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1: 人間七七四年 2007/08/05(日) 21:17:02 ID:0yZ6SK4M

マンガ「花の慶次」でも有名なかぶき者
マンガの中では、一人で何百人もの兵を倒すありえない強さ…
 
中学生の頃この本読んで前田慶次の強さに何度も憧れたもんだ
強さもそうだが、己の道を貫き通す自由な生き方や
その行動は、男だったら誰でもあこがれる漢の中の漢 







9: 人間七七四年 2007/08/09(木) 22:28:17 ID:OjbZP0Ew
漫画だと真田幸村と関わってるけど、史実だと真田信之と親交があったんだよね。
この辺のエピソードって小説ではどうなってるの?

11: 人間七七四年 2007/08/12(日) 01:46:05 ID:3OjO1tzM
>>9
そんなエピソードは小説にはない。

15: 人間七七四年 2007/08/15(水) 00:02:21 ID:fqh7xya6
俺も前田慶次気になる。文献とか少ないんですか?人物像を教えてください。

16: 人間七七四年 2007/08/15(水) 00:25:46 ID:SPa7DEjZ
>>15
漫画「花の慶次」を読んで
小説「一無庵風流記」を読んで
テレビドラマ「利家とまつ」を見てください

17: 人間七七四年 2007/08/15(水) 00:31:09 ID:fqh7xya6
>>16
小説は読んでないです。漫画も大昔に
ありがとう。

18: 人間七七四年 2007/08/15(水) 02:32:08 ID:R/pEwhEp
>>17
米澤人國記に、源氏物語・伊勢物語の秘伝を授けられ、連歌は里村紹巴に学び、茶道は古田織部より皆伝を受け、武術については弓馬はもとより十八般に通じていた。となっている。
九条植通、細川幽斎ら文化人と親交を持ち、真田信之や直江兼次とも面識があったよう。
滝川家・前田家時代に戦での活躍は全く残っていない。強いて言えば、滝川時代、滝川家にとっても重要な武田攻めと同時期に慶次は京の連歌会に出席している。
戦での活躍は上杉家時代の畑谷城攻めで首級二十八を挙げている。
後は有名な長谷堂城の退却戦。

12: 人間七七四年 2007/08/13(月) 02:49:37 ID:F/yZa+2f
実際強かったらしいね。一騎駆けもしたらしいし、敵陣の中に突撃して槍や刀が折れても素手で戦ったって何かの資料で見た。ちなみに小説で見たんじゃないよ。

19: 人間七七四年 2007/08/15(水) 18:39:30 ID:Jk3q9LVl
素手で殺したとは書いてないよ。武器がないから素手で抵抗してたってことじゃないかな。
慶次は九州征伐戦にも参戦してるはずだよ。

22: 人間七七四年 2007/08/16(木) 12:23:06 ID:aaNC3Dph
>>19
九州征伐への参戦の記録は無かったんじゃない?
小田原征伐に関しては「天正庚寅松山合戦図」に描かれているから参戦はしてる筈だけど、活躍した記録は無いね。

23: 人間七七四年 2007/08/16(木) 17:40:43 ID:u/LyhSFf
実際はあんまり強くなかったの?

25: 人間七七四年 2007/08/16(木) 23:12:17 ID:aaNC3Dph
>>23
「津軽一統志」に、“武道の達人にて超干世異様人也”って書かれてる。
文化芸能に秀で、武道の達人。加えて傾き者にしてお調子者。そして変人。
これだけで随分魅力的な人物だと思うよ。

26: 人間七七四年 2007/08/17(金) 02:30:59 ID:aDoEo+0N
負け戦ばかりしてたから記録があまり残ってないって話しもありますよね?

27: 人間七七四年 2007/08/17(金) 02:56:56 ID:8Z7oHGOk
>>26
それは漫画。
ただ、阿尾城の合戦では守城に成功したにも拘わらず、阿尾城代だった慶次についての記録が全く無い。
本来は家督を継ぐ筈だった人間で、尚且つ勝手な振る舞いの多かった厄介者を疎んじてはいたんじゃないかな。

28: 人間七七四年 2007/08/17(金) 06:18:44 ID:QfjkcPFV
脚光を浴びたから漫画になったのではなく、漫画になったから脚光を浴びた。

33: 人間七七四年 2007/08/24(金) 02:13:52 ID:EEfyZqpi
元々小説の題材にはぴったりの人物だしな。
良く分かっていない部分が多いから想像で色々出来るしね。
小説や漫画の主人公にはもってこい。

34: 人間七七四年 2007/08/24(金) 03:22:14 ID:zL45hBdI
慶次が後ろからやってきて、よっ家康ちゃん~ と背中をバチ~ンと叩いたら、咄嗟に用心棒の、服部半蔵か本田忠勝が殺そうとしたので、慌てて家康が羽交い締めにして止めた。

というエピソードを読んで死ぬほどワロタw

45: 砂岩か耳ね ◆oWrjcNwAas 2007/09/06(木) 21:57:27 ID:bo9npgom
穀蔵院ひょっとこ斎=米蔵のひょっとこ顔した生き物=穀象虫=無駄飯食い
って解釈をどこかで読んだ記憶があるんだけど、何に書いてあったっけ?

46: 人間七七四年 2007/09/07(金) 01:37:11 ID:t89/NYcA
>>45
その解釈は知らないけど、ひょっとこ斎っていうのは微妙じゃなかった?
武辺咄聞書だとひらがな表記で「ひょっと斎」だし、漢字表記でも惣之斎・惣々斎・瓢戸斎など。
穀蔵院の解釈は多分穀象虫を指してると思うけど。

48: 砂岩か耳ね ◆oWrjcNwAas 2007/09/07(金) 20:33:09 ID:9Rkrf4Dg
>>46
なるほどね。たしかに「ひょっと斎」だね。
記憶にあるのも脳内で作り上げた妄想かもしれん。

51: 人間七七四年 2007/09/16(日) 00:49:17 ID:JVoa+x6J
秀吉から傾奇御免状のくだりって史実なの?

52: 人間七七四年 2007/09/16(日) 02:35:19 ID:lcc6cqkh
>>51
「加賀藩史料」の中の「重輯雑談」に例のエピソードが載っているけど、これはもちろんリアルタイムで書かれた所謂「一次史料」では無いので真偽の程は何とも言えない。
まぁ、歴史上の有名なエピソードなんて大抵そんなものだけど。

59: 人間七七四年 2007/09/28(金) 22:28:14 ID:ZXQRnHPq
日本史板で見かけたレスでちょっと聞きたいんだけど、

232 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:2007/09/27(木) 23:29:30
前田慶二てほんとにいたの?強かったの?

233 名前:日本@名無史さん[sage] 投稿日:2007/09/28(金) 00:42:22
>>232
実在した人物で腕っ節は確かなんだけど、小説・漫画・ゲームみたいな超人的な強さでは勿論ない
あくまで常識の範囲での強さであり、彼以上の武勇伝を持つ武将や剣豪は他にも結構いる
むしろ武芸だけでなく風流や経済にも通じた多才さの方が重要かも知れない

慶次の評価はだいたいこんな感じでいいのかな?

64: 人間七七四年 2007/09/30(日) 20:01:21 ID:Ctj4UGsQ
>>59
さらに付け加えれば強烈なキャラ立てに成功してるってのもあるかな
意図的にキャラを立てようとするのは結構難しいからね

66: 人間七七四年 2007/10/03(水) 03:19:03 ID:b/y/OjpT
>>59
腕っ節が確かってほど、武勲のこってねーだろ。

70: 人間七七四年 2007/10/04(木) 12:09:14 ID:IQgxf/f9
>>66
一般的に「猛将」として有名な武将とかでも、大概は軍団として強かったのであって、武将個人としてはどうだったのかというと「?」な事が少なくない(つーか、ほとんどか?)。
有名な武将ほど、「花慶」も真っ青なトンデモ逸話が残ってたりするしね。

ロマンですよそこは。
そこ突っ込みだしたらキリがない。野暮ですぜ。

63: 人間七七四年 2007/09/30(日) 19:33:22 ID:me0yvHqA
戦いに臨む慶次のいでたちは、黒皮胴の具足をつけ、猩々緋の陣羽織、金泥の数珠の総に金瓢箪をつけたものを襟に掛け、十二のひだがついた山伏頭巾を被り、唐鞍を置いた「松風(愛馬)」にも山伏頭巾を被らせ、金唐草の面々で覆っている・・・(「常山紀談」)


まさに気骨あふれるかぶき(傾奇)者である。
茶華に秀で詩歌に長じ、兵法も一流、酒は斗酒も辞せずと各書にある。

76: 人間七七四年 2007/10/06(土) 16:06:07 ID:iJtEnRs0
前田慶次が茶華の道、詩歌に秀で、武辺者であったのは紛れもない事実。
それは多くの史実に記されている。

77: 人間七七四年 2007/10/08(月) 13:15:06 ID:SS2OJVcu
多くの史実?
名前もわからんくらいぶっちぎりで史料不足の慶次郎なのに!!?

78: 人間七七四年 2007/10/08(月) 21:51:02 ID:Hblu+/w5
>>77
大名でもないのに全ての諱が判明してる武将の方が少ないだろ。
だからと言って、史料が残ってないわけじゃない。
ちなみに慶次の諱で確実なのは「利貞」。
「利太」もほぼ間違いないと思われる。

79: 人間七七四年 2007/10/08(月) 22:21:17 ID:39b2GlK8
「上杉将士書上」あたりは、結構信憑性あるんかなぁ…と思ってる。
江戸前期に書かれたモノだけど、上杉家の家臣が、兼続を誉めるならまだしも、必要以上に慶次を誉める理由が見当たらないから。
長谷堂の戦いでの働きに関しては、確かだったんかな~と。

96: 人間七七四年 2007/10/31(水) 20:18:40 ID:UkmND1EC
漫画でハマった侯。史実に詳しい本教えて下され侯。

97: 人間七七四年 2007/10/31(水) 22:30:25 ID:Wg+ccBTX
>>96
漫画のイメージを大切にした方が幸せだと思うんだ。

98: 人間七七四年 2007/11/01(木) 04:39:27 ID:EkSNbEd2
なんで?
かなり傾いてはいたんでしょ?可児才蔵とかも興味あるけどね。

100: 人間七七四年 2007/11/01(木) 20:43:40 ID:CfRwQICx
>>98
ほぼすべて、史実的裏付けがない、いわゆる「逸話」の類にすぎない。
ぶっちゃけ、「史実」は、ほっとんど残ってない。

101: 人間七七四年 2007/11/03(土) 18:58:44 ID:IFFYvbi+
>>98
山本勘助と山本菅助
前田慶次と前田利益

それを受け入れたときに君は真の慶次ファンになれる

102: 人間七七四年 2007/11/03(土) 19:32:14 ID:/eFthcUW
>>101
は?
慶次郎は字であって間違いじゃない。
彼の逸話が多く収められている常山紀談には「前田慶次が事」という項目があり、利家の書状にも「慶次」と書かれている事などから彼が普段「慶次」と呼ばれていた事は間違いない。
よって彼を「前田慶次」と呼ぶ事に何の不都合も無い。

また、諱である利益は誤りの可能性が高い。
正しくは利太か利貞。

106: 人間七七四年 2007/11/04(日) 18:14:18 ID:XyIaJYVd
>>103
当時の漢字の使い方は当て字も多く用いられたんで、必ずしも正しい漢字・誤っている漢字とは言い切れない。
ただ、「利益」とした場合、当然「益」の字は滝川一益より偏諱を受けた物と考えられるが、その場合、当時前田家よりも格上である筈の益の字を下に持ってくるとは考え辛い。
よって、「利太」の読みである「とします」とあるのを後年誰かが滝川氏との関連を考えて「利益」と当てたと考えられる。
もちろん、「間違いである可能性が高い」というだけであって100%間違いであるという事ではない。

また、「利貞」は彼の遺品に自筆で書かれているので、これは間違いないと思われる。

105: 人間七七四年 2007/11/04(日) 17:37:46 ID:u+pmOY3p
前田慶次道中日記というのがあってだな…。
ちなみにそれでは「啓二郎」と名乗ってるんだよな。

108: 人間七七四年 2007/11/05(月) 14:51:00 ID:w+/uoU/4
自分のことを ひょっとこ斎とか呼んじゃう人の名前について真剣に議論してバカらしくならない?

110: 人間七七四年 2007/11/05(月) 22:43:04 ID:+rxzHyzM
だがそれがいい

111: 人間七七四年 2007/11/06(火) 05:59:15 ID:dCzafF4s
朝鮮人と仲良かったんよねこの人。

113: 人間七七四年 2007/11/06(火) 11:06:19 ID:ezt3gwRx
米沢行く時、朝鮮人のお供がいたんだっけ?
そんな話なかったっけか?

114: 人間七七四年 2007/11/06(火) 11:24:35 ID:1/hZLQrY
たしか道中で病気になったんで人に世話を頼んで、その子供二人を連れて旅を続けた、
だったかな?
いまいち記憶が曖昧。

142: 人間七七四年 2007/11/23(金) 23:03:09 ID:DShvsfCB
なんで大和で亡くなった説が出てきたんだろう?
確か、直江兼続が主宰した亀岡文殊堂での詩歌会にも出席しているし、米沢へ下向する際の紀行文も残っているから、少なくとも慶長6~7年ころには上杉氏のもとにあったとみて良い筈なのに

163: 人間七七四年 2007/11/26(月) 15:12:43 ID:pxTPbOMd
昔会津行った時、観光アピールが上杉>慶次>白虎隊だったな
結構前なので最近は変わってるかも知れんがどうなの?

178: 人間七七四年 2007/11/30(金) 11:27:48 ID:4KwVkAs2
徳間書店の愛蔵版を読むと慶次は1541年生まれと解説されておるな(家康は1542年生まれ、叔父御は1538年生まれ)
生年は諸説あるが最近は家康より年上説が目立ってきている感じ

186: 人間七七四年 2007/12/03(月) 15:27:10 ID:lm67nlQQ
前田家の場合は利家の算術好きが関係して家臣採用も武芸より計算能力重視してた節がある
家臣への恩賞もケチってたせいで武辺者が家臣団に多く存在してないと想像できる
出奔は空気読めないというよりは空気合わなかったんじゃね?

利家のイメージは人あたりの良い三成と思う

190: 人間七七四年 2007/12/03(月) 16:35:48 ID:JrKQXe4j
>>186
しかし利家だって若い頃はあの信長の親衛隊で己が槍ぶん回していくつも功名立ててきたし富田重政なんかも気に入ってて末森城の戦いでは一番槍挙げた重政に豪姫の娘あげてるくらいだから武辺者は嫌いじゃないだろう

だから慶次郎と合わなかったのは算術好きとか、武辺者だからとかじゃなくて一族衆だからそれなりの位置は与えてみたものの武将としてそんなに将才があった訳でもなく忠実に働く文官タイプだった訳でもない
要するに一家臣として扱いずらいため嫌われたんじゃないかと

俺は慶次に将としての魅力なんて求めてないんでそれで全然いいんだけどね
将としては微妙だけど文化・教養のあるひねくれお爺ちゃんでいてくれた方が格好いい

191: 人間七七四年 2007/12/03(月) 19:39:59 ID:fwpa0OUl
つまり嫌われものじゃなくて単なる窓際なだけだったんだな

194: 人間七七四年 2007/12/03(月) 23:13:30 ID:aRVRiuGv
織田家の有力武将であった滝川家から養子を貰い
当主とする事で関係を強化し、前田家の地位をより強固にしようと思ったのか
本当に謀反を企てていたのかは分からんが、結果的に利家が家督を継ぎ、滝川家も没落してしまった。
そうなると滝川家から来た慶次は本当に厄介な存在だっただろう。

195: 人間七七四年 2007/12/04(火) 00:08:32 ID:RPc/fRHS
>織田家の有力武将であった滝川家から

これってそうなの?
一益なら甲賀出身だと普通言われると思うけど

197: 人間七七四年 2007/12/04(火) 01:15:52 ID:cb5DABpK
>>195
どういう事か良く分からないけど、滝川氏が有力武将じゃないって事?

織田家譜代の武将ではないけど、一益は天文年間には既に信長に仕えていたし、慶次が前田家に養子に行った永禄12年頃には北伊勢の大将として派遣されている。
十分「有力武将」だと思うけど。

198: 人間七七四年 2007/12/04(火) 01:40:28 ID:RPc/fRHS
>>197
利家が前田家を継いだのが永禄10年とか永禄12年とかですから
いくらなんでもそんなに遅くないでしょう
一益が伊勢攻めに抜擢されて織田家中の有力武将と目されるよりはやく養子に入ってるとおもうのですが?

199: 人間七七四年 2007/12/04(火) 01:45:43 ID:uu1NhTn9
>>198
1561年に清洲同盟の交渉役やってたりするから織田家に仕えてかなり早い段階から有力武将じゃないの?
間違いなく外様の出世頭だし。

201: 人間七七四年 2007/12/04(火) 02:03:16 ID:cb5DABpK
>>198
利久の娘が永禄8年12月に亡くなったので、代わりに安勝の娘を養女にした。
その娘婿として慶次を迎え入れたんで、時期的には永禄9年から利家が家督を継いだ永禄12年10月までの間と考えられる。

202: 人間七七四年 2007/12/04(火) 14:33:16 ID:GCsWLEHW
前田利長:4万石(加賀尾山城主)
前田安勝:1万3500石(能登七尾城代)
前田秀継:7000石(加賀津幡城代)
前田慶次:5000石(越中阿尾城代)
前田利久:2000石
*1583年現在

慶次を過少評価しすぎ

204: 人間七七四年 2007/12/05(水) 08:35:00 ID:t010RA8l
所詮、滝川側からの連れ子だから評価もこんなもんよ
立花宗茂公みたく、向こうから乞われて養子になったのなら待遇も格段と良くなるのだが

206: 人間七七四年 2007/12/06(木) 01:36:04 ID:nilXYI9T
>>204
連れ子じゃないよ。
慶次が養子に来たのは随分年を取ってから。

207: 人間七七四年 2007/12/06(木) 06:03:35 ID:OLhB+wRO
生年については結局「ハッキリしない」としか結論づけられないと何度(ry

209: 人間七七四年 2007/12/06(木) 15:27:03 ID:nilXYI9T
>>207
加賀藩史料によると生年は1533年。
米沢藩史料では1541年。
ただ、史料の成立時期やはっきとした記述がある事で加賀藩史料の方が信憑性が高い。
いずれにしても慶次が養子に来たのは20代後半から30台前半だったと思われる。

232: 人間七七四年 2007/12/09(日) 10:15:35 ID:INl+18JL
>>209
じゃあ利家より年齢上なのか・・・意外だ
漫画のイメージの影響って怖いなw

233: 人間七七四年 2007/12/09(日) 10:52:05 ID:SoRD9G1e
>>209>>232
加賀藩史料の記述を含めた上でも、
「前田慶次郎利益(?~?)←生没年不詳」って書いてある本が、いまだに一般的には一番多くね?

慶次の生まれが早きゃ早いで、
親とされる人物との年齢的な差だとか、色々他の疑問が出てきたりもするワケで。
「結局ハッキリしない」って言い方が、答え的にはなんだかんだで相応しいんじゃないかと思うが。

引用元: ・【傾奇】前田慶次郎利益2【御免】



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