1: 記憶たどり。 ★ 2019/08/11(日) 05:40:03.21 ID:yYv0o1zp9
日本列島で文字が使われ始めた時期が大きくさかのぼるかもしれません。弥生時代や古墳時代の遺跡から発掘された石が調査の結果、「すずり」と判断される事例が九州北部を中心に相次ぎ、調査に当たった専門家は、紀元前100年ごろから文字が使われていた可能性があると指摘しています。

調査は、弥生時代や古墳時代の遺跡で過去に発掘された石などを対象に、福岡県内の複数の考古学研究者が進めています。

刃物などを研ぐ「砥石(といし)」と判断されていた石などを詳しく調べ直した結果、これまでにおよそ130点が「すずり」と判断されました。

ほぼ同じ時代の中国や朝鮮半島の遺跡から見つかったすずりと形が似ていることに加え、石のすり減り方が砥石と異なるほか、一部には墨とみられる黒い付着物が付いていたことなどから、「すずり」と判断したということです。

調査に当たっている弥生時代の専門家で、國學院大学の柳田康雄客員教授によりますと、「すずり」と判断した石は、九州北部を中心に西日本の各地に分布し、このうちの5点は弥生時代中期の紀元前100年ごろまでさかのぼるということです。

日本列島では古墳時代中期の5世紀ごろには、確実に文字が使われ始め、それより前は土器に書かれた墨書など、文字の可能性を示す資料が見つかっているものの、普及の実態はよく分かっていません。

柳田さんは九州北部では紀元前からすずりを使って文字を書いていた可能性があるとして、「弥生時代は原始時代ではなく、文字を持った高度な文化や文明があったと言ってもいい」と指摘しています。

なぜ「すずり」と判断?

(以下略)

全文は
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190810/k10012031231000.html 








9: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:46:59.80 ID:EFm+9W/a0
ということは、大和朝廷がその前の邪馬台国やそれ以前の歴史における記録を焚書したということか。

10: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:47:40.55 ID:2e9QUMbd0
紙はどうしてたの?

180: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 12:31:35.70 ID:sMxKdOqq0
>>10
中国でも木簡、竹簡、布に書いてた時代に……。

16: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:50:29.69 ID:d+18rsEL0
刺青
身体装飾

36: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 06:00:24.06 ID:mUoudIYX0
>>16
そうだな。それもあったな

19: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:53:10.16 ID:6ooc3O9V0
文章とは限らんわな
記事にもあるように一文字で意味をなしていたかもしれんし、
墨を使って何らかのしるしを付けていただけかもしれんし

20: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:53:41.01 ID:T6Az3Le80
硯石は漢からの輸入品だろうけど、だからって文字はまだ普及してなかったんでは?

ブッシュマンみたいな未開の村で、文明人がワープロ置いていっても、文字がすぐに普及していったわけではないでしょ

62: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 06:55:39.67 ID:/C1TmlCm0
>>20
普及してた土器に文字が書かれてる
単純な文字を一般人が使えるとしたら、支配層はもっと使えると考えてもおかしくない
ってな推測じゃないの?

163: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 12:01:42.63 ID:42Tit9r90
>>20
最初は記号として使ってたんだろ
今でいうプラマークみたいなもんで
瓶に記号を書いて何が入っているかみんながわかるようにしたんだよ

21: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:53:47.26 ID:iMwLF5sk0
硯だとしても、文字を書くための墨じゃなくて、絵を描くための画材を入れてたんと違うか?
鳥獣戯画みたいなやつ。

29: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:57:47.35 ID:mUoudIYX0
>>21
それはあるかもしれない
熊本のどこかの古墳で石室の内側に渦巻き模様を書いたのがあっただろ

31: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:58:26.33 ID:0OSxn7Ux0
まあ長江流域から渡来人はちょこちょこ渡ってきてたらしいから、そいつらが文字を持ってきた可能性があるな
長江は農耕社会だから契約文化もあっただろうし

その後、気候変動で南下、東進した北方民の文字に駆逐されたと考えれば、日本で専制支配が広まった7世紀あたりを境に漢字オンリーになったのも辻褄が合う

33: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 05:59:15.42 ID:Mis1GTzp0
大陸から来た移民と共に漢字が伝来しても不思議ではない。

37: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 06:04:02.05 ID:6UtOYRZA0
>>1
例えば埼玉県の稲荷山古墳で見つかった古墳時代中期、5世紀のものとみられる鉄剣には115文字が刻まれ、この時期には文章として
文字が使われていたことが分かります。

E3MIOQL


https://i.imgur.com/AzilQIt.jpg

(表面)
辛亥の年 7月に記す 私はヲワケの臣 いちばんの祖先の名はオホヒコ その子はタカリノスクネ その子の名はテヨカリワケ その子の名はタカヒシワケ その子の名はタサキワケ その子の名はハテヒ
(裏面)
その子の名はカサヒヨ その子の名はヲワケの臣 先祖代々杖刀人首(大王の親衛隊長)として大王に仕え今に至っている
ワカタケル大王(雄略天皇)の役所がシキの宮にある時 私は大王が天下を治めるのを補佐した この何回も鍛えたよく切れる刀を作らせ 私が大王に仕えてきた由来をしるしておくものである


辛亥の年( 西暦471年) 。獲加多支鹵大王。寺(役所)在斯鬼宮(斯鬼は奈良県磯城郡、初瀬朝倉宮があった所) 。等の文字からワカタケル大王は雄略天皇とされている。
また、それ以前に熊本の江田船山古墳から発掘された太刀にも同じような銘があったが、
こちらは文字の一部が欠けており判読できなかったが、稲荷山古墳の鉄剣が出たところから、同じワカタケル大王と推定されている。
 江田船山古墳の太刀銘 「獲□□□鹵大王」

41: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 06:07:52.81 ID:6UtOYRZA0
>>37
これ見ると、やっぱり漢字なんだなと

まぁ普通に考えれば当時の朝鮮半島も漢字使ってたし貿易の中心が中国メインなんだから漢字がそのまま輸入されたってことの方が自然なんだろう

聖徳太子が、中国に派遣された人から話を聞いて日本も箸を使うようにしようって言ったくらいだし

文字もそうだけど、自分で作り出すより真似た方が楽

44: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 06:11:59.83 ID:e83VJY4u0
魚拓、墨つぼ、羽根突き…
文字を書く以外でも墨がないと困ることはいっぱいある

47: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 06:14:00.46 ID:x50D9Cem0
倭人伝には文字がなかったと書かれてある
おそらく硯とはちがうだろう

49: 名無しさん@1周年 2019/08/11(日) 06:17:50.20 ID:bqOn14S+0
>>1
失われた文明やな ロマンやな

引用元: ・【歴史】日本列島は紀元前から文字使用か。「すずり」と判断される石の発掘が九州北部を中心に相次ぐ