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1: 首都圏の虎 ★ 2020/01/15(水) 09:50:42.52 ID:BuYVde8f9
寒冷化が崩壊させた古代ローマ帝国

この時代に入るや、ついこの間まで「Pax Romana」「五賢帝時代」などと謳われていたのが嘘のように、一気に帝国の崩壊が始まります。

歴史に疎い者にとっては、「ついこの間まであれほど繁栄していた国がどうして!?」と訝しく感じるほどですが、前時代までの“平和“はあくまで「マイナスベクトル(崩壊)」と「プラスベクトル(温暖気候)」が±0となった絶妙な調和の上で保たれていただけの“見せかけの平和“であって、“支え(温暖気候)“を失えば一気に崩壊する程度のあやういものだった ─―ということを知っていれば、この時代の崩壊も当然のことと理解できます。

ローマでは、寒冷化の到来によって帝国の収益が急速に悪化し、その結果、兵への給与が滞ることが常態化していきます。兵の不満が募り、それはやがて各地で「兵乱」という形となって表面化していきました。

しかしながら。洋の東西と古今を問わず、“正統性“や“大義名分“を持たぬ叛乱軍など、「賊軍」の汚名を着せられて鎮圧・処刑される定めにあります。生き残りたいならば、叛乱軍は自らの“正統性“を掲げねばなりません。

こうして叛乱軍は勝手に「新皇帝」を祭りあげたため、帝国各地で皇帝を僭称する者が現れ、帝国は収拾のつかない大混乱に陥りました。

一兵卒が皇帝を僭称し、何人もの皇帝が併存して、血で血を洗うが如き混迷の時代を政治的には「軍人皇帝時代」といい、社会的・経済的には「3世紀の危機」と呼びます。
.

英雄にも止められなかった「ローマ帝国の分裂」

もはや「放っておけば解体に向かう」帝国を担うのに凡帝では荷が重く、帝国にふたたび統一をもたらすためには「英主」の出現が待たれますが、その歴史的役割を担って現れた人物こそがディオクレティアヌス帝です。

彼は対立皇帝・僭称皇帝をつぎつぎと討ち破って久しぶりの「単独皇帝」となり、ローマに再統一をもたらしました。

しかしながら、この偉業を成し遂げた彼の力量を以てしても、「もはや、解体しつづけるこの帝国を一人の皇帝で統治することは不可能」と悟り、「四分割統治(テトラルキア)」を断行。

したがって実質的な統一は10年と保たず、以降の帝国は「統一」とは名ばかりの分裂時代を迎えます。

次時代の「ローマ帝国の東西分裂」の前提条件はすでにこの時代に生まれていたのでした。


同時期に中国各地にも現れた「皇帝」

ローマが「平和」から「危機」に陥落する転換期となったのが180年から193 年ごろですが、まるで息を合わせるように、中国でも「安定期」から「混乱期」の転換期となる象徴的事件が起こっていました。

それが「黄巾の乱(184~192年)」です。

後漢は第4代和帝以降、原則として幼帝が立ち、その幼帝の横には外戚・宦官が控えてこれを操り、宮廷には奸臣・佞臣(ねいしん)が巣くい、地方には酷吏・汚吏が蔓延、この悪政に耐えかねた農民は流民と化して各地で盗賊・叛徒となって国を荒らす。

このように、前漢と同じ途をたどっていき、その行きつく先に発生したのが「黄巾の乱」です。

この叛乱を境として、中国史はいわゆる『三国志』時代に入りますが、各地に「皇帝」を僭称する者が現れたこの時代は、ローマ史では「軍人皇帝時代」を彷彿とさせます。

世紀でいえば3世紀ごろ(184~280年)でしたから、時代的にもローマの「3世紀の危機」に符合します。
.

司馬炎が担った「ディオクレアヌス帝」と同じ役割

全文はソース元で
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200114-00010000-php_r-bus_all&p=2








3: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 09:54:04.37 ID:14kXUM6c0
悪政をガン無視するスタンス

89: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:36:35.90 ID:h11aYv3G0
>>3
多少の暗愚帝でも、地球レベルの気候条件のお陰で十分な食料生産量を確保出来ればどうにか治められるって話。

4: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 09:56:15.61 ID:OrduGbm60
倭国大乱もほぼ同じ時代か。

7: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:01:51.62 ID:rEa85fqo0
まあ気候変動は大きな要因だな

152: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:33:57.56 ID:Nrg58ym/0
>>7
3世紀の危機、17世紀の危機、、、
世界史の教科書にも乗るようになった。

何でも気候変動のせいにするのは、何でも階級闘争にするのと同じ短絡に陥る危険もあるが。

20: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:11:41.69 ID:eQQ3Wztp0
サーサーン朝ペルシャは3世紀から大繁栄したが

21: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:12:15.62 ID:bbOBu39b0
教科書的にも、北方ゲルマン人の移動の前哨

中国では、匈奴の盛衰、北方ツングースの盛衰が第一義的な影響因子だといわれていると思う

25: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:16:24.36 ID:ofev6Tu+0
昔は戦争より災害(日照不足・洪水・旱魃)の方がはるかに重いからな
てか災害が戦争の原因になったりするし

27: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:19:27.13 ID:g4DZ8+Fj0
漢帝国崩壊した犯人は何進と袁紹が原因な気がするんだ
黄巾族の反乱って100万人単位だったのに鎮圧できたんだもん
何進がさっさと宦官皆殺しにしとけば良かった
なにをとち狂ったのか地方の群雄を都に呼び寄せてとかアホちゃうか

659: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 20:52:09.42 ID:vNfibRm60
>>27
それはトドメであってそもそもは皇帝が金銭で役職を売り出したからだろう

30: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:22:16.99 ID:g4DZ8+Fj0
あと三国志時代が安定してたとは思わない
戦乱が続いた為に人口が激減した
司馬炎が晋を建国したあと司馬一族がお家騒動を始めて兵士が足らないから異民族を中国に引き入れて兵士で使った
そいつらが中国を乗っとった

43: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:32:27.79 ID:rgYDfwhf0
>>30
戦乱により戸籍で把握できなくなって、帳簿上の数字が激減しただけって説もある

620: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 20:14:41.05 ID:W5fagawG0
>>30
後漢末期に5000万いたのが三国時代には500万まで減ったってのをどこかで見たな

625: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 20:18:16.42 ID:VymAPd940
>>620
それは農民が土地を離れたりして記録から消えたからで死んだわけではない
落ち着いたら復活している

42: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:30:56.49 ID:ZjcderOa0
>>1
きっと181年にニュージーランド北島にある火山がVEI7の巨大噴火を起こしたからだね。
地球規模の影響を及ぼす火山噴火による冷害って怖いよね。

フランス革命を起こした食糧危機だってどこかの火山が爆発して冷害がおきたからだろうし同じ時期に日本では天明の大飢饉が起きているから、地球規模の災害のせいだよね
地球に生きている以上、地球の活動で人間は翻弄されるよね。

45: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:33:08.25 ID:Jw9nPcYl0
>>1
ちょうど、塩野七生先生の「ローマ人の物語」を読んでいます。
塩野先生が言うには、ローマ帝国が衰退していった原因は紀元250年の蛮族(ゴート族、マルコマンニ族等)侵略と各皇帝達が皇帝(インペラトール)としての責務(ローマ市民の食と安全を確保すること)をいつしか忘れてしまったことだと言及していますね。

「魚は頭から腐っていく」のことわざの通り、紀元250年以降皇帝の座を巡り内乱が頻発したのが痛い・・・。

136: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:19:38.27 ID:Yxj5TI7b0
>>45
大義名分で公共工事に投資させチカラを削ぎ、お家騒動でお取り潰しを常におこない、儒教の普及で上位下達の教育を普及させる、

そういう意味で徳川の治世は天下泰平の真髄

340: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 14:54:02.73 ID:SXxey7730
>>136
江戸時代に(島原の乱とか除いて)平和が続いたのは、やっぱり参勤交代が大きかったでしょ
各藩の負担は滅茶苦茶重かった

61: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 10:56:50.83 ID:BGKJd4YM0
ローマ帝国全盛期は現代よりはるかに温暖だったのよ
スカスカの服で一年中過ごしてた
寒冷化によってローマ帝国は壊滅し、ゲルマン人によって蹂躙された

117: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:55:03.50 ID:0jXU1APo0
>>61
んで、そのゲルマン人はなぜローマにやってきたかっていうと東のさらに恐ろしいフン族に押し出されて西に大移動した
多分中央アジア、シベリア、モンゴルあたりの人々
ただでさえ寒いこれらの地域がいよいよ寒冷化して住んでいられなくなって彼らが西に南に押し寄せた結果、帝国は滅んだ

俺が世界史を習った時にはフン族はフの字も教科書に書いてなくて、ただなんとなく「ゲルマン人が西に大移動しました」みたいな書かれ方だった
この歳になって、公正だと思ってた日本の歴史の教科書も本当に重要な事は書いてないと知った

376: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 15:18:37.07 ID:iRkBo0mR0
>>117
フン族は記録があまり残ってないからうかつなことは教科書に載せられない
近年考古学が進歩して物的証拠が得られるようになってから

381: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 15:22:54.55 ID:75sDxw5V0
>>377
昔の高校世界史の教科書には「フン族の大移動」「アッティラ」程度は出ていたけど、最近は研究が進んでいるから、確定化したことだけのせるようになっているんだろうな

459: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 16:50:39.44 ID:4sWzOGXL0
>>117
フン族の東進によってゲルマンのアラン族や東ゴート族が圧迫されて西に移動しゲルマン民族大移動のきっかけになった
フン族はアッチラ王に率いられフランスまで進出しヨーロッパの多くを支配した
どんな世界史の教科書にも書いてあるぞ

72: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:13:46.31 ID:ABhSf0Wx0
政治的な混乱が続いているんだから別に不思議でも何でもないだろう
飢饉で滅ぶ国はない
政治が混乱して対応できない若しくは混乱に拍車をかける事によって破滅になる
時期については偶然に過ぎない

84: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:30:47.95 ID:+L5SO/330
世界的な気候変動があって農業基盤の崩壊が洋の東西を問わずで起こったってことなのか
知らんかったけどこれは本当?
珍説の類?

94: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:39:45.29 ID:ABhSf0Wx0
>>84
歴史的な気候変動の細かい変化なんて分からない
史書的にも世界的な不作のような記載はない

よく分からないと思ってちょっとしたネタを世界全部に広げてこじつけるのはよくある珍説そのもの

142: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:23:54.12 ID:5f3VVpZm0
>>94
冷夏でコメ不足でタイからコメ輸入したり台風でジャガイモが取れなかったときは大騒ぎしただろ
現在起きることは昔だって起きる、昔は農業中心で気候による不作が社会に与えた影響は大きいだろう。
経済が社会に与える影響は今も昔も変わらない。
歴史馬鹿はそういうの無視して人間の能力とかにしか着目せず気候を調べようとかしないのは程度が低い。
過去の気候なんて温暖化でどうだーとかで示されるように調べようがあるし、生産だってピケティーがやったように税収から逆算とか出来るのに

98: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:43:21.25 ID:/oKs1+tM0
ローマの衰退はキリスト教のせいやろ

112: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:52:26.30 ID:ABhSf0Wx0
中国は先代王朝の失敗を修正しようとして極端な方向になって失敗するパターンを繰り返しているな

前漢が王莽に乗っ取られたから皇帝の権限を強くする
ところが皇帝の個人権限が強すぎて宦官や外戚の専横が酷くなる
曹操は皇族を弱くしようとしたら司馬懿に乗っ取られる
そして晋が皇族を強くしたら今度は八王の乱

振れ幅大きい

115: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:53:17.52 ID:iTYa3JaG0
まぁ国家てのはどうしても適正規模がある訳でそれに収縮するまでは無理に維持しても面倒が起きるだけだよ

119: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 11:57:15.58 ID:ABhSf0Wx0
むしろ長く続くと権力者や地主などが固定されて腐敗が広がっていく
後漢は恒例行事みたいに外戚と宦官が交代で専横して滅ぼされてると言う流れを繰り返し政治は完全に腐敗してた
その混乱の中で売位売官が定常化して民衆の搾取が凄まじい事になって行った

その結果、黄巾の乱が起こったわけだ
飢饉も一因だろうがその根本的な部分は政治の腐敗がある

124: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:11:03.38 ID:j/e4eKtc0
どうせ気候だろと思ったら気候だった。
そりゃ農業技術とか進んだ現代だって冷夏で凶作とかあるんだから、昔なんてもっとモロに影響受けて飢饉とか反乱起こりがちになる。

125: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:11:35.28 ID:Qv9m8wZB0
なるほど
同時期の倭国大乱は地球規模の寒冷化が原因と

128: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:14:34.77 ID:fatP6R/V0
大乱や飢饉の原因は大抵寒冷によるもの。温暖化はむしろ穀物や動植物が育っ。

135: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:19:07.69 ID:l/6nYqL50
>>128
そのかわり温暖化すると小国分立になりやすくてしょぼい戦乱は増える

148: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:30:14.88 ID:nYYG7yPf0
温暖化、寒冷化というより気候変動がまずいんだよな
気候に最適化されて農業が営まれてるから暑くなっても寒くなっても雨がふらなくてもふりすぎても農業生産は落ち込むし
農業を基盤とした文明全体が混乱し衰退する

151: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:32:32.23 ID:GRy+ZdeR0
>>148
そう考えるとやはり国家を持たない遊牧民族のが利口にみえるな。
気候変動あっても草がある地帯に羊をつれていって移動するだけでいいしな
やはりユダヤやモンゴルが最強だわ

176: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:48:20.48 ID:tM9lo3+Z0
>>148
世界の大文明は全て大河の流域の農耕民族が作った文明
農耕なしに大きな文明はできないよ。
狩猟採取では得られる食物が非常に少ない、貯蔵技術も建築技術も低い。
未開な文明しかできない

153: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:34:11.39 ID:Mr77TKF50
ローマの衰退は貨幣の悪化と聞いたが
銀か何かが採れなくなったのが原因の

154: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:34:51.56 ID:tM9lo3+Z0
ローマが終わったのは395年とかだろ、漢の終わりとは2百年も乖離があるのに、繋げるのは無理があるよ。

171: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 12:45:36.33 ID:wnsqzBoV0
>>154
地球にとって200年程度なら同時期。

481: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 17:10:23.82 ID:rvHEeJqM0
>>171
人類にとっちゃちがうだろw

191: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:00:13.22 ID:D1znc3SW0
馬鹿野郎、ローマ帝国は分裂を経ても1806年神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世が解散宣言するまでおよそ2000年続いたんだ

193: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:02:28.80 ID:HFrEWn7j0
>>191
神聖でもなけれはローマでもなく、ましてや帝国ですらない

199: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:06:22.14 ID:eDDWL2rL0
>>1
ローマが滅びたの理由はゲルマン人とキリスト教だと思うけど、書きづらいのだろう。

241: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:26:36.80 ID:wnsqzBoV0
>>199
そのさらに根っこに寒冷化がある、という話な。

246: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:30:07.25 ID:eDDWL2rL0
>>241
ゲルマン人の大移動の原因についてはそうかもしれないけど、キリスト教についてはどうかな?

255: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:34:56.67 ID:wnsqzBoV0
>>246
あれも困窮者が救いを求める宗教だからな。普及と寒冷化はつながってるかも。

228: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:22:48.68 ID:dQY5oE4v0
北方民族が「なぜ」南下してきたか理由を考えないとな
蛮族だろうが人間なら戦い死傷するのは怖いのが当たり前
南下して豊かな土地の住民を襲撃・略奪しないと自分達の命がない、という切迫した事情があった
そう考えるのが自然だろう

237: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:26:16.35 ID:tM9lo3+Z0
>>228
蒙古が南下したのは気候変動による食料の不足が原因で、その気候変動はインドネシアの
火山が噴火したことによる平均気温の急激な低下だと習ったけどな。

243: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:28:52.70 ID:ABhSf0Wx0
>>228
違う
曹操が北方民族を積極的に受け入れて定住を進めていたからだよ
混乱の北部の防衛と耕作を担わせる事で彼ら自身の侵略を防ぐ一石二鳥の方法だった
だけど晋が崩壊したことによってそいつらを制御できなくなって彼らが暴れだし五胡の時代になった

安易に「気候変動で食料が無くなったから」とか言う事実と違う結論に結び付けるのは間違い

284: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:55:12.05 ID:tM9lo3+Z0
>>243
そんな一人の政策で民族大移動が起きるとは到底思えない
北方騎馬民族全体が飢餓で死にかけたからだろうし、そうなるのは気候変動と考えるのが自然

301: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 14:05:37.52 ID:C+gmyoQv0
>>284
八王の乱後に晋を倒して長江流域に追いやった
劉淵なんかは曹操が取り入れた匈奴の一族

270: 名無しさん@1周年 2020/01/15(水) 13:49:43.19 ID:5LZvPKI50
気候だろ?とおもったらやっぱりそうだった

引用元: ・【歴史】漢帝国と古代ローマ帝国が「ほぼ同時に衰退」した“偶然ではない”理由



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