
>>584
函谷関を越えて中国へ攻め入ったというトンデモ本ならありました。あまりの電波にすぐ本棚に戻してしまったのが惜しまれます。

594: 世界@名無史さん 04/08/11 13:34
>>593
豊田有恒の「モンゴルの残光」にも、そういう仮定について言及があったっけ。
ちょうど春秋戦国時代ですな。純粋に軍事的には、勝てたかも?

595: 世界@名無史さん 04/08/11 14:31
どうかな?

東征軍は、ソグディアナに行ったところですでにギリシア系将兵とペルシア系将兵に反目が生じていたし。
仮にさらにソグド系軍団を加えようとしたら統制はさらに困難度が増す。
軍事的にも勝てた気はしないが。

596: 世界@名無史さん 04/08/11 14:51
>>595
じゃ、家に帰りたいギリシア系将兵は放置。
ソグド系将兵だけ連れて突っ込む。

アレクサンドロスならやりかねん気がする。

599: =595 04/08/11 15:20
>>596
>家に帰りたいギリシア系将兵は放置。
>ソグド系将兵だけ連れて突っ込む。

その場合は、後背地各地で反乱が多発すると思います。
放置されたギリシア系将兵にすら反乱の可能性はあるわけだし。

早々に撤退するか、突出先で孤立して自滅の可能性も、ありそうなこととしては、前線で講和し、お得意の政治的有利を演出しつつ撤退、後輩の反乱を平定、ではないでしょうか。

600: 世界@名無史さん 04/08/11 15:38
>>599
東方に置いて行かれたギリシア人将兵達は故郷に帰りたい等々の不満を抱えたままアレクサンドリアに入植させられたり、属州の守備隊に残されているので、ギリシア系将兵の背後での反乱の可能性はありますね。

実際、アレクサンドロスがインドから引き返す途中の戦闘で瀕死の重傷を負ったときに、アレクサンドロス死すという形で情報が伝わるとバクトリアでギリシア人達が帰ろうとして反乱を起こし、バクトラを占領しています。
この時は結局反乱側が内部分裂を起こして失敗したようですが、前323年にアレクサンドロスが死ぬと大規模な反乱(歩兵2万、騎兵3000ほどと伝えられています)が起きています。


601: 世界@名無史さん 04/08/12 08:54
>>600
>東方に置いて行かれたギリシア人将兵達は故郷に帰りたい等々の不満を抱えたままアレクサンドリアに入植させられたり、属州の守備隊に残されている…


そもそもこの行為にメリットが感じれられないんですが、何故こんなことしたんでしょうかね? 本当にただの厄介払いだったんでしょうか。

602: 世界@名無史さん 04/08/12 12:11
>>601
厄介払いと言えば言えるけど、ちと乱暴な要約かな(?)
傷病兵や、投降した元傭兵(ペルシア側についていた)などが、入植組の主体に。
(元傭兵にはポリスに帰還できた者たちも出るけどね)

メリットとしては、
a戦意の低い者を軍団から切り離す
b現地人勢力に対する牽制として
――など

東征軍は、マケドニア兵を中核に、各ポリスからコリントス同盟に供出された戦力、各地の制圧地であらたに徴用した戦力が混在してたから。
とても一枚岩とは言えなかった。だから“厄介払い”にも意味はあった。

604: 世界@名無史さん 04/08/12 14:59
>>601
>属州の守備隊に残されている…
>そもそもこの行為にメリットが感じれられない

守備隊を置くことに、>>601が、なぜメリットを感じないか、よくわからない。
アレクサンドロス東征の直前頃、すでに、バクトリア~ソグディアナでは、反アケメネス朝の反乱が起きていた。
これは自律を求める運動だったと思われるし、バクトリアは元々、アケメス朝領でも反乱の多い、土地柄だった。

だから、エジプトのように、アレクサンドロスを単純に解放者として迎えるという雰囲気ではなかったわけで。アレクサンドロスがロクサネとの婚姻に踏み切った背景には、同地の情勢が影響していたはず、と思われる。

一方、この時期すでに、アレクサンドロスはアケメネス朝後継者として振る舞いはじめている。(ダレイオス3世の埋葬、ベッソスの征討など)
バクトリアに守備隊を置くこことには、政略的にも、戦略的にもメリットはある。
とゆーか、もし置かなかったら、単なる戦争バカってことになってたと思う。

引用元: ・アレクサンドロス大王について



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