1: 天之御名無主 2019/08/09(金) 01:29:33.74
仏教伝来以前の日本の宗教では








2: 天之御名無主 2019/08/09(金) 02:19:59.73
そういやあ、なんだべなあ?
密教はもっとずっと後だし。

3: 天之御名無主 2019/08/09(金) 07:14:24.67
当時の中国から見て鬼道と名付けられただけで実際日本では何と呼ばれていたか
何か特殊なシャーマニズムだったのだろうか

5: 天之御名無主 2019/08/09(金) 12:52:54.80
この時代に女が国を治めるなんて余程の事だからな

6: 天之御名無主 2019/08/09(金) 15:02:24.83
祭事と行政は別建てだったんじゃないかな。
卑弥呼は頂点の飾りで、その下で行政ポジションの連中が動くっていう。
後のシステムそっくりだが。

それだけ多くの人を惹き付け傅かせる「鬼道」ってどんなだったんだろうなー。

7: 天之御名無主 2019/08/09(金) 15:37:51.82
>>6
ほとんど姿見せないで統治してたので上手くやったんだろうねぇ

8: 天之御名無主 2019/08/11(日) 03:25:30.80
どんな儀式だったんだろうなあ……
神道の儀式に片鱗残ってたりしないのかな

9: 天之御名無主 2019/08/11(日) 05:25:52.72
仏教伝来以前の原始神道とかは滝 山 湖なんかの聖地に竹を立てて粗末な机に御神酒備えたりしてたので短時間で風化してしまって痕跡が残らなかったみたいね

11: 天之御名無主 2019/08/11(日) 11:00:30.26
物でなく所作や祝詞みたいなものに片鱗があるかもね

13: 天之御名無主 2019/08/12(月) 00:51:05.01
魏志倭人伝の頃の「鬼」ってどういう意味で使うんだろ?
奇妙な、とか?

23: 天之御名無主 2019/08/16(金) 18:34:59.11
>>13
死霊
土俗的なシャーマニズムみたいなもん

48: 天之御名無主 2019/09/07(土) 03:39:47.11
>>23
卑弥呼はシャーマンだったろうな
日本は世界の七割の地震、台風のある災害国家
農耕に天変地異は困る
今風で言えば災害防止庁長官
役に立たないと首になった

14: 天之御名無主 2019/08/12(月) 06:00:30.74
いや、日本や諸外国の冊封国を下に見た言い方だろ
邪馬台国 とか卑弥呼 なんてのも全て向こうオリジナルの一方通行の見下しワード

20: 天之御名無主 2019/08/15(木) 10:06:22.52
時代的に大陸のほうじゃもう卜占は廃れてるだろうし祭祀をどこから輸入したんだ

21: 天之御名無主 2019/08/15(木) 10:15:45.78
オリジナルだろ
だからこそ見馴れない儀式で鬼道という新しい名前付いたんだろ

25: 天之御名無主 2019/08/17(土) 07:39:34.03
別に、普通の大陸の、昔の道教とか呪禁道とかに邪馬台国地方オリジナルの信仰が混じったものなんじゃないの?

32: 天之御名無主 2019/08/27(火) 06:09:06.64
実は卑弥呼と同時期に中国で流行った五斗米も、中国の史書で"鬼道"と表され、民を"惑わす"術として記載されている。

35: 天之御名無主 2019/08/27(火) 22:48:52.89
>>32
そうなんだよね

37: 天之御名無主 2019/08/28(水) 19:32:54.53
鬼道というのは人心を惑わすことじゃよ
つまり宗教のことなので

38: 天之御名無主 2019/08/28(水) 21:37:36.04
仏教もかな?

39: 天之御名無主 2019/08/29(木) 06:08:23.95
いや、鬼道と記されているのは知る限り
・卑弥呼がよくした何か と
・五米斗道 のみ。
とすると、下記のいずれかなのでは。

1:両者は別物だが、鬼や惑わすあたりのニュアンスに通ずる共通要素がある(様式がめっちゃ野蛮、当時の主流の宗教と大きな差異がある等)

2:そもそも五米斗道が鬼道と呼ばれており、卑弥呼が大陸から伝わった五米斗道を活用していたパターン(卑弥呼の鬼道=五米斗道)

40: 天之御名無主 2019/08/29(木) 06:12:51.13
ただ、1だとすると同時期に記された辺境の地の信仰も鬼道と表現されうる様に思えるのでで、ロマンだけど意外と2もありうるのでは??

43: 天之御名無主 2019/08/29(木) 15:47:27.90
卑弥呼の時代、中国でメジャーな宗教ってなに?
漢王朝後だから儒教支配?

73: 天之御名無主 2019/09/22(日) 12:42:40.46
鬼道は祖先霊への崇拝の儀礼や中国の天師道と同等のものとの説を読んだ事がある

82: 天之御名無主 2019/09/24(火) 14:37:27.20
卑弥呼の行った鬼道は倭の独自のものではなく、古代中国から導入したものだったのかな?

83: 天之御名無主 2019/09/24(火) 15:52:26.39
だとしたら、魏志の方で「中国の○○道の技使ってる」みたいなこと書かないんかな?

見たことなければ「へんなのw」ってことで「鬼道」にしたんだろか。

151: 天之御名無主 2020/10/24(土) 03:07:23.85
>>83
それか、当時の中国には良く思われていない祭祀形態だった可能性もあるね

98: 天之御名無主 2019/10/21(月) 03:17:44.60
卑弥呼に限らず、初期に「シャーマン」とカテゴライズされる人って、どんなことしてたんだろうなあ

呪文はなさそうだし、祈りのスタイルも自己開発なんだろうか

107: 天之御名無主 2019/10/26(土) 11:57:39.85
巫鬼や黄老あたりの事情を鑑みると単に「人々を惑わす儒教的ではないなにか(祭祀?)」を指してたと思う
字義にはばけもの、死者、死霊、まじない、(よくない、野蛮な)原始宗教、野盗や山賊のような金銭を目的に動く集団、儒教的でない宗教集団の一般(下級?)信徒なんかの意味があったように思えるけど…
鬼道という体系づけられた何かがあったというよりも漠然とした広義での「よくない術」くらいの意味かな
でも魏志倭人伝は日本から渡ってきた人間が現地に伝えたものをまぁまぁ捻くれてる陳寿が書いたこと、魏書の巻末にだけぼそぼそ書かれてたこととかとりあえず全編通しての位置付けはかなり軽んじられてた(≒杜撰だった可能性がある)ことを念頭に置かないとならない

142: 天之御名無主 2020/08/19(水) 01:48:21.78
縄文の遺物を見れば何千年も前から呪術的な文化があったのはわかる
弥生時代には出雲王国でも地元の神を奉っていたはず
神武の東征や大和朝廷の成立もそこらへんだし道教も伝来して影響していたと言われてる
そう思うとすでに後の世の神祇信仰に近かった可能性が高い

ヒミコは要するに神託を下す偉い巫女さんだよ
日の巫女みたいに呼ばれていたんだろう
魏の使者は周辺国には見下した言葉や字を使うようにしていたので卑弥呼とか鬼道とか書いてるだけかと

147: 天之御名無主 2020/10/22(木) 18:46:07.39
当時の中国の勢力外の国のそれぞれの宗教を異教として鬼道と呼んだので卑弥呼が使ったのだけが鬼道ではない

148: 天之御名無主 2020/10/23(金) 12:08:13.18
辺境の邪宗と見下してたんだろうな
でも鬼道って言い方ある意味かっこいいから日本のシャーマニズムに限った呼び名でないならちょっと残念

153: 天之御名無主 2020/10/24(土) 04:27:57.21
まだ出てないから自分がボンヤリ思ってる仮説を書く

唐突だけどウナリ信仰がある奄美地方は母系社会だった
ノロやユタからも見られるように男を導くのは女の仕事で、海に出る男たちをウナリ神が守るという社会構図だった

日本内地でもイタコやミコがおり、母父(オモチチ)という古語があることからも、古来は女が神の使いとされた母系社会であったと思われる
日本内地の各地の船乗りも女の髪をお守りにして海に出る傾向がある所から見ても、奄美には古い日本の形が見えるように思う(ちょっと琉球は別)

卑弥呼はその代表だったんではないだろうか
男が行政を行い、女が神の声を聞き男を導く、このシステムで統治していたのに何らかの事情で男が亡くなり子もいなかったから代わりの王にならざるをえなかったのではと思われる

卑弥呼は魏から「親魏倭王」という称号を受けている
まるで中国唯一の女王である則天武后が高僧から弥勒菩薩の生まれ変わりと折り紙を付けられたように
推古天皇も高僧を呼んで己の地位を上げようとしたように
おそらく当時よっぽど内乱が酷かったり敵国の勢力が脅威だったり社会不安が大きかったから後ろ楯を求めたんだろう

つづく

154: 天之御名無主 2020/10/24(土) 04:28:03.44
つづき

鬼道というのは、王の転生を祈るための祭祀だったんではないかと思っている
その1つとして例えば甕棺
幼子の遺体を甕に納めて土に埋める習俗は大陸や半島にも見られるが、日本の場合は縄文時代からあるそうだ
(生まれたばかりの子どもは、まだ魂が安定しておらずあの世と近い所にいるとされた観念があったので、農作物のように埋めて生まれ直せると考えられていた説がある)
日本では弥生時代からは大人までも甕棺墓に入れられるようになったことが分かっているが、これが大陸の人には奇異に映ったのではないだろうか
ちなみに北九州地方では、後漢の銅鏡が副葬された弥生中期の族長を葬った甕棺が出ているという

さらに、その甕棺を埋めた辺りで何らかの祭祀をとり行ったのではないだろうか
ヤマト王権が目を付けて自分たちの祭祀方法に取り込みたくなるような何か、例えば神主さんが行う奏上のような祈りや、巫女さんが行う舞踊のような祈り
そういったものが中国側には不気味に見えたのではないだろうか

いろんな奄美民謡を聞いていると祈りの気持ちが強くて古代の巫女はこういうものだったのではないかと感じる、特にNHKで使われている「あはがり」は最たるものだと思う
人には寿命があって先に逝くけど明るい月の下で魂が何度でもめぐり会えるから愛しいあなたは生を全うしてくれみたいな感じの歌なんだけど(個人の見解です)、
来年また豊作になることを祈る8月踊りという奄美の月祭りを連想してしまって、稲も人も同じように何度も生まれ変わることを当時の人は願ったんじゃないかなあと

眠れなくて長文失礼した

引用元: ・卑弥呼の使った鬼道を考察