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1: パーニーパットの戦い 02/03/27 13:39
城砦、城塞都市なんでも可で。
知ってる限りの名城をマターリ語るべョ。

取り敢えず、難攻不落を謳われた城・・・
十字軍時代のクラク・デ・シュバリエ
ビザンツ帝国末期のコンスタンティノープル








16: 世界@名無史さん 02/03/27 20:31
シャトー・ガイヤール。
パリとルーアン(ノルマンディーの首府)の中間にリチャード獅子心王が国費と築城術の粋を注ぎ込んで建てた名城。
ジョン王が増援をさぼったので、わりとあっさりフィリップ尊厳王の手におちましたが。
1024px-Chato_base10


17: 世界@名無史さん 02/03/27 21:00
城はフランス語では女性名詞。だからリチャード獅子心王もシャトー・ガイヤールができあがったとき
「彼女はなんと美しいことだろう」
と叫んだ。
そういえば恋愛でも女性を「陥落させる」「落とす」というな・・・

25: 世界@名無史さん 02/03/28 00:42
シャトー・ラトゥール…ワインのパッケージに書かれたシャトーは100年戦争で破壊され現存していない。だが名前は残っている。
270px-Latour94_1

26: 世界@名無史さん 02/03/28 01:20
塩婆の「ロードス島攻防記」に出てくる要塞どうよ
城じゃないっけ?

37: 世界@名無史さん 02/03/28 19:39
ロードス島のヨハネ騎士団の館。
1522年、10万のオスマン帝国軍に対し、2100人で抗戦。
6ヶ月の激闘ののち陥落。

27: リトル愚礼@ロズウェル逝きます! 02/03/28 01:59
>>26
立派な城ですよ。
オスマン10万の攻撃に持ちこたえた城。
塩婆の本によれば、開城した理由は弾薬が底をついたから。
だか、食料はまだたっぷりあったとありました。
のちにその時の教訓を生かして聖騎士団が建てたのがマルタの城塞。
これはついに落とされることがなかったなあ。

個人的には熊本城をアップ。
数が少なかったとはいえ、近代火器の攻撃に持ちこたえた中世の城はこれくらいでは?
西郷隆盛曰く
「加藤清正と戦っているようなもんだ、勝てるわけがない」
戦国時代を中世に入れていい物かどうかは、なんとも言えませんが。


39: 世界@名無史さん 02/03/28 19:55
>>27
うん、熊本城は確かに凄い。小・中学生が旅行で行くと必ず石垣に登ろうとして挫折する(笑
柑橘類や梅、イチョウといった、実が食べられる木があちこちに植えてあり、井戸の数も多い。
もし戦国時代に持久戦やってたら相当持ったんじゃないかな?

42: パーニーパットの戦い 02/03/28 21:36
>>39
加藤清正が建築させた天下の名城スね。西南の役で燃えたんだっけ?

28: 世界@名無史さん 02/03/28 10:25
マリーエンブルク(Marienburg)城。
ドイツ騎士団の本拠。
同騎士団による北方十字軍は、西欧の先端的な築城術をその戦略の要としていたが、13世紀にウィスワ川流域(ダンツィヒのちょい南)に建てられたこの城はその代表例である。

1410年のタンネンベルクでの壊滅的な敗戦後、ポーランド軍の数ヶ月に及ぶ攻囲に耐え抜いたことによって、皮肉にもその堅固さが証明された。
Panorama_of_Malbork_Castle,_part_4

29: 世界@名無史さん 02/03/28 10:36
マイセン城。
最初に築いたのはザクセン公ハインリヒ1世。
オットー大帝が辺境伯を駐在させて東の辺境の守りにした。
日本でいえば鎮守府多賀城。

35: パーニーパットの戦い 02/03/28 19:31
南宋の襄陽。
元軍の攻囲に6年もの月日を耐えぬいた堅城。
ここを攻略されて南宋は命脈を断たれたようなもんだ。

34: アマノウヅメ 02/03/28 17:34
姫路城。まだ出てないんですか。

外国だったら、実物は見たこと無いけどフランスのクーシー城。
廃墟になってたけど、現在は復元されているそうです。
図面で見ると、中世の城の理想形。

40: 世界@名無史さん 02/03/28 20:04
硫黄島

41: 世界@名無史さん 02/03/28 20:19
>>40
アメリカ軍が史上もっとも苦戦し、最大の損害を蒙った激戦地。
ワシントンには擂鉢山に星条旗を立てる海兵隊員の銅像がある。
名将栗林中将はアメリカでも評価が高い。

44: 世界@名無史さん 02/03/28 23:00
コンスタンティノープル。
守れるだけの兵力があれば、まさに難攻不落でしょう。
1920px-Bizansist_touchup

50: 世界@名無史さん 02/03/29 13:46
小田原城がないな。

53: 世界@名無史さん 02/03/29 17:15
>>50
小田原城ってそんなに名城なん?

54: 世界@名無史さん 02/03/29 17:38
>>53
小田原評定で落城した小田原城が有名になってるけど、ほんとは難攻不落の名城なのです

52: 世界@名無史さん 02/03/29 16:55
フランスのモンサンミッシェル
修道院と思われてるが実は100年戦争でノルマンディーにおける拠点として大活躍
1280px-Mont_St_Michel_3,_Brittany,_France_-_July_2011

55: 世界@名無史さん 02/03/29 18:09
13世紀のシチリア王フリードリヒ2世(ドイツの王様も兼ねてるのでこの名前で通っている)が南イタリアに作ったカステル・デル・モンテというのはどう?
何のための建物なのか良く分からないけど、八角形の珍しい建物。
世界遺産にもなっている。
1024px-Castel_del_Monte_BW_2016-10-14_12-26-11_r

57: パーニーパットの戦い 02/03/29 19:58
>>55
確か教皇の十字軍出征要請に渋々応じたフリードリヒ2世がイスラム軍の反撃に備えて南伊にいっぱい造らせた城のうちの一つ。
まぁ、イスラム軍は攻めて来なかったけど・・・
59: 愚礼@倍南 02/03/30 01:45
>>57 
「世界遺産」の解説書には談合でエルサレム奪還した後にムスリムの攻撃に備えて作ったものとあったが? 
バーバリ海賊はこの時代からいたのかねえ? 

64: パーニーパットの戦い 02/03/31 00:26
>>59 
確かめてみたら・・・ 
第五回十字軍による成果を挙げた後に造らせた城だと分かりました 
訂正サンクスっす

58: 世界@名無史さん 02/03/29 20:14
>>57
その時期のムスリムに海を渡ってイタリアまで攻め込むほど力があったとはとうてい思えないよなぁ。
同時代人のフリードリヒの認識は違ったのかもしれないけど。

59: 愚礼@倍南 02/03/30 01:45
>>58
1000年ごろまでは、チュニジアあたりから、サラセン人が大挙して押し寄せたみたいですがこの頃はシチリアの宮廷に年貢納めていたみたいだから駄目かモナー


60: 世界@名無史さん 02/03/30 04:10
ローテンブルグなんてどうですか?
ブルグだから城と解釈してもよさそうだが。

98: 世界@名無史さん 02/04/05 12:48
>>60
なんとかブルク(ブール)は、城というより町。
城壁に囲まれていたからでしょう。
ちなみに、ブルジョワ(ドイツ語ではビュルガー)ということばはそこから来てるんじゃなかったっけ?

111: 世界@名無史さん 02/04/07 23:00
>>98
訳すとするなら城市(城壁都市)だね。
バラ、ブール、ブルク、グラード(ゴロド)の類ね。

62: 世界@名無史さん 02/03/30 11:58
シュトラスブルク(ストラスブール)は城塞都市として素晴らしいものだったと思う。

65: 世界@名無史さん 02/03/31 01:59
ロシュ(Loches)城。
10世紀にアンジュー伯フルク5世・フルク・ネラ(Fulk Nerra)によって南トゥレーヌに建てられる。
後の大アンジュー興隆の基礎を作り上げたフルク・ネラは、また、精緻な城塞システムの構築という戦略的手法を中世史上初めて用いた人物の一人でもあった。
この城は、彼がロワール中流域に築いたそうした支城群の代表例である。

なお、ロシュ城は、イタリア戦争によって失墜したミラノ公ルドヴィーコ・イル・モーロが幽閉され晩年を送った場所としても知られる。

67: 世界@名無史さん 02/03/31 09:26
イスラエルの城塞マサダだろ!

69: 世界@名無史さん 02/03/31 11:37
カステロ・サンタンジェロ。
攻める者はもれなく破門状を貰えます。
たまには天罰も下ります。
1280px-RomaCastelSantAngelo-2

70: Cavabien 02/03/31 11:56
カタリ派最後の牙城、モンセギュール。
グノーシス思想・ボゴミリ派・マニ教・ゾロアスター教などの二元論思想を土台に発展し南仏ラングドックに広く勢力を張ったカタリ派が、その勢力の増大に危機感を覚えたローマ法皇が派遣したいわゆる『アルビジョワ十字軍』の攻撃に追い詰められて最後に篭城した山岳城砦。
頑強に信仰を守ったカタリ派の人々はこの城砦で半年間持ちこたえ、その内陥落後も棄教しなかった200人は火刑に処せられた。
Montsegur_(1)

72: ☆キュストリン☆ 02/03/31 18:19
ブレスト・リトフスク要塞
ナチスのバルバロッサ作戦により陥落したものの、とにかく頑強に抵抗しつづけた。ソビエト史に欠かせない。

78: パーニーパットの戦い 02/03/31 23:16
ルーマニアのビエルタンにある要塞教会
15~17世紀、対トルコ戦に備えて城壁を強化増築を繰り返した。
しかしトルコ軍が攻めてくる事はなく堅固振りは不明だが、その防衛増築の事実がキリスト世界とイスラム世界の関係史を物語る貴重な城砦
世界遺産に指定されているとの事

ケーセグにある要塞修道院はモンゴル軍やトルコ軍に攻囲されたが耐え抜いた
東欧にはこのような要塞化した教会や修道院がけっこうあるみたい
Biertan_IMG_5597



79: 世界@名無史さん 02/04/01 00:29
パヴィア(Pavia)。
ロンバルディア平原のど真ん中、ポー川とティチーノ川の合流点に位置する交通の要衝であり、南を河川と沼沢地に守られた要害でもあった。
この城塞都市は世界史的に次のような攻囲に関係した。

1.476年:オレステス(守備・×)vsオドアケル(攻囲・○)
勝利者オドアケルはオレステスを処刑、彼の息子・皇帝ロムルス・アウグストゥスを追放。
いわゆる、西ローマの滅亡である。

2.773年:ランゴバルド王デシデリウス(守備・×)vsシャルルマーニュ(攻囲・○)
シャルルマーニュは教皇の要請により出兵、ランゴバルド王国は崩壊した。
彼はランゴバルト王をも兼ねることになるが、以上の事情は800年の戴冠を導くことになる。

3.1525年:皇帝軍・ナポリ副王(守備+援軍・○)vs仏軍・フランソワ1世(攻囲・×)
攻囲中の仏軍が皇帝軍の後詰めに破られ、フランソワ1世は捕虜に。
この戦勝が、この後30年続くイタリア戦争でのハプスブルクの最終的な勝利、引いては半島でのスペインの覇権確立に大きな影響を与えたことは言うまでもない。

この都市が「名城」かどうかはよくわかりませんが、オイシイ逸話を持っていることは以上の通りです。

ガイシュツで「城は女だ」と喝破した具眼の士がいらっしゃいましたが、どっちもすぐ「落ちる」のは論外だし、一方、難攻不落なのは尊敬に値しますが、全然「言い寄られない(=攻められない)」のも寂しいよなあ。
イングランドなんかにはわりとそおいう城は多い・・・ 
1024px-Joachim_Patinir_009

80: 世界@名無史さん 02/04/01 20:08
ヴュルツブルクのマリエンベルク城砦。
ドイツ農民戦争のとき、大挙して押し寄せる農民軍の攻撃を食い止めた。
周囲1.5キロにおよぶ長い城壁をめぐらせ、十分な大砲を持たない農民軍にとっては大変な要害だった。

81: 日本@名無史さん 02/04/01 20:29

万里の長城

82: パーニーパットの戦い 02/04/01 21:24
>>81
居庸関に行った時、ホントにデカいなと感じたよ。
山の端に果てしなく続いてて、それ見て素直に感動した。
詰所・見張り台を六つ分くらいダッシュしたけど、ただただ激しく疲れて、なんとなく「あぁ長城だわな」と実感した。

84: 世界@名無史さん 02/04/01 22:01
とりあえずアラムート
ほかにもいろいろあるけどな

87: 世界@名無史さん 02/04/01 22:36
>>84
今まで出なかったのが不思議だね。
ほかにはゲルドクーってのもあったっけ?

91: パーニーパットの戦い 02/04/01 23:25
>>87
アラムートっていえばフラグによるモンゴル西征軍が攻略した城砦。
麻薬と信仰による強力な暗殺者を生み出したイスマイール派の居城として、カスピ海南岸一帯に支配力を持っていた。
当然、シルクロードなどの東西交易に影響力を与えていた。
マルコ=ポーロが支配者の教主を『山の老人』と紹介している。

俺も推そうかと思ってたョ。

86: 山犬 02/04/01 22:18
ザルツブルクの、ホーエンザルツブルク要塞。
中欧最大の要塞です。

叙任権闘争のさなかの1077年に、法王側に立ったザルツブルクの大司教が建設を開始し、代々の大司教が約500年間にわたって増築を行って現在の形になりました。
内部は、現在博物館として利用されているそうです。

ドイツ語の授業で習ったのですが、いっぺん行ってみたいなぁ…。
1280px-Salzburg_Festung1

92: 世界@名無史さん 02/04/02 20:17
ハンガリーのエゲル城市。
1552年、当時のエゲル城主ドボー・イシュトヴァーンが、わずか2000人の兵士を率いてオスマン帝国の大軍を迎え撃った攻防戦で有名。

95: 世界@名無史さん 02/04/03 01:01
ヌフ・ブリザック(ヌフ・ブリザッシュ?)(Neuf-Brisach, Neuf-Breisach)

城塞、といえば17世紀フランスのヴォーバン。
彼は攻城戦の達人でもありましたが、築城に関しても弘法大師級の活躍を見せています。
(当時のフランスの著名な要塞にはほとんど何らかの形で関わっているように見える 。>>62氏のあげるストラスブールなど。)
そして彼の代表作にして最高傑作と普通見なされているのが、アルザスにあるこの要塞都市です。
(ストラスブールとバーゼルの中間。ライン左岸にあって対岸のAlt-Breisachに対面している。アルザスだからBrisachが仏語、Breisachが独語のような気がするが・・・推測。)

なぜこれが代表作ということになっているかというと、この要塞はヴォーバンの「第三方式」という築城術が唯一適用された例だからだそうです。
(どこらへんが技術的に違っているのか、というと自分にはよくわからん。まあ、大変複雑な幾何学模様な空撮図なわけですが。)

ただし「第三方式」というのは、後継者がヴォーバンの築城術の変遷を「進化」と捉えて、後付けで見いだした原理ですから、最晩年のこの城が「第三方式」の唯一の具現化であり、彼の最高傑作である、という結論になるのは当然のことと言えるでしょう。
(シェイクスピアの最高傑作が「テンペスト」になるのと同じ理屈。)
Neuf-Brisach_007_850

97: 02/04/03 20:32
韓国の水原城。
李氏朝鮮の城塞建築の粋を極めたと言われる城。

Hwaseong2


99: 世界@名無史さん 02/04/05 12:49
「北のジブラルタル」ルクセンブルクを入れてもいいですか?

100: 世界@名無史さん 02/04/05 21:16
>>99
ルクセンブルクには全長22キロのカズマット(地下道要塞)が巡らされています。
要所要所には大砲が設置されていました。

102: 世界@名無史さん 02/04/05 21:56
ワルトブルク城
1024px-Wartburg_Eisenach_DSCN3512

104: 世界@名無史さん 02/04/06 10:15
>>102
ルターが聖書のドイツ語訳をしたところですよね。
紀元1000年ごろ、シャウエンブルク伯ルートヴィヒがヘッセンからテューリンゲンに通じる街道を押さえるために築城したのがその起源。
中世には宮廷詩人たちがこの城の広間に集まって歌合戦を行ったので、ワーグナーの『タンホイザー』のモデルになった。

103: 世界@名無史さん 02/04/05 22:28
アビラの城壁も凄かったよ。
マドリッドからサラマンカへ鉄道でぬける中間点あたりですが、今も現存しています。


1280px-Ávila_24-8-2002


アビラは、スペイン・カスティーリャ・イ・レオン州アビラ県のムニシピオ(基礎自治体)。アビラ県の県都である。首都マドリードからは直線距離で西北西に約87kmの位置にある。「城壁と聖人の町」の別称で知られる。

714年にイスラム教徒の占領下に置かれるが、1085年にカスティーリャ=レオン王アルフォンソ6世によって奪還される。アルフォンソ6世によって町が奪還された後、アルフォンソ6世の娘婿ラモン・デ・ボルゴーニャの命令によって市街地を取り囲む城壁が建設された。


106: 世界@名無史さん 02/04/06 12:42
バイエルン公の居城があったインゴルシュタットはいかがかな?
都市を城壁が覆い、城2ヶ所を擁する。都市には3ヶ所の軍駐屯地が設置され、外周にはカポニエール構造の要塞と堀が設けられていた。不敗の名将ティリー伯の部隊駐屯地であった。現在はアウディの拠点…

107: 世界@名無史さん 02/04/07 17:10
ミラノのスフォルツェスコ城。
14世紀に権勢を振るったヴィスコンティ家の居城を、15世紀半ばにスフォルツァ家が改築。
四隅の櫓を一辺200メートルの城壁が繋いでいる。
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113: 世界@名無史さん 02/04/08 15:21
ヴェネチアってのはアリ? 
干潟が城壁ってことで

114: 世界@名無史さん 02/04/08 19:37
フェラーラのエステンセ城。
エステ家の公爵ニコロ2世によって1385年に着工。
ニコロ三世の妻が継子との不倫の罪で処刑前に監禁された牢獄がある。
当初は軍用だったが、ルネサンス時代には華麗な宮廷生活も繰り広げられた。

127: 世界@名無史さん 02/04/18 22:04
城塞都市といえば
ウィーンなんかも推してみたくなる

128: パーニーパットの戦い 02/04/18 22:49
>>127
ウィーン包囲の他にモンゴル軍との関係でも有名だしね

134: パーニーパットの戦い 02/04/20 02:50
ハドリアヌスの長城 
ハドリアヌスが122年から126年にかけて築かせた全長118kmの防壁で連合王国の成立までイングランドが対スコットランドとして利用してた。
万里の長城における居庸関や山海関みたいな役割の城塞例としてはノルマン朝時代に建造されたカーライル城がある。
1280px-Hadrian's_Wall_west_of_Housesteads_3

135: パーニーパットの戦い 02/04/20 03:01
イギリスからもう一つ。
現代においても重要な役割を持つ城がウェールズのカーナーフォン城。
エドワード1世が建造させた支配圏確立の為の城の一つだが、代々のプリンスオブウェールズの即位式はここで執り行われている。

ちなみにエドワード1世は攻城兵器の開発でも有名で、有効射程200m近い大投石器を造らせて幾つもの城を破壊したという…。
1280px-Caernarfon_Castle_1994

144: 世界@名無史さん 02/04/22 18:14
千里長城
(高句麗・高麗の時、国境に築かれた)


162: 世界@名無史さん 02/05/28 01:26
コンスタンチノープルのテオドシウスの城壁。

すごく有名だし、実際歴史上に果たした役割はとんでもなく大きいけど、実際に見に行くと、うすっぺらで、高さもたいしたことないように感じてしまった。
パザルテッケ付近からカリエ・ジャミまでずっと城壁に沿って歩いたから、保存状態がいい所、悪い所、どちらも見たんだけどね。
むしろ、ローマを蛮族から守れなかったアウレリアヌスの城壁の方が見事に見えたなあ。

そんな感想の人、他にいない?

166: 世界@名無史さん 02/05/30 20:44
>>162
そうかなあ。
部分的にはいうほどでもないと思うところもあったけど,壁塔は巨大だし,復元されて3重になってるところは厚さも高さも結構あったように思ったが。(きれいすぎて重量感は感じなかったけど)
トプカピのオトガルから遠景でみえたところなんかかなりの存在感を感じた。
アウレリアヌスの城壁も存在感あるけど,周りが建て込んでてたいがい見通しが悪い。それに3重じゃないし。
テオドシウス城壁のほうが平地に延々と延びてる&塔屹立感があったと思うけど?

163: 世界@名無史さん 02/05/28 01:31
アテネのアクロポリス。

小さい方の劇場側から見ると、山城!って感じだった。
実際、聖地兼山城だったんだよね。

177: 世界@名無史さん 02/08/30 02:54
スコットランドのアイリーン・ドナン城
映画「ハイランダー」の冒頭で使われた城です。
ハイランド特有の荒涼たる風景の中、湖の中に聳える姿が非常にいい!!

182: ウチナーンチュ 02/10/09 18:47
おいらはやぱり、首里城が一番やっさー

30: 世界@名無史さん 02/03/28 13:25
シンデレラ城(Cinderella Castle)
ディズニーが日本に建設した自治領ディズニーラントの居城。
当時としては極めて珍しい新古典主義のゴシック風建築。

年間およそ3000万人の攻勢に対して不落を保つ難攻の地に、偉容を誇った。

31: パーニーパットの戦い 02/03/28 15:01
>>30
ワラタ

引用元: ・★★世界史上に輝く名城を語るスレ★★



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