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1: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:34:35 ID:7e2
勝利した方に吸収されるん?
それとも現地解散?
朝鮮の役とかでそうなったらどうするんや?








2: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:37:22 ID:7e2
何万人も動員するような合戦あったら敗残兵だけで一個の町ができるやん

3: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:37:58 ID:7e2
よっぽどじゃないと撫で切りとかはしないやろ?

6: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:39:32 ID:1Cm
基本的に勝敗決した段階ではもう既に解散(逃げてる)やろ

7: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:40:55 ID:7e2
>>6
遠征軍とかで遠くから来た奴らなら現地で解散して逃げたら絶対地元帰れないやん
落ち武者狩りの餌食になりそう

37: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:59:12 ID:BGb
>>7
島津の連中は普通に帰ってたぞ
捨てがまりの後に

38: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:00:58 ID:7e2
>>37
300人が80人になってるやん

41: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:03:48 ID:BGb
>>38
勝敗決した後も戦ったからな
あと80は義久と一緒に帰った数
捨てがまりかましたけどなぜか生き残った兵士もそれとは別に帰還してるから総数はもう少し多い

44: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:06:08 ID:7e2
>>41
捨てがまったあと自力で鹿児島まで帰るとかヤベーやつやんけ

45: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:08:48 ID:BGb
>>44
やばくない奴らは敵陣の一番分厚い所に向かって撤退なんかしない

15: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:44:54 ID:Hna
討ち取られたならそこで終了やろ
敗走なら追い討ちがあるんちゃう

18: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:46:14 ID:7e2
>>15
だから終了したあとの扱いが知りたい
現地で軍隊解散して各自帰宅になるんか?

28: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:49:37 ID:Hna
>>18
武士ならそのまま大将と一緒に逝くか軍門に下るかやろ
農民なら逃げて国へ帰るやろ

21: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:46:47 ID:ynB
負けた兵は国に帰るやつもおれば徒党を組んで賊になることもあればその土地に住み着くこともあるんやで

24: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:47:25 ID:7e2
太平洋戦争の日本兵なんてアジアのそこら中に散らばってたから復員作業に10年以上かかったやん

27: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:49:12 ID:XjU
最初は兵農分離なんてされてなかったから
現地の農民が大半だったらしい
戦争が近づくと雑兵は農民から集って集めてた

29: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:50:21 ID:7e2
>>27
それは知ってるけど
その徴収された農民たちが土地勘のない場所まで合戦に出かけて終わったらどうやって帰って来るんやってのが疑問なんや

30: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:52:35 ID:XjU
>>29
そら逃げてく武将についてくか、追剥になるかよ
死んでる武将見つけて首と鎧パクって小銭稼ぎするのもあり

戦国時代ともなればある程度道も整備されてるし

31: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:52:45 ID:7e2
一領具足なんてものがあるくらいやし
兵卒のほとんどは地元から来た地侍やろ

32: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:53:58 ID:oMd
ちょっと怪しい著者やけど手元にある「戦国軍事史への挑戦」っての読んだら捕虜になるやつも投降するやつも敵軍の知り合いを頼っていくものもいたかもって書いてあったわ
でも結論としてはよくわかってないとも書いてあった
そもそも戦闘に参加した人数とか死者数もよくわからんらしい

33: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)09:55:07 ID:rac
戦国時代初期と後期では扱いが違うだろ。
初期では、近隣で戦争してたから負けたら自国領民になるから大事に保護されたやろ。
後期では、覇者(信長・秀吉・家康)の命令で遠方まで戦に出かけたから、落ち武者狩りなどもあった。

54: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:17:00 ID:smK
農民だって戦には結構ノリノリで参加してた奴も多いって聞いたぞ

56: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:17:27 ID:BGb
というか当時の日本人って皇族と貴族と神社関係除いたら後はみんな兼業兵士みたいなもんだろ

57: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:20:31 ID:DTC
>>56
その寺社関係の中に兵士が居たもんでね

61: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:23:33 ID:BGb
>>57
神社とは書いたが寺とは書いて無いやで
寺が兵力持ってたのは有名やし神社関係は歩き巫女なんかはスパイ網の一翼だったりと割とそこら辺のボーダーが無いのよな

63: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:24:50 ID:njZ
>>56
むしろ宗教関係は土地も銭も利権も持っとるから、下手な武家より専属兵士いっぱい雇っとるで
そのまま豪族化武家化しとるとこも多数や

75: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:35:13 ID:BGb
>>63
神社関係は商業との関わりが厚くて普通に武士を金で使う関係のが多かったと記憶してるが

80: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:42:42 ID:njZ
>>75
普段から警備しとるいわゆる神人とかって専属兵士やろ
戦に参加しとる神社も当然しとるは
戦って負けてホモに取り込まれた諏訪湖ジンジャーとかな

68: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:31:04 ID:BC5
遠征での敗残兵の扱いで記録に残っとるのは戸次川の戦い
豊臣(四国連合軍&大友)vs島津で豊臣の敗北やが

長宗我部→大将がおる伊予火振島に敗残兵が集結
大友→大将のパッパ(宗麟)がおる臼杵城に敗残兵が収納される
仙石→大将が部下を置いて讃岐に逃げてしまったためどん詰まりの敗残兵を島津側が収納&外交カードとして使うため船で上方まで送り返してやった

こんな感じで結果が分かれた
もちろん落ち武者狩りに襲われた連中もたくさんおる


71: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:31:36 ID:GID
最近読んでる本では人数出す代わりに兵糧や軍資金で済ませてもらうというケースもあったとか

73: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:34:56 ID:DTC
伊賀忍者じゃないがほとんど敵味方とかないべ
金に雇われればどこへでも付くだろ

77: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:37:33 ID:BC5
傭兵で有名な雑賀なんか四国でいくさがあるぞーってなったら
現地まで一緒に船で行ってじゃワイは三好方なんであっちワイは長宗我部なんでこっち
って分かれていくさが終わったらまた一緒の船で帰ってたで

82: 名無しさん@おーぷん 19/06/06(木)10:45:47 ID:NIe
武士なら腹切るか勝った方にお供するだけやろ
バイト感覚の農民兵は「負けちまったわ 今日団子屋でも寄って帰ろうぜ」って言いながら帰宅やろ

引用元: ・戦国時代の合戦って勝敗決したら敗残兵ってどうなるの?



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