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1: 日本@名無史さん 03/05/04 07:06
あさっぱらから妙なことを思いうかんだのでスレを立ててみました。

戦時中の玉砕とか特攻とかの話を聞くと戦前は天皇は神様とされて多くの国民から崇拝されていたそうですが、本当に全国民が崇拝したんですか?熱烈に?死をも恐れないほどに?
なんだか信じられない。。








15: ベンゼン中尉 ◆BENZENFG3I 03/05/09 21:10
天皇は明治期から、象徴にすぎなかった。軍が天皇の名を出して、責任を天皇に押し付けた感がある。

明治期の知識人たちは、天皇制については、そんなに捕らわれていないようだね。

17: 日本@名無史さん 03/05/09 21:29
>>15
軍の「忠義」には2種類あって、
1「狭い忠義は天皇の言うとおり実行する」
2「広い忠義は天皇のためと思えば、天皇が反対でも実行する」
でしたっけ?

明治は、江戸時代を知ってる人が半分ですからね。
少年天皇とともに育ったって感じなのかな。
乃木の殉死もわりと醒めて見てられて、批判もあったしね。

帝国憲法・教育勅語以後の学校教育が大きいかな?

18: 日本@名無史さん 03/05/09 21:48
小学校へ入れば校門の入り口で奉安殿(ご真影=天皇の写真や教育勅語安置しておく場所)で最敬礼させられ、各戸にはやはりご真影が飾ってある。四大節などには教育勅語聞かされ天皇の悪口でも言おうものなら直ぐしょっ引かれる。
そんな世に育っていれば恐怖感もあるし洗脳や擦りこみで信じていなくても信じたフリもするわいな。1代目の国民なら覚めた目もあったろうが孫の代ともなれば生まれた時からの擦り込み作用、50年経った北みたいなもの。

21: 日本@名無史さん 03/05/25 19:01
大正時代の人は、はたして大正天皇を崇拝したのだろうか?

23: 日本@名無史さん 03/05/25 20:21
江戸時代の天皇や公家は極貧生活を強いられていた。
京都の庶民が天皇を崇拝してたかって?まさか。
社会にとって特に必要のない寄生者なんだから、死なない程度に生かしておくだけで十分。徳川幕府の英知は深い。

26: 日本@名無史さん 03/06/15 16:45
京都のひとたちは天皇のこと大好きだったでしょ。天子様、天子様と。
将軍様より偉い人が御所にはいるんだ、と。
江戸のひとは、遷都の時に明治天皇をキン坊よばわりして茶化してた。

30: 日本@名無史さん 03/06/16 14:48
うちの祖母にとっては、平成の御代になった今でも神だぞ。
皇太子が結婚した時も、「民間の、しかもあんな年増と結婚されるとは・・・おいたわしい。」って言ってるぐらいだし。

37: 日本@名無史さん 03/06/21 11:54
福沢諭吉の「学問のすすめ」の中で、ものの例えの文章の中で、「天皇も人なり」と
いう文が出て来るぞ。
天皇が人であるかないかを論じた文章じゃないが、この本が何のおとがめなしにスルーしたことを考えると、明治はそれほどうるさくなかったみたいだな。

41: 日本@名無史さん 03/06/21 13:36
右翼の中には天皇という位を崇拝していても、天皇個人に対する崇拝はないのが多かったようで、平和主義者の昭和天皇を廃して秩父宮や皇太子を担ぎ上げようと考えているのがいた。

42: 日本@名無史さん 03/06/21 23:53
明治維新の志士たちが天皇を「玉」といって大義名分を奪い合ったのはやはり江戸時代以前においても全国区で天皇は最高の権威者であるという認識があったからでしょ。
でもそれは武士のような為政者側において強く意識されることでまったんの庶民で、近畿圏以外にはあまり実感あるいは認識がなかった。それゆえ明治天皇が全国巡業を行う必要があった。
明治政府が天皇を全国区で全国民にとっての求心の中心に据えたのは、ひとつの日本としてまとまりをもって列強諸国に対処していくのに必要かつ最も妥当な方法だったのではあるまいか。

43: 日本@名無史さん 03/06/21 23:58
>>42
トルコ帝国が途中まで追求した皇帝崇拝だね。
結局失敗して民族主義に道を譲った。

44: 日本@名無史さん 03/06/22 00:50
明治維新で天皇を玉としてつかったからには以後の流れは止めようがない。
江戸幕府になにか選択肢があっただろうか。

45: 日本@名無史さん 03/06/22 00:57
薩長の政策で天皇が神様みたくなったのでは?
その背景には水戸史学とか松陰先生とかあるんだろうけど。
大久保利通とか山形有朋とかが天皇をそういう存在にするために頑張ったんでしょ?

48: 日本@名無史さん 03/06/22 01:07
明治と昭和でまたちがうんだよね。
大正末期、天皇の権威はどれほど失墜したのか、しなかったのか?
昭和のやりすぎともおもえる天皇神格化の原因はなんだったのか?

62: :日本@名無史さん 03/07/15 13:35
>>48
>昭和のやりすぎともおもえる天皇神格化の原因はなんだったのか?

明治とくに十年以降の学校教育が下地をつくった。
維新時は元勲クラスは天皇を神どころか玉(将棋のコマ)と呼び庶民クラスは誰のことだがピンとくる者は少数だった。ところが、明治末にマッカーサーが日本に立ち寄った時は、国民の天皇に対する忠誠心に驚嘆している。

西郷(近衛大将)が下野する時、薩摩の近衛士官たちは大勢職を辞し薩摩に帰った。辞表も出さず皇居の池に帽子を捨てて勝手に帰ってしまったという。

昭和でこんなことをやったら、日本中から国賊呼ばわりされたに違いない。

49: 日本@名無史さん 03/06/22 01:10
皇室のアマテラス大御神の伊勢神宮へ庶民も江戸時代にお参りしてたよ

51: 日本@名無史さん 03/07/11 08:52
>>49
江戸の庶民は、伊勢の天照大神は偉い神様だとおもって参詣したけど、いまの人が想像してるアマテラスではないよ。江戸時代の錦絵・鯰絵なんかを見たら直ぐ判るように、江戸時代には中年の「男」神と庶民は思っていた。
この神様が古い昔の本に女神であり、天皇の祖先と知ってるのは、極希な知識階層。
彼らが明治維新を為し遂げたあと、大宣伝を繰り返して権威を高めていった。
だから昔を知っている明治の人は生暖かい目で見てたけど、生まれたときから洗脳されてきた世代が、昭和初期に実権をにぎるに至って 天皇マンセーになった。

52: 日本@名無史さん 03/07/11 08:59
>>49
それから付け加えておくと、伊勢参詣でも天照大神より豊受大神のほうに人気があった。室町から江戸中期までは伊勢参りとは、外宮のほうがメイン。 内宮(天照)は省略する人も多かった。 江戸後期でも滝沢馬琴の紀行文でも、伊勢参りしても内宮のほうは参っていないことが分かる。それが当たり前だった。
伊勢参りを天照崇拝と誤魔化す国家神道の宣伝に騙されちゃだめ!

54: > 03/07/11 09:05
明治国家を作った薩長の連中が、心から天皇を敬っていたかどうかは疑わしい。

57: 日本@名無史さん 03/07/11 16:03
大正天皇と元老たちの不仲は有名だね。

85: 日本@名無史さん 03/08/09 00:45
皇居の前を電車で通るときお辞儀をしないといけなかった。

90: 日本@名無史さん 03/08/09 22:48
戦前の国民は本当に洗脳されていたの?

97: 日本@名無史さん 03/08/12 20:27
んなわけねーだろ。おまいら、身近に昭和ひとけた世代とか、大正生まれとかおらんのか?ごく一部の人間はともかく、普通の日本人なら、あれが方便だとわかってたよ。ただの人間にすぎないとな。
アメリカとの戦争だって、勝ち目ないのも承知してた。
外国とも交流し、情報も人もどんどん入ってくる社会で北みたいな社会が存在できるか!

210: 日本@名無史さん 04/05/09 14:09
>>97
そうなん?
うちの祖父も父も凄い皇室狂いで昭和天皇崩御の時には当然記帳に行ったし(自分も連れてかれた)崩御関連の番組をビデオテープ数本分録画してて今でもあるよ。
今は飾らなくなったけど、前は巾1mぐらいの日の丸も飾ってた。
うちの祖父の前で皇室馬鹿にしたら日本刀で切られるよ、まじで。

211: 日本@名無史さん 04/05/09 19:37
>>210
茨城人ですか?

247: 日本@名無史さん 04/05/16 19:05
>>211
祖父は大阪出身です。
出征して被弾したそうでが、戦争で死にかけたからこそ自分の信じていたものが本物であってほしいというような自己催眠のようなものがあるんじゃないかな、と不埒な孫は邪推してます。

110: 日本@名無史さん 03/09/01 02:54
>>1
これはどうなんでしょうね。
山本夏彦さんとかの話しによると全然違うような気がします。
当時の臣民の多くは親しみは有っても狂信的に崇拝してたとは思えません。

なんせ天ちゃんなんて呼ばれたみたいです。
ただナチスドイツの真似をし始めた頃から少し違う道に行ってしまった観が有りますが。

114: 日本@名無史さん 03/09/04 09:49
ワタシの父は陸軍士官学校出身のバリバリの軍人でした。(ワタシは父の相当遅い生まれの子供です)
父によると、当時は本気で「天皇はうんこをしないと思っていた」と申しておりました。

115: 日本@名無史さん 03/09/04 22:17
うちの親は子供のころ、「朕、おもわず屁をこいて、汝臣民臭かろう。かんにんしてくれ、請い願う…」と言ってたらしいが。

124:   03/10/02 23:16
江戸期、幕末を除いて大抵の一般庶民は天皇は神主の親玉ぐらいしか認識してなかっただろう。

125: 日本@名無史さん 03/10/04 20:39
情報社会の芽生えすらなかったからね
でも将軍さまも天子様から権力を賜ったという認識はあったらしい
敗戦までは玉を取ることが権力の第一条件だったが、現代は権力者の正当性を主張する為の玉を弱体化してしまい権力そのものが根無し草となり、政府の求心力のなさの元凶となっている

156: 日本@名無史さん 03/12/07 16:52
明治期なんかは確かに「親しみ」の感覚が強かったと思います。
明治天皇などは「俺たちの大将」みたいなふうに見られていたのではないかと。
大正デモクラシーの時代には軍部の権威の失墜とともに天皇も「天ちゃん」などと言われ、
国民に対する影響力はかなり低下していたと思われます。
昭和期に入り、政党政治の混乱→軍部の再台頭に伴って、国民を従えるシンボルとしての「現人神」が形成されたのではないでしょうか。
挙国一致の国家主義を推し進めるとき、そういう具体的イメージを伴うシンボルは便利ですから。

もっとも、本当に天皇は神だから絶対服従、と思っていた国民は多くはないと思いますね。
みなさんもお祖父さんやお祖母さんに聞いてみればそれがわかるのではないでしょうか。

160: 日本@名無史さん 03/12/07 17:14
しかしいざ玉砕しなければならないことが決まったなら、
「家族を守るため」「愛する国を守るため」「天皇陛下のため」
と思い込んだ方がナンボか楽だろうな。
学徒兵たちが「何のために死ぬのか」という少しでも具体的な理由を求めて苦悩したのはわかる気がする。

180: 日本@名無史さん 04/04/18 08:01
あんま関係無いんだけど、昭和天皇が亡くなった時、殉死した人っていたの?

188: 日本@名無史さん 04/05/01 09:17
>>180
普通のおじいさんの何人かが後追い自殺してたはずだよ。
政治家とか右翼とかで死んだってニュースは聞かなかったけど。

193: 日本@名無史さん 04/05/07 21:37
>>188
右翼の総本山、茨城では昭和天皇と同じ年齢の老人数名が首を括った。

181: 日本@名無史さん 04/04/29 23:14
たぶんガイシュツだと思うが、実は戦前の軍人(特に陸軍)は昭和天皇が大嫌いだった。
軍部嫌い、戦争嫌いで、生物学の研究ばかりに逃避しているという風に考えていた。
彼らのいう国体とは抽象的な概念であって、現実の天皇陛下を崇拝する気持ちとはまた違っていたのだ。
だから、一部の陸軍軍人は、本気で、軍部好きの傾向のあった秩父宮を擁立しようとさえ考えていたのだ。

182: 日本@名無史さん 04/04/30 21:31
>>181
三島由紀夫もそうだよね。誰よりも天皇を「機関」扱いしてたのは当の右翼だった(w

194: 日本@名無史さん 04/05/08 02:18
歴代の陸軍大臣、陸軍参謀総長は、上奏に際して昭和天皇に嘘をつきまくった。
つまり、自分らに都合の良いように、ねじ曲げて上奏していた。
このことからしても、昭和天皇が崇拝されていたわけではないことがよく分かる。

195: 日本@名無史さん 04/05/08 18:58
昭和天皇が怒りに任せて「辞めたらどうか」と発言しただけで辞職した陸軍軍人上がりの首相もいるわけだ。
いかに天皇の言葉が重いか分かりそうなもんだが。

197: 日本@名無史さん 04/05/08 20:34
終戦時も、天皇の意志に反して戦争を続行しようとクーデターを企てた一派もいたことから、存在は重いが必ずしも崇拝はされてはいなかったというのが実体。
戦前の日本は天皇無しでは存在し得ないという体制だったから、存在は重い。しかし、戦争自体も天皇の意志に反して始まり、拡大したことから天皇のという地位が崇拝されていたのであって、昭和天皇裕仁個人が崇拝されていたのではない。

203: 日本@名無史さん 04/05/08 23:07
皮肉なことに昭和天皇個人の人格が尊敬されるようになったのは戦後。

204: 日本@名無史さん 04/05/08 23:26
昭和天皇って、戦前の陸軍からすれば生物好きの軟弱なヲタクみたいなものだったんでしょ。
明治大帝とはえらい違いだとか、陰でさんざん言ってたんでしょうな。

205: 日本@名無史さん 04/05/08 23:59
戦後も三島由紀夫は天皇が生物学なんてやるもんじゃないって言ってたな。

220: 日本@名無史さん 04/05/10 01:55
昭和天皇押し込め、秩父宮擁立の可能性ってどれくらいあったの?
2.26事件の時と、終戦時の宮城クーデターの時にはそういう計画があったらしいけど。開戦時にもその可能性はあった?

222: 日本@名無史さん 04/05/10 15:57
>>220
可能性はほとんどなかったと思うよ。
秩父宮擁立に武力でやろうとしちゃったんだから。

238: 日本@名無史さん 04/05/12 22:10
うちの親父(戦前生まれ)が言ってた。
死ねといわれれば死ななきゃならないとは思ってたけど、天皇を神様だとは思ってなかったって。

239: 日本@名無史さん 04/05/12 22:20
>>238
たぶん、偽らざる大多数の臣民の考え。
ドイツ軍の地雷原を踏みつぶしながら突撃したソ連兵も、M4でチハたんを踏みつぶした米兵も「死ねといわれれば死ななきゃならないとは思ってた」と同じことを言うだろう。

262: 日本@名無史さん 04/10/04 00:22:01
戦争体験者の証言なんかを読むと、若い世代ほど軍国主義教育に染まってたみたいだね。
まあ、当たり前といえば当たり前なんだが。

終戦時に20歳前後とすれば、物心ついた頃に満州事変が始まってるし、社会の雰囲気も国体明徴運動あたりで一気に軍国化したらしいから。
当然、天皇への崇拝心も自然に育っていっただろう。逆に大正デモクラシーを経験してる親の世代はけっこう醒めてたみたいだね。

だからよく戦争映画で、「お国のために戦いたい」と言う子供を親がたしなめたりする場面があるけど、あれは結構普通に見られた光景らしい。

引用元: ・戦前の天皇は本当に崇拝されていたの?



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