514oiGQD2iL (1)



1: 諸葛太郎 2008/10/14(火) 20:10:18
1.どのような武将が必要だったか?
2.姜維意外にも参謀が必要だったか?
3.どのような経路で攻略すれば良かったか?
4.キ山にこだわってよかったのか?
5.魏の武将で、司馬懿は無理としても、こいつは討っておいたほうがよかったと思う武将は?

などなど、いろいろ孔明の北伐について、まったり語り合っていきましょう。








6: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/14(火) 20:19:06
呉と同時進行しかない
武将なんか頭数さえ揃ってりゃそこそこでいいんだよ

9: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/14(火) 20:32:05
呉が石亭で大勝し魏を引き付けた後で北伐するべきだった

15: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/16(木) 11:29:42
魏延の策を登用する。
意外と行けたんじゃないの。
馬謖を使って負けるよりマシ

16: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/16(木) 11:57:47
魏延の策を用いて長安を落とせたとしても維持できねーだろ
長安は数万の兵で守備するのを想定した城だから維持無理だと思う

19: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/16(木) 17:24:15
一回目の北伐で涼州を取った後一気に長安を落とす
破れかぶれ的だが結果から考えるとそのくらいしないと

27: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/20(月) 21:19:44
個人的な意見だけど・・・
1.どのような武将が必要だったか?
蜀最大の弱点である輸送問題を解決できる
兵站の能力が高い人物その当時だどまさに諸葛亮自身
漢中争奪戦の時の兵站術はみごと

あと諸葛亮は軍事的英雄ではないので軍事的才能がある人物
その当時だと陸遜?か魏延あたりにやらせても面白いかも

2.姜維意外にも参謀が必要だったか?
姜維は北伐時は参謀ではない

3.どのような経路で攻略すれば良かったか?
安全策なら孔明の経路は間違いではなかった思っているが
第1次北伐の魏延が主張した子午道からの奇襲が面白いと思うが
長安を落としたあとどう維持していくのか不明

4.キ山にこだわってよかったのか?
安全策でいくならおkだが
安全策では勝てないのが実際だった

5.魏の武将で、司馬懿は無理としても、こいつは討っておいたほうがよかったと思う武将は?
個人的には第1次北伐で曹真
あと第4次北伐までに郭淮

なんちゃって三国志好きの意見ですが・・・
こんな感じでおk?

35: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/22(水) 19:49:11
この当時の蜀の国力で外征自体が無謀
奇跡がいくつも重ならなきゃ無理
相手は数倍の国力を持つ敵なわけで
北バツ自体が国家防衛戦略+地方政権存続策だと考えるべきじゃね?

37: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/22(水) 19:55:46
どうあがいても無理だった?

41: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/23(木) 00:14:30
大規模な反攻に転ずる事が当分の間不可能になるだけの損害を魏に与える事ができれば、少なくとも涼州の保持はできたと思うし、蜀側の損害によっては一気に長安以西くらいは手中にできたかもしれない。

魏の動員戦力は、諸葛誕の乱で26万、蜀平定で18万、呉平定で20万強だが、諸葛誕の時は雍州方面の戦力を犠牲にしての26万だから、呉との国境防備を考えれば、雍州方面に展開できる戦力は掻き集めても20万には届かないだろう。
少なくともこの半数、10万の損害を魏に与える事ができれば、魏が、呉の攻勢に備えて数年間以上は雍州方面を放棄した公算は高いと思う。

問題は、それだけの損害をどうやって与えるかだけど。

42: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/23(木) 03:05:01
>>41
ダメージを与えるどころか、余裕で司馬懿らまで呉方面に出てきて、むしろ呉に迷惑かけてるわけだしな・・。

46: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/23(木) 21:14:49
>>42
もともと、司馬懿は曹真が死ぬまでは荊州方面の司令官じゃないか?

47: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/23(木) 21:41:02
自領に大きく侵入されなければ良い魏にとって、雍州維持を放棄するほどの損害被るような戦はそもそもするはずがないしねぇ。

48: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/23(木) 21:52:02
>>47
漢晋春秋の記述を信じれば231年の祁山、あと時代は違うが、姜維の指揮した254年の対徐質と255年の洮西、これらは万単位の損害を与えてるはずなので、こういうのを短期間に何回かできれば良い線いったと思うんだよねぇ。

洮西で王経を破った時は、隴西駐屯軍は壊滅したものの、残った長安駐屯軍のみならず、涼州諸軍、鄧艾らの援軍第一陣、司馬孚の援軍第二陣まで動員してるから、恐らく全体で十数万の軍勢が姜維撃退に駆り出されてる。
魏の底力を感じるぜ。

49: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/23(木) 21:56:44
ホント、質量共に勝るまさに「底力」だよねぇ。
それに対して身を削って仕掛け続けた諸葛亮の精神力・統率力、そしてさらに絶望的な状況で仕掛け続けた姜維の精神力は素直に凄いと思う。
後者の結果は別にしてね。

50: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/23(木) 23:07:57
個人的には、あの二人でも駄目なら誰がやっても無理ってくらいには思ってるけどね。

だが、魏の底力を分かった上で、何か方法は無かったのかを考えるのは興味深いね。
まず問題になるのは、出るべきは隴西か関中かって事だろうか?

51: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/24(金) 01:01:46
>>50
蒋琬の上庸攻略も可能性が低いが入れといてくれ

52: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/24(金) 01:04:45
>>51
失念してたわ、すまん。
だが、あれを北伐に入れるべきかは意見の分かれるところだろうな。
魏への攻勢と言う意味では当然範疇だけどね。
73: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/29(水) 01:49:14
ショウエンって本当は呉から荊州を取りたかったんじゃねえの?

74: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/29(水) 23:08:20
>>73 
それはないと思う 
呉との同盟があってこその蜀だし 
魏の荊州北部なら話は解るが 
でも荊州あればかなり選択肢が広がるだろうな 

75: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/30(木) 23:11:55
まぁ、なんで蒋琬が上庸に軍を進めようとしたのかは分からないねぇ。 
「諸葛亮は幾度も秦川をうかがったが、道は険しく輸送は困難で、ついに勝つ事ができなかった」 
というのが理由として述べられてはいるけど、そういった単純な理由だったのか、という疑問はあるね。 

ただ、彼の計画が反対された理由に、夷陵での失敗があったのは確かだと思う。 
二十年が経過したとは言え、数万の軍が壊滅した記憶は忘れ難かったのだろう。

76: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/31(金) 11:10:45
蜀の運命が定まってしまった壊滅的な敗戦だからねえ。 
それを経験している人間も多く残っていただろうし、仕方ないかもね。

78: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/31(金) 23:50:23
>>76 
だからこそ、あの蒋琬の作戦はろくに検討もされないまま中止に追い込まれたんじゃないかと思うんだよね。 
後世になって俺たちのような人が検討しようにも、分かる事が遥かに少ないから難しいし。

53: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/24(金) 08:55:57
シバイが恐れたように長期戦ではなく玉砕作戦なら…

54: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/24(金) 10:09:39
国政を預かる立場の諸葛亮、あまりタッチしていなかったとはいえ宰相格だった姜維の2人では、さすがに玉砕覚悟の作戦は取れないだろうね。

56: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/25(土) 01:36:51
玉砕覚悟でやるってのは賛同できないなぁ。
姜維の時代ではあるけど、蜀にとって1万乃至2万の損害ですら、数年間は対魏攻勢が取れなくなる程の損害。
姜維は、段谷で敗れた事によってそれまでの二度にわたる決戦の成果をふいにしてしまったしね。
軍事的な賭けと無謀な作戦は違うと思うし、一定の勝算があってこそだと思う。
姜維のように結果として大きな損害を出してしまったのならまだしも、初めから損害を想定するようなのはまずい。

58: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/27(月) 22:27:20
北伐って具体的には西涼をとってその後は長安辺りまで制圧するのが目的なの?
その後は順々に都を落としていくつもりだった?
西涼とか辺境だし一端は制圧しても維持していくのに難しい地域だったんでしょ?

59: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/27(月) 22:29:32
姜維と馬岱でなんとか影響力を保持したいところだろうね。

63: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/27(月) 23:56:44
発想変えて荊州に呉軍と駐屯して孫権との共同戦線にするとかは?

まあどっちにしろ山だの河だの隔ててる時点でリスク高いんだけどな…
韓信の五王征伐の時くらい相手にまとまりが無いならまだ可能性はあるが
魏の方がそれよりは体制は遥かにマシだしね…

69: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/29(水) 00:02:56
荊州に駐屯するって事は、襄陽とかで合流するとかじゃなく、江陵とかに駐屯させてもらって、そこから北上するって事?

70: 無名武将@お腹せっぷく 2008/10/29(水) 00:19:01
>>69
イメージ的には襄陽あたりから北上って感じだけど…

蜀から荊州に出てきて一旦駐屯してから戦線を張る方がいいかなあ、と
まあ一箇所に固めるのも補給の面からアレだけど…

71: Jominian ◆Henri9gNlM 2008/10/29(水) 00:31:49
>>70
その策が有効かはともかくとして、呉が蜀軍の荊州駐屯を許すだろうか、という問題があるね。

同盟中とは言え、魏を打ち倒した後は互いに戦い合うと言っているほどの国が、かつて領有を巡って争った地に軍を置く事を許すとは思えないんだよね。

荊州へ軍を進める場合、中原進出の為の策源となり得る南陽は、呉も蜀も欲しがる土地なので、仮に共同で襄陽に軍を進めて南陽一帯から魏軍を駆逐しても、そこから先まで協力関係を維持できるかってのも難しいところだ。

蒋琬が企図したような、上庸や房陵の辺りなら呉も何も言わないと思うが。

98: 無名武将@お腹せっぷく 2009/01/10(土) 00:13:06
無理かな。
魏に何か起こるか、魏の首脳陣が無策無能じゃないと無理だよね。
首脳陣が無能で魏だけ大飢饉で各地で反乱軍でも出てくれば面白い。
そういう展開にならないと一番豊かな所は倒せないんじゃないか

99: 無名武将@お腹せっぷく 2009/01/10(土) 00:14:16
>>98
魏は人口一番多いし兵数も一番多いけど、一番豊かではないよ
そこに付け入る隙があった

101: 無名武将@お腹せっぷく 2009/01/10(土) 00:44:47
>>99
銅が足りんのじゃ、銅が

でも支配域全部ひっくるめたら一番豊かじゃね

102: 無名武将@お腹せっぷく 2009/04/19(日) 02:47:31
4次北伐で司馬懿ボコったあと李厳がミスしなければ長安は落とせたぽいがな。

103: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/01(水) 12:56:43
長安を落とせば、涼州は、自然に蜀の勢力になる
それで、蜀の国力は、魏に匹敵するだろう。
あとは決戦だ。そこでもやはり孔明のいる蜀は有利に違いない。
しかも、魏は、呉とも対峙しているのだ。

105: Jominian ◆Henri9gNlM 2009/07/01(水) 23:51:46
涼州を手に入れるのに必要なものは、長安よりも異民族の支持だと思う。
魏や晋は長安を初めとして涼州の郡県を手中に収めていたが、異民族の蜂起に悩まされ、泰始年間には十年にも及ぶ大乱が起こった。
首魁である樹機能を討つ事で乱は一旦は収まったが、結局は五胡の台頭を呼び、その後の長い動乱の時代を招いている。

涼州を力で支配すれば、力が少しでも弱まると、その支配も崩壊してしまうだろう。

106: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/02(木) 02:14:55
>>105
馬岱がいたからって変わらないかな?

110: Jominian ◆Henri9gNlM 2009/07/02(木) 23:58:52
>>106
個人的には、誰がいるとかいないとかよりも、どうやって異民族と折り合いをつけるかだと思う。
蜀に誰がいようとも、ただ搾取したり押さえつけたりすれば、どこかで破断するだろう。
ただ、異民族に対して声望のある人物がいれば、蜀が魏に取って代わるまでは協力的でいてくれるかもしれない。

まぁ、異民族も一枚岩じゃないから、その全てに協力させるのは無理だろうけど。

108: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/02(木) 12:04:52
長安を落としても涼州を安定して統治するには時間かかるし異民族に対する備えも必要になる。
長安は中原に対しては守りやすいとは言われてるけど維持出来るかどうかも不明
北伐が成功しても厳しいんだよな

112: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/03(金) 10:46:23
鄧艾の鮮卑移住政策の前ならそこそこ治めやすかったんじゃないかな?
といっても徐バクの例くらいしか知らないが

121: Jominian ◆Henri9gNlM 2009/07/05(日) 23:47:00
>>112
基本的に、規模の程度こそあれ異民族は反乱を起こし続けていた。
問題は、それが統御できる規模なのか否かという事だと思うけど、後の時代の混乱の兆しが見えるのが、泰始年間の大乱だね。これは、三国時代で言う雍州と涼州の境界辺りが主戦場だった。
鄧艾の統治していた地域と重なっているし、主力が鮮卑というのも、鄧艾の政策にある程度ウェイトがあるように思える。

ただ、蜀は魏と違い、隴右で異民族の反乱を抱えながら魏と当たる事はできないだろう。
泰始年間の反乱ぐらいの規模では問題外だし、正始年間の規模でも隴右を放棄せざるを得なくなると思う。
どのタイミングだろうと、確固とした異民族対策無しに、蜀が隴右を得るのは不可能だろうね。

118: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/04(土) 15:07:15
姜維きた直後に連弩完成させて北伐用に持って行けたら…
野戦でも強力だしただでさえ少ない兵も減らずに済むし。

特に街亭の時点で使えたら馬謖の失敗も立派な策に、勝った気で麓を占拠した魏軍は翌日にはハリネズミになる?

121: Jominian ◆Henri9gNlM 2009/07/05(日) 23:47:00
>>118
諸葛亮の連弩と言うと、恐らくは元戎になるだろうけど、あれは十発も同時発射する代物だから、射程や威力は高くないと思うよ。
麓を遠巻きに包囲されたら、いくら高地を占めているとは言え、相当肉薄しないと敵に損害は与えられないと思う。

それはともかくとしても、姜維が降伏した時点で元戎が完成しても、街亭には間に合わないだろう。
と言うか、街亭の時点で元戎が完成していなかったとは言い切れない。

124: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/06(月) 01:13:15
連弩がそれほど有効性があるとは思えないんだが・・・・・
所詮三国時代の兵器だしな

127: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/06(月) 16:12:55
連弩が1度に複数の矢を飛ばすものなのかははっきりしない
大型化すれば出来るだろうけど、行軍ルートの都合で大型は考え辛いし
弾倉があって連続発射出来るタイプなら、戦国時代にあったというし、その改良かもしれんし

128: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/06(月) 19:12:06
三国時代にそこまで技術力があると思えないよ
戦国時代と三国時代じゃまるで技術力が違うし

131: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/06(月) 21:31:28
第一次北伐の、街亭まで順調だった堅実な侵攻ルートでさえも途中で曹真と決戦した上で
曹叡と連戦しないといけないんだよなあ…

133: Jominian ◆Henri9gNlM 2009/07/06(月) 23:12:05
>>131
加えて、時間を掛けると曹真と曹叡の戦力が合流してしまうという点もある。
彼らと決戦を行うにしても、隴西まで誘き出してからの方が良いだろうね。

135: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/06(月) 23:41:01
曹真、曹叡と決戦するにしても長期戦は必至だから兵站が持たんだろうね

138: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/07(火) 00:04:03
そのために隴西の素早い占拠で基地化で、逆に魏が遠征の不利を背負い込む形にするものだったんでしょ

141: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/07(火) 00:10:05
曹叡まで長期間遠征となると、魏側もそんなに余裕かましてられるとは限らんしな
大博打なんだろうが、諸葛亮が曹叡まで誘い出したという構図なのかもしれない

143: Jominian ◆Henri9gNlM 2009/07/07(火) 00:26:43
>>141
それはあるかも分からんね。
231年に司馬懿が隴西に出た時も、その軍糧は欠乏し、羌胡の供出に頼らねばならなかった。
隴西の内、二郡が寝返った状況、更に諸葛亮がその他の軍も制圧してたとすれば、いくら曹叡が大軍を率いて隴西に出たとしても、短期間の内に窮乏するようになる。
敵が窮乏すれば勝機はあるし、敵が隴西に出なければ隴西の切り取りは為し得るだろう。
隴西を得るという事で言えば、張郃を破った時点である程度の勝算はありそうだ。

145: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/07(火) 00:42:39
>>143
それと、主君が消えた河南・河北や揚州方面がきな臭くなる可能性があるよね
曹叡の出陣は英断だけど危険なバクチでもあったんじゃないかと思う

285: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/17(金) 13:13:04
北伐軍って10万近く(蜀の全軍)出してたのかねえ
それとも5万くらいかな?
魏なら10万くらいは出せたと思うんだけど

286: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/17(金) 14:56:38
>>285
晋書だったと思うけど
263年に魏が蜀に攻め入る時に司馬昭が蜀の兵力を9万と予測してた。
そこから各地方の守備兵を除いて姜維が扱えるのが4万だったかな?(司馬昭の予測では)
まぁ本当かどうか分からんが。

287: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/17(金) 18:09:13
最後の北伐に諸葛亮が動員した兵力が十万というのも晋書にあったはず

288: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/17(金) 21:06:43
ほとんど国力ギリギリだな。やっぱ諸葛亮は凄いな。

290: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/17(金) 23:47:02
降伏時の蜀の人口自体が100万くらいだったんじゃないか?
兵力10万って相当な負担だろ

291: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/18(土) 00:01:49
蜀の人口100万弱で兵力は10万強、魏は440万で兵力は30~40万?
ただ魏は戦線を二つ抱えてるから、経済力はともかく兵力だけなら諸葛亮の戦略は言われるほど絶望的な戦いじゃないと思うけどな。
演義だと蜀30万に対して魏70万とか出してくるけど西部戦線は蜀魏共に10万くらいの兵力だと思う。

292: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/18(土) 00:05:04
逆に言えば司馬懿は言われるほど楽勝な条件ではないので持久策は妥当か。

294: 無名武将@お腹せっぷく 2009/07/18(土) 19:27:02
蜀の総力を結集した軍だからな
魏といえどまともに当たれば勝っても負けても相当被害出ると思う
被害も出さず守っているだけで蜀は疲弊していくんだから持久策は妥当だな

引用元: ・【227-234年】諸葛亮の北伐を成功させるには?



正史 三国志〈5〉蜀書 (ちくま学芸文庫)
陳 寿 裴 松之
筑摩書房
売り上げランキング: 348,984