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1: 世界@名無史さん 04/06/13 17:33
グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンなしに語ることはできませんが、それ以外の少数グループにスポットをあてて行きましょう。


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7: 世界@名無史さん 04/06/14 00:23
オセット人てスキタイの末裔だろ
オセット人は、カフカース地方の山岳地帯に住むイラン系民族。主な居住地域はカフカース山脈をまたいで南北に広がり、ロシア連邦の北オセチア共和国と(2015年4月まで日本国政府が「グルジア」の外名で呼称していた)ジョージア国の南オセチア自治州に分かれている。総人口はおよそ60万人。オセチア人とも呼ばれる。

13: 世界@名無史さん 04/06/15 17:29
>>7
サルマタイの分派アラン族の末裔。
詳しいことが知りたかったら「アーサー王伝説の起源」という本を読むべし。

14: 世界@名無史さん 04/06/17 23:32
少数ながらアラブ人が住んでいるんでしたっけ。

21: 世界@名無史さん 04/06/18 05:20
>>14
聞いたこと無い。
ロシアに征服されるまで、ダゲスタンではアラブ語教育が盛んだったが。

15: 世界@名無史さん 04/06/17 23:45
アレクサンドロス遠征に従軍したギリシャ人の末裔っていませんでしたっけ?

18: 世界@名無史さん 04/06/18 02:02
>>15
ギリシャ人はカフカスの黒海沿岸部に古くから進出していたし、オスマン時代には帝国領全土で経済活動の主役だったからなぁ…。
近代に入って妙なナショナリズムが勃興したせいで生活範囲がペロポネソス方面のみになっちゃったけど。

25: 世界@名無史さん 04/06/28 19:21
北カフカスの人々はほとんどがイスラム教徒なのに、オセット人だけがキリスト教で、しかもロシア正教徒です。彼らがロシア正教との接触を持ったのは、いつごろでしょうか。

26: 世界@名無史さん 04/06/28 19:58
>>25
たしかクリミア半島に進出してたビザンツ人経由

27: 驢馬大公 ◆4RROBA3mq2 04/06/29 01:07
>>26氏の言う様に10世紀頃にビザンツから正教を受け入れ、細々と独立を保つ。
17世紀頃にカバルダ人の支配を受け多くのオセット人がイスラムに改宗したが、キュチュック=カイナルジャ条約後にロシアがこの地の支配権を確立した後はムスリム化したオセット人の多数が再び正教に改宗し現代に至る。

28: 世界@名無史さん 04/06/30 21:16

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29: 驢馬大公 ◆4RROBA3mq2 04/06/30 23:50
>>28
ヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチよ、貴方が何故こんなところに?
我々は単にオセット人の話をしているだけで別に貴方とは関係がないのだが。
ハッ!!もしかして例の噂は本当だったのか??

37: 世界@名無史さん 04/07/12 00:12
>>29
「例の噂」って何?

38: 驢馬大公 ◆4RROBA3mq2 04/07/12 18:35
>>37
スターリンの父が実はオセット人だったのではないかと言う噂。
ソ連初期にはこの噂は結構広まっていたらしく、ユダヤ系詩人のオシップ・マンデルシュタムがこの噂を用いつつスターリンを茶化す内容の詩を書いた。このことが密告されマンデリシュタムは強制送還処分になり、38年ごろにウラジオ近郊の強制容所で死亡。
ただ、実際にスターリンの父がオセット人だったか否かは記録不足の為証明する事も否定することもできないというところ。 

30: 世界@名無史さん 04/07/01 01:24
っていうかカフカスの民族問題の責任の一端はスターリンにあるのは確かだよな。
この親父がロシア革命後カフカスの民族問題を担当していたし。

31: 世界@名無史さん 04/07/01 05:12
>>30
具体的にどんな点が問題だったと思われるか詳しく。

32: 世界@名無史さん 04/07/01 10:49
>>31
ナゴルノカバロフ問題でもわかるように問題が複雑化した原因の一端はかの地域の帰属を民族の分布を無視して設定した事が今日の紛争の種になっているのだが。

33: 世界@名無史さん 04/07/01 10:55
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/marxismco/marxism_gissenriron_roshiakakumeiko_minzoku.htm
このあたり見るともうスターリンはすでにレーニンから権力を奪取する前からカフカスで抑圧していた訳で。
自分の祖国を弾圧して大ロシア主義に走るとはとんでも無い男だ。
たしかチェチェンの中央アジアへの強制移住もスターリンの仕業だったはず。
その話のソースは実家にあった親父が持っていたソルジェーニツィンの収容所群島の何巻目かの話だけど。

40: 世界@名無史さん 04/08/11 02:19
カフカス地域のロシア人人口と少数民族人口の比率ってどのくらい?

41: 世界@名無史さん 04/08/12 00:37
>>40
no title

42: 世界@名無史さん 04/08/24 18:54
初歩的な質問なんですけど、北カフカスとザカフカス合わせたカフカス地方でキリスト教徒の人たちってグルジア人とアルメニア人と他にどの人たちですか?

43: 世界@名無史さん 04/08/24 19:34
オセット人がそうかな。

あとは全部イスラム教徒だっけ…?

44: 世界@名無史さん 04/08/24 19:39
ロシア人、ウクライナ人

45: 驢馬大公 ◆4RROBA3mq2 04/08/24 19:55
>>42-44
その他にもギリシャ人、ドイツ人、アッシリア人、及びタット人の一部がキリスト教を信仰しています。

46: 43 04/08/24 21:02
おっと、外来系民族とアッシリア人を見落としてました。

タット人っていうとユダヤ教徒が含まれるっていうあの?
キリスト教徒もいるんですね。

47: 驢馬大公 ◆4RROBA3mq2 04/08/24 21:41
そうです。「マイノリティーの中のマイノリティー」とでも言うべきところでしょう。
かつてはアゼルバイジャンに住んでいましたが、彼等は信仰上アルメニア教会で、アルメニアとアゼルバイジャンの関係が悪化した際にアルメニア人と勘違いされてポグロムの対象となりやむなくアルメニアに亡命したそうです。
具体的な人数まではわかりませんが・・・。

53: 世界@名無史さん 04/09/05 07:26
ベスレンの人質事件の映像を見ているとけっこう顔立ちに多様さがあるね。
あまり濃い顔は見当たらないが、輪郭はまちまち。
頬骨の高い丸顔が見受けられるがあれはモンゴロイドの影響?

ベスラン学校占拠事件)は、2004年9月1日から9月3日にかけてロシアの北オセチア共和国ベスラン市のベスラン第一中等学校で、チェチェン共和国独立派を中心とする多国籍の武装集団(約30名)によって起こされた占拠事件。

9月1日に実行された占拠により、7歳から18歳の少年少女とその保護者、1181人が人質となった。3日間の膠着状態ののち、9月3日に犯人グループと特殊部隊との間で銃撃戦が行われ、特殊部隊が建物を制圧し事件は終了したものの、386人以上が死亡(うち186人が子供)、負傷者700人以上という犠牲を出す大惨事となった。

54: 世界@名無史さん 04/09/05 07:34
頬骨が高く見えるのは眼窩の凹みが大きいから。

62: 世界@名無史さん 04/09/05 11:47
チェチェン人て系統的には何人種ですか
コーカソイドといわれそうだけど
それは当然としてコーカソイドの中の分類の話
アルプス人種とかいろいろあるでしょ

63: 名無しさん@お腹いっぱい。 04/09/05 11:51
>>62
よくわからないけど、バスク人や古代スペイン人ともいうべきなイベりア人と同じく古代ヨーロッパ人種なのでは。
(但し言語的には非印欧語族)

64: 世界@名無史さん 04/09/05 14:03
独立派のザカエフ夫妻みると白人そのものだけど系統までは分からん
no title

69: 世界@名無史さん 04/09/06 12:19
チェチェンはアナトリア人種とやらに近い気がする
肌はもっと白いけど
グルジアは地中海人種かな、イタリア人と同じような顔

79: 世界@名無史さん 04/09/07 16:00
コーカサスに居るんだから、当然、コーカソイドだろ

81: 世界@名無史さん 04/09/09 00:36
>>79
コーカサスにはレーニンの先祖であるカルムイク人もいるよ。
言語はモンゴル系で宗教はラマ教で混血化しているが、元々はモンゴロイドだ。
Чаепитие_калмыков


カルムイク人(Kalmyk)とは、オイラート人のロシアの呼称。カルムイク語はモンゴル諸語の1つだが、元来はテュルク系の一派だったとも伝わる。

82: 世界@名無史さん 04/09/09 01:58
>>81
カルムイキアはコーカサスには含まれない。

85: 世界@名無史さん 04/09/09 03:51
>>82
カルムイクは、「バイナフの2民族」に先んじて「同じ運命に遭った」民族としてあがっているだけだろ?
どこに、カルムイクがカフカスだと書いてある。

86: 世界@名無史さん 04/09/09 07:53
カルムイク人って西方に移住したオイラート人の子孫だったっけ?

88: 85 04/09/09 10:48
>>86
そのとおりです。オイラートのトルゴート部。
1630年、部族長ホー・オルロクに率いられ、現中国領新疆北部のジュンガリア盆地より、西方ボルガ河河畔に旅立つ。

140年後、ロシア帝国の圧迫がきつくなったので、1771年、故郷ジュンガリア盆地へ目指して再び旅立つも、ボルガ河の結氷期を逃し、ボルガ河西岸に取り残された人々があった。
これがカルムイク人。彼等の居住地が、カルムイキア。

87: 世界@名無史さん 04/09/09 10:43
エセンのオイラートモンゴルは領土が広かった。したがってカフカスにいった集団もあった事は確実だ。
その子孫がレーニン。

89: 85 04/09/09 10:51
>>87
トルゴート部には、ジュンガリアに戻ったものと、カルムイキアに残ったものの、二つのグループしかない。カフカスに入った集団など存在しない。
ましてや、レーニンの母親が、「カフカスに入った集団」の系譜をひくなどと、電波

90: 世界@名無史さん 04/09/09 10:56
オイラート・モンゴルは清ロシアの深部にあった大帝国なんだからカフカスにいてもおかしくないだろ。

91: 85 04/09/09 10:58
「エセンのオイラート」は、せいぜいモンゴル高原を制覇した程度。

この時期、エセンの帝国の西隣には、キプチャク汗国がまだ健在で、現在のカルムイク領は、都サライをとりまくキプチャク汗国の中枢部だった。


151: 世界@名無史さん 04/10/10 19:50:22
一応、アゼルバイジャン人と楽しくお話したので、報告。
京都の河原町から映画館があるあたりに、アゼルバイジャン料理の店があります。ただし、店のおっちゃんは、アゼルバイジャン人だけど、テヘラン育ちなので、ペルシア料理もいっしょにやっています。
アゼルバイジャン人は、ご本人にいわせると、文化はペルシアで、言語は、一応トルコ系とか。使っている文字は一応アラビア文字とか。
以上

153: 世界@名無史さん 04/10/10 23:02:44
>>151
ああ、その人はアゼルバイジャン人はゼルバイジャン人でもイラン領アゼルバイジャンのアゼルバイジャン人で独立国のほうのアゼルバイジャンのアゼルバイジャン人とはちっと違う。独立国のほうではアラビア文字使ってないのですよ。

でもそもそもイラン側のほうが人口多いんだっけ?

159: 世界@名無史さん 05/01/08 03:02:37
>>153
イランの方が多いです。

172: 世界@名無史さん 2005/05/17(火) 19:17:25 0
アルメニアなどに少数ながらジプシーが住んでいるそうだが、あの辺だと彼らの宗教は何になるんだろう?

173: 世界@名無史さん 2005/06/10(金) 03:51:43 0
キリスト教は教会に行って礼拝するスタイルだから定住者じゃない彼らにはイスラムのほうが受け入れやすいんじゃないかな

176: 世界@名無史さん 2005/06/11(土) 19:29:19 0
アルメニア人の大半はムスリムじゃありませんが。
アルメニア正教信者でしょ。 いわばキリスト教圏。

205: 高知少将ジーモン土佐守ジョーカー 2005/11/24(木) 04:55:05 O
アルメニアやグルジアに住んでいるジプシーにはイスラム教徒は少なく、一応はアルメニア正教徒やグルジア正教徒が多いらしいが、彼ら特有(?)の文化とライフスタイル故に信仰はいい加減らしく、トルコ人・クルド人からもアルメニア・グルジア人からも迫害されたらしい。

「ジプシー差別に関する歴史と構造」なる本にそう書いてあった気がしますが、記憶に自信がなく、今度読み直してみます。

207: 世界@名無史さん 2006/01/05(木) 23:26:25 0
カフカス系民族には土着の民間信仰がキリスト教・イスラム教いずれにも根を下ろしていると聞きましたが、今も色濃いのでしょうか。
地母神を祀るような信仰は近年まで続いていたそうですが。

208: ジーモン ◆.5DV4fMpf6 2006/01/08(日) 09:23:20 O
>>207
私もその話に興味がありますが、私は知りませんがm(._.)m

カフカスではキリスト教たるグルジアやアルメニアでも豚肉はほとんど食べないと聞いたことがありますが、これはカフカス土着の伝統なのか、それともイスラムの影響なのか、ご存知の方がいらしたら、教えて下さい。

218: 世界@名無史さん 2006/03/02(木) 23:56:07 0
>>207
今はどうなんだろうなあ。
『世界神話大事典』のカフカスの項目(1980ゴロ)やWörterbuch der MythologieのDumézilの書いた分(1987)を見てみるとどうみてもキリスト教ではありませんありがとうございました、て感じがするけど。

228: 世界@名無史さん 2006/07/04(火) 12:25:11 0
オスマン・トルコ史によく出て来るチェルケス人はどこに住んでいた、ないし住んでいるのですか?

229: 世界@名無史さん 2006/07/08(土) 18:36:33 0
カラチャイ・チェルケス自治共和国ってなかったけか。
今は統廃合されてしまったかも知れんが。

ただし古来からの居住地とは限らないかも。

230: 世界@名無史さん 2006/07/22(土) 23:01:22 0
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%82%B9%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD
カラチャイ・チェルケス共和国は健在。カラチャイ人のほうが多くて十数万人、チェルケス人はロシア人より少なくて数万人。
北カフカズにあるからトルコとはちょっと離れてますな。

231: 世界@名無史さん 2006/08/05(土) 10:27:44 0
チェルケス傭兵というと勇猛で知られ、各国で恐れられたらしいね。

引用元: ・カフカス諸民族の歴史(三大民族以外)



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