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1: 世界@名無史さん 02/07/30 08:29
ヘロドトス、リヴィウスとか司馬遷、ギボン、アル=ラシール、ハリ=セルダンとか。








5: 世界@名無史さん 02/07/30 12:12
トインビーやクライブ・ポンティング、ウイット・フォーゲルなどは入るの?

10: 世界@名無史さん 02/07/30 12:56
ビザンティン帝国のアンナ・コムネナ
3: パシッチ 02/07/30 11:45
セルダンはおっけーなのか。納得いかねえ(笑。

フリードリヒ・ランケ。
歴史学の父だよ。この人ってプロイセン寄りだったんだよね?
220px-Leopold_Von_Ranke_1877


レオポルト・フォン・ランケ

レオポルト・フォン・ランケ(1795年12月21日(20日説あり) - 1886年5月23日)は、19世紀ドイツの指導的歴史家。

実証主義に基づき、史料批判による科学的な歴史学を確立した。ランケ以前の歴史研究者を「歴史家」、以降の歴史研究者を「歴史学者」と呼ぶように、ランケの業績は歴史学の画期となった。また、教育面では演習(ゼミナール)を重視した。「それは事実いかにあったのか」を探究する実証主義的な研究法と教育方法は、ドイツ国内のみならずイギリス・アメリカの歴史学に大きな影響を与えた。


11: 世界@名無史さん 02/07/30 14:06
「神は細部に宿り給う」ってのはランケでしたっけ。
近代歴史学における緻密な実証主義的方法の確立者っていう評価と重ね合わせて理解していたんだけど。トリヴアリズムに対する免罪符的機能を果たすと自分で密かに納得(肯定的意味合いで)。

だけど、ランケって同時に『強国論』『政治問答』に示されているように、他方でプロイセン国家の強烈な擁護者でもあったわけですよね。
ということは、客観的歴史学とはいってもそれ自体が近代国家の擁護や正当性を自動的に弁証するものでもあるということに。
実証主義って一見非政治的立場のようでいて、実際のところは(そう見えないけど)かなりに政治的立場にたっているとも云えるかと。

歴史家というのは元来保守主義的なものという意味も少しは理解できるような気がしてきます。

12: 世界@名無史さん 02/07/30 14:16
ランケ史学の方法をフランス歴史学に移入したフランスのラングロワとセニョーボス。
二人で『歴史学研究入門』書いている。
あと、これに対抗したアナールの始祖マルク・ブロック。

13: 世界@名無史さん 02/07/30 14:21
えっ、アナール!?

14: 世界@名無史さん 02/07/30 14:24
>>13
違ってたっけ?

18: ≠13 02/07/30 16:26
>>14
違わないよ。
ブロックはアナール誌の刊行に深く関っていた。

15: 世界@名無史さん 02/07/30 15:32
アナール(annales)…フランス語で「年報」

レオポルド・フォン・ランケの一国史観&政治史偏重に対してアナール派は社会史・経済史など多方面からのアプローチを試みた。

アナール派で最も有名なのは「地中海」を著したブローデルかな?

23: 世界@名無史さん 02/08/01 01:22
いまひとつイメージがわかないんですが、
今の歴史家は基本的にアナール派なんですか?

20: パシッチ 02/07/30 20:09
レオポルド・フォン・ランケ(Leopold von Ranke,1795-1886)

ベルリン大の教授を務めた、歴史学の父。伝説・伝承を無批判に取り入れた当時の歴史学に対し、史料批判(Quellenkritik)という概念を持ち込んだ人。今あるゼミの形式を作り上げた人でもある。

「じっさいにどうであったのか」という言葉で知られ、中立的な、感情を廃した立場から歴史を検討するというスタンスを取るが、じっさいのところそのようなスタンスは不可能であり、おおむねこの立場は否定されている。彼自身、親プロイセンな立場に立っていた。

同様な立場に立った人に、ランケの後任としてベルリン大の教授になったトライチュケ(Heinrich von Treitschke,1834-96)がいる。彼は反ユダヤ主義や反社会主義でも知られた。

付け焼き刃なんで間違ってたらどんどん訂正希望ー

21: 世界@名無史さん 02/07/30 20:59
いまいち勉強不足でわからんのが英国のアナールの受容。
ケンブリッジでやってることとどうつながるってるのかつながってないのか。
日本で十把一絡げみたいに「社会史」ってことで両方一緒くたにされちゃってるせいもあるか?

24: 世界@名無史さん 02/08/01 05:07
イギリスの歴史家に興味がある人必読。
J.ケニヨン著「近代イギリスの歴史家たち」(ミネルヴァ書房)
ちと古い本なので多分、絶版。
大きな図書館で探して。

27: 02/08/06 22:22
今日聞いた話なんだけど、アシモフはその最後の著書の中で
「私がこの世に生み出したものは3つある。ロボット3原則と、心理歴史学と、XXXXである。」
とか言ってるらしい。

32: 世界@名無史さん 02/08/08 12:03
>>27
「心理歴史学(psychohistory)」
「陽電子工学(positoronic)」
「ロボット工学(robotics)」

『…オックスフォード英語辞典(OED)においてわたしが初めて使ったと認められている三つの単語』とアシモフは書いています

31: 名無し 02/08/08 04:53
「XXXX」は「陽電子頭脳」じゃなかったかな?

36: 世界@名無史さん 02/09/10 13:30
例えば、「コンスタンティヌスの寄進状」が偽書だと証明した人たちは歴史家だったんでしょうか?

コンスタンティヌスの寄進状

コンスタンティヌスの寄進状は、ローマ教皇ステファヌス2世(在位752年 - 757年)ないしその側近によって8世紀中ごろに偽造された文書(偽書)。かつてはローマ皇帝コンスタンティヌス1世が教皇領を寄進した証拠の文書とされ、教権の重要な根拠の一つであった。

その内容は、 「自分はハンセン病を患っていたが、ローマ教皇シルウェステル1世による洗礼を受けた後、治癒した。その感謝の印として、ローマ司教に自分と等しい権力を与え、全西方世界を委ね、自分はコンスタンティノープルに隠退する」 というものであった。

37: 世界@名無史さん 02/09/10 14:12
>>36
15世紀のバチカンの神学者と聞いた気が。
ルネッサンスによって古今のギリシア語の知識が増え、たまたま寄進状を読んでいた人が、ギリシア訛りが全然無いのに疑問を持ったそうです。
他のコンスタンティヌス帝の書いたものはギリシア語かギリシア訛りのラテン語なのにこれに限ってローマ・ラテン語なのはもしや? で、調べ始めたそうです。

39: Krt 02/09/10 15:56
>>36
ロレンツォ・ヴァラ(1407-57)というイタリアの人文学者。
一般的には歴史家と言うよりもギリシャ語原典からVulgata聖書を批判した古典文献学者であり、ルネッサンス人でありながら、神の全知と人間の自由意志に関するグルーミーな(ルターに通じる)認識で知られる「自由意志を巡る対話」の作者である思想家といった方が良いかな。

41: 37 02/09/10 16:45
>>39
だとすると、>>37と答えた高校の先生はどこからこの話を? 草葉の陰・・・・にいる先生!

42: Krt 02/09/10 17:06
いや、ロレンツォ(ラウレンティウス)はルネッサンスにおける資料批判と常識に基づいて、国家や民族の神話を解体する歴史的批判主義(ポプリニエールによる「フランク人=トロイアの子孫説」批判のような)の文脈で語られることも多いから、その先生が間違っているとはいえないよ。

38: 世界@名無史さん 02/09/10 14:17
古代の歴史家は存在自体忘れられてるような人のが多いんだろうな。
カルタゴ史のテクストとか、散逸前にはちゃんと残っていたろうに。

40: 世界@名無史さん 02/09/10 16:07
クラウディウス帝は「エトルリア史」「カルタゴ史」などの歴史書を書いていたらしいがどんなものだったんだろう?

45: 世界@名無史さん 02/09/18 15:35
これは日本史的な話しだけど、日本の史学者なんてのは幕府や大名家に抱えられて都合の良い歴史を作る役割だったんですよね。
特に家系図の偽造が大きな役割で源氏や平家の血筋だとか偽作しまくってました。
さらに江戸中期にもなると史学者たちは庶民にも偽家系図を高額で偽作しまくり、それは大流行したそうです。

まあ、世界の歴史学者もそんなもんでしょ。国や家に都合の良い歴史を作るのが重要な役割だったと思われます。
そういうのは非常に重要な役割だったんですけどね。
今では史学の人はなかなかそれで食べてはいけないのとは大違いです。

46: 世界@名無史さん 02/09/18 15:42
>>45
いや、世界の歴史学者は違うだろう。
一番、どうかと思うのはロシアの歴史学者だな。
領土の件でいろいろ自国に都合の良い怪しい歴史的主張をしてるし

47: 世界@名無史さん 02/09/18 17:35
プルタルコスは無茶苦茶出鱈目なことを書くが、確信犯な上に悪びれないから性質が悪い

「私は歴史を書くのではなく伝記を書くのだから、むしろ風説や噂話こそその人を知る手がかりなのだ」とくる

それでも、こいつの記録しか残ってない事跡も多いから無視してかかるわけにもいかない後世の辛さ

48: 世界@名無史さん 02/09/18 17:44
「あったことはあったこと、都合の悪いことでも後世に残すべき」
てな発想は昔からあったのかしらん?

思いつくのは司馬遷くらいなんだが。
トゥキディアス?だっけ?もそういう感じなんでしたよね?

53: 世界@名無史さん 02/09/22 13:05
>>48
「崔杼弑其君光」と書き記した、斉の無名の史官たち。
崔杼弑君

「弑」は逆臣が王を殺すことを意味する。『春秋左氏伝』には崔杼が荘公を殺害したのち、斉国の太史(歴史記録官)と崔杼の間にあった出来事についての簡潔な記述がある。

(太史が『崔杼、其の君を弑す』と事実を史書に書いたので、崔杼はこれを殺した。後をついだ太史の弟も同じことを書いたので、二人目に殺された。しかし彼らの弟はまた同じことを書き、とうとうこれを舍(ゆる)した。太史兄弟が殺されたことを聞いた別の史官は『崔杼其の君を弑す』と書いた竹簡を持って駆けつけたが、すでに事実が記録されたと聞いて帰った)


50: 世界@名無史さん 02/09/22 06:20
宮崎市定の本を読むと司馬遷て芝居好きで荊軻の始皇帝暗殺未遂の記述などは事実というより結構演劇的脚色が入ってるとか

55: 古今東西歴史家ベスト10 02/10/05 18:32
ヘロドトス
トゥキュディデス
タキトゥス
司馬遷
司馬光
イブン・ハルドゥーン
ギボン
ランケ
ブルクハルト
ホイジンガ

57: 世界@名無史さん 02/10/05 18:37
>>55
ラシード・アッディーンは入らないのか?

空前のスケールで『世界史』を編纂したぞ。

関連記事【ラシード・ウッディーン】


56: 世界@名無史さん 02/10/05 18:36
ヘロドトスはデマも多いけど、あの時代にあれだけ広範囲な地域の歴史を集め書き残したことは賞賛に値する。

今の時代の人間が読んでも、ぐいぐい引き込まれる、ヘロドトスの「歴史」は偉大だ

引用元: 歴史家の歴史



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