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1: ぱあ 2021/02/24(水) 00:48:27.34 0
テストの問題に洪武帝が行った政策の特色について具体的な制度、改革を述べて150文字にまとめろ

って無茶な問題が出るんだけど、誰か助けてくれませんか?








2: 世界@名無史さん 2021/02/24(水) 09:28:12.87 0
賦役黄冊と魚鱗図冊のワード入れとけ
賦役黄冊

中国,明代の戸籍簿で,租税台帳をも兼ねた。洪武 14 (1381) 年里甲制の施行と同時に全国的に作成された。里甲制の里を単位としてつくられ,各戸の家族数,田土,家屋,租税額などを記したもの。各里でつくられたものは州県ごとにまとめられ,最終的には中央の戸部で保管された。

表紙に黄色紙を用いたので黄冊とも呼ばれ,また同時に田賦や力役割当ての原簿ともされたので,賦役黄冊の名がついた。 10年ごとに改作され,明朝が滅亡するまで計 27回行われた。


魚鱗図冊

中国の宋代から明・清代にかけて作られた土地台帳。主に徴税用に作成した。明の洪武(こうぶ)年間に完備されたものが有名。土地の図形が魚のうろこに似るところからこの名がある。


3: 世界@名無史さん 2021/02/25(木) 08:02:06.47 0
里甲制と衛所制。
堤防の整備。
大商人を弾圧し農民と小商人を保護。
文字の獄。
胡藍の獄。
中書省の廃止。

5: 世界@名無史さん 2021/02/25(木) 08:13:56.37 0
明律の制定は以後500年にわたって中国大陸に秩序をもたらす。

7: 世界@名無史さん 2021/02/25(木) 08:45:20.81 0
科挙の回答は八股文に限定。
八股文(はっこぶん)とは、中国の明や清の時代に科挙の答案として用いられた、特殊な文体のことである。

洪武帝は軍師の劉基とはかって、科挙には朱子の解説による四書を主眼とした。これは洪武帝や劉基が朱子学を奉じており、この学派が四書を重視していたためである。こうして宋題と代わって難解な教典である五経は二の次とされた。そして明朝期の受験生は答案の書き方として、八股文が指定された。


9: 世界@名無史さん 2021/02/25(木) 10:12:46.82 0
子息を次々と藩王に封じる。
封土の分布地図を見るとまるで封建体制を目指してるかのよう。

13: 世界@名無史さん 2021/02/26(金) 16:04:35.75 0
自分の出身母体が白蓮教なのに、白蓮教を邪教として弾圧。

15: 世界@名無史さん 2021/02/26(金) 20:42:46.99 0
慈しみに溢れる陛下は乱世が続き人心が荒廃し道徳が低下したのを大層嘆かれました。
そこで六諭を百姓万民が諳んじるよう命じられたのです。
六諭は日本の教育勅語にまで影響を与えた素晴らしき教訓でありまするぅ。

16: 世界@名無史さん 2021/02/26(金) 21:36:22.31 0
正義感に溢れる陛下は汚職を嫌悪され汚職役人の生皮を剥いで藁を詰めたものを役所に吊るさせて、役人たちに戒めとされました。いかなる特権を持った上級国民も陛下の公正を歪めることはできません。
高官や武将たちが私腹を肥やせば即処刑。
例外は皆無でありまするぅ。

17: 世界@名無史さん 2021/02/26(金) 21:51:27.35 0
勤勉なる陛下は1日平均632件の案件を親しく裁決なさいました。
中書省を廃止し宰相を置かず六部を御自ら統括され、森羅万象全てを担当されたのです。
後世、人は皇帝独裁制の確立と評しますが生易しいものではございません。
人間離れした超人だけが成し得るのです。

18: 世界@名無史さん 2021/02/26(金) 22:45:19.04 0
陛下の生家は貧しく両親や兄が餓死し御身も乞食坊主もとい托鉢僧として飢えに苦しむ経験をなさいました。
なので食糧増産を最重要課題とされたのです。
灌漑工事と開墾を進め建国後20年で農地は5倍に増加。
農村復興に里甲制が役立ちました。

19: 世界@名無史さん 2021/02/26(金) 22:56:35.66 0
陛下は国内の安定を第一に考え朝貢貿易以外の外国との交易を禁止なさいました。
なんと元朝がついになし得なかった日本からの入貢もあったのです。
農業生産が軌道に乗ると商工業も健全な発展を始め大明帝国は唐、宋、元を上回る超大国となりました。

22: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 07:48:32.65 0
>>19
あのまつろわぬ野蛮国の日本ですら陛下の栄光に平伏し、尻尾を振り出したのですが、この時に日本国王と封じたのは九州の懐良親王でした。しかも懐良親王は朝貢を促す陛下の使節団を斬殺するという暴挙を働いたのです。
それでも陛下は忍耐強く寛大に使節団を遣わし続けたので、懐良親王も陛下の寛大さと栄光に気付き、陛下に臣従を約束するに至りました。

その後ずる賢い日本人は懐良親王の名を騙って入貢してきました。
九州の地方勢力や倭寇や足利幕府ですら懐良親王の使節団と偽称してたのです。
足利幕府将軍を全国政権と認定して正式に冊封したのはずっと後の永楽帝の御代まで待たねばなりませぬ。

20: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 07:22:35.73 0
陛下は漢民族の勃興を願い、漢族が蒙古式辮髪をするのを禁止なさいました。
明代のファッションこそ漢族のあるべき姿でありましょう。

21: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 07:32:15.93 0
徳川吉宗も、清朝の時代なのに明律を研究し、法治国家のお手本としていた

23: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 09:04:28.68 0
>>21
清朝は基本、明代の制度をそのまま。

清の順治帝が臣下たちに対し、漢の高祖から明代までの皇帝の中で一番は洪武だと述べた。
曰く、
洪武が定めた条例・章程は、規則の鑑にして周密。
歴代の君主が洪武に及ばないゆえんである。
だそうだ。
明朝の法体系はしっかりしてたんだろう。

25: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 13:39:53.34 0
ところで朱元璋はなぜ人気がないの?
大明帝国のドラマでききたいけど
李善長はなぜ死ななければならなかったの?

26: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 14:14:59.92 0
>>25
やっぱ功臣粛清がエグすぎて人気がないんじゃ?

李善長は派閥のボスになったのが逆鱗に触れたんじゃ?
陰謀で他派を排斥する行為も嫌われる。

28: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 16:34:51.98 0
>>25
劉基なんて諸葛孔明を上回る天才軍師。
ハ陽湖の戦いは赤壁を上回る火計。
血湧き肉躍るドラマなのに。。

32: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 17:26:14.29 0
>>28
それ以前の問題として、赤壁の戦いのエピソードは、ハ陽湖をモデルにした創作ではないかと言われている
いくらホウ統が天才軍師でも、火薬のない時代にあの戦法は無理

31: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 16:54:33.39 0
朱元璋本人の殺人癖もさることながら、家臣団同士の派閥争いによるものも大きい
ゴロツキ上がりのチンピラヤクザみたいな家臣と、士大夫階級のエリート家臣が混在する宮廷
お互いの陰謀合戦、暗闘も激しかった

34: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 17:57:21.47 0
家臣を大量に粛清した朱元璋も自分の息子達に対する粛清はやってないな。
朱元璋の猜疑心からすれば
「こいつは皇太子(皇太子亡き後は皇太孫)を追い落とそうしてる」
とかで粛清をおこなってもおかしくなさそうだし,実際皇位を継いだ皇太孫が追い落とされてるんだよな

35: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 18:12:07.97 0
呉楚七國の乱とか八王の乱とかを知らなかったとは思えないが
それにもかかわらず自分の子供たちを王にしてしまった

42: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 21:03:35.96 0
>>35
諸王分封の危険を訴えた人がいたけど、洪武帝は我が家族の仲を引き裂くつもりかと激怒して投獄し、その人は獄中で餓死しちゃった。
たぶん生家の家族がみんな衰弱死しちゃった分、家族の絆への思いが強かったんだろう。

36: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 18:38:18.08 0
家康も秀忠率いる徳川本隊を主体に西軍を蹴散らし論功で親藩大名を増やそうと考えていたけど、本隊が真田に手こずり関ケ原に遅参したから、外様らにたっぷりと報酬を渡さないといけなくなり外様がかなり増えたのね
でも結果的に功臣を大幅に粛清しなくても300年は支配できるマニュアルを整備できたんだ
朱元璋も、特定の家臣に権力が集中しない月番の老中制や、家臣の経済状況を弱める参勤交代とかつくればよかったのにな

43: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 21:27:53.34 0
>>36
陛下が功臣一掃という汚れ仕事をなさったからこそ276年続く体制ができたのです。

早世しちゃった皇太子が生前に父の苛烈な政治に反抗なさいました。
すると陛下は棘の草束を持ってこさせ素手で草束を掴み、引っ張ってトゲを抜いて見せたのでございます。御手は血だらけでございました。
朕は汝の為に国家のトゲを全て除く所存であると曰われました。
皇太子は陛下の思いに絶句なさいました。

37: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 18:46:16.90 0
参勤交代はやらなかったが、その代わり、全国に科挙官僚を送り込んだ

39: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 20:47:23.72 0
>>37
派遣された官僚は任期を過ぎると異動する。
役所にいる無給の胥吏は異動しない。
かくして胥吏が実質の役所の主となり、官僚は美辞麗句を並べた行政文書の作成とハンコを押すだけのお仕事。
胥吏を怒らせて胥吏たち一同のストライキに遭った官僚もいる。

38: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 19:05:03.70 0
地方へ配属された科挙官僚と各地の王(地方領主)との関係ってどんなんだった?

41: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 20:56:06.73 0
>>38
各地の王は統治権はなく兵権もない。
勝手に移動もできず常に監視されてた。
ただ収入は多く、朱元璋の子孫がどんどん増加したので、俸禄の拠出が国庫を大きく圧迫した。
その分の重税が住民に課されたので農民たちに恨まれており、李自成の乱では多くの王家一族が大虐殺されてる。

59: 世界@名無史さん 2021/02/28(日) 08:41:23.27 0
>>41
諸王はやることないんで子作りに励んだ。
なのでネズミ算式に増加し続けた。
10世代経過する王朝末期には系図が残る者だけで数万人。
実数は推定百万人。
だが王朝滅亡期に大半が殺され、根絶やしされちゃう。

44: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 21:33:38.52 0
大粛清は息子が帝位を引き継ぐにあたり障壁をなくすため。
息子のためとはいえ,温厚な人間である皇太子にとっては自分のせいで多くの血が流されてる事にさぞかし心を痛めてたんだろうな
(そのためか朱元璋より先に亡くなってしまったな)

45: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 21:38:42.99 0
家族が大事、後継者である息子が温厚な人物で父より先に亡くなったという点で平清盛とも被る朱元璋。皇族への粛清は朱元璋の後を継いだ孫がおこなったがこれが自身の滅亡へつながったか

47: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 21:51:25.80 0
天下統一に貢献した家来はやっぱり意気がっているから皇帝だったら猜疑心の塊になってしまうのはわかる
功臣への報いと粛清はバランスが本当に難しい
ちなみにドラマで徐達にガチョウ与えたシーンは涙ものだった(泣いてしまった)
徐達も粛清されない処世術を覚えていればなと思う

君主を凌ぐ実力がありながら、中国で最も処世術に長けた家来は劉基以外に誰かいる?
候補としては
范雎
王翦
蕭何
司馬懿
賈詡
陳廷敬 ぐらいしか思い浮かばん

48: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 21:53:22.68 0
地方の地主は、「三代つづけて科挙に不合格なら没落する」と言われた。
どんなに有力な地主でも三代で財産がなくなるほど、明朝の税金や賄賂の負担は重かった
没落しないためには、なんとしてでも湖挙に合格して自分も収奪する側に回らなければならない
逆に科挙に合格して官僚になれば、「清官三代」と言われた。
賄賂をあんまり取らない、わりと清廉潔白な官僚でさえ、三代つづくほどの蓄財ができた

53: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 22:26:19.21 0
>>48
明代の官僚の給与が歴代王朝の中で最低。
給与だけでは暮らせず賄賂を取るしかなかった。

54: 世界@名無史さん 2021/02/27(土) 22:57:03.85 0
科挙以外で栄達をはかりたいなら宦官になるのが手っ取り早かったが
その分,宦官の専横も激しかったな

56: 世界@名無史さん 2021/02/28(日) 08:06:11.55 0
>>54
賢くも陛下は宦官の地位を低められ、政治に口出すことを固く戒められました。
宦官に教育を施すことすら禁止なさいました。
ですが後継者がこの戒めを守らなかったのであります。

69: 世界@名無史さん 2021/03/01(月) 06:42:02.88 0
馬皇后の薬も医者もいらないといった理由に涙したな
どちらもそれで失敗したらそのものは殺されるからいらないんですと

秀吉もな秀長が死んだの痛かったな それで秀吉が狂人化した
馬皇后をなくした後のいっそう狂人化した朱元璋と似ている
馬皇后(ばこうごう、1332年7月18日 - 1382年9月17日)は、中国明の初代皇帝朱元璋(洪武帝)の皇后。紅巾の乱で頭角を現した郭子興の養女である。朱元璋が郭子興のもとに身を投じたとき、郭子興が朱元璋の人物を見出して気に入り、養女である馬氏を与えて結婚させたという。

彼女は献身的な女性で夫を内助の功などでよく助け、猜疑心の強かった朱元璋も彼女だけには心を開き、深く愛したと伝えられている。周囲から人望があり、皇帝になって逆に猜疑心を増大させ粛清に走り出した朱元璋を時には支え、時には諫言したと伝えられている。1382年、夫の朱元璋に先立って病死した。


70: 世界@名無史さん 2021/03/01(月) 07:33:40.10 0
馬皇后は纏足してない。
皇上は戯れに馬皇后が纏足してないことをからかう。
すると皇后は自分が纏足していたらどのように皇上の大業を補佐できたか?と反論した。
皇上が紅巾軍の一兵卒に過ぎなかった頃からの馬皇后の献身を思い出した皇上は何も言えなくなった。

71: 世界@名無史さん 2021/03/01(月) 08:02:26.61 0
朱元璋が紅巾軍武将の郭子興に仕えてたとき、郭子興の怒りに触れて監獄に飯抜きで入れられた。
郭子興の養女の後の馬皇后が焼きたての饅頭を隠し持って監獄にやって来てこっそりと朱元璋に与えた。
彼女の胸に火傷が出来てたというエピソードが伝わってる。

暴君も彼女には頭が挙がらない。

74: 世界@名無史さん 2021/03/01(月) 19:48:36.76 0
光の字は忌み嫌ってても国号は明

79: 世界@名無史さん 2021/03/02(火) 18:21:25.81 0
>>74
元と戦ってたのになぜか名前に元が入っている

83: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 08:19:02.78 0
>>79
大元帝国は天命によって天下を支配した。
天命は改まり大明帝国に下った。
天命が下ってる間の大元は正しい王朝。

ちなみに朱元璋は大臣クラスを含め大元帝国の官僚の多くをそのまま多くの場合、元の地位のまま採用している。大元の首都の大都(今の北京)はほぼ無抵抗で明軍を迎え入れたし。
朱元璋は百官や市民に安心して日常業務を続行せよと布告した。
明軍による略奪や乱暴狼藉はない。

80: 世界@名無史さん 2021/03/02(火) 22:20:57.01 0
避諱ってどうしていたの?元璋の「元」は多用される漢字だし。

82: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 07:53:38.90 0
>>80
文字の獄の恐ろしいところは何の字がアウトなのかがわからなかったこと。
文字の獄が一通り終わったぐらいにやっと禁止文字一覧が発表された。
文字は単なる口実で科挙官僚たちを恐怖させることが目的。
文字の獄(もんじのごく)とは、中国の歴代王朝で行われた、粛清の類型の一つ。文書に書いた文字や内容が皇帝や体制を婉曲に批判しているとして、当該文書を作成した者を罰することだが、実際には無実であることが多かったという。

文字の獄が顕著だったのは明のはじめである。1368年に明朝が樹立されると、洪武帝は建国の功臣の粛清を始めた。卑賤の出であることについて劣等感を抱いていた洪武帝は、ことに文人たちに猜疑心を持った。そのため、多くの官僚が文書で「皇帝を謗っている」として処罰された。


81: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 07:34:04.72 0
易姓革命思想の大前提があるので明朝は元朝を正統な中華政権だったと公認してる。
「元」を避ける理由はない。

但し北元を「元」朝と認めず、「韃靼」と呼ぶ。
元朝は藍玉率いる明軍によって滅んだというのが公式見解。

84: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 09:05:03.06 0
大都攻略時の格調高い檄文を書いたのが李善長。
この中で元朝を正統と認めた。
攻略軍の指揮官が徐達。まさに名将中の名将。
元朝皇帝トグス・テムルの軍を壊滅させたのが勇猛な藍玉軍。

後に李善長、藍玉は大虐殺を伴って粛清。
徐達は病に悪いアヒル肉を食わされて、病が悪化して死亡。
悲しい末路。。。。

85: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 09:18:56.14 0
>>84
間違ってた。m(__)m
檄文書いたのは儒学者の宋濂だった。
宋濂も後に胡惟庸の獄に連座して流刑。
流刑地に向かう途中で病死。

86: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 09:41:22.18 0
洪武元年に衣冠をモンゴル式から漢式に変更させる詔勅を発した。
辮髪も禁止。
モンゴル人は右を上位としていたのを左の官職を上位に変更。
右相国の李善長を左相国に配置替え。
脱モンゴル政策である。

一方でモンゴル人への敵愾心や根絶を目指すようなことはしていない。
元朝皇孫のマイダリ・バラを捕らえたが、彼を崇礼侯に封じ手厚く遇した。
モンゴル人であろうとどこの民族であろうと臣民になることを願う者は中華の民とみなした。

87: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 10:10:04.31 0
朱元璋の臨終の際,高位の役職にあった人物は粛清を免れたという事なんだろうけど
(遺言や遺言状でも相変わらず粛清の指示を出してた?),そういった連中の多くは次の建文帝の時に粛清されたんやろか

89: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 10:44:57.44 0
>>87
洪武帝は皇太孫に対し、自分は乱世だったので刑罰を重くした。
お前は平世を治めるので刑罰も軽くせよ。
と命じている。
なので粛清の継続はないはず。

93: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 21:34:18.84 0
>>89
そのかわり「叔父達(朱元璋にとっては息子達か)には気をつけろ」とかいって釘さしてたりして。
自分が息子達を粛清できない分,皇太孫がその役割を担う事となったのかも

90: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 10:55:00.00 0
洪武28年6月の奉天門での宣言では
「起兵より40余年、朕は法外に刑罰を用いてきた。これらは法典ではない。朕の後継者は明律等に依拠して法を適用し残虐刑を用いてはならぬ。」
だそうだ。

91: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 11:02:10.38 0
洪武20年には錦衣衛の囚人を刑部に移動させ、錦衣衛の刑具を破棄させている。
藍玉の獄の後も同じ処置を実施させた。
恐怖政治は止めようという気持ちだけはあった。

92: 世界@名無史さん 2021/03/03(水) 11:21:24.89 0
大明帝国が建国当初、応天府(今の南京)を暫定的な首都と考え、他に北京(開封のこと。今の北京ではない)、中都(朱元璋の故郷)の3都体制にする計画だった。
しかし中都建設に費用が掛かり過ぎるということで中止。

洪武24年に皇太子を西安に派遣し巡察させた。
新首都を西安にしようかと考えてたため。
ところが洪武25年に皇太子が世を去る。
西安遷都は中止になってしまった。

遷都は永楽帝になってやっと実現した。
今の北京に。

95: 世界@名無史さん 2021/03/04(木) 09:40:43.63 0
朱元璋が子供のときに両親と兄が飢餓と疫病で相次いで死亡。
棺桶も買えず途方に暮れていた。
地主の劉継祖が彼らを憐れんで山裾の少しの土地を与え、埋葬させた。
隣人の汪という老婆が年少の朱元璋が生き延びられるように皇覚寺を紹介し、少しの礼物を持たせて寺に入門させた。

後に洪武帝は汪の子孫に官位を与え、劉継祖には爵位を与えて恩義に報いた。
朱元璋は義理堅い。

96: 世界@名無史さん 2021/03/04(木) 09:55:41.44 0
>>95
そりゃ義理人情には厚いわな

心根がヤクザなだけに

99: 世界@名無史さん 2021/03/04(木) 16:21:19.38 0
似顔絵が魔除けに使われるほど、民衆から怖れられていたが

no title

104: 世界@名無史さん 2021/03/04(木) 23:09:19.47 0
>>99
怖いというよりは狡賢そうな印象を受けるわ

100: 世界@名無史さん 2021/03/04(木) 16:44:06.44 0
イメージアップのため、絵師を雇って優しそうな肖像画を描かせた

no title

105: 世界@名無史さん 2021/03/05(金) 07:51:08.89 0
僧侶を辞めて紅巾軍に加わろうと決めた朱元璋。
しかし郭子興の兵士たちからは怪しまれ間諜と思われて殺される寸前だった。
郭子興は朱元璋の異様な顔を一目見て、只者ではないと感じて執行を停止させ、自軍に採用した。

どんな顔?

107: 世界@名無史さん 2021/03/05(金) 09:11:15.07 0
史書には「奇骨貫項」とあるだけで、具体的な描写が無い

108: 世界@名無史さん 2021/03/05(金) 09:19:12.15 0
いずれにしても、チンピラ・ゴロツキ・荒くれ者ぞろいの乱世の反乱軍の中でも、「親分、怪しい奴がいますぜ」といって捕まる
親分は、「コイツは普通じゃない」といって殺すのを止めたほどの人相

現代の悪役俳優なんか目じゃないでしょうなあ

110: 世界@名無史さん 2021/03/05(金) 09:37:59.94 0
中国では、朱元璋は人気ないけど、軍師の劉伯温や、将軍の徐達は講談や芝居に欠かせないスーパースター

111: 世界@名無史さん 2021/03/05(金) 22:02:30.34 0
実績も大きいけどな
孔明が成しえなかった北伐を達成させたし
江南から王朝築いたし、しかも相手はチンギスの子孫だし

114: 世界@名無史さん 2021/03/06(土) 07:28:20.27 0
>>111
最大の実績は農村復興だと思う。
明建国前から開墾に力を注いでるし、新たな占領地域へは免税措置、耕牛や種籾の支給、灌漑水利の整備などきめ細やかな措置。
建国後10年で耕地面積が2倍、20年で5倍に拡大してる。

引用元: ・中国の洪武帝(朱元璋)詳しいやつ教えてくれ