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1: 2 2011/05/09(月) 05:53:32.06 0
領土は広いし資源は豊富だ
なんで?








3: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 09:11:56.69 0
熱帯だから

5: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 09:20:14.54 0
熱帯諸国の人口は過去半世紀で3~10倍に増えた
食糧生産と医療の改善によるところがおおきい。

ついでに、エアコンが発明されたので熱帯でも大型機械を連続稼動させることが容易になった
それでもやはり故障率は高い

6: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 09:43:44.18 0
メキシコ・アイデンティティの確立が不完全だったことも一因では。

この国では19世紀まで、インディヘナはあからさまに遅れた存在であるとみなされていた。
メキシコが遅れているのは、先住民が国内にたくさんいるからであり、国を発展させるには欧州から多数の移民を導入しなければならない、ということが真剣に考えられていた。
インディヘニスモのような運動はあったが、それでも上流階級の白人は欧米志向で、欧米諸国と自国の二重国籍を持つ者も多い。
人種統計を取ろうとするときに、スペイン語を話せるということで先住民が「自分はメスティーソだ」と自己申告するということも少なからず行われている。


16: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/09(月) 23:33:17.08 0
>>6
まぁ確かにその通りなんだけど一方でメキシコはメキシコ革命があったため、ラテンアメリカでもいち早くアイデンティティの確立やナショナリズムの高揚の、萌芽が見えた国でもあるんだよね。20世紀後半を通してアステカ帝国などの、先スペイン時代の文明の研究にはかなり力を入れられてた。
しかし2000年の、大統領選挙でPRIが敗れるとその傾向も薄れてきて(サリナスのころから既に、その兆しはあったけど)、歴史教科書における先スペイン時代の記述が大幅に、減ってたりしてるね。とは言え、メキシコはアルゼンチンとかに比べるとあまり、移民は多くないし、メスティーソのエリートも結構多くいたりする。
ただしそういうメスティーソは西欧文明にある程度染まってるべきだとされた。
こういう考えは、メキシコ革命後に特に顕著で、バスコンセロスなんかもインディオたちに西欧の、教育を施すことで彼らが国家に統合されると考えてたよ。そういった思想から、メキシコのアイデンティティを先スペイン時代の高度な文明とスペインなどの、西欧諸国の文明との混血に求める動きが革命後のメキシコでは大きかったね。
そういう意味ではアイデンティティの確立は別に遅くないし先スペイン時代の、文明もそれなりに評価はしてる。まぁ、それも上述した2000年の大統領選挙を、境に大きく変わったけど。それでも、まだメキシコ人の多くのアイデンティティは、そこ(=すなわちメスティーソ的性質)にあると言えると思うよ。実際メキシコの、国民の多くはメスティーソ系だしね(まぁメスティーソの多い国は他にもあるけど)。

12: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 12:37:35.98 0
決定的なのはテキサスやカリフォルニアを北米にぶん取られたこと
それまでは中米圏のほうが北米南部を経済圏に取り込んでた

32: 世界@名無史さん 2011/05/13(金) 08:36:25.70 0
>>12
米墨戦争で、メキシコはアメリカにカリフォルニア州からニューメキシコ州にかけての一帯を割譲することになったが、その面積は当時の国土の52%にも達するものだったからな。

ちなみに米墨戦争末期にメキシコシティのチャプルテペック城で米軍部隊を決死の覚悟で迎え撃った士官学校の生徒たちは、ニーニョス・エロエス(英雄少年)として現在でもメキシコ・ナショナリズムのシンボルの一つに数えられており、旧5000ペソ札の図案にも描かれていた。

34: 世界@名無史さん 2011/05/15(日) 19:46:24.90 0
>>32
> 米墨戦争で、メキシコはアメリカにカリフォルニア州からニューメキシコ州に かけての一帯を割譲することになったが、その面積は当時の国土の52%にも 達するものだったからな。

取られる以前のメキシコの統治はどうだったんだろう。
殖民もせず放置していたイメ-ジしかないんだけど。

35: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/15(日) 20:16:05.38 0
>>34
>殖民もせず放置していたイメ-ジしかないんだけど。、

実際にそうだったよ。そもそも当時のメキシコはかなり不安定な、政治情勢で中央の権力が地方にまでちゃんと及ばなかったしね。
ルカス・アラマンとかが中央集権化を図ろうとしたけど失敗したし。
だから、アメリカ人の入植を防ぐことが出来なかった訳だからね。

36: 世界@名無史さん 2011/05/15(日) 20:52:24.80 0
>>34
町やなんかの名前みてみろよ。
San-Francisco、Los-Angeles、San-Jose、Santa-Fe、San-Juan、Rio-Grande、Socorro、Sacramento、Las-Vegas、Esmeralda
スペイン語の地名がドッサリあるだろ。

37: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/15(日) 21:59:19.31 0
>>36
まぁ、そりゃ長い間スペイン領(及びメキシコ領)だったんだから、スペイン語の地名が多いのは当たり前だね。ただ、中央政府の、支配があまり及んでなかったのも事実だよ。
アパッチ族による、襲撃なんかもあったから、北部の開発はあまり進んでなかった。
メキシコ人があまり入植しなかったからこそアメリカ人の移住を、当初メキシコ政府は許可した訳だしね。

39: 世界@名無史さん 2011/05/16(月) 03:20:03.80 0
>>37
メキシコが支配できてないから、アメリカに勝手を許す、というわけではないんだよ。
人に対して資源の余っている状態、もっと人があればモノも沢山生産できて支配も安定するというような状況、新しい領土を開拓するためには、古今東西、投入する人の出自はあまり問わないものだよ。
今はスペイン語が解らなくても、畑耕したり牛やら羊やら飼うたりできて且つ(広義の)ヨーロッパ的な価値・道徳がに身に付いてメキシコに従うというなら、スペイン系だのメキシコ生まれでだのでなくても、誰でも良い訳。

アメリカだって渡ってきた人の数でみると、島よりも大陸、その中のドイツの範囲から来た人に限ってもの方が多かった。
帝政ロシアも人が足りなくて資源の余っているボルガ以東を開拓するために人の余っているところからドイツ人をどっさり呼んで入植させている。
日本だって、白村江での敗戦の際、なだれ込んできた任那や百済の難民を、これ幸いとばかりに、当時の新しい領土で未開地だった関東方面の開拓に投入した。
従って且つ耕してくれれば人の出自やなんかは二の次というようなことは、他にも例は沢山あるし。

40: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/16(月) 05:58:36.70 0
僕は>>37でそういうことを述べたんだけど。つまりメキシコの支配がちゃんと、及ばず尚且つメキシコ人がなかなか入植したがらなかったからアメリカ人の、 入植を認めた。つまり、北部を開発してくれるならメキシコ人じゃなくても別に、誰でも良かった、出自は特に気にしなかったっていうことでしょ。
まぁ、確かに、メキシコ政府の支配云々というよりメキシコ人の入植があまり進んでなかった、つまり、あなたの言う「人に対して資源の余っている状態」だからという理由の、ほうが大きいかな。出自を気にしないで入植を進めるのは良くある事なのかな。

41: 世界@名無史さん 2011/05/16(月) 08:15:01.03 0
そういえばアルジェリアのコロンも元はイタリア人やスペイン人が多かったようだな

42: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/16(月) 08:32:06.86 0
>>41
でもメキシコって北部へのアメリカ人の移民以外はあまりそういう話を、聞かないね。ちゃんとした統計を見たわけではないのではっきりとは、言えないけど、アメリカやアルゼンチンに比べてメキシコはあまり移民を、誘致しなかったように思える。米墨戦争でそういうのに懲りたからなのかな?

43: 世界@名無史さん 2011/05/16(月) 11:47:54.04 0
>>42
誘致してんじゃん。明治期の日本からも、同時期の清国からも呼ばれて、結構な数行っている。
面白いのは、メキシコの日系人、みんなミカドの子孫だの宰相の子孫だの自称。傍系も含めれば日本中で、皇室とか藤原鎌足とかの血の入っていない人は居ないんだけれどね。

44: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/16(月) 12:07:18.68 0
>>43
でもメキシコの人口において日系メキシコ人の占める割合ってかなり少ないよね。
アメリカやブラジルやペルーとかのほうがもっと多いでしょ。移民の誘致政策を全く、行なわなかった訳ではないと思うけどあまり熱心じゃなかったんじゃないかな。
確か、ケンブリッジ版世界各国史「メキシコの歴史」という本で「メキシコはアルゼンチンや、アメリカと違って移民国家ではない」と述べられてた気がするし。でもメキシコ市には、中華街なんかもあるし、ある程度の移民はいたのかな。まぁ、僕は日系メキシコ人と、
言うと女優のバルバラ・モリくらいしか知らないんだけどね。

47: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 20:57:39.17 O
マヤ文明の頂点が見たかった。
マヤが滅びなければ、一体、どんな文明や文化が華開いたのだろうか?
ただ言える事は、確実に人類の進歩に貢献したでしょうね。

48: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/17(火) 21:11:49.00 0
>>47
マヤ文明に限らずアステカやタラスコやトルテカなどメソアメリカの文明は、結構高度な文明だったからね。このような先スペイン時代の高度な文明は、現在のメキシコ人のナショナリズムの源にもなってるし。(まぁ、最近は少し、変わってきたらしいけど)

49: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 21:16:59.38 0
>>48
何を以って高度とするの? 

51: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/05/17(火) 21:25:17.00 0
>>49
いや、まぁ高度かどうかなんて正直主観だからはっきりとは決められないけど、文字を持ってたし天文学なんかは現在から見てもかなり進んでらしいし他にも、建築や数学とかも発達してた。
アメリカ大陸のインディオ文明の中では高度な、ほうなのは間違いないでしょ。これと並ぶのはアンデス文明ぐらいだろうからね。

50: 世界@名無史さん 2011/05/17(火) 21:22:19.92 0
鉄、車輪、大型家畜。

これらがマヤアステカに備わってれば完璧だったのにな。
なおかつ人を生贄にささげる風習がなければ。

75: 世界@名無史さん 2011/06/17(金) 02:15:01.45 0
仮にアステカ文明に鉄器や大型の家畜や車輪があり、伝染病の流行も体験済みで、白人に充分対応できる文化形態だとする。

だとすれば生贄の儀式が20世紀初頭あたりまで残されていたのかな?
国際社会から激しく非難され、ようやく自発的に儀式をやめるとか。

76: 世界@名無史さん 2011/06/17(金) 07:48:04.62 0
>>75
石油が出て、ユダヤ様、アメリカ様とうまいこと付き合うことが出来たら残っていたのではないかな
サウジ王家なんか、生贄こそないけどまさにその形だろう

83: 世界@名無史さん 2011/06/28(火) 21:58:42.39 0
ファレスが意地を張ってマクシミリアン皇帝の統治を認めなかったから何時まで経ってもごたごたが続いた。無駄な血が流され、労力、財貨が失われた。

ハプスブルク家の輸入皇帝、大いに結構。
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ベニート・パブロ・フアレス・ガルシア
(1806年3月21日 - 1872年7月18日)は、メキシコの政治家。先住民族から選出された初のメキシコの大統領である。

フアレスはフランスと傀儡政権メキシコ帝国(メキシコ第二帝政)に対する徹底抗戦を貫き、フランスの撤退後に共和制の復活を達成、1867年に大統領に再選された。自由主義的改革を推進するが、在任中に死去。フアレスは最も偉大で敬愛されるメキシコの指導者であり、「建国の父」と称えられている。20ペソ紙幣に肖像が使用されている。



200px-Maximilian_of_Mexico_bw


マクシミリアーノ1世(1832年7月6日 - 1867年6月19日)は、ハプスブルク=ロートリンゲン家出身のメキシコ皇帝(在位:1864年 - 1867年)。優れた海軍の軍歴ののち、1864年4月10日、フランスのナポレオン3世と帝政復活を望むメキシコの王党派の支援の下、メキシコ皇帝に即位した。
アメリカ合衆国を含む多くの国々は彼の帝国を承認しなかった。これはベニート・フアレス率いる共和派軍の成功を確かなものにし、1867年に捕虜となり処刑された。


84: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/06/28(火) 22:53:07.08 0
>>83
現在のメキシコではフアレスは英雄扱いされてて実際それは間違ってないけど、それでもやはりマクシミリアン皇帝は可哀想だったなぁと個人的には思ってしまう。
所詮は余所者だしフランスの傀儡でしかなかったからね。受け入れられなかった。
現在のメキシコの教科書ではマクシミリアンが割りと自由主義的だったことなども、ちゃんと書かれててそれなりにフェアな評価がなされてるけど。

85: 世界@名無史さん 2011/06/29(水) 00:14:09.70 0
メキシコの場合内戦・政争の場合でも諸勢力中どれも絶対的に正しいと言いづらい状況があるからな。

86: 世界@名無史さん 2011/09/01(木) 08:49:05.68 0
17世紀のメキシコ社会について詳しい本ってあります?
古くて申し訳ないんだけど、講談社の「世界の歴史」が手元にあるので確認したら、7巻の「インディオ文明の興亡」は16世紀までで、23巻の「ラテンアメリカの独立」が18世紀からとなっていて、17世紀の記載は、2行程、民衆反乱の記載があるだけ。却って興味が出てしまった。
政治よりも、当時の社会を知りたいんだけど、ご存知でしたら教えてください。

87: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/09/01(木) 08:59:06.67 0
>>86
メキシコは結構通史が多く出てるからそれらを探せば植民地時代の、メキシコについてもそれなりに詳しく書いてあると思うよ。
個人的には、明石書店から出てるメキシコの高校歴史教科書が面白かったかな。
当時の社会制度や文化面に関する記述がそれなりにあったと思うし。

89: 世界@名無史さん 2011/09/02(金) 13:13:14.97 0
麻薬の抗争が始まる前はまだ今よりは治安マシだったの?
ラテン系好きだけど国が荒れすぎだー

90: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/09/02(金) 13:30:48.34 0
>>89
確か麻薬戦争が始まる前(カルデロン大統領以前)にメキシコに行ったけど、そこまで荒れてた覚えはなかったなぁ。治安が良かった訳ではなかったけど、普通に海外旅行に行く時に気をつけるようなことを最低限すれば平気だった。
今はどうだか知らないけど大手から旅行ツアーが出てるし麻薬戦争が激しい、地域って限られてるから(ほとんどが国境付近だし)、気をつければ現在でも、旅行に行く程度はできるかな。ちょっと古いけど下の記事読む限りはそんな感じ。
http://allabout.co.jp/gm/gc/184935/

91: 世界@名無史さん 2011/09/02(金) 23:48:38.84 0
メキシコ人は本気でカトリック教を信仰しているが、殺人の数がハンパない。
映画でも平気でカトリックをバカにしたような映画をつくる。
こういう矛盾したところがすきです

95: 世界@名無史さん 2011/11/27(日) 00:33:24.31 0
>>91
メキシコに伝わったのはキリスト教を装った反キリスト教なんでしょう。
イエスの実践を説きながら逆の事をやれば、そりゃどこの国の異教徒だって「キリスト教は邪教だ」って思うでしょう。言う事とやる事が正反対の人を誰が信じますか?
キリスト教は早い段階からイエスの思想とは別の者に乗っ取られたと思ってます。

96: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/11/27(日) 07:50:25.24 0
メキシコが反キリスト教かどうかは置いといてもメキシコにおけるキリスト教は、確かにインディオの信仰と結びついた感じになってて、有名なグアダルーペの、聖母なんかをアステカの伝統的な宗教と関連付ける話は良く聞くね。
とは言え、メキシコにおいて、カトリックが人々のアイデンティティになってるのも事実だし、クリステロ戦争でカトリック信仰のために政府と戦ったメキシコ人もいるからね。
その一方でメキシコの自由主義者は歴史的にカトリック教会と対立することが、多いけど。フアレスもそうだし、メキシコ革命でもクリステロ戦争が起きてるしね。

101: 世界@名無史さん 2011/12/13(火) 09:53:31.88 O
アメリカみたいに先住民を駆逐しなかったから

102: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2011/12/13(火) 10:24:40.15 0
>>101
バスコンセロスなどはむしろそこを誇りに思ってたらしく、メキシコはアメリカみたいに、インディオを国家から疎外せずに国民国家の枠組みに統合すべきだと主張してたね。
それがメキシコにおける経済的発展の遅れの原因だったのかまでは分からないけど。

103: 世界@名無史さん 2011/12/15(木) 17:19:20.40 0
オルテガがルー・テーズに勝てなかったから。

106: 世界@名無史さん 2012/01/26(木) 19:41:32.31 0
「100年予測」って本読んだけど
その本だとメキシコは米塁戦争で負けるまでアメリカよりも先進的な国だったそうな

それと北米において100年後に現在のアメリカに匹敵する大国は何処になるかというと、メキシコって書かれている
下手するとカリフォルニアやテキサスのメキシコ系住民の多い地域、メキシコ系が多数派を占めたアリゾナ州やニューメキシコ州をメキシコが併合する
可能性も指摘されている

107: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/01/26(木) 20:18:09.67 0
>>106
まぁ、米墨戦争まではメキシコのほうが確かに大国だったかもね。
米墨戦争はアメリカ合衆国にとっては後の西部開拓の遠因となった事件であり、メキシコにとっては後に保守主義派と自由主義派の対立が激化する一因となった。
この差こそがその後の両国の歩みの違いを作ったとも言えなくはないね。

108: 世界@名無史さん 2012/01/26(木) 21:09:46.14 0
ブラジルスレでも思ったけど、メキシコやブラジルがどんだけ自らの人種的多様性とか混血性を標榜しようが内向きに連帯を呼びかける効果しかなかったんじゃないの?
知識のない一般人にとっちゃ人種のるつぼのイメージがあるのはアメリカなわけだし。
内側の多様性をまじめに担保しようとするあまり対外的に開かれなかった感じ?

109: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/01/26(木) 21:48:08.04 0
>>108
ていうか、メキシコにおける混血への志向はナショナリズム高揚によるものだからね。
ナショナリズム自体がそもそも内向きな思想だと言えるし。
メキシコ革命後、メキシコ人は混血に自分たちのアイデンティティを求め、ナショナリズムを高めると同時に民族資本の育成や農地改革などを進めていったね。
ただ、PRIの経済政策も時とともに形を変えていってるんだけど。
カルデナスの時代はかなり左派的でナショナリズムの強い政策を行なってたけど、サリナスの頃からメキシコは新自由主義を志向するようになっていった。
とは言え、こういう経緯はあったけど、そこまで対外的に開かれてなかった訳でもないかな。
ナショナリズムの高かった成立当所のPRIもキューバのカストロ政権を支持するなど、第3世界的なナショナリズムの強い独自外交を展開してたし。

112: 世界@名無史さん 2012/01/27(金) 18:06:26.34 0
アメリカはなぜナショナリズムに陥らなかったんだ?

114: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/01/27(金) 23:12:10.80 0
>>112
アメリカ合衆国だってナショナリズムは結構強かったと思うけど。
モンロー宣言なんて孤立主義的なアメリカナショナリズムの表れだと言えるし。
20世紀に入ってからは積極的に世界外交に加わるようになったけど、それでも現在までアメリカ人の自国への愛国心はそれなりに強いほうだと思う。
アメリカとメキシコの違いは、前者が移民を背景とした多人種的な国家を志向したのに対し、後者はスペイン人とインディオの混血国家を志向したナショナリズムだったということかな。
まぁ、どっちが国の発展にとって良いのかは知らないけど。

117: 世界@名無史さん 2012/03/22(木) 00:52:03.80 0
米墨戦争で丸裸にされているのだから、現在のアメリカになれるはずもない。
米墨戦争に大勝利できていたら、違う未来もあったろうが。

119: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/03/22(木) 08:29:57.09 0
>>117
歴史でIFは禁物だけど、もしメキシコが米墨戦争で勝ってたら、テキサスやカリフォルニアはメキシコ領のままになってた訳で、ゴールドラッシュがメキシコで起きた可能性はあるかも知れないね。
米墨戦争前のこの地域は不毛の地域だったみたいだし。

124: 世界@名無史さん 2012/05/11(金) 22:54:38.00 0
メキシコ革命って指導者5人とも殺されてるんだな。反動農民の反乱も起きてるし、フランス革命並みに悲惨な革命なのにその後も大して裕福になれないなんて報われない国だ。
メキシコ革命は、メキシコで1910年から1917年にかけて起きた革命である。 ディアス独裁政権の打倒や民主化、農地改革、社会構造・経済構造の変革を目指す民族主義的な民主革命であった。
内戦を経て1917年の新憲法の制定により現代のメキシコの基礎が確定されることとなる。



125: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/05/13(日) 10:07:06.52 0
>>124
確かに、マデロもサパタもビリャもカランサもオブレゴンもみんな殺されてるね。
メキシコ革命は様々な勢力が入り乱れてて、とても理解しにくい複雑な経緯をたどってる。
ようやくメキシコ革命後の国家路線が固まり、革命終了と言えるようになるのは、
ラサロ・カルデナスが大統領になってからだし。まぁ、アルバロ・オブレゴンが大統領になった頃には、すでに革命はある程度終結してるけど、その後もあなたも言うようにクリステロ戦争などが起こってた。
クリステロ戦争後は、プルタルコ・エリアス・カリェスの傀儡が大統領になってた時代がしばらく続くけど、彼の傀儡として大統領になったラサロ・カルデナスが独自路線に走って、革命は終了したと見るべきかな。
カルデナスによって後のPRI体制の基礎が敷かれ、革命後のメキシコの政治路線が固まったからね。

その後も大して裕福になれなかったと言うけど、PRI体制が固まってからのメキシコは極めて政情が安定し、他のラテンアメリカ諸国のようなクーデターや軍事政権も一切起こらなかったため、順調に経済成長したよ。
1960年代くらいにはメキシコの奇跡と呼ばれる経済成長を成し遂げ、オリンピックが開催されるぐらいに発展した。
とは言え、1980年代には債務危機が起こってしまい、メキシコの経済成長はストップしてしまうんだけどね。
危機を脱出した後のメキシコはカルロス・サリナス・デ・ゴルタリ大統領が新自由主義政策を展開し、経済成長してるけど、その一方で新自由主義に対する批判も色々されてるらしい。新自由主義への批判はPRIが与党じゃなくなった現在も変わってない。
一応、今のメキシコはOECDにも入ってるし1人あたりGDPも14000ドルほどあるので見方によっては先進国と言えなくもないかな。
15: 世界@名無史さん 2011/05/09(月) 20:28:16.37 0
ポルフィリオ・ディアスの時代のメキシコは政治的に安定し、大規模な経済開発がすすめられた。 
外国資本が導入されて、鉄道網が整備されたほか、さまざまな産業が興され、メキシコ経済は、独立以来初めての高度成長を経験した。 
しかし、長期間にわたってディアスが政治的実権を握ったことは、高度成長によって経済力をつけたものの政治の世界からはほとんど排除されていた、とくに北部の地主層の不満を募らせることになった。これがメキシコ革命の第一の原因である。 

さらに、当時のメキシコでは、高度経済成長の陰で、貧富の格差が大きく拡大していった。
たとえば、メキシコシティのすぐ南側に位置するモレロス州ではサトウキビの栽培が盛んだが、輸出ブームに乗った砂糖プランテーションが以前から農民が耕していた土地を侵食し始めていた。モレロス州では人口密度が高く、余分の土地などほとんど残っていなかったためである。
また人口が希薄だった北部では、測量会社にどんどん未開地の測量を行わせ、その面積の三分の一をその測量会社に無償で与えるというようなことも行われていた。 
こうしてスペイン植民地時代から存在していた大土地所有制が強化されていったことが革命の第二の火種となった。 

第三に、ディアスが外国資本を導入して経済開発を進めたために、鉄道や鉱山、石油など国の経済の重要な部分は、ほとんど外国人の手に握られてしまったし、土地も外国人の所有となったものが少なくなかった。 
また、農業を中心とする生産活動でも輸出向けのものが最優先され、食糧をはじめとする国内向け必需品の生産がおろそかにされていた。 
これが革命の三番目の原因。

129: 世界@名無史さん 2012/07/08(日) 18:26:43.28 O
だいたいスペイン領だった地域はカシキスモとマチスモが凄いからね。要は大土地所有者兼権力者に従う。

アメリカのようにはいかない。

東南アジア研究者によると明らかに(スペイン領だった)フィリピンだけが大土地所有関係の文化・経済が他国と違うらしい。

130: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/07/08(日) 20:06:57.64 0
>>129
メキシコ革命では農地改革がその主要なテーマとして扱われてたね。
サパタなんかは最初から最後まで農地改革のために動いてたようなものだし。
それだけ、メキシコにおける大土地所有の問題は根強かった訳だ。
ラサロ・カルデナスなんかはそれなりに農地改革に力を入れてたね。

141: 世界@名無史さん 2012/08/25(土) 10:57:35.26 O
メキシコ帝国領やグランコロンビアがそのままだったらアメリカの超大国化もなく中南米の存在感は今よりずっと大きかったろうに

145: 世界@名無史さん 2012/11/15(木) 20:08:31.49 0
>>141
大コロンビアはチト勿体無かったね。
赤道直下にあるから戦略的に重要な国になったかも知れないしブラジルレベルかアルヘンクラスの国にはなれただろうに

144: 世界@名無史さん 2012/09/01(土) 01:45:00.11 0
メキシコ人に現代のカリフォルニアやテキサスでのヒスパニック人口の激増を、「メキシコ人のレコンキスタだな」と言ったら大受けした思い出

136: 世界@名無史さん 2012/08/22(水) 08:38:32.49 0
結局この言葉に尽きる

"Pobre Mexico, tan lejos de Dios y tan cerca de los Estados Unidos."
(哀れなメキシコ、かくも神から遠く、かくもアメリカに近い)

引用元: ・なぜメキシコはアメリカになれなかったか