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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/03/22(火) 02:10:17.63 ID:4ejMYDhi0
なかったので
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五胡十六国時代

五胡十六国時代(ごこじゅうろっこくじだい)は、中国の時代区分のひとつ。304年の漢(前趙)の興起から、439年の北魏による華北統一までを指す。

五胡十六国は、当時、中国華北に分立興亡した民族・国家の総称である。十六国とは北魏末期の史官・崔鴻が私撰した『十六国春秋』に基づくものであり、実際の国の数は16を超える。後漢末期から北方遊牧民族の北方辺境への移住が進んでいたが、西晋の八王の乱において諸侯がその軍事力を利用したため力をつけ、永嘉の乱でそれを爆発させた。




65: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/03/30(水) 18:23:55.06 ID:IMwoTdHX0
五胡十六国の名将・猛将を挙げてみる。今回は漢(前趙)。名将・猛将を挙げるにあたり、自分の中で基準はあるにはあるが、けっこう主観も入ってしまってる。あとは、これはと思う人物を挙げてもらうとありがたい。 

【漢(前趙)】 
・王弥:飛豹の異名を持つ劉淵の旧友 
劉淵服属前は青州を中心に荒らし回った有名な人物であった。劉淵服属後は周囲勢力の平定、洛陽攻略に功があった。 

・劉曜:千里駒及び神射の異名は伊達じゃない 
対西晋戦線の総指揮官として洛陽、長安を落として西晋の息の根を止める。後趙の石虎を一蹴するなど軍才は文句なし。 

・劉胤:劉曜譲りの軍才の持ち主 
前涼軍に大勝し、その存在を刻みつける。その存在に前涼は前趙に攻め込むのを止めるほど。 

・平先:剛勇を誇る陳安を問題にせず 
陳安との一騎打ちで、彼の得物を弾き飛ばして完勝をおさめる。この一戦で陳安の命運は尽きたも同然となった。 

・遊子遠:文武の才を兼ねた逸材 
前趙成立直後の大規模反乱をわずかな兵で鎮圧し、心服させた。石勒との決戦時に生存していれば、歴史が変わっていたかもしれない。 

・劉岳:前趙の軍事を支える劉曜の従弟 
仇地、前涼戦で活躍する。後趙戦で石佗を斬り、その後は洛陽攻略寸前まで石生軍を追い詰めた。 

・劉霊:乱を望んで、中原を暴れ回る 
暴れ牛を止め、暴れ馬を追い越すほどの豪傑だった。劉淵服属後、石勒と共同して冀州攻略にあたり、漢の北方攻略を担当した。 

・趙染:西晋より降りて、力量を発揮する 
西晋より降り、主に劉曜の麾下で対西晋戦線を戦った。劉曜に献策して、奇襲を仕掛けるなど活躍した。 

・劉翼:劉淵から認められた豪傑 
驍勇で知られ、射術に長じていたため、人々は関羽張飛の再来と呼んでいた。平陽の城門を軽々と越える身体能力の高さで、劉淵から只者でないと高く評価された。

75: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/04/03(日) 09:06:11.13 ID:x/kYeF9g0
五胡十六国の名将・猛将を挙げてみる。今回は後趙。この国の雑多な家臣構成は見てて面白い。人種、境遇、身分と違う者同士を組み合わせ、それで中原を治めた石勒はやはりすごい。そうせざるを得ない環境だったのもあるが。 

【後趙】 
・石勒:死んでなければ負けじゃない。ゾンビ並みの復活力 
多くの敗戦も苦にせず、最後には勝利する。劉曜との洛陽決戦では、終始先手を取って劉曜を捕える大勝をおさめた。 

・石虎:石勒の弟にして、石勒軍のジョーカー 
破った相手は数知れず、切り取った領土は五胡十六国随一。石勒は明確に相手を破りたいときは、必ず彼の軍を動かした。 

・孔萇:石勒の躍進を支えた爪牙 
石勒の勢力拡大に貢献し、段末破を破り、幽州を平らげた。一定以上の結果を残す、計算できる名将。 

・石生:石勒の養子にして、前趙との戦端を開いた攻防に優れる将 
洛陽を前趙に渡さず、逆襲に転じるきっかけを作った。前趙、東晋と戦い、石虎との戦いでも堂々と渡り合った。 

・郭権:石虎に認められた、“ますらお” 
石生とのコンビで石虎軍との戦いを優位に進める。石生死後も、独立して石虎との戦いを継続した。 

・姚弋仲:石虎も恐れぬ剛直な男 
梁犢の乱は後趙の武将を次々に破った。要請を受けて、討伐に加わるとたちまち梁犢を破り、反乱を鎮圧した 

・支雄:十八騎の一人にして、石勒股肱の臣 
東晋、劉コンとの戦いに活躍する。石勒死後も段遼との戦いに参戦した。門臣祭酒として、胡人の訴訟問題も担当した。 

・キ安:十八騎の一人にして、大都督として東晋を掠す 
東晋、劉コンとの戦いに活躍する。石虎支持をいち早く決めて、征討大都督として荊州・揚州北方を征圧した。 

・桃豹:十八騎の一人にして、数々の戦歴を持つ 
祖逖に敗れるも、河南において長期戦を展開した。劉曜との洛陽決戦にも参戦し、段遼との戦いには水軍を率いて活躍した。 

・麻秋:負け戦が目立つけど、その名を聞けば泣く子も黙る 
蒲洪、段遼に勝つなど、負けばかりではない。相手があまりに格違いなだけ。勇猛さにかけては定評があり、泣く子に“麻胡”が来ると言えば泣き止んだという。 

・王擢:後趙の西方戦線でなくてはならない存在 
石生に招かれて以来、後趙の西方戦線で活躍した。前涼と一進一退の攻防を繰り広げ、後趙滅亡後は諸勢力の間を渡り歩き、存在感を示した。 

・石瞻:勇猛果敢に戦い続けた冉閔の父 
敵方から石虎の養子となる。以後、東奔西走して戦場を駆け巡り、西晋、東晋との戦いで活躍した。 

・郭敬:流転の末に巡り会えた石勒の恩人 
石勒が年少の頃から、彼の大器を見抜いて様々な便宜を図った。奇策を用いて荊州北部の基盤確保に努め、民心を得ることも忘れなかった。 

・石聰:石の姓を与えられて勇躍した晋人 
東晋との戦いでは、石生を破った郭誦、李矩を破り、さらには寿春を落とした。劉曜との決戦に参加し、活躍した。

129: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/04/21(木) 12:08:01.45 ID:8M91xwPp0
五胡十六国の名将・猛将を挙げてみる。今回は成漢。この国は最初の益州流入からの約10年間くらいが一番熱いと思う。敵味方、かなりの将兵の血肉で国が興り、固まっていくのは胸熱。 
それを過ぎると、あまり話題がないというのも、益州は一度固めてしまうと、引きこもりにはいい環境なんだろう。 

【成漢】 
・費黒:南方戦線のエキスパート 
成の南方攻略に大きく貢献する。南方の事情に精通し、的確な進言を行い、李寿から軍事を委ねられた。 

・李驤:李特の弟にして、成の勢力を拡大させる 
成の成立、反乱の鎮圧、北・西・南への勢力拡大に活躍した。成の初期より、軍事の要として東奔西走した。 

・李蕩:李特の子にして、決死の戦いで父を救った 
李特に従って、各所の戦いに活躍した。張徴との戦いで、李特が危機にあったとき、敵軍の重囲を破って救い出した。休む間もなく追撃し、ついには張徴を討ち取った。 

・李庠:李特の弟にして、成建国の引き金となる 
文武の才に優れ、人々から文鴦、関羽、張飛のようだと評価された。彼の死に民衆の誰もが流涕して悲しみ、成建国の流れが生まれた。 

・李離:李特の妹婿にして、成の基盤作りに貢献する 
李雄と共に西晋軍を撃退する。巴西での西晋軍をことごとく破り、漢中に侵攻して勢力の拡大に貢献した。

134: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/04/23(土) 10:57:41.59 ID:uiUxOnRN0
五胡十六国の名将・猛将を挙げてみる。今回は前燕。ここらへんの戦闘系の充実ぶりは素晴らしい。戦歴もそうだが、それなりにエピソードもあって、キャラも立っているのはいい。 
五胡十六国時代の序盤から中盤まで存在し、中央にも深く入り込んでいる国だし、当然と言えば当然なんだけど。 

【前燕】 
・悦綰:後趙の大軍に寡兵で城を守り切る 
後趙の大軍に対し、逃げようとする将兵を鼓舞して、千人余で城を守り切った。呂護、冉閔との戦いでも活躍した。 

・賈堅:慕容儁や慕容恪も愛した、抜群の射術を持つ老将 
六十歳を超えて、精妙さをほこる弓術に人々は感服した。十倍の兵に対してもひるまずに自慢の弓術で渡り合った。 

・慕與根:長く前燕に仕えた歴戦の宿将 
石虎の進軍に恐れた慕容コウを止めて、力戦して侵攻を食い止める。各方面に参戦し、前燕の中原進出に寄与した。 

・慕容仁:慕容カイの子にして、決して揺るがぬ遼東の守護神 
宇文部、高句麗から遼東を守る。特に高句麗軍を撃破してからは、高句麗は遼東侵攻を行わなかった。 

・慕容翰:慕容カイの子にして、数奇な運命に翻弄される 
慕容カイの頃は軍の中心として各方面で勝利を重ねた。一時、前燕から離れたが、帰参後は宇文部、高句麗との戦いに活躍した。 

・慕容恪:慕容コウの子にして、五胡十六国随一の将器の持ち主 
石虎、冉閔という当代の猛将に勝利し、前燕の中原進出、最大版図の原動力となった。その存在は他国にとって脅威でもあった。 

・侯青:従軍すれば先頭に立っての陥陣営 
騎射に優れ、従軍すれば先頭に立って敵陣を落とし、慕容儁から張飛に比されるほどだった。 

・鮮于亮:大恩に大功で応えた国士 
石虎に仕えたが、敗れて前燕に仕えた。高句麗戦で数十騎を率いて敵陣を犯した。後趙戦でも活躍して、その名は広く知れ渡った。 

・悉羅騰:三軍に冠する武勇にして、精妙な囲碁の達人 
桓温との戦いで慕容垂と共に戦い、反乱者を捕らえ、敵将を斬る活躍を見せた。囲碁の達人であり、これに並ぶ者はいなかった。 

・悦綰:死命を果たし、国の滅亡を阻む 
後趙の大軍が城に迫るも、断固として屈せず守り抜いた。反覆常ない呂護を捕らえ、姚襄と呼応して冉閔を破るなど活躍した。 

・傅顔:数々の戦いに参加した勇将 
反乱者の李黒、慕輿根を討ち果たし、東晋の北伐を阻んだ。慕容恪と共に呂護を破り、前燕の軍事行動を支えた。

545: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 08:28:10.44 ID:3f++DnKH0
全盛期の漢の頃よりも魏のほうが遊牧民に対して優勢だったのは何でだろう
鮮卑、氐、匈奴、烏丸とほぼ総なめ状態だったな

547: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 11:30:32.37 ID:2IcluBLG0
>>545
全盛期の漢は河西回廊を直接統治してたけど曹魏の頃は涼州支配そのものが動揺していてそこを蜀漢につけ込まれたのはご存知の通り

匈奴に関しては前漢武帝期における漢・匈奴戦争によって匈奴帝国が事実上崩壊して以降のショボショボの匈奴しか相手にしてないので一概に曹魏が上とは言い難い

晋も八王の乱さえなかったらあそこまで異民族に一方的にボコられてなかっただろうし

550: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 15:49:44.52 ID:fATpCGpy0
>>547
後漢でも章帝の時代に北匈奴が滅ぼされて南匈奴は従属してたしね。
涼州の実効支配も和帝期に班超いた頃ぐらいしかできてなかったんじゃないかと。

西晋は八王の乱がなくてかつ皇帝が清並に名君ツモりまくっても、やっぱり胡人の殺戮チャンピオンズリーグを数十年遅らせるだけだったんじゃないかと。

553: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 15:57:56.32 ID:2IcluBLG0
>>550
班超親子が西域から撤退して以降後漢の涼州支配はガタガタになっちゃったけどそれでも前漢時代も含めれば相当長い期間統治はしてたぞい

西域まで足を延ばすのは曹魏では不可能だったと思う

548: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 15:34:25.27 ID:1kb6yiMf0
なぜ北魏は司馬炎や石虎が禍根を絶ってくれた(であろう)宦官制度を盛大に復活させたんだろう
宦官のせいで政治が乱れるくらいなら後宮に美女うん万人囲う方がはるかにマシだと思う

549: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 15:36:53.02 ID:LIeQ5w3q0
その後宮の美女を管理するには、、、、、

宦官使えばいいんじゃね?

552: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 15:50:58.46 ID:fATpCGpy0
>>549
宦官いないと皇帝や后妃の生活が成り立たないしな

556: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 19:34:30.15 ID:3f++DnKH0
>>552
日本みたいに女官を使う手もあったんじゃない?

557: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 19:40:04.88 ID:frCBhxPa0
>>556
後宮の人数が桁外れで皇族や后妃の教師から護衛や衣食住までってなると女官のみじゃ限界あるし。
つか日本は古代は通い婚とかやってたからシモ関係はフリーダムなんじゃないか。

558: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 20:05:31.00 ID:PrFZ6HS40
>>557
司馬炎の後宮の一万人って女官入れての規模らしいから女だけで何とかなりそうじゃね

それはそうとして司馬炎ってそこまで子供多くないんだな
楊艶だけで六人生んでるみたいだし誰彼構わずという感じでもなさそう

561: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 20:54:08.55 ID:SksMkTF70
>>558
玄関に盛り塩して笹飾ってる女の所ばかり行く事になるからそうなるな

551: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 15:50:40.76 ID:1kb6yiMf0
石虎みたいに女尚書や女武官を揃えれば解決や
拐ってきた女の子をちゃんと能力別でヤル用と事務用で選別してたらしい
女の子拐うのはどうかと思うが

554: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 17:56:38.68 ID:K0RH1Jtb0
石虎は宦官使ってたんじゃない?

555: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 18:20:12.83 ID:1kb6yiMf0
>>554
使うには使っていただろうが少なくとも権力持たせるようなことはしなかった

北魏は何でああなったのか

560: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/10(水) 20:38:27.48 ID:j+8KRRNZ0
女が女を管理なんて無理がある

562: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/11(木) 00:31:33.90 ID:CawzvX3F0
東ローマでもイスラムでも一番高価なのは美少年の奴隷(去勢済み)

>>560
でも大奥って男子禁制だったことない?男で入れるのは将軍だけだったし

564: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/11(木) 05:52:10.70 ID:F83wtkAR0
>>562
苻堅は間違ってなかったんやなあ

565: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/11(木) 06:47:09.33 ID:dG/pG9Xp0
符堅陛下!何度も言ってるでしょ! 姉弟丼はやめなさいって
聖天子気取りなのに下半身は鬼畜なのね……!
【王猛】

566: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/11(木) 06:54:14.16 ID:F83wtkAR0
王猛は諫言してると見せかけて
「もっとアタシを見て」的な嫉妬心と虚栄心が見え隠れするのがヤンデレ度高い

567: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/12(金) 06:33:35.87 ID:fdFBCvGJ0
仮に王猛が三国時代に生まれていて劉備に仕えていたとしても劉備みたいに自分で戦略考えるマンだと王猛の持ち味は生かせなかっただろうな
王猛はどちらかと言えば曹操と相性が良さそう、口の悪さと譜代の連中と大喧嘩するという欠点を除けば

568: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/12(金) 07:46:20.52 ID:ErG0UN5G0
符堅ほどじゃなくても曹操もなかなかフリーダムな下半身だしな

569: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/12(金) 08:25:07.49 ID:E80mK55R0
曹操の陵墓発見の手がかりになった後趙魯潜墓誌の魯潜さんだけど
太僕卿だったらしいから石虎時代のギョウにおけるビックリ建造物とか女騎士の装備とか作ってた責任者に当たるんだろうな

574: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/13(土) 13:52:01.42 ID:WNSYjnVB0
後趙は解飛とかいう人が建築に携わってたをやじゃなかった?
事故があって石虎に殺されてたような気がする

575: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/13(土) 13:58:09.69 ID:WNSYjnVB0
>>574
石虎に処刑されたのは成公段とかいう別人でした

576: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/13(土) 17:44:16.75 ID:xGene7yx0
後趙って本当に悪役だな
誉めてる記述があんまり無い

581: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/14(日) 07:56:05.31 ID:lgyIGe100
>>576
資治通鑑の胡注は好意的だった気が

578: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/13(土) 20:57:22.25 ID:0NORJq5b0
三国時代で言えば黒山賊とか韓遂とかサク融みたいなのが間違って途中で曹操殺しちゃって代わりに華北で王朝開いちゃったようなパターンだからな
間違いなくNG出る展開

580: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/14(日) 07:42:51.38 ID:4WJydlRn0
その後趙にほぼ勝ててない東晋(祖逖を除く)
局地的とは言え前燕や前秦相手には勝ったことあるのに

祖逖を憤死させる元帝の無能人事
あれさえなかったら普通に石勒は河北から出てこれなかったと思うわ

582: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/14(日) 10:42:00.46 ID:dcocn5fK0
>>580
祖逖が名将だったので元帝の無能人事に文句言いたくなるのもわかるが俺は内ゲバで無能の諸悪の根源の王敦のせいかなと感じている

あと祖逖の後を継いだ弟の祖約のクズで無能ぶりにも目を向けよう

583: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/14(日) 13:56:26.15 ID:4WJydlRn0
世説新語徳行篇の祖約がキレイな祖約過ぎて吹くわ
祖逖みたいに幼年期の学業放棄してた感じでもなさそうだし

584: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/14(日) 14:09:33.05 ID:4WJydlRn0
しかし東晋が祖逖生存時に確保できていた豫州・エン州南部までその後も保持できてたら
その後の情勢もだいぶ違ったんだろうな
青州の曹嶷は内応仕掛けたら転んでくれそうだし
河南の李矩たちも結構持ちこたえてくれた可能性が高い

豫州あたりの人間にとっては祖逖>石勒だけど、石勒>東晋だったということなんだろうか

585: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/14(日) 16:55:48.51 ID:fQevGwAx0
石勒の懐柔策で「石勒も悪い人じゃないよね」と祖逖が生きてるうちから豫州の人達に印象づけてたのが活きたっぽい
あっさり取り返せたからな

587: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/15(月) 08:32:07.80 ID:q3EK7jZj0
戦略的な話になるが
綱渡りな選択肢を常に最適解に導いた石勒・張賓コンビは実際のところ評価するの難しいよな
一歩間違えたら滅亡やむなしのハイリスク・ハイリターンのオンパレード

589: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/15(月) 12:02:18.43 ID:EYHHMHIx0
対代・劉琨と対王浚の張賓の献策は実に的確だった
特に対王浚で病床から「二旬(20日)で滅ぼせる」と断言したとこがかっこいい

591: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/15(月) 17:49:59.22 ID:LBtRi+rR0
>>589
中国史全体で見ても上位に入る謀略だと思う

諸葛亮に足りなかったのは石勒のこういう際どい戦い方なんだろうな
・・・・他の誰も真似できそうにないけど 無理してする必要もないだろうし

592: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/17(水) 00:05:19.40 ID:weYbO3c80
五胡十六国で唸らされる戦いを列挙するとしたら
後趙が好きな人、慕容部が好きな人、東晋が好きな人で意見別れそう

個人的には王猛の対前燕戦役がトップ

594: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/17(水) 17:47:19.54 ID:3eCCuDZZ0
記憶に残る戦いが多いのは慕容垂
→枋頭の戦い(369年)、襄陽攻囲戦(378~379年)、?水前哨戦(383年)、平城攻略(396年)
参合陂で親征しなかったのだけは痛恨のミス(病気説あるけど)

?水前哨戦で荊州行って桓沖を撤退させた後に間髪入れずに豫州行ったり機動力半端じゃなさすぎるだろ

598: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/17(水) 23:14:50.36 ID:3eCCuDZZ0
前秦も前燕も桓温に、それも4万~5万程度の兵力で首都まで攻め上がられていて
防衛体制がガタガタ過ぎる印象を受ける
桓温が攻城戦を厭わない性格で物資をガンガン前線まで投入できるくらい東晋が本気だったら
多分354年も369年もどっちも首都落ちてたような気がする
桓温が攻城戦で消耗するのを避ける性格(それと東晋の台所事情)だったのが幸いしたか

城攻めで長期滞陣を厭わない慕容恪はやっぱり変わり者だなあ
精鋭騎兵で会戦するのが得意と見せかけておいて物量で押し切る戦い方もできるってのは柔軟性高い

599: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/17(水) 23:38:52.23 ID:DzqnVU7d0
肥水の戦い前に群臣たちがネチネチ猛反対してたけど
383年に先に東晋に侵攻された時点でもう苻堅の考え方の方が大正義だよな

600: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/18(木) 10:57:40.09 ID:pgBQAcaW0
俺は国境を固めとけばいい派だなー

601: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/18(木) 18:42:26.14 ID:8PJANe920
でも姚萇とか慕容垂とか苻融とかそこそこの指揮官いるのに飼い殺しって勿体なくね?
慕容垂あたりは羊コとか杜預みたいに滅晋の上奏してきそう

602: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/18(木) 23:14:56.74 ID:pgBQAcaW0
>でも姚萇とか慕容垂とか苻融とかいるのに

まさにそれが動いちゃいけない理由やろ

604: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/19(金) 13:08:17.34 ID:IYPe2V760
>>602
結果的に大敗したけど別に慕容垂も姚萇も朱序のような背信はやってない
異民族に対する信頼度の低さは南征を控える理由にならんだろ

苻堅指揮下の有力な将軍の出自なんて
鄧羌(漢人・安定鄧氏)、張シ(不明)、楊安(テイ、仇池王族)、王猛(漢人・北海王氏)、姚萇(羌族)、慕容垂(鮮卑)と外様が大半
おそらく略陽のテイ出身なのって梁成、苟萇、呂光ぐらいなのでは?

王猛は苻堅の寵愛をいいことに姚萇と慕容垂の粛清を訴えていたけどお前も略陽の苻氏からみたら部外者でしかないだろと言いたい

605: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/19(金) 18:05:18.38 ID:0m1WFYo+0
東晋だと桓温、劉裕とかが小説で向いてそう。桓温、劉裕ともに配下は個性派ぞろいだし。桓温は軍事のライバルは事欠かないが、劉裕はそういうのが、あまりいないのがなあ

606: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/19(金) 20:37:10.75 ID:9L5k0QWh0
桓温は苻雄や姚襄、慕容垂とか当代一流相手に普通に戦いに行って局地的に勝ったりしてるからな
劉裕は慕容徳や姚興といった一線級が退いた後の北伐だからどうしても棚ボタ感が強い

しかし一番北まで突き抜けたのは劉牢之という罠

610: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/20(土) 03:45:51.49 ID:95eeyop70
最近中国ドラマ見てこの時代のこともっと知りたくなったから、興味持てるようになんか面白いエピソード教えて

614: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/20(土) 19:35:55.07 ID:3VLFyrvA0
>>610
主人公候補その1→奴隷から成り上がった虐殺大好きな復讐鬼、戦ったら殺す/降伏してきても埋める

主人公候補その2→戦争の天才だけど帝である兄の死に伴い甥の即位後宰相職も兼任するはめになって実質過労死

主人公候補その3→旅の途中で宿を求めてきた尼僧の風呂を覗きに行く朝廷の軍事責任者

主人公候補その4→ペ○フィリアとバイセクシュアルを国中に知られた十六国一の名君

主人公候補その5→上記名君を支えたスーパー宰相、政治謀略戦争何でもござれ、ただし性格はゲロ以下、嫉妬の固まり・ヤンデレ

主人公候補その6→頭のネジが外れたギャンブル中毒同然の上流貴族、主人公候補その3とその4を社会的に抹殺、世間の評価は雅風に優れる……どこがだよ

主人公候補その7→一度は滅亡した部族の復興を目指す少年遊牧民、周辺の国が殺し愛をしてたお陰で棚ボタ的に華北統一への端緒を築く、一応実力はある

主人公候補その8→チベット系羌族の統率者だが見た目は冴えない上に能力も父親や五番目の兄には遥かに劣っていてそれがコンプレックス、低スペック野郎の星

主人公候補その9→建築と手工業を奨励するのが好きな十六国一の暴君、とは言えその3が名君と言われる世界での基準だが

主人公候補その10→吉川忠夫先生の『劉裕』を読んでください

617: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/20(土) 20:05:44.02 ID:3VLFyrvA0
>>614
自分で書いていて思ったが三國志の曹操、劉備、孫権よりはまともな人格の人間が多い気がする
人格ヤバイのは石勒と赫連勃勃と王猛ぐらいだろう

石勒、慕容恪、慕容垂、桓温、王猛、拓跋珪、劉裕辺りは曹操にも勝ちそう
石勒あたりは暗殺してでも勝ちにいきそう

620: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 01:34:59.42 ID:4sCLQBLd0
>>614
どれもすごい面白そう
ちゃんと読めるとこある?
誰か詳しく教えておくれ

623: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 08:43:46.04 ID:6JEV98mo0
>>620
主人公候補その1 石勒(後趙明帝)
『晉書(載記)巻104~巻105』
主要なライバル
①王彌 『晉書(列伝)巻100 王彌伝』
②王浚 『晉書(列伝)巻39 王沈伝附伝王浚伝』
③劉コン 『晉書(列伝)巻62 劉?伝』
④祖逖 『晉書(列伝)巻62 祖逖伝』
⑤劉曜 『晉書(載記)巻103』

虐殺者、腐れ外道として紹介したが史書での石勒に対する評価は概ね好意的なものになっている
主要なライバルには漏れたが『晉書(列伝)巻63 李矩伝・段匹テイ伝』もできれば押さえておきたい
和訳については漢詩サイトの『たけのこ-詩解』さんのところで石勒や劉曜の載記は読める
可能であればwikisourceで直接原文に当たってもいいかもしれない

624: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 09:51:55.21 ID:6JEV98mo0
>>620
主人公候補その2 慕容恪
『晉書巻109 慕容?載記』
『晉書巻110 慕容儁載記』
『晉書巻111 慕容イ載記附伝慕容格伝』
主要なライバル
冉閔 『晉書巻107 石季龍載記附伝冉閔伝』

前燕最強の将軍・宰相
防衛戦・追撃戦・伏撃・攻城戦・大規模戦役……何でもできる戦争の天才
政治面では寛容的・妥協的過ぎたため後々禍根を残すことになる
なお桓温は慕容恪が生きている間は決して正面決戦しようとしなかったほどその軍才を恐れていた模様

625: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 10:14:43.78 ID:6JEV98mo0
>>620
主人公候補その3 桓温(東晋大司馬)
『晉書(列伝)巻98 桓温伝』
『桓温から謝安に至る東晋中期の政治 -桓温の府僚を中心として- 金民壽』
『東晋中期の貴族政治と江南豪族社会 -桓温・謝安の政治をめぐって- 李済滄』
『桓温の「省官併職」政策とその背景 川合安』
『世説新語』においては主役の一人

主要なライバル
①成漢 李勢 『晉書(載記)巻121』
②東晋 殷浩 『晉書(列伝)巻77』
③前秦 苻健 『晉書(載記)巻112』
④羌族 姚襄 『晉書(載記)巻116』
⑤前燕 慕容垂 『晉書(載記)巻123』(ただし両者が戦ったのは『晉書巻111 慕容?載記』
⑥東晋 謝安 『晉書(列伝)巻79』

真面目に調べ始めると泥沼にはまる東晋中期の代表的な政治家・軍人
会稽王司馬昱との関係とか権力構造とかいまだに解明されていない部分も多い
主役というよりは魅力的なピカレスクヒーローの方が向いていると思う
あと嫁さんが怖い

627: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 11:15:20.99 ID:6JEV98mo0
>>620
主人公候補その4 苻堅(前秦宣昭帝)
主人公候補その5 王猛(前秦丞相)

参考文献は小説で『苻堅と王猛(小前亮)』が出版されているので
最初はそれから入った方が楽、姚玲に萌えろ

628: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 11:28:55.90 ID:6JEV98mo0
>>620
主人公候補その6 謝安(東晋太保)
『晉書(列伝)巻79 謝安伝』
『世説新語』の実質的な主人公だと思う

主要なライバル
①桓温(前述)
②苻堅(前述)
③司馬道子『晉書(列伝)巻64 簡文三王』

桓温の簒奪の野望を挫き苻堅の南征を?水で破砕したことにより、陽夏謝氏を南朝きっての名門に押し上げた剛腕政治家
桓温の改革路線を後退させた、余りにも貴族主義的などと否定的な評価も多い

629: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 11:44:53.04 ID:6JEV98mo0
>>620
主人公候補その7 姚萇(後秦武昭帝)
『晉書(載記)巻116』

主要なライバル
①苻丕『晉書(載記)巻115』
②苻登(同上)

苻堅に滅ぼされた姚襄の弟、前秦に降伏した後は苻堅の忠実な将軍として各地の遠征に活躍した
肥水の敗戦後、反乱を起こした慕容泓の鎮圧に苻堅の息子である苻叡とともに出陣した際に姚萇の忠告も聞かずに猪突猛進した苻叡があっさり戦死
その報告と弁明の使者を苻堅に送ったところ使者が瞬殺されてしまい自分も粛清されると恐怖した姚萇はそのまま自立
その後前秦と戦争を続けて、苻堅を自殺に追い込み長安を占拠する等後秦の礎を着々と築いていったが前秦の滅亡には至らず、最終的には苻堅の亡霊に悩まされ陰嚢が腫れ上がり出血、失意のまま死亡する
384年以前は村人A並みの存在感だったが384年から393年に亡くなるまでは前半生とうってかわって大活躍する

631: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 12:30:53.12 ID:6JEV98mo0
番号ずれた
主人公候補その7 拓跋珪(北魏道武帝)
『魏書(帝紀)巻2 太祖紀』

主要なライバル
①匈奴鉄弗部 劉衛辰
②柔然、高車、庫莫奚等の遊牧勢力
③後燕成武帝 慕容垂

北魏は官名とか人名とか独特過ぎてとっつきにくい

633: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 12:46:28.60 ID:6JEV98mo0
主人公候補その9 赫連勃勃(夏武烈帝)
『晉書(載記)巻130 赫連勃勃』

主要なライバル
北魏道武帝 拓跋珪

迷惑をこうむった方々
①後秦文桓帝 姚興
②劉宋武帝 劉裕

統万城建設の逸話や殺戮や謀略を好んだ性格のため暴君扱いされることも多いんだけど
明らかに石勒より殺してないと思うんだよなあ……
父親は拓跋珪に討たれた鉄弗部の劉衛辰、頭おかしいのは明らかに遺伝

616: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/20(土) 19:57:26.14 ID:0CzSCnxA0
祖逖、劉曜は主人公だと弱い気がする。ライバルキャラでこそ光る。
姚襄は…あの人望とかは主人公クラスなんだが、宮城谷の爽やか描写でキレイに仕上げてもらうといいが

622: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 03:53:34.32 ID:8NBUXElv0
>>616
劉淵が若ければ主人公格なんだけどねぇ。創作だと阿斗ちゃんの息子か孫って設定にされたりするし。

619: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/20(土) 20:48:40.61 ID:trsodobN0
中国ドラマって馮太后あたりかな
五胡十六国時代も末期と言うか体感的には南北朝時代

630: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 12:12:09.81 ID:KS9QN9tu0
劉淵は石勒、劉曜の指標的な存在で必要だな。 もしくは、劉淵の視点で八王の乱から五胡の始まりを描いていくのも面白そう

632: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 12:35:50.37 ID:6JEV98mo0
>>630
石勒主役に持ってくるなら劉淵の存在は避けては通れない気もするけどどっちかと言えば石勒と劉聡の関係をどう整理するかの方が重要だと思う
どこまで互いに疑心を抱いていたのか、あるいは親密だったのか

石勒自立時の発言を見ていると実はそんなに険悪だったとも思えんのよね

637: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 14:37:09.72 ID:wzpJmWbb0
まあ、この時代に関しては軸になる小説が必要かなと思う。軸になる小説があって、さらに枝葉として変化球のような人物を主人公に据えることもできそう
前趙で育った経験ある司馬勲とか、粗狂と評された司馬楚之とか個人的にいいかもと思う

638: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 21:33:43.84 ID:vlWHLbIG0
小説とかよりはゲームとかの方が面白そうだけどな

ただ普通のSLGにしてしまうと途中で滅亡した後趙とか350年以降武将が出てこなくなって自動的に詰みそう
周辺侵略して武将狩りだーッ!……あれ、これが徙民……?

639: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 21:39:20.76 ID:uwl89RpF0
・八王の乱~後趙の河北制覇
・後趙崩壊~ヒ水の戦い
・桓玄簒奪~劉裕の北伐

という感じにシナリオを分ければええのよ
実際、前秦苻堅以前と以後で、華北も華南も勢力図の変遷ガラッとかわるんやし

641: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 21:59:19.24 ID:KS9QN9tu0
姚萇は苻堅に殺されるという恐怖から、後秦を作ったわけだが、それがなかったら忠実に仕えていただろうか?でも、それだと尹緯とかの出る幕ないし。
苻堅の元に、姚萇、寶衡、楊定、苻登、呂光らがいる状態なら、後燕と勢力を二分するとこまで持ち直せる可能性は十分あると思うが

642: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/21(日) 22:16:01.07 ID:6JEV98mo0
>>641
関中で頽勢を挽回できれば冀州で苻丕が持ちこたえることができるようになり
もしかしたら慕容垂の方が東晋に降るアナザーストーリーが生起したかもしれない

慕容垂が中山に首都置いた理由はギョウが余りにも疲弊しすぎたのと東晋の北伐と言う脅威があったからだと思ってる
まあほかにも拓跋部との連携とかいろいろあったとは思うが

647: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/23(火) 16:49:35.69 ID:Xd7j5vWF0
>>641
後燕は参合陂のわずか一戦でガタ来ちゃうハリボテ国家だからなあ
前燕は1,000万の戸籍人口を擁していて最大40万の動員が可能だったけど後燕はその四分の一すら掌握できてなかったのではなかろうか?
少なくとも5万の野戦兵力損害受けてその後立て直せない状況というのは相当ヤバい

644: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/22(月) 23:17:06.09 ID:vMyuxmcd0
苻堅(と言うか苻氏一家)は意外と図讖が好きっぽい
王猛が遺言で図讖に関する学問禁止とまで諌止してるというのに…

何と言うか失敗した光武帝みたいなものか

651: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/24(水) 21:36:55.02 ID:q7ZtjoYe0
>>644
自レスになるが
苻堅が五将山に逃げ込む際にも讖書を口実に行動している
胡注では苻堅のこの行動を「最初は図讖を禁止していたというのに、その?倒錯繆の何と甚しいことよ」とバッサリ

苻堅も図讖に頼らないとやってられない事情でもあったのだろうか

645: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/23(火) 09:50:10.21 ID:46FWDbrK0
慕容翰って最期が悲劇的だから、イメージが美しい感じがする
でも、戦歴は30~40年くらいあるんだよな。ほぼ、第一線で活躍してるし 父が生きてる時は本当に主柱並みな働きぶり
そりゃ、慕容コウが嫉妬するわけだ

646: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/23(火) 12:24:05.47 ID:+9BTrbL90
慕容翰の功績で大なのは
どちらも出戻り後になるけど宇文部滅亡と高句麗制圧の二つだたと思うんだな

引用元: ・五胡十六国時代について語るスレ




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