51kHidlBa5L



1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/17(日) 16:54:29 ID:FIFhCP6a
不細工だったのか?







平井 定武(ひらい さだたけ)は、戦国時代の武将。六角氏の家臣。

六角氏に臣従した浅井久政の子・浅井賢政(のちの長政)の烏帽子親をつとめ、後に娘を長政の嫁に送り込んだ。しかし、六角氏の専横に怒った浅井家臣団が久政を廃して長政を擁立すると、娘は離縁され平井家に送り返されたという。なお、『浅井氏家譜大成』によると、離別された娘は長政との間に浅井万福丸を産んだとされ、そのため定武は万福丸の外祖父にあたるとされる。




3: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/17(日) 17:23:53 ID:7PqMv4Mc
も一人有名なブスといえば洞松院(赤松めし)。
しかし、それほどブスでなくとも、平凡くらいでは六角との関係で長政は気がすすまんかったのではないかのー。
さっさと返したところを見ると、容貌平凡か、頭がぼんやりか。
松の丸殿はかなりお美しかったというから、普段から目が肥えていたから。

4: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/17(日) 18:22:18 ID:tI1XpLwH
小谷落城後に、見つけだされて串刺しにされた長政の長男・万福丸の生母は、前妻の平井加賀守の娘だという説もあるらしいね

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/17(日) 19:36:05 ID:NJ5gTl2s
>>4
年齢とか、市の輿入れ時期とか、諸々考えると、市が生んだという方が無理があるそうな。

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/17(日) 19:44:27 ID:tI1XpLwH
やっぱ、平井の娘って、不細工で気に食わなくて離婚したのね?
逆に、浅井と織田が手切れになっても、お市は手放すことなく子作りに励んでたみたいだし。

やはり、お市と長政の結婚は、信長が美濃をとった1567(永緑10)年以降だという説が強いみたいだね。

8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/17(日) 19:45:03 ID:p+fYwaJ8
不細工だから離縁とか美人だから留めておくとかそういう問題じゃねえだろ

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/17(日) 20:58:49 ID:XZxluPIp
じゃあなんで市は離縁しなかったんだよ

12: 中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y 2006/09/17(日) 21:04:12 ID:s6MBG/wk
不細工で相性が合わなかったら疎遠になるだけ。
婚姻する女は一人だけじゃなし他に室を設ければいいだけだろ?
離縁というのは夫婦個人だけの問題じゃなく家と家の縁が離れることにある。
さっきから質問してる奴さ正室とか側室って知ってるか?

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/17(日) 23:54:49 ID:HkWW32KM
大名家の婚姻なんて、みんな政略結婚だろ~
好みに走るなら側室とりゃいいだけだし。

19: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/18(月) 02:09:03 ID:9kJeZdSQ
政略だから、好みではなかった平井の娘は家と家との縁が切れたので即戻された。
しかし、政略とはいえ好みであった市は戻したくはなかった。
ここに夫婦としての愛情がある。
たしかに好みでなくとも、対面だけ繕って側室を持てばよいのだが、平井の娘が戻された理由は、不細工だったかぼんやりだったか、とにかく愛情がもてなかったということではない?

22: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/18(月) 14:32:13 ID:9kJeZdSQ
あの時代の政略結婚は人質でもあるわけだから、お返しするのが普通なのかな。
でも、中には夫婦として戻したくない戻りたくない夫婦もあったということだと思う。
平井の娘は、人質なので、どうぞお返しいたします、のクチだったんじゃない?
ところで六角の養女にはなっていなかったのでしたか~
てっきり養女になって嫁いだとばかり思っておりました。
それじゃあ長政さんも不満だった。

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/18(月) 11:16:23 ID:Sa/ZIBBI
普通は一族の女を養女に迎えた上で嫁がせるわけだが六角にとって浅井はとるに足らない存在だったわけだ

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/18(月) 15:11:37 ID:n7x7KCf6
お市が、織田に帰ることを嫌がったのだろうか?

長政は、お市には執着してたのに。
平井の娘はやはり気にいらなかったのか?
不細工で、性的にも合わなかったんだろう?
お市ってプライド高くて扱いにくそうな性格だっただろうに。
平井の娘の方が、扱いやすかっただろうにね

26: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/18(月) 15:26:30 ID:9kJeZdSQ
お市は浅井に嫁ぐ以前に結婚していたかも、という話もあったよな~
推測でしかないのだろうけれど、初婚なら年齢が行き過ぎているとかいうんだ。
それから信長の妹ではないのでは?という説もあったはず。

プライドが高かったかどうかは分からないけれど、子供をたくさん産んでいるので、子供たちと別れたくないというのもあったかなと
これも推測だけれど、夫婦の情愛のほかにも、女ならそのへんもあるだろうと。


27: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/18(月) 15:36:51 ID:g1iFWIZF
不細工云々以前に政略結婚でよその大名の妹もらうのに側室ってわけにはいかんから前の妻を六角との手切れの意味もこめて返したんだろ。賢の字と一緒に

織田との手切れのときは後釜の正室を迎える必要もないからそのまま

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/18(月) 16:01:58 ID:9LLxvvJ6
>>27
もしそうだとすると野良田の戦いのときに、すでに織田との同盟は内定していたことになるが、織田から何か支援があったのか?

53: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/27(水) 23:30:01 ID:e72YIJzS
>>29
野良田合戦の時に織田家からちゃんと援軍が出てますよ

55: 朝倉渦中feat.パストマスターズ ◆0Uj4ASAQRA 2006/09/28(木) 02:57:01 ID:5J3c+MWW
野羅田合戦には織田の援軍は出てません。浅井救援に駆け付けたのは朝倉景鏡500騎余です。

57: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/28(木) 22:56:26 ID:KGSxPjxi
朝倉からも出てないってwikiに書いてあったが?

61: 朝倉渦中feat.パストマスターズ ◆0Uj4ASAQRA 2006/09/29(金) 00:32:56 ID:fLy4Jppe
信用するしないはその人の勝手だし、どの情報が正しいかどうか取捨選択するのはその人の自由。
別にオレを信用してくれと言ってる訳でも何でもないんすけど、、、


野良田の戦いという名の合戦が史料として登場するのは「江濃記」のみ。
あとは読んでくださいとしか言いようがアリマセン。

30: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/18(月) 16:24:35 ID:XAOMSYbE
長政が市を気に入っていたという側面の他に、市を人質とする側面もあったんじゃないか

平井の女の場合は、いくら六角の宿老の娘とは言え、六角一門でもないから、人質としての価値はそれほど無く、易々と返すことが出来たんだと思う。
それに、対六角では浅井は攻める側の立場。
一方、市の場合は織田当主である信長の親族。対織田で浅井は防戦側の立場、ましてや織田の脅威は将来性もあり大きかったから、駆け引き上、市は人質としての価値が高いと見て、当面は送還しなかった。

・・・っていう感じで

31: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/18(月) 17:01:07 ID:9kJeZdSQ
>>30
な~る。ある意味、納得。

50: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/20(水) 00:12:45 ID:rZhlCA2V
平井の娘はその後どうなったんだ?
信長にやられてアボーン?

51: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/20(水) 00:50:12 ID:7cmtmpou
平井家は六角氏没落後二流に別れ織田家、後に生駒家に仕えた家系と三河に移住して徳川家に仕え旗本になった家系があるらしい。平井定武の娘のはその後は分からない。
この時代の女性のことだからそもそも記録が残ってないかもしれない。

65: 名無し議論スレにて投票方法審議中 2006/12/21(木) 19:07:00 ID:dwNRxGOP
地元の伝承ではかなりの美人だったようだよ。
離縁後は京都で出家し、長政の死後はその菩提を弔ったという言い伝えが残っている。

引用元: ・浅井長政の元正室・平井の娘って



浅井長政のすべて
浅井長政のすべて
posted with amazlet at 20.02.09

新人物往来社
売り上げランキング: 1,201,301