1: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 10:30:01.09 0
ロレーヌ家(フランス語:Maison de Lorraine, ドイツ語:Haus Lothringen)は、ヨーロッパ貴族の家系の一つ。シャトノワ家(フランス語: Maison de Châtenois)とも呼ばれる。
元来はロレーヌを統治した公爵家であったが、18世紀に婚姻によりハプスブルク家を相続してハプスブルク=ロートリンゲン家となったことで、ヨーロッパ史上において重要かつ最も長きにわたって統治した王家の一つとなった。
現在当主はカール・ハプスブルク=ロートリンゲンでオーストリア皇帝、ハンガリー、クロアチア、ボヘミア、ガリツィア・ロドメリア、イリュリアの王およびエルサレム国王の称号を有する。








4: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 11:10:05.04 0
ロレーヌ公国が現代まで存続する可能性はあったのかな?

7: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 12:15:50.52 0
>>4
フランツ・シュテファンがマリア・テレジアと結婚しなかったら可能性ある。

10: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 12:30:54.95 0
今のハプスブルク家は男系だとロレーヌ家なのに、単にハプスブルク家と略されてしまう一体なぜだ…

11: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 12:50:50.63 0
>>10
力関係的に明らかに婿入りだから

13: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 13:00:00.37 0
>>11
フランツ・シュテファンって入婿になるのか?

15: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 13:30:54.25 0
>>13
正確には入婿じゃないけど事実上入婿みたいなもの

12: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 12:52:15.54 0
ロレーヌ家の支配していたトスカーナってフィレンツェやカノッサがあったところだろ?
フィレンツェ共和国やカノッサ伯国を併せてトスカーナ公国が出来たの?
ルネサンス時代はメジチ家がこの辺で権勢を誇っていたと思うがどういう経緯でフランス出身のロレーヌ家がここの支配者となったの?

14: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 13:10:24.73 0
>>12
フランツ・シュテファンがマリア・テレジアと結婚、ロレーヌ公国を放棄。

メディチ家のトスカーナ大公ジャン・ガストーネが死去、メディチ家断絶。

ロレーヌ公国を放棄した代償としてフランツ・シュテファンがトスカーナ大公国を相続。

16: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 13:50:15.43 0
マリア・テレジアの婚約者候補
フランツ1世(ロレーヌ)
フリードリヒ2世(プロイセン)
カルロス3世(スペイン)

17: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 14:04:40.96 0
>>16
フリードリヒ大王と結婚してたらその後の歴史が大きく変わっただろう。

20: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 14:40:01.25 0
ハプスブルク=ホーエンツォレルン家

21: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 14:55:16.17 0
>>20
実現してたらハプスブルク家主導でドイツ統一してたかも?

22: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 15:05:00.77 0
>>20
恐ろしい…

32: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 17:20:25.02 0
フランス第五共和制政府はエルザス=ロートリンゲン地方をハプスブルク=ロートリンゲン家現当主カール・ハプスブルク=ロートリンゲン氏に返還すべき

アルザス=ロレーヌ大公国のシャルル・ド・アブスブール=ロレーヌ大公

33: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 17:35:45.08 0
アルザス=ロレーヌ大公国とかあり得るの?

35: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 18:30:40.31 0
ロレーヌ家はロレーヌはもちろん、アルザスも祖先にあたるエティヒョー家が、アルザス公として支配していたから、アルザス=ロレーヌとは歴史的に深い繋がりがある。

48: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 21:01:45.33 0
>>35
エティヒョー家はハプスブルク家の祖先では?

49: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 21:15:03.33 0
>>48
ハプスブルク家とロレーヌ家は同族になる。

36: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 19:05:00.50 0
最後の授業

39: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 19:55:15.41 0
>>36
フランス万歳!

40: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 20:00:01.31 0
ある日、フランス領アルザス地方に住む学校嫌いのフランツ少年は、その日も村の小さな学校に遅刻する。
彼はてっきり担任のアメル先生に叱られると思っていたが、意外なことに、先生は怒らず着席を穏やかに促した。
気がつくと、今日は教室の後ろに元村長はじめ村の老人たちが正装して集まっている。教室の皆に向かい、先生は話しはじめる。

「私がここで、フランス語の授業をするのは、これが最後です。普仏戦争でフランスが負けたため、アルザスはプロイセン領になり、ドイツ語しか教えてはいけないことになりました。これが、私のフランス語の、最後の授業です」。
これを聞いたフランツ少年は激しい衝撃を受け、今日はいっそ学校をさぼろうかと考えていた自分を深く恥じる。

先生は「フランス語は世界でいちばん美しく、一番明晰な言葉です。そして、ある民族が奴隸となっても、その国語を保っている限り、牢獄の鍵を握っているようなものなのです」と語り、生徒も大人たちも、最後の授業に耳を傾ける。
やがて終業を告げる教会の鐘の音が鳴った。それを聞いた先生は蒼白になり、黒板に「フランス万歳!」と大きく書いて「最後の授業」を終えた。

60: 世界@名無史さん 2019/06/11(火) 00:14:57.40 0
>>40
世界史の資料集にアルザス住民はドイツ語系方言が日常語で最後の授業は対独復讐を煽るプロパガンダ小説だ、みたいなこと書いてたな

62: 世界@名無史さん 2019/06/11(火) 00:30:00.97 0
>>60
アルザスは以前からドイツ語圏の地域であり、そこに住む人々のほとんどがドイツ語方言のアルザス語を母語としていた。
普仏戦争にも従軍したプロヴァンス出身のフランス人である作者ドーデは、作中のアメル先生に「ドイツ人たちにこう言われるかもしれない。“君たちはフランス人だと言いはっていた。なのに君たちのことばを話すことも書くことも出来ないではないか”」と言わせている。
しかし、その後に、フランツや生徒だけの責任ではない、国語をきちんと指導しなかった我々大人の責任でもある、と反省の弁も述べている。
さらにいえば、作者はフランス人とはいってもプロヴァンス出身であり、同地ではロマンス語系とはいえフランス語とは異なるプロヴァンス語が話される。

すなわち、アルザスの子供達は、ドイツ語の一方言であるアルザス語が母語であるため、国語であるフランス語を話すことも書くこともできず、わざわざそれを学校で習わなければならない状態だったのである。
主人公のフランツも、自分はやっとフランス語を書けるようになったばかりだと作中で語っている。
アメル先生は、アルザス語を母語とするアルザス人に対し、フランス語を「自分たちのことば」ないし「国語」として押しつける立場にあったものであり、本作においてはこの点が隠蔽されていることになる。
背景知識なしでこの短編だけを読むと、まるでアルザスの人々が外国語であるドイツ語を占領軍に押しつけられているようにしか思えない書き方をされている。

日本ではこの小説は1927年(昭和2年)に教科書の教材として採用された。戦後の一時期、『最後の授業』は教科書から消えたが、1952年(昭和27年)に再登場した。
しかし、田中克彦の『ことばと国家』や蓮實重彦の『反=日本語論』などによる、「国語」イデオロギーによって言語的多様性を否定する側面を持つ政治的作品であるとの批判もあった。
また、戦後のフランス政府は同地でのアルザス語・ドイツ語教育を容認しており、同作のフランス語純化思想はすでに過去のものとなっている。
1985年(昭和60年)からは日本でも教科書に採用されていない。らしい…

41: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 20:10:35.64 0
フランスとドイツの国境地域に位置するアルザス=ロレーヌ(フランス語: Alsace-Lorraine、ドイツ語: Elsass-Lothringen(エルザス=ロートリンゲン))では古くからケルト人が住んでいた。
ローマ帝国に支配された後は、歴史の中で幾度となく領土侵略が繰り返されたことにより、ゲルマン系のアルマン人とフランク人が相次いで侵入してきた。
それにより北部ではドイツ語のフランク方言が、南部ではスイス・ドイツ語に近いアレマン語が長らくこの土地で話されるようになった。
この地は、元来神聖ローマ帝国に属していたものの、帝国に野心を抱くフランスの侵略の標的となった。
しかし神聖ローマ帝国の側では、アルザス=ロレーヌを帝国の領域から切り離してフランスに割譲することによって、フランスの帝国への干渉を食い止めた。
結局1736年に、アルザス=ロレーヌはフランスに編入された。その間に公用語としてフランス語が用いられたため、アルザス地方の言葉はフランス語の語彙が入ったアルザス語として形成されていった。

1871年に普仏戦争でフランスが敗れると、ベルフォールを除いたアルザスと、ロレーヌの東半分がプロイセン(ドイツ帝国)に割譲される、という複雑な経緯を辿る。
普仏戦争に敗戦したフランスに反ドイツ感情が湧き起こったこの頃であり、毎週月曜日にパリで『月曜物語』の新聞連載が始まった。

42: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 20:15:14.51 0
ドイツ帝国統治下
当時の住民の大多数はドイツ系のアルザス人だったため、フランス語にそれほどなじみがあったわけではなかった。
ドイツ統一後もアルザス人は必ずしもドイツから完全な「ドイツ人」とは見なされていなかった節がある。
しかし安全保障上の問題からエルザス=ロートリンゲンを必要としていたプロイセンが「統一ドイツ」というナショナリズムを利用して普仏戦争を勝ち抜いたという経緯もあり、後には自治憲法の制定を認めるなど、比較的穏やかな同化政策を取っていたと考えられている。
しかしツァーベルン事件の発生後は中央政府および軍との関係が悪化し、自治憲法も停止された。

43: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 20:20:00.28 0
戦間期と第二次世界大戦
第一次世界大戦でドイツが敗北した後の1918年11月8日、同地域はアルザス=ロレーヌ共和国として独立した。
アメリカのウィルソン大統領はこれを承認しようとしたが、フランスは拒絶した。
11月19日にはフランスによって占領され、この地域は再びフランス領アルザス=ロレーヌとなった。
第二次世界大戦時、ナチス・ドイツのフランス侵攻によって同地方は再びドイツ領エルザス=ロートリンゲンとなった。ナチス・ドイツの統治においても同化政策は一定程度踏襲された。

44: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 20:21:20.61 0
第二次大戦後のフランス化政策
第二次世界大戦後この地区には再びフランス化政策が敷かれたが、テロや独立運動が発生するなど反発が強く、間もなくフランス政府も方針を転換した。
1999年のジョスパン改革により、初等教育からドイツ語・アルザス語の教育が認められている。イタリアの南チロル地方ほど明確なドイツ人地区あつかいではないが、バイリンガルを基本として民族的な独自性が尊重されている。
ストラスブールに欧州議会が設置されたのもこうした背景が大きい。

政治的には、普仏戦争で勝利したプロイセン王国がエルザス=ロートリンゲンでのドイツ式初等教育義務化を実施し、フランス語は外国語教育としてのみ導入されていた時代である。
ただしもともと、アルザスにおけるフランス語は公的文書などのごく一部に使用されていたに過ぎず、フランス政府自身がアルザスにフランス語を強制しても定着の見込みはないと諦めていた、という意見もある。

45: 世界@名無史さん 2019/06/10(月) 20:22:30.10 0
結論、アルザス=ロレーヌの歴史はかなり複雑

66: 世界@名無史さん 2019/06/11(火) 08:35:40.80 0
アルザス人ってドイツ人?

67: 世界@名無史さん 2019/06/11(火) 09:25:51.22 0
>>66
はい。
アルザス人(アルザス語: Elsässer, Elsässi、アレマン語: Elsäßer、標準ドイツ語:Elsässer、フランス語: Alsacien)とは、フランス中東部のアルザス地方に住むアルザス語を話す南部ドイツ人に属するアレマン系の民族。
アルザス・ドイツ人、エルザス人とも呼ばれ、ドイツ系フランス人の大部分を占める。

68: 世界@名無史さん 2019/06/11(火) 09:29:30.35 0
>>67
アルザスの中心都市はストラスブール(ドイツ語名:シュトラスブルク)である。

いまではライン川をはさんでドイツと国境を接しているこの地域は、元来ドイツの前身である神聖ローマ帝国の支配下にあり、フランス領になったのはスペイン継承戦争以後である。
これ以降、アルザス人は『ブルボン家に仕えるドイツ人』と呼ばれるようになった。

フランス領になってからは「フランス化」が進められたが、普仏戦争でドイツに再統合された(このときのエピソードとして、かつてはフランス語に変わってドイツ語が強制されたとアルフォンス・ドーデの短編小説『最後の授業』が例に取り上げられることがあった。
しかし、アルザス人が用いる言語アルザス語はドイツ語の方言もしくは標準ドイツ語と極めて近縁な言語であり、実際にはフランス政府による国民統合推進の犠牲となり、アルザス本来のドイツ文化が抑圧されてきた。
そのため、この作品はアルザスの実態を示すというよりも、反独民族主義的なイデオロギーを含む作品と考えられている)。

69: 世界@名無史さん 2019/06/11(火) 09:31:00.50 0
>>68
しかし、140年も及ぶフランス支配の帰結として、他のドイツ人とアルザス人との間には文化的・政治的意識のズレが生じ、ツァーベルン事件を機にドイツ人に侮辱されたアルザス人自身はドイツを完全な祖国と見なさない場合が多くなった。
他のドイツ人からはアルザス人はフランス文化に汚されていると見なされ、アルザス人は徐々に他のドイツ人と違った独自のアイデンティティーを模索するようになった。

第一次世界大戦後、アルザスは再びフランス領となったが、第二次世界大戦においてナチス・ドイツはアルザスを奪回し、一時的に支配下に置いた。
しかし、ドイツの敗戦と共にアルザスは再々度フランス領となり、今に至る。

このように度々フランスとドイツの紛争地となったこともあり、アルザス人の間には国民意識というより地域意識といえるような独自のアイデンティティーが形成されていった。

96: 世界@名無史さん 2019/06/12(水) 18:36:10.55 0
ロレーヌ家の祖先については大きく二つの説があって、一つはハプスブルク家と同じアルザス公エティヒョーを祖とするエティヒョー家説、二つは上にも出てるパリ伯ジェラール1世を祖とするジラール家説がある。
一昔前はエティヒョー家説もとられることが多かったが、現在ではエティヒョー家説を提唱する学者はほとんどおらず、ジラール家説が有力となっているらしい。

98: 世界@名無史さん 2019/06/12(水) 20:21:35.68 0
ロレーヌ家ってだいぶ古い家系なんだな

99: 世界@名無史さん 2019/06/12(水) 20:59:15.02 0
よく考えたらマリア・テレジアとフランツ・シュテファン、マリア・アンナとカール・アレクサンダーでハプスブルク家とロレーヌ家の二重結婚なんだな。

100: 世界@名無史さん 2019/06/12(水) 21:05:35.78 0
カール5世以降のハプスブルク家の君主で傑出した人物ってマリア・テレジアとヨーゼフ2世くらいだよね、他は凡君ばっか
でもだからこそハプスブルク家の栄華は長続きしたのかもね

109: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 11:40:54.80 0
>>100
レオポルト1世、レオポルト2世は名君
むしろヨーゼフ2世は無能とはいわないがそれほど有能ともいえない気がする

111: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 15:15:15.43 0
>>100
カール5世の弟フェルディナント1世は頗る有能
治世の大半でカールの影に徹してたし即位から10年程で没してるから目立たないけどな

110: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 13:30:29.13 0
スペインはブルボン家に王朝交代したらパッとしなくなったな、凋落の一途を辿る一方だし、何度か王政廃止されるし、そのたび王政復古するのはすごいけど。
オットー大公が1961年にフランコからスペイン王位を打診されてるけど、現在の状況を見る限り断って正解だったかも。

112: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 18:18:24.20 0
フアン・カルロス1世は先日公務から完全に引退したね

113: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 19:00:55.67 0
フアン・カルロス1世は名君

114: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 20:20:30.25 0
>>113
晩節汚さなければ名君だった…

115: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 21:30:29.68 0
同じブルボン家でもスペインとルクセンブルクでは大違い。

116: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 22:10:15.12 0
フェリペ6世って、レティシアと結婚する前に、貴族と交際してたが母でギリシャ王族のソフィアが高望みしてしまった結果、現在に至る。
スペイン王室は公金にまで手を出すくらい貧乏だから、どうせならカール大公みたいにティッセン=ボルネミッサ男爵家のような大富豪から妃を迎えればよかった。

119: 世界@名無史さん 2019/06/13(木) 23:59:59.89 0
ボルネミッサ男爵家自体は17世紀から続くトランシルヴァニアの貴族で、その女性相続人がハインリヒ・ティッセンと結婚。
1907年にフランツ・ヨーゼフ1世から承認されてティッセン=ボルミネッサ男爵となる。
この二人の次男が美術品収集で有名なハンス・ハインリヒでイギリス王室に次ぐ美術コレクションを所有しており、彼の長女フランツェスカがハプスブルク家のカール大公と結婚した。

120: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 00:01:53.63 0
>>119
ちなみにハンス・ハインリヒの最初の妻リッペ=ヴァイセンフェルト侯女テレーザとの間に生まれた長男ゲオルク・ハインリヒは、メラン家のカタリーナ・エレオノーレ伯爵夫人と結婚、長男シモンがいる。

この長男の家系は血統ロンダリングに成功し、血統的にもれっきとした貴族になった。

122: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 07:30:30.49 0
>>120
現在、鉱山財閥ティッセン社(現在のティッセンクルップ)の創業者アウグスト・ティッセンの男系は、ティッセン=ボルネミッサ男爵家のみとなっている。

123: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 08:25:00.56 0
オットー大公は財産没収されて亡命中どうやって生活してたのかな?

124: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 09:40:01.70 0
>>123
没収される前に予め避難させてた帝室財産とか残ってそうだけど

130: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 17:25:35.36 0
ハプスブルク家はヨーロッパの藤原氏

131: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 17:41:44.54 0
藤原氏なんてどこまでいっても外戚であり臣下にすぎない
ハプスブルク家は本当の帝室

132: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 19:05:55.30 0
むしろハプスブルク家はヨーロッパの徳川家

137: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 22:10:05.54 0
>>132
ドイツ帝国以降はホーエンツォレルン家がヨーロッパの徳川家

142: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 22:30:20.18 0
>>137
ドイツ諸侯って日本の諸侯とそっくりだな

220: 世界@名無史さん 2019/06/16(日) 00:05:41.37 0
>>142
日本の江戸幕府みたいに大名を改易したり国替えしたりするほどの権力を神聖ローマ皇帝は持っていなかったから諸侯は割りとのんべんだらりしてたんじゃないかな
寧ろ、皇帝選挙に携わった七選帝侯は皇帝に対し偉そうにしてたと思う

143: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 22:35:25.91 0
ハプスブルク家はイギリスやフランスみたいに皇族個人に爵位を与えることはないんだね
みんなオーストリア大公で一律だし

145: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 22:40:13.61 0
>>143
トスカーナ大公、エスターライヒ=エステ大公、モデナ公、テシェン公くらい?

147: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 22:40:50.62 0
ハプスブルク家の中でもオーストリア=エステ家の貴種感は別格。
みんな王侯貴族と結婚してる。これからは減っていくんだろうが…
あとローレンツ大公の弟マルティン大公の長男がバルトロメウス大公(Bartholomaeus)って名前がすごい。

152: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 22:45:00.15 0
なんだかんだでハプスブルク家は他の旧王室のように分裂しないだけいい
旧王室のブルボン家、ロマノフ家、サヴォイア家、ヴェッティン家など有名なところはほとんど分裂してるし

153: 世界@名無史さん 2019/06/14(金) 22:48:59.71 0
>>152
最有力な皇族である皇太子のオットーが長生きだったのが大きかった。
もし夭逝していたら相続で揉めたろう。

引用元: ・ロレーヌ家を語る