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1: 馬鹿太モン 02/02/11 16:24
西洋史は勉強不足なもので、どうか皆さん教えてください。
罵倒も甘受します。

中世のイタリアの自治都市には、メディチ家などの都市貴族たちがいましたが、この「都市貴族」とはどういう身分なんでしょうか?
爵位を持った正真正銘の貴族なんですか?
それとも平民の大商人なんですか?








3: 世界@名無史さん 02/02/11 19:02
>1に聞きたいんだけど、爵位って何?
それと自治都市の概念も説明してくれ。

一般的にはメディチ家はトスカナ大公になるまで爵位は持たなかったけど。
ミラノ公国は自治都市と呼べるんだろうか?
ヴェネチア共和国の代議員達は貴族だろうか?

4: 世界@名無史さん 02/02/11 19:09
ヴェネツィア共和国の貴族は元老院議員になれるという世襲の権利を有するものの集まりのはず。

5: 世界@名無史さん 02/02/11 19:32
>4
そもそも共和国の元首から権利を付与された家を貴族と呼べるんだろうか?

6: 世界@名無史さん 02/02/11 22:46
マキャヴェッリの「フィレンツェ史」を読むと良いのでは?

正真正銘の封建貴族からグランディ(豪族)、ポポラーニ(町衆)さらにはプレーベ(下層民)まで諸階級の対立抗争史としてフィレンツェ史を描いている。
あくまで16世紀人の目に映ったかぎりではあるが、都市国家の社会構成に関して参考になるんじゃないの?

ちなみにメディチはポポラーニからのし上がった家門として彼には理解されている。

7: 世界@名無史さん 02/02/11 23:40
んー、比較文化的に考えれば、メディチ家なんかは世襲貴族ということでいいじゃないかな。爵位がどうのというと、たしかにおかしいが、財産と権力を手にして、身分もある程度は自由になった。
たとえば枢機卿なんかを輩出しているんだから貴族として考えるほうが正解のように思うな。
トスカーナ大公なんかの爵位は使っているけど、爵位の有無だけで貴族かどうかを判定するとおかしくなる。

16: 世界@名無史さん 02/02/25 19:57
>>3,>>7
メディチ家って、元々は金融業者なんだっけ?
ロスチャイルドみたいに?
金の力で教皇や王を出したのかな?

18: 世界@名無史さん 02/02/26 03:08
>>16
ジョヴァンニ・デ・メディチ(レオ十世)が枢機卿なれたのは、父親のロレンツォ・イル・マニフィコによる買収工作のお陰。
でも、教皇なるときは大して資金を使わなかったらしいです。

逆に、ジュリオ・デ・メディチ(クレメンス七世)は従兄弟がレオ十世だったので、すんなり枢機卿になれましたが、教皇になるときにはかなり買収が行われたようです。

24: 馬鹿太モン 02/02/26 20:17
>>18
>父親のロレンツォ・イル・マニフィコ

というのは、所謂「ロレンツォ豪華王」のことですか?

25: 世界@名無史さん 02/02/26 20:48
>>24
はい、そのロレンツォです。

26: 馬鹿太モン 02/02/26 20:52
>>25
お答えいただき、ありがとうございます。
そのロレンツォって、実質的には三代目でしたっけ?
初代が創業し、二代目が守り、三代目が発展させたいい例なんですかね?

27: 世界@名無史さん 02/02/26 21:20
>>26
初代をロレンツォの祖父コジモ、二代目をピエロ、三代目をロレンツォ と数えればそうなりますね。
でも、実質的な創業者はコジモの父ジョヴァンニ・ディ・ビッチのようです。
なので、ロレンツォは四代目というところでしょうか。

10: 馬鹿太モン 02/02/12 21:05
皆さん、大変失礼いたしました。
>>1に書いた通り勉強不足なもので、よく耳にする「イタリアの都市貴族」というも
のがどういうのかを知りたかったのです。

私の理解している「貴族」とは、爵位(ある程度の領域を持った地域の領主としての地位、称号)を持った特権階級、もしくはその家族・親族で特権のおこぼれにあずかれる人々という意味です。
無論、日本の公家のような例もありますが、ヨーロッパの貴族は大体上記のような人々だと思っていました。
ですが「イタリアの都市貴族」とは、この例に当てはまらないと思い、どういう身分の人たちなのかと疑問に思っていました。

ですから爵位でなくとも、それに類する身分・称号があったのではないか?
それは世襲制だったのか?
あるいはアメリカの富豪のような、事業で財をなして政界に進出した人たちなのか?
等々を知りたかったのです。

12: 世界@名無史さん 02/02/13 13:10
自治都市ならば、その意思決定機関であるコムーネ構成員、
又は構成員を輩出できる階層を都市貴族の条件の一つと考えられないでしょうか?

17: 世界@名無史さん 02/02/25 20:44
ドイツの自由都市の参事会員とか、ローマ共和国の元老院議員とかはどういう扱いなんでしょう。

20: 世界@名無史さん 02/02/26 11:33
>>17
ローマの元老院は、王制時代の貴族から続いてきたものなので(入れ替わりはあるにせよ)、貴族だと思います。

25: 世界@名無史さん 02/02/26 20:48
>>17
自由都市における都市貴族は、大商人・騎士階級・大土地所有者などによって構成されていたそうです。
ただ、その構成割合は各都市の立地条件によって異なりましたし、都市によっては騎士階級は都市貴族になれない都市もあったようです。

23: 世界@名無史さん 02/02/26 20:15
面白い話題だな。やはりメディチ家を忘れるわけにはいかない。
基本的に、土豪というか土着勢力の人々が都市に居住しはじめたのが都市貴族の起こりと見てさしつかえない。称号については、その都市の騎士号(カヴァリエレ)をもらったり、都市参事会(都市の最高意志決定機関)のメンバーとして要職を歴任したりしたのがそれなのでは。
生活については、「メディチ家の人々」中田耕治 河出文庫が参考になる。

29: 世界@名無史さん 02/02/28 20:19
ミラノ公になったスフォルツァ家も、都市貴族の流れなのかな?

30: 世界@名無史さん 02/02/28 20:21
>>29
スフォルツァは、ただの傭兵隊長だったと思った。
その前のヴィスコンティ家は名門だったと思ったけど。

35: 世界@名無史さん 02/03/02 18:08
>>30
そのスフォルツァ家の公女と再婚したハプスブルク家の皇帝がいたよね?
誰だっけ?
あとその二人の間には、子供はできなかったの?

36: 馬鹿太モン 02/03/02 18:31
>>35
マクシミリアン一世です。
↓こちらをどおぞ。
http://www9.wind.ne.jp/chihiro-t/royal/Italy/Millano/VS.htm

上のサイトのトップページが↓です。偶然見つけました。
http://www9.wind.ne.jp/chihiro-t/royal/Italy/I_index.htm

37: 世界@名無史さん 02/03/03 15:23
メディチ家+フィレンツェのことがよく描かれた映画とか無いのかなー。
ジュリアーノがパッツィ家に殺されるところとか、サヴォナローラの処刑あたりまで。
見てみたい!と思うのは私だけ??

41: 馬鹿太モン 02/03/05 20:54
そうそう、ロレンツォ豪華王が教皇庁に触手を伸ばしていく過程をどなたかご存知ありませんか?
初めは教皇庁と対立してたんですよね?

42: 世界@名無史さん 02/03/06 05:08
>>41
教皇庁との関係はロレンツォ以前、ジョヴァンニ・ディ・ビッチによって築かれ、大分裂時代のバルダッサレ・コッサの後援から始まります。
コッサは後にヨハネス23世として教皇に即位し、メディチ銀行はその見返りとして教皇庁会計院の総財務管理官に指名され、対教皇庁金融で莫大な利益を上げます。
むしろ最初の関係が良好で、後に険悪になったといったところでしょうか。

ロレンツォの時期、シクストゥス4世が教皇に即位するとネポティズムによる勢力拡大とフィレンツェ利害の衝突で、教皇庁と関係が悪化します。
関係悪化は、有名なパッツィ家によるロレンツォ兄弟暗殺計画へ発展し武力的な全面対決に至りますが、ロレンツォの懸命な外交(教皇勢力ナポリとの和解など)、トルコ軍のイタリア上陸というイタリア内の危機感にも助けられて、フィレンツェと教皇庁の和解が成立します。
シクストゥス4世の死後、ロレンツォはインノケンティウス8世と縁戚関係を結び、ボルジア、スフォルツァなどの有力枢機卿を買収して、次男ジョバンニの為に枢機卿位を得たりしています。

43: 馬鹿太モン 02/03/06 20:15
>>42
ありがとうございます。

>トルコ軍のイタリア上陸というイタリア内の危機感にも助けられて、

この時期のヨーロッパ史には、トルコの影が見え隠れしますね。
イタリアも、トルコの脅威を前提とした歴史だったようですね。

それにしても、「枢機卿」というのは教皇の側近である高位の聖職者でしょうが、ロレンツォの次男ジョバンニというのは、少なくとも本職の聖職者だったんでしょうか?
それともお金と権力でその地位に就いただけだったんでしょうか?

44: 世界@名無史さん 02/03/06 23:33
>>42 じゃないが、基本的には、金と権力。
当時の枢機卿などの、高位の聖職者は各国の実力者の息がかかった人物が得ていた。

当時のメディチはイタリア五大国の一つフィレンツェの実質的な主権者だったから、その代表として法王庁に入ったと考えるといい。

当時の法王庁は、今で言えば国連みたいなものだと言えば判りやすい(かなりの曲解かもしれないが)。
枢機卿と言うのは、言わば安保理理事国の国連大使。
(まあ、一応、枢機卿になるためには、形だけでも聖職者になる必要はあったろうけど)

46: 世界@名無史さん 02/03/07 17:32
>この時期のヨーロッパ史には、トルコの影が見え隠れしますね。
>イタリアも、トルコの脅威を前提とした歴史だったようですね。


征服されてしまったバルカン諸国を除けば、最も脅威受けたのは神聖ローマ帝国なのでしょうけど、イタリア諸国となるとヴェネツィア共和国とナポリ王国、それと法王庁以外は知らぬが半兵衛を決め込んでいたような印象があります。


>少なくとも本職の聖職者だったんでしょうか?

ジョバンニが聖界に入ったのは7歳ですから、一応最初から聖界での出世が志向されていたようです。


>「枢機卿」というのは教皇の側近である高位の聖職者
ローマ法王長の元老院を構成し、法王の最高顧問として政策の決定や遂行に参与する人たち。新しい法王を選出するのも枢機卿団の権限。

キリスト教関係の公式サイトや学術関係のサイトではなく、個人サイトで上記のような記述を見つけました。
これによれば枢機卿は位階ではなく、権限ということになります。
尤も、枢機卿のほとんどは司教などなので、高位の聖職者であることには間違いないようです。

>枢機卿になるためには、形だけでも聖職者になる必要はあったろうけど

そういえば、イタリアの諸都市が自治都市へ移行する以前、都市は司教によって支配されていて、皇帝への忠誠心を尺度に俗人が司教に選出されたこともあったそうです。

47: 馬鹿太モン 02/03/07 20:55
>>44,>>46
ご返答ありがとうございます。

>ジョバンニが聖界に入ったのは7歳ですから、一応最初から聖界での出世が志向されていたようです。

そうですか、じゃあ父親のロレンツォは、かなり早い時期から教皇庁に触手を伸ばそうとしていたんですね。

>これによれば枢機卿は位階ではなく、権限ということになります。


ということは、枢機卿たちは一応はどこかの司教や大司教なのでしょうか?
このスレの主題とだいぶズレてしまうと思いますが、フランスの宮廷などでは枢機卿が政治を行っていたりしましたよね。

48: 世界@名無史さん 02/03/08 19:00
>>47
>かなり早い時期から教皇庁に触手を伸ばそうとしていたんですね。

別にメディチ家に限った話ではなく、他のイタリア君候、エステ家やゴンザーガ家なども一族中から枢機卿を送り込んでいるので、それなりの家門ともなると、結構一般的だったみたいです。

>ということは、枢機卿たちは一応はどこかの司教や大司教なのでしょうか?

ここまで話が及ぶと、教会史などに詳しい方に訊いてみないと何とも。
それでも、ちょっと検索で調べてみましたら、教皇の戴冠式で、新教皇にティアラ(教皇帽)をかぶせるのは、「助祭」の序列にある枢機卿らしく、司教でない枢機卿もいたみたいです。
ただ、現代では枢機卿は皆、司教に叙階されているそうです。

カトリック田園調布教会
http://plaza24.mbn.or.jp/~dfchurch/magazin/sant_d/s_0110.html

>フランスの宮廷などでは枢機卿が政治を行っていたりしましたよね。

といって、真っ先に思い出すのはリシュリューとマザランですね。
教会人は教養人でもあるわけですから、重用される場合が多いみたいですね。

52: 世界@名無史さん 02/03/08 23:41
>>48
>>かなり早い時期から教皇庁に触手を伸ばそうとしていたんですね。

>別にメディチ家に限った話ではなく、他のイタリア君候、エステ家やゴンザーガ家なども一族中から枢機卿を送り込んでいるので、それなりの家門ともなると、結構一般的だったみたいです。


この時代では珍しい、君候国では無かったヴェネツィアなんかからも出身者が枢機卿が出てますよ、だから、単純にパワーバランスや、外交上の様様な理由から、枢機卿になった人は多かったでしょう。

ロレンルォの次男ジョバンニ(ルターに弾劾された教皇レオ10世)の場合は、病気を持っていて長生きしないだろうと思って、教皇にしたら意外に長生きしたと言うのが真相だったと思う。

>>フランスの宮廷などでは枢機卿が政治を行っていたりしましたよね。
>
>といって、真っ先に思い出すのはリシュリューとマザランですね。
>教会人は教養人でもあるわけですから、重用される場合が多いみたいですね。


ルイ12世の側近で、マキャベリと、
「イタリア人は戦争を知らぬ」
「フランス人は政治を知りません」
などとやりあった、ジョルジュ・ダンボワーズも枢機卿です。

51: 世界@名無史さん 02/03/08 23:04
やっぱ金を持ってる者勝ちなんだよ。

53: 世界@名無史さん 02/03/09 09:13
ローマ法王って何で世襲化しなかったんでしょうね?
ローマ法王が枢機卿を任命し、枢機卿がローマ法王を選挙するシステムだと常に自勢力から枢機卿の過半数を任命しておけば、世襲化できると思うのですが。

歴史的に見ると、何代も続けて一勢力から法王が選ばれたことはあんまり無いですね。

54: 馬鹿太モン 02/03/09 21:32
>>53
聖職者は、結婚も禁止されてましたね(今はどうかしりませんが)。
だから世襲は本来不可能なはずです。
まあ実際は、愛人を何人もかこっていた法王もいたようですが。

57: 世界@名無史さん 02/03/09 23:48
>>53
シルベステル2世だったかな? スペインの修道院で育てられた身元不詳の捨て子で、教皇にまでなったのは。
これは相当の例外としても、教会は氏素性が定かでなくても本人の才能次第で出世できたから。
もちろん腐敗している面もあったけどね。

55: 世界@名無史さん 02/03/09 22:05
>54
すみません、世襲は無理ですね。
自分が書きたかったのは、ある一族が常にローマ法王を選出する状況のことです。

例えばアレクサンドロ6世が死んだとき、枢機卿はボルジア家の親戚をはじめスペイン人枢機卿が最大勢力を持ってました。
それでも法王はスペイン派に敵対していたジュリオ2世が選出されました。
大体において前法王派が追い落とされて、対立派閥から法王が選出されたようです。
個人的にそれが不思議なんですよね。

オルシーニやコロンナ等の大貴族が法王位を占有できなかったのは何故だろう。

56: 世界@名無史さん 02/03/09 23:44
>>55
ある一族ではなく、ある勢力が法王庁に影響を及ぼしたと言う意味では、アヴィニヨン捕囚なんてありますね。
それはともかく、ルターやカルヴァンが、なぜ宗教改革を始めたかを考えるとわかりますが、全キリスト教徒の首長である法王が世俗的な権力闘争の対象となるのは、十分すぎるほど批判に対象になりますね。
ルターやカルヴァンは、腐敗した教会は捨てて、神と直結する事を唱えたので、そうした親族主義も十分すぎるほど批判の対象になります。

59: 世界@名無史さん 02/04/13 18:43
「チェーザレボルジアの一生」とかで映画作って欲しい

69: 世界@名無史さん 02/05/08 21:50
ボルジア家もいいけど、メディチ家も映画化されないかなぁ・・・

71: 世界@名無史さん 02/05/20 21:02
っていうか、おまえら。
チェーザレが英語しゃべるのはどうおもいますか?>映画

72: 世界@名無史さん 02/05/21 01:16
嫌です

75: 世界@名無史さん 02/07/19 16:01
イタリアが統一されなかったのはこいつらが無能だったか、あるいは中途半端に有能だったため。

76: 世界@名無史さん 02/07/19 21:26
>>75
統一することのばかばかしさを悟っていたため。

引用元: ・中世イタリアの都市貴族



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