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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/08(月) 10:12:27 ID:S95eMOZr0
古代中国四大美女の筆頭、傾国の楊貴妃について語る。







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楊 貴妃

楊 貴妃(よう きひ、719年(開元7年) - 756年7月15日(至徳元載(元年)6月16日))は、中国唐代の皇妃。

玄宗皇帝の寵姫。玄宗皇帝が寵愛しすぎたために安史の乱を引き起こしたと伝えられたため、傾国の美女と呼ばれる。古代中国四大美人(楊貴妃・西施・王昭君・貂蝉)の一人とされる。壁画等の類推から、当時の美女の基準からして実際は豊満な女性であった。また、音楽や舞踊に多大な才能を有していたことでも知られる。




3: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/08(月) 11:28:23 ID:RCpFxJHg0
寿王妃だったのに、別れさせられて舅の後宮へ入れられたのに、本人には内心抵抗感はなかったんだろうか?

4: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/08(月) 23:47:50 ID:7MdQbf8F0
蜀の出身らしいね。
故郷へ向かう途中に殺されたとも言えるわけか。

安史の乱と最期

755年(天宝14載)、楊国忠と激しく対立した安禄山が反乱を起こし、洛陽が陥落した(安史の乱)。

756年(至徳元載)には哥舒翰は安禄山側に大敗し捕らえられ、潼関も陥落した。玄宗は首都・長安を抜け出し、蜀地方へ出奔することに決め、楊貴妃、楊国忠、高力士、李亨らが同行することになった。

しかし、馬嵬に至ると、乱の原因となった楊国忠を強く憎んでいた陳玄礼と兵士達は、楊国忠と韓国夫人たちを殺害した。さらに陳玄礼らは玄宗に対して、「賊の本」として楊貴妃を殺害することを要求した。玄宗は「楊貴妃は深宮にいて、楊国忠の謀反とは関係がない」と言ってかばったが、高力士の進言によりやむなく、楊貴妃に自殺を命ずることを決意した。

『楊太真外伝』によると、楊貴妃は「国の恩に確かにそむいたので、死んでも恨まない。最後に仏を拝ませて欲しい」と言い残し、高力士によって縊死(首吊り)させられた。この時、南方から献上のライチが届いたので、玄宗はこれを見て改めて嘆いたと伝えられる。


6: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/10(水) 23:10:02 ID:6QZRHWyi0
清華池ってそんなにいい温泉が出る場所なの?

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/09(火) 00:38:16 ID:TZJZQFI+O
腋臭デブでも傾国の美女

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/14(日) 04:11:08 ID:V4jAcFOe0
楊貴妃はほっそりとしていたという説もある(唐代の資料による)
唐代は豊満な女性がもてはやされていたので楊貴妃=デブ説はできたと思われる
(後、李白の詩のエピソードから)
さすがに痩せていたとは思わないが、中肉ぐらいだったかもね
腋臭がどこから来た説なの?

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/15(月) 20:40:22 ID:lGsQGp/Z0
>>18
唐代に豊満な女性がもてはやされたってのは、衣装の造形にも関係あるんじゃないかな。
唐代の貴族が着る女性用の服って、胸の谷間を強調するような構造だし。

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/14(日) 19:26:58 ID:XiDxs9Ro0
腋臭かどうかわからんけど汗っかきで独特の香りがしたとか。
汗の匂い=異性にとってはフェロモンなのかもしれんね。

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/11/05(月) 22:45:05 ID:kapX+XqG0
俺は玄宗皇帝が単にデブ専だっただけだと思っているが。
中国の場合、皇帝の好みがそのまま時代の基準になっちまう。

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/11/05(月) 22:53:36 ID:Z5hBdcCN0
>>28
梅妃とかも寵愛しているし、かなりの子だくさんだから、別にデブ専だったとは思えない。

59: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2014/03/16(日) 10:40:33.09 ID:j78cc4P/0
>>29
梅妃は実在じゃなくて創作の人物なので例にならないって。

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/20(土) 23:19:16 ID:1iUuGCYn0
楊貴妃自身はそれほど権力を弄んだわけでもないし、基本的には全部玄宗が悪い。

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/21(日) 00:07:08 ID:OyMp7uCZ0
責任度

S 玄宗  安禄山
A 楊国忠 李林甫(Bかも)
B 高力士 哥舒翰
C 楊一族 陳希烈ら重臣
(壁)
D 楊貴妃 粛宗など

26: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/26(金) 22:40:02 ID:FSzDqs5f0
李隆基もどうしてあんなにボケちゃったんだろう
若い頃は颯爽としていたのに

玄宗

玄宗(げんそう)は、唐の第9代皇帝。諱は隆基。唐明皇とも呼ばれる。

治世の前半は開元の治と呼ばれる善政で唐の絶頂期を迎えたが、後半は楊貴妃を寵愛したことで安史の乱の原因を作った。

玄宗の前半の治世は「開元の治」と称され、唐の絶頂期と評価されている。玄宗が行った政策は仏教僧達の度牒(現在に例えれば宗教法人資格)の見直し、税制改革、節度使制の導入などである。これらの玄宗初期の政策を玄宗の下で行ったのは武則天に見出された姚崇・宋璟の両宰相である。

前半の善政と後半の堕落。玄宗の功罪をどう評価するかは難しい。節度使が唐だけではなく五代十国時代まで戦乱の原因になったことを考えると、さらに評価は分かれる。ただし、堕落した後半生でも、民へのいたわりを見せていた。




27: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/10/28(日) 22:56:35 ID:AVgPwXJD0
>>26
説はいくつかあるね
①元々、たいしたことがなく、武則天が登用した人材に助けられていただけ説
②政治に疲れた。あきた。数十年の太平で油断した説(通説)
③音楽などに通じた遊び人なので、贅沢のしすぎ説
④唐の建国以来の矛盾が生じてきて(税制、兵制、異民族政策など)気がついた時には手遅れで絶望してやけくそになった説
⑤丹薬の飲み過ぎによる水銀で頭がやられていた説
⑥楊貴妃に堕落させられた説(権力者の言い訳)
⑦別にぼけてはいない。ただ、人と時代の流れを読み誤った説

さて、どれかな?

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/17(月) 21:46:35 ID:2yAU+rYF0
楊貴妃の場合、本人は大して悪いことはしていないよな。


30: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/06(木) 15:06:10 ID:6uENpPtD0
楊貴妃が入る前は、武妃をかなり寵愛していたんだよね。

31: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2007/12/10(月) 22:04:41 ID:aU7yh7kH0
則天武后の一族だったから、皇后にするのは憚られたとか。
皇后と妃では、天地の差があったと言うことか。

34: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/02/03(日) 19:24:48 ID:UozxMqDP0
映画で楊貴妃を演じる中国の女優(ファン・ピンピン)がインタビューで、「楊貴妃の最期は、部下によって日本に逃された・・という説もあるので映画のラストはどちらでもとれるようになっている」と話していた。

中国では義経伝説のように有名な話みたいで、ちなみに日本の長門市(山口県)に「楊貴妃終焉の地」伝説が残っていてお墓もある。

44: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/08/06(水) 09:34:13 ID:m+hYsdQi0
>>34
あの話って、中国でも結構知られているんだなw

35: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/02/03(日) 19:36:58 ID:eOBJLFRU0
大唐芙蓉園ってドラマじゃなかったっけ?

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/02/03(日) 20:49:43 ID:aw12Hmub0
ドラマ『大唐芙蓉園』
http://www.youtube.com/watch?v=f5AU-bNJlnw


42: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/07/01(火) 12:41:55 ID:jJWseydz0
大唐芙蓉園の李林甫かっこよすぎw

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/02/03(日) 19:37:02 ID:UozxMqDP0
玄宗が後年、馬かい(山かんむりに鬼)の楊貴妃最期の地に立ち寄り、楊貴妃の墓を開けたところ「錦の香袋」のみであった、と書かれている
http://www008.upp.so-net.ne.jp/bungsono/shisoro/ishikawa033.htm

38: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/02/03(日) 20:39:56 ID:UozxMqDP0
「その後」の楊貴妃。調べたらいろいろあるもんですねー。
http://library666.seesaa.net/article/6273751.html

40: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/02/17(日) 23:58:57 ID:G8mdBnSP0
楊貴妃自身は、実際のところ、どんな性格の持ち主だったんだろう。

45: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/08/26(木) 22:36:33 ID:ujMqLAy40
>>40
酒池肉林みたいなひどい事はしてないね。
性格も良さそうだし。実家がちょっと悪かっただけで・・・。
中途半端に謙虚だから、最期が可哀想だったんじゃないかと思う。

49: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2012/05/26(土) 00:46:56.29 ID:HE4HJdvU0
楊貴妃と安禄山はやってたろ思うんだけどどうなの?
養子にした安禄山を大きなおしめに包んで担がせ、「湯船で洗う」と玄宗に言ったってエピソード
夜通し宮中に入れて、当時醜聞が流れてたって話
ソグドと突厥のハーフの軍人上がりの良い男と絶世の美女が、中国皇帝玄宗を手駒にとって
夜な夜な情事に耽ってたって考えるだけで興奮するんです。

52: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2012/06/22(金) 22:21:22.44 ID:wC2P+r2/0
>>49
俺もそう思う
楊貴妃の訃報を聞いた安禄山が泣いたってエピソード
厳しい中国社会において、身一つで立身してきた人間が、中年になってから養子縁組みしただけの縁の女が死んだだけで泣いたりはしないと思う。
ボンボンの皇帝が二人の関係に対して疑念が起こっても、才色兼備の楊貴妃が機先を制して母子ですからと、うまくあやしている様子が目に浮かぶわ


引用元: ・*★* 楊 貴 妃 *★*



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