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1: 世界@名無史さん 2014/11/24(月) 12:47:05.32 0.net
旅・移動、交通に関する環境、インフラについて話すスレです。

旅の形態・目的: 隊商、行商、巡礼、伊勢参り、ヒッチハイク、物見遊山、湯治、観光、出張
サービス: 街道沿いの旅籠・ホテルや飲食店
行政: 関所、入国管理、通行手形・パスポート制度、通行税・関税
犯罪: 追い剥ぎ・山賊・盗賊、護摩の灰
交通手段:船旅、馬車、駕籠、鉄道
インフラ整備:道路・鉄道・港湾・空港整備

などについて自由に語ってください。








5: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/24(月) 13:55:28.72
>行政: 関所、入国管理、通行手形・パスポート制度、通行税・関税

昔は海賊の存在も、海の関所みたいなものだったり。
黙ってお金を払えばその海域をその海賊の武力の元、安全に通してあげるとか。
瀬戸内海なんかは

7: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/25(火) 00:26:50.12
瀬戸内海以外、日本以外の海賊って襲って奪うだけだったのかな。
それとも同じように縄張り持って通行料取ったりとかしてた?

16: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/27(木) 00:27:45.06
>>7
昔は旅商人と海賊山賊はボーダレスな事が少なくなかったから、商売が上手く行ってればおとなしくしてて、商売が芳しくなかったり商談相手が弱そうなら牙をむいてそう

19: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/27(木) 11:13:41.28
輸送業と輸送護衛と山賊も密接に繋がっている。
護衛を雇わないと襲撃部隊に早変わり。

8: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/25(火) 01:15:35.10
庶民が旅のときに地図を持っていくようになったのっていつ頃から?
自分でちょちょって書いた手描きのものは別として、地図って昔はやたら高かったし

9: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/25(火) 06:15:12.03
日本だと、東海道中膝栗毛が読まれだした辺りぐらいじゃ?

10: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/25(火) 08:05:06.59
東海道中膝栗毛自体がガイドブックだったんだっけ?

11: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/25(火) 15:30:22.26
昔の地図ってぜんぜん正確じゃないから、地元の人に道を聞きまくらないと無理だよな。
コミュ障には無理w

13: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/26(水) 11:27:59.41
エジプト旅行しているとき、ガイドブックの地図がどうにも適当で、やたら道に迷ったなぁ

14: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/26(水) 11:45:00.73
地図をアップデートするにも金がかかる。

24: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/30(日) 11:11:08.26
三度笠に合羽って渡世人(やくざ)の旅装束のイメージが強いけど、明治時代の行商人の写真が、モロその格好だったから意外だった。
あの服装で明治も旅してたのも驚きだが、堅気があの格好だったもの衝撃。

29: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/30(日) 16:26:03.15
>>24
三度笠に合羽の姿は本来は行商人や飛脚が来ていたもので、それを野宿に都合がいいとて無宿人が真似たのだ。

30: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/30(日) 17:15:54.85
>>24
因果が逆。
ヤクザが偽装のために旅人姿をしてたの。
徳川時代には無宿者は無宿というだけで捕まって処罰された。
街に見慣れない人が居れば無宿者だとバレてしまう。
だから旅人を装った。
旅人なら街に見慣れない人が居ても見慣れなくて当然だから。

25: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/30(日) 11:41:10.99
個人的にはあんまりヤクザのイメージは無かったんだかが、、、
木枯し紋次郎の影響かな?

31: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/30(日) 17:25:58.45
旅人の助さん格さんや弥次さん喜多さんは道中差しとして脇差を帯刀してるが、ヤクザの長脇差はあれと同じ理屈なのかな。

32: 世界@名無史さん 投稿日:2014/11/30(日) 18:16:27.25
武士でなくとも旅人は護身用に脇差しは可能。
旅人は持っていてもおかしくはない。

34: 世界@名無史さん 投稿日:2014/12/01(月) 00:28:57.35
ルネサンス期に、町に剣・短剣携帯不可でも、旅行中は許可とか。

39: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/15(木) 10:12:47.71
英語って道を表す語が多過ぎて区別がつかん。
street、boulevard、avenue、way、driveなどなど

roadは街道でいいのかな?

42: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/15(木) 16:46:05.17
>>39
道、路、径、程、蹊、迪、廸

日本語だっていっぱいあるぞ
「みち」と訓む単漢字でこれだけあるし
熟語ならさらに何倍にもなる
70: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/18(日) 13:04:25.41
39-42 
トロント在住だが、それらの語と同じぐらいごく普通に使われているのが 
crescent、drive、road、path、circle 

avenueとstreetはトロントでは方角とは関係ないみたい 

square、lane、placeなんて呼ばれてる道も。 
squareは、面している通りに対し等辺のコの字型に一周している道のことらしい。 

ここにいろいろ説明があった 
http://q.hatena.ne.jp/1159965237

71: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/18(日) 23:27:49.35
crescentやcircle、squareは道の形からって分かるけど、driveって他の道とどう違うんだろう?

72: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/19(月) 09:35:43.19
ドライブ 
古くは、耕作地とか踏み荒らさないように、家畜を追い立てる経路で共有地・放牧地につながっている。 
今日では、車で移動でき、何らかの目的地にたどり着くこと。その目的地が名前に入っていることが多い。都市部では、袋小路で、先に何かある感じ。 
欧米の質問サイトの回答も語源辞典も大した違いはない。

74: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/19(月) 21:12:58.07
ストリートだと、道の両側に小売店があるイメージ。必然的に町や都市。 
工場・住宅街・草原・荒野だといまいち。 

スクエアやクレセントだと、日本語だと交差点・広場という2つを指すような感じ。

75: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/20(火) 00:58:12.88
>スクエアやクレセントだと、日本語だと交差点・広場という2つを指すような感じ。 

単に個人的にそう思ってしまう話なのか、知識があって言ってるのか区別できるような書き方にしてよ。 
sqareはタイムズ・スクエアみたいなのも当然あるけど、通りの名前の場合は、住宅地を徐行で走る2車線ぐらいのごく短い道路で、>>70に説明があるような形状。 

crescentは他の道との区別をどう考えていいのかはっきりわからないけど、三日月って意味から連想できるように曲がっていたりする通りでavenueなどよりだいぶ短くて細い。

40: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/15(木) 11:45:03.60
wayは具体的な道というより、もっと抽象的で観念的な文脈で使われることが多いんじゃないかな?

45: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 00:48:24.94
欧米の住所は道を基準に表し、日本は地域を基準として示す。
なんで日本で住所に使われる道を表す語彙は乏しいね。

46: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 00:54:46.95
通り:Street
筋:Avenue

47: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:00:49.03
筋を挙げたのは偉いが、そういう対応関係はない

50: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:38:07.41
>>47
え?
マンハッタンの東西の街路がStreetで大阪の東西の街路が通り
マンハッタンの南北の街路がAvenueで大阪の南北の街路が筋
ちゃんと対応してる
ちなみに東京では南北と東西の街路はそれぞれなんて呼ぶのか?

54: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:46:40.96
>>50
>ちなみに東京では南北と東西の街路はそれぞれなんて呼ぶのか?

東京じゃそんな使い分け無いよ

51: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:41:41.13
マンハッタン以外で当てはまらない例を挙げられてもな

55: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:48:43.54
少なくともマンハッタンと大阪で対応してるんだから
そういう用法はあるということでしょ

48: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:06:37.88
条は?

49: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:36:51.42
StreetとAvenueって、欧米では東西に走る道と南北に走る道とで区別して使い分けられることが
多いけど、日本じゃ京都でさえどちらも「通り」だもんな
条坊制

条坊制(じょうぼうせい)とは、中国・朝鮮半島・日本の宮城都市に見られる都市プランで、南北中央に朱雀大路を配し、南北の大路(坊)と東西の大路(条)を碁盤の目状に組み合わせた左右対称で方形の都市プランである。


52: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:44:04.42
筋って大阪以外使われている都市あるの?

53: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 01:45:00.16
札幌も別にそういう使い分け無いみたいね

59: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 02:50:49.32
StreetとAvenueの違いって、表面的には南北と東西だけど、実は最初に街に通った大通りに対してどういう関係にあるかってことなんじゃないかな?
だから都市によって南北と東西がまちまちなんじゃないかって気がする。

60: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 08:26:38.08
筋って大阪以外で使っている都市はあるの?

61: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/16(金) 17:40:26.41
知らんが
南北と東西を区別する意識があることの例証にはなる

79: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/24(土) 02:09:48.76
>>61
例となる可能性はあるけど、君が書いていることだけじゃ全然不十分。

まず都市計画で、東西南北に道の角度を合わせて作っているかどうかという疑問がある。
メインストリートが南北に対して45度(もしくは違う角度)に傾いている都市なんて珍しくもないというかいくらでもある。
地形の制約があるんだから当たり前。

なんで方角はむしろ結果的にそうなったのであって、>>59の言っている仮説の方が妥当な可能性が高い。

64: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/17(土) 18:57:40.69
東日本では東西と南北の街路を区別してるところは無いのか?
東京には無いようだが横浜とか千葉埼玉とかはどうなの?

65: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/17(土) 19:14:15.56
横浜だと開港場だったエリアの関内が格子状になってるけど、縦横どちらも「通り」だな

66: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/17(土) 19:14:51.26
なぜか不思議なことに中華街だけ斜め

69: 世界@名無史さん 投稿日:2015/01/17(土) 21:41:15.66
中華街だけ斜めになってる横浜


no title

84: 世界@名無史さん 投稿日:2015/02/03(火) 21:41:37.89
交通の要衝としてのイスラエルの価値はどれほどだろう?

85: 世界@名無史さん 投稿日:2015/02/04(水) 00:35:56.88
マッキンダーを読めば、世界島の形が変わらない限り、航空機時代になってもその価値は減じないってことがわかる

86: 世界@名無史さん 投稿日:2015/03/01(日) 13:32:11.62
機関車ムーミン、鉄博で春公開 歴史伝える機銃掃射痕も
http://www.sankei.com/photo/story/news/150228/sty1502280001-n1.html

sty1502280001-f1


戦前の日本にこんなのがあったとは知らなんだ。
94: 世界@名無史さん 2015/05/29(金) 00:54:02.03 0.net
>行政: 関所、入国管理、通行手形・パスポート制度、通行税・関税 

道に関する語が行政単位としても用いられる例もある。 
その代表的な例は、唐代の「道」、宋・元代の「路」だ。 
明・清代にも「道」という地方行政単位があるが、規模としては省と府の中間になる。 
日本における西海道・東海道も元来は地方行政単位としての「道」だった。

96: 世界@名無史さん 2015/05/29(金) 01:21:27.12 0.net
>>94 
北海道は今も地方行政単位としての「道」だろ

97: 世界@名無史さん 2015/05/29(金) 08:53:26.99 0.net
行政単位としての「道」「路」は、どこどこ方面への道がつながっている、というのが語源ではなかったかな

98: 世界@名無史さん 2015/05/29(金) 09:57:13.78 0.net
古代の行政単位の道はやっぱり徴税官理の都合から見てそのほうがよかったということか

103: 世界@名無史さん 2015/07/15(水) 23:33:06.84 0.net
古代の日本の道路はどうして、あんなに道幅が広くて直線だったんだろう。 

というか、どうして江戸時代の主要街道の方が古代の道路よりみすぼらしい仕様なの?

104: 世界@名無史さん 2015/07/15(水) 23:50:38.49 0.net
>>103 
街道と都市の街路を同列に比べるなよ 
まあ、江戸時代には都市にも街路と言えるほどの通りは無かったんだけど

106: 世界@名無史さん 2015/07/15(水) 23:59:25.89 0.net
>>103 
本能寺の変がトラウマになった家康が、謀反や叛乱に備えてわざと交通の便を悪くしたって説があるね

107: 世界@名無史さん 2015/07/16(木) 01:07:21.15 0.net
たぶん、こういう道路を念頭に書いてるんだろ 
http://www.gunmaibun.org/remain/iseki/hakkutu/2008/20080620.html 
no title


当時の幹線道は、基本は幅6mだね

108: 世界@名無史さん 2015/07/16(木) 11:13:00.85 0.net
日本の古代道路 
現代の高速道路に匹敵する規模 

http://katana04.blog70.fc2.com/blog-entry-176.html

 
「古代日本のハイウェー」というNHK番組によると、現在の日本の高速道路網の総延長は6500Kmあるが、古代のハイウェーはこれに匹敵する6300Kmの幹線道路が、天智天皇、または、天武天皇の時代に既に出来上がっていた可能性が高いと解説している。
  
 
blog_import_5507c9c08913d
東日本の古代道路
 
 
道路の幅は都に近い地域ほど広い。群馬県を通る東山道は幅12m~13mで、現在の道路で云えば4車線相当の広さです。これは江戸時代でさえ実現できていない広さ。それも、単に広いだけでなく、道路部分は版築という工法で土を硬く付き固め、土留めと側溝が作られていた。
道路は極端に曲がることはなく、ほぼ直線を維持している。
正にハイウェーと呼ぶにふさわしい。  

・・・どうもマジかよという気になってくる。 
これだけの大工事、あのショボい大和朝廷には無理だろ。 
また発掘結果を捏造してるんじゃないのか。

109: 世界@名無史さん 2015/07/16(木) 11:18:37.66 0.net
>>108 
それくらどうってことはないだろ 

橋脚たてて高架にして舗装して通報システムや通信線を完備して標識も完備する現代の高速道路じゃ無いんだから邪魔な木をや岩をどかして整地するだけで完成な古代の道路なら大和朝廷でも充分出来るよ

113: 世界@名無史さん 2015/07/17(金) 00:49:53.13 0.net
>>109 
どうってことはないだろう、ってことはないだろう。 
あの時代に6300km。 
まあ12mもあったのは大都市近くだけみたいだけど

110: 世界@名無史さん 2015/07/16(木) 22:40:06.09 0.net
しかしなぜ、これだけの古代全国ハイウェイが使われなくなったり忘れ去られたりするのだろうか。 
ローマのアッピア街道は、古代からずっと現役で使われてきたのに。

111: 世界@名無史さん 2015/07/16(木) 22:45:42.48 0.net
平安後半あたりにかなりの文明退化があったけど部分的には江戸時代ですら退化前のレベルに追い付いてない。

112: 世界@名無史さん 2015/07/16(木) 23:28:19.32 0.net
維持メンテナンスコストを上回るだけのニーズがなくなったんだろう 
受領に代表される地方派遣官などは牛車に乗って赴くことが多かったろうし、地方からの租庸調の収集運搬などにも便利だったであろう整備道路だが、そういう中央集権的なネットワークは平安中期以後に衰えていったからね

114: 世界@名無史さん 2015/07/17(金) 10:14:59.06 0.net
秦の始皇帝が作らせた直道でも700kmだよ。 
6300kmなんて当時の日本の国力からみて誇張が過ぎるんじゃね?

115: 世界@名無史さん 2015/07/17(金) 21:11:40.64 0.net
近い時代に行われた条里制の広範な整備を考えたら、国力的にできないということはない 
ただそれだけの手間をかけるに値する施策だったのか、という点では不可思議に思う 
条里制は収穫高ひいては税収に直結するものなのに対し、道路はそうではないからね 
物流ルートとしても軍用ルートとしても、どうにも過剰スペックにみえるんだよな

116: 世界@名無史さん 2015/07/17(金) 23:07:14.24 0.net
ただ地方にも遺構が残ってんだよね 
王朝の威光見せるためのものだったなら不思議ではないかも

117: 世界@名無史さん 2015/07/17(金) 23:50:16.88 0.net
飛鳥~奈良時代って、けっこう力技で国土改造してるもんだな 
織豊期くらいの変革力を感じるぜ

119: 世界@名無史さん 2015/07/18(土) 08:54:41.69 0.net
実体は、一部だけ開通して全国ネットワークにはならなかったんじゃね? 
あまり役に立たなかったので忘れられてしまったような気が。

120: 世界@名無史さん 2015/07/18(土) 12:54:11.96 0.net
おおむねつくったんでない? 
遺構がおおいし 
ただ役にたたず放置されたってのはそうでしょうね 
明らかに無駄

121: 世界@名無史さん 2015/07/18(土) 13:15:37.85 0.net
上のリンクで触れられてる「NHK古代史スペシャル・古代日本のハイウエー」 のつべ 
これの最後に、できて100年後くらいから既に道路幅の縮小→農地転用が進み始めたって言ってるね 

中央集権のタガがゆるむと、さらに不届き者が道路を完全に寸断して農地を広げたはずだ 
そうなると道路としての機能が大幅に低下し、コマ切れになった部分の分捕り合戦が加速したんでは

122: 世界@名無史さん 2015/07/18(土) 13:18:03.34 0.net
それでも100年は持ったんだ。。

124: 世界@名無史さん 2015/07/18(土) 13:53:32.33 0.net
これだけの巨大インフラだと作るだけでなく、維持管理にも大組織が必要だったはず。
しかし当時の官制にそんな組織があったろうか。発案者は誰か計画を承認した天皇は誰か。 
史書に何も記録が無いというこの不思議さ。

126: 世界@名無史さん 2015/07/18(土) 21:04:59.60 0.net
王朝時代の史書ってインフラ関係の整備記録がいい加減なんだよな。

127: 世界@名無史さん 2015/07/19(日) 17:23:25.73 0.net
もしかして公務専用の道路で、一般の旅行者が歩くと怒られたりして。

129: 世界@名無史さん 2015/07/20(月) 16:01:46.49 0.net
秦帝国の始皇帝が作らせた馳道は、皇帝専用ハイウェイだったからなあ

130: 世界@名無史さん 2015/07/20(月) 19:21:58.49 0.net
流通経済がまだ未成熟な社会で、国府間を直線で結ぶ道路って庶民の役に立つかねぇ 
村内の移動みたいなごく短距離の利用以外には、ほとんど必要なかったんじゃないかな 
もちろん租庸調の運搬とか、そういう公用の義務で遠出する際は使うにしてもさ

131: 世界@名無史さん 2015/07/20(月) 20:50:45.95 0.net
役には立つだろう 
国府には市が立つ 

でもあんなでかいものはいらんw

134: 世界@名無史さん 2015/07/23(木) 08:54:03.27 0.net
全体から見るとどれくらいの割合で、日本の古代道路は発掘されているのだろう?

135: 世界@名無史さん 2015/08/10(月) 10:19:06.38 0.net
最近も発掘のニュースがあった 
幅6~7メートルって、古代ローマ街道より広いんだな 

古代山陰道跡を確認、条里遺構と同時に 鳥取・青谷横木遺跡 
http://www.sankei.com/region/news/150712/rgn1507120041-n1.html

136: 世界@名無史さん 2015/08/11(火) 14:48:25.21 0.net
雑徭で集めた民にやらせることが無いから、ムダに道を広くしていったんじゃね。 
年度内に予算を使い切ろうという、お役所発想の古代版で・・・

138: 世界@名無史さん 2015/08/11(火) 15:19:59.16 0.net
駅の話をみるにたんに地方にまで権力を見せ付けるのが目的なのでそもそも全部の使用を目的としてない 
あと田んぼを道にそって整備したそうな 
徴税システムの整理の目的もあった模様

141: 世界@名無史さん 2015/08/24(月) 09:07:08.97 0.net
江戸時代の街道って主要な街道でも場所によって、人がすれ違うのがやっとで足を滑らすと谷まで落ちていく山道だったんだな。 
あんな所をどうやって大名行列が通ったんだか

143: 世界@名無史さん 2015/08/24(月) 17:47:26.52 0.net
加賀藩はそういう難所があれば他藩の領地にも橋を作ったけどなw 

谷風か雷電の逸話に牛連れて狭い山中歩いてると大名行列がきたので牛を抱えて道のそばによったら殿様が感心して相撲取りにみたいな逸話なかったか?

144: 世界@名無史さん 2015/09/06(日) 09:55:39.83 0.net
朝廷や朝鮮から特使が来るたびに橋建設のために村人がかり出されたりした。

147: 世界@名無史さん 2015/09/21(月) 06:11:09.58 0.net
>>144 
通過が終わると取り壊すという点では違うけどな

184: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 17:34:53.32 0.net
朝ドラの「あさがきた」を見てると、加野屋の番頭の旅姿が、明治十年代になっても助さん格さんみたいな格好なんだが。

185: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 17:44:43.55 0.net
>>184 
俺の爺さんは昭和30年代初めまでよれよれの軍服、軍帽、巻脚絆だったそうだよ。

186: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 17:50:43.50 0.net
んで周囲でもそういうのは当たり前の風景だったらしい。 
なによりも軍服はその頃貧乏屋が入手できる服と比べて圧倒的に丈夫で長持ちした。

187: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 17:51:31.70 0.net
>>184 
明治初頭ならそんなものだろ禁止されない限り同じだろう 
高度成長前の戦後ですら社会人になって最初に買ったコートを定年まで着ているだろう。

188: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 18:52:53.82 0.net
フランスの「大運河時代」はすごいな 
運河用のトンネルが山脈ぶち抜いたり、水路に水を補給させるためだけにダムを作ったり 
あの国土の大改造は半端じゃない 
土木マニアにとっては宝の山みたいな時代だ 
これから勉強するつもり

189: 世界@名無史さん 2016/02/02(火) 19:06:32.91 0.net
大陸規模で土地の大改造を色々と計画してたソ連にも興味ないかね? 
ベーリング海峡ダムとか 
シベリア温暖化改造計画とか

192: 世界@名無史さん 2016/02/03(水) 19:34:30.03 0.net
>>189 
もちろんありますよ!! 

ソ連はボルガ川とか大河せき止めちゃって中学の地図帳でも視認できるほどの超巨大湖つくってるしね 
アラル海の消滅とかソ連はちょっとやりすぎた

193: 世界@名無史さん 2016/02/04(木) 06:00:06.55 0.net
パリではセーヌ川水系のワインを消費する地産地消が普通だったんだけど運河網が整備されると、アキテーヌやプロバンス地域から船で格安のワインが大量輸送されるようになって、セーヌワインは価格面で対抗できなくて衰退したという 

輸送船が直接、丘や峠を越えて襲来する時代がやってきた。


引用元: ・旅・道・交通





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