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1: 世界@名無史さん 2006/02/14(火) 04:24:12 0
いたるところで活躍している彼らについて話しましょう








145: 世界@名無史さん 2006/05/02(火) 09:04:51 0
太古の昔に人間と犬の祖先は出会ったわけなんだけど、最初はやはり人間の食べ残し目当てに犬の祖先から近寄ってきたんだろうか?
人間に近寄ってきた者たちが犬となり野生に残った者たちが狼、ジャッカル等になったのか?

149: 世界@名無史さん 2006/05/02(火) 11:37:05 0
>>145
ヒトの群とイヌの群が行動を共にするようになったいきさつは色々な説がるようだけど最初は食べ残しを与えた(というか盗み食いした?)あたりから始まって
・狩の時に協働したほうが効率が良い
 犬の感覚器とスピード吠えと人間の道具と器用さのコラボ
・共通の天敵からの防御も強い
 理由は同じ
というようなことで一緒にいるようになったといわれている
そんで、犬がもともとリーダーを中心に群を作る動物でヒトの事もリーダーとして認められる珍しい性質を持っていたことでどんどん関係が親密になっていったんだろうね

193: 世界@名無史さん 2006/05/04(木) 10:13:08 0
>>145
イタリアの野良犬を調査した研究によればある地域の野良犬が、ゴミ捨て場などの重要なエサ場を占領すると、その地域の狼を寄せ付けないようにするらしい。
原始犬が狼と分かれたごく初期の段階で、縄張りの持ち方、摂食行動にわずかな差が生じ、これがますます犬と狼の間の障壁を高くしたという見方もある。

201: 世界@名無史さん 2006/05/05(金) 00:59:06 0
東北では食用犬がいたんだよな

202: 世界@名無史さん 2006/05/05(金) 01:09:15 0
>>201
食物スレかトリビアスレのどっちかだったと思うけど、日本でも昔は普通に犬食ってたけど、綱吉の生類憐みの令の影響でその習慣がなくなったという話題が出てたような。
江戸から離れた地域では憐みの令の影響を受けなかったとも考えられるな。

214: 世界@名無史さん 2006/05/05(金) 03:15:24 0
>>201
薩摩でもえのころ飯というのがあって、子犬の腹を割いて、仲に穀類をつめこみ、あとなにか香のにおいがする食物をいれたそうだが、何だったかおぼえてはいないが、ともかくそれをぬいあわせ火にくべて、頃合いをみはからって腹を割くと肉の臭いが香ばしい飯ができたとか。
時期はいつ頃までのものか知らない。
在日朝鮮人との犬食の論争の時に彼らが日本人も犬を食っていると反論してきたときの話だから。

226: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2006/05/05(金) 18:07:05 0
>>214
蜀山人の『一話一言補遺』にあるそうですが、どんな文脈で出て来たのかは不明。

266: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2006/05/08(月) 20:17:56 0
>>214の例
・薩摩にて狗を食する事
薩摩にては、狗の子をとらへて腹を裂き、臓腑をとり出し、其跡をよくよく水にて洗ひすまして後、米をかしぎて腹内へ入納、針金にて堅くくくりをして其まま竈の焚火に押入焼なり、初は焼け兼ぬるやうなれども、暫く有れば狗の膏火に和して、よく焚て眞黒になる、其時引き出して針金をとき、腹を明け見れば、納置きたる米よくむして飯となり、其色黄赤なり、それをそは切料理にて、汁をかけて食す、味甚美なりとぞ、是を方言にはゑのころ飯といふよし、高貴の人食するのみならず、薩摩侯へも進む、但侯の食に充るは、赤犬斗を用る事といへり。

文化頃の話。江戸での犬食は、これより百年余り前に廃れていました。

229: 世界@名無史さん 2006/05/06(土) 03:24:58 0
犬や熊の肉は臭くてかたくてまずいと聞いたことがある。
精力料理の類で常食はしていない。
特に牛や豚の肉を常食している先進国の人には食えたもんじゃないとか。

230: 世界@名無史さん 2006/05/06(土) 03:34:07 0
熊はおいしいよ
まずいのはワニとかウサギだな、特にワニは硬くてぱさぱさしてた


犬は食べたことないが、ソウルでは若い層に数年前からポシンタン(犬鍋)が流行っている

231: 世界@名無史さん 2006/05/06(土) 07:15:56 0
熊は手のひらがおいしいとされているんだっけ
ハチミツがついているからというのが理由だそうだが、あれ本当かどうかあやすいな。
ハチミツが手について手にうまみがつくなら、ケンタッキーすきな俺の手の肉は鳥の味がするのか?しねーだろと

233: 世界@名無史さん 2006/05/06(土) 09:18:20 0
熊の肉は臭いし固いから、上手に料理しない限り不味い。
なお韓国の若者にとって犬肉はそろそろゲテモノ扱い。

234: 世界@名無史さん 2006/05/06(土) 09:27:54 0
熊掌は乾物にしてから10日くらいかけて戻して食べる。
味というよりは(いかにも中華で珍重されそうな)濃縮されたコラーゲンの歯ごたえ(ぷりぷり感)を楽しむもの。
フカひれと同じ(味を出すための食材ではなく、食感のための食材)で味はスープなどで足すもの。

248: 世界@名無史さん 2006/05/07(日) 13:12:15 0
♪裏の畑でポチが鳴く      
正直爺さん掘ったらば
大判小判がざーくざくざっくざく

っていう花咲爺さんの歌、裏の畑を掘ったらざくざく? ハァ?
誰にも許可を取らないで掘れるのは自分家の畑だろ?
ってことは、裏の畑は自分の畑、つまり先祖が埋めといた大判小判じゃないか!
それを善行のおかげだという話にするのは、自作自演もほどほどにしろ!
(バン! ト、マイクヲ タタキツケル)

249: 世界@名無史さん 2006/05/07(日) 14:09:52 0
>>248
そういえばポチというのは、外人がよく犬の名前につけたフランス語の petit がなまったものなので、幕末の開港以前の犬にはまずあり得ない名前らしい。

253: 世界@名無史さん 2006/05/07(日) 22:46:16 0
>>249
英語のspotted「ぶち/まだら」が語源と聞いたが。
今は見かけないが、明治期には「カメ」も多かったそうな。
飼い主が犬に「come here!(こっちおいで)」と呼びかけるのを見た日本人がその犬の名前だと思ったところから広まったそうな。

251: 世界@名無史さん 2006/05/07(日) 22:22:16 0
じゃあ花さかじいさんのポチってのは明治以降の脚色変え

254: 世界@名無史さん 2006/05/08(月) 00:55:37 0
グク゜ったら出てきた。
道浦俊彦の平成ことば事情◆ことばの話1619「ポチ」
ttp://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/1601-1700/1616.html

昔(明治19年)の国語の教科書が
「ポチハ  スナホナ イヌナリ。ポチヨ、コイコイ、ダンゴヲヤルゾ。パンモヤルゾ。」
と西洋教科書直訳で書いたのが始まり。

『日本国語大辞典』

(3)犬につける名。特に明治三、四十年代(1897~1907)に流行した。

明治34(1901)年6月に出た『幼年唱歌(初ノ下)』「はなさかじじい」にポチの名がでる。

……ということらすい。

255: 世界@名無史さん 2006/05/08(月) 01:28:44 0
日本人にとって、犬が単なる番をする家畜(でしかも食べたりする)から伴侶動物になっていく過程には欧州の文化が強く影響していることは間違いなさそうだな

256: 世界@名無史さん 2006/05/08(月) 01:54:34 0
今でも日本人の半分以上は犬畜生の感覚だろ

257: 世界@名無史さん 2006/05/08(月) 04:08:38 0
本音や心の奥底ではそうかもしれんが、表面上は偽善的なこと語るやつ多いと思う。
しかも状況によって使い分けそうw

260: 世界@名無史さん 2006/05/08(月) 05:04:00 0
>>257
それは犬というより猫か狐狸のたぐいジャマイカ。
犬は「犬馬の労」、「忠狗」、「犬は三日の恩を三年忘れず」と忠義のシンボルでもある。

世人軽以狗置人、遇者逢之生怒嗔
辜負背徳狗所耻、人耶狗耶豈其倫

大意・世の中の人は、よく犬にたとえて相手を罵り、犬に出会うと怒り出すが、人に背いたり、徳に背いたりすることは犬だって恥とする。悪いのは犬より人間の方だ。
という言葉もある。

262: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2006/05/08(月) 08:38:31 0
エセとかつまらないものという意味で「犬」とつけた例は多いですが、幼名に付けた例も男女を問わず多く(幼名は悪くつけろという意味ではなかったと思います)、>260の様な肯定的な例も多い。八犬士もある。
平安時代から、犬・猫・馬の法事をした人がいましたが、理由がはっきりしているものでは、馬は戦場での長年の友であったとか。犬も飼い主と一体となって狩りや戦の場で活躍した例が多い。
良くも悪くも引き合いに出されるほど、身近な存在だったという事では。
愛玩もすれば、番や狩りで共に生きもし、食べたり鷹の餌にしたりもした。
狩猟用の犬を可愛がりながら、同じく狩猟用の鷹の餌にする犬を飼っていた人もいた訳ですし。別腹でしょう。

263: 世界@名無史さん 2006/05/08(月) 09:56:53 0
台湾の高雄(カオシュン)はもともと打狗(タークオ)といったが、大谷光瑞が日本語で音のよく似た高雄(たかお)という字を当てた。

確か「たとえ地名でもイヌ(狗)を打つなんてかわいそうだ」とかいう理由だったと思う。

271: 世界@名無史さん 2006/05/10(水) 16:13:24 0
赤犬はうまいという話はよく聞く。
あるサイトにも下記のようなカキコを見つけた。

「そんなにうまいもではないが赤犬は夜尿症に効くといわれました。犬の味の等級があります、北海道では 1白、2赤 3黒、4斑 です 。私の経験では「赤犬」がまあまあでした。今でも品物があれば食べます。」

272: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 02:23:53 0
これは単なる個人的な思いつきで根拠を調べたことも無いのだけど
赤犬が旨いという伝承は食用犬「チャウチャウ」の毛色と密接な関係があるのではないかと思っている
犬種や飼養環境が同じであれば、毛色で味覚に大きな差が出るとは考えにくく
むしろ、犬種や血統に類する違いを指していると考えたほうが合点がいく
そして食べるために改良された赤毛のチャウチャウが他の犬より旨いであろうことは想像に難くない
チャウチャウの食味がについて大陸から伝えられる過程で毛色の話になったのではないかと類推するのだが・・・どうなんだろ

273: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 03:48:18 0
フィリピンやベトナムでも犬食文化あるけど、これは中国系が食しているのか?
それともまったく別にキン族やフィリピンの諸民族が島ごとに独自に犬食っているの?
そうだとしたら、食っている犬は何?

274: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 03:51:30 0
気になったので、自分でぐぐってみた。

http://tacchy-al.cocolog-nifty.com/tacchyal/

食中毒や犬食のことのところをみてみれ。
犬にあたるということがあるみたいだ。

ちなみに狂犬病の犬って食っても大丈夫なのかねぇ

275: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 06:08:47 0
火を通せば大丈夫だろう。もっとも食えと言われても餓死寸前でもない限り断るけども。

276: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 12:13:57 0
>>274
そのHPに狂犬病の犬は食うとあたると書いてあるが。

277: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 12:39:53 0
いや、当たるのはわかるけど、この「あたるとは単なる食中毒じゃなくて、狂犬病に感染するという意味なんかな

281: 世界@名無史さん 2006/05/11(木) 19:25:36 0
>>277
他人に頼る前に 狂犬病ウィルス 滅菌でググれ。


と言いつつ
ttp://www.city.kochi.kochi.jp/hokenjo/kansensyou/toriinfru_manual_bessi03.pdf
ttp://kanpoken.pref.yamaguchi.lg.jp/jyoho/page5/syoudoku_5.html

どうやら狂犬病ウィルスはエンベロープとか言うものを持っているタイプなので加熱やアルコール消毒で容易に無力化できるようだ。
”56℃・30 分でウイルスのカプシド(殻蛋白)が変性して不活性化される”

56℃・30 分よりも1ランク効果の高い条件は70度・5分、
どんなウィルスにも効力をもたすなら98度20分。

とあるので、グツグツと鍋で20分以上煮込めば大丈夫っぽい。
心配せずに犬鍋を賞味してくれ。

283: 世界@名無史さん 2006/05/13(土) 03:33:06 0
日本は江戸時代初期まで犬追物でワンちゃん殺しまくっていたような
ちなみに犬追物は、柵の中にワンちゃんをいれて、馬上から弓で射るもの
文弱で知られる朝倉義景も犬追物でワンちゃんを殺しまくった

288: 世界@名無史さん 2006/05/13(土) 16:21:58 0
>>283
犬追物は明治時代まで行われていました。
天覧の犬追物が何度も行われている。
http://www.ogasawara-ryu.gr.jp/lessons/kisha/inuoimono/inuoimono.html
http://www.tabiken.com/history/doc/B/B116C100.HTM

その後、動物愛護団体の反対で廃止に追い込まれている。

291: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2006/05/13(土) 18:18:20 0
>283
>288

288の下の方にも書かれていますが)
厳密に言えば、おおかたは応仁・文明の乱で絶えたものが、朝倉家でかろうじて存続して、同じく旧家の島津家で元和8年に再興されたものです。
犬追物の再興と同時にその書まで成立させた島津家は武芸の復興に熱心であり、やはり騎射の訓練であったが応仁以降絶えていた流鏑馬も復興しています。

犬追物の起源については、『吾妻鏡』に実朝の時代に行われた事が見えており、それ以前から存在した様ですが、はっきりしません。俗説として、神功皇后説、対玉藻前説など。
平安中期に牛追物が行われた例を13世紀中葉に成立した『古今著聞集』が記していますが、これが犬追物に先行するという説もあります。

断絶前の犬追物が耀きを放ったのは、長禄3年(1459)4月19日。
細川勝元が450頭を集めさせて行ったもので、一大イベントでした。
戦国期には、元々騎射の訓練用であって実際の戦闘法からは離れつつあったこうした見物は行われなくなっています。朝倉や島津の行動は、旧家の自己同一性の為に出たものでしょう。

なお、犬狩の発祥は平安時代の内裏の縁の下などから犬を追い出して外に放つという行事に見られる様ですが、この頃には被差別民の管轄でした。かみつかれたり逃げられたりで、素人では困難が多かった。
『洛中洛外図屏風』の中に、犬を招き寄せている男が後手に棍棒をかまえていると思われる場面が描かれています。

292: 世界@名無史さん 2006/05/13(土) 18:22:49 0
>>283
正式な犬追物では、犬は死なない。
使う矢の矢じりが普通の矢と違い、大きく丸くなっていて突き刺さらないようになっている。

293: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2006/05/13(土) 18:33:48 0
>使う矢の矢じりが
蟇目と言い、拷問や捕獲用に用いられたものです。
(一旦集められたものが、無事に放たれたとも思えませんが)
なお、正式な犬追物では150頭が必要とされました。
戦乱の時代に廃れたのも当然か。こうした事に費用を費やした義景もやはり実際的な武芸よりは儀礼に専念していた様です。

286: 世界@名無史さん 2006/05/13(土) 09:04:45 0
イスラム圏では一般的に犬は汚れた動物と見なされて嫌われているが、なぜかアラブの王侯の間では狩猟用の犬が珍重されていると聞いたことがある。

アラブ人にとってそこらの犬と特別に育てられた猟犬とは別物なんだろうな。

287: 世界@名無史さん 2006/05/13(土) 11:34:37 0
>>286
サルーキという犬種はアラブ圏でも神聖として家屋にもあげるらしい。 
297: 世界@名無史さん 2006/05/18(木) 11:33:13 0
犬は飼っていれば分かるが、表現力があって人間に意思伝達可能だよ。
まあ人間の意志を読み取る量の方が格段に多いのだろうが。

これは推論になるが、他の犬は他の群れにいる犬と認識しているのだろう。
自分は人間側の群れの者だと考えて。

298: 世界@名無史さん 2006/05/18(木) 13:12:39 0
人間に近づいてきた頃はまだ狼と同一視されて追いやられたろうけどなんかのきっかけでグッと近づいたんだろうな

314: 世界@名無史さん 2006/05/19(金) 00:22:26 0
残飯を漁ってるのを見て「もしかして飼えるんじゃねえか」と思ったのだろう。
で、捕まえて手懐けてみると、番犬として使えることが判明した。
家畜を襲いに来る動物は多いので、とても便利な存在になった。

殺して肉を食うことも出来る事が判明する。しかし肉は臭くて不味い事も分かり どうせ食うなら羊の方がいいやとなる。(羊頭狗肉の言葉も生まれる)

315: 世界@名無史さん 2006/05/19(金) 01:52:02 0
>>314
番犬より猟犬としての役割の方が古いだろう
人間が狩猟採集→農耕牧畜って流れだから
対人番犬は食料備蓄が定常化した農耕以降、家畜を守る牧羊犬は畜産農業以降
もっとも猟犬主流時代にも害獣の接近を知らせたりはしたと思うけどね

318: 世界@名無史さん 2006/05/19(金) 07:29:42 0
もっとも古いままで残ってる犬種って何なんですか?

322: 世界@名無史さん 2006/05/19(金) 23:01:29 0
>>318
アフリカにも古い形質を残した犬がいるよ。
バセンジー、サルーキ、スルーギなどハウンド系の犬が多い。

319: 世界@名無史さん 2006/05/19(金) 09:45:51 0
バリア犬、ディンゴ。もっともそもそも狼が祖先という点を取るなら、狼はほぼ初期の
犬と同様であろうし、狼に似た形態と特性の犬は古いままで残ったと言う言い方もできる。
飼い犬でなければと言うなら、狼に似たシェパードとかシベリアンハスキーとか樺太犬とかね。
ああ、あと日本犬は全般的に古い形質を残してると言われる。

320: 世界@名無史さん 2006/05/19(金) 21:48:37 0
>>319
>飼い犬でなければと言うなら、狼に似たシェパードとかシベリアンハスキーとか樺太犬とかね。

2年前に米国の研究チームが犬とオオカミのDNAを比較したところ、オオカミと外見が似ているシェパードはかなり遠縁で、むしろ柴犬や、チャウチャウ、秋田犬の方がオオカミに近いことが判明しています。
http://nature.cc.hirosaki-u.ac.jp/lab/3/animsci/040521_dog_DNA.html

334: 世界@名無史さん 2006/05/24(水) 21:42:24 0
犬を飼う習慣のない民族っているんですか?
アイヌ人はアイヌ犬を飼う、エスキモー人はエスキモー犬を飼う。
犬を飼わない民族などいないように思う。

350: 世界@名無史さん 2006/05/26(金) 00:17:52 0
>>334
ムスリムの大半は犬を飼わない。
インドネシアのうちジャワやスマトラでは食用目的でかっているそうだが。

356: 世界@名無史さん 2006/05/26(金) 02:53:47 0
>>350
ムスリムにとって犬を口に入れることは豚と同様ありえない。

357: 世界@名無史さん 2006/05/26(金) 03:45:49 0
ムスリムは食ってないようだな。 
食っているのはムスリムのジャワ人でなく、マナド人他が食べているようだ
>>356 マナド料理
http://www.jakartashimbun.com/pages/makanan04.html

イスラム教では犬は悪魔の手先とされている。特に犬のなき声が嫌われているので番犬は
少ない。その代りジャカルタではちょっとした邸宅はガードマンを雇い深夜の警備を行っている。仮に番犬が導入されると多くの失業者が発生する。犬は悪いということにしておいた方が雇用問題からも無難なようだ。

犬猿の仲ではないだろうが、インドネシアでは猿に人気のある分だけ犬は分が悪い。ジャカルタの高級住宅街でも人と犬が散歩を楽しむという風景は一般的でない。

アチェ戦争(→281)の直接のきっかけは無知なオランダ人がモスクに犬を連れて入ったことと伝えられている。

ところがイスラム教徒でないマナド人(→620)、バタック人(→607)、トラジャ人(→618)は犬を食用(注)にする。イスラム教徒からは信じられない行為である。「犬を食べる奴」というのがマナド人やバタック人に対する最大の蔑称である。食生活をも規範する宗教は豚や犬といえど民族対立問題にもなりうる。
中略

アンジン(Anjing=犬)はインドネシアの罵声である。「ばか野郎」と怒鳴る感じで使用される。
植民地時代にマナド人は“オランダの犬”と陰口をいわれた。 1998年5月のスハルト退陣の契機となった連日のデモのプラカードに「スハルトは犬だ」というのがあった。豚よりましであろうが、為政者に対する最大限の軽蔑であろう。 

343: 世界@名無史さん 2006/05/25(木) 13:49:09 0
エスキモーの中でもポーラーイヌイト(グリーンランド北西部)はかつていた犬の飼育が廃れてしまった例。
他にはアンダマン諸島、タスマニア島なども犬を知らなかった。

ポリネシアもハワイやイースター島などへ移住する際はイヌを連れてかなかったらしいが。

353: 世界@名無史さん 2006/05/26(金) 01:30:47 0
パキスタンでは闘犬が盛んらしいが。

354: 世界@名無史さん 2006/05/26(金) 01:37:39 0
トルコ人もけっこう犬好きな印象がある。

355: 世界@名無史さん 2006/05/26(金) 02:52:26 0
戒律の緩いところでは普通に飼ってるよ。

363: 世界@名無史さん 2006/05/31(水) 02:16:28 0
残念だが、歴史的にも犬は不名誉な動物らしい。
かつて列強の租界があった上海の公園には「犬と中国人は入るべからず」なんて看板があった。
いいイメージでは使われていない。

364: 山野野衾 ◆CXSSL1llHI 2006/05/31(水) 02:31:57 0
イメージとかいう以前に、うろついて入って来るのが犬ぐらいだったのでは。
猫もいたでしょうが、何でも食らって生きる順応性は、都市部だと犬の方があると思います(ゴミ箱から死体まで)。
実際に入ってくれば、危険性は猫の比ではありませんし。

365: 世界@名無史さん 2006/05/31(水) 02:47:54 0
世界史なんでも質問スレッド10
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1067392193/
397 名前:世界@名無史さん 本日のレス 投稿日:03/12/11 11:10
上海の租界に「犬と中国人は入るべからず」という看板があったという話について調べていて、グーグルのキャッシュにこういうログがあったのを見つけました。こういう論争は本当にあったのですが?この件について紹介している文献なりサイトなりがあれば教えていただきたいのですが。
検索結果

403 名前:Krt 本日のレス 投稿日:03/12/11 21:46
>>397 <<この問題について以前書いたものを再掲しておく>>

黄浦公園(Public Garden)における「犬と支那人は入るべからず」なる表札の有無の問題だが、確かに、こういう表札があった、と言うこと自体は、いわゆる都市伝説の類だったらしい。
だがこの話は以下の点で単なるネタとして片づけるわけにはいかない要素がある。即ち、
(1)この伝説は決して日本だけに存在したものではなく世界的普遍性のあるものだったこと
(2)さらに現実においても、これに準ずる規則が存在したことは事実だったこと
(3)ただその規則による公園への入園制限は、より広範囲の存在に対し適用されたのであり
 「犬と支那人」だけが閉め出されたのではなかった、といった点においてである。

この事情について Leo Ou-fan Lee は SHANGHAI MODERN: The Flowering of a New Urban Culture in China, 1930-1945: Harvard UP: 1999 において以下のように述べている。

A humiliating reminder of the Western imperialist presence was, of course, the notorious sign of exclusion that reportedly hung at the gate of the Public Garden in the International Settlement: "No Chinese or Dogs Allowed."

366: 世界@名無史さん 2006/05/31(水) 02:48:26 0
404 名前:Krt 本日のレス 投稿日:03/12/11 21:46
The real sign, though no less humiliating to the Chinese, did not exactly read
this way. It was a bulletin listing five regulations first decreed in 1916.
The first regulation reserved parks for the use of foreign residents.
The second stipulated that "dogs and bicycles are not admitted," and was followed
by the third: "Chinese are not admitted" except "in the case of native servants
accompanying their white employers." The fourth and fifth regulations excluded
Indians (except for those in dignified attire) and Japanese (except for those
wearing Western clothing).(p.29)

つまりこの規則は原則として人間は白人オンリー、自転車や犬もだめ、ということであり
日本人すら洋服を着ていなければ入ることは出来なかったし、逆に中国人であっても、召使いとして主人と一緒になら入れた。確かに人種差別的ではあり特に中国人には屈辱的だったろうが、それでも元ネタの「犬と支那人は入るべからず」とはニュアンスが異なることは認めなくてはならない。
即ち「犬」は「自転車」と対で入園禁止なのであり、別に中国人を犬並みの存在と見なし、かつ扱った訳ではなかったのである。
なお、この規則は1927に蒋介石派が上海の実権を掌握したとき廃棄されたという。

引用元: ・犬の歴史



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