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1: 人間七七四年 2007/04/13(金) 18:12:23 ID:fUCZ4ArY
司馬遼太郎「国盗り物語」をはじめ、戦国時代の「策士策に溺れる典型の貴族趣味の暗君」として、評価される事が圧倒的に多い足利義昭

対信長戦争の結果は最悪なものとして終わったが、しかし、室町幕府の将軍としての権威を背景に、諸大名に号令を発し信長包囲網を作り上げ、信長に対抗しようとしたことは狡猾で愚かなことだったのか

結果が伴なわなかった為、最悪の評価を受けやすい足利義昭について、結果論、先入観を抜きにして考察するスレ

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412: 人間七七四年 2009/12/02(水) 00:49:34 ID:EWMZa8kQ
黙って信長に従ってればずっと足利将軍家は続いていたのかね? 
信長はどんな政権構想持ってたんだろ 
一生足利を形だけの将軍にしておくつもりだったのかな

413: 人間七七四年 2009/12/02(水) 01:55:11 ID:JSxcdVsZ
わからんね 
義昭を追放した時点では足利将軍家を否定するだけのパワーを持って無かったんだろうけど 
本能寺の前の朝廷からの三官推任の頃には将軍権威を否定できただろうし 
かといって、足利将軍家を推戴して統一事業をしてたら将軍家のレジームが高まることになりそうだし 

414: 人間七七四年 2009/12/04(金) 12:36:34 ID:Y9fzRp72
足利義昭が槙島城から若江城に放逐されるときに義昭が差し出した子供を手元に置いて傀儡にする選択肢はなかったのかな? 
まあ、鎌倉将軍と執権北条氏との関係のようにいづれ対立することになるんだろうけど

441: 人間七七四年 2010/08/20(金) 17:42:20 ID:6AAv1mPO
信長公の傀儡政権じゃだめだったのかな もうそのうち殺されると思ったのかな

443: 人間七七四年 2010/08/20(金) 23:32:42 ID:zI9DoNBt
信長が義昭を殺さなかったのが謎だ。 
既に延暦寺の焼き討ちとか平気でやってる男が将軍殺しを恐れる謂れなどないし。 
つうか生かしたら生かしたでまた暗躍されても厄介だし殺すないし自分の手元で幽閉すべきじゃないのか?

447: 人間七七四年 2010/08/22(日) 10:04:04 ID:j69z3NeI
>>443 
三好三人衆や松永久秀が兄の義輝を殺して顰蹙を買った教訓を生かしたのだろう。 
信長といえば独裁的とか革命的、反対する者は皆殺しというイメージがあるが、そういう見方は信長を特別視しすぎ、ということがこの件でもわかる。

444: 人間七七四年 2010/08/21(土) 05:59:32 ID:7dHy7qCC
どっちとも余計な恨み増えそうな気がする 
命は取らず追放がベスト

453: 人間七七四年 2010/08/27(金) 12:05:49 ID:/Mqnwng1
当時の義昭には手紙を送るくらいしか出来る事なんかなかったろ。 
「包囲網は各勢力が自分の利害で信長を攻撃しただけ」と言っている人もいるが、義昭はそれを理解した上で、彼等に信長討伐の名分を与えただけじゃないか。 

何となくだが、義昭は信長を除いた後、包囲網形成した武将達を率いて幕府再興などとは考えていなかった様に思う。ただ天下人に一番近い人物を除き、混沌とした状況に戻したかったのだろう。そういう状況でこそ、将軍の権威が「御輿」として役に立つし、一発逆転のチャンスもある。 
信長を殺せば「幕府再興が成る」のではなく「幕府再興のチャンスが出来る」「スタートラインに立てる」と考えたのではないか。 

結局包囲網は失敗に終わり、追放&信長が死んでも混沌には戻らなかった訳です 
が。

457: 人間七七四年 2010/09/19(日) 19:58:02 ID:hiy2zPho
命令できることと、その命令がきかれるかどうかは別だけどね 
将軍の命令がきかれるのなら、そもそも戦国時代になんてなってない

492: 人間七七四年 2011/01/12(水) 20:58:28 ID:AysUEqvW
ここのすれ住人は、将軍に強い権威が全くなかったか事を前提に話をしている。 
将軍に権威はあったよ。 

499: 人間七七四年 2011/01/13(木) 00:05:07 ID:bhDaIb8/
>>492 
明応の政変以降の足利将軍に権威があったとしてその権威を支えるものってなんだろう? 
血統も、直轄軍も持ってないわけだから……官位の推薦ぐらいか?

500: 人間七七四年 2011/01/13(木) 00:33:06 ID:nMIbu8Uq
>>499 
明応の政変後でも政元、高国が譲歩せざるを得ない場面というのがしばしばあったし、京を追われる直前の段階ですら義昭は京都の町衆を防衛のために動員する権限を持っていたりする。 
将軍を擁立し、そのもとで実権を握るという構図は一見すると擁立している側が一方的に操っているようにみえるけど、実際のところは相互補完的な要素が強いわけだし。

506: 人間七七四年 2011/01/14(金) 22:04:13 ID:bsZU2rrE
>>500 
政元、高国が譲歩したのは将軍家に権威があったからではなくて単純に畠山氏の反撃や内衆との力関係によるものだと思うんだが 
動員する権限を持つことと、実際に動員できるかどうかは別だし

566: 人間七七四年 2013/02/22(金) 18:03:18.56 ID:dPQHrqXC
人間としてどクズだったのは間違いないね
信長のおかげで将軍になれたくせに、実権が自分に無いと知ると(当たり前だ)、あの手この手で嫌がらせを繰り返し、いらん戦火を起こす…
こいつが居なければ信長の時代で天下統一は済み、太平の世はもっと早く訪れてたんじゃないか

571: 人間七七四年 2013/05/15(水) 12:39:18.33 ID:iE87FkzI
義昭は歴代放浪将軍の中ではかなり優秀だったよなぁ。
島津や毛利や上杉など全国レベルで
あそこまで諸勢力を統合して包囲が築けた将軍はいなかった。

572: 人間七七四年 2013/05/15(水) 12:52:54.02 ID:VeF6cR1i
優秀ねえ…
包囲網つったって義昭主導で初期から参加してたとしてもほんの1,2年だし、それ以外で諸勢力を統合なんてできてないし。
天庵さんが優秀だというのと同じレベルでの優秀だな。

577: 人間七七四年 2013/10/27(日) 22:19:55.71 ID:j6CZW0RO
義昭自身はお飾りだったんじゃね?
つか義昭がそんな傑物だったら信長は追放で済まさずに殺してたでしょ。
今更、将軍殺しの一つや二つ気にする玉でもないし。

578: 人間七七四年  2014/03/07(金) 04:10:32.83 ID:ql7rIRYv
>>577
あの時点では信長は義昭は殺せないよ。
将軍殺しは全国の織田家以外の大名を敵にまわすことになる。
すでに平定した地域の武士の謀反も招くだろうし。
信長って意外と「へこへこ」先輩戦国大名達にはしてるんだよね。
実際は今のイメージとは違う。

織田家が足利家と対等だと朝廷から認められた時点なら可能だったかもしらないけど
九州は基より本州の毛利や上杉や北条すら征してないないので無理。

逆に神経質で細かいことまで「コチョコチョ」気が回ったから、あそこまで成れたんだよ。

580: 人間七七四年 2014/03/10(月) 19:21:44.29 ID:H1lAGR9o
>>577 >>578
三好三人衆や松永久秀は別に他の大名に袋だたきにはされてないと思うけどな
義輝と関係の深かった六角氏ですら三好方に付いているし

信長が殺したかったなら、幽閉→官位を上昇させた後隠居させて殺す、で十分だった
そうすれば下克上の批判(そんなものがあったのかは知らんけど)も浴びなくてすんだわけで
出来るのにしなかったのは信長が義昭をたいしたことないと思っていたが殺したくなかったかだと思う

598: 人間七七四年 2015/02/06(金) 15:18:49.22 ID:gjh5Cg9X
義昭は秀吉から1万石を与えられたけど死後はそのまま断絶してるよね
生母の身分が低いとはいえ子はいたのだから清華か羽林家として存続できなかったのだろうか

599: 人間七七四年 2015/02/24(火) 18:02:01.15 ID:qWUAUp3D
足利義尋が出家しちゃったからなぁ。後に還俗したけど、子息はみんな子なしだったということで断絶。

もし義尋系男子が残っていれば、高家で残っただろうけど。

600: 人間七七四年 2015/03/03(火) 09:07:35.00 ID:hN2Kfxux
なんで出家したんだろ?
1万石の条件として出家するよう言われていたのかな

601: 人間七七四年 2015/03/06(金) 11:18:19.58 ID:xMDp7+cj
>>600
出家させたのは信長で、義昭追放の時。
ただ、還俗した後、義昭の死後に1万石を継いだのかどうかは不明。

608: 人間七七四年 2016/08/05(金) 09:41:16.16 ID:DpGaCa2B
暗君では決してないどころか兄より有能まであるだろ
兄がうんこすぎたってのもあるが
信長包囲網築くところまでいけたんだから

617: 人間七七四年 2017/08/24(木) 06:23:13.37 ID:Ex4udcYP
>>608
兄がイメージより酷いから相対的に評価されるだけで弟が優れていたって程でもないような
包囲網だって義昭主導で動かしてたわけじゃなく反信長が神輿に担いでただけだろ
まがりなりにも将軍なんだから「室町将軍」って肩書きあってのもんじゃん。義昭の事跡なんて地方の大名なんかに生まれてたら何もできなかったよ

611: 人間七七四年 2017/07/13(木) 05:24:21.37 ID:NG64LV+S
義昭は凡庸な人間ではない。軍事的な才能はなかったが、歴代の足利将軍のなかでは抜群といえるほどの政治力の持ち主だった。

612: 人間七七四年 2017/07/13(木) 13:50:17.71 ID:HVXSjf/u
>>611
政治力というより調整力だよ。
そしてそれは足利尊氏、義満、義持らのほうが義昭よりは上だと思う。

619: 人間七七四年 2017/08/24(木) 15:38:17.10 ID:hmB8Hg5a
>>611
槙島城の戦いで石部と今堅田に砦を築いて第一防衛線を張ったあたりなんかは京都の山中に城を築いて防衛線にした歴代の将軍より軍事的に賞賛されるレベル
家臣が考えたのかも知れないが

613: 人間七七四年 2017/07/13(木) 18:45:40.89 ID:D0gWJHfL
大友にとっては結構な害でしかない存在だな。
島津や龍造寺、自国の武家衆にまで手紙をばら撒いて。
自身の足利将軍という権威を最大限に利用し、信長憎しという自身の欲求を満たすためだけに行動した。
まあ、小物が名家に生まれたらのありがちな人だな。

618: 人間七七四年 2017/08/24(木) 14:03:11.59 ID:lkdredq8
御内書という全国の大名に指示を出せる最強の武器を持っていたが、肝心の自前の軍事力がショボかったことに尽きる
戦国時代に他人の兵力で戦をして戦をしている気になっていたのがそもそもの誤りだよね

621: 人間七七四年 2017/09/12(火) 22:32:18.22 ID:nijguIzs

622: 人間七七四年 2017/09/12(火) 22:41:54.68 ID:BJtIO/Wq
黒幕なら義昭を庇護してる毛利と明智の動きに連動性がないと

624: 人間七七四年 2017/09/13(水) 06:51:22.43 ID:Xzvivnm/
光秀のハッタリというか将来こうしたいとかいう努力目標に過ぎないだろ
義昭を招くことを考えてたとしてもかつての信長がしたかったように義昭をただの傀儡にして自分が新政権の事実上の主として振舞うつもりだったんだろうし。

627: 人間七七四年 2017/10/16(月) 15:41:37.28 ID:esV294be
光秀とか藤孝はよくあんな時期に織田についたよな
細川については義昭もビックリしたみたいだけど

629: 人間七七四年 2017/10/28(土) 15:16:38.50 ID:4ZapSmJC
>>627
細川藤孝とか安国寺恵瓊は、次代の勝ち馬を見つけるのがうまかった。

643: 人間七七四年 2018/09/07(金) 20:51:51.35 ID:0zid5teQ
再来年の大河ドラマが明智光秀だが、義昭がどういう描かれ方するか興味はある
メインキャラの一人になるわけだし、これまでのテンプレだった暗君的な扱いではなく、このスレで言われてるような策士、謀将的な感じで描かれる可能性もあるのかな

644: 人間七七四年 2018/09/09(日) 06:18:24.21 ID:Kc7p/GZY
あんな状況で将軍に就いて不幸だったよな。
やれることは全てやった人だとは思うわ。
義昭じゃなくても義昭の立場ならあれが限界だろう。

647: 人間七七四年 2018/09/10(月) 16:00:32.96 ID:VYtvLKlm
義昭は暗君だろ。

1573年春に挙兵した際、織田信長は息子を人質に差し出すと言ってるんだから、まずはあそこで手打ちにするべきだろ。義昭だってまだあの時は手元に十分な戦力を揃えていたわけでもないし。

それなのに、その条件蹴って対立抗争の道を選ぶ。何考えてるんだ?

648: 人間七七四年 2018/09/12(水) 14:49:20.28 ID:Ms9215gy
そもそも自分の手元の兵力なんか当てにしてないでしょ
いくら義昭がアホでも。
自分が神輿でいれるうち、対抗勢力がいるうちに挙兵しなければ各個撃破されてどんどん追い込まれるんだから自身の直接的な手勢が少なくても兵をあげるしかなかったんでしょ

649: 人間七七四年 2018/09/12(水) 14:57:01.12 ID:1ExhOcIy
>>648
近隣に三好や石山本願寺、浅井、朝倉がいるのにか? 浅井、朝倉はさすがに織田を突破して合流は無理だろうが、後は集めるべきだろ。何のための神輿だよ。

651: 人間七七四年 2018/09/12(水) 16:32:25.71 ID:Ms9215gy
>>649
・座して死を待つくらいなら特攻しようって精神
・織田方の兵を分散させる意味でも挙兵せねば
・わいが兵を挙げれば三好や本願寺がすぐに援軍出してくれるやろっていう甘い見込み

兵は1箇所に集めれば良い場合もあるし自軍を分散させる事で相手の兵力も分散できる場合がある
後者だと思ったんだろ義昭くんは

652: 人間七七四年 2018/09/14(金) 14:12:22.71 ID:hhotd1jP
義昭は信長と比較するから、何かダメ扱いされてるけど
「平宗盛、北条高時、豊臣秀頼、徳川慶喜」
こういう人らと比較されるべき人材なはずで
この人らは兵力も多く、まだ巨大勢力だったが力を出しきれず滅亡し
最後は命乞いしたり逃亡したり
しかるに義昭は小勢力にも関わらず、巨大勢力信長に立ち向かった
慶喜みたいに命乞いして生き残ったのではなく
戦い抜いて生き残った屈強の戦士である

656: 人間七七四年 2018/09/15(土) 14:12:06.98 ID:V7Kt2t8D
>>652
義昭がダメなのはそこじゃないだろ。
自分の後ろ楯になってた織田信長に対して、自分から挙兵した事だろう。
神輿の担ぎ手が気に入らなくて替えようとしたら、そのまま投げ捨てられただけ。
政敵に負けたとか、下剋上されたとかの方が同情の余地がある。

657: 人間七七四年 2018/09/15(土) 16:51:33.17 ID:jkANEq/J
でも武田信玄と本願寺が同盟した時は本当に信長はヤバかったよ
朝倉がヘマして信玄が死んだから信長は助かったものの、歴史の結果を知らなければ義昭だって鞍替えは当然考えるだろう
ちなみに信長包囲網を考えたのは義昭ではなくて本願寺-武田の同盟に義昭が後から乗っかっただけというのが事実のようだね

引用元: ・足利義昭は暗君だったのか稀代の謀将だったのか



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