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1: 世界@名無史さん 2011/02/21(月) 09:52:36.48 0
よく
「科挙はアジア人の神秘主義と経験則による下等な暗記作業に過ぎない」と言われますが、その内容のほどはどんなものだったのでしょうか?
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337: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 00:18:10.40 0
ttp://www.ne.jp/asahi/cn/news/text/05/keju.html

↑この写真はそれ(実際の科挙の風景)っぽいが、何だろう?

340: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 00:21:01.27 O
>>337
ソウルでやっている科挙再現イベントでは。
あれって、ただの真似事なのかな。それともガチの試験なのかな。

338: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 00:19:00.13 0
トイレみたいな独房で受けている絵を見たことがあるんだが、こんな青空の下でやるの?

341: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 00:23:55.15 0
>>338
> トイレみたいな独房で
ttp://japanese.cri.cn/781/2009/09/02/1s146260.htm

↑こんなやつだね。

336: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 00:05:51.86 0
ベトナムは20世紀まで科挙していたが、今はもうあの国は漢字も失ってしまい、漢字文化の面影もないね。行くと哀しくなる。 
342: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 00:48:18.11 0
ベトナムは、フランスの植民支配と、あの戦争がひどすぎたからなあ。。。

しかしよく、フランスの支配下で科挙を続けたもんだ。
がんばって科挙に合格しても、国政はフランス人の官僚の意のままだしね。
国を思う心のむなしさを思うと心が痛む。

343: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 00:54:11.54 O
>>342
末期の科挙では、フランス語の論文も書かされたらしいよ。漢文とフランス語…大変だったろうなあ。

344: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 02:12:16.75 0
歴代状元の中で最も著名な人は、文天祥だと思うんだが、それ以外には案外、名を残した人はいないよね。
状元(じょうげん )は中国の科挙制度で最終試験(唐朝では省試、宋朝では殿試)で第一等の成績を修めた者に与えられる称号。

345: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 02:41:20.14 0
文天祥だって元が攻めてこなかったら名を残さなかったしね。

顕官としてみんなに貴ばれながら安穏な生涯を送るのと、国を滅ぼし刑死して名のみ後世に残すのとどちらの生涯が良いか、ってのは誰にもわからん。
どちらか選べって言われたら、普通の人は前者を選ぶだろう。

346: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 21:03:18.60 0
蔡京はどうかな?
水滸伝の悪役で知名度だけなら結構ありそうだが。

347: 世界@名無史さん 2011/05/10(火) 22:20:10.13 O
状元にもなって、大衆小説の悪役としてのみ名を残すっていうのも・・・

354: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 11:20:40.32 0
明の時代ならば、科挙に受かった後が地獄だな。
「光」の字を下手に用いただけで「凌遅三千刀、滅九族」が待っている。

一族の期待の星の些細なあやまちで、一族が滅ぶ。

355: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 17:52:54.64 0
禿や僧も禁句だったよ

357: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 21:08:46.71 0
理屈を言えばそうだが、「禿」「僧」はともかく、帝を讃える文面で「光」はウッカリ書いてしまうから怖い。

「陛下の治世は光明にあふれ…」だのなんだの。

358: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 21:20:27.85 0
重八は漢字知ってたの?

361: 世界@名無史さん 2011/05/18(水) 15:27:49.71 0
>>358
知っていただろう
一応坊主として教育は受けたようだし、周りにブレーンをそろえて必死で勉強したようだから
それより、モンゴル帝国の場合はフビライの頃まで漢字なんてほとんど気にしていなかったのではないかな
日本に送った国書で無知蒙昧の蒙と言う漢字を国号として使っていたのだから
蒙古帝国と名乗ったのだから

373: 世界@名無史さん 2011/05/18(水) 21:13:23.53 0
杉山正明は耶律楚材の業績をけなすのはまだいいとしても彼の容姿まであげつらってたのには失望したな。漢民族贔屓じゃなくてモンゴル贔屓というだけ。

元の仁宗が科挙を復活させたのをやたら過小評価しているけど漢人にとってはたいしたことだったろうよ。

380: 世界@名無史さん 2011/05/18(水) 22:13:15.93 O
>>373
漢人や南人、それもインテリを引き付けるという意味では、仁宗の科挙復活は大成功だったと思うがね。
現に杉山先生自身指摘してるように「仁宗は漢化した名君」と中国での評価も高いわけだし。

402: 世界@名無史さん 2011/05/26(木) 15:27:06.69 0
科挙では容姿も審査される

403: 世界@名無史さん 2011/05/26(木) 16:55:18.48 0
>>402
そういえば、鍾馗も人相悪くて状元取り消しされてたな。

404: 世界@名無史さん 2011/05/26(木) 18:26:51.60 O
>>402-403
その「容姿」ってのが単純に顔立ちなのか、それとも身だしなみや立ち振る舞いなどを指すのかで、意味合いが全く違うな。

後者なら、現代でも評価の対象。

407: 世界@名無史さん 2011/05/26(木) 23:45:10.48 0
>>404
今だって、採用面接での外面的な容姿の影響は実はかなりあると思う。特に女性はそうだけど、男性もあると思う。

405: 世界@名無史さん 2011/05/26(木) 18:48:49.68 0
日本から唐の国に送った遣唐使はイケメンを選んだという話 

410: 世界@名無史さん 2011/05/27(金) 10:32:00.16 0
君子らしく威風堂々たる風采でないとだめ。

430: 世界@名無史さん 2011/06/01(水) 21:23:43.29 0
進士科といっても漢詩が出来るだけじゃ駄目なのか
杜甫は結局受からなかったし(詩賦が苦手だったとか?)

431: 世界@名無史さん 2011/06/01(水) 22:12:06.72 O
>>430
駄目。
時代によって違うが、基本的には政策論を問われるのが科挙。
詩がうまいだけでは役に立たないのは、当時の中国でも分かっていたんだろう。

438: 世界@名無史さん 2011/06/02(木) 21:47:17.41 0
殿試は基本全員合格だったらしいが映画『敦煌』では殿試でまさに政策論(西夏対策)が問われてしどろもどろになった主人公が不合格になってたな。

446: 世界@名無史さん 2011/06/06(月) 19:14:05.95 O
>>438
宮崎市定先生の「科挙」によると、制限時間内に書き上がらないと、殿試でも不合格だったらしい。

それに、殿試が原則全員合格になったのは北宋の中期から。ギリギリで不合格が出ていた時期かもしれないぞ。

486: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 00:06:16.72 0
挙人は下級官僚になれると聞いたんだけど最終的にはどこまで出世できるんだ?
挙人(きょじん)は中華圏の人材登用に関する称号。時代によって概念が異なる。

唐・宋では科挙によって人材登用が行われ、そのうち進士科を受験する者を挙人といった。ベトナムでも同様に省レベルの試験合格者がこう呼ばれた。

明・清では科挙のうち、郷試に合格した者を挙人といい、また「大会状」「大春元」とも称した。その他、俗称では「老爺」、雅称では「孝廉」といった。挙人となることを「発解」「発達」という。


488: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 00:36:56.82 0
>>486
左宗棠が挙人の出世頭では?

497: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 02:29:41.27 0
>>488

俺が聞きたかったのは挙人は平時では最終的にどれくらい出世できるかだよ
知県、大臣なのか教えて?

499: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 13:14:29.71 0
左宗棠は欽差大臣まで行ったが、清末の混乱があった故にって感じだしなあ。

494: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 01:44:42.01 O
清には筆帖式という下級事務官がいた。これはれっきとした官だが、科挙で採用されたわけじゃない。どうやって採用者を決めたのかな。

科挙のあった時代、進士か挙人以外、官にはなれなかったんだろうか。幾ら何でも、三年に一度たった数百人しか合格しない進士と、その予備軍の挙人と、それ以外は全部ショ吏とは考えにくいんだが。

495: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 01:49:21.40 0
中央官庁でも実務作業は全部ショ吏にさせる。現在も実務はノンキャリア組にさせている。

496: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 02:12:24.68 O
>>495
ショ吏って無給だよ。窓口業務を担当すれば手数料も取れるけど、中央省庁には窓口業務は少ない。
無給のショ吏では食べていけないのでは。

505: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 18:10:16.18 0
>>496
たくさん賄賂もらってたんじゃなかったっけ?

508: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 22:33:37.71 O
>>505
自分はリアル公務員。許認可の窓口も、部外者に会うこと無くひたすら書類書きをする部署も経験した。

前者ならともかく、後者に贈賄しようという人がいるかな。

536: 世界@名無史さん 2011/06/12(日) 04:57:21.11 0
>>508
官吏としか顔をあわせないなら、官吏から賄賂を取る
この決裁早めてくれ
この書面、出すのをもうちょっと遅らせてくれ
この数字なんとかならないかなあ……
あの話、進み具合を教えてよ
というような場面で袖の下。

538: 世界@名無史さん 2011/06/12(日) 05:09:00.47 O
>>536
不正は無くても、官がチップを払った可能性はあるね。
それにしても、ショ吏は無給なんだからある程度の賄賂なり手数料を取っても憎む気にはなれない。収入無しに自分自身と家族をどうやって養うというのか。


510: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 23:14:40.95 0
胥吏は中央や地方の官庁で窓口から行政文書の作成まで全て請け負ってたよ。
昔は三権分立なんかないから、司法も行政も全て胥吏がなんらかの形で介在してたから束修という名の賄賂がものを言うのは当たり前。高級役人も胥吏がないと首が回らないから見てみぬふりをするし、そもそも民依らしむべし・知らしむべらかずの時代にまともに訴訟や陳情なんか受け入れようともしないはず。

甚だしいと科挙の願書出すときにすら胥吏に賄賂を贈って手続きを迅速にすることは慣例化してたしな。

515: 世界@名無史さん 2011/06/12(日) 03:34:49.75 O
>>510
個別に見ると、賄賂だか手数料だかと無縁な職掌は少なからず存在するはず。

例えば浄書係。タイプライターが普及する前は人間が書類を清書していた。上司から回ってくる書類を写すだけで、役所外の人と仕事上関わる機会は全く無い。
こんな人がいた(いなければ役所は機能しないし、結構骨の折れる仕事だから専任でないと効率が悪い)わけで、賄賂手数料の類も貰うアテが無い。

どうやって食べてたんだろう?

511: 世界@名無史さん 2011/06/11(土) 23:20:40.05 0
前近代の中国科挙官僚は現代的な意味の官僚制とはちょっと違うから○○はキャリアだと安易に考えるのは危ない。
例えば人事なんかは皇帝の一存で根本的に覆るんだから、科挙及第が末は大学士・尚書を意味するかというとそうではないし、清朝みたいに旗人というだけで軍機大臣・総督につけた時代もある。
あえてキャリアとノンキャリアを区別するとしたら、正途・雑途の区別をつける流品かなぁ?でも捐納出身でも拳人・進士に進めば正途扱いだしぁ。

539: 世界@名無史さん 2011/06/12(日) 05:12:19.81 0
>>511
旗人ったって何万人も居るんだけれど、軍機大臣やら総督やらが何万人も居たか?

軍事的な才覚は個人の資質に大きく依存するものだし、筆記や試問の試験で計れるものではない、やってみないことには判らない。
集団でタマの取り合いをする際には、才覚に加えて人望というか、人的な紐帯・相互信頼が要る。
地中海のポリス時代の共和制都市国家でも、文官や祭祀は誰がやるか籤引は決めていたが、軍事に限っては選挙だったろ。人望やなんかは籤引ではどうにもならんし、戦争の指揮にはそれが要る。
まして、騎馬隊の統率なら、独特の感性が要るから、馬に乗って実際に軍事作戦に出てる中から人を選ぶしかないわけよ。

557: 世界@名無史さん 2011/06/12(日) 14:59:05.21 O
ところで、元の時代には科挙は低調だったが、代わりに合格し易い吏員歳貢制という試験があった。合格すると下級事務官。
これって、明以降は無くなってしまったのかな。

558: 世界@名無史さん 2011/06/12(日) 18:19:58.21 0
吏員歳貢という言葉から予想するに、胥吏の登用に吸収されたんじゃないかな?
胥吏は元々労役からきてるし

563: 世界@名無史さん 2011/06/14(火) 15:29:00.07 O
大正8年まで科挙やってたベトナムなんかは、最近まで及第者が生きてたんだろう

565: 世界@名無史さん 2011/06/15(水) 00:40:07.56 O
中国も国共内戦から逃れた進士が、昭和30年頃まで台湾にいたぞ、きっと

567: 世界@名無史さん 2011/06/15(水) 00:52:41.99 0
辛亥革命の直前に自宮した新米宦官はあわれだな。
チンチン無くした身じゃ、他に就職先もないだろうに。

568: 世界@名無史さん 2011/06/15(水) 01:58:26.91 O
>>567
しばらくは紫禁城に勤めていられたし、後は店や役所の事務員にでもなれば。

569: 世界@名無史さん 2011/06/15(水) 03:48:56.58 0
宦官はいちおうパンピー以上の学問があったの?

572: ◆axCVsGomao 2011/06/18(土) 11:22:45.52 0
宦官の中国ドラマがNHKで放送されてなかった?
宦官とはいえ官僚だからそりゃ学識は求められるだろ

575: 世界@名無史さん 2011/06/18(土) 13:25:35.53 0
>>572
むしろ無学なままに留め置くから使い易かったのでは?
縁故も無い捕虜やら辺境出身者で更に新たな縁故をつくることも物理的に不能にして、
余計な欲を出さないように飼い殺し、と。

577: 世界@名無史さん 2011/06/18(土) 13:37:56.31 O
>>575
そのあたりは皇帝の考えにも幅があった。
明の太祖は宦官を無学なままにしたが、内書堂を設立した上に現職の宦官までそこで研修させたのは同じ明の宣宗。

ここからは私見。無学な宦官でも権勢欲の強い奴はいる。現に明末の魏忠賢なんかがそう。
それに比べれば、学のあるほうが、同じ権勢欲を持つ宦官でも行動の質が高い。王振なんか土木の変で大失敗した以外、政治は実にまとも。

573: 世界@名無史さん 2011/06/18(土) 12:31:23.27 0
宦官にも文化人はいたの?

574: 世界@名無史さん 2011/06/18(土) 12:55:17.86 0
つ司馬遷

576: 世界@名無史さん 2011/06/18(土) 13:25:57.33 O
明の時代には、宦官で詩文集を出す人もいたし、皇子の教育係を勤めた宦官もいた。
宦官のための「内書堂」という学校もあったし。

590: 世界@名無史さん 2011/06/23(木) 01:50:23.85 O
ところで。
明以降の中国の役所には進士任官者と胥吏、それに少数の挙人任官者しか居なかったのか。

唐の明経みたいな、そこそこのレベルで採用される役人は全然居なかったのか?

591: 世界@名無史さん 2011/06/24(金) 18:15:46.47 O
>>590
胥吏頭を長く勤めると、正式の官僚になれたらしいがね。
進士以外のルートってのを研究したら面白いかも。

603: 世界@名無史さん 2011/06/25(土) 22:55:55.66 0
>>590
明初、庶民を採用して官員とするのに3つの方法があったという。
第一が推挙された者を官とする薦挙、
第二が進士及び監生出身者を官とすること、
第三が吏員を官員に昇任させること。

明初は学校が新設されたばかりで人材の養成ができていなかったため、薦挙という方法で人材を探し出さざるを得なかったが、学校に入る者が多くなり、また科挙に合格する者も増えたので、薦挙の方式は廃棄された。

他方、はじめは3つの方式で採用した人材に軽重の差をつけることなく、吏員で高級官僚(知府、侍郎、尚書など)になった者もいたが、永楽期に吏員を除いて序列がつくられて以後、吏員の地位は下がってしまった。
一方、同じ科挙出身でも進士と挙人の差別があり、監生は挙人よりもさらに下級のものと化し、かれらの任官資格はいよいよ低いものとなった。洪武期には中央でも地方でも太学出が最も多かったが、のちに進士がますます重んぜられ、まず薦挙が廃され、挙人と貢生は日増しに軽んぜられるにいたったという。

矢沢利彦
『西洋人の見た十六~十八世紀の中国官僚』 東方書店 1993年。

592: 世界@名無史さん 2011/06/24(金) 18:22:36.18 P
官吏つっても端役じゃ嬉しくなさそ

593: 世界@名無史さん 2011/06/24(金) 19:05:23.58 0
>>592
胥吏が実験握っていたんだからなかなかおいしい立場だったと思うけど

594: 世界@名無史さん 2011/06/24(金) 20:57:43.09 0
胥吏って要は雑用とか労役じゃないの
バイトとか町内会の強制ボランティアみたいな感じの

595: 世界@名無史さん 2011/06/25(土) 05:48:00.01 0
高級官僚は胥吏とは別に私的にスタッフを雇ってたんだろ。

598: 世界@名無史さん 2011/06/25(土) 17:20:55.76 O
>>595
むしろ現代日本の政治家のイメージに近いかも。

599: 世界@名無史さん 2011/06/25(土) 18:36:13.46 0
胥吏と幕友を混同してないか?
胥吏は位は低くても一応公務員なのに対し、幕友は高級官僚の私設秘書。
よって給料は官僚の財産から支払われている。

幕友は科挙の受験生がバイト感覚で始めて、後に合格を諦めて本業にしてしまったというケースが多々あったとか。

602: 世界@名無史さん 2011/06/25(土) 21:17:17.35 O
旧中国の官僚って、試験で選ばれて勤務評定受けて異動もあるあたりは正に官僚だけど、高位になると、むしろ現代の政治家に近い存在だよな。そうなると自費で秘書を雇うのも、感覚的に違和感は無い。

604: 世界@名無史さん 2011/06/26(日) 14:02:31.49 O
案外、数が多かったのかな。挙人止まりの任官者とか、学生上がりとか。

考えてみれば、挙人だってなかなかなれるもんじゃないし。

引用元: ・  科挙の中身 



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