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1: 日本@名無史さん 05/02/08 02:58:17
こういう人こそ、本当の江戸学者である。






三田村 鳶魚(みたむら えんぎょ、明治3年3月17日(1870年4月17日) - 昭和27年(1952年)5月14日)は江戸文化・風俗の研究家である。本名は万次郎、後に玄龍。その多岐に渡る研究の業績から「江戸学」の祖とも呼ばれる。



2: 2げっと 05/02/08 06:57:10
結構『ウソ』が多いからなあと書いて見たりする。

3: 日本@名無史さん 05/02/08 06:58:56
とはいえ、廓関連の話とかおもしろい話題を残しているなあ。

4: 日本@名無史さん 05/02/08 23:43:17
花柳風俗関係とか、江戸庶民の話はやっぱ貴重だな。

5: 日本@名無史さん 05/02/08 23:44:48
海音寺の余談で、よく出ます。

6: 佐賀県佐賀市十七歳 ◆ypURG809QA 05/02/09 00:16:25
ただ、ソースが不十分なのがねえ・・・どうしてもその辺が・・・

宿下がりしてから生まれた徳川家慶の娘がその後どうなったのか・・・

8: 日本@名無史さん 05/02/10 08:25:18

将軍家茂が死んだのは侍医・大渕祐玄の乱暴な治療のせいとか書いてるんだがソース不明。処罰も受けてないし、大渕が侍医団の筆頭でもないし

12: 日本@名無史さん 05/03/06 02:00:06
藤沢周平も作家になる前に、大枚はたいて全集を買ったそうだよ。

13: 日本@名無史さん 05/03/06 21:06:58
時代小説を書く人にとっては必携なのかな。
小説のネタになりそうな話もあるし。

14: 日本@名無史さん 05/03/08 13:01:37
学問的価値はないかもしれないが、江戸に近い時代に生きた人のエッセイとしてのリアリティは感じるな。

15: 日本@名無史さん 05/03/09 00:25:52
史学部分というか、政治事象に関する著述はホラが多すぎ。
風俗関連は非常に有用。

21: 日本@名無史さん 2005/05/02(月) 10:21:09
在野の研究家ってどうやって一次資料に接したのだろう?
大学とかの研究員でなくても見せてもらえるのかな?

93: 名無し募集中。。。 2007/02/23(金) 12:05:59
>>21
「近世日本国民史」の徳富蘇峰や
「同時代史」の三宅雪嶺や
「天皇の世紀」の大佛次郎や
古いところでは
「藩翰譜」の新井白石
「日本外史」の頼山陽
なんてどうやって史料集めたんだろうね

96: 日本@名無史さん 2007/03/18(日) 13:04:42
徳富蘇峰は藩政史編纂のバイトなどで史料を貰っていたり原稿料で購入していたそうな。

最終的には近世日本国民史の原稿料は全て寄付し、使用した
史料の一部は主婦と友が現在管理。
あとは山中湖と山王にある蘇峰史料館が保持しているそうで。

22: 日本@名無史さん 2005/05/02(月) 12:23:14
今ほどには大学や研究機関に資料が集中してなかったのかも。
だから人脈や財力、脚力があれば自分で資料をあつめられた?

23: 参加 2005/05/02(月) 16:57:29
三田村さんはまじめな人だったんでしょ。
だからジリ貧の死に方しちゃったけど。

24: 日本@名無史さん 2005/05/20(金) 00:27:02
どんなふうに死んだの?

27: 日本@名無史さん 2005/05/26(木) 03:37:43
晩年は不遇だったらしい。
と、中公文庫の解説には書いてある。
38: 日本@名無史さん 2005/09/08(木) 00:09:56
三田村先生の最期は、山田風太郎著「人間臨終図鑑」に書いてあった。全く悲惨。 
痛ましい。 
批判の仕方がきついから誰も関わりたくなかったのだろうな。

31: 日本@名無史さん 2005/07/18(月) 05:56:03
「お言葉ですが」の高島俊男氏がこんな面白い本はないというので「大衆文藝評判記」と「時代小説評判記」を買って読んだ。確かに爆笑の連続で、こんな面白い本はない。
島崎藤村や吉川英治のような大家・大御所の時代小説も情け容赦なく切り捨てられている。とくに直木三十五、白井喬二、土師清二は罵倒に近い扱い。

鳶魚は戦後全く零落し、生活苦に喘いでいたそうだ。鳶魚を支援する目的もあって「矢立会」なる勉強会が開かれていたそうな。
ttp://www.kyosendo.co.jp/rensai/rensai1-10/rensai7.html
※リンク切れ
(このリンクには大衆「小説」評判記とあるが「文藝」の間違いと思う。)ここで矢立会のメンバーに、かつて罵倒した土師清二がいたというのを見て、複雑な思いがした。

鳶魚先生も世話になって肩身が狭かったんじゃないかな。
本当は最後まで天衣無縫に毒舌吐きまくって大威張りで大往生してもらいたかったね。

37: 日本@名無史さん 2005/09/03(土) 08:13:07
「時代小説評判記」は漏れも読んだけど、夜明け前について
本当は明治維新批判なのに、三田村が勘違いした罵倒を書いていて
ああ、この人は妬み嫉み僻みで書いているんだなあって苦笑したことがある。

32: 日本@名無史さん 2005/08/05(金) 21:37:56
鳶魚は武士を町方が捕縛することはあり得ないって言ってた。
でも毛利家の江戸留守居役の日記とかによれば、江戸における陪臣の犯罪は町方の管轄だったみたいで。

徳川家をトクガワと呼ぶ人間は江戸時代には「一人もいない」っていうのは、時代風潮としてはそうかもしらんが、「一人も」っつーのは言いすぎかな。(維新後もトクセン家と一応憚っていたようだ。)

御畳奉行の日記とかは多分読んでなかったのかもね。

引用元: ・三田村鳶魚およびその著作を語ろう



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