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1: 世界@名無史さん 03/10/19 20:54
グレゴリー・ラスプーチンと、ロマノフについて語ろう。
関連記事
【ロマノフ王朝】と、【怪僧ラスプーチン】  








445: 世界@名無史さん 2006/03/26(日) 00:12:51 0
せめて子供たちを助けようという声はニコライやアレクサンドラの縁者には出なかったのかなぁ?

455: 世界@名無史さん 2006/04/02(日) 20:19:19 0
親日家って本当?
大津事件や日露戦争を考えると、とてもそうは思えないけど。

456: 世界@名無史さん 2006/04/02(日) 20:58:09 0
「ニコライ二世の日記」なり「ニコライ遭難」では親日家という位置づけだった。まあ、読むことをお勧めします。
ロマノフ展にもニコライの日記が展示されてたけど、日本に対して好印象を持っていた感じだった。
ちなみに、「ニコライ二世の日記」の筆者によると、日露戦争にも乗り気ではなかったみたい。大津事件の後にも東京に行きたがっていたみたいだし。
ちなみに、妹クセニアのだんなさんアレクサンドル・ミハイロビッチ大公も結婚前に来日してて長崎妻がいたみたい。 
458: 世界@名無史さん 2006/04/07(金) 19:48:00 0
そういや、クセニアのダンナさんアレクサンドル大公が回想録出してたな・・・
来日したことにも触れているらしいけど・・・
ニコライ2世の伝記を読むと、ニコライにとって頼りになる兄貴って感じの人だったのかな?
ちなみに、息子の一人がパヴェール大公の貴賎結婚で生まれた娘と結婚している。

459: 世界@名無史さん 2006/04/10(月) 20:45:06 0
アナスタシアのアルバムを見てきた。子供向けの本だったけど、アナスタシア直筆の絵や休暇中の一家の写真もあった。

あと、「真説ラスプーチン」によると、1812年6月7日、ニコライ皇帝の長女オルガ皇女とドミートリー大公が婚約したと将軍夫人の日記に書いてあったみたい。
もし、彼女がドミートリと結婚していたらどうなっただろう

462: 世界@名無史さん 2006/04/12(水) 18:44:05 0
その「真説ラスプーチン」によると、ドミトリー大公とオルガ皇女は婚約破棄するんだけど、どうも婚約破棄にはラスプーチンがからんでみたい。
ラスプーチンはドミートリは皮膚病だから彼に会って握手した時はトクベツな液で手を洗うように、と皇女たちに命令していたらしい。
ドミートリ、本当に皮膚病だったのかなぁ?嘘っぽいけど。

466: 世界@名無史さん 2006/04/16(日) 14:34:28 0
関係ないけど、アレクサンドラ・フョードロヴナ皇后とイギリスのアレクサンドラ王妃は
ややこしい。両方ともニコライ2世とヴィクトリア女王に縁があるし。
確か、アレクサンドラ王妃が皇后の名付親の一人だった。

468: 世界@名無史さん 2006/04/19(水) 15:55:24 0
マウントバッテンの血をひいた人がイ王様になった時点でイギリス王室はなくなるって言ってたのはラスプーチンだっけ?
エリザベス2世の夫君はマウントバッテン家の末裔・・・彼女たちの息子のチャールズが王になったら・・・(汗

そういえば、ジョージ5世はニコライ2世一家を助けなかったんだけど、エディンバラ公爵の父、ギリシャ王子が処刑されそうになったらその一家を救ってますね。
ちなみに、エディンバラ公爵も姉4人の後に生まれたたった一人の息子という点ではニコライ2世と家族構成が似ている・・・母親がアレクサンドラ皇后の姪っ子だし。

469: 世界@名無史さん 2006/04/19(水) 21:45:59 0
アレクサンドラ皇后の身長ってどれくらいだろう?
ニコライが170cm弱だから、彼女はそれよりは大きいんだろうけど、娘のタティアナ皇女のほうがデカイって皇后の友達だか女官の回想録に書いてあった。タティアナ皇女は173cmぐらいだから、たぶん皇后は170cm強?
体型はスレンダーだけどヒョロヒョロって感じではなく、すらりと均整の取れた体つきでうらやましい・・・(タティアナも姉のエラも)

あと、ラスプーチンの身長も知りたい。写真から判断すると結構高いんだろうけど・・・
ラスプーチンの体格については、本読んだけど、ひょろひょろだったという説とがっしりしてたという説と両方とあるみたいよ・・・
まあ、TPOによって印象がだいぶ違うらしいです。ニコライ妹のオルガ皇女の「彼はまるでカメレオンだった」というのは的を得ているらしい。

494: 世界@名無史さん 2006/05/20(土) 17:06:01 O
ラスプーチンは背丈がどれくらいだったの?
それと子孫はいるのですか?

496: 世界@名無史さん 2006/05/20(土) 22:46:44 O
>>494
中肉中背で頭にハゲ、というか傷跡がある。風呂好きで、常に油を塗った茶色の長髪を梳っていた。秀でた鼻と落ち窪んだ眼下の底から、写真でさえ判る程の鋭い視線を放つ。
晩年は贅沢のせいで太ったとも言われている。
性格については無類の酒好きで女好き。特にジプシーの集団と飲み踊り、まぐわうのが好みだったと言われる。専用の個室さえ持っていた程だ。かなりの露悪癖だった為、好んで
上流階級を馬鹿にした態度を取っていたが、貴人の妻子を食い物にしていたのはデマらしい。
本人はそう聞かれる度に肯定していたが、秘密警察が警護と監視に付いていたので無理。
また政治的見識はかなりのもので、民主化や国内インフラの整備、マイノリティーの保護、戦争への反対などは的を射たものだった。しかし皇帝への忠誠心も厚い。
大雑把に言うなら、当時の日本の様に頂点に皇帝を頂いた上での立憲民主制を考えていたらしい。
それ故に貴族階級と対立していたが、同時に醜聞と忠誠心ゆえに民衆から嫌われていた。付け加えるなら、当時のロシアではこうした霊媒師や預言者、似非宗教家が多数存在していた。
ラスプーチンはその中で最も有名で成功した一人に過ぎず、それ故に最後に破滅した。

498: 世界@名無史さん 2006/05/20(土) 23:00:16 0
>>496
案外まともに思えるわな、そういう記述だと

497: 世界@名無史さん 2006/05/20(土) 22:48:45 O
子孫については娘と息子が居たが、娘は父親譲りの才能からダンサーとなりアメリカに逃げた。
息子については良く分からない。

501: 世界@名無史さん 2006/05/28(日) 20:36:47 0
ロマノフの皇后ってフョードロヴナってのが多いな

506: 世界@名無史さん 2006/06/06(火) 04:33:27 0
>>501
フョードルの娘だからフョードロヴナだね
ロシアでは自分の名+父称で呼ぶのが普通だから
男だとフョードロヴィチになるな
ロシアでは人名の男女別ははっきりしていて姓も区別する
帝室だと男はロマノフだが女はロマノワだ

515: 世界@名無史さん 2006/06/06(火) 21:29:05 0
>>506
パーヴェル1世妃のマリヤ・フョードロヴナ
ニコライ1世妃アレクサンドラ以下同
アレクサンドル3世妃マリヤ以下同
ニコライ2世妃アレクサンドラ以下同

「フョードル=テオドル=セオドアの娘」じゃなくて慣習?じゃないのかこれ?
それかロシア正教に改宗した際の洗礼父か

503: 世界@名無史さん 2006/06/05(月) 20:15:12 O
帝政崩壊寸前に軍部の上層部や貴族たちは皇帝一家救出よりも皇太后マリア・フョードロウナをペテルブルクから移動させたみたいです。フョードロウナは村人と食事をするのが楽しみの一つだったみたいです。

505: ロシア商人 2006/06/06(火) 01:25:03 O
皇太后マリア・フョードロウナは皇后アレクサンドラとは中が悪かった。皇太后を皇后が拒絶したいたらしい。日記には「皇太后さまは海軍将校の中に入りエプロンを着けて食事の用意をする。軽率な行動がロシアをダメにしている。」とか書いている。

509: 世界@名無史さん 2006/06/06(火) 07:49:10 0
>>505
嫁姑の仲は洋の東西を問わず悪い、ということでしょうか・・・
ちなみに、皇太后が将校とジャガイモの皮をむいていた写真を見たことがあります。
皇后はあと、俗世を捨てて修道女になった実の姉にも「権威が落ちる」と反発していたそうです。
こう考えると、この人って案外世間体を気にする人なんでしょうね・・

511: ある家の嫁 2006/06/06(火) 10:08:53 O
アレクサンドラ皇后は皇太后マリア・フョードロウナの手料理さえ口にしなかったそうです。帝政が崩壊したころ将校や貴族は皇太后をいち早くペテルブルクから国境付近まで誘導したらしいです。

512: 世界@名無史さん 2006/06/06(火) 11:45:15 0
>>511
よっぽど頑固な人だったんでしょうね・・・なんか付き合にくい人だ。
ところで、皇后はあまり食事を取らなかったんではなかったですかね?
病気がちのため、食事のときは一人で部屋にこもっていたとか・・・

ところで、彼女はベジタリアンだったのですか?なんかどっかの本で見た気がする・・・

ところで、皇太后が料理を作っていたなんて初耳です・・・

513: 世界@名無史さん 2006/06/06(火) 13:41:03 O
皇太后マリア・フョードロウナはデンマーク王女でデンマーク宮廷のしきたりに嫌悪をいだいていたみたいです。その頃から身分を隠し厨房で料理を学んでいたみたいです。それを知った母はマリア・フョードロウナに激怒したみたいです。

514: 世界@名無史さん 2006/06/06(火) 17:23:55 0
そうですか・・・
ちなみに、アレクサンドラ皇后の母アリスは上3人の娘たちに自分でパンが焼けるように教育していたらしいです。(皇后はそのような教育を受けてないかもしれません)また、アリスの父アルバート公も息子たちには大工仕事を、娘たちには料理を習わせていたようです。(「女帝が愛した男」に書いてありました)
マリア・フョードロヴナはアルバート公の娘だったらよかったかも・・・

517: 世界@名無史さん 2006/06/09(金) 22:30:31 0
アレクサンドラはマリア皇太后だけでなくロシアの貴族社会そのものになじめなかったんじゃ・・・。
アレクサンドラは内気で生真面目で、享楽的なロシア宮廷には溶け込めなかったし、ロシア貴族たちもアレクサンドラのことを淑女ぶる偏屈な女として敬遠していた。
それに比べマリア皇太后は陽気で社交的で人々に愛されていた。
嫁姑でなくても性格が合わなかったんじゃない?


521: 世界@名無史さん 2006/06/15(木) 23:00:23 0
アレクサンドラは自室にマリー・アントワネットの肖像画を飾っていたそうだけど不思議な因縁だ。
まさかアレクサンドラ自身も自分が革命で無残な最期を遂げるなんて思っていなかったろうに。
私はアレクサンドラは皇后としては失格でも一人の女性としては好き。
病に苦しむ我が子を献身的に愛し続けた彼女を責められない。
皇女たちに対しても自分で授乳したり愛情深く接していたんだよね。

522: 世界@名無史さん 2006/06/16(金) 21:12:15 0
>>521
そう?やっぱ堅苦しい気がしてもし一緒にいたら息が詰まりそうな気がする・・・
けど、本当は聡明で才色兼備な女性だったんですよね。
もうちょっと人を見る目と愛想があればなぁ・・・そういう素質がかけているのはもったいないと思います。個人的に、マリー・アントワネットとアレクサンドラ皇后は性格的には正反対だと思いますがどうでしょう?
自分が持ってないものを持ってて惹かれたんだと思いますね・・・

523: 世界@名無史さん 2006/06/17(土) 18:49:32 0
息子の病気を世間に公表して皇位継承拳を放棄すればよかったのにね
そうすればもしかしたらロマノフ王朝は立憲君主国として生き残れたかも
そう思ってしまう程ラスプーチンとアレクサンドラ皇后の不人気は酷すぎ

525: 世界@名無史さん 2006/06/18(日) 15:30:18 0
>>523
>息子の病気を世間に公表して皇位継承拳を放棄すればよかったのにね 

そんな簡単に片付けられる事案ならラスプーチンなぞ出てこなかったと思う。
皇皇帝夫妻の立場に立ってみれば待望の跡継ぎの継承権を手放すとは思えない・・・
皇族の中にも継承権を狙う人は沢山いるしね。
まあ、万が一のためにドミトリー大公あたりを皇女の一人と結婚させるプランもあったようですが(ドミトリーがお気に入りだった皇帝は長女とドミトリーの結婚を進めたがっていたみたい)
皇后の不人気は何もラスプーチンだけのことではなく、前皇帝の死亡直後に嫁いで来たこと、ドイツ出身(厳密には彼女はイギリス的だったけど)、彼女自身の無愛想な態度も大いに関係しているのでは?

526: 世界@名無史さん 2006/06/20(火) 23:38:41 0
皇后の不人気、ラスプーチンの「お告げ」に従って政治や軍事にあれこれ口をはさむようになったのが一番まずかったと思う。それでロシア政府をめちゃめちゃにした。
それにくらべりゃ皇后自身が無愛想な態度だったことなんてまだ可愛いもんだ。

533: 世界@名無史さん 2006/07/16(日) 10:18:53 0
図書館に『アナスタシアのアルバム』という本があり、その中に一枚アナスタシアのヘン顔写真があった。
それを見て「あ、この子も普通の女の子だったんだ…」と切なくなった(´・ω・`)

539: 世界@名無史さん 2006/08/05(土) 21:32:24 0
ググったらアナスタシアの変顔写真発見した。『アナスタシアのアルバム』にも載ってたやつ。

肖像画風な他の写真とは全然雰囲気が違って、ごくごく普通の女の子。
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540: 世界@名無史さん 2006/08/12(土) 05:13:31 0
オル窓でロシア史に目覚めた私。
世界史版は敷居高くてコワイ気がしてたけど、このスレ面白いし、勉強になるわ~
アナスタシアの珍しい写真やマチルダ・クシェシンスカヤの写真も見られて嬉しい。

でも、ニコライ2世といいルイ16世といい愛妻家だと為政者としては失格で不幸な末路をたどってしまうのは何故だろう・・・

ルイ14世なんか筆頭だけど、ロマノフ王朝だって愛人いっぱいのピョートル大帝やエカテリーナ2世の時は国が栄えてた。あと、皇太子だけど、セルビアで暗殺されちゃったフランツヨーゼフ。あの人も貴賎結婚で虐げられてたソフィー妃の為に政治的実績が欲しくてあんな危険なバルカン半島に乗り込んで亡くなってしまったという解釈があるんだよね。ソフィー妃を愛人でいいやと割り切っていたらもっと長生きできたハズ。
ニコライ2世だって愛人に生ませた皇子が山ほどいますって人だったら・・・
こんなスレはたってないだろうけど、要領よく生き延びたり、イギリスみたいな立憲君主国に移行できたかもしれないよ。

681: 世界@名無史さん 2006/10/25(水) 21:35:11 0
>>540
>あと、皇太子だけど、セルビアで暗殺されちゃったフランツヨーゼフ。

亀だけど、セルビアで暗殺されちゃったのは、フランツヨーゼフの甥のフランツフェルディナントだよ。

542: 世界@名無史さん 2006/08/13(日) 09:48:05 0
キリスト教国では愛人の子に王位継承権はないから、ニコライが外で子供作っても、王位継承には関係ないのでは?

543: 世界@名無史さん 2006/08/14(月) 13:55:33 0
アレキサンドラと離婚して、別の后妃に生ませるしかないよ

545: 世界@名無史さん 2006/08/15(火) 01:30:39 0
>キリスト教国って跡取りの産めない后でも離婚できないの?

イヴァン雷帝の父がそういう理由で離婚してたと思う。

548: 世界@名無史さん 2006/08/19(土) 16:55:21 0
ヴァシーリー3世(>>545)は、妃を修道院に追放→府主教を説得して再婚とかやったが、その子のイヴァン4世は離婚のせいで礼拝に出席できなかったり。
後にロマノフ朝のパーヴェル1世が帝位継承法を定め、その内に
・皇帝、皇位継承者の妃はロシア皇族と対等な王族であること(貴族は×)
とあったので、適当な妃がねを探すのも困難になった。

そんなわけで、皇子のなかったアレクサンドル1世は早くから弟を継承者に考えてたが、上の弟は離婚+非正教徒と再婚したことで継承不可、下の弟ニコライ1世(ニコライ2世の曽祖父)が即位した。

550: 544 2006/08/20(日) 02:08:53 0
>>548
詳しいご解説有難うございます。
・皇帝、皇位継承者の妃はロシア皇族と対等な王族であること(貴族は×)
とあったので、適当な妃がねを探すのも困難になった。


パーヴェル1世は女帝を禁じただけではなかったのですね。
歴代皇妃が外国の王室出身者ばかりなのはそんな理由があったからとは知りませんでした。
ガチガチのカトリック国からは嫁入りが難しく、自然に北欧やドイツの小国から皇太妃を
迎えざるを得なかったと。
貴賎結婚でも皇位継承権がなくなるし、女帝はダメ・・・これだけしばりが多いとロマノフ朝は革命がなくても途絶えてたでしょうね。
今のイギリス王家なんかなんでもありなのに。ジョージ5世のいとこ、ニコライ2世で
王朝が途絶えたのは不思議ですよね。

567: 世界@名無史さん 2006/10/04(水) 17:29:57 O
皇太子アレクセイの性格が分かるようなエピソードって何かありますかね?
日記とかつけてなかったのかな?

568: 世界@名無史さん 2006/10/05(木) 15:35:41 0
>>567
水溜りを見た皇太子が従姉妹のベーラさんにむかって
「この中に入れ」と言ったそうです。
ベーラさん本人が言っているのでこの話は本当だと思います。
血友病でなければ世継ぎに相応しい人だったみたいですね。

569: 世界@名無史さん 2006/10/06(金) 17:55:48 0
>>568
病気や末っ子長男のイメージでアレクセイは大人しい子だと思っていたのですが、そうでもなかったようですね。その話だけ聞くと、むしろ、傍若無人…

572: 赤座 2006/10/21(土) 13:35:42 0
いくら、ニコライ2世が鈍帝だからって、レーニンさんよ。
殺すことはなかったのではないか。
(因みに、レーニンさんにとっては兄の仇討ちのつもりだとか)
それにしても、アニメで見たが皇女アナスタシアの逃避行は本当に波乱に富んでいた。
個人的に、アナスタシアが国境を無事に越えて西欧へ亡命できて胸を撫で下ろした。

573: 世界@名無史さん 2006/10/21(土) 20:02:17 0
>>572
アンナ・アンダーソンはDNA鑑定で偽者と判明したよ。
ばれないように遺体を火葬にしたが
生前に手術した時、臓器の標本が残されていた。
アンナ・アンダーソン(1896年12月16日 - 1984年2月12日)は、ロシア皇女アナスタシアを自称したアメリカ人女性。

アンダーソンは1984年に死去したが、1989年にアナスタシアの弟であるアレクセイ皇太子と、第3皇女マリア以外のニコライ2世一家と推定される5人の遺骨がロシアで発見された。ミトコンドリアDNA鑑定の結果、これらの遺骨は確かにロマノフ家の一員の物であることが確認された。アンダーソンの死後10年を経た1994年に、イギリスのFSS(Forensic Science Service)が彼女の小腸標本からのミトコンドリアDNA鑑定を行った。これはアレクサンドラ皇后の姉がイギリス女王エリザベス2世の夫君エジンバラ公の母方の祖母にあたることから、エジンバラ公・ロマノフ家の一員であることが確認されている皇女・アンダーソンの三者のミトコンドリアDNAを較べるという、かつてない科学的な検証だった。
その結果、エジンバラ公と遺骨のDNAは確かに一致したが、アンダーソンのDNAはこのどちらとも一致しなかった。その代わりにフランツィスカ・シャンツコフスカの甥のカール・マウハーとはDNAが一致した。

アンダーソンの正体はポーランド人農家の娘フランツィスカ・シャンツコフスカ(1896年12月16日生 - 1920年3月失踪)である可能性が少なくとも99.7%である、と学術誌『ネイチャージェネティクス(Nature Genetics)』に発表された。


782: 世界@名無史さん 2006/11/03(金) 20:49:52 0
4姉妹の中ではタチアナが一番美人だな。

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783: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 13:00:05 0
四姉妹より若き日のアレクサンドラが美しいと思う
子供の頃の四姉妹は正装したアレクサンドラの絵を描くのを楽しみにしていたそうだ
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784: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 17:40:09 0
欧州社交界一の美女と謳われたアレクサンドラもロシア来てメンヘルになり容色もあっという間に衰えて公式行事を休んでばかり。
855: 世界@名無史さん 2006/11/22(水) 02:51:45 0
>>784
>欧州社交界一の美女と謳われたアレクサンドラ

そうかなぁ

856: 世界@名無史さん 2006/11/22(水) 09:35:15 0
>>855
姉のエラのほうが美形だったみたい…マリア大公女
(パヴェール大公の娘)の回想にエラについて
「今までこんなきれいな女性に会ったことがないと断言できる位の絶世の美女」と言う行がある。
ちなみに、皇后の容姿については書かれていなかった。

858: 世界@名無史さん 2006/11/22(水) 10:45:53 0
>>856
写真を見る限りではエラよりアレクサンドラのほうが美人に見える。
アレクサンドラ、内気すぎて無愛想な感じになってしまうのがマズかったのかな。
雰囲気美人ならぬ雰囲気ブス?

785: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 19:14:16 0
姑のマリア皇太后は異常なまでの若作りだったな。
貴婦人達が「パリで若返りの手術を受けた」と噂していたほど。

787: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 23:37:42 0
先帝の喪があけるのを待たずにニコライがアレクサンドラとの婚約をせっつき、喪があけるのを待ちかねたように結婚してしまったので、アレクサンドラは「棺の後から来た女」と呼ばれてロシア宮廷からも平民からも嫌われてしまったんだよね。

789: 世界@名無史さん 2006/11/05(日) 04:05:54 0
>>787
マリア皇太后の誕生日がアレクサンドラの結婚記念日
先帝の喪中に結婚式を行うために、マリア皇太后の誕生日を
「仮の喪明け」にした
ニコライも結婚記念日と母親の誕生日が同じだと気を使うこともあったかもな
あの二人は犬猿の仲だったし

790: 世界@名無史さん 2006/11/05(日) 10:38:48 0
アレクサンドラは幼い時にロシアを表敬訪問してるんだけどその時から新聞に「小国の王女のくせに傲慢な態度」とか書かれて嫌われていたんだよね。

794: 世界@名無史さん 2006/11/05(日) 18:59:27 0
>>790
大勢の人の前に出ると、固まって愛想よく出来なかった。
それが傲慢な態度に見えたらしい。
あと生活習慣の違うロシア貴族をヴィクトリア朝の道徳観で評価したのも反感を買った。

795: 世界@名無史さん 2006/11/05(日) 21:05:47 0
>>794
ロマノフ本結構読んだけど、あなたの書いてるようなことは読んだ記憶なし。
アレクサンドラは、ニコライと婚約するためにロシアの風習や言語を学び婚約が決まると、あっさりロシア正教に宗旨換えして歴代ロシアの皇后・女帝の書簡・資料を読みロシアの歴代皇后の立ち居振る舞いを参考にしようとした。
そんな彼女から見ると、姑のマリア皇太后は自分で馬車を走らせるわ軍人に混じってジャガイモの皮剥いたりするのが非ロシア皇后的な振る舞いに写った。
若いのに伝統に固執する嫁をマリアはマリアで苦々しく思った。

801: 世界@名無史さん 2006/11/06(月) 17:18:05 0
>>795
アレクサンドラが非難したのはロシアの風習ではなく宮廷に出入りする貴族達の生活態度
アレクサンドラはロシア社交界で横行する情事と無責任なゴシップが嫌いだった

804: 世界@名無史さん 2006/11/06(月) 17:40:56 0
>>801
早くに母を亡くしたアレクサンドラを哀れに思ったヴィクトリア女王の気遣いでアレクサンドラが長期間過ごした英国宮廷も情事とゴシップが横行してたけどね。
夫を亡くしたヴィクトリア女王は馬丁と噂され息子の皇太子は美人の皇太子妃がいながら貴婦人たちと情事三昧。
あのカミラ夫人の曾祖母のアリス・ケッペル夫人を長らく自分の愛人にもしてたね。

807: 世界@名無史さん 2006/11/06(月) 18:03:28 0
>>801
>アレクサンドラが非難したのはロシアの風習ではなく宮廷に出入りする貴族達の生活態度

皇后が宮廷に出入りしてる貴族の生活態度を非難したのなら
当時の貴族たちの回想禄とか手紙とかにその逸話が残ってるはず、ですよね?

835: 世界@名無史さん 2006/11/08(水) 01:36:22 0
>>807
アレクサンドラが結婚して間もないころ、とある舞踏会で大きく胸元を開け、今にもドレスが肩からずれおちそうな、そんな格好でダンスをしていたご婦人がいた。
皇后はご婦人に人をやり、「ヘッセンではそんなドレスの着方をするものはおりません」と伝えさせた。
ご婦人は「あら、そ~お?」とばかりにグイッとますますドレスを肌けてみせ、「ペテルブルクではこんなドレスの着方をしますのよ、と陛下にお伝えしてちょうだい」と言ったそうな。

おそろしく内気で人前ではろくにしゃべることもできず、嫁いできたばかりのころはロシア宮廷の複雑なしきたりにも不慣れでロシア語も上手でなかった、真面目ではあるけれどどちらかというと気の利かないタイプだった皇后はロシアの社交界ではこんな感じだったらしい。
華やかで社交家の皇太后がいつまでも強い勢力を持ち続け、その皇太后と不仲だったんだから社交界での皇后の立場もそう強いものではなかったようで。

838: 世界@名無史さん 2006/11/08(水) 11:50:35 0
>>835
ロシアはかの大帝ピョートルの時代から西欧化して宮廷儀礼や貴婦人のファッションのお手本はフランス。フランス人からは「100年遅い」とか「猿真似」と散々だったけどとにかくロシア貴婦人たちはフランスの貴婦人たらんとした。
アレクサンドラの育った英国は清教徒的道徳観を持って享楽的なフランスを見下し嫌ってたから、露出の多いドレスについてフラン風を目指すロシア貴婦人とドイツ人ながら英国の道徳で育った皇后の見解が違ったのも無理もない。

850: 世界@名無史さん 2006/11/21(火) 01:00:09 0
>>835
皇后のお姉さんはもう少し立ち回りがうまかったみたいね。
皇族の間でもそこそこ人気があったみたい。(ちなみに、ユスポフのお母さんとは
親友同士だった。)
お姉さんがモスクワじゃなくてサンクト・ペテルブルクにいれば少しは皇族との仲は緩和されたかもしれない…
それにしてもラスプーチンのおかげで姉妹仲がこじれるとは皮肉だ…

803: 世界@名無史さん 2006/11/06(月) 17:22:22 0
アレクサンドラは、上流社会の風紀の乱れとはほとんど無縁の環境で育てられた。
もちろんヨーロッパ各国の上流階級の風紀の乱れは知っていたろうが伯父のエドワード七世と違い、それにドッブリとつかることはなかった。
知識として知っているのと実際に体験するのとでは大違いだからアレクサンドラはロシア宮廷に適応できなかったんだろう。

806: 世界@名無史さん 2006/11/06(月) 17:52:59 0
アレクサンドラがロシア宮廷で人気がなかった理由
○大ロシア帝国の皇后になる身分からするお実家が小国だった
○先帝の喪があけてすぐ(実際は喪があけてない)結婚した
○貴族・軍人に人気のあったマリア皇太后と仲が悪かった
○やっと生まれた皇太子が血友病だった
そして
○ラスプーチンを重用した

これが命取り。

引用元: ・【ロマノフ王朝】と、【怪僧ラスプーチン】のスレ



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