2: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:33:38 ID:CmHp

ー倭国もてなしの場にてー
彡(^)(^)「倭国王とその妃をワイの下僕として使ったるわ!(ワイのジョークが大ウケやろなぁ)」
倭国王「あ゛?(ガチギレ)」

ー数日後ー
倭国の使者「早く出てこいやゴルァ!!」
彡(;)(;)「許して…許してクレメンス…」
倭国の使者「ダメです」(放火)
彡()()「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
昔于老(せきうろう)殺害事件
253年、新羅が倭国の使者葛那古を接待した際、昔于老が戯れに「汝の王を塩奴(潮汲み人夫)にして、王妃を炊事婦にしよう」と発言。
倭国王は大いに怒り、于道朱君(うちすくん、武内宿禰に比定)を派遣、于老は倭国の陣へ赴き、倭国に対し失言をわびたが、倭人は許さず、于老は捕らえられて焼き殺されてしまった。

3: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:34:10 ID:gJfW
残当

4: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:34:11 ID:CmHp
木梨軽皇子「軽大娘皇女…好きだ!」
軽大娘皇女「私も…!でも私たち同母兄妹なのに…」
木梨軽皇子「大丈夫!僕が守るから!」
軽大娘皇女「…??」
彡#(゚)(゚)「ッチ リア充死ねや」(木梨軽皇子は同母妹と通じ合っている!同母兄弟間の恋愛は法律で禁止されていたはずや!)
木梨軽皇子「」
諸豪族「それはいけない。追放だ!追放!」
彡(^)(^)「よっしゃ!ライバルが消えたからワイが堂々と皇位に就けるで!」

衣通姫伝説
木梨軽皇子と軽大娘皇女は愛し合っていたが、当時は同母兄妹間での婚姻は禁止されていた。
そこに目をつけた安康天皇が皇位継承を互いに争っていた木梨軽皇子を告発、2人は追放先で共に最期を迎えた。
しかし、安康天皇の皇后は安康天皇の同母姉であるため、彼も人のことを言える口ではない。
なお、その後の安康天皇に対しては日本の歴史で最初の事例となる「天皇の暗殺」が実行された模様。

6: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:34:58 ID:CmHp
( ・`ω・´)「これを隋まで届けてくれ」
彡(゚)(゚)「おかのした」

ー隋にてー
ミ(・)(・)「なんやこのおてがみはああああああああ!!!」ビリビリ
彡()()「ヒエッ」

彡;(゚)(゚)「返事はもらったけどロクなこと書いてあらへん…どないしよ…」
彡(^)(^)「しゃーない、これでうんこ拭いたろ!」ブリリ

小野妹子
第一回遣隋使として派遣された小野妹子投手。聖徳太子が書いた手紙を隋の皇帝へ手渡すも、皇帝は手紙の内容に激怒。
帰路、手紙の返事の内容を憂いた小野投手は手紙を海へスローイン。
帰国後、天皇から返事を提出するように言われた小野投手は「百済の海賊に盗まれた」と苦し紛れの言い訳。無事、流刑に処された。
この件について蘇我馬子監督は「残念だが当然。官人らしい最後と言える」とコメント。
なお、次回の遣隋使には間に合う模様。

18: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:38:32 ID:kaQG
小野妹子次回の遣隋使に間に合ってて草生える

112: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)23:03:16 ID:CmHp
>>18
実際、間に合ってるんだよなあ
第二回遣隋使にも小野妹子は参加しとるからな

119: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)23:46:42 ID:kaQG
>>112
流刑で間に合うとか逞しいわね

10: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:35:50 ID:CmHp
道鏡「倭根子…俺位階ねンだわ」
彡(?)(?)「じゃあ大納言あげちゃう…??」
公家「やべぇよ…やべぇよ…」

宇佐八幡宮「次期天皇は…道鏡に決定!w」
彡(^)(^)「やったぜ。」
公家「これはいけない。こんなことは許されない」
(´・ω・`)「僕が信託が正しいか確かめに行ってあげるよ」

ー帰京後ー
(´・ω・`)「信託ねぇ…あれ偽物だったよ」
彡(●)(●) 「ふざけるなあああああ!!!!!なにがなんでも道鏡を天皇にするんやああああああああああ!!!!!!」
(;´・ω・)「えぇ…」
宇佐八幡宮信託事件
聖武天皇の娘こと称徳天皇(53)には夫と子女がおらず、誰が次期天皇を引き継ぐのかが世間から注目された。
そんな中、弓削道鏡という男が現れる。道鏡は称徳天皇に寵愛されて大納言にまで昇格、さらに769年には皇族ではないにも関わらず宇佐八幡宮の信託により皇室を継ぐことになってしまう。
疑問に思った和気清麻呂(36)は信託が誠であるかを、実際に宇佐八幡宮へ赴いて確かめに行った。神に拒否されても信託をもう一度聞きたいという旨を、ねばり強く伝えるのがポイントだという。
朕~ん(笑)と天皇が唸る。この日の謁見の相手は備前国出身の和気清麻呂さん(36)。
和気清麻呂は簾の向こう側から、信託の嘘を暴いたことを枕詞を用いながら説明。
それに怒った天皇は「ちくしょうめ。それ(皇室出身以外の者は皇位にはつけないこと)は散々言われた。ファッキューワッケ」と言わんばかりに和気清麻呂を別部穢麻呂と改名させて追放させてしまう。
怒られちゃったよ。称徳天皇が亡くなると皇位に着いたのは光仁天皇(59)。道鏡は左遷。あまりにも早すぎる、惜しまれぬ最期だった。

13: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:36:56 ID:CmHp
彡(●)(●)「クッソ!(´・ω・`)って奴のせいでワイは出世できへん!」
彡(^)(^)?「せや!応天門に放火してあいつに濡れ衣を着せたろ!」(放火)ボボボォオオ…
彡(゚)(゚)「火事だあああああ!!!(´・ω・`)の仕業だあああああ!!!」
(;´・ω・)「そんなバカな…僕はやってない!」
(*^○^*)「彡(゚)(゚)が放火したの、みちゃったんだ…!でも大変な事だから言えないんだ…!」

ー数日後ー
(´・ω・`)「とりあえず疑いは晴れたからよかったけど騒動の後だからもう宮仕はやめようかな」
彡(^)(^)「ヨッシャ!ワイの時代が来たやで!」

ーさらに数ヶ月後ー
子供A「なんだよー!」
子供B「そっちこそ!」
彡(●)(●)「ワイの子供に何さらしとんじゃゴルァ!!!?」ドゲシッ
子供A「」
(*^○^*)「彡(゚)(゚)が僕の子供を蹴って怪我させたんだ…子供の喧嘩に親が介入するなんてとんでもないんだ!何をするんだ!」
彡(●)(●)「は?(威圧)ワイは大納言やぞ?下人如きが口答えするなやボケ!」
(#*^○^)「(ムカッ)お前は私たち下人がお前を支持しているから大納言でいられるんだ!
やろうと思えば僕の一言でお前を引き摺り下ろす事だってできるんだ!」
彡(゚)(゚)「」(知らん顔)
(#*^○^)「応天門を燃やしたのは彡(゚)(゚)だあああああ!!!僕は見たんだあああああ!!!!!」

応天門の変
866年、何者かによって応天門が放火、伴大納言善男は左大臣源誠(みなもとのまこと)の仕業であると告発したが、のちに無罪となった。
数ヶ月後、大宅鷹取が応天門放火の犯人が伴善男親子であることを告発。諸説あるが子供の喧嘩に伴善男が介入し、大宅の子供を殺さんばかりに蹴ったための恨みによる告発とされる(後のことわざ「子供の喧嘩に親が出る」の語源になる)。
当初は否定していたが厳格な捜査の末に自供。伴善男は伊豆国へと配流となった。
この件で古代からの有力豪族である大伴氏(伴氏)が没落し、藤原一強の時代へ突入した。

16: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:38:22 ID:LzkR
残当

17: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:38:30 ID:CmHp
(´・ω・`)「この世は僕、道長の天下~♪」
彡#(゚)(゚)「クソッ許せへん!」
彡(^)(^)「せや!陰陽師に頼んで呪って貰ったらええねん!たのむで!」
蘆屋道満「おかのした」

ー数日後ー
蘆屋道満「すまん、バレてもうたw」
(´^ω^`)「はい!追放!w」
彡()()「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」(

藤原道長呪詛事件
藤原道長との政治争いに敗北した藤原伊周は陰陽師蘆屋道満に依頼して彼を呪わせる。
しかし、大正義安倍晴明によって呪詛が発覚、ついでに道満の仕業であることがわかり、伊周が依頼したこともバレてしまう。
これにより道満は京を追放され、伊周は失脚した。

20: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:39:30 ID:CmHp
(´・ω・`)「あ!ご先祖さまの日記だ!これの部類(日記の内容をジャンルごとにまとめたもの)を作りたいなぁ」
彡(^)(^)「ええで!貸したるから作ってき!」

ー数日後ー
彡;(゚)(゚)「どうや?部類はできたか…ってファッ!?どうしたんやその紙屑は!」
(;´・ω・)「いや、なんか切り貼りしてるうちにこんなんなっちゃって…」
彡(●)(●)「ふざけるな!!!お前なんかに貸すんじゃなかったわ!!!絶交じゃボケが!!!」

清慎公記紙屑事件
「清慎公記」とは藤原実頼が記した日記。当時の貴族にとって先祖の日記は歴史的な価値のみならず、その家の権威を象徴するものでもあった。
この清慎公記も同様に尊ばれ、孫の藤原実資が大切に保管していた。
ある日、実資の従兄弟の藤原公任が清慎公記の部類を作成するために貸し出しを申し出たので、実資は快く承諾した。
本来は写本を作成してから切り貼りするのだが、公任はそれを怠り、原本を直接切り貼りしてしまい、結果、清慎公記は全巻が紙屑同然に。当然、実資は激怒。
なお、公任が作成した部類は火災で焼失したため清慎公記の本文は現存しない模様。

22: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:40:42 ID:CmHp
J( 'ー`)し「一所懸命に働いたら美濃尾張をやる」
彡(^)(^)「ほんとか?やったぜ。」

ー平氏滅亡後ー
J( 'ー`)し「約束通り ''身の終わり'' をくれてやる」
彡()()「」

長田忠宗は源頼朝の父を殺害した重罪人であったが、寛大にも頼朝から「懸命に働いたら美濃尾張をくれてやる」と言われたため、言葉通りに一所懸命働いた。
しかし、平氏滅亡後、頼朝が覇権を握ると一転、攻勢へ回り、忠宗を父を殺害した重罪人として指名手配、最後には「約束通り身の終わりをくれてやる」と言って忠宗を殺害した。

26: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:41:46 ID:3Pmu
>>24
頼朝の部下はこういうの多いよな

29: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:42:57 ID:CmHp
>>26
仇は徹底的にって風潮を作ったのが源頼朝本人やからな

27: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:41:50 ID:CmHp
彡(゚)(゚)「あーあ暇やなぁ、せや!床をツルツルにして侍女を転ばせたろ!」
ー数時間後ー
彡(゚)(゚)「全然ひっかからんやないかい!なんやねん!」

J( 'ー`)し「おやつできたわよ~」
彡(^)(^)「!」ドタドタ(廊下を走る音
彡(゚)(゚)「あ」ツルンッドテ!

28: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:42:19 ID:CmHp
四条天皇
1242年、四条天皇は悪戯で侍女を滑らそうと廊下に油を塗って待つも、誰も引っ掛からず、数時間後、自分が仕掛けたのを忘れて滑って転倒、そのまま崩御なさった。
享年12。あまりにも早すぎる死であった。なお、これが遠因で日本は南北朝時代に突入した模様。

33: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:43:32 ID:UuQq
>>28
かわいい

116: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)23:08:36 ID:wEWw
>>28
これほんとすき

31: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:43:23 ID:LzkR
娯楽がない社会の末路

30: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:43:22 ID:CmHp
ー越後国ー
直江兼続の家臣「お!殺すゥーんだ!w」グサー
下人「」

(´;ω;`)「こんなのあんまりだよ!」
(´;ω;`)「どうして討っちゃったの?あの子は悪くなかったのに…」ブワッ
彡;(-)(-)「せやな…たしかにあいつは悪なかった。すまんかったな…」
(´;ω;`)「謝罪だけじゃ死んだ人はかえってこないよ!」
(´;ω;`)「そうだよ!」
彡;(-)(-)「…ほ、ほら…きうりやるから…これで堪忍な…?」
(´;ω;`)「こんなので済むわけないでしょ!?」
(´;ω;`)「やきうのおにいちゃんは僕たちの家族を返してよ!」
彡(●)(●)

34: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:43:45 ID:CmHp
no title


各種史料によると、あるとき直江兼続の家臣が下人を無礼討ちした。
するとその遺族が「死人はなにも無礼討ちされるほどのことではなかった」と兼続を訴え、兼続も遺族の訴えを認めた。
兼続は賠償に白銀20枚を遺族に支払ったが、遺族たちは「死人を返せ」と言って譲らなかった。
兼続も様々に言ったが、ついに聞き入れようとしなかったので、兼続は「ならば地獄へ行って死者を迎えに行け」と言って遺族の3人の首をはね、河原に3人の首を晒し、その横に「この者どもを使いに出すから死人を返せ 慶長二年二月七日 直江山城守兼続」と閻魔大王宛という嘆願書を書いた立札を立てた。

35: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:43:51 ID:JVKj
このエピソード花の慶次では赤の他人に押し付けられてて草

39: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:45:16 ID:CmHp
彡(゚)(゚)「ワイは宣教師や!今日も日本にキリスト教を広めるで!」
彡(゚)(゚)「おっ雨が降ってきたな、ひとまずあの建物に入ろう」
(ヽ´ん`)「あっ宣教師だ。ちょっとだけ話し合おうよ。」
彡(゚)(゚)「ええで!」

ー数時間後ー
彡#(゚)(゚)「だーかーらー地球は丸いっつっとるやろ!」
(ヽ´ん`)「証拠は?主観だけでしょ?中国の哲学では地球が方形であることを合理的に説明してるからw」
彡#(゚)(゚)「ぐぬぬぬぬ…」
(ヽ´ん`)「雨止んだからもう行くわ。じゃあな。」
彡#(゚)(゚)「…」

(o'ω'n)「どうしたおん?」ブリュ
彡#(゚)(゚)「ワイはキリスト教はやめた!来い!駆け落ちするぞ!」
(o'ω'n)「ファッ!?」ブリ

ハビアン(1565ー1621)
日本生まれの日本育ちでありながら、200日以上をイエズス会の会員として日本でのキリスト教布教に努めるというハードスケジュールが続いているのは人気宣教師、ハビアン氏(本名不詳)。
そんな彼の唯一の心の癒しとなっているのが日本人とのレスバトル。キリスト教に反抗してくる野蛮な日本人を自らの豊富な知識と経験で言い負かせるのが快感なのだという。
ある日、雨宿りのために入った館で林羅山にレスバトルを挑んだハビアン氏。
いつものように豊富な知識と経験でレスバトルに臨んだが、林羅山による巧妙な論法はハビアンを見事に論破、そのショックで棄教した。
その後、ハビアン氏は修道女と駆け落ち、反キリスト教の本を出版するなど、キリシタン迫害に協力することになった。
この件(くだん)に関して例のパッとしない将軍こと徳川秀忠氏(41)は「禁教中やぞ」とそれ以上の詮索を控えるようコメントした。

40: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:45:38 ID:qMMn
ひろゆきかな?

42: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:46:27 ID:LzkR
論破されてやんの

43: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:46:59 ID:G2Zw

44: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:47:20 ID:CmHp
彡(゚)(゚)「ワイの家が火事で燃えてもうたわ…」
J( 'ー`)し「しばらくの間は近くのお寺に泊まらせて貰うことにするわよ」
  ↓
(´・ω・`)「はじめまして!寺少姓の庄之助です!どうぞよろしく!」
彡(゚)(゚)「(ファッ!?なんてカッコいい男なんや)よ、よろしく…」

大工松「家直ったぞ」
J( 'ー`)し「お世話になりました」
(´^ω^`)「どういたしまして!お七さん、さようなら」
彡(゚)(゚)「さ、さようなら…(アカン…もっと一緒にいたいのに…)」
彡(●)(●)「せや、家がもう一度燃えたらええねん」

八百屋お七事件
八百屋の娘「お七」の家が火事に遭い、近所のお寺に泊まらせてもらうことになった。
そこで出会った少姓の「庄之助」にお七は一目惚れ。
その後、家が建て直され、お七は寺を出て行くことになった。そして1683年、もう二度と庄之助と会えないことを悟ったお七は建て直されたばかりの家に放火。
幸いボヤで済んだものの、放火の罪は死刑に相当するので、お七は市中引き回しの後に火炙りの刑に処された。
45: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:47:52 ID:JVKj
火事のエピソード多いよね、この時代

46: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:48:05 ID:h6GX
お、お七...

48: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:48:22 ID:LzkR
木造だけに放火の破壊力がヤバい

49: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:48:40 ID:kaQG
かなしいなあ

50: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:49:09 ID:CmHp
彡(゚)(゚)「さあ!東北地方を旅していろんな歌を詠むで!」
彡(゚)(゚)「お前も同行するんや!曽良!」
(´・ω・`)「えーまだですか」
彡(^)(^)「長旅で1人やと性欲解消できひんやろ?(ニッコリ」
(;´・ω・)「それはいいですけど今回は東北ですか?なんでまたそんなど田舎を」
彡(^)(^)「そりゃあ…いろんな名所を回っていい歌を…」
(´・ω・`)「本当は?」
彡(゚)(゚)「…」
彡(゚)(゚)「木曾義仲…(ボソ」
(´・ω・`)「え?」
彡(゚)(゚)「義仲の足跡が知りたくてー」

松尾芭蕉
有名な俳諧として知られる松尾芭蕉は実は同性愛者である(同性愛を仄めかす歌を過去に詠んでいる)。そのため、旅の際は弟子を1人連れて行くのが恒例だった。
また、かの有名な奥の細道については、過去には異常な旅のスピードから忍者説が唱えられていたが、当時の芭蕉くらいの年齢ならあれぐらいの速さでも普通の脚力であることが判明し、現在は否定されている。
また、芭蕉は木曾義仲のファンであったことも慮れば、わざわざ東北の方へ旅をしたのは単純に木曾義仲のゆかりの地を訪れてみたかっただけであった可能性も考えられる。

52: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:50:09 ID:yZqZ
はえーホモ兼歴史オタなんか

54: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:50:30 ID:LzkR
東北の名所増やしてくれたから助かる

55: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:50:36 ID:CmHp
(ヽ´ん`)「めんどくさいけど日本に行くぞ。」

(;ヽ´ん`)(なんだこれは…どこもかしこもホモばかりじゃないか…)
(;ヽ´ん`)「日本の風紀乱れすぎだろ…」
彡(^)(^)「お前は男色の良さを知らへんからそう感じるだけやで(ニッコリ」
(;ヽ´ん`)「えぇ…」

1710年代に2回、朝鮮通信使の江戸廻に同行した雨森芳洲が、日本の男色文化に戸惑う朝鮮使節団に対して実際にこのように発言した。
それほど当時の日本では男色文化が盛んだったのだろう。

56: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:50:44 ID:FaDV
弥次喜多もホモやし旅とホモの相性良すぎやな

60: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:51:42 ID:LzkR
朝鮮兄さんドン引きで草

59: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:51:34 ID:CmHp
彡(^)(^)「船が手に入ったぜ!さっそく航海や!」
彡(^)(^)「面舵いっぱ~いwww」
彡(゚)(゚)「あ」ガシャーン

彡()()「なんてことや…船が沈んでもうた…」
(´・ω・`)「ぶつかってきたのそっちじゃん。自業自得だよ」
彡(●)(●)「なんやと!原カス調子に乗るなよ!さっさと謝らんかい!」

彡()()「くっそ相手にもされへん…」
彡(^)(^)「せや!紀州藩が悪いって歌を流行らせればええんや!」

(やきうの働きが身を結び、紀州藩との話し合いの場が設けられた)

(´・ω・`)「だーかーらー、ぶつかったのはそっちじゃん!」
彡#(゚)(゚)「悪いのはそっちやろがい!…このままやと埒があかんな…しゃーない、国際法での基準でどちらが悪いか決めようや」
(;´・ω・)「えぇ…そんなの知らないんだけど僕たち」
彡(゚)(゚)「このワイが持っとるこの本によるとな…」
彡(^)(^)「ワイらは悪くないで!避けなかったお前らが悪い!どや!ワイの勝ちや!!賠償金払えよ!1000000000000000000円くらいな!あの船にはな、積荷がいっぱいあってん!銃とか金とか宝物とかな!全部お前らが沈めたんやからちゃんと賠償せえよ!ええな!」

(;´・ω・)「えぇ…」

いろは丸沈没事件
いろは丸とは、坂本龍馬率いる海援隊がイギリスから購入した蒸気船。
1867年5月26日、いろは丸と紀州藩の船が衝突。幸い死者は出なかったものの、いろは丸は沈んでしまった。
龍馬達は紀州藩に賠償請求をしたが、相手にもされず、謝罪の一言もなかったため、龍馬達は紀州藩の悪行を歌にして、土佐藩に流行らせたことで話し合いの場が設けられた。
龍馬は万国公法を持ち出して紀州藩側の落ち度を指摘、いろは丸に乗せられていた積荷を理由に賠償を請求、見事勝利を収めたのだった。
なお、実際には国際法に則るといろは丸の方の運航に問題があったことが判明している。つまり、龍馬は紀州藩が国際法に疎いのを利用して騙したのである。
また、近年の海中調査により、賠償金の根拠とした積荷が存在しなかったことが判明している。
結局、紀州藩から土佐藩へ8万3526両198文(現在の価値で164億円くらい)を支払うことが取り決められたのだが、龍馬はそれを受け取る前に近江屋で暗殺されている。

63: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:52:15 ID:yZqZ
龍馬ェ…
65: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:52:45 ID:25hJ
賠償までせしめた模様

66: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:53:06 ID:cme8
紀州に喧嘩売るって控えめに言って頭おかC

68: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:53:33 ID:Fw3H
暴れん坊将軍じゃ息をするように紀州公に喧嘩売っとるやろ

69: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:53:59 ID:25hJ
金がないなら他所からぶんどってこようとかいう蛮族的思考

70: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:54:03 ID:cme8
紀州に暗殺されたんじゃね?

72: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:54:58 ID:CmHp
>>70
当時もその説があって、土佐藩士による紀州藩士殺人事件が起きとる
なお、無実だった模様

74: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:55:29 ID:cme8
>>72
蛮族で草

71: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:54:13 ID:LzkR
血の気が多すぎる

73: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:55:07 ID:CmHp
政府「これからは百姓でも苗字名乗ってもええんやで(ニッコリ」
彡(゚)(゚)「は?どうせワイらからたっぷり搾り取る気なんやろ?嫌やわ」
政府「ぐぬぬ…」

政府「苗字は義務!みんな戸籍に登録しろ!」
彡(゚)(゚)「ッチしゃーないな。でもワイは先祖代々の苗字とか知らへんねやけど」
政府「じゃあ苗字の例をいくつか書いた紙を貼っておくからこれを参考に自分で付けてね」
彡(゚)(゚)「佐藤、鈴木、田中…この中から選べってことやな!」

平民苗字必称義務令
新しく発足した明治政府は、日本の近代化政策の一環として明治3年に平民苗字許可令を発令した。
全国民に苗字を名乗らせることで身分証明を確実にし、税金や兵役を取り締まるのが主な目的だったのだが、国民はこれを見透かしており、誰も名乗ろうとはしなかった。
そこで明治8年には平民苗字必称義務令を発令、全国民の苗字の戸籍登録を命じた。
多くの者は先祖伝来の苗字をそのまま名乗ったが、身分の低い者の中には代を重ねる間に忘却してしまった者もいた。彼らは自分で考えた苗字を付けることになった。
その過程で新しい苗字や珍苗字が生まれた。村や集落ごとで同じ苗字を名乗る場合もあった。また、苗字を新しく付ける際の参考として配布されたチラシに佐藤、鈴木と言った現在ではお馴染みの苗字が載せられており、これらのうちのどれかを付けなければいけないと勘違いした人々が続出したために、これらが日本で最も多い苗字となったという説もある。

78: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:56:42 ID:CmHp
彡(゚)(゚)「天皇陛下が崩御なさった…次の元号はなんやろ」
(´・ω・`)「いいこと教えてあげる。次の元号は『光文』だよ」
彡(^)(^)「マ?さっそく報道や!一番乗りやで!」

宮内庁松「次の元号は『昭和』だぞ」
彡()()「」

光文事件
1926年の大正天皇の崩御後、次の元号が「光文」であるというリークを得た東京日日新聞(現在の毎日新聞)はそれをいち早く報道。
しかし、実際に発表された元号は「昭和」であったため誤報となり、編集局主幹が辞任する騒ぎになった。
なお、同じリークを受けた大阪毎日新聞は不確かであるとして報道を見送り、誤報を免れている。

81: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:57:11 ID:25hJ
やっぱマスコミってクソやわ

84: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:57:39 ID:Fw3H
大阪は東京より有能だった……?

88: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:58:02 ID:cme8
正直昭和より光文の方がかっこいいわ

98: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:59:32 ID:CmHp
以上やで
見てくれてありがとさん

99: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:59:45 ID:25hJ
おもろかったわ

100: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)22:59:45 ID:rHKd

103: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)23:00:00 ID:3Pmu
乙やで

109: 名無しさん@おーぷん 21/08/26(木)23:01:11 ID:iCk5
分かりやすく面白かった

引用元: ・彡(゚)(゚)と学ぶ日本史の珍事件、珍エピソード