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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/02/03(土) 23:55:50 ID:CHJwzLBs0
なんか春秋時代って日本の中世(平安末期~安土桃山)に似ている気がしますが?









165: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/23(水) 16:40:03.22 ID:H8O7pdnt0
中国も秦が西周潰してなければ違う道もあったかな

166: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/23(水) 18:24:43.80 ID:8B+uecsM0
東西に分裂した時点で有り難みが無くなったろう。

167: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/29(火) 00:06:48.13 ID:w+JzP1Qo0
全ての元凶は幽王か
幽王(ゆうおう)は、周朝の第12代の王。宣王の子。携王の兄。平王、太子伯服(伯盤)らの父。西周最後の王である。褒姒という女性を愛し、彼女の笑顔を見たさに王国を滅亡させ、自らも反乱に遇い命を失った。
幽王の死後、申侯は廃太子となっていた宜臼を平王として立てた。しかし兵乱により王都の鎬京は破壊されていたため、平王は東の洛邑へと遷都し、ここに西周は消滅して東周が始まった。

168: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/29(火) 00:31:14.49 ID:nsJWu3wV0
いや、東周時代の末期の、王畿(洛陽周辺)にしか影響力の無くなった頃に東西に分裂したんだよ。
これをそれぞれ東周/西周というんだ。ややこしい話だが。
東周(紀元前770年 - 紀元前256年[2])は、中国の歴史上の王朝。洛邑への遷都(中国語版)後の周朝の便宜的な呼称で、鎬京に首都を置いていた時代の周を西周と呼ぶ。東周の時代の始まりは「春秋時代」の開始でもある。

赧王の時代には、東周の国勢は益々衰え、同時に内部での争いが絶えなかった。周は東周国と西周国に分かれていて、赧王は西周に遷都した。赧王八年(紀元前307年)、秦が両周の道を借りて韓を攻めようとしたが、周人は道を貸さなかった。赧王六十年(紀元前255年)には西周国が秦によって滅亡し、赧王も死した。これにより中国の王朝で最も長い790年続いた周王朝は滅亡した。

七年後には、東周国も秦によって滅亡し、周王室の祭祀は完全に途絶えた。

181: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/07/30(月) 12:34:08.53 ID:+FDeDb9T0
斉の桓公って徳川家康とちょっと被るな
昔冷遇した奴にしっかり仕返しするところとか
桓公(かんこう)は、春秋時代の斉の第16代君主。春秋五覇の筆頭に晋の文公(重耳)と並び数えられる。鮑叔の活躍により公子糾との公位継承争いに勝利し、管仲を宰相にして斉を強大な国とした。また、実力を失いつつあった東周に代わって会盟を執り行った。

182: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/07/30(月) 18:58:18.72 ID:7n7+Tby30
桓公本人はクズだからな。管仲の進言には必ず従ったから覇者になれたけど。

187: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2012/07/31(火) 23:59:40.62 ID:hg5wYzCc0
管仲敵に回して公位を襲っただけでもクズではないだろうさ。少なくとも公子糾よりは。

188: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/08/01(水) 00:04:01.98 ID:UA8q/3Ba0
その時は管仲が小臼の演技に騙されたんだからしょうがない。糾の責任ではない。

189: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2012/08/01(水) 00:05:16.96 ID:tbUYyAHs0
そう言ってしまったら桓公が管仲を超えてまうぞ。

193: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/01(月) 22:04:46.55 ID:bzpNZevV0
桓公って死んだあと棺の中に入れられたまま放置されて虫が湧いた・・・

194: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/02(火) 06:30:45.11 ID:QMNQ4j0s0
餓死説もあるよ。
死んだあと放置なら本人にとっては大して悲惨じゃないな。

195: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/05(金) 21:53:24.58 ID:KGYXhXTc0
自分の息子を料理したエキガってすげーなw
料理番から側近ってのもスゲーが
易牙(えきが)は、中国・春秋時代の料理人。斉の桓公に仕えた寵臣「三貴」の一人。自分の子供を食材にした料理で主君の舌を喜ばせたという理由で名料理人としての評価を確立し、斉の桓公の料理長として大夫まで出世した。

紀元前645年、その度を越えた酷薄さと自己の栄達のために手段を選ばない姿勢を警戒され、管仲により職を追われるが、料理がまずくなったという理由で再び登用され、復職する。(管仲は死の間際まで易牙を警戒し、主君の桓公に対してもその再登用を諫め続けていた。)紀元前643年、桓公の死後、その葬儀も進めずに後継者争いに加わり、多くの犠牲者を出すほどの国政を混乱させた末、魯に亡命した。


196: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/11(木) 08:30:01.03 ID:NXrrlvyO0
伊尹・・・

197: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/12/07(金) 01:56:05.50 ID:MYkKRDYW0
料理人といえば屠蒯という人もいるな
君主に出す料理を取り仕切るだけあって、料理長には人物が多いのかな

202: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/02/16(日) 20:41:32.42 ID:k2fo7Ols0
呉越といえば仲の悪いもの同士の代名詞だけど
かつてのアメリカとソ連みたいなものかな

205: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/07/01(水) 18:58:04.67 ID:+Nmx/KFL0
>>202
米ソはどっちかっていうと「晋と楚」だろ

226: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/19(金) 10:14:11.82 ID:zmRg9E4U0
>>205
米ソを晋楚に例えるなら鄭とか宋とか斉とか衛とか、
どのへんだろうかね

206: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/21(水) 18:15:42.50 ID:iq+5H6EK0
呉越って国力はどちらが大きいの?

207: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/21(水) 22:17:40.51 ID:uDtuXymF0
呉越で殴りあってた頃なら、闔閭の改革を経てるから呉の方がやや上じゃない?
句践が夫差に勝てたのも、会盟で呉都に居ないのを奇襲したからなようなもんだし

208: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/22(木) 12:17:34.31 ID:9/AHotv60
句践が帰国を許されて10年近くをかけて国力増強に勤しんだけど、それでも呉を凌駕する軍事力を手に入れたってわけでもないもんなあ
むしろ夫差が戦争しまくりで疲弊してたからってのも大きいと思う

209: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/22(木) 16:27:32.80 ID:/x+OV+eW0
そもそも富国強兵したからって簡単に強くなれるもんなの?
そんならその間他の国は何をしていたんだ?
未開拓の余地がある、肥沃な国が、開拓して限界に達していた国を凌駕したってこと?

210: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/24(土) 10:27:32.51 ID:CH1aLgn50
史記読めばわかるが大概の国は一族や官僚が政権を牛耳って自己の利益誘導に走り国力が伸びないか低下するパターン
そんな中で呉起みたいな改革官僚を登用すると不正が一掃されて国力増強にリソースを使って国力が飛躍的に上昇ってパターン
今の日本の政治見てもわかるが利権を突き崩そうとすれば社会的に抹殺される
当時の中国では文字通り抹殺される
呉起も登用した王が死んだらすぐに暗殺されたし

212: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/24(土) 19:57:35.40 ID:HVTwpY1A0
>>210
商鞅とかもそうだけど最後は無惨なもんだよな
ただそれだけ有能なら王の後継者にもしっかり取り入っておけばいいのに、とかオモタ

213: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/29(木) 21:38:01.29 ID:rGriESG+0
呉の伍子胥とかも皇太子に嫌われて代替わりで最後は自決するはめになったね

214: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/10/30(金) 00:14:40.04 ID:HNJnXDfp0
商鞅はあれで取り行ったつもり(法を曲げて太子を罰しなかった)なんだろうけどなー

あと次王に取り入るって簡単に言うけど性が合わない上司とかこちらを嫌ってるクラブの先輩と仲良くやっていけるのか、という命題にすると現代でも相手次第でこちらがどう頑張っても無理ゲーっていうケース一杯あるしな

范蠡みたいにさっと身を引くのは難しい

216: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/05/08(日) 03:19:53.19 ID:5jsxaxTs0
范蠡や陳平は天寿をまっとうできてすごいよな

223: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/07(日) 22:22:17.89 ID:SjzxPD+U0
そういえば晋滅ぼす事になる趙と魏の祖先って文公の配下に居たんだな
三家分晋(さんけぶんしん)または三晋の独立(さんしんのどくりつ)は、晋から趙・魏・韓(三晋)が独立した事件。

晋陽の戦い後、紀元前434年に哀公が死に、3氏は晋領を分割し、晋は曲沃・絳などの小国となった。その後、紀元前403年に周の威烈王により3氏は正式に諸侯となった。そして紀元前349年に、晋の僅かな領土も趙・韓の連合軍が分割、静公は庶民となって、晋は完全に滅亡した。

224: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/08(月) 07:11:02.47 ID:l6YaZOSv0
>>223
韓にいたってはもともと晋の公族から分かれた家だけど

225: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/09(火) 00:08:44.73 ID:b7PFJe7G0
韓は春秋の頃はいい感じ
(名宰相スレでミスター・パーフェクト扱いだった韓厥とか)だったのに、戦国でパッとしないよな。
やはり地政学的な問題かね。

227: 邯鄲人 2016/10/12(水) 21:10:01.16 ID:4fsMvt9e0
>>225
地政学的な問題なので、ある意味ミスターパーフェクトな春秋韓氏のせいかもしれませんね。
戦国韓氏でよく名の知られた大物は昭釐侯、公仲侈くらいでしょうか。

228: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/10/12(水) 22:32:35.03 ID:FAGA03MU0
韓非子・・

229: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/10/12(水) 23:35:15.82 ID:7yPVb0Z30
韓非は大物なのかどうか微妙なとこだな
申不害とセット売りで多少有名な昭侯はともかく公仲はしぶすぎる希ガス
宮城谷小説になんかそんな奴がいたようないなかったような?程度の認識w

230: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/10/16(日) 00:41:16.64 ID:mcPNOXXn0
三番目に実力者とは言い難い公子非が出てくる時点でやばいぜ

232: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/10/16(日) 09:39:54.77 ID:Z/UKEXLL0
>>230
思想的には大きいからあげたけど、政治的には大物ではなかったな

233: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/10/20(木) 18:29:34.90 ID:GN06c63V0
近代になるまで韓非子の評価は低かった
よく生き残ったもんだ

237: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/08(火) 00:07:06.70 ID:ANzPhl360
六国にも名相が相当数いたんだろうなぁ
戦国は説客ばかり目立ってる気がする

239: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/17(木) 16:02:36.40 ID:2QBv0sQ20
春秋韓氏って他氏と比べて危難が少ないよね

240: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/17(木) 20:14:03.21 ID:AqJ3sseX0
>>239
代々あくの強い当主がでなかったからな
しかも豊かでもなく政争に関わらない様にして他家の妬みも買わずにきた
韓起がそれを嘆いた事があるけど、叔向からむしろそのおかげで禍から逃れられてると 寿がれて韓起も素直にうけいれてる
欒氏や范氏あたりは富強で政柄を握っていながら傲慢さや強欲さが他家の恨みも買ってたし

242: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/18(金) 23:42:02.32 ID:27G0typf0
韓は本拠地が度々遷ってる
当初は韓原だったが、韓起の時代に更に北方の平陽に遷り、更に子の時期には黄河北岸域の州に、更に鄭を滅ぼして漸く落ち着く
北部を趙に、中原を魏に抑えられていたのもあって、なかなか大きな地盤に根を張るのが難しかったのかな

243: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/19(土) 00:38:51.65 ID:5d7IU4Yq0
山西をフラフラ→中原に進出
というのは三晋共通の現象。

244: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/19(土) 21:41:32.72 ID:0DrlbsnP0
魏氏の地味さよ

246: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/22(火) 00:38:12.66 ID:n15Jf+SL0
説話が趙氏関連に偏ってんのはちょっと変だな

247: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/22(火) 08:18:09.76 ID:3crQzZre0
放火した話とかなんかショボいよな・・

248: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/23(水) 23:38:03.44 ID:AhgxWo4I0
↑動機が幼稚すぎる。
突出して美談が多い趙はなんか違和感あるね。

249: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/24(木) 17:30:57.57 ID:x0UTLPUX0
韓厥以前の韓氏もエピソード聞かないよな。
放火しただけ魏氏のほうがましとかいうわけではないが

250: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/24(木) 21:55:48.21 ID:9g/Qw9Po0
族滅したり中山王に娘を嫁がせておいて攻めたり、美談ばかりでもない。

251: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/11/25(金) 05:47:11.12 ID:EoX8kHdjO
趙武だって晩年は、耄碌した、ほどなく死ぬだろう、なんて云われたりする

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/03/06(火) 07:55:30 ID:GHa/Ww0b0
一人の力で国ががらっと変わるよなこの時代は
諸侯もぽっと出の人間をいきなり重用するし
なんか後世の時代よりもロマンを感じる

255: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/18(水) 20:42:56.07 ID:P0hAmRKh0
>>20
確かにロマンはあるが、無能には容赦ないのが乱世だから生き抜くのが大変そう

257: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/19(木) 20:51:25.64 ID:prI8atFZ0
>>255
無能にも有能にも一般人にも厳しい時代だな
>>20の意見には同意できない、特に一行目と二行目
人材抜擢は身分の垣根が低い後世(現代含む)の方が盛んだろう

258: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/19(木) 22:29:19.06 ID:XAC/ODpN0
ぽっと出の人間をいきなり重用って
どっちかというと戦国なイメージ

259: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/19(木) 22:55:18.36 ID:QZEqCxMG0
曹沫「マジで」
管仲「マジで」
百里奚「マジで」
伍子胥「マジで」
范蠡「マジd……というか俺ら学説によると戦国時代か?」

261: 258 2017/01/19(木) 23:04:58.80 ID:XAC/ODpN0
>>259
伍子胥はさほどぽっと出でもないけど、曹沫管仲百里奚は春秋前期でぽっと出が続いた感じか。
これは前言するわ撤回

260: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/19(木) 22:57:28.36 ID:QZEqCxMG0
たしかに晋楚の覇者体制が確立されてくるとぽっと出の人物がいきなり政柄を握るのはぐっと少なくなるな
社会秩序を維持するための覇者体制という学説があるくらいだから秩序をわざわざ崩すような振る舞いはやらんだろうし

262: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/20(金) 02:02:06.19 ID:YlDBizPr0
・有力公子に付いてる管仲はコネ十分
・伍子胥は超大国の有力貴族
・史実性低い范蠡
・百里奚の出身が士以下なら伝説を割り引いても凄いけどよくわからん
・曹沫は仮に左伝のインテリ曹沫を史実とするなら、ぽっと出→そこそこ重用なので該当する

多くは資料の貧困を主要な原因とする「ポッと出」なので実際の出自は悪くないと思われる
恐らくポッと出→いきなり重用は春秋の時代的特徴ではないでしょう

引用元: ・【呉越】     春秋       【五覇】