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1: 世界@名無史さん 2017/06/04(日) 06:12:52.82 0
ナポレオン・ボナパルト(1769年8月15日 - 1821年5月5日)は、革命期のフランスの軍人・政治家である。
ナポレオン1世(在位:1804年 - 1814年、1815年)として、フランス第一帝政の皇帝にも即位した。
フランス革命後の混乱を収拾して、軍事独裁政権を樹立した。
また、戦勝と婚姻政策によって、イギリス、ロシアとオスマン帝国の領土を除いたヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置いた(これら一連の経過をナポレオン戦争という)が、最終的に敗北して失脚した。
日本において世界史上最も有名な人物の一人である。

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659: 世界@名無史さん 2019/06/03(月) 19:33:57.21 0
ナポレオンの最後の後継者がボカサ大帝だったというのはトホホすぎる。

662: 世界@名無史さん 2019/06/06(木) 14:05:35.58 0
ナポレオンがナポレオンって呼ばれるの嫌だったっての面白い
国主になる前はボナパルトって名字で呼ばれるのに、皇帝になったらナポレオンって呼ばれる
国王なんかは名前で呼ばれるものだが、ナポは育ちが下級貴族だったから慣れてないみたいなの

676: 世界@名無史さん 2019/06/24(月) 07:45:03.92 0
ナポレオンと戦わせてみたい人物
vs.プリンツ・オイゲン
vs.フリードリヒ2世
vs.カール公子
vs.上杉謙信

677: 世界@名無史さん 2019/06/24(月) 09:30:13.78 0
>>676
お約束過ぎるけど
vs.ダヴー
も入れて

685: 世界@名無史さん 2019/06/25(火) 13:40:01.65 0
>>676
カール公子って誰?

686: 世界@名無史さん 2019/06/25(火) 15:25:03.43 0
>>685
オーストリアのカール大公なら何度となく戦ってるから(1勝20敗くらい?)、別の誰かか、勘違いか?

687: 世界@名無史さん 2019/06/25(火) 18:18:21.13 0
>>685
カール・アレクサンダー・フォン・ロートリンゲン(Prinz Karl Alexander von Lothringen und Bar, 1712年12月12日 - 1780年7月4日)は、ロートリンゲン公(ロレーヌ公)レオポルトの息子で神聖ローマ皇帝フランツ1世の弟。
オーストリアで軍司令官、およびネーデルラント総督を務めた。またドイツ騎士団総長でもあった。
フランス語名はシャルル・アレクサンドル・ド・ロレーヌ(Charles Alexandre de Lorraine)。日本ではカール公子と呼ばれることもある。

689: 世界@名無史さん 2019/06/25(火) 18:34:21.90 0
ワーテルローの古戦場は現在はほとんど住宅街になっている。
ストリートビューで見るとびっくり。
住民の皆さん幽霊とか怖くないんですか。

692: 世界@名無史さん 2019/06/26(水) 14:07:48.59 0
>>689
ウーグモン邸ってまだあるの?

693: 世界@名無史さん 2019/06/26(水) 21:42:52.73 0
>>692
ウーグモン邸は近年修復されて一般公開されている。
ホームページまである。
https://projecthougoumont.com/

695: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 00:13:37.39 0
ダブーは日本では評価が高いですが、ナポレオン本人のコメントでは、そうでもないのですよね。

699: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 12:35:02.12 0
>>695
ナポレオンが評価する将領はたいていが自分より早く死んだ奴だから自分が追放されたあとも生き残ってる奴には辛い
例外はスーシェくらいだが、そもそもナポレオンの直接指揮下で戦ったことはあんま無いというね

700: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 13:38:30.59 O
>>699
スーシェを冷遇したことをセントヘレナで後悔してたんだよな
「余はスーシェをあれだけ冷遇した。なのに、彼はいつでも黙ってついてきてくれた。本当にかわいそうなことをした」と

710: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 22:13:02.36 0
>>700
「スーシェが二人いたらスペインを平定出来ていただろう」的な事も言っていたね

701: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 13:45:14.39 0
スーシェとウディノは、ワーレンとルッツ以上に区別がつかないなw

707: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 20:22:06.25 O
>>701
スーシェ
司令官だけでなく行政官としても極めて優秀だった
管轄下のアラゴン地方は例外的に平穏であり、住民とフランス軍が協力して治安維持に当たっていた
また、略奪を嫌う性格だったので、略奪を厳禁にする命令を出している
死後、アラゴン地方のサラゴサ市民は彼のために追悼ミサを挙げている
ただし、世渡りが下手くそであり、冷遇される原因になった

ウディノ
食事後、火のついたろうそくを銃でぶっ放すのが趣味だった
極めて勇敢な擲弾兵であり、他の元帥の代役が目立った
ナポレオンのウディノ評はグルーシーがましに思えるぐらいボロくそである
あいつは金をやたらせびってきてしかもアホときてる、あんなアホ元帥にするんじゃなかった!と
ちなみに、百日天下でナポレオンへの帰参を断ったという説が流布してるけど、真っ赤な嘘だった
帰参を希望したけど、ナポレオンからあいつアホだからヤダと断られたのが真相だった
ダヴーやスーシェにとりなしてくれるように頼み込んだ手紙が発見されて判明した

708: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 20:29:49.93 0
>>707
やはり、あまり区別がつかないw

702: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 14:46:57.99 0
ナポレオンって本当に有能な人に対しては半ば嫉妬心を持っていた印象なんだよなー負けん気の強さというか
先に死んだ人にはもう対抗心ないから手放しでほめるけどダヴーとかまで生きてる人には対抗してたんじゃないかね
逆に対抗心なくてあまり評価していなかったのなら、節穴だし

703: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 15:02:44.03 0
>>702
見下しているヤツには妙に甘くて。
ベルナドットとかアレクサンドルとか。

712: 世界@名無史さん 2019/06/28(金) 12:23:26.91 0
>>702
>ダヴーとかまで生きてる人には対抗してたんじゃないかね

ナポレオンの評価としては、どうやら、 
「ドゼーが最良、クレベールがその次、三番はランヌ。」
という感じで、1817年の時に、誰が第一の将軍か、と聞かれた時には、 
「難しいけど、おそらくはスーシェ。マッセナはかってはそうだった。」 
的な感じで、ナポレオン的な評価としては、現役時代のマッセナは第4位だったようですね。

713: 世界@名無史さん 2019/06/28(金) 13:13:55.24 0
>>712
マッセナはウェリントンからも高評価
ドゼーはスーシェと同じく占領地民からも慕われていましたね
正義のスルタンだっけ?
ダヴーはハンブルク市民からは忌み嫌われて・・・
まぁ、あんな籠城戦をしたら仕方が無いけど

714: 世界@名無史さん 2019/06/28(金) 20:18:58.30 0
マッセナはその当時すでに名声失墜してなかった?
自分が認める三人の名将の末席にでも入ってたら是が非でも百日天下の際に自軍に加えるように動くだろ
それをしなかったってことは、既に終わった人と見てたんだと思うが

715: 世界@名無史さん 2019/06/28(金) 21:05:36.13 0
名声が失墜してるんじゃなくてジジイすぎるだけ

716: 世界@名無史さん 2019/06/29(土) 10:13:44.03 0
1817年没ですからね
最盛期は革命戦争中のイタリア・スイス戦役かな?

717: 世界@名無史さん 2019/06/29(土) 12:36:21.89 O
マッセナはナポレオンより10歳ぐらい年上だからねえ
スペイン戦役ですでにボケが入ってたのではという説もあるし

むしろ、マッセナより年上で元帥たちの中では6番目の高齢者なのにもかかわらず、常に前線で戦い続けたルフェーヴルが異常
ナポレオンによるルフェーヴル評は「彼は常に真正面から戦うことしか考えない。死を全く恐れない。何かに憑かれてるかのようだ」だそう
そんなバーサーカー気質の老将を心配したのか、ナポレオンは自重するよう諭している

718: 世界@名無史さん 2019/06/29(土) 15:25:08.43 0
マッセナが半島に行ったの50くらいの時だよな
それくらいで耄碌するもんなのかね

719: 世界@名無史さん 2019/06/29(土) 19:28:35.81 0
耄碌するというか疲れる
スペインとかロシアみたいな過酷な環境じゃなければともかく何ヶ月も持久して指揮を取り続ける体力があるかっていう単純な問題だよ
クトゥーゾフなんか死んでもいいと思って祖国戦争で指揮を取り続けて実際に勝利して病死したけどマッセナはスペインでそこまでの気力は無かっただろ

722: 世界@名無史さん 2019/06/30(日) 16:58:40.89 O
セントヘレナでグールゴーがダヴーを忠臣だと誉めた
ナポレオンは即座に「ダヴーは忠臣などではない。裏切り者だ。グールゴー、君は若いから分かってないのだ。ダヴーを忠臣だと考えてるようだと、君の見識を疑われるぞ」と否定したとある
ナポレオンはダヴーを忠臣だと思ってなかったということか?

729: 世界@名無史さん 2019/07/01(月) 17:40:18.37 0
>>722
ナポレオン自身がダヴーの戦績の優秀さにかねてから嫉妬していたって見方も多いみたいだな。
わざとワーテルローに参加させなかったって見る向きもある。
なのに1804年組の元帥中最年少の34歳で任命されたのもなんか不可解だな。
ナポレオン自身の側近だったマルモンを任命しなかったのに…。

696: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 00:14:55.26 0
ナポレオンの読書ってどんな風にやっていたのかな
ルソーに共感して燃えるのはわかるけど、軍事を書物で学んだり過去の戦闘を研究した話だったり
特別な頭の中の手続き、手法は何かあったんだろうか

697: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 10:30:17.59 0
別に思想的に誰かに影響を受けたという感じもしないな。
そもそもルソーを信奉しているなら専制君主にはならない。
自分が権力を握りたかっただけじゃね。

698: 世界@名無史さん 2019/06/27(木) 11:56:19.55 0
ただ力だけが彼を支えていたのだから、ただ力だけが彼を倒させる。
万事はこのように自然の秩序に従って行われる。
ルソー『人間不平等起原論』


まあナポレオンはその通りになったが・・・

733: 世界@名無史さん 2019/07/10(水) 19:59:33.37 0
ナポレオン時代の仏将軍の遺体、遠征先のロシアで発見
2019年7月10日 15時29分

[モスクワ 9日 ロイター] - フランスの皇帝ナポレオンが重用していた将軍の1人、シャルル・エティエンヌ・ギュダン将軍とみられる遺体が6日、モスクワの西400キロにあるロシアのスモレンスクで200年以上ぶりに発掘された。

フランスとロシアの考古学者チームが発表したもので、遺体はこれまで行方が分からなくなっていた。ダンスフロアの土台の下にあった公園に埋められていたという。

ギュダン将軍は、ナポレオンのロシア侵攻中に被弾し、1812年8月22日に44歳で死去した。その名はパリの凱旋門に刻まれている。

当時の記録によると、将軍は戦場でのけがで左足を切断、右足も負傷していた。考古学者によると、棺の中で発見された遺体の状態は記録と一致しており、「高い確率で」将軍のものだと考えられるという。

ギュダン将軍はナポレオンと個人的な知り合いで、尊敬されていた。死後、心臓がパリに運ばれペール・ラシェーズ墓地にある礼拝堂に安置された。パリには将軍の名前を冠した通りもある。

発掘にかかわったロシアの軍事史協会は、この発見が確認されれば大反響を呼ぶとみている。学会は「DNA鑑定で身元を確認しなければならない可能性もある。鑑定には数カ月から1年かかるかもしれない」とした上で、「将軍の子孫はその知らせを待っている」と述べた。


https://mainichi.jp/articles/20190710/reu/00m/030/004000c

736: 世界@名無史さん 2019/07/13(土) 15:23:47.19 0
>>733
ダヴー配下「不滅の三人衆」の一人か

アウエルシュタットで一番最初にプロシア軍と接敵
後続の到着まで一個師団で交戦
三人の中で一番優秀と言われてた
ナポレオンからも「勇敢にして高潔の人」の評価を
もっとも、ナポレオンは「高潔の人」を乱発してるけど・・・
まぁ、高潔じゃ無い人が周りに多そうだからw

フランス国内に埋葬されていたと思っていたけど、心臓だけが埋葬されていたんだね

741: 世界@名無史さん 2019/07/18(木) 21:44:41.27 0
>>736
「不滅の三人」のあと二人も凱旋門に名が刻まれている。
生没年のあとはコミューン(列番号)で記する
フリアン(1758―1829)8―4、モラン(1771―1835)
ギュダン将軍は弟ピエール・セザール(1775―1855)も将軍だった、兄29―5、弟15―7
他に兄弟で凱旋門に名が刻まれた将軍は
ベシェール元帥(1768―1813)13―11、弟ベルトラン・ベシェール将軍(1773―1855)29―3
コランクール兄、宮廷大元帥、馬事総監(1773―1827)31―6、弟オーギュスト将軍、ボロディノの戦いで戦死(1777―1812)18―6
スールト兄、帝国元帥(1769―1853)33―11弟ピエール・ベノワ将軍(1770―1843)22―2

父子で名が刻まれているのはケレルマンのみ。
父ヴァルミー公(1735―1820)3―4、子フランソワ将軍(1770―1835)21―1。

892: 世界@名無史さん 2019/11/09(土) 02:08:19.15 0
https://www.cnn.co.jp/fringe/35145122.html
ロシアで見つかった人骨、「ナポレオン直属の将軍」と研究者 DNAが一致
2019.11.08 Fri posted at 12:30 JST

(CNN) 考古学者のチームがロシアで発掘した人骨について、ナポレオンの部下だった将軍のものだとの見方が浮上している。フランスの歴史家らが分析の結果として発表し、ロシアのプーチン大統領も関心を示しているという。

木製のひつぎに入った状態で見つかったこの人骨は今年7月、フランスとロシアの考古学者のチームがモスクワから西へ約400キロに位置するスモレンスクでの発掘作業中に発見した。脚の骨が片方しかなく、年代は200年前のものとみられる。

チームはこの人骨がナポレオンのロシア遠征に加わった部下の1人、シャルルエチエンヌ・ギュダン将軍の遺骨である可能性があるとし、大腿(だいたい)骨と歯の一部をフランスへ持ち帰って調べることにした。
発掘を指揮したピエール・マリコフスキ氏がCNNに語ったところによると、マルセイユの研究者がこれらのサンプルとギュダン将軍の母、兄弟、息子のDNAの比較分析を行った結果、100パーセント一致することが分かったという。

894: 世界@名無史さん 2019/11/09(土) 09:03:23.62 0
>>733の続報か
これで心臓以外もフランスに帰れるだな
>ギュダン将軍

734: 世界@名無史さん 2019/07/12(金) 19:48:54.03 0
ヨーロッパロシアからポーランド平原、ドイツ平原、フランス北部の間は地中に人骨埋まりまくってる

735: 世界@名無史さん 2019/07/12(金) 21:25:23.93 0
そりゃ土葬の文化圏やしな

737: 世界@名無史さん 2019/07/16(火) 07:39:41.33 0
蒸気機関でモニターとメリマックみたいな装甲艦つくって英仏海峡確保できんかったんやろか

742: 世界@名無史さん 2019/07/20(土) 03:15:31.41 0
>>737
操鑑して闘うのは所詮フランス人だし、英国艦隊には勝てないだろ

738: 世界@名無史さん 2019/07/16(火) 08:38:46.93 0
装甲艦だから敵を沈めまくれるわけじゃないし
輸送艦がやられたら意味ないし
大量の兵を送り込める装甲輸送艦なんか非現実的だし

740: 世界@名無史さん 2019/07/16(火) 16:33:01.41 0
>>738
気球を使った空輸?とどちらが現実的かな?
>装甲輸送艦
何れにしろチート装備使わない限りイギリス上陸は無理って事か

743: 世界@名無史さん 2019/07/20(土) 06:56:54.90 0
フランス側が艦隊保全策をとらず積極攻勢に出れば互角に戦える。
第3次カーナティック戦争では3度英仏艦隊が戦っていずれも引き分けた。

745: 世界@名無史さん 2019/07/20(土) 12:18:27.87 0
>>743
革命前と革命後では全然違う
革命前は士官は全員貴族だったので、革命後は大半はいなくなった。

陸軍は数年でも士官は育つが、海軍の士官育成は10年20年かかるので、革命後は新米士官ばかりでまともに戦える状態ではない。

746: 世界@名無史さん 2019/07/20(土) 13:29:26.16 0
艦隊保全して欧州大陸制覇後の大陸封鎖で大艦隊つくれば艦数では圧倒できた説あるな
なお操艦技術・・・

747: 世界@名無史さん 2019/07/20(土) 15:35:52.25 0
古代ローマじゃ、陸軍国ローマの海軍が、海軍国カルタゴの海軍を倒してたけど近世じゃ無理だったか

748: 世界@名無史さん 2019/07/22(月) 05:23:58.15 0
支配下に置いたオランダやイタリアの艦隊を吸収できたのではないか?

749: 世界@名無史さん 2019/07/22(月) 07:24:35.45 0
イタリアに大した艦はない
オランダはそこそこ有力ではあるけどイギリスに対して本国を防衛するのに使えるレベルで
攻撃に出られるほどの用意はしてない
フランスやスペインに比べるとかなり小さい
他にはそこそこ大きいデンマーク海軍が味方したがこれはただちに英海軍に封じ込められてた
英海軍側も損害は受けてたが参戦直後の緒戦で敗北してあまり活躍は出来なかった

754: 世界@名無史さん 2019/07/31(水) 22:12:05.08 0
ナポレオンもガリバルディみたいな引き際ならカッコよかったんだけどな

755: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 00:35:52.63 0
ライプチヒの後でメッテルニヒの案に乗れば良かっただけ

763: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 21:30:02.73 0
リュッツェンとバウツェンの戦いの後じゃなくてか?

765: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 22:00:11.77 0
>>763
あの時点だと同盟側も和平の意欲が乏しかったでしょ。

766: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 22:09:49.96 0
>>765
あれを飲んでいたら、少なくともオーストリアは中立だったぞ

756: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 01:20:04.00 0
ロシア遠征はほどほどのところで撤退するべきだったな
深入りするのは負けフラグじゃないか

757: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 01:38:38.07 0
モスクワ落とせば(当時は首都じゃないけど)降伏すると思ったんでしょ。
某国が南京落とせば終わると思ったように。
なにせフランスはパリ落とせば必ず降伏するしなあw

758: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 06:55:43.11 0
>>757
国民国家かそうでないかの違いだな
どっちがいい悪いじゃなくて、国家経営のルールが違うんだ
自分の常識を相手にも当てはめてしまうという人間の宿痾からはナポレオンすら逃れられなかった

760: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 20:46:06.45 0
モスクワもロシアの心臓部なのは確かだし
そもそも数年がかりだった計画を大急ぎでやったからしくじっただけ

762: 世界@名無史さん 2019/08/01(木) 21:21:55.81 0
>>760
もともとモスクワ占領は1813年夏の予定でしたからね
1812年は戦役途上で越冬して

戦役途上での越冬は1806年プロシア戦役から1807年ポーランド戦役に掛けて行ってるから珍しくは無いし
まぁネイ元帥の先行で越冬どころか冬季戦役になってしまいましたが・・・

771: 世界@名無史さん 2019/08/03(土) 02:28:18.30 0
ブリテンに意地悪するためロシアを攻めるなんて本末転倒
ロシア戦役に70万も動員できるんだったら、その半分でもスペインに増員すれば半島からブリテン駆逐できたろうし
それから時間をかけてあんな島始末すれば良い
何にしてもロシア遠征する意味が解らん

773: 世界@名無史さん 2019/08/03(土) 12:06:15.79 0
>>771
ジブラルタル制圧して地中海をフランスの内海にするという発想はなかったみたいだね
やっぱり発想が陸式の人なんだろう

772: 世界@名無史さん 2019/08/03(土) 08:25:35.35 0
派手に勝ち続けないと権力が維持できなかったのかもね
人って得意なことで身を立て続けようとするから

引用元: ・【英雄】ナポレオン・ボナパルト【皇帝】