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1: 世界@名無史さん 03/06/04 18:11
南米大陸に花開き、1532年インカ帝国がスペインに滅ぼされるまで約3000年続いたアンデス文明。今でも謎の多いこの文明ですが近年は日本人考古学者が活躍するなど解明が進んでいます。
アンデス文明を広く語りましょう! 


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178: 世界@名無史さん 03/11/10 12:42
ポリネシアとの交流は全く無かったの?

179: 世界@名無史さん 03/11/10 13:00
サツマイモなどの状況証拠くらいしかないので何ともいえないところ。
ミクロネシアやポリネシアの巨石文化、石蒸し料理法などの共通点については偶然の一致か、どちらかからの伝播なのかも不詳。

何か新発見でもあるといいけどね。

180: 世界@名無史さん 03/11/10 19:07
スペインに侵略されて疫病によって先住民が大量死し、同化政策によって留めを刺され(高地の先住民はかなり言語・文化的独自性を守ったが)、チムーやシカンなどのあったペルー太平洋沿岸部ではスペイン語化されたので、海洋文化の歴史が消えたのであろう。


181: 世界@名無史さん 03/11/10 22:59
>>180
葦舟漁法や灌漑施設なんかは、結構昔の文化が残ってると思うけどな。
同化政策というより、カトリックの布教が大きかったんじゃないだろうか?

182: 世界@名無史さん 03/11/17 00:57
ナスカの集落では現在も灌漑水路(しかもアジアのカナートのような地下水路!)が現役で生活用水として活躍していますね。

183: とてた ◆0Ot7ihccMU 03/11/17 22:41
農業技術(特にジャガイモ関係)は、植民地時代の方が低下したといえるのでは。

184: 世界@名無史さん 03/11/18 18:35
ペルーの海岸はほとんどが乾燥地帯で荒涼とした土地が多いな・・・

185: 世界@名無史さん 03/11/24 21:53
海岸部で育つ作物といったら何だろう?
トウモロコシ・カボチャ・豆類かな。

186: とてた ◆0Ot7ihccMU 03/11/24 22:52
>>185
キャッサバやトマトだそうです。

188: 世界@名無史さん 03/11/24 22:59
インカの皇帝が聖書を渡され、「これには神の声が書かれている」と訊き、耳に押し当ててみると何も聞こえない。
頭に来て投げ捨て、それが交渉決裂の引き金になった……
あまりにも歴史の名場面で、大好きなんですけど。

197: 世界@名無史さん 03/12/02 16:47
シカンのピラミッド群見たけど、寂しいところだ。
近くの集落の殺伐とした感じが、世の無常を訴えている。
マチュピチュとかの方が、神秘的で日本人の感性にはフィットする。
たたらとか鉱山系はやっぱ大陸の文化なのかなあ。
俺はどうも南方系のルーツだしな。
1024px-The_Valleys_of_Túcume_(Peru)


シカン文化(シカンぶんか、Sicán)はペルー北部沿岸で750年~1350年頃のプレ・インカ時代に栄えた文化。


198: とてた ◆0Ot7ihccMU 03/12/04 23:05
>>197
おお、見に行ったんですか…。

アドベ(日干しレンガ)が崩れてるんですよね…。

199: 世界@名無史さん 03/12/09 15:59
シカン、なんか土煙とアカシアの木に囲まれた、薄汚れた場所だった。
アドべも崩れちゃって土の小山になってた。
リマの博物館の展示物は凄く良かったけど。

204: 世界@名無史さん 03/12/13 17:18

南米文明と日本の江戸文明(江戸時代の日本のこと)はどっちのほうが進んでいましたか?また庶民になるならどちらに住む方が楽しそうですか?

208: とてた ◆0Ot7ihccMU 03/12/13 20:35
>>204
自由度なら、江戸市民の方が大きかったかと。
インカの国民は居住地域が制限されていたり、労働義務があったり…。

205: 世界@名無史さん 03/12/13 17:37
インカ文明には、日本の「江戸っ子」のような、金とヒマを持った庶民はいなかったと思う。(というか、通貨自体が無かったか…)

なるならインカの王侯になりたい

206: 世界@名無史さん 03/12/13 18:36
生きたまま心臓えぐられたりするんだがな。
おれはやだな。

207: 世界@名無史さん 03/12/13 18:51
>>206
それはアンデスじゃなくて中米では?
まあアンデスでも戦争の捕虜などだとえらい最期だったようだが・・・
眼球えぐり&首チョンパのレリーフが延々と続く遺跡はどこだったっけか。
エクアドルかコロンビアのほうだった記憶・・。

210: 207 03/12/14 00:01
ありました、これ↓ですた
https://en.wikipedia.org/wiki/Cerro_Sech%C3%ADn

ペルーのセロ・セチン遺跡ですたスマソ 
209: 世界@名無史さん 03/12/13 21:27
>>206-208
高度な知識社会と文明がある一方、こういう原生宗教的な恐怖があるアンバランスを感じるんだよね、中南米文明には。
それも魅力の一つなんだろうけど。

211: とてた ◆0Ot7ihccMU 03/12/14 10:44
>>209
おそらくは。
タイムマシンで見に行きたい…とは思っても、暮らしてみたいとはなかなか…。

212: 世界@名無史さん 03/12/20 09:05
中1です。さきほど初代皇帝の名前を知り、インカ帝国に興味を持ちました。

213: とてた ◆0Ot7ihccMU 03/12/21 21:59
>>212
マ○コ・カパックですか。
クスコを建設して、最後は石になったそうですが。

215: 世界@名無史さん 03/12/22 21:16
庶民の家で石造りってのはあったのでしょうか?
たいてい神殿や公共施設に多いようですが。
民家は木造か日干し煉瓦かな。

あ、マチュ・ピチュのは土台が石だったっけ。

216: とてた ◆0Ot7ihccMU 03/12/25 22:37
>>215
インカの高地地域の場合はどこも石積み・草葺だったかと。
アドベは乾燥地域でしたし。

217: 世界@名無史さん 03/12/27 11:44
>>215
クスコ~ボリビア側の高地なら、一般家屋と思われる遺跡もたいがい土台から石造りです。寒いからなのかと思いきや、北部のカハマルカ近辺やワラスなどの高地都市では、現在でもアドベに漆喰仕上げの家が多いですね。
とある村では、今でも男はアドベ家を自作してはじめて一人前、という話を聞きました。

木造家屋はどうなんでしょうね。
痕跡が残ってないだけかもしれないのでなんとも。

227: 世界@名無史さん 04/01/18 18:00
あの隙間のない石組みの技法の正体について有力な説ってあるのでしょうか?
仮説さえも聞いたことがないもので・・・

トンデモ説だろうか、「特殊な草の汁を掛けると化学反応で岩が細かく砕け、それを袋に分けて運び、建設現場で木枠に流し込んで今度は固める草の汁で成型した」
というのは・・・その植物の詳細は何も分かりませんですたが。

228: とてた ◆0Ot7ihccMU 04/01/25 19:10
>>227
「相互に削りながら組み合わせた」…そうですが、実は「大きな石で建造物をつくる」というのは不可能ではないそうです。

20世紀にアメリカで個人で「石の宮殿」をつくったこともあるとか。
(こちらの人も、製作方法は秘密にしていましたが)

229: 世界@名無史さん 04/02/10 22:26
チチカカ湖のウル族、死因の最上位が高血圧。
無理もないわな、食事のほとんどが塩湖の幸からだからこればかりはどうにもね・・・

231: 世界@名無史さん 04/03/24 17:03
治安・政情不安定で未発掘の土地が多く残る国にはまだ大発見が眠っているのかもな。
コロンビアやパナマはどうしようもないくらい物騒だし。
中米と南米の接触するあたりを見たいのだが当分無理かなトホホ

232: とてた ◆0Ot7ihccMU 04/03/25 21:55
>>231
コロンビアといえば、サン・アグスティンでしょう。
ほのぼの系の石像群が好きです。
San_Agustin_parque_arqueologic


サン・アグスティン遺跡群
は、コロンビアのマグダレナ川上流の標高1200mから2000mの山岳地帯に500km2の範囲にわたって点在する独特な石彫で知られる遺跡群。

この遺跡群の立地は、東方はカケタ川からアマゾン川へ、西方はパティア川から太平洋へ、北方は、マグダレナ川からカウカ川を経由してカリブ海へ抜ける交易の要衝ともいえる場所である。サン・アグスティン文化を築いた人々は、そのような交易やトウモロコシ栽培、果物など食用にするための植物採集によって生活の糧を確保していたと考えられる。


233: 世界@名無史さん 04/03/29 17:02
コロンビアは金が豊富だったねハァハァ
国家に至る手前の首長連合のような域にまで達していたそうだが
結構周辺に影響力あったのかね?

234: とてた ◆0Ot7ihccMU 04/04/01 21:28
>>233
小規模村落国家がせいぜいのレベルだったみたいですね。

とはいえ、「未発見都市文明遺跡」を否定する根拠も無いような。

235: 世界@名無史さん 04/04/13 22:23
名物「黄金のジェット機」とかのシヌー遺跡がそうだっけな

249: 世界@名無史さん 04/04/25 04:07
吉村作治・増田義郎共著
岩波新書刊
インカとエジプトから引用。
前著で増田氏によると46p-47pでの発言を要約すると

・高地ではトウモロコシよりジャガイモの方が重要だった。
・穀類は保存できないからせいぜい酋長制国家しかできない
国家を形成する国は必ずと言ってよいほど穀物に依存する
ところがインカは根菜類=ジャガイモで国家をつくった
インカは高地の寒気でチューニョという保存食をつくった。
これは単なる乾燥食品ではなく一定の工程を必要とするがほぼ半永久的に保存できる。
逆にトコシュという水につけて一定期間保存できる方法も開発されていた。
結論として根菜類を保存食とすることでインカはエネルギーの蓄積を可能として国家を形成した。

250: 世界@名無史さん 04/04/25 04:11
チューニョは今でも常用食で、ジャガイモの他にオカ、オユコ、マニオックなる根菜類も使用される事もある。
他に食料として代表的なものは南瓜、瓢箪、唐辛子、リマ豆、落花生もなどがあげられる。綿もとれた。これは旧大陸ーとはちがう種。これで布を織って生活していた。
コカも重要でこれはアンデス山脈の東斜斜面の低地で栽培された。

251: 世界@名無史さん 04/04/25 04:14
アンデスの綿について

先土器期から出土している。
紀元前3000-2500年ごろに本格的な食料生産が始まる以前にすでに登場した。
衣の原料としてはリャマ、アルパカ、ピクーニャなどの毛も使われた。
王族・貴族は上等品のクンピ、一般庶民はアバスカの区別がある。

252: 世界@名無史さん 04/04/25 04:22
アンデスには文字がなかったキープがあるにはあったが、エジプトや中国の史書やヒエログリフにあるような王の名などは残っていない。土器らには大量に絵があるが、状況を説明する文字がないので何を表しているかまったくわからない。
アンデスのモチェ王朝は王の名すら不明だ。
近年になってモチェのピラミッドに一定のしるしがあることが指摘されているが、労働従事者やその集団の印と考えられ文字とはいえない
文字の重要性がよくわかる。
キープはあくまでも統計や数字を記録するためで具体的な記述にはむいていない。

Quipu

キープ

キープは、インカ帝国で使われた紐に結び目を付けて数を記述する方法。ケチュア語で「結び目」を意味する。

キープは単なる記号以上の複雑な体系を持ち、言語情報を含んでいることが近年の研究によって明らかにされている。王や役人は人民の統治に必要な情報などをキープに記録し、その作製および解読を行うキープカマヨック(キープ保持者)と呼ばれた役人がいた。キープカマヨックはインカ帝国統治下の各地におり、人口、農産物、家畜、武器など資源についての統計や、裁判の判例なども記録した。キープそのものは計算の道具ではないため、Yupanaと呼ばれるアバカスの一種で計算した結果を記録する場合もある。

インカ帝国にはキープを教える専門の学校が存在し、交叉型の分類、集計の混じった情報を扱うこともでき、数学的思考を可能とした。作製されたキープは、シャスキと呼ばれる飛脚たちによって運ばれた。往時の史料によれば、シャスキは一日280km ほどもリレーした。


253: 世界@名無史さん 04/04/25 04:26
インカ以前の事柄について
バルサ船の研究が行われていて海洋航海が行われていた。
しかし研究は進んでいない。わからないことが多い。

道路にあたるカパックニャンはインカ以前か相当発達していた。


254: 世界@名無史さん 04/04/25 04:35
アンデスでは低地と高地を行き来する集団があった
いわゆる商人とはまた異なる。
交換を積極的にやっており海抜4000m以上の高原に住むリャマ、アルパカを飼う牧民がそうである。
リャマの隊商をつくりジャガイモ、トウモロコシを運搬しアンデス東斜面に住む農民のところでコカ(の葉)を手に入れ西太平洋岸までいき、干し魚、乾燥果実、海藻を手に入れ山で高地民と交換をするということが行われた。ただ、基本的にやはり商業はない文化。
一方でペルー南海岸のチンチャという所で3000人規模の商人集団の存在をしめす文書がみつかった。これは海岸沿いに南北を船で去来した集団でないかと言われている。
エクアドルやチリにもバルサ船を使う商人がいたことが判明しているがそれらとの関連性はコンゴの研究課題。
アンデスについては海の研究が重要視されていない傾向がある
日本中世史の網野さんにしかられるかも知れないと増田氏語る。
というか、俺もこの辺のくだりは網野氏が好きそうな話題だとオモタ

255: とてた ◆0Ot7ihccMU 04/04/29 00:44
おお、かなり専門的な書き込みが。
>>254
ピサロも征服の前に、バルサ船を目撃してましたっけ。
ガラパゴス諸島(ひょっとしたら、ツモアツ諸島)まで行っていたらしいですし…。

292: 世界@名無史さん 04/10/23 01:09:53
現代のペルーの街を見ると、高地の人はセーターや厚着をしている人が多いですが、かたやインカの衣装は膝上丈の貫頭衣(ローマのチュニックのようなね)とポンチョ式の外套のほかはほとんど薄着ですか・・・?
地中海とあまり違わないいでたちではアンデスおろしが寒かったろうに。

293: 世界@名無史さん 04/10/23 16:36:55
ズボンも長袖も無かったんだっけな。
アルパカで織ったケープと帽子はあったかそうだけど。

294: 世界@名無史さん 04/10/24 22:58:55
ミイラの埋葬なんか見ると、服を着るというよりは上から厚い布を何枚も巻きつける感じだよね。裸足だし。
布を裁断して縫うって技術はなくて、最初から体にあわせて織るからそれしかないのかもしれないけど。寒さに強いのか?
そういや現代でも、ワスカラン近く(標高4000m近)のリャマ飼いが厚着はしてるんだけど、素足でサンダルだったので驚いた記憶があるよ。

295: 世界@名無史さん 04/11/07 23:49:06
男性は上半身に貫頭衣+下半身に腰巻状の布、という組み合わせが一般的だったのかな?
インティ・ライミの祭りなどを見る限りは大方そうだったのかな。あとはマントと帽子か。

296: 世界@名無史さん 04/11/11 12:37:10
リャマやアルパカがいるのだから毛皮の衣服があってもよさそうな(フリース状のね)
南米では皮革はあまり衣服の素材には聞かないな。なんでだろう。

299: 世界@名無史さん 04/11/21 12:59:56
>>296
パンパやパタゴニアでは毛皮を(服に仕立てるというより毛皮一枚を羽織ったり体に巻き付けたりして)着ていたそうな。

300: 世界@名無史さん 04/11/27 16:56:41
>>299
防寒用に身体に獣脂を塗ったりもしてたね。
冬は相等寒いはずなんだがなあ。

303: 世界@名無史さん 04/11/28 23:54:22
>>296
変わったところではコウモリの毛皮の服というのがありました。
毛のきめが細かくて肌触り最高。
もちろん一匹から取れる面積が極度に小さいので、王様だけが身に付けられる超々高級品。

305: 世界@名無史さん 04/12/25 16:51:21
中米で家畜といったら・・・
・イヌ
・シチメンチョウ
・バリケン
ってところですかね。ペッカリーは飼い馴らしてたっけか?

306: 世界@名無史さん 04/12/25 20:52:42
>>305
ペッカリー(ヘソイノシシ)は野生のを狩って捕えた。家畜ではなかったようで。
メソアメリカで家畜・・・ほかには全て食用だが、アステカではヘビ・ウサギ・ウズラが家庭で飼われていた。

307: 世界@名無史さん 05/01/06 13:10:57
インカ及びアステカの君主にペルシャの「諸王の王」みたいな意識はあったんだろうか?

309: 世界@名無史さん 05/02/03 18:19:19 0
あったのだが、異民族支配が苛烈で、そこをコンキスタドールにつかれて滅んだ。

310: 世界@名無史さん 05/02/04 00:03:55 0
↑インカも?

311: 世界@名無史さん 05/02/04 21:11:02 0
「皇帝」の下に諸君主がいたってことはあるのかな?
少なくともアステカ帝国は周辺諸国を征服して貢物を納めさせていたらしいけど。
インカはとりあえず一種の連邦国家だったらしいし。

314: とてた ◆0Ot7ihccMU 05/02/07 23:22:38 0
>>311
インカでも地方王権は「認めていた」かと。

321: &rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY 05/03/05 01:23:17 0
>>311
インカ帝国では皇帝の下には王はいない。
名乗ったらそれは即会戦を意味するだろうな。
王位継承の争いのときくらいじゃないか? 王が二人いるのは。

315: 世界@名無史さん 05/02/08 17:36:18 0
インカ・アステカ両君主の使った称号って何なんだろうか。
エチオビア君主みたいな感じで「諸王の王」を称したとかは無かったのかな?

320: &rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY 05/03/05 01:20:43 0
>>315
インカってのが皇帝のことを指すな。
アステカの場合トラトアニだな。
アステカの場合都市国家の連合体だからどの都市の王もトラトアニ。

322: 世界@名無史さん 05/03/05 19:02:41 0
「トラトアニのトラトアニ」もしくは「大トラトアニ」とかがいれば面白かったのに。

323: &rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY 05/03/06 00:55:01 0
>>322
まあ都市によって格があるからそこで判断できたんだろうな。
コルテスと同盟を結んだ領主とかなんかはモテクソーマの使者が来ただけでもうびびってたとかいう話もあるしな。

324: 世界@名無史さん 05/03/09 17:31:57 0
インカ帝国という呼び方は
古代エジプト諸王朝を「ファラオ帝国」
ペルシャ帝国を「シャーハンシャー帝国」「ホスロー帝国」
ローマ帝国を「インペラートル帝国」「アウグストゥス帝国」「カエサル帝国」
とか呼ぶようなもんか。
…結構違和感無いかも(w

327: とてた ◆0Ot7ihccMU 05/03/13 22:02:24 0
>>324
逆に「インカ朝」とかの方がいいかもしれませんね。
…他に匹敵するほどの勢力がなかったですが。

329: 世界@名無史さん 05/03/18 17:00:20 0
イスパニアはインカと貿易する事は全く考えず、初めから征服しか考えなかったのでしょうか?
まさか銃を見ての反応で決めたわけでもないよね・・・

330: とてた ◆0Ot7ihccMU 05/03/18 22:05:18 0
>>329
「インディアスの征服」は個人的動機(金持ちになりたい)によって行われたものですから。

コルテスの場合は「後が無い」段階でテノティテトランを攻略しましたし、ピサロはコルテスのやり方を踏襲しました。その他のマヤやコロンビア地域を「征服」した人たちもほとんど金目当てです。

スペイン政府はその後で更に利益を搾り取るためにアウディエンシア制を行渡らせました。
(ちょと大雑把ですが)

332: &rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY 05/03/19 01:03:26 0
>>329
大部分の征服者が小作の仕事や没落貴族であることを嫌って外国に出た人間。一攫千金を夢見てた奴らだな。
商売っ気はほぼゼロに等しいなw

商売に精を出すより分捕った方が早いしなw

331: 世界@名無史さん 05/03/18 22:37:41 0
トゥパクアマルは長い事使われていなかった「インカ」を自称して反乱を起こしますが
この「インカ」の条件ってなんかあるのですか?
「インペラートル」とかが皆に認められてなるような、そういうの
あるいはマ○コカパックから来る「血」が問題なのでしょうか?

332: &rlo;水&lro;( ´,_ゝ`) ◆TCygujgOWY 05/03/19 01:03:26 0
>>331
インカってのは皇帝のことだよな。
この皇帝にもアイユって言う血族関係の集団があって近しい者しか皇帝になれない仕組みがある。そんな訳でトゥパクアマルは皇帝の子孫だな。
つうか逆に皇帝の子孫だからこそ、インカに祭上げられた。

引用元: ・【南米】アンデス文明・インカ帝国を語るスレ



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