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1: 世界@名無史さん 2006/01/20(金) 18:12:05 0
初めて欧州人を震撼させたフン族を讃えよう。

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偉大なるフン族を讃えよう  









309: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 19:32:18 0
モンゴロイドの分布を考えるとフン族はやっぱりモンゴルから来たと考えるべきだろうな。
匈奴のおそるべき征服力はまさにフン族そのものだろう。

310: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 22:52:54 0
『アッチラとフン族』という本に、匈奴=フンの疑問点としてフン族が北匈奴なら周辺諸国・民族に大きな被害を与えるはずであり、そうした記録はないのは不自然だと。
考えられるのは東シベリアから中央アジアに登場した匈奴とは別の民族でないかとの説を唱えている。でもバイカル湖周辺が起源という説だった。

311: 世界@名無史さん 2006/11/04(土) 23:08:34 0
アランを征服してサルマートなんかを手下にしたんでしょ?
まあ、遊牧民同士だからそんなにひどい扱いはしなかったんじゃない?
それにシツ支単于みたいな暴れ者ばかりが単于になるとは限らないし。

316: 世界@名無史さん 2006/11/10(金) 06:26:17 0
匈奴とフン族の同一論拠


族名の類委


民族性の一致


匈奴西遷の時期・経路とフン族欧州出現時期・地点の一致


共にアルタイ語を使用したらしいこと


フン侵入期にロシア語へ多くのアルタイ語が輸入されたこと


考古学的に匈奴の欧州西移があとずけられたこと


『魏書』西域伝にフンのことが匈奴の名で記載されていること

「アッチラとフン族」4Pより

しかし、著書の中では同一説には否定的な見解が多い。しかし、フン族はバイカル湖周辺から移動してきた民族との見解。

317: 世界@名無史さん 2006/11/10(金) 08:22:53 0
これだけ論拠があって否定的な見解になるやつらはそれ以上の論拠があって否定してるのか?

318: 世界@名無史さん 2006/11/10(金) 22:32:07 0
>>317
一番の疑問は匈奴とフンが同一だとすると、西遷からアラン攻撃までの期間が結構長い休止期間があること。好戦的な連中が周辺国に被害を与えたという記録がないことが大いなる疑問。

321: 世界@名無史さん 2006/11/10(金) 23:39:26 0
>>318
疑問が否定に直結するのは安易だし、それだけの疑問で上記の論拠を否定することはできないよな。民族の活動は常時膨張的なわけじゃないわけだし、勢力圏で力を蓄える時期と対外膨張する時期がある。
それと、力を蓄える時期というのは、内部にまとまりがなく内部での抗争に時間が取られていたということもよくある話。
好戦的な民族なのに記録が無いことは否定の根拠としては弱すぎる。

322: 世界@名無史さん 2006/11/11(土) 01:25:37 0
匈奴だって冒頓以前は記録ほとんどないしな。

323: 世界@名無史さん 2006/11/11(土) 02:53:49 0
実際問題匈奴は冒頓の前の頭曼以前からずっとずっと有ったもんな
ただ歴史で単于の名前までハッキリ出てくる様になったのが頭曼からで有って
歴史書に記されていない=無い って訳じゃないし

324: 世界@名無史さん 2006/11/11(土) 05:59:29 0
フン族自体もアッチラ以降は生彩がないまま終わったからな。
栄枯盛衰というの遊牧民に限ったことではないのは確か。
生活風習なんかも長い移動で変化が起こっても不思議はない。

327: 世界@名無史さん 2006/11/11(土) 17:43:24 0
中国は遊牧民を全て匈奴と呼んだわけではない。
アラン族を襲撃したフン族を何故匈奴と記載したのかだな。
ある程度西遷した匈奴の情報を掴んでいたのなら匈奴=フン族は確定となる。
ただ単に音が似ているから匈奴と記載したのなら別の民族の可能性もある。

328: 世界@名無史さん 2006/11/13(月) 05:52:43 0
ところで北匈奴の消息が解らなくなってからフン族の登場までどれだけタイムラグがある?

329: 世界@名無史さん 2006/11/13(月) 21:46:28 0
北匈奴は中国の文典からだと大体150年代辺りで消息不明っぽくなる
一方トルコやテュルク系の国々の主張するBATI HUN(直訳すると西匈奴、つまり中国の言う北匈奴。)のハーン(単于をこう主張してる)は216年まで一応記録されている
んでフン族の有る程度の記録記事が大体350年前後なので 150~200年くらいのラグが有るって考えれる…気はする

まぁその記録自身も何処までが如何だかハッキリ分からないんだが

336: 世界@名無史さん 2006/11/15(水) 20:19:48 0
>>329

http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/china/kyodo.htm

これにそのことが書いてあるな。
2世紀中頃には中国の歴史から消息が消えている。
キルギス地方にいれば後にアラン族を襲撃してもおかしくはない。
ちなみにソグド人は匈奴をフンと呼んでいたらしい。

330: 世界@名無史さん 2006/11/14(火) 11:54:36 0
一方トルコやテュルク系の国々の主張するBATI HUN(直訳すると西匈奴、つまり中国の言う北匈奴。)のハーン(単于をこう主張してる)は216年まで一応記録されている

この辺のソース希望

340: 世界@名無史さん 2006/11/17(金) 20:08:00 0
>>330
グーグルでトルコ語で検索すればいっぱい出てくるが…
例えばBüyük Hun(匈奴と同一と主張してる)で検索すると出てくる
因みにこれはほんの一つだが
ttp://www.anavatan.de/turktarihi/turktarihi1.htm

ここに歴代単于のトルコ語の名前が有ったりする
冒頓単于はここではMeteと表記されてる

因みに匈奴の南北分裂(トルコの歴史では東西みたいだが)後は中国とは違い
中国で言う北匈奴、トルコやテュルク系の国々での西匈奴を正当の国と見なしてるのも
民族なんかの違いが如実に出ているものなんだなって思ったり

331: 世界@名無史さん 2006/11/14(火) 17:51:06 0
200年近く大人しくしていたのは意外な感じはするな。

332: 世界@名無史さん 2006/11/14(火) 21:02:35 0
まあ、北匈奴の末裔と新たにどこからか移動してきた民族が合体してフン族になったとも考えられるな。合体・大集団化で膨張を開始したのかもしれない。
どちらかというと弱体化していた北匈奴がいきなり膨張というのも不可解。しかも消息不明になったくらい脅威ではなくなっていた。
周辺国にも北匈奴に優秀な王が出現したとの記録もない。

333: 世界@名無史さん 2006/11/14(火) 21:07:28 0
クシャナ朝やパルティア・ササン朝と抗争していた可能性もあるだろう。

335: 世界@名無史さん 2006/11/14(火) 21:34:34 0
>>333
パルティア・ササン朝側には記録はないようだが。
抗争があったとしても脅威に成る程ではなかったのかも。だから記録も残っていない。
カフカスからシリア方面にフン族が侵攻したのは東ゴート攻撃後の390年くらいの話。
この時のフン族のシリア方面への侵攻は記録が残っている。その後はまた欧州方面に矛先
を向けている。

339: 世界@名無史さん 2006/11/16(木) 01:20:35 0
>>335
アルメニアの歴史家(確かセベオス)に、359年のキオンとササン朝の戦いが記されているはず。キオン=フンとの説を取れば、ササン朝と交戦していたことになる。
パルティア時代は、クシャン朝が真中にあったので、クシャン朝と抗争していた可能性はある。

342: 世界@名無史さん 2006/11/20(月) 12:40:32 O
匈奴の残党は五胡十六国時代でも健在だが

343: 世界@名無史さん 2006/11/20(月) 12:42:41 0
っていうか国つくっているよな 晋ぶっつぶしたし

344: 世界@名無史さん 2006/11/21(火) 22:07:09 0
ただフン族の方が派手だったよな。
ゲルマン民族を玉突き移動させて、ローマ帝国崩壊のきっかけを作ったのだから。
フン族=北匈奴なら北匈奴の連中の方が南匈奴より歴史的に大きな活躍したことになる。

348: 世界@名無史さん 2006/11/22(水) 02:33:19 0
>>344
まあローマ帝國の崩壊~ゲルマン諸国家の建設というとEC加盟国の相当数をカバーするからそうおもいがちだが、中国の古代の枠組みほとんどつぶしているぞアレ。
晋の皇族つまり司馬氏の大半があぼーんしただけでなく、漢の嫡流(つまり献帝の子孫や曹操の子孫 つまり陳留王や劉備の直系もほどんど死んだり消息不明になってる)
隋の統一まで何百年もかかっているし、漢族自体が言語のアルタイ化がおこってしまって
華北の出の漢族って大半が北方民族の習俗にそまっちゃってる。
隋、唐も匈奴ではないとはいえ、鮮卑系の王朝だし古代世界からいた士大夫階級も南北朝までに王朝交代の度に連座してあぼんしたり庶民になったりで没落するわで華北も江南もかわらんし・・・・
今の中国が一国で広大な地域を支配しているから南匈奴がショボイと考えがちだけど侵入前と侵入後では中華世界そのものが何もかも変わったといってよいほど変化してる。
江南にのがれた連中もいってみれば北方民族の圧迫うけて民族大移動状態だしなー

349: 世界@名無史さん 2006/11/22(水) 21:43:06 0
ようはインパクトの問題でしょ。
フン族はいまだに欧州人に強烈な印象を残している。
まあ、好印象ではないけどね。
でもフン族だけが野蛮じゃないよ、欧州人もそこらじゅうで野蛮な行為はしたからな。

367: 世界@名無史さん 2006/12/22(金) 02:34:02 0
アッティラ死後あっというまに瓦解した三流民族を称えるスレはここですか?

368: 世界@名無史さん 2006/12/23(土) 06:19:23 0
でも活躍期間は結構長いぞ。
アラン・東ゴート攻撃が370年位、アッチラが死んだのが453年。
80年位は猛威を振るったことになる。もしフン族=匈奴ならもっと長い期間だ。

377: 世界@名無史さん 2007/01/06(土) 11:14:38 0
Pontic_steppe_region_around_650_AD


6世紀の地図らしいですが
コーカサスの真ん中にいるHunsとは何者なんでしょう?

378: 世界@名無史さん 2007/01/06(土) 12:27:42 0
>>377
フン族の末裔か残存一部族というところじゃない?

379: 世界@名無史さん 2007/01/06(土) 23:46:31 0
白フンことエフタルの一派か?
インドに行きそびれた組とかw

380: 世界@名無史さん 2007/01/07(日) 21:16:00 0
いやいや、フン族東ゴート襲撃後の395年頃にコーカサスを通り抜け、シリアあたりを襲撃している。そん時の残存部族じゃないだろうか。

382: 世界@名無史さん 2007/01/23(火) 18:09:06 0
アッティラがローマの目前で、ローマの劫掠を止めたのはなぜでしょうか?
教えてください。

383: 世界@名無史さん 2007/01/23(火) 18:44:20 0
教皇レオ1世の説得に心を動かされて、それ以上被害を広げるのを避けて撤退していった!
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レオ1世(390年 - 461年11月10日)は、ローマ教皇(在位:440年9月29日 - 461年11月10日)。

この頃のイタリアではフン族の首長・アッティラが侵攻してきていたが、レオ1世はアッティラと会見して平和的解決を図った。中世ハンガリーの年代記によると、教皇はアッティラへ、もしも平和裏にローマから去るならば、彼の後継者の一人が「聖なる王冠」を受け取るであろうと約束している。その結果、452年にアッティラはローマから撤退している(実際は、フン族の陣営に疫病と飢餓が発生していたと見られている)。


385: 世界@名無史さん 2007/01/23(火) 18:48:15 O
歴史は真実を語らない
より正確に言うと、
真実の全てを、歴史は語る訳でない

387: 世界@名無史さん 2007/02/02(金) 15:51:06 0
不吉な占筮と高地占領に失敗とを鑑み
カタラウヌム会戦前にアッチラが陣頭で行ったとされる演説

「汝等は今汝等の事業の如何に重大なるかを知れるか。汝等は既に多くの民を征服して今やまさに全世界の征服者たらんとす。その興敗の定まるは只此の一戦にあり。
神は汝等をして赤手を以ってシシヤの広野を開かしめ、多くの剽悍なる民族をして汝等の前に跪かしめ、到る所戦勝の悦びに飽かしめたり。戦争を外にして満悦すべき事業は焉くにかある。
仇敵を倒すことを外にして弱者の心を飽かしむべき快事は何処にかある。
見よ眼前の敵只烏合の衆に過ぎぬ。彼等の同盟は相互の恐怖より生じたる一時の苟合にして、争うてかの高地に拠らんとするが如きは身を隠さんとする恐怖心の表れに過ぎぬ。
ローマ人の脆弱なるは汝等既に善く之を知れり。彼等は如何に隊伍を整え、盾を列ねて軍容を張るとも、馬蹄一蹴せば忽ち潰走せん。只少し強きは一人西ゴート人あるのみ。
故に先づ彼等を挫かば、余は力を用いずして解体せん。我等フン人の奮起すべきは今なるぞ。
傷つける者は更に進んで一人の敵を倒さんことを思い、傷つかざる者は猛進して殺戮に饜んことを思え。
生死は命なり。天の助けある勇士は矢石の中にあるも尚お其の身を全うするものぞ。
天命なきものは何処に隠るるとも其の死を免るること能はず。
天は我等に今日の勝利を約束しつつあり。予は今此の敵に対し第一の投槍を投ずるであろう。
若し汝等の中、予に倣はざる者あらば、そは魂なき卑怯者なり。」

伊藤政之助 世界戦争史3 102、3Pより

390: 世界@名無史さん 2007/02/18(日) 08:14:57 0
カタラウヌムの戦いの前に、アッティラは占いをさせたが、それによると戦いは負けだが、敵の王がこの戦いで死ぬと出たため、アッティラは敢えて敵の王(アッティラはアエティウスと思った)が死ぬという戦果を挙げられるなら敗北という対価を支払っても良いと出陣を決意したという。

401: 世界@名無史さん 2007/03/13(火) 20:06:16 0
アッティラの後フン族どうなっちゃんだ?

402: 世界@名無史さん 2007/03/16(金) 01:12:45 0
一応孫の代までは小暴れして消滅

408: 世界@名無史さん 2007/04/01(日) 19:09:36 0
アッティラが倒れた後にアッティラの版図はフンガリアにアヴァールが勢力を持ち黒海北岸にはハザールが勢力を築いた
モンゴル系とされるアヴァールとトルコ系と見られるハザールは仲が悪かったらしい。


410: 世界@名無史さん 2007/05/19(土) 17:46:19 0
中欧のフン族の墓からはモンゴロイドの骨が出土するらしいよ。

411: 世界@名無史さん 2007/05/19(土) 20:03:27 0
↑王族はコーカソイドというのを他スレで見かけたよ。

412: 世界@名無史さん 2007/05/20(日) 06:47:56 0
『アッチラとフン族』という本にはモンゴロイドの骨が出土すると書いてあるな。

413: 世界@名無史さん 2007/05/20(日) 08:01:06 0
現代でロシア人の墓をあばいたとして
コーカソイドの人の墓もあるだろうし、モンゴロイドの人の墓もある
そんだけ

415: 世界@名無史さん 2007/05/21(月) 07:47:14 0
>>413
どういう事だYO?というか王族と平民で人種が違うってありえるの?

416: 世界@名無史さん 2007/05/21(月) 09:01:19 0
キルギスなんかは実際にそういう社会構成(王族はユーロポイド)だったらしいけどフンは逆じゃないの。イラン系遊牧民やゲルマン人が下っ端だから。

417: 世界@名無史さん 2007/05/21(月) 10:01:31 O
そうか?
アッチラ治世時の有力な幕僚は東ゴート族のヴァラミールらアマラー王家の3兄弟とゲピート族長のアルダリックだぞ
アッチラ死後、アッチラの遺児たちは彼等に挑むが、ヴァラミール達はそれを赤子の手を捻るように容易に撃滅した

418: 世界@名無史さん 2007/05/21(月) 13:24:22 0
ようするにアジア人の侵入に見せかけたゲルマン民族大移動だったのか?

419: 世界@名無史さん 2007/05/21(月) 14:43:17 O
この時代はあまり民族とか意識してないよ
フン族に敗れた東ゴート族とアラン族の中にはフン族に従属するのを嫌いグループを作って共に行動した集団がある
東ゴート族のアラテウスとアラン族のサフラクスは各々の民族グループを統合しフン族に滅ぼされた東ゴート王国のエルマナリック大王の親族であった幼いヴィデリックを擁立して共に行動した
アラテウス・サフラクスグループは西ゴートのフリティゲルンに協力し、アドリアノープルの戦勝に貢献し、フリティゲルン死後は西ゴートと袂を別ち、ノリクムへ進出した
敗残から生まれたとは言え、言わば東ゴート・アラン連合集団だよ

420: 世界@名無史さん 2007/05/21(月) 16:13:44 0
フン族のベースは東アジアの騎馬民族系なのは間違いないのでは?
戦争のやり方なんてそのまんまだし。もちろん戦争後に従属した諸部族も従えているだろうから別系統の連中もいたとは思う。

428: 世界@名無史さん 2007/05/25(金) 20:02:58 0
トルコやアゼルバイジャンといったテュルク系の国々じゃフン族もテュルク系民族と認定しているんだって

440: 世界@名無史さん 2007/06/23(土) 14:33:07 0
>>428
ようだね。アッチラの切手とか、冒頓単于の切手とかがトルコでは売られている(いた?)ようだ(写真で見たことがある。)

432: 世界@名無史さん 2007/06/08(金) 07:29:22 0
フン族がめっちゃ怖がられてたのは容貌の面もあって頭蓋骨を変形する風習があったらしいけど具体的にはどういう感じなんですかね?

フン族固有の風習じゃなくてサルマタイ人から影響を受けたという話ですがwikiで頭蓋変形(とうがいへんけい)という項目はあるんですがイメージとして良く分からなくて

あと「彼らは、自分たちの子供の頬を縦横に傷つけ、ひげが生えないようにする。」
と当時の歴史家(アミアヌス=マルケリヌス)が書き残してるようですがここら辺もイメージがわかない
頬っていうけど口の周りが傷だらけってことですかね
こういう風習ってのはフン族の他にもあったんでしょうか

433: 世界@名無史さん 2007/06/09(土) 11:14:25 0
↑髭が生えないように口を焼いたらしい。 

引用元: ・偉大なるフン族を讃えよう



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