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1: 世界@名無史さん 2009/02/22(日) 03:23:05 0
以下の連中による書き込みを厳禁する。

1;スペイン・ポルトガル・ブラジル・イスパノアメリカの常任理事国入りに反対する者。
2;「黒い伝説」を信じる者。
3;聖家族教会を「わっグロい!」と思う者。








104: 世界@名無史さん 2009/05/11(月) 14:25:27 0
ムスリム支配下のスペイン、北アフリカにおいて、改宗せずキリスト教徒のままの兵士、将軍、貴族がいたのだろうか・・・?

105: 世界@名無史さん 2009/05/11(月) 15:37:22 0
>>104
キリスト教徒についてはよく知らんが、ユダヤ教徒なら、ジール朝グラナダの宰相にまで登りつめたシュムエル・イブン・ナグレーラ、アブド・アッラフマーン3世とアル・ハカム2世の宮廷医を勤めたハスダイ・イブン・シャプルート。

シャプルートは官職を与えられて後ウマイヤ朝の外交活動や徴税義務を指揮した。

107: 世界@名無史さん 2009/05/11(月) 21:21:31 0
つ マイモニデス

108: 世界@名無史さん 2009/05/11(月) 21:49:22 0
マイモニデスはコルドバに生まれ、ムワッヒド朝の迫害を受けて偽装改宗者となった。

1165年にスペインを離れ、イェルサレム、ヘブロンなどを転々とした後、アイユーブ朝の首都カイロに身を落ち着けた。
ペストの脅威からカイロ住民を守ったことが評判となり、サラディンの宰相の保護を受け、やがてアイユーブ朝の宮廷医、エジプトのユダヤ人共同体代表となった。

111: 世界@名無史さん 2009/05/11(月) 23:29:08 0
>>108
12世紀にはペストが、ヨーロッパだけでなくイスラム圏でも流行ったのね。
それでマグリブの人口も激減し、ヒラール、スライムというベドウィンに侵入される隙が出来たのかな?

109: : 2009/05/11(月) 22:35:47 0
スペイン人の祖先を辿れば20パーセントぐらいユダヤ人の血を引いているらしいけど、著名人で言えばフランコ将軍とかですかね?

113: 世界@名無史さん 2009/05/12(火) 19:33:19 0
フェルナンド2世もユダヤ人の血をひいてたやん

116: 世界@名無史さん 2009/05/16(土) 07:16:17 0
イベリア半島は一時ユダヤ人が集まったからね。

117: : 2009/05/16(土) 17:50:36 0
セファルディムってやつですか?
セファルディムは、ディアスポラのユダヤ人の内、主にスペイン・ポルトガルまたはイタリアなどの南欧諸国や、トルコ、北アフリカなどに15世紀前後に定住した者を指す言葉。


119: 世界@名無史さん 2009/05/16(土) 20:57:32 0
チャールズ・ダーウィンが南米に立ち寄った際、スペイン系入植者がスポーツハンティングで先住民を撃ち殺しまくっていることに驚愕し、それはあんまりじゃないかと訴えた。
入植者は怪訝そうな顔をして、こいつらはどうせすぐ殖えるんですよ、と応えたという。

143: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/05/21(木) 23:23:17 0
>>119
それでもパンパではまだそれぐらいの時期はインディオと白人の交流が続けられてたけど
(ダーウィンの航海記に出てくるロサスでさえインディオの言葉を習ったという)ミトレ、サルミエントが勝利してからはもう完全なジェノサイドに。
ガイマン、トレレウにはウェールズ人、サルミエント(だったっけ)にはボーア人、リオ・ガジェーゴスには(多分)ガリシア人、その他東欧人が多数入植し、アルゼンチン軍のロカと共にインディオの抹殺に。
余りにも殺し過ぎたために、自ら望んだ行為によるトラウマは非常に大きく、今もアルゼンチンが「南のヤンキー」になってしまったとか、20世紀中盤以降の不安定な政治の原因になったとも。


で、全然関係ないけどブラジルのパンデイロって楽器は、北アフリカからポルトガル経由でもたらされた楽器なのだとか。
最初にアメリカ大陸に上陸したアフリカ人(確かコルテスの奴隷)は実はムーア人だったし、ゲバラとベン・ベラの話みたいに、意外とラ米と北アフリカは繋がりがあるようで

149: : 2009/05/23(土) 22:35:34 0
>>143
ガジェーゴってガリシア人の名称ですよね。アルゼンチンやウルグアイに移住したガリシア人は多かったらしいですね。

150: 世界@名無史さん 2009/05/24(日) 08:48:01 0
ガリシアは零細土地保有が多い土地柄ゆえ、一攫千金組の目立つスペイン移民の中でもわりと働き者。

151: 世界@名無史さん 2009/05/24(日) 09:50:56 0
>>150
フランコもガリシア人だったね。

152: 世界@名無史さん 2009/05/24(日) 13:59:44 0
キューバのカストロもガジェゴの子孫だよ。
ただガリシア人は大土地所有者ではなく、自作農で移民し、均等分割して相続する習慣だから、農地が細分化される難点がある。コスタリカなどその典型。
一応ケルト人の子孫ということになっている。

アルゼンチンタンゴの題名にまでなっているくらいだから、アルゼンチンには相当ガリシア移民が入っているはず。ウルグァイもね。
他はコスタリカかな。

あと、バスクの子孫もチリやメヒコには多いよ。
1986年のアルゼンチンのワールドカップ優勝メンバーにもいたから、アルゼンチンも絶対数としてはかなりいるだろうね。
バルセロナやマルセイユから出航したんだよ。

155: : 2009/05/24(日) 22:14:52 0
>>152
バスク人は勤勉な民族で、南米では確かアルゼンチンに一番多く移民として渡ったと聞いてます。チェ・ゲバラやペロン夫人、解放戦争の英雄シモン・ボリバルもバスクの血を引いるんでしたね。スペインでも経済の中枢を担っている地域なので、バスク人は独立したいけどスペインはそれは困るって事で長年揉めてますよね。
まぁ、スペインからしたら経済的にも痛手だし、認めたらじゃあカタルーニャもってなるのが目に見えてる。両地域とも経済の要のとこだし、独立を認めた日には国家解体が現実的になってしまう。両地域ほどでは無いにしろ、ガリシア地方でも問題は燻ってますからねぇ。
ETAでは幹部の逮捕の影響で弱体化していると言われてるけど、まだ銃を置いた訳ではないのよね。

161: 世界@名無史さん 2009/05/25(月) 22:15:57 0
中南米へのスペイン移民は、18世紀までは南部が中心。
だから中南米の公式スペイン語は南部なまり。
19世紀以降は、バスクとガリシアが中心。
これらが、近代労働者と自作農の中心。

163: 世界@名無史さん 2009/05/26(火) 22:59:33 0
コロンビアのメデジンもバスク系が多い。
意外と知られていないけどね。

164: : 2009/05/27(水) 07:02:59 0
>>163
そうなんですか?初耳です!メデジン市がビルバオと姉妹都市なのも関係あったりして

170: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/05/31(日) 15:27:35 0
>>164
http://en.wikipedia.org/wiki/Basque_people

ここ見ると、絶対数は多くないけどアンティオキアに固まってるって感じみたいね。 

166: 世界@名無史さん 2009/05/29(金) 19:35:43 0
バグパイプというのはケルト系の遺産だが、世界でイギリス・アイルランド以外でこれが普及しているのは、ガリシアとコスタリカだけ。
コスタリカへのガリシア移民の影響力の強さがわかる。

170: ウーゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/05/31(日) 15:27:35 0
>>166
ブルターニュ!ブルターニュ!

168: : 2009/05/30(土) 07:57:12 0
ガリシアって日本でいう東北のイメージがある。寒くて
農水産業が盛んなとことか。

169: 世界@名無史さん 2009/05/31(日) 09:21:54 0
要するに田舎ということだな。
だから近代になって死亡率が低下してくると子沢山になり、米大陸に移民するようになる。過去のゲルマン民族のスゥエビ族の血も交じっているとのこと。

172: 世界@名無史さん 2009/06/02(火) 01:07:23 0
バグパイプとケルトとは直接関係がない。ケルト外縁地域、ガリシア以外にもある(あった)。トルコ、バルカン半島にも分布。
古代の大陸ケルトまで遡るというのであれば証拠が無い。

174: : 2009/06/02(火) 03:40:40 0
著名なガリシア人っていったら、フランコ将軍かな?バスクやカタルーニャの著名人はすぐ浮かび上がるけど、ガリシア人ではなかなか思い浮かばないもので。

175: 世界@名無史さん 2009/06/03(水) 05:45:35 0
ノーベル賞作家のカミロ・ホセ・セラもガリシア人。

178: 世界@名無史さん 2009/06/04(木) 16:55:27 0
もしハプスブルク(アブスブルゴ)家がスペインを支配しなかったら、スペイン人の関心がもっと新大陸に向いて、そして植民地経営のやり方も変わっていたかもしれないと妄想してみる。

1510年代には、新大陸にカスティーリャの農民を移住させ、ヨーロッパ式の農業を発展させようという試みがなされたことがある。インディオの保護者として有名なドミニコ会修道士ラス・カサスも、初期の頃はインディオを搾取することによって新大陸の経済を支えるのではなく、スペインの農民をアメリカへ定住させ、農地を開拓するとともにインディオたちに進んだ農耕技術を教えるという計画を持っていた。

ラス・カサスの計画は理想主義的にすぎる、といわれればそれまでなんだけど。

330px-Bartolomedelascasas (2)


バルトロメ・デ・ラス・カサス
(1484年8月24日 - 1566年7月17日)は、15世紀スペイン出身のカトリック司祭、後にドミニコ会員、メキシコ・チアパス司教区の司教。当時スペインが国家をあげて植民・征服事業をすすめていた「新大陸」(中南米)における数々の不正行為と先住民(インディオ)に対する残虐行為を告発、同地におけるスペイン支配の不当性を訴えつづけた。

179: 世界@名無史さん 2009/06/07(日) 07:09:11 0
ラス・カサスのおかげでインディオは「人間」と認知されたんだから。
ここで黒人と決定的な身分上の違いがでた。
でも、後世への影響は黒人のほうがはるかに大きい。

180: 世界@名無史さん 2009/06/07(日) 08:29:53 0
もしラス・カサス、あるいは似たような人道主義聖職者が居なかった場合どーなってただろうか?

181: 世界@名無史さん 2009/06/07(日) 08:40:58 0
異教徒だというのがインディオを人間扱いしない名分。
キリスト教化されたインディオに対しては早暁扱いを変える必要があっただろう。

182: 世界@名無史さん 2009/06/07(日) 08:48:18 0
>キリスト教化されたインディオに対しては早暁扱いを変える必要があっただろう。

ちょっと違うな。
それならキリスト教徒になった黒人は「人間」になっていたはず。
確かにキリスト教徒にするというのはひとつの条件だが、人種的にインディオつまり古モンゴロイドは比較的白人に似ているというのもあると思う。

183: 世界@名無史さん 2009/06/07(日) 09:02:36 0
元々奴隷であるものを他者(黒人王国やアラブ商人)から購入したのだから構わないという考え方では。

184: 世界@名無史さん 2009/06/07(日) 18:45:13 0
だからインディオもそうしようとしたら、ラス・カサスに反対されたということ。
実際には、黒人以上にひどい目に会っているけどね。

189: 世界@名無史さん 2009/06/09(火) 06:34:58 0
イベリア半島人からみて、古モンゴロイドのインディオは外見上もあまり違和感がなかったのだろう。だから中南米は混血のてんこ盛り。
だから中南米人はアイデンティティが明確でない。
とりあえずこう言い切っておく。

193: 世界@名無史さん 2009/06/18(木) 20:39:49 0
ポルトガル人がブラジルにやってきた後、彼らは肯定的な性質の先住民と否定的な性質の先住民を区別した。たとえば、軍事能力に優れ、執拗な抵抗で有名なアイモレは、ポルトガル人の記録では常に否定的に紹介されている。
ポルトガル人の叙述によれば、先住民は一般に「人間」として家に住んでいたが、アイモレは動物として森に住んでいた。トゥピナンバの人肉食は復讐のためだったが、アイモレは人肉が好きだから食べるとされた。ポルトガル国王が最初の先住民奴隷禁止令(1570)を出したとき、アイモレだけが特別に除外された。

203: 世界@名無史さん 2009/07/05(日) 17:17:37 0
いまでこそスペインとポルトガルしかないけどさ、当時ってやっぱ、アラゴン、カスティリャ、トレド、ナスル朝、レオンなんかの群雄諸国の一国だったのか
ポルトガルって。

204: 世界@名無史さん 2009/07/05(日) 18:22:03 0
何故ポルトガルだけ残ったのだろうか。
地理的なものだろうか。
一時はイベリア全体がひとつになったのに。
まあ、その方がバラエティがあってこっちは面白いけどね。

209: 世界@名無史さん 2009/07/10(金) 22:24:47 0
>>204
民族が違うというのと、海に出るのにいい位置にあったんで経済的に自立できた、という2つの要因があるんじゃないだろうか。

民族の違いだけだと、ナバル王国の方が違いが大きいけど、経済的に厳しそう。

205: 世界@名無史さん 2009/07/05(日) 20:11:29 0
ポルトガルって、1580年にアヴィス朝が断絶して、ハプスブルク朝スペインに併合されている。でも1640年に、イギリス、フランス、オランダの支援を得て再独立。
一方、アラゴン・カタルーニャ連合王国のほうは独立に失敗。
その後はスペインと敵対関係にあるイギリスと同盟し、1662年にはカタリーナ王女がチャールズ2世と結婚。

240: 世界@名無史さん 2009/09/15(火) 22:04:19 0
スペイン・ポルトガル人には、南米の人たちに対して謝罪の気持ちはないのですか?

241: ウゴウゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/09/16(水) 09:32:43 0
>>240
今もクリストバル・コロンがアメリカ大陸を「発見」した10月12日は「人種の日」(Dia de Raza,iにアクセントないけどゆるして)としてスペインの国民的な祝日になっており、西葡両国人ともアメリカ大陸に文明を伝えたことはナショナルアイデンティティになっております。
で、ラ米と仲良くしていこうと思っている人ほど、ここに対する自負が強かったりもします。ポルトガルのマリオ・ソアレス元大統領とか。
ラ米では先住民や黒人運動の高揚で、90年代から公的な史観の大規模な見直しが行われてて、ベネズエラなんかでは10月12日は「先住民の抵抗の日」に意味合いが変えられたりしてるけど、あんまりそこに同調するようなイベリア人の声は余り聞かない気がします。
例外的に昔はバスク民族主義運動がキューバ革命に範を求めていたようなこともあったけど、今はどうなんだろう。

なんだかんだでイベリア人とラテンアメリカ人は仲良いし、スペインは援助なんかでは頼れる兄貴分みたいなポジションだから他人がどうこう言うことじゃないのかもしれないけどね。

242: 世界@名無史さん 2009/09/16(水) 15:45:24 0
>>241
ラテンアメリカでスペインに対して良い感情を持ってるのは所謂 白人が大多数を占めるアルゼンチン・チリ・ウルグアイ等と聞いたのですが、それ以外の先住民やメスティーソからなる国々ではどう思われてるんでしょうか?

244: ウゴウゴ ◆eaYqa3SeLE 2009/09/16(水) 22:41:12 0
>>242
メスティーソ国家に関してはなかなか難しいけど、感情的な反発はありながらも基本的には頼りにしてるぜって感じだと思います。

政治ではアメリカと歩調を合わせるか、ブラジルと歩調を合わせるかの選択になった時に第三者(どっちかっていうとブラジル寄り)として頼りになる存在だし、経済でも近年のスペイン資本のラ米流入には凄いものがある。
確かイラク戦争の時も中米諸国軍はスペイン軍の指揮下に入ったんじゃなかったかな。これは、スペインに対して内心悔しい思いを持ってる中米諸国も、自分の国の兵力をスペインになら預けても良いってことなのかと解釈してます。

文化やアイデンティティにおいても、本当に山奥に住んでててスペイン語わからないインディオはともかく、もうどの国でも住民の大部分がスペイン語化してるし、旅行してると南米人とスペイン人は仲良さそうにしてるのをよく見たりします。
ちょっと前にチャベスがスペインの王様とケンカしたけど、結局仲直りして国民に「セルバンテス(もちろん西語の超古典!)を読め」なんて言い出したり、メキシコ近現代史の学者が日本語訳されてるメキシコ史の本の中で(『メキシコ1810-1910』とかそんなタイトルだったかな)「メキシコ文明は先住民の文明とスペインの文明に起源を持ち…」なんて書いてたりするぐらい。

もちろん、コロンやピサロやコルテスやアルバラードに対しては、「極悪非道な征服者」って立場が今の中米、メキシコ、アンデス、西語カリブ海の社会でも一般的なんだけれども、現存する国家やnationとしてのスペインには、複雑な感情を持ちながらも概ね好意的といってもいいんじゃないかと。 本物のインディオと極右ナショナリストはこの限りじゃないかもしれない。
でもサパティスタ運動のように、目下のラ米の敵は地理的に遠く、文化的に近いスペインじゃなくて、「北の大国」と現存の資本主義世界システムだったりもします。

とまあ偉そうに書いた割に中米、メキシコに関しては詳しくないので、もっと詳しい人の意見も聞いてみるといいと思います。

263: 世界@名無史さん 2010/01/31(日) 17:14:51 0
スペインとポルトガルって悪逆非道のイメ-ジがあって嫌いだな。
今は小国だし関係ないから良いが、国力付けるとろくでもない気がする。

285: 世界@名無史さん 2010/03/04(木) 10:28:21 0
>>263
野蛮なアングロサクソン乙。
16世紀ではイスパニア人は邪悪なムーア人を制し、法と信仰を遵守する紳士であった。
一方、ブリテンといえば、ヨーロッパにおけるオスマンとイスラムの驚異も知らず、カトリックの信仰もローマの文明からも遠い田舎モンであり、ローマ教会からは軽視され続けてきた存在であって、そういう田舎モノが謳う「信教の自由」が英国聖教会に過ぎない。
イスラムの驚異を駆逐し、キリスト教を守護し、レコンキスタすなわち十字軍を成し遂げたのは、スペインなのは、疑う余地のない事実である。

オスマンと戦ったことの無いコソドロブリテンや弱小フレンチが栄光のスペイン帝国をあれこれ侮蔑するのは滑稽である。

293: 世界@名無史さん 2010/04/27(火) 16:10:06 0
>>285
レコンキスタと十字軍って違わなかったか?
どっちも異教徒と(キリスト教徒ともw)戦ってはいるが。

294: 世界@名無史さん 2010/05/23(日) 02:34:37 0
>>285の文脈は変だけど、リスボン攻略戦とかの重要な戦いで十字軍がレコンキスタの手伝いをしてるよ

引用元: ・スペイン・ポルトガル史総合スレッド2



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