1: 首都圏の虎 ★ 2019/12/31(火) 11:42:32.57 ID:IK9esy3c9
いまや社会問題となっている日本人の「未婚化」。20年後には、なんと人口の約半分が独身者になるそう。著書『結婚滅亡』で知られる「独身生活者研究」の第一人者、荒川和久氏によれば、離婚率もまた高い状態を推移しているという。「3組に1組が離婚する」と言われる昨今、いったい何が離婚の原因になっているのか? 豊富なデータとともに解説する。

(略)

「男女対等」だった江戸社会

皆さんは誤解していますが、日本は元々離婚大国でした。明治以降の長期の離婚率の推移を見ればわかる通り、江戸時代から明治の初期にかけては、特殊離婚率は4割近く、普通離婚率も1883年時点で3.4もありました。江戸時代には4.8を記録した村もあり、現代の感覚で見れば日本は離婚大国だったといえるでしょう。

江戸時代、離婚が多かったことは、享保15(1730)年の史料に「世上に再縁は多く御座候」という記述があったり、土佐藩には「7回以上離婚することは許さない」という禁止令があったことからも想像できます。

 禁止令が出るということは、実際にはそれ以上の離婚があったという何よりの証拠です。

 当時、世界トップレベルの離婚を減少させたのが、「国家的な結婚保護政策」だったといえる明治民法です。

 そもそも江戸時代から明治初期まで庶民に離婚が多かったのは、日本人が浮気性だったからではなく、夫婦が経済的にも精神的にも互いに自立していたパートナー関係だったからです。「江戸時代なんて男尊女卑社会で、女たちは苦しめられたはず」という誤解をしている人も多いですが、そんなことはありません。

 離縁状の俗称で、「三行半(みくだりはん)」という言葉があります。

 この「三行半」は、夫が妻に対して勝手に突き付けるものではありません。江戸時代でも、離婚は双方の承諾がなければできませんでした。夫だけにその権利があったわけではないのです。

 また、三行半は「離縁証明書」でもあるとともに、「再婚許可証」でもありました。江戸時代とて、重婚や不倫は罪に問われます。だからこそ、離縁したのであれば、その証拠がないと再婚ができません。

 夫から妻に出すのが離縁状たる「三行半」で、それを受けて「離縁状返り一札」なるものを妻から提出します。これにてめでたく(? )2人の離婚が成立となり、その後は互いに自由に再婚することができます。

 金を稼がない旦那に愛想をつかして、妻から旦那に「三行半」を要請する話や、旦那の親の介護に嫌気がさしてという例もあり、妻からの離婚申し立てや役所への訴えた事例などたくさんあります。現代とまるで変わっていないのです

12/31(火) 11:01配信  全文はソース元で
現代ビジネス
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191231-00069239-gendaibiz-life








2: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:43:12.03 ID:+Hap3fgf0
駆け込み寺

10: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:47:44.70 ID:ArS50J+T0
未婚も多かった

35: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:57:24.18 ID:zJl6EpKX0
>>10
寝取り寝取られ未婚の母もたくさん
日本を訪れた外国人が「あまりの性の奔放さに驚いた」という記録(日記)が残っているからね

46: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 12:00:47.85 ID:UrTZPnio0
>>10
そらそうだ江戸なんて男余りが異常だったし

13: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:49:31.98 ID:jTA3G9fF0
三下り半がないと再婚できないから、結婚前に書かせたりしてね

14: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:51:07.66 ID:RYq61tPW0
江戸時代の江戸に限っては夫のほうが権利が強い
夫から一方的に離縁できるし自分の方は拒否できる
妻の方は追い出されたら対抗手段がなく自分から別れるには寺に駆け込むしか無い
三行半が貰えないと再婚も難しい

36: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:57:29.15 ID:A8LF3v890
>>14
江戸の男女比を考えろや
女性の権利が弱いわけないだろが

離婚せずにゴネる夫がいたら、大家だの
棟梁だの巻き込んで騒動の末別れさせられるよ

17: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:52:25.58 ID:0OgII6Rp0
子供産めないと女は速攻で追い出されるからな

108: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 13:32:55.67 ID:rab0CveK0
>>17嫁して三年、子なきは去るは女性差別の最たるものに聞こえるが実は違う
当時は女は30で産めなくなるし、男だっていつまでも種があるわけじゃない
相性が悪くて産まれないカップルもいるし、3年で出来なければ離婚は理にかなっている
妻も夫が自分を妊娠させられないなら堂々と離婚出来たんだよ

29: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:55:48.45 ID:YxWWCOUV0
養子を取って後継がせるのも現代より簡単

30: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:56:03.24 ID:PHtNnEi60
まあ男から一方的に離婚決めることができるならそりゃそうなるだろ

80: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 12:37:36.35 ID:KF+OVDi20
>>30
みたいなのは誤解で制度上も七出三不去といって離婚を許さない条件がさだめられていたし、多くは仲人等が出てきた勝手なことはさせなかったし、圧倒的に男性の人数が多い江戸では女性の方が立場は強かった。
そのため三行半を差し出すことを条件に結婚すると言ったこともあった。
現代でもそうだけど江戸時代から日本では合意離婚が圧倒的な多数だった。

31: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:56:24.27 ID:gvNWDTpt0
離婚を前提に結婚したい。

80: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 12:37:36.35 ID:KF+OVDi20
>>31
実はそういった例もあって、妻が三行半(再嫁許諾状)を受け取った上で結婚をするということが江戸時代にあった。
つまり気に食わないことがあったら、いつでも出てゆくからそのつもりでということ。

40: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:58:23.62 ID:FYPVAUxo0
●戦国時代に来日したルイス・フロイス(「ヨーロッパ文化と日本文化」岩波文庫)

「ヨーロッパでは、妻を離別することは、罪悪である上に、最大の不名誉である。
日本では意のままに幾人でも離別する。
妻はそのことによって、名誉も失わないし、また結婚もできる。

ヨーロッパでは、夫が妻を離別するのが普通である。
日本では、しばしば妻が夫を離別する。

ヨーロッパでは娘や処女を閉じ込めておくことはきわめて大事なことで、厳格におこなわれる。
日本では娘たちは両親にことわりもしないで一日でも幾日でも、ひとりで好きな所へ出かける。

ヨーロッパでは妻は夫の許可が無くては、家から出ない。
日本の女性は夫に知らせず、好きな所に行く自由をもっている。」


●戦国時代に来日したアレッサンドロ・ヴァリリャーノ

「離婚は夫妻のいずれにも悪感情は残らない。
離婚をきわめて平静に行なうことは驚くべきことである。
親族間にもなんらの悪感情は残らず、
従前通り相互に訪ね合い交際を続けるのである」


●幕末明治に来日した外国人の記録

「この国では、離婚が珍しくない。
一人の女性が結婚を三回、四回と繰り返すのは当たり前で、
地域によっては、六婚、七婚もある。
離婚をタブー視する風潮もない」

「女性の飲酒や喫煙がこの国ほど自由な国はない。
建前とは裏腹に、女性たちはかなりの実権を
持っている」

「他のアジアの国々では、女達が完全に無知なのに対して、
日本の女達はかなや漢字で読み書きができる」

42: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 11:59:10.98 ID:d+TyFtVS0
戦国時代でも経済的には男女で経済的に自立してたからな
嫁が旦那に金を貸し付けたり
嫁が間男と遊びに行って数日間帰ってこないなんてざらで
宣教師が驚いてた位だからな
明治になってからおかしくなった

57: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 12:08:57.57 ID:1lzychM20
故杉浦日向子色モノ風俗のおしゃべり思い出したわ
若い女房は長屋の共有嫁。、男ども全員が生まれた子供の父親代わりなんで躾が行き届いていた

こどおじなんてバグはなかった世界だったんだろうな

73: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 12:20:34.16 ID:CSZjbGxO0
ヨーロッパでは、財産は夫婦の間で共有である。日本では、各人が自分の分を所有している。
時には妻が夫に高利で貸し付ける。 (宣教師ルイス・フロイス)

財産が別だから離婚もしやすかった

107: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 13:30:03.04 ID:fK8izjv60
都会と田舎で違うんだよな。

・都会:男あまり

・田舎:女あまり

139: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 20:19:31.57 ID:ZKYSwfK+0
江戸時代は離婚したら女もすぐに再婚してた
子供は夫の家に置いてきたから身軽ですぐに次の男に行けたんだな

140: 名無しさん@1周年 2019/12/31(火) 21:01:04.79 ID:HaSDb26a0
妻は跡継ぎを産むことが大事だったから
出産したことのある出戻りが人気

143: 名無しさん@1周年 2020/01/01(水) 13:12:49.29 ID:5lfQcKxS0
昔はすぐ再婚もできたし
後家さんの需要も多かった
結婚は寄ってたかって見合い話を持ってきたから
結婚するのも多かった
ひとり身が長いと病気かと言われたし
いまより肩身が狭かった

146: 名無しさん@1周年 2020/01/01(水) 15:14:57.47 ID:Z1et3BFd0
江戸時代とか性にめっちゃオープンだったらしいからその頃の話をされてもな
貞操観念って概念が日本に浸透したのは明治に入る少し前くらいの話じゃなかったっけ

引用元: ・【昔から】江戸時代から3組に1組が離婚…日本はもともと「離婚大国」だった