61YoL7kzOAL



1: アヤソフィア大好き 01/10/25 00:20
イスタンブールのセント・ソフィア聖堂。
かつては東方正教の総本山であり、ビザンチン帝国滅亡後はモスクに改築された壮大なドーム構造建築。
あのドーム構造だからこそ、容易にモスクに改築できたのだろう

ところで、なぜユスティニアヌスは、あのようなドーム構造建築をキリスト教の総本山に採用したのだろうか?
キリスト教化以前のローマ帝国ではああした建築は、神殿用の建築としてスタンダードではなかったはず。(例外はパンテオンくらい)

またひるがえって、モスクもなぜ必ずドームが伴う構造をしているのだろうか?

セント・ソフィア聖堂とモスクは、ともに同じの文化圏(ユダヤ?ペルシア?)の建築の影響を受けたのだろうか?
あるいは、セント・ソフィア聖堂は純粋にキリスト教化以前のローマ建築の末裔なのだろうか?
モスクは、イスラム教成立以前から威容を誇っていたビザンチン帝国のドーム建築教会の影響を受けたのだろうか?

どなたか教えて。








2: アヤソフィア大好き 01/10/25 00:25
ラヴェンナのサンヴィターレ聖堂もドーム構造だった。

日本人ツアーガイドが「イスラム教の影響を受け、このような形をしていおります」
とか言ってたけど、サンヴィターレ聖堂出来たのって、イスラム教成立以前じゃん!

本当のことが知りたい!
330px-Basilica_of_San_Vitale,_Ravenna,_Italy


Emilia_Ravenna4_tango7174


3: 世界@名無史さん 01/10/25 01:09
イスラムのアラブ人が勃興して、パレスチナ、エジプト、小アジアに制覇したとき、そこにあったキリスト教の聖堂を真似て、モスクの形はできあがった。
モスクはもともとキリスト教聖堂を元にしている。
そんで、正教会のバシリカ様式の聖堂にドームを載せるのは、ペルシアの影響と言われている。
ラベンナはイタリアの中でもギリシアの影響が大きいからドーム様式だと思われる。

2のガイドはいいかげんだな。

4: アヤソフィア大好き 01/10/25 01:21
おおおお!
ありがとうございます!

>モスクはもともとキリスト教聖堂を元にしている

なんて刺激的な話だ。
セント・ソフィアとモスクが似ているのは当然だったのか。


>正教会のバシリカ様式の聖堂にドームを載せるのは、ペルシアの影響と言われている

正教に影響を与えたペルシア建築の実例って残ってますか?
残っているなら是非みたい。

それにしても、ペルシアに影響を受けてセント・ソフィアのデザインが出来上がったのだとしたら、東ローマ帝国って本当にオリエント文明まみれだったってことですよね。
キリスト教だってオリエント宗教。聖堂デザインもオリエント起源。

そういや、ヴェネチアのサン・マルコに残されてるビザンチン帝国からの分捕り品見たら、ペルシア製の水差しとビザンチン製の水差しのデザインがそっくりだったなあ。

26: # 01/10/25 20:08
>>3
ペルシアの影響って?メソポタミアまでさかのぼれば考えられるけどペルシアの影響ではないと思いますが。
ギリシアの影響はかなりあると思いますよ。
アトレウスの宝庫とか。
Treasure_of_Atreus


アトレウスの宝庫
またはアガメムノンの墓はギリシャのミケーネにある蜂窩状墳墓で、紀元前1250年ごろに建設された。入り口の上にあるまぐさ石は120トンの重量がある。墓として使われていた期間は不明。

5: 世界@名無史さん 01/10/25 01:32
東ローマとペルシアとは長年、戦争しあった仲。
戦争こそ最高の交流・・・だと思うけど、どうかな。

6: アヤソフィア大好き 01/10/25 01:39
>戦争こそ最高の交流・・・だと思うけど、どうかな。

そうかもしれないっすね。

そういえば、聖像禁止令の後、セント・ソフィアに描かれたモザイク絵画の中には、皇帝がイエスの前で土下座のようにひれ伏している構図のものがありますよね。
あれって、ムスリムのアッラーへの祈りとそっくりじゃん、って思いました。
ビザンチンとイスラム圏もずっと戦いつづけた仲だから、似てきたのかもしれないっすね。
5835012920_c6c5cbc486_b


7: 世界@名無史さん 01/10/25 01:52
うーむ、正教会では聖体機密の聖変化のときにみんな平伏すねぇ。
おおもとはオリエントの流儀で源流は同じなのかもね。
そういえば、聖像禁止令はイスラムの影響だったんだよなぁ・・

8: 世界@名無史さん 01/10/25 01:58
ペルシア建築はイスラム時代にかなり変質したと思うから、そのまんまでは残ってないんじゃないかなぁ。
像を書いたり造ったりするのを公には禁止したお国柄になってしまったから。
せいぜい、ペルセポリスの廃墟やダリウスの墓とかが残ってるくらいじゃない?
でも、ドーム建築はペルシアが最初と、ものの本に書いてあったから、
(古代)ペルシア>東ローマ>アラブ>(イスラム)ペルシア
巡り巡ってモスクとしてペルシアに帰っているのは、面白いと思う。

9: アヤソフィア大好き 01/10/25 02:21
>(古代)ペルシア>東ローマ>アラブ>(イスラム)ペルシア
>巡り巡ってモスクとしてペルシアに帰っているのは、面白いと思う

同意。
面白い。

しかし、どこかにイスラム化以前のペルシアのドーム建築残っていないかなあ。

14: 世界@名無史さん 01/10/25 03:31
>>9
ササン朝のクテシフォンの宮殿は…ヴォールト(奥行きのあるアーチ)だし。

古いドームといえばローマ帝国のパンテオン。
1280px-Pantheon_Front

15: アヤソフィア大好き 01/10/25 04:16
>ササン朝のクテシフォンの宮殿は…ヴォールト(奥行きのあるアーチ)だし

うお、貴重な情報だ!
それは残っているのですか?


>古いドームといえばローマ帝国のパンテオン。

パンテオンも見てきました。
でも、あのタイプの建築って、キリスト教化以前のローマでは主流ではなかったですよね。
パンテオンの存在は、ローマが伝統的な建築技法だけで大きなドームを作れたことの証拠ではあると思うのですが、あれがセント・ソフィアのデザインのもとになったかと言えば、それは違うかなあ、と。

31: 世界@名無史さん 01/10/26 00:11
>>15,>>16
クテシフォンの宮殿
http://www.ne.jp/asahi/hikyo/yamaya/
http://www.ne.jp/asahi/hikyo/yamaya/iraqm.htmlに。
高さ37m、幅100mだそう。現状ではレンガ剥き出し状態。2XX年代。
http://www.iles.umn.edu/Faculty/Bashiri/Sassanian/Sassan.html
に古い写真がある。どっかで洪水で一部崩れたという記述を見た覚えがあるが、なるほどちょと様子が違う。

ヴォールトはローマの大浴場とかもあるが、ドームとなると何があったかな。

32: アヤソフィア大好き 01/10/26 00:31
>31

ありがとうございます。

ドームって、キリスト教化以前のローマでは、ワンノブゼムの建築様式なのに、キリスト教化以降、突如ローマを席巻しますよね。
ローマっていうか、ビザンチン帝国の方だけど。
その突然ぶりが私にはとてもミステリアスに思えて、興味がつきません
33: # 01/10/26 01:44
ビザンツは西ローマより偶像崇拝禁止の運動が徹底してたからじゃない?わからんけど。

34: アヤソフィア大好き 01/10/26 09:06
>33 

いや、アヤソフィア建造は、偶像崇拝禁止以前のことです。しかも、偶像禁止令の原因となったイスラム教の成立以前でもあります。 
『イスラムの影響』というわけにはいかないんです。 

イスラム教化以前のオリエント文化の影響ならわかるのですが。 
それでも、東方の文化の影響が、国教の総本山のデザインにまで影響を与えてしまう点が興味深いんですよ

35: 33 01/10/26 23:53
ほんとだ。537年竣工かー。 
じゃあ、宗教的な意味では?ドームにはキリストや預言者の絵が描いてあるよね。あれはパンテオンのオルクスのように神に通じる空間ってことかも。ぜんぶ創造で根拠ないけど・・・

36: 33 01/10/27 01:23
続きだけど。 
40もの窓がドームに空けられているのはそこから入る多くの光が床の大理石や壁のモザイクと反射して>34で言っている空間を作りだしてるのかも。だからキリスト教化以降に増えてるかもね。 
ながくてすいません。

18: 世界@名無史さん 01/10/25 06:06
中公新書の羽田正『モスクが語るイスラム史』を昔読んだんだけど詳しいこと忘れてな…。

記憶で書くと、トルコの大ドーム建築はビザンツの影響だよ。
イスタンブールのスレイマニエ・モスクとか、ブルー・モスクなんてドームで有名だけど、あれはみんなアヤソフィヤの模倣。
中東のあちこちでドームが見られるのは、オスマン支配時代に新しく作られたから。
(例:エルサレムの岩のドーム)

そもそも、イスラム世界のモスクはみなドームというわけではなく、アラブ世界のモスクは回廊式の地味なものが多い。
(例:メッカのカーバ神殿と附属モスク)
建築技術が発展した後は礼拝のために広い空間が持てる多柱様式が好まれた。
(例:セビリヤのメスキータ)
その中で残るドームはローマの神殿や教会から始まった。
(例:ダマスカスのウマイヤ・モスク)
ドームを利用して天井を支える形式は、ペルシアの影響を受けて東方で発展した。
(例:イスファハーンのシャー・モスク)
ペルシア経由でやってきたトルコ人は、アルメニア文化などの影響も受けて、ドームをたくさん連ねて広い空間の天井を支える独特のモスクを作った。
(例:ブルサの緑のモスク)
そういう伝統がビザンツの伝統と結びついたのがトルコの大ドームであるらしい。

19: アヤソフィア大好き 01/10/25 11:12
岩のドームって、オスマン・トルコ支配下で作られたものだったのですか?
7世紀くらいに作られたような気がしたのですが。それとも、今の形はオスマン・トルコ支配下で再建されて出来たのかな?

21: 18 01/10/25 13:52
>>19
「岩のドーム」はご指摘の通り7世紀末にウマイヤ朝によって建造されました。
しかし、現在の美々しい壁やドームは、オスマン朝時代に補修されたものです。

22: アヤソフィア大好き 01/10/25 14:23
そのウマイヤ朝建造時の「岩のドーム」(という名前だったのか?)は、やはりドーム型なんですかね?

28: 18 01/10/25 22:40
>>22
>そのウマイヤ朝建造時の「岩のドーム」(という名前だったのか?)は、やはりドーム型なんですかね?

そーいえばどうなんだろ。
知りませんねぇ。
(少なくとも現在の)正式なアラビア語名は「マスジド・アルクッバ・アッサフラ」、
すなわち「岩のドームのモスク」らしいです。


41: 世界@名無史さん 01/10/30 00:27
オレ、建築史を学び始めたところ。
教科書によると、ローマのパンテオンは円柱+ドーム。
アヤ・ソフィアは正方形に外接する円の上に立つドーム。
どうも、基本設計が違うようだ。教科書には「オリエントの建築技術を総合し」とあるが、よくわからない。
建築家はトラレスのアンテミウスとミレトスのイシドロス。
ドームの直径33メートル、床からの高さ55メートル。でかい。
これで、技法が完成してしまい、その後の発展はないとある。

42:   01/10/30 00:33
ヴェネチアもビザンチン様式だよね。

43: 世界@名無史さん 01/10/30 01:00
サン・マルコ寺院のことでしょ。
中期ビザンチン建築の傑作だそうだよ。
この建物は8mドーム5個を十字に配している。
後期になると、さらにドームは小さくなり、高いドラム(円柱)の上部に立つ採光塔になりさがってしまうとのこと。

1024px-Venedig_Basilika


サン・マルコ寺院は、福音記者マルコにささげられた、イタリアのヴェネト州の州都ヴェネツィアで最も有名な大聖堂である。

828年にヴェネツィア商人がアッバース朝のアレキサンドリアから聖マルコの聖遺物(遺骸)を盗んできたことを記念して建てられたが、恒久的なものではなく、832年にこの建物は現在の場所に建てられた新しい教会に取って代わられた。この聖堂は976年の暴動により消失し、978年に再建されたが、現在の聖堂の基礎になっているのは、その後さらに再建されたもので、総督ドメニコ・コンタリーニが1063年頃に起工し、総督ヴィターレ・ファリエルが1090年代完成させたものである。その後900年にわたって建て増しされ、幾度となく改修を受けている。

47: 世界@名無史さん 01/10/30 02:09
>43
あれは内部から見るとビザンツ/トルコ風ドームだが外部から見るとちょっと違う(2重ドームなので)。

44: アヤソフィア大好き 01/10/30 01:26
>教科書によると、ローマのパンテオンは円柱+ドーム。
>アヤ・ソフィアは正方形に外接する円の上に立つドーム。
>どうも、基本設計が違うようだ。教科書には「オリエントの

これまた貴重な情報だ。
アヤ・ソフィアは、純粋にはパンテオンの後輩という訳ではないんですね。
同じ旅行で、パンテオンとアヤ・ソフィアのどちらにも訪れましたが、やっぱり、印象は違いました。
まあ、素人意見なので、印象の違いというもの、単にパンテオンのてっぺんの穴のせいだった気もしますが・・・


>教科書には「オリエントの建築技術を総合し」とあるが、よくわからない。

やはり、ここの解明ですよね。
いずれにせよ、当時としては斬新な設計だったのかな?


>サン・マルコ寺院のことでしょ。

見てきたっす。
アヤソフィアと同じ暗さの中に、ラヴェンナと同じ雰囲気のモザイクがある、という感じでした。
聖像禁止令以前のアヤ・ソフィアもああいうモザイクだったのかなあ。

49: アヤソフィア大好き 01/10/30 02:24
アヤ・ソフィアを目の当たりにすると、これを真似したくなったスルタンの気持ちが少しわかります。

オリエントには、これをキリスト教の教会に採用したいなあ、と末期のローマ人に思わせるようなドーム建築があったのか、それが一番知りたい。

51: アヤソフィア大好き 01/10/31 11:51
図書館で探してみたけれど、アヤ・ソフィアより年代が遡るオリエントのドームって見つからないですね。

53: アヤソフィア大好き 01/11/19 00:06
1です。

いろいろ調べてみましたが、アヤソフィアよりも遡るオリエントのドームは見つかりませんでした。
ヴォールトはドームではない、と考えての結論ですが。

キリスト教化以前のローマ帝国において、浴場、皇帝廟、一部の神殿に使われていたドーム建築が、『教会に向いている』として転用されていった結果、アヤソフィアの大ドームが誕生したと考えるべきなのかな?

引用元: ・ビザンチン教会とモスクはなぜ似てる?