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1: 世界@名無史さん 2010/09/12(日) 01:47:17 0
司馬遷・鄭和のような傑物から 
趙高のような佞姦まで様々な中国史の宦官を語りましょう。 







4: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/30(火) 22:01:03
宦官と言えば明代がひどかったね

5: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/31(水) 03:41:31
宦官と聞くと党錮の禁を思い出す。

党錮の禁

党錮の禁(とうこのきん)は、後漢末期に起きた弾圧事件である。宦官勢力に批判的な清流派士大夫(党人)らを宦官が弾圧したもので、その多くが禁錮刑(現代的な禁錮刑とは異なり、官職追放・出仕禁止をさす)に処された事からこの名で呼ばれる。


6: China garden 投稿日:2005/08/31(水) 18:31:18
元、明の頃にはインドからも宦官が輸入され、「火者」という言葉が使用されるようになりました。「火者」とは宦官を意味するペルシア語、インドのヒンドスターニー語の「ファージャ」の音訳です。

7: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/31(水) 18:34:46
宦官を廃止しようという皇帝は、いなかったのですか?

8: 世界@名無史さん 投稿日:2005/08/31(水) 18:38:00
いなかったと思う 
朱元璋でさえ廃止はしなかったし

9: 世界@名無史さん 投稿日:2005/09/01(木) 14:28:38
中国で宦官廃止論が出たのは康有為の変法以後だと記憶している。


戊戌の変法

戊戌の変法(ぼじゅつのへんぽう)とは、清王朝時代の中国において、光緒24年(1898年、戊戌の年)の4月23日(太陽暦6月11日)から8月6日(9月21日)にかけて、光緒帝の全面的な支持の下、若い士大夫層である康有為・梁啓超・譚嗣同らの変法派によって行われた政治改革運動。


10: 世界@名無史さん 投稿日:2005/09/01(木) 18:45:06
なんで日本だけはまったく宦官が根付かなかったんだろう?

12: 世界@名無史さん 投稿日:2005/09/01(木) 21:11:34
>>10 
当時の日本が、ある意味“未開国”だったからでは? 
キリスト教圏でも、ビザンツ帝国には宦官がいたのに、ゲルマン諸王国には根付かなかった。

40: 世界@名無史さん 投稿日:2005/12/06(火) 00:33:11
>>10 
宦官以前に、日本では去勢なる風習自体が20世紀になるまでなかったためとも思われ。 
日露戦争で初めて軍馬の去勢が行なわれたそうだし。

11: 世界@名無史さん 投稿日:2005/09/01(木) 18:59:16
宮刑は元来、異民族の捕虜に施す刑罰だから蝦夷くらいしか対抗が無い日本じゃ根付かなかったんでしょ。 
昔から宦官制度を導入しなかった日本の英断と言われているが。

14: 世界@名無史さん 投稿日:2005/09/01(木) 21:37:01
三田村「宦官」中公文庫BIBLOによれば、 
1つの理由は、宦官の元となった宮刑は、異民族を征服したときに起こるものだからだという。日本が同一氏族で、同一種族では宮刑はしないそうだ。 
もう一つの理由は、中国の制度を輸入した際、刑罰は遣唐使で「笞、杖、徒、流、死」を入れたがそのときすでに、中国で宮刑がすでに廃止されてなかったからだと。

4: 世界@名無史さん 2010/09/12(日) 07:23:16 0
宦官将軍っていうと鄭和の他にどんなのがいましたっけ
西洋ではナルセスってのがいましたが

6: 世界@名無史さん 2010/09/12(日) 09:40:28 0
>>4
将軍より文官に出世した香具師が多い<宦官

7: 世界@名無史さん 2010/09/12(日) 09:55:56 0
北宋末の童貫

11: 世界@名無史さん 2010/09/15(水) 03:21:09 0
>>7
宦官なのに顎鬚はえててムキムキマッチョという話なんだから、金玉ついたままだったら凄かったんだろうな。もったいなさすぎる。
182: 世界@名無史さん 2016/03/13(日) 15:55:09.21 O
北方水滸伝の童貫元帥閣下強すぎ 
最初は架空の人物かと思い幼年期の水滸伝を読み直したら実在でしたとさ… 
北宋時代はいろいろおかしい…

188: 世界@名無史さん 2016/08/02(火) 00:10:47.17 O
>>182 
去勢すると男性ホルモンが不足して腕力弱くなるとはいうがね。 
高校の同期で陸上部で砲丸投げやってた本物の女性に聞いたが、女性でも鍛練を怠らなければ「まあまあ腕っぷし強い男」くらいまでは腕力がつくし、トレーニングを続ければその腕力を維持も出来るそうだ。 
違いは訓練を止めた後で、男と違ってアッという間に筋肉が落ちていくとか。

169: 世界@名無史さん 2015/09/21(月) 21:26:56.84 0
皇帝が宦官を重用する理由として家族がいないから皇帝を第一に考えてくれるとか権力を持たせても一代限りだから安心とか説明があるけど
唐代の宦官なんて自分たちが大事で皇帝なんか軽んじてたし曹吉祥は簒奪狙ったし全然違う気が

170: 世界@名無史さん 2015/09/21(月) 21:50:53.20 O
>>169
そういう奴も居た、という話では。
強い使命感と倫理観で任務に励む自衛官や警察官の中にも、残念ながら人間の屑が紛れ込んでいるように。

171: 世界@名無史さん 2015/09/22(火) 09:31:49.77 0
>>170
家族がいないから皇帝を第一とか、一代限りとかの条件が外れると
他の官僚や外戚と何も変わらないから
特に重用する理由も無いんじゃないかなってこと
幼い頃の養育係なら親近感も沸くかもしれないけど
魚朝恩や曹吉祥は皇帝の幼少時代には接点が無いし

173: 世界@名無史さん 2015/09/25(金) 11:53:31.06 O
>>171
天涯孤独の人でもない限り、身内は居るんだよね。
中には妻子を養うために宦官になる人も居たし、居ないなら居ないで甥や姪を我が子のように可愛がる人なんて全然珍しくないし。


192: 世界@名無史さん 2017/06/26(月) 08:32:50.97 0
科挙に何度も落ちた人が宦官の道を選ぶってのもありそうな

193: 世界@名無史さん 2017/12/18(月) 16:06:25.52 0
>>192
明の王振がまんまそれ

202: 世界@名無史さん 2018/03/07(水) 07:45:14.21 0
アメリカ人が書いた本を立ち読みしてたら、
「宦官は中国韓国以外には見当たらない。日本にもいない」

あれ?ビザンチン~オスマン朝にもいたんじゃなかったっけ?
東ゴート王国を倒したナルセス将軍など。

206: 世界@名無史さん 2018/03/09(金) 10:16:49.80 0
>>202
ぶっちゃけ無教養にもほどがあるやろ。
ローマやイスラム圏にもいたのに

203: 世界@名無史さん 2018/03/08(木) 20:00:54.56 0
イスラム圏はもちろんプトレマイオス朝のエジプトにもいたし近くではベトナムにもいた
中央アフリカにもいたな

204: 世界@名無史さん 2018/03/08(木) 20:50:11.44 0
それはそうだけど、中国ほど宦官の存在感が巨大化した地域が、ほかにないのは間違いない

207: 世界@名無史さん 2018/03/09(金) 10:18:10.31 0
>>204
中国の宦官の場合皇帝が外戚とか権臣に権力を脅かされた時の最後の切り札だからね。
前漢の宣帝や後漢の和帝とか。
あと明の永楽帝とか。


221: 世界@名無史さん 2018/09/27(木) 04:20:57.76 0
劉チョウ
(チョウの字は金偏に長)

五代十国時代、現在の広東省付近に南漢という国があった。
広東方面は、唐の時代より中央で失脚した官吏の左遷の地であり唐末期の混乱期は官吏の疎開の地であった。そのため、南漢国は五代十国の混乱の中でも、武官より文官が重用されていた。

だが最後の皇帝、劉チョウ(チョウの字は金編に長)は極端に猜疑心が強く、その文官ら疑って次々と誅殺したあげく「普通の男子は子孫を作り、その子孫を大切にするから信用できない。子孫を作れない者なら忠義を尽くすだろう」との考えのもと、宦官を重用、有能な人材がいればわざわざ去勢してから登用したため、朝廷はほぼ宦官で占められた。
おかげで、当時の南漢の成人男子のうち1割が去勢者だったという。

そんなわけで人心は離反し、南漢は北宋に併呑された。

259: 世界@名無史さん 2019/04/15(月) 19:44:55.18 0
南漢は成人男性の2割が宦官だったとか
日本もこの国を見習おう

224: 世界@名無史さん 2018/09/27(木) 13:58:06.84 0
>子孫を作れない者なら忠義を尽くすだろう

子孫を作れなくても皇帝なんかに忠義を尽くすわけないじゃん

225: 世界@名無史さん 2018/10/11(木) 14:33:32.27 0
ミンのリュウキンの国の歳入の10年分の財産って

劉瑾の財産は処刑後に没収されたが、『二十二史劄記』によれば、没収財産は金250万両、銀5,000万両、その他無数の珍宝があり、当時の明朝歳入の10年分に相当するものであった。

226: 世界@名無史さん 2018/10/13(土) 07:48:39.70 0
中国人が何か大きい数字を挙げたら、1000か少なくとも100で割ること。

229: 世界@名無史さん 2018/10/14(日) 05:14:11.79 0
>>226
600兆と仮定したら1000で割っても6000億

228: 世界@名無史さん 2018/10/14(日) 05:13:27.80 0
中国の宦官とかってさ

皇帝が高い所から街を見たいと言ったら必死に止める
自分達の家を見られるとまずいから
つまり皇帝が嫉妬するレベル

宮中の料理がまずくて食べられない
1回の食事に1億銭
これは宦官じゃないかもしれん

国家の収入の10年分以上の財産

230: 世界@名無史さん 2018/10/14(日) 05:15:39.05 0
韓国ドラマを見るとチャングムでも宦官がいい人扱い
宦官主人公のドラマもあった
中国と比べて忌み嫌われていない気がする
チャングムの王直属の奴等も厳しい取り締まりをしていたが極悪人ではなかった
それに対して中国で宦官の極悪と思われる扱いよ

231: 世界@名無史さん 2018/10/14(日) 21:05:22.50 0
中国は宦官の権力が皇帝をしのいでいたからなあ

234: 世界@名無史さん 2018/12/23(日) 22:07:26.15 0
>>230
中国でも良い宦官はいた

235: 世界@名無史さん 2018/12/23(日) 23:12:01.88 0
司馬遷は宦官だった
紙を発明した蔡倫は宦官だった
明代に大航海をした鄭和も宦官だった

236: 世界@名無史さん 2018/12/24(月) 11:23:19.55 0
>>235
司馬遷は孔子を尊敬していたけど
孔子は衛公が宦官を馬車に同情させていたのを見て汚らわしいと言ったらしいからなあ

237: 世界@名無史さん 2019/01/03(木) 10:24:10.73 O
司馬遷は宮刑に処せられたが宦官ではない。
閹人⊇宦官(=ではない)に注意。

238: 世界@名無史さん 2019/01/06(日) 14:20:45.92 0
>>237
閹人と宦官をどこで線引きする?

239: 世界@名無史さん 2019/01/06(日) 14:33:08.86 0
>>237
宦官になる刑罰だよ
それに宮中で働いているよ

240: 世界@名無史さん 2019/01/09(水) 00:59:47.90 0
>>239
それなら司馬遷も宦官でいいんじゃない

208: 世界@名無史さん 2018/03/14(水) 16:17:07.11 0
始皇帝ほどの人物が趙高をのさばらせたのは謎だ 
死罪になりかけたものの助かった後は元のポジションだし

248: 世界@名無史さん 2019/02/17(日) 15:03:11.94 0
始皇帝と二世皇帝を操り秦を無茶苦茶にした悪党扱いの趙高だけど、もし趙の王族で子孫を作らせないために宦官にさせられたと考えるなら見方は大分変わってくるかな?
相当な紆余曲折あったとはいえ漢以降も一族が要職についていた韓の末裔と比べると趙の末裔の話は聞かないけど

255: 世界@名無史さん 2019/03/21(木) 13:31:52.93 0
自宮宦官の最初が斉の桓公に仕えたジュチョウだから基本は罪人だよ
最初は異民族の捕虜だけど

263: 世界@名無史さん 2019/05/13(月) 18:49:34.78 0
宦官が王になった例ってあるのでしょうか?

264: 世界@名無史さん 2019/05/13(月) 18:54:10.44 0
>>263
ペルシアのガージャール朝のアーサーモハンマドシャーだっけ

引用元: ・中国の宦官史(part2)

引用元: ・中国の宦官史

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