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1: プラナポ ◆h176FY1dLs 投稿日:2009/03/04(水) 18:44:21
第二帝政時代の政治や文化、またナポレオン三世や皇族や政治家などの人物について語ろう。








2: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/04(水) 18:54:42
パリ大改造

6: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/04(水) 21:02:28
正直、三世ごときにナポレオン名乗らせていいものかどうか

11: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/04(水) 21:19:41
弟のモルニー公は、兄のためにクーデター指揮したり、サラ・ベルナールの身元保証人になったり、競馬場の発展に貢献してモルニー賞遺しています。

タレーランと1世皇后の孫であられます。

14: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/04(水) 22:50:51
クルチザンヌ(高級娼婦)

ラ・パイヴァ

コーラ・パール

現代の日本人にはイマイチ美しいのかわからんなぁ

15: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/05(木) 09:57:40
世界最初の百貨店が本格作動開始
高度消費社会に入っていく

13: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/04(水) 22:43:05
フランスのブランド品は、この時代に数多く輩出しました。
サン・シモン主義のおかげでしょうか。

17: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/05(木) 14:56:38
>19世紀にナポレオン3世の皇后ウジェニーの専属デザイナー、ウォルト(英国人)は、デザイナーの走りであり、妻をモデルとして宣伝した。
>オートクチュールの基礎を作り、オートクチュール組合を作る。
http://seisho.fku.ed.jp/html/teiji/kinmirai/H18/detail/302.htm

18: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/05(木) 14:59:21
>1847年に創業されたカルティエは、宝石商としては新興だったが、とりわけデザインのセンスに優れていた。

>創業間もなく、時の皇帝ナポレオン3世の愛顧を受け、またたく間にフランス社交界の御用達となった。
http://kakaku.com/article/brand/watch/cartier.htm

19: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/05(木) 15:03:38
>1837年、ティエリ・エルメスがパリで創業したエルメス。

>1867年にはパリ万博の馬具部門銀賞を授与され、それをきっかけとしてナポレオン3世やロシア皇帝など、貴族御用達のブランド
http://www.brand-db.net/hermes.html

20: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/05(木) 15:09:00
>HAVILAND アビランド
>1867年のパリ万博での金賞受賞から一流ブランドとして認知されて以来
>リモージュ磁器
http://www.lupicia.com/tableware/haviland-history.html

21: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/05(木) 15:17:33
>世界の有名デザイナーが最新作を発表するファッション界の最高峰、パリ・オートクチュールコレクション。

>フランス皇帝ナポレオン3世時代の王室専属だった天才デザイナー、チャールズ・フレデリック・ウォルト(1826~1895)の主導で初開催されたのは1868年
http://sankei.jp.msn.com/culture/arts/080204/art0802041601002-n1.htm

メゾンだのファッションだの

22: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/05(木) 15:24:50
>1835年,当時14歳だったルイ・ヴィトン少年のパリ行きから始まった。

>ルイ・ヴィトンはナポレオン3世皇妃ユウジェニーの専属荷作り職の命を受ける。
>1854年にはパリ・キャプシーヌ通り4番地に店を旅行鞄の店を構えた。

>その後トランクは改良を重ね,1867年のパリ万国博覧会に出展した際には銅メダル
http://fountain319.tm.land.to/stationery/pocketbook/sd_vuitton.htm

26: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/06(金) 12:11:33
ナポレオン三世によるナポレオン三世の為の時代だなあ。
パリも文化もファッションも、すべてナポレオン三世好みに改造された。

29: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/07(土) 01:12:59
>>26
でも、そのころのものが、現代のおフランスのイメージとして、連綿と続いている
リゾート地のニースも3世の時代にフランス領になったわけで、たぶん1世の時代のフランスとはほとんど別物

大革命から1世の時代のフランスって、傷病兵や放浪者がうようよしていて、ピレネーの荒野のような荒地が広がっている状態だったらしい
それでも、フランスが欧州大陸を支配できた時代だから、身勝手なノスタルジー抱くフランス人が多いと

30: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/07(土) 01:16:20
逆にフランスはナポレオン三世の時代から、ほとんど変化していないな。
それはそれですごいとは思うが。

31: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/07(土) 01:21:37
そういや現フランス領のサヴォア地方も、レミゼラブルでは、貧しい出稼ぎの少年労働者の出身地という扱いだ

現在ではスキー場やら湖畔の保養地のある場所だけど

34: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/07(土) 04:11:57
現代に直結する「伝統的」フランスが確立したのが、ナポレオン三世時代って事なのか

35: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/07(土) 21:26:59
それ以前のフランスは、諸地方でかなり事情が違ったらしく、大革命前の三部会も地方ごと

36: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/07(土) 21:31:43
なにより、鉄道網がほぼ現在の規模になったのが、この時代

それまで交通はずっと不便だったし、旧ソ連のごとく国内の往来でも滞在パスポートが必要でした

37: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/08(日) 23:17:36
パリの万博は、第二帝政では2回
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hakurankai/kako.html

38: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/09(月) 08:06:28
パリを今の形にしたのもこのお髭さんだし、微妙に中途半端なところも含めて今のフランスはこの髭おやじが作ったと。

39: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/09(月) 20:14:00
西欧の国で、今日大統領が国政の中心にいるのは、フランスだけ。
でも、スッキリした大統領制にはしないんだよな。

40: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/09(月) 20:22:24
>レオン・フーコー
>ナポレオン3世は、フーコーに帝国天文台の特任物理研究者という地位をあたえました。
>この地位はフーコーのためにつくったようなもの。

http://sci-tech.jugem.jp/?day=20080101

南仏アヴィニョンの昆虫学者、ジャン・アンリ・ファーブルも、ドヌール勲章授与されました。

19世紀フランスでは「黒服の悲惨」といって、資産のない者が科学者や大学教授やると、ろくな目に遭わなかった。科学者として成功者でも。
いわんや中途脱落者や下積みをや。

41: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/09(月) 21:23:03
ナポレオン3世って実は名君じゃないの?

42: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/09(月) 21:49:53
>>41
まあ、社会主義、共産主義者から蛇蝎のように嫌われたのでそのイメージで後世に
伝わってしまっているが、充分に能力のある人間であったことは確か。

43: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/10(火) 08:49:18
それ以前のフランスがどうだったとか言わないのね

パリ・コミューンが二ヶ月で鎮圧されたおかげで、ますますフランスが豊かになり、20世紀初頭に労働者保護立法できるだけの余裕が生まれたというのに。

44: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/11(水) 08:52:33
3世はドイツ語訛りがとれず、イギリスかぶれでしたっけ

清潔志向はいいね。本来のフランス人は不潔

45: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/11(水) 11:53:50
議員になったとき最初の議会演説を、そのドイツ訛り丸出しでやってしまい、エリート連中から「こいつバカだ」って笑われて、それが逆に政敵の側の油断につながった、らしいね。

田中角栄が例の越後弁丸出しのおかげで、政権中枢のエリート連中から、純朴な田舎ものと見られたのに似てるな。

50: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/12(木) 00:59:42
つーか、今ですらフランス人のエリートって、きれいな発音のフランス語をしゃべれない人間を馬鹿にしまくるじゃん。ましてやフランス語がヨーロッパ世界の外交言語だったこの時代。

52: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/13(金) 07:20:31
19世紀後半あたりから、現代思想ではドイツがフランスに影響与えたりする
ハイデッガーとか

53: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/13(金) 16:13:41
開国~維新直後あたりまでは日本でのフランスの認識は「大国・列強」であって現在のおフランスのイメージはあまりなかったようだね
ウィーンの方が文化都市だったのかな
ベルリンは豊田市みたいなもんかw

54: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/13(金) 19:27:12
日本でのフランスイメージが転換したのは、結局普仏戦争だろ。

55: 世界@名無史さん 投稿日:2009/03/14(土) 00:17:47
プロイセンにしても、汽車の発達なしには、あんなに機動的に動けなかったそうな
一応、以前にもナポレオン1世に勝ってはいるけど

87: プラナポ ◆h176FY1dLs 投稿日:2009/04/30(木) 00:59:42
モルニーとビヨーが長寿だったら、第二帝政は現在まで存続したと思いますか?

90: 世界@名無史さん 投稿日:2009/05/15(金) 13:44:35
>>87
普仏戦争でムリっぽい

114: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/25(金) 20:25:19
第2帝政の崩壊はむしろ国内的というより、対外的な要因が大きいかと。

115: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/25(金) 22:34:13
>>114
メキシコ出兵失敗や普襖戦争介入失敗や普仏戦争大敗北などですか?

116: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/25(金) 22:56:39
セダンで皇帝が捕虜になってしまったらパリの市民感情は一挙に「帝政打倒!」になったけど所詮国民投票で選ばれた君主への忠誠心ってそんなものなのかな。

「陛下を奪還しよう!」とか
「皇太子殿下のもとで祖国を守ろう!」とかにはならなかったの?

118: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/26(土) 19:03:42
大ナポレオンですら、没落するときはあっけなかったし、まして甥っ子じゃ、そんなに求心力ないんじゃないか?

119: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/28(月) 14:47:59
晩年の失敗は皇后の責任。
3世はヨボヨボで政治的判断能力なかった。
第一帝政以上に政治家の権力闘争が凄く醜かった。
タレーランやフーシェほどの実力を備えた権力者はいなかったけどね。

88: プラナポ ◆h176FY1dLs 投稿日:2009/04/30(木) 23:10:33
質問です。
Jeromeと息子のNapoleon Josephが1852年12月23日に娘のMathildeが1853年2月12日に与えられたPrince(sse) Francais(e)
そしてLucienの子供たちが1853年2月21日に与えられたPrince(sse) Bonaparteの称号の違いは何なんでしょうか?
それからNapoleon JosephはPrince Napoleonと呼ばれていましたが、これは称号なんでしょうか?
彼の子孫で家長はPrince Napoleonを称号として使っている気がします。
後、現在のJeromeの子孫のsurnameはNapoleonでいいんでしょうか?

93: 世界@名無史さん 投稿日:2009/05/26(火) 17:22:14
>>88
ナポレオン公は1852年第二帝政によって作られた称号です
ジェローム・シャルルが初代ナポレオン公ですが1879年にナポレオン4世ウジェーヌが没すると遺言により初代の子ヴィクトルがボナパルト家の家長を継いでナポレオン5世になりました
初代が1891年に没するとナポレオン5世がナポレオン公も継ぎ
1926年から97年まで3代目ナポレオン公=ナポレオン6世ルイ
現在の4代目ナポレオン公=ナポレオン7世シャルルに至りますが
シャルルと先妻の子ジャンもナポレオン7世を名乗って対立しています

プランス・フランセは単に皇族ということでしょう

102: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/09(水) 13:31:23
ナポレオン3世、梅毒には罹らずにすんだの?
ほかの性病(淋病?)にはやられたらしいが。

103: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/09(水) 13:43:22
やられようがやられまいが、あれだけ衰弱してれば、駄目だわな
皇太子はなかなか勇敢だったようだが

104: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/10(木) 17:42:41

105: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/11(金) 11:13:02
>>104
Partant pour la Syrieって何て意味?

111: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/20(日) 00:07:50
>>105
なんか1世のエジプト遠征を謳った軍歌じゃなかったかな。
だからシリア云々と出てくる。
「シリアへの出発」とか訳すらしい。
作詞者は3世の母・淫乱女オルタンス王妃だとか。

106: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/19(土) 12:57:25
あの時代の兵士てなんであんな仰々しい貴族みたいな制服着てるの・・?
指揮官ならともかく一般兵士まで・・・
動きにくいと思うけど
誰か知りませんか?

107: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/19(土) 13:10:32
>>106
仰々しいの着てたのは兵士じゃなくて将校だろ。
そして将校は貴族みたいどころか、貴族そのものが殆どだった。

108: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/19(土) 14:19:17
フランス軍の歴史調べたら兵士も将軍や将校ほどではないけど白タイツに動きにくそうな長い上着にごつい帽子の絵が載ってたけど。
派手に見せて威嚇するためかな・・?

109: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/19(土) 18:47:01
その雰囲気引きずって、そのまんま第一次大戦突入してったら、目立ちすぎて、バンバン狙い撃ちされて、死傷者続出。
あわてて目立たない色に変えました、という始末。
最近有名になったカーンのカラー写真に残ってたと思った。

112: 世界@名無史さん 投稿日:2009/09/22(火) 16:35:48
ナポレオン3世はセーヌ県知事オースマン男爵を起用して、「パリ大改造」を成功させた。
だがその「美しい」パリの実現の陰には美しからぬ土地投機の嵐が吹き荒れていた。
官界を巻き込んだ土地の地上げがまかりとおり、土地成金が輩出した。パリ中が投機熱に熱中した。
第二帝政ほど証券取引所がニュースの中心を占めた時代は無い。
一躍時代の寵児となった銀行家のペレール兄弟はパリ中の噂の的だった。

126: 世界@名無史さん 投稿日:2009/10/16(金) 19:47:09
ナポレオン3世は性依存症だったんじゃないかね。
単なる女好きのレベルを超えているだろ。

127: 世界@名無史さん 投稿日:2009/10/17(土) 05:52:20
淫乱ボアルネ家の血を引いてますからそりゃもちろん・・・

136: 世界@名無史さん 投稿日:2010/02/13(土) 08:07:49
ナポレオン3世の親父って結局誰なん?ルイの子じゃないのは確かなんだろ?

138: 世界@名無史さん 投稿日:2010/02/28(日) 21:33:22
でもルイの子である可能性もゼロではないと聞いたけど。

不倫女ってほんと罪深いな。
古代イスラエルで石打ち死刑に処したのも理解できる。
父系制社会が完全に破壊されてしまうもんな。

139: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/03(水) 13:59:02
んなもん、その子が君主にふさわしいかふさわしくないかの方が重要

ルイ14世だって、弟に継がせたくない13世王が、別の男に王妃を孕ませたもの
たしか近衛隊長

140: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/03(水) 20:27:29
>>139

君主制は血統原理なんだから、血統を否定したら根底から覆るだろ。

ルイ14世については、父親については「分からない」ってのが今の所正解じゃないの。
これもルイ13世の子でも不思議でないと思うがね。

141: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/03(水) 20:53:01
実際ナポレオン3世は「伯父」の威光無くしては帝位の正統性が著しく下がるだろ。

142: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/03(水) 22:00:34
ていうか、あの伯父が帝位についていなかったら、
ルイ・ナポレオンは皇帝はおろか大統領にすらなれなかったろう。

143: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/04(木) 00:22:43
大統領どころか議員にすら

144: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/06(土) 00:52:50
ってか戸籍上の親父であるルイ自体が母親の私生児でボナパルト家の遺伝子がまったくない可能性があるしな

145: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/06(土) 10:49:42
ところでメキシコ皇帝マクシミリアンは2世の隠し子だったから厄介払いされたんだろうかね?
フランスが担ぐあたり怪しいよね。

146: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/06(土) 14:11:51
マクシミリアンが2世の子だったら本当に歴史の皮肉だよな。2世が長生きさえしていたらよかったのに

150: 世界@名無史さん 投稿日:2010/05/10(月) 20:35:27
帝政時代の著名人で人妻と寝たことのない品行方正な人間っているの?
逸話集とか読むとただ呆れる。

モルニーも人妻を愛人にしていたし、そもそも本人が不義の子。
ナポレオン3世は長い間その存在を知らなかったというのが意外。

147: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/06(土) 15:21:02
こちらで聞こうか質問スレで聞こうか迷ったのですが、こちらで聞かせて頂きます。
第二帝政時代の家事使用人はどういう風になっていたのでしょうか?

148: 世界@名無史さん 投稿日:2010/03/30(火) 17:07:47
当時の家事使用人って、「労働者」でさえなかったんだよな
マルクスも、無給の女中に私生児産ませて認知すらせず

161: 世界@名無史さん 投稿日:2010/05/25(火) 21:14:59
パリに、南仏出身者やユダヤ系の人たちが大量に住むようになったのが、この時代
鉄道網整備の賜物。

175: 世界@名無史さん 投稿日:2010/08/19(木) 19:28:08
マーガリン生産を奨励してくれた皇帝陛下、ありがとう。
マーガリン大好き。

176: 世界@名無史さん 投稿日:2010/08/19(木) 19:33:37
世界で始めて天気図を作らせたのも皇帝陛下だったはず。

地味に人類文化への貢献大だな。

177: 世界@名無史さん 投稿日:2010/09/01(水) 15:03:45
えらい

171: 世界@名無史さん 投稿日:2010/07/24(土) 14:47:14
ナポレオン3世陛下万歳


引用元: ・第二帝政時代のフランスとナポレオン三世






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