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1: 世界@名無史さん 2010/12/16(木) 12:32:16 0
ティムール帝国について語ろう。

というか教えてください。
ティムール帝国に関する史料って何がありますか?
またその訳本は?








2: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2010/12/16(木) 18:46:39 0
>>1
ティムール帝国がある程度関係する史料で最も有名なのは、多分「バーブル・ナーマ」じゃないかな。ティムール帝国の王族で、後にムガル帝国を築くバーブルによる自伝なんだけど、当時の、サマルカンドの様子なんかが詳しく書いてある上、チャガタイ語の研究にも役立つ貴重な資料だよ。日本語訳については、確か間野英二先生が、それの訳とそれに関する研究について書いた本を出してたと思うよ。

3: 世界@名無史さん 2010/12/16(木) 21:22:44 0
>>1
カスティリャ王国の使節クラヴィホの旅行記

「チムール帝国紀行」と「遥かなるサマルカンド」のふたつの邦訳がある
入手は後者の方がしやすいだろう

53: 世界@名無史さん 2011/05/01(日) 23:11:04.24 0
>>3
外部からの観察者の記録としては、
クラヴィホの『チムール帝国紀行』の他には、 明朝の永楽帝の使節としてティムール治下のヘラートへ赴いた陳誠の『西域番国志』もある。

5: 世界@名無史さん 2010/12/17(金) 17:58:09 0
川口琢司 「ティムール帝国支配層の研究」に主な史料の論考があるよ。

6: 世界@名無史さん 2010/12/17(金) 21:01:41 0
アラブシャーのティムール伝の英抄訳読んだことあるけど文体が華麗すぎて
なるほど、わからんって感じだった

あとこれも英訳で、シャイバーニー朝時代の「トルコ人の系譜」という史書を読んだけど、ティムール朝の情報あるかと思ったら最後のページになって
「アミール・ティムールの事跡については他の史書に詳しく書かれているのでそちらを参照」
で済ませてたw

7: 世界@名無史さん 2010/12/19(日) 14:00:38 0
ティムール帝国の行政機構ってどうなってるの?
間野と安藤とマンツがそれぞれ違う説を出してるとはどこかで聞いたんだけど、だれか簡潔に説明してくれ。

8: 世界@名無史さん 2010/12/19(日) 15:11:33 0
>>7
Manzのはティムールが幕僚とかにその時々の状況に応じて肩書きを与えてるとかそういう話だったような・・・
Rise and Rule of Tamerlane昔斜め読みしただけなので違ってたらすいません。読み返してみる。

9: 世界@名無史さん 2010/12/20(月) 01:53:20 0
>>7
だれがどれだったかわからないけど、
1.中央官庁の下(中?)にテュルク庁(軍務庁)とサルト庁(財務庁)
2.行政官庁と法廷
3.軍務のディーワーン・トゥワチと財務・行政(・国務?)のディーワーン・a‘lā(?中央官庁?)
とかだったような……

1.の中央官庁と3.財務・行政の庁に同じ呼び方が付いてたりして混乱したままだ。
至高なるディーワーンとかアミールルウマラーが2人とか、アミール・ディーワーンは???
とかよくわからん!

11: 世界@名無史さん 2010/12/20(月) 21:29:35 0
>テュルク庁(軍務庁)とサルト庁(財務庁)

中公の「中央ユーラシアの統合」だかで安藤氏?がそれらについて書いてたような

13: 世界@名無史さん 2010/12/24(金) 02:49:10 0
ティムールってあんなに馬鹿でかくてクソ強かったのに、いつの間にか表舞台から退場してて気がついたらインドの国になってる。
ふしぎ!

14: 世界@名無史さん 2010/12/24(金) 21:49:29 0
ティムールは自分の死後も帝国がまとまった形で存続できると思ってたのかね。
一応後継者は指名してるけど。

15: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2010/12/24(金) 22:25:12 0
>>14
実際、アブー・サイードの頃までは帝国は勢力を保ててたから、ティムール本人も特に心配する必要はなかったんじゃないの。

16: 世界@名無史さん 2011/01/03(月) 11:26:22 0
ティムールの趣味は将棋。
口癖は「男の行く道はただ一つ」
兵に生水を飲むことを禁じたことが、茶(チャイ)を飲むトルコの習慣の起源だとされる。

17: 世界@名無史さん 2011/01/09(日) 04:17:40 0
なんでトルコの起源になるんだ?ティムールとオスマン朝ってアンカラの戦い以降はほぼ没交渉だったんだろ?

18: 世界@名無史さん 2011/01/09(日) 17:25:37 0
不思議に思うかもしれんがティムールはウズベクは既に当然だけどトルコ自体でも自分達の偉大な英雄扱いなんだなこれが
実際ティムールの彫像はウズベクだけじゃなくってトルコにも存在しててそこで自民族の英雄として記念切手にもなってたりしてるし

73: 世界@名無史さん 2011/05/31(火) 15:38:38.75 0
ウズベキスタン人に会ったらティムール褒めておけば喜ぶぞ

74: 世界@名無史さん 2011/06/03(金) 16:16:25.44 0
ティムール朝をあぼーんしたのがウズベク蛮族なのに・・・ 

75: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/06/03(金) 18:32:04.82 0
>>74 
まぁあそこら辺の民族事情は複雑だからウズベクと名乗ってても必ずしも、アイデンティティがウズベクだけにある訳じゃないしね。ティムールの血や、文化的影響もかなりあるからアイデンティティをそれに持つのも分かるし。

57: 世界@名無史さん 2011/05/03(火) 02:34:15.82 0
中国をタクラマカンを越えて征服したヤツはいないが
チムールが死ななければどこまで到達できたかな?

58: 世界@名無史さん 2011/05/03(火) 09:22:18.36 0
岡田英弘さんの本では明というより北元を征服して大ハーンを傀儡にして旧モンゴル帝国圏に号令するのが目的だったとか書いてたけどどうなんだろう

63: 世界@名無史さん 2011/05/08(日) 04:51:01.79 0
>>58
そんな大それた発想、もってなかったと思う。
いつも通り、宝物をサマルカンドに運ぶのが目的だったと思う。
買いかぶりもはなはだしい。

60: 世界@名無史さん 2011/05/03(火) 15:09:25.87 0
当時の北元はアスト部のアルクタイとオイラト部のマフムードが北元ハーンを改廃し続け、これにティムール朝や永楽帝も介入して大混乱といったありさまだったそうじゃねー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%85%83
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%88
直接乗り込んで制する説ってわけか

61: 世界@名無史さん 2011/05/04(水) 01:51:45.02 0
今更元朝皇帝とか持ってきても従う奴がいたんだろうか

62: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/04(水) 06:56:00.45 0
>>61
従う人がだれもいないならオイラト部とかが必死に傀儡ハーンを、立てようとはしないでしょ。まだそれなりに権威はあったと思うよ。

64: 世界@名無史さん 2011/05/08(日) 04:54:17.11 0
チムールが中国に攻め込んで長城の内側を征服していたらまさしく人類史上の壮観だったのに
ただチムールの騎馬軍団に攻城技術があったのかどうかは疑問

モンゴルの優れた攻城技術をもってしても長城を突破することはできなかった

65: 世界@名無史さん 2011/05/08(日) 09:33:43.35 0
>ただチムールの騎馬軍団に攻城技術があったのかどうかは疑問

十字軍が押さえていた小アジアのイズミルを攻略したときは城壁の周りに投石器や攻城塔をずらりと並べて大規模な土木工事を行い
海からの支援を阻止するための陸橋まで作ったそうだ。

66: 世界@名無史さん 2011/05/08(日) 20:42:12.48 0
>>65
そのイズミルはオスマンが何年かけても落とせなかったらしいから、攻城技術に関しては相当あったと思うね

100: 世界@名無史さん 2011/12/12(月) 19:07:35.07 0
ティムール帝国の人たちって、朝青龍顔の弁髪オヤジだったの?
コーカソイドの血の濃厚に入ったイケメンだったの?

102: 世界@名無史さん 2011/12/12(月) 20:43:05.55 0
>>100
遺体から復元した有名なティムール像は二重で髭濃い渋いオッサンだったよ
Timur_reconstruction03


110: 世界@名無史さん 2012/02/18(土) 03:21:58.32 0
もっかい墓開けてみようぜ!

126: 世界@名無史さん 2013/01/14(月) 13:58:23.75 0
史上最高クラスの戦術、戦略の天才軍人扱いされてるけどいまいちどんな戦術や戦略とったのかわからない
誰か教えろください

161: 世界@名無史さん 2013/03/02(土) 19:27:26.98 0
>>126
『アイハヌム2008』読め。
とくに終わりのほうにティムールの軍制と戦術についてそこそこ詳しく書いてある。

127: 世界@名無史さん 2013/01/14(月) 15:02:10.95 0
確か大草原で遊牧民の軍隊を追いかけて補足して撃滅とか
難攻不落の海上要塞の周囲を浮きで埋めて陥落とか

129: 世界@名無史さん 2013/01/14(月) 18:11:35.74 0
大まかに右翼、中央、左翼に分かれていた戦闘隊形をさらに前衛、中央、後衛に細かく分けたらしい。

130: 世界@名無史さん 2013/01/14(月) 20:45:00.84 0
徹底的な虐殺で勝利したんだろ?

131: 世界@名無史さん 2013/01/15(火) 00:17:56.52 0
まず勝利しなかったら虐殺も何もできないからw

オスプレイ・メンアットアームズのThe Age of Tamerlaneなんかでは
「チンギス・ハーンは冷徹に、具体的な目標を視野に入れて虐殺を行ったがティムールは明らかに無意味なサディズムの行為に耽溺していた」
とか書かれてるね。

132: 世界@名無史さん 2013/01/15(火) 01:03:37.52 0
ティムールによって繁栄した地域なんかでは「チンギス・カンは破壊し、ティムールは建設した」
なーんて言われたりするというから面白いもんだ

133: 世界@名無史さん 2013/01/16(水) 12:41:24.29 0
モンゴルは恐怖統治だったから被害者が過大な被害報告するのを黙認どころか推奨したからな
イメージ悪すぎるわりにけっこうまともなことしてるんだが

134: 世界@名無史さん 2013/01/16(水) 17:39:54.73 0
と言うよりもモンゴル帝国は滅んだから好き勝手言われてるだけでしょ

144: 世界@名無史さん 2013/01/31(木) 13:44:37.24 0
全然ティムールは笑わなかったらしいが若いころ盗賊団みたいなもの率いてたしコミュ力もすさまじいんだろうな

150: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:34:38.55 0
ティムールって一応弱小ではあるが貴族?の出なのか

151: 世界@名無史さん 2013/02/02(土) 22:55:11.49 0
トゥグルクティムールが攻めてきたときにバルラス部の長に任じられるぐらいだからそこそこの家柄なのでは?

153: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 01:54:36.23 0
バルラス部ってのは『元朝秘史』ではチンギス・ハーンの遠い親戚になっている。チャガタイと一緒に中央アジアにやって来た連中。

154: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 13:11:52.72 0
興味持って調べ始めたらティムールっていう名前もった奴がたくさんでてきて混乱した

155: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 20:54:11.18 0
○○テムルだったら山ほど出てくるからな、モンゴル帝国。

156: 世界@名無史さん 2013/02/03(日) 21:03:49.89 0
モンゴルの言葉で鉄って意味らしいからな
テツさんの大帝国

158: 世界@名無史さん 2013/02/05(火) 17:52:08.65 0
モンゴル語と言っても純正なモンゴル語じゃなくてペルシア語の混ざったイルハン東部の方言みたいなモンゴル語でなかったっけ?

チンギスハンも同じ鉄って意味だけどテムジンだし

177: 世界@名無史さん 2013/12/02(月) 10:17:35.59 0
序盤はティムールけっこう失敗してんだな
領主になってから怪物化したけど

181: 世界@名無史さん 2013/12/02(月) 21:07:32.11 0
>>177
若い頃に一度大失敗して右手と右足に生涯に残る傷を負ったけど
それと引き換えにそれ以降は全戦無敗の無敵の総帥へと変貌していく訳だ

182: 世界@名無史さん 2013/12/03(火) 19:15:04.10 0
いまいち戦術家としてどういうの使ったか書かれた文献がない
象さん使ったとか騎兵戦術の偽装退却や多角的な攻撃をしたというのは聞いたが

184: 世界@名無史さん 2013/12/04(水) 10:36:18.70 0
領主になってから戦い続けてたもんで事実上の常備軍化して強かった

194: 世界@名無史さん 2013/12/15(日) 23:06:30.67 0
ティムールって骸骨の塔を筆頭に残虐な逸話が多いけど
いったいどれくらい殺したんですか

196: 世界@名無史さん 2013/12/16(月) 10:43:53.14 0
ティムールのやり方でそんな大量虐殺できるのか?
モンゴルのやり方ぱくってたし、どうせ殺した数誇張して相手ビビらせる策だろ

198: 世界@名無史さん 2013/12/18(水) 01:46:04.82 0
バグダード陥落時の虐殺と推定出来る遺骨は今の所1万5千体前後見つかってるんだっけ
見つかってるのが1/10なら15万人で相当な数になるけど、実態は如何に

202: 世界@名無史さん 2014/01/05(日) 20:45:06.04 0
父親はトルコ人らしいね。

203: 世界@名無史さん 2014/01/05(日) 21:28:27.29 0
チンギスハーン系とかモンゴル人じゃないのか?

205: 世界@名無史さん 2014/01/07(火) 06:34:40.57 0
>>203
出典がアレなんだけど、ナツメ社「世界の歴史」って本に父親はトルコ人といわれている、
みたいなことが書いてあった。

206: 世界@名無史さん 2014/01/07(火) 07:37:21.82 0
ティムールの父アミール・タラガイは、チンギス汗の七代前の先祖カチ・クルクの兄弟カチウとカチュラの家系から出たバルラス部出身だから普通にモンゴル人だぞ

テュルク語話者っていう意味ならたしかにトルコ人ではあるけどさ

207: 世界@名無史さん 2014/01/07(火) 10:00:41.14 0
ティムールはいつもしかめっつらであんまり笑わなかったらしいが、ほんまかいな
盗賊の棟梁とか部隊長からのし上がるんだったらもっとコミュ力いると思うんだが

208: 世界@名無史さん 2014/01/07(火) 10:10:56.62 0
荒野とかを延々と移動してる生活だとむしろ誰でも口数少なくなりそう

209: 世界@名無史さん 2014/01/07(火) 20:24:56.43 0
ゲラシモフの復元した頭部を見てると
あんまり笑うとこは想像できない

214: 世界@名無史さん 2014/01/17(金) 10:17:04.35 0
誰もいないから、ちょこっと自慢。
6年ほど前に、ティムールが1405年に死んだ場所のカザフスタンのオトラルに行ってきました。
発掘整備され死んだとされる家屋も基礎部分が残っていて、記録では「絞め殺されたラクダの如く咳き込み」死んだとあります。ここで死んだのかと思うと感慨深いものがありました。
まわりにはアラビア文字が書かれたタイルの破片が一杯、その昔オトラルではチンギス汗が西方遠征をするきっかけになった事件もあり、繁栄したり破壊されたりで大変だったみたい。

215: 世界@名無史さん 2014/01/17(金) 19:21:53.20 0
テントじゃなくて家屋で死んだんだ・・・

186: 世界@名無史さん 2013/12/05(木) 03:02:53.73 0
バヤジットだけでなく永楽帝も破って明長城の内側を征服していたらほんとうに空前絶後の人類的英雄になってたのに…

もしくは、南ロシアで止まらずにポーランドやオーストリアあたりまで攻め込んでヨーロッパを火の海にしてほしかった…

あと数年だけ、彼に寿命があれば…(´-ω-`)

引用元: ・ティムール帝国