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1: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:02:46 ID:4kP
あまり期待はしないでクレメンス
中国史スレから移動したで








4: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:03:40 ID:4kP
まずインドには歴史的に大きく分けて二つの地域があるんや
歴史上抗争の舞台になることの多かったアーリア人(コーカソイド)中心の北部と比較的安定しているドラヴィダ人(オーストラロイド)の南部や

6: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:04:02 ID:4kP
四大文明の一つであるインダス文明が成立したのは前2000年頃や
この文明は非常に入念な都市計画に基づき建設されたんや
そのため非常に衛生的でダストシュートや大浴場があったほどや
しかしその後、前1800年頃にインダス文明は滅亡
詳しい原因は不明や
ちなみにインダス文明の遺跡であるモヘンジョ=ダロはシンド語で「死者の丘」を意味するんやで

48: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:34:51 ID:dyF
>>6
文明言うても200年で滅んだんか
もっと長く繁栄したイメージやったわ

9: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:05:13 ID:4kP
その後、前1500年頃にイラン高原からアーリア人がやって来たんや
ドラヴィダ系の先住民を征服していったアーリア人はインダス文明のような都市を作らずに農耕生活を営むようになる
そして彼らは神への賛歌を書くようになるんや
それが「ヴェーダ」や
この時代はヴェーダ時代と呼ばれ、前後期があるんや(前期は前1500~1000、後期は前1000~600)

12: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:06:16 ID:IlP
今で言うとどのあたり?

17: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:07:14 ID:4kP
>>12
インド、パキスタン、バングラデシュ辺りやな
時代によってはイランやアフガンの一部も入る

15: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:07:07 ID:023
ドラヴィダ人は今のインド人の顔付きの人々か

16: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:07:12 ID:XHI
デリー=スルタン朝はまーだ時間かかりそうですかねー

18: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:07:48 ID:4kP
その後、アーリア人は先住民との区別をはっきりさせるために肌の色の違いで身分を分けるようになったんや
それがヴァルナ制や
上からアーリア人のバラモン(司祭)、クシャトリヤ(武士)、ヴァイシャ(農民・工商人)、先住民のジャードラ(隷属民)、そして後に形成される不可触民や
その後生まれや職業などの序列であるジャーティと合体してインドの歴史に暗い影を落とすこととなるカースト制が生まれたんや

19: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:08:32 ID:4kP
ヴァルナ制によりバラモンの絶対的な地位が確立されたんやが、
勿論これに反対する人たちもいたんや。まずはウパニシャッド哲学、いわゆるインド哲学の一つやで。これはバラモン内部からの発祥やな。
梵我一如(宇宙と個人の合一)によって輪廻転生を解脱することが基本や。ここら辺は仏教に継がれてる部分もあるな。ちなみにインドでは宗教と哲学の区分は結構曖昧だったと言われるで

20: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:09:50 ID:IlP
肌の色だったんか

21: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:09:53 ID:4kP
その後反カーストの宗教としてジャイナ教がヴァルダマーナによって開かれるんや。ジャイナ教の特色はカースト制の否定と徹底した不殺生や。不殺生の教えがあったから農民には広がらなかったので商人が支持基盤になったんや。
次は仏教。仏教はシャカ族に生まれたガウタマ=ジッダールタ(ブッダ、釈迦)によって開かれたんやで。
こちらも反カーストで、八正道と呼ばれる修行によって四苦(生病老死)からの解脱を目的とするんやで。インドではこの後ヒンドゥー教に取り込まれて衰退したけれど東南アジアや東アジアで広く信仰されるようになるんや。

23: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:10:24 ID:4kP
ヴェーダ時代が終わりインドは小国の抗争の時代に入った。仏教などが開かれたのもこの時代やな。小国の中ではマガダ国とコーサラ国が特に強大だったんや。しかしそこに西方からあの男がやって来るんや。

25: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:16:11 ID:vFy
ジャイナ教は苦行で餓死やんけ

26: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:19:14 ID:4kP
前320年代、マケドニア王国のアレクサンドロスがペルシアを侵略した勢いでインドに侵入。
マガダ国と衝突し、慣れない戦象や熱病に苦しむも、槍に弱いと言う像の弱点を見抜き投槍で像を混乱させて勝利。その後アレクサンドロスはインドから撤退したが彼の侵入はインドの人々の統一意識をより高めた。
ちなみにこの頃ヘレニズム文化の影響でギリシャ風の彫刻(ガンダーラ美術)が生まれた

28: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:19:41 ID:Zz2
そろそろマウリヤ朝かな

30: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:25:28 ID:Zz2
この調子やとラージプート時代でもう力尽きそう

31: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:25:56 ID:XHI
紀元前で終わりですねこれは

32: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:26:35 ID:4kP
間も無くアレクサンドロスは亡くなり、後継者を決めるデアドゴイ戦争が始まる。インダス川流域にはギリシアの植民国家であるバクトリアが成立。
一方インドでは前317年頃にチャンドラグプタによって初の統一王朝・マウリヤ朝が成立。ちなみにチャンドラグプタはヴァルナ下位の出身ともクシャトリヤの子供とも言われるで。「インドのマキャベリ」と言われるカウティリヤは彼の宰相兼軍師やった。

33: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:29:06 ID:Zz2
実利論すこ

34: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:35:43 ID:4kP
その後三代目のアショーカ王の時代にマウリヤ朝は全盛期を迎え南部の一部を除き、インドをほぼ統一する。
戦争で虐殺が起こったことをアショーカ王は非常に嘆き、仏教に深く帰依することになる。
まずダルマ(法)を統治の軸とし、石柱碑や磨崖碑の設置、第3回仏典集結、さらにセイロンへの布教も行った。そんなアショーカ王も晩年は幽閉されたと言われ、彼が亡くなるとマウリヤ朝は衰退し、前2世紀に滅んだ。

36: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:41:17 ID:4kP
結構駆け足で説明したけどまだ古代の中盤なんよな
個人的には中近世が一番面白いと思う

37: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:50:17 ID:4kP
ちなみにインドで何故映画が発展したかと言うと多言語国家で識字率も低いわけでは無いけどそこまで高くもないから、映画なら言語が違っても映像で分かるやん!って事で映画が盛んになったらしいで

38: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:52:18 ID:Zz2
ぶっちゃけ完走するのこれ?

39: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)18:53:52 ID:Zz2
クシャーナ朝とかグプタ朝とかで終わりそう

43: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:12:09 ID:UYl
ほんま人類何でいきなり変な文明はじめたんやろ

44: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:21:33 ID:4kP
>>43
インドに限らず紀元前は史料残す習慣あんまり無かった(ギリシアとかローマは結構残ってるけど)から年代とかの把握が困難なんやで

46: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:30:45 ID:4kP
その後、インドは南北に分裂し、北にらクシャーナ朝、南にはサータヴァーハナ朝が成立する。そしてここでようやく紀元前が終わり1世紀へ。北部のクシャーナ朝は大月氏出身のイラン系でカニシカ王の代に全盛期を迎え、第四回仏典集結が行われた。
この頃、龍樹により大乗仏教が開かれる。
訂正するけどガンダーラ美術が栄えたのはこの時代やったで
すまんな

51: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:46:56 ID:XNV
インド人ほんま歴史に興味ないらしいな

53: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:47:51 ID:4kP
>>51
今はネルーやガンディーも学校で教わらないらしいで

58: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:49:40 ID:XNV
>>53
原始仏教好きとしてはもうちょっと資料残しといてほしかったンゴ

54: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:48:47 ID:Zz2
チョーラ朝とかパーンディヤ朝とかいうくっそ地味な王朝

55: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:49:22 ID:4kP
>>54
チョーラ朝はインドネシアやモルディブまで海軍送ってるゾ

59: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:50:50 ID:Zz2
>>55
ラージェンドラ一世やろ?確かシュリーヴィジャヤ王国まで遠征したの
これぐらいやろ有名なの

60: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:52:17 ID:vKi
やっぱり臣下の動向や気候災害天文まで記す中国人が異常なだけなんか?

61: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)19:53:21 ID:4kP
大乗仏教はそれまでの個人的な修行中心の上座仏教とは違い社会全体の救済を訴えたんや
そのため上座仏教は龍樹に小座仏教と批判されたんやで

62: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)20:05:22 ID:4kP
クシャーナ朝は3世紀、ササン朝からの攻撃を受け滅亡
一方サータヴァーハナ朝はローマと漢の交易中継地として繁栄し、ローマ貨幣も出土している。サータヴァーハナ朝の滅亡後、南インドにはドラヴィダ人の諸王朝が建てられた。その内の一つに強力な海軍を保持し、セイロンやモルディブを征服したチョーラ朝があった。

63: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)20:08:31 ID:4kP
ちなみに諸王朝にはチョーラ朝、バッラヴァ朝、バーンディヤ朝などがあるで
これらは中世末期まで続いたものもある

64: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)20:36:36 ID:pGp
謎に長命な王朝すき

65: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)20:59:28 ID:4kP
とりあえずこれ以降の解説はまた今度にして雑談でもするか

68: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)21:05:23 ID:4kP
そういや南アジアってどこまで入るんや
個人的にはインド、パキスタン、ネパール、ブータン、バングラデシュ、モルディブ、スリランカが南アジアだと思うんやが人によってはイランやアフガニスタンも入るみたいやが

71: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)21:15:54 ID:pGp
そもそもインド史で人が集まるのか(震え)

73: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)21:47:44 ID:4kP
>>71
正直国の知名度に対して歴史は凄いマイナーやな
なんでやろう?

74: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)23:12:14 ID:pGp
>>73
元来日本が強い影響を受けた中国、近代化して学んだヨーロッパと違い馴染み薄そうやし…

まぁ全然歴史知らんワイにはわからんわ

76: 名無しさん@おーぷん 2018/09/20(木)23:16:46 ID:fvn
南アジア言うとインドのなかまたちのイメージ
インドパキスタンバングラスリランカネパールやな
モルディブブータンは入れるか微妙

引用元: ・ワイがインド史を解説するスレ



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