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1: 世界@名無史さん 2019/01/22(火) 16:07:58.93 0
起源~大公国/公国時代~モンゴル~リトアニア・ポーランド~ロシア帝国~ソ連~ウクライナまで








2: 世界@名無史さん 2019/01/22(火) 16:58:49.40 0
キエフというと、ソ連時代にあったコンタックスのコピーカメラ
http://cccpcamera.stars.ne.jp/RussianCamera/RF/Kiev4/Kiev4.html

そして、ムソルグスキー作曲の組曲「展覧会の絵」の「キエフの大門」

3: 世界@名無史さん 2019/01/25(金) 07:24:06.23 0
キエフ大公国の首都はモンゴル軍に破壊された結果
わずか200世帯が細々と暮らすがれきの山と化した
恐ろしい事です
想像してごらんなさい
日本の首都京都がそんな目に遭わされた光景を

6: 世界@名無史さん 2019/01/26(土) 00:15:38.76 0
リュ―リクゆかりのノヴゴロドの方が由緒正しい
キエフは南にあるだけの半ば突厥みたいな自主性のないゴミ
Rurik_titularnik


リューリク
は、862年にラドガ(現在のロシア連邦・スタラヤ・ラドガの辺り)を支配し、ノヴゴロドを建設したとされる、ルーシの最初の首長である。リューリクの後裔は、キエフ・ルーシから16世紀のロシア・ツァーリ国に至るまで、公、大公、ツァーリなど支配者として君臨した(リューリク朝)。

9: 世界@名無史さん 2019/01/27(日) 10:00:07.01 0
>>6
ノヴゴロドの住民を虐殺したのはモンゴルのハーンではなくロシアの皇帝だった
別に由緒正しいとかそういう認識はゼロだったのだろう

11: 世界@名無史さん 2019/01/27(日) 14:54:12.48 0
>>9
モスクワなんて新興勢力もいいところでキエフだろうとノヴゴロドだろうと古都のことなんぞ糞くらえだろう

7: 世界@名無史さん 2019/01/26(土) 08:09:25.15 0
>ノヴゴロド
蛮族モンゴルすら見向きもしない田舎町

8: 世界@名無史さん 2019/01/26(土) 11:39:28.31 0
>>7
バルト海への出口で交易で栄えていたけど攻めるモンゴルにとっては北に遠すぎた上に沼地と森林で馬養うのに適さなかった

12: 世界@名無史さん 2019/01/28(月) 21:02:31.15 0
キエフ(キーイ)という名前はイラン系の名らしいな

13: 世界@名無史さん 2019/01/29(火) 07:09:51.17 0
イラン人が建てたの?

14: 世界@名無史さん 2019/01/29(火) 08:36:54.83 0
>>13
スキタイだな

20: 世界@名無史さん 2019/02/02(土) 20:23:00.85 0
>>13
6世紀に東ローマにスラブ人と看做された3つの集団ヴェンド、スクラヴェン、アントのうちウクライナのアントは農民化したサルマタイでイラン系農民だったようだ
スクラヴェンとアントはそれぞれバルカンに移住しようとして争ったけどスクラヴェンはアヴァール族を用心棒にしてアントを撃破してバルカンに移住した
やがてウクライナにも移住してきたスクラヴェンによりアントはスラブ化していったけどキエフ大公国が建国した頃にはウクライナの住民はまだ完全にスラブ化していなかった

15: 世界@名無史さん 2019/01/29(火) 16:21:29.84 0
ハザールの砦が起源説は聞いたことあるけどスキタイは聞いたことないぞ

16: 世界@名無史さん 2019/02/02(土) 07:17:41.63 0
>>15
ハザールの起源をスキタイに求める説がある

17: 世界@名無史さん 2019/02/02(土) 18:55:23.71 0
ウクライナって別にそんな歴史無いの?
歴史あるならロシア化させずに守らないと!って感じだが歴史無いならそうでもないし

19: 世界@名無史さん 2019/02/02(土) 19:00:36.63 0
>>17
キエフ大公国は、ロシアにとってもウクライナにとっても自国の歴史

まあ、ヨーロッパの中世史はたいてい、現代の国境と関係なく2国にまたがってるが

21: 世界@名無史さん 2019/02/02(土) 21:47:49.31 0
キエフ大公国の歴史に残る偉人といえば、なんといっても、聖ウラジーミル1世

暴君だったにもかかわらず、ルーシをギリシャ正教会へと改宗させたため、列聖されている

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ウラジーミル1世
、ヴォロディーミル1世(955年頃 - 1015年7月15日)は、リューリク朝、キエフ大公国のキエフ大公(在位:978年6月11日 - 1015年7月15日)。キエフ大公国をキリスト教化した。


22: 世界@名無史さん 2019/02/02(土) 21:50:27.10 0
最近も、モスクワに巨大なウラジーミル大公の銅像が建てられて、物議をかもした
ウクライナ人にとっては、聖ウラジーミル1世は自国の民族英雄

「このままでは、ウラジーミル大公をロシアに奪われる」という意見も飛び出した

まあ、「高句麗は満州ではなく、朝鮮の歴史」と、朝鮮人が騒ぐようなものかもしれないが
41: 世界@名無史さん 2019/02/04(月) 18:31:14.25 0
キエフには、巨大なウラジーミル大公像がある。高さ20メートルというから、七階建てのマンションくらいの高さか。 

ロシア人は、なんと、ウクライナに対抗意識を燃やして、モスクワにそれより高いウラジーミル大公像を建てようとした。

42: 世界@名無史さん 2019/02/04(月) 18:56:16.18 0
参考までに、お台場ガンダム像は高さ20メートル、神戸の鉄人28号が高さ15メートル強(直立すれば18メートル)なので、 
モスクワとキエフのウラジーミル大公像は、ちょうどそれらと同じくらいの高さということになる

24: 世界@名無史さん 2019/02/03(日) 00:54:41.37 0
キエフ大公国、ノブゴロド公国、モスクワ大公国

これが、中世ロシアの三大勢力

29: 世界@名無史さん 2019/02/03(日) 03:29:22.90 0
>>24
ノブゴロド公国、キエフ大公国、ウラジーミル・スーズダリ大公国

これが、中世ロシアの三大勢力

30: 世界@名無史さん 2019/02/03(日) 07:09:09.23 0
>>29
やや強引だが、ウラジーミルとスーズダリは、広域モスクワ圏とする

33: 世界@名無史さん 2019/02/03(日) 23:27:51.50 0
>>24
ノヴゴロドは中世を通して安定してるけどキエフ大公国はウラジーミル・スーズダリ大公国が興隆すると入れ替わるように凋落してるしそのウラジーミル・スーズダリ大公国もモンゴルの蹂躙でキエフ公国ともにほぼ荒廃、その更地から勃興したのがモスクワやトヴェリであんまり同時性がないような。あと南西にはハールィチ=ヴォルィーニ国みたいな勢力もあったし。

というかこの当たりの歴史ってどういう時代区分をしているのだろうか
リューリクの862年を端緒だとするといきなり中世スタートで不思議な感じ

35: 世界@名無史さん 2019/02/04(月) 09:22:57.54 0
>>33
>リューリクの862年を端緒だとするといきなり中世スタートで不思議な感じ

それは仕方ない。
それ以前のことなど、ほとんど分からないのだから。
そもそも、リューリク自身がほぼ伝説上の人物で、実在は定かでないし。

34: 世界@名無史さん 2019/02/04(月) 03:42:17.83 0
雷帝によるノヴゴロド滅亡
雷帝の死後リューリク朝滅亡で
名実ともに中世が終わる

36: 世界@名無史さん 2019/02/04(月) 09:25:36.46 0
リューリクの到来とともに中世がはじまり、イワン雷帝とともに中世が終わる

モンゴル侵攻という史上最大の事件を境に、中世を前期と後期に分ける

37: 世界@名無史さん 2019/02/04(月) 12:58:28.15 0
882-1362年 キエフ・ルーシ→ジョチ・ウルス下に
1362-1649年 リトアニア(=ポーランド(青水の戦い)
1649-1667年 ヘーチマン国家(フメリニツキーの乱)
1667-1917年 ロシア(アンドルソヴォ条約)

こうしてみるとキエフってポーランド=リトアニア下だった時期結構長いんだよな。
イルピン川の戦い(1324年)の段階でジョチ・ウルスの影響下ではあったもののリトアニアに帰順を誓っていたし。


31: 世界@名無史さん 2019/02/03(日) 14:49:18.14 0
キエフ ノヴゴロド=プスコフ  リャザン=ムーロム チェルニゴフ ペレヤスラヴリ  スモレンスク
ウラジーミル=ロストフ=スーズダリ ハールィチ=ヴォルィーニ 
モスクワ トヴェリ    

47: 世界@名無史さん 2019/02/05(火) 12:35:28.25 0
>>31
たくさんあるけど、全部リューリクを始祖とするリューリク朝

48: 世界@名無史さん 2019/02/05(火) 17:15:46.32 0
リューリクは、862年にラドガ(現在のロシア連邦・スタラヤ・ラドガの辺り)を支配し、ノヴゴロドを建設したとされる、ルーシの最初の首長である。
リューリクの後裔は、キエフ・ルーシから16世紀のロシア・ツァーリ国に至るまで、公、大公、ツァーリなど支配者として君臨した(リューリク朝)。

49: 世界@名無史さん 2019/02/05(火) 17:16:26.22 0
リューリク朝は、リューリクを高祖とする公家で、9世紀から16世紀半ばにかけてキエフ大公国、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国、モスクワ大公国などの東欧諸国を統治した君主の公朝である

50: 世界@名無史さん 2019/02/05(火) 20:15:24.66 0
しかし、皆がリューリクの子孫と言ったって、何百年もたてば、もはや親戚とはいえないほど遠くなってるはず

51: 世界@名無史さん 2019/02/05(火) 20:17:03.53 0
そもそも、リューリクは伝説的な人物であり、実在したという確証はない
シナの王が「黄帝の子孫」を自称するようなもんじゃないか

52: 世界@名無史さん 2019/02/05(火) 21:35:35.61 0
リュ―リクの時代ですらも世界史的には新しすぎで西欧では既に中世に入って何百年と経っている
日本ですら平安時代だぞ

53: 世界@名無史さん 2019/02/06(水) 03:53:07.20 0
リューリクってゲルマン系なんやろ?

55: 世界@名無史さん 2019/02/06(水) 15:44:04.01 0
>>53
ゲルマン系というより、北欧のヴァイキングだろ

54: 世界@名無史さん 2019/02/06(水) 14:27:23.23 0
最近ロシアの番組で、ロシアの都市をめぐる番組やってたけど、各分領公国の首都には今でもかなりの建築物が残ってるな

56: 世界@名無史さん 2019/02/07(木) 12:24:17.15 0
各分領公国の個性というか、文化の違いみたいなものが今一つわかりにくいな
イスラムやユダヤ教を採用したり、スラブ人が公になったりする公国があればよかったが。

57: 世界@名無史さん 2019/02/07(木) 12:44:26.33 0
>>56
キエフは、世界の中心たるコンスタンティノープルと水運で直結する国際文化都市であり、宗教的な聖地

ノブゴロドはハンザ同盟の主要都市の1つで、ロシアというより北ドイツとつながっている

58: 世界@名無史さん 2019/02/07(木) 20:15:34.73 0
ハールィチ・ヴォルィーニ公国なんかは土地柄西側と関係が密接。
反モンゴル十字軍の名のもとに北東ルーシと違ってドイツ騎士団と良好な関係を持ったり、同じ理由で公がローマ教皇インノケンティウス4世から王として戴冠して以後ルーシでは(多分)他に見ない「王国」を名乗ったり個性あるかな。

108: 世界@名無史さん 2019/02/21(木) 23:56:39.05 0
>>58
リトアニア大公ゲディミナスも
「(リトアニア人及び)多くのルーシ人の王」を名乗っているね
ハールィチ・ヴォルィーニを半ば支配下に置いたのも彼だ

62: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 00:58:06.99 0
大抵の本には、
ロストフ・スーズダリ、ノヴゴロド、ハールィチ・ヴォルイーニの三国の記述しか載ってないね
ロストフスーズダリはモスクワの本家、ハールィチヴォルイーニはウクライナの起源だからか

63: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 02:37:12.83 0
ベラルーシの人は自分らの定義をどう考えてるんだろう?(ミンスクも起源を持つ)ポロツク公国に求めるのは流石に古すぎる上に断絶も激しいからちょっと弱いと思うし

64: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 02:46:51.22 0
境界線的にはかつてリトアニアポーランドに支配されていたルーシ地域でロシアにリターンされた部分の中で東の限界をポーランド分割時にロシアにリターンした部分に置いて(それ以前にリターンしたスモレンスクはロシア)そっからウクライナを引いた部分かな。
白(ベールイ/ベラ)ルーシと呼ぶのはタタール人が中国から受け継いだ方角を色で呼ぶ方法で白は西を表すことから。

67: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 06:47:05.32 0
>>63
昔は、「ロシア人には、モンゴル人の血がかなり混じっている。
それに比べて、我々は純粋な白人だから、白ロシアなのだ」ということで、白ロシア共和国と言ってた。

68: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 06:48:44.73 0
この話が本当なら、「モンゴルに支配されなかった地域」がベラルーシのアイデンティティ

69: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 12:20:10.07 0
ウクライナも「ルーシのなかで外国に支配されていた場所」が起源だが、近世にはいちおう国らしい国はできてたからまだマシか
「大国時代のリトアニアを実質的に仕切ってたのはウチら」みたいに考えてる可能性はあるけど

70: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 12:58:33.94 0
>>69
ひところは、「ポーランドとウクライナで国家統合」という話が出たこともあった

71: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 19:53:11.09 0
ウクライナは「小ロシア」だったこともあったな

72: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 20:32:21.92 0
ロマン大公が運悪く戦死しなければ、全ルーシをキエフ公国が束ねて、侵略軍モンゴルを蹴散らすといった未来図も描けたのではなかろうか。

73: 世界@名無史さん 2019/02/08(金) 22:48:59.04 0
キエフの衰退には多分なんか地政学的な要因もあったんじゃないんかねえ?
そこらへん研究ないんですか?

75: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 01:54:53.62 0
>>73
キエフ含む南部ルーシには遊牧に適したステップ草原地帯が広がってるから常にペチェネグやポロヴェツなどの遊牧民が跋扈していて衝突も少なくなかった

76: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 01:57:18.96 0
それに加えてコンスタンティノープルが没落したこと&地中海貿易が隆盛したことで相対的にドニエプル川をつたった交易の地理的な優位性が落ちた

77: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 08:08:55.66 0
北のノブゴロドやポーランドは、湿地帯で湖沼や森林が多く、遊牧民が嫌う風土

南のウクライナやハンガリーは、大草原で騎馬軍団に最適

78: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 13:21:31.57 0
ノブゴロドってロシア発祥都市な割りにはあまり存在感ないよな
古都ってポジションもキエフに奪われてるし

79: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 14:43:21.34 0
イワンの馬鹿が大虐殺したのが大きかった

80: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 15:09:01.78 0
雷帝の大虐殺に加えて1703年のサンクトペテルブルク建設が最後の追い打ちだな

81: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 15:25:30.36 0
ニジニ・ノヴゴロドとロストフ・ナ・ドヌはともに100万都市でロシア10指の大都市だが本家のノヴゴロドとロストフは今やそれぞれ人口20万と3万の小都市になっている。
本家側にはどちらも「ヴェリーキー・ノヴゴロド」「ロストフ・ヴェリーキー」と「偉大」を意味する形容詞が添えられてるが往時の栄光を偲ばせてなんとも。

82: 世界@名無史さん 2019/02/09(土) 15:57:18.33 0
ノブゴロドは、環バルト海経済圏に属しているけど、海に面してはいないからな

サンクトペテルブルクのほうが、海に面してるだけに、よりダイレクトに北欧・西欧と連結している

中世の前期としては、川を通ってコンスタンティノープルまで行けることが重要だったから、川に面したノブゴロドが発展したんだろうな

83: 世界@名無史さん 2019/02/10(日) 20:56:16.39 0
いつから教会の玉ねぎ型のドームって生まれたの?
親分のビザンツには無いだろうしルーシの地でも初期の建築にはくびれを見たことない
みんな普通のドームだ

84: 世界@名無史さん 2019/02/10(日) 21:31:35.06 0
>>83
モスクワのクレムリン内にある生神女就寝大聖堂だと、1479年の建設らしいけどくびれは少しだけだな
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85: 世界@名無史さん 2019/02/10(日) 22:10:14.59 0
アヤソフィアに発祥し中世に類似した形態があちこちで起こっては消え、現在につながるものは16-17世紀に隆盛し、その模倣として時代とともに特徴が増幅されてきたのか。
そしてそれは、ロシアー中東ー中央アジアにまたがる地域で、同時に進行したと。
あの形が、あの広大な地域で、宗教と帝国の垣根を超えて、信仰と教権そして王権のシンボルになったというのは、スピリチュアリティーの観点からも面白い。

引用元: ・都市キエフの歴史



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