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1: 世界@名無史さん 2005/09/18(日) 21:21:55 0
何世紀も前のこと、アフリカから強制連行した黒人を欧米諸国に送り込み、家畜のごとく扱っていた奴隷貿易。
現在でもスーダンでは養子縁組という隠れ蓑をきせて行われているそうな。
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奴隷貿易 









3: ジーモン・ジョーカー 2005/09/18(日) 21:34:03 O
拉致・強制連行ばかりではない。 ダホメ王国だったか何だったか忘れたけど、西アフリカにあった王国は奴隷貿易でぼろ儲けした。 奴隷を売り飛ばした代わりに西洋人から強力な火器を入手し、次々と他部族を破り、奴隷として売り飛ばし、の繰り返し。

7: 世界@名無史さん 2005/09/18(日) 23:10:43 0
>何世紀も前のこと、アフリカから強制連行した黒人を欧米諸国

新大陸の植民がある程度進んで労働力不足となった16世紀後半から南北戦争の18世紀後半までの新大陸へをのぞけば、ヨーロッパ自体へは、十字軍のときとペストの大流行後の労働力不足の一時的なものぐらいで奴隷自体はさほど多くない。
よって、16世紀後半から18世紀後半までの新大陸ぐらいか。

8: 世界@名無史さん 2005/09/19(月) 01:15:52 0
最古の例はローマのヌビア人奴隷あたり?

12: 世界@名無史さん 2005/09/19(月) 11:50:46 0
>>8
ギリシャがすでにエイジプト経由で輸入してなかったっけか。

169: 世界@名無史さん 2006/01/03(火) 18:52:10 0
古代ローマで、奴隷が消滅したのはいつ頃?

170: 世界@名無史さん 2006/01/08(日) 03:38:45 0
>>170
西欧諸国が奴隷制度を廃止したのは1848年以降。
古代からそれまでは存続していた。
各国の奴隷制度が廃止された年代

イエメン:1962年廃止
アラブ首長国連邦:1963年廃止
オマーン:1970年廃止
モーリタニア:1980年7月(1905年にフランスにより公式に廃止。暗黙のうちに1961年の新憲法で、およびその年の10月に国際連合加入の時に表明、現実には存在。2007年8月に犯罪となった。
ニジェール:2003年廃止。フランスの植民地時代に奴隷市場は閉鎖されたが、2003年に奴隷制度が違法となった。

176: 世界@名無史さん 2006/01/08(日) 12:53:03 0
>>170
奴隷制から農奴制に徐々に切り替わり、西欧では中世に農奴が消滅し、奴隷制がなくなる。ペスト流行で人口が減少し、労働力が不足すると奴隷を輸入しているが、すぐに消滅。その後、新大陸発見により労働力としての奴隷が登場。

171: ジーモン ◆.5DV4fMpf6 2006/01/08(日) 04:20:36 O
>>172
イギリスは1832年に奴隷制度を廃止している。
確かデンマークはそれよりも前に廃止。

174: 世界@名無史さん 2006/01/08(日) 10:05:10 0
最後の奴隷制は1962年に消滅している。
国はど忘れ。

175: 世界@名無史さん 2006/01/08(日) 11:12:57 0
まあ、奴隷ってのは歴史の中で必然的にできたものだからな
なかなか止められないのさ

177: 世界@名無史さん 2006/01/09(月) 16:09:04 0
奴隷廃止となったイギリスに、新大陸から奴隷がやってきたら自由になるのかで論争となったことがある。

182: 世界@名無史さん 2006/02/03(金) 18:44:53 0
アラブの奴隷制は成人すれば自由になる事が出来る家内制奴隷だったので、西洋諸国がやってた物として扱う奴隷制とは違うって聞いたけどほんと?

183: 世界@名無史さん 2006/02/03(金) 22:31:53 0
それが正しいとすれば、アラブには成人の奴隷が存在しない。
奴隷になるのは子供だけで、すでに成人に達している人間はどうなったのか不明。
アラブの奴隷制の一部分だけを、西欧の一部分と比較している。

184: 世界@名無史さん 2006/02/05(日) 18:14:14 0
金貯めて自分自身を買い戻すんじゃなかったっけ?

190: 世界@名無史さん 2006/02/20(月) 07:32:33 0
黒人が欧米に文句を言わないのを前前から疑問に思っていたんですが、もしかして言わないんじゃなくて言えない?
黒人の王が白人と組んで自ら奴隷貿易を推進してたんですか?

192: 世界@名無史さん 2006/02/20(月) 22:49:40 0
初期にはヨーロッパ人がみずから奴隷狩りを行なっていたが、効率も悪いし、不案内で、すぐに、交易所のような拠点を作り、現地の有力者が集めてきた奴隷と交易するような形になる。

209: 世界@名無史さん 2006/03/01(水) 21:44:31 0
日本も自国人を欧米人に対して似たようなことをやていたよなあ。
なんで日本人奴隷が歴史に出てこなかったか不思議。

210: 世界@名無史さん 2006/03/01(水) 22:26:58 0
戦国末期から織豊時代に日本人の奴婢が海外へと売却されていたと聞いていたが。

特に血の気の多い戦闘員が国内治安に支障をきたしそうなくらい過剰な状態だったので
『奴隷戦士』として売却されたという説を見たことがある。山田長政などが代表例。
徳川時代に入っちゃているけど。
最も本人たちはそんな気はさらさら無かったと思うが。

216: 世界@名無史さん 2006/03/05(日) 00:07:39 0
戦国末期~江戸初期の渡海武士は「傭兵」というのが通説ですが。
農村型土民兵士のレベルだった東南アジアにあっては最強軍事顧問団。

217: 世界@名無史さん 2006/03/05(日) 00:13:10 0
アラブ世界におけるトルコ人マムルークみたいな存在だったの?>日本人奴隷

218: 世界@名無史さん 2006/03/05(日) 00:50:47 0
そこまでシステム化はされていなかっただろうね。
当時のアジアの王権のの版図と組織力はトルコとは比較にならないくらい貧弱だった。

219: 世界@名無史さん 2006/03/13(月) 20:22:15 0
と言うより、トルコが凄すぎ。
六百年、末期を除いて君主が実権を持って存続した帝国は稀なんだから。

258: 世界@名無史さん 2006/08/03(木) 12:30:54 0

奴隷商人というとすごい悪人というイメージがあるけど少し違うと思う。奴隷貿易全盛の時代、奴隷貿易が悪いなどという考え方は無かった。ちょうど江戸時代の日本に武士の『切り捨て御免』が悪いという考え方が無かったように、悪くない以上、普通は善良な人間も奴隷貿易をしたろう
その心は『異教徒を正しい神の教えがある世界に送り届けることは神の御心にかなう』だろう。ちょうど武士が『無礼を働いた百姓町人を切るのは武士道にかなう』と思っていたように

現代の道徳で過去の人間を裁くのは間違っていると思う。
現代でもセクハラが悪いと言われるようになったのはここ10年程でそれまではスキンシップだと思われていた・・・少なくとも男はそう思っていた。

261: 世界@名無史さん 2006/08/04(金) 06:02:32 0
新大陸の産業構造上、需要があったわけだしね。
需要がなければ、市場も成立しない罠。

262: 世界@名無史さん 2006/08/04(金) 11:41:29 0
たしか元禄年間に旗本奴と町奴が争って、「切り捨て御免」をやってしまった後 閉門蟄居させられたうえで、世間が忘れかけてほとぼりが冷めた後、幕府に切腹を命じられたと思ったがね。

>ちょうど武士が『無礼を働いた百姓町人を切るのは 武士道にかなう』と思っていたように

武士はそう思い込んでいたかもしれないが、幕府は秩序維持のためにより効果的とおもえる『喧嘩両成敗』を採用した。武士の権威を守るための『切り捨て御免』は、そういうこともあるんだよという暗黙の了解に過ぎず、実際にそのような乱暴な手段に訴えるのは稀だったのではなかろうか? 
実際は野良仕事や手内職に追われていたにも拘らず、武士階級は『文武に励む』という庶民には理解しがたい方法で、権威を守り畏怖を得ていた。

264: 世界@名無史さん 2006/08/15(火) 21:02:02 0
インディアンの奴隷となった白人も悲惨だよな。
ローランソン夫人もカワイソ。

275: 名無的発言者 2006/09/25(月) 12:23:52 0
白人はアフリカの黒人を奴隷にしたけど、実際に奴隷狩りをしたのはアフリカの黒人自身だろ
それからアラブ人も黒人を奴隷として使ったし中世では白人奴隷をアラブ人が使っていた
白人だけが罪の意識をもつこともないだろう。

323: 世界@名無史さん 2006/12/22(金) 12:20:38 0

『ガーディアン』紙(Thursday March 11, 2004)のアフリカ特派員Rory Carrollによれば、北アフリカの海賊に よって誘拐され奴隷に売られたヨーロッパ人の数は、一連の襲撃が行われた1530年から1780年の間に100万人であった。この襲撃の結果、シシリアからコーンウォールまで海岸沿いの町の人口が減った。
毎年、幾千もの白人のクリスチャンが誘拐され、回教徒の奴隷主のためにガレー船漕手や労働者、妾として、モロッコやチュニジア、アルジェリア、リビアにおいて強制労働を強いられたという。
学者はヨーロッパにおける奴隷狩りが行われていたことを長い間知っていたが、アメリカの歴史学者ロバート・デイビスが計算したところ、以前考えられていたよりもはるかに多いことが判明した。
もちろん、アメリカに奴隷として連れ去られたアフリカ人奴隷の数1200万人と比べれば少ないが、奴隷売買が白人の専売特許であったという考えは誤りのようだ。
http://www.guardian.co.uk/uk_news/story/0,3604,1166720,00.html

276: 世界@名無史さん 2006/09/26(火) 12:08:00 0
すいません、ちょっと聞きたいんですが、古代のギリシャではどうだったんですか?
家畜同然の扱いをうけるような奴隷(真正奴隷とでも呼ぼうか?)はいたんですか?

277: 世界@名無史さん 2006/09/26(火) 23:47:14 O
>>653
高価な家具って感じで、一般のイメージよりずっといい暮らしをしてたらしいから、家畜同然のはいないだろ

280: 世界@名無史さん 2006/09/28(木) 02:31:08 0
古代ギリシャに限らず、家内奴隷はそれほど残酷には扱われない。
なぜなら、長い年月一緒に暮らしている以上、擬似的家族に近くなり、力で強制するよりも信頼で結びつくことが多い。

281: 世界@名無史さん 2006/09/28(木) 16:40:46 O
アメリカ映画にもそういう描写多いよな
あれは自分たちを正当化してる面もあるんだろうがね

284: 世界@名無史さん 2006/10/05(木) 04:16:57 0
古代ギリシャや古代ローマの場合、「自前の生産手段を持っていていること」が真人間の定義で、真人間には自動的に参政権や戦争に出る権利・社会に奉仕する義務が付いた。
参政権と武装の権利があって社会に対して義務を負う人=市民だわな。

自前での生産手段を持たないのが奴隷。こういう人は生産手段を持っている人に雇われて糊口をしのぐ。参政権は無いから他の街へ行くことも許されないし、雇用する権利はあっても雇用される権利というのもええ加減なものなので、所属チームを選ぶことのできない今のプロ野球の選手のような状態だ。
奴隷の売買というのも、人身そのものの売買ではなく、雇用権の売買なわけだ。
サラリーマンから辞める自由のなくなったもの、江戸時代の水呑百姓(小作人)のようなものが、奴隷にあたるわけだ。

285: 世界@名無史さん 2006/10/05(木) 10:06:03 0
奴隷が賃金もらえたのか?

286: 世界@名無史さん 2006/10/05(木) 23:12:38 0
ローマの剣闘士奴隷とか、近世の砂糖農場や綿農場の奴隷なんかは、賃金もらってたよ。
完全な通貨の場合もあれば、農場内だけで通用する交換票のときもある。

287: 世界@名無史さん 2006/10/08(日) 17:38:39 0
バイキングの奴隷も自分の財産を持ち、自分の意志で処分できたし。
新大陸の奴隷も初期には私有財産も、菜園も持っていたりする。

298: 世界@名無史さん 2006/10/25(水) 11:26:32 0
高齢で働けなくなってから解放してやるといって、住居となけなしの蓄えも取り上げて追放する、という悪質な事例も有ったのか?

313: 世界@名無史さん 2006/11/11(土) 12:21:58 0
奴隷は7年で解放するようにと旧約聖書に書いてある。

329: 名無し 2006/12/25(月) 21:19:30 0
>>313

>奴隷は7年で開放すべきと旧約聖書に書いてある。

どんな本に何が書かれていようと実行しなければ何の意味もない
ユダヤ教徒にしろキリスト教徒にしろ奴隷を7年で開放したという記録はない

330: 世界@名無史さん 2006/12/25(月) 22:26:26 0
解放しなかったという記録はない

331: 名無し 2006/12/26(火) 12:51:12 0
>>330

ある。
南北戦争時の奴隷の90%以上は奴隷の親から生まれ、生まれて以降ずっと奴隷で大人になった。つまり最低でも親子二代50年は奴隷だったことになる。

349: 名無しさん 2007/01/21(日) 19:43:03 0

奴隷貿易は大まかに言って三つ

(1)アフリカからアメリカへの白人による黒人奴隷貿易
黒人狩り自体はアフリカの黒人がやっていた

(2)アフリカからアラブへのアラブ人による黒人奴隷貿易
サハラ砂漠を南から北に横断した

(3)ヨーロッパからアラブへのアラブ人による白人奴隷貿易
アラブ人の海賊がイタリアやフランスの海岸を襲ったり船を襲ったりすることもあったが白人の奴隷商人が白人(特にスラブ人)を売ることも多かった。

ちなみに古代日本の邪馬台国が中国に贈った貢物は奴婢ようするに奴隷だ
中国からはお返しにカガミや剣が贈られた。

355: 世界@名無史さん 2007/01/22(月) 01:03:46 0
>>349
アラブというより「イスラム圏」「イスラム教徒」といった方が正確だ。
北アフリカや中近東の住人はアラブだけではない。

357: 世界@名無史さん 2007/01/22(月) 15:23:07 0
ベルばらの外伝で、修道院に入れられた身寄りのない娘たちが宝石と引き換えにトルコに売られていたというのがあったなあ。ナポレオンの奥さんのジョゼフィーヌの従妹も海賊にさらわれて、トルコの後宮に売られて、でも皇帝に見初められて後には皇帝の母にまで上り詰めてた。
奴隷っちゃたいへんだあ、と思っていたけど、当時の底辺の人たちの生活状況を考えると、食える分だけマシ、一がいなことはいえないなあという気もする。

なんか奴隷っていうと、ご主人が気が向けば、いたぶって惨殺できるおもちゃというイメージがあったけど、上記レス読むとなかなかお金かかって大変だったみたいだし。

エイメ・デュ・ビュク・ド・リヴェリ(1776年?(1763年?) - ?(1817年?))は、18世紀後半に生きたマルティニーク出身のフランス人女性で、オスマン帝国のスルタンの母后ナクシディル・スルタンと同一視されている人物。

エイメ伝説

多くの人々が信じているところによれば、消息を絶った彼女はオスマン帝国のハレムに献上され、のちの皇帝マフムト2世を生んだという。諸書に記されたエイメの後半生は、おおよそ以下のようにまとめられる。

エイメは家族と離れて船旅をしていたときに、海賊に襲われて行方を絶った。彼女の身柄は海賊の手から手に渡って、最後には地中海のムスリム(イスラム教徒)海賊を支配するアルジェリアの総督(デイ)の手からオスマン帝国の皇帝アブデュルハミト1世のハレムへとに献上された。ハレムに入ったエイメは「飾られた声」という意味をもつ「ナクシディル」というトルコ名を与えられ、その美貌と名家育ちの気品からたちまち皇帝の心をとらえた。アブデュルハミトの寵愛を受けたエイメはやがて皇子マフムトを生み、スルタンの夫人としての扱いを受けるようになった。そしてのちに息子マフムトがスルタンになるとその母后となり、同じころフランスで皇后になっていた従姉と別の道で栄華を極めるという数奇な運命を辿ったのである。

伝説の検証

ハレムにおけるエイメの波乱に満ちた後半生を伝える様々なエピソードはあたかも史実であったかのように紹介されてきた。しかし実際のところ、ナクシディルがジョゼフィーヌの従妹エイメであることや、彼女がハレムにおいて経験したドラマチックな事件を証拠付ける同時代の記録は存在しない。

359: 世界@名無史さん 2007/01/25(木) 19:16:25 0
>>357
今なら価値としては自動車ぐらいの価値だからね 何百万くらいか
そんなに手荒に使ってつぶすわけにはいかないかと

360: 357 2007/01/26(金) 00:46:50 0
>>359 
やはり奴隷によって価値も違ったんだろうね。「風とともに去りぬ」のマミーだと外車くらいで、プリシラだと軽自動車なみとかでさ。

368: 世界@名無史さん 2007/04/05(木) 14:51:57 0
奴隷貿易って総体では何千万くらい移動させられたのかな

391: 世界@名無史さん 2007/09/30(日) 20:37:00 0
イスラムだと碧眼の奴隷より黒目黒髪の女奴隷のが価値が高いと聞いたが本当?

392: 世界@名無史さん 2007/10/01(月) 13:40:28 0
>>391
ツタンカーメンの肌の色がどうこうってスレ見た??
俺もそれほんと?って思った。今までずっと、白人の金髪碧眼が人気あると思ってたから。

395: 世界@名無史さん 2007/10/01(月) 15:07:44 0
>>392
これじゃないか
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1138890568/155

>読み返してみたが、イブン・ブトラーン(バグダード出身のアラブ人景教徒)の「奴隷の購入と検査に関する有用な知識の書」だそうだ。
ちなみに前後の部分はこんな感じ。

「市場の奴隷商人(ナッハース)は、このときを利用してあらゆるトリックを使うからである。やせた女は太ったように見せかけ、茶色い肌は黄色くし、さらに口臭をとり去って香りのいいものとする。また、青い目を黒目にし、ブロンドの髪は黒に染めかえ、茶色の肌は白くかえてしまう、などである」

397: 世界@名無史さん 2007/10/03(水) 10:49:17 0
そうそのスレです。もう過去ログになってしまい見れませんが、、、、、、、、
確かイベリア半島を征服した王朝だと金髪碧眼の奴隷が人気〔スラヴ人〕と書かれていたんですが
イベリアは特別で他の地域だと黒髪のが人気あったんですかね?

415: 世界@名無史さん 2008/06/08(日) 15:01:48 O
日本で奴隷が違法になったのはいつの時代?
本人の意志と関係なく所有の対象とされ、売買される人間が奴隷と定義されるけど。
アメリカに留学した知人は、向こうで日本が奴隷制を廃止したのは、第二次大戦後だと言われたことにビックリしていたが。
そんなの聞いたことがないと反論したらエビデンスがないと言われたそうな。

417: 世界@名無史さん 2008/06/21(土) 21:13:29 O
>>415
人身売買は明治期の文献でも政府が禁止しようとしているのをみたよ。
奴隷の定義によるのかもね。

425: 世界@名無史さん 2008/09/02(火) 12:54:22 O
>>415
日本で奴隷身分と呼ばれたものが廃止されたのは安土桃山から江戸時代初期にかけて。
ただその後も遊女や下人が人身売買されている。
この人身売買は明治初期に禁止されている。
第二次大戦後というのは農地解放で小作人を解放したことを指すと思うが、小作人が奴隷と言われると違和感があるな。


芸娼妓解放令

身売買ヲ禁シ諸奉公人年限ヲ定メ芸娼妓ヲ開放シ之ニ付テノ貸借訴訟ハ取上ケスノ件(明治5年10月2日太政官布告第295号)は、明治政府が1872年(明治5年)11月2日(旧暦10月2日)に発した遊女の人身売買の規制などを目的とした太政官布告。通称芸娼妓解放令(げいしょうぎかいほうれい)、娼妓解放令。人身売買禁止令とも呼ばれる。

1872年(明治5年)、マリア・ルス号事件(マリア・ルーズ号事件)が発生。人権問題の解消を促す流れの中で、芸娼妓解放令が出された。同令、および、同年10月9日(11月9日)の「前借金無効の司法省達」(明治5年司法省達第22号)より、前借金で縛られた年季奉公人である遊女たちは妓楼から解放された。


435: 世界@名無しさん 2008/11/04(火) 20:26:53 0
奴隷が大量に使用される社会と言うのは共通点があると思う。
奴隷制社会と言えば古代ギリシャ,ローマそして近世アメリカ植民地とロシア(農奴制)
これらの共通点は
(1)農業社会である事
(2)人口密度が低い事
(3)肥沃な未開地がふんだんにある事
である。
そこでは農業社会であるため上流階級になると言う事は地主になって広大な農地を所有し
大量の労働力を使って農業経営をすると言うことになる。ところが人口が少ないため農業労働者や小作人が集まらない集まってもよほどの好条件でないと出て行って未開地を開拓して自作農になってしまう。しかし自作農より好条件で雇うと赤字になってしまう。
よって奴隷を購入するか農民の移動を禁止して農奴にしてしまうしかない
古代エジプト,古代オリエント,近世イギリス,フランスで農業奴隷や農奴がほとんどいなかったのは人口密度が高く未開地がほとんどなかったため小作人や自作農の次男三男に生まれた場合小作人になるか労働者になるしか生きる道がなかった。
これを地主の側から言えば小作人や農業労働者がふんだんにいるためあえて金を払って奴隷を買う必要がなかったことによる。

437: 世界@名無史さん 2008/11/19(水) 20:55:45 0
奴隷が大量にいると、叛乱を抑えるための暴力装置(軍隊とか)にも過大な投資が必要になる筈だが、どうなの?

438: 世界@名無史さん 2008/12/10(水) 01:08:52 0
奴隷の反乱ってそもそもそんなないよな

439: 世界@名無史さん 2008/12/10(水) 01:57:24 0
>>438
奴隷の質による

生まれつきの奴隷と生まれつきでない奴隷はやっぱり結構違うもんだよ


引用元: ・   奴隷貿易   



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