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1: 世界@名無史さん 2005/09/04(日) 03:44:45 0
スウェーデンとかデンマークに限らず、バルト海に面した諸国の歴史について語ってみましょう。









2: 【^▽^】ジーモン@ケーニヒスベルク 2005/09/04(日) 03:58:16 O
エストニア人は古くからゲルマン人と混血を重ねた上に、デンマーク人、スウェーデン人、ドイツ人と混血を重ねたから長身・長頭のノルディック人種。

3: 世界@名無史さん 2005/09/04(日) 06:08:46 O
イングリアってどのあたりだっけ?
イングリア

イングリアは、ネヴァ川流域の、フィンランド湾、ナルヴァ川、ペイプシ湖、ラドガ湖に囲まれた地域の歴史的名称。

イングリアは、元々フィン・ウゴル族(フィン・ウゴル語派)の居住する地勢であった。当初はイジョラ人やヴォート人が、後にはイングリア・フィン人やエストニア人が進出した。しかしスラヴ人の北進によって、次第にロシア化された。ヴァイキングの侵攻によってノヴゴロド公国が成立し、公国領に編入される。

後に北方十字軍によるスウェーデン人の侵攻によってイングリアは争奪地となった。


57: 世界@名無史さん 2005/09/29(木) 23:54:10 0
>>3
サンクトペテルブルク周辺、で合ってるのかな?

4: 世界@名無史さん 2005/09/04(日) 06:27:33 0
スウェーデンとかデンマークだけじゃなくアイスランド、ノルウェー、フィンランドも入りますね。
あと、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)
それとドイツの飛び地も


56: 世界@名無史さん 2005/09/29(木) 23:32:39 0
>>4
ポーランドも語れよ。北ドイツのメクレンブルクとかポンメルンも

6: 世界@名無史さん 2005/09/04(日) 20:22:46 0
キエフは入るの?

7: 世界@名無史さん 2005/09/04(日) 23:31:28 0
>>6
ノヴゴロド周辺だけ。
微妙にポロツク公国とかも出てくるかな。

8: 世界@名無史さん 2005/09/05(月) 11:01:53 0
スウェーデンのフィンランド征服過程について知りたい

11: 世界@名無史さん 2005/09/05(月) 19:40:28 0
>>8
12世紀に、スウェーデンが“十字軍”と称してフィンランドに攻め込んでここを支配下においた。
その後スウェーデンは1323年にノヴゴロドとのあいだで講和条約を結び、フィンランド東部のカレリアは東方正教文化圏に入ることになった。

9: 世界@名無史さん 2005/09/05(月) 13:38:25 0
ピョートルさえいなければ…

10: 世界@名無史さん 2005/09/05(月) 18:14:11 0
>>9
今頃バルト海はスウェーデンの海?

そういやスウェーデンで書かれた仮想戦記で、大北方戦争でカール12世が戦死し、ストックホルムがロシアに占領されてるという設定の小説があるらしい。

12: 世界@名無史さん 2005/09/05(月) 19:47:10 0
三十年戦争の頃、フィンランド人の兵士は
「ポーランド軍にタタールがいるようにスウェーデン軍にはフィンがいる」
といって恐れられたという。

13: アスラン・ザラ 2005/09/05(月) 22:49:31 0
あんなに強かったスウェーデンが没落した理由は?

19: 世界@名無史さん 2005/09/10(土) 01:51:33 0
>>13
「軍隊王」カール12世がド派手に戦って散ったあたりからだな。
国力は衰退するは、絶対王制でなくなり議会が力を持つが親ロシア派と親プロイセン派で揉めだすはで衰退。
「私は軍隊と結婚した」と世継ぎも作らず死んだため即位した妹のウルリカ・エレオノーラ女王は
「家のことも顧みず戦争ばっかしてんじゃねーよ、お兄ちゃんのバカ」と言いたかったことだろう。
でも、没落は言い過ぎかも。プロイセン・フランス・デンマーク・ポーランド・ノルウェーが外国に侵略されて一度は没落しているが、現在に至るまで独立を維持してそこそこの国でいるんだから。

200px-Karl_XII_1697


カール[12世]

カール[12世] 1682‐1718

スウェーデン王。在位1697‐1718年。15歳で親政を執り,1700年にザクセン,ポーランド,デンマーク,ロシアの攻撃を受けたため(北方戦争),まずデンマークを制圧した。次いでロシアをナルバで破り,翌年ポーランドに進軍し,06年に講和を結んだ。この間ロシアがバルト海沿岸のスウェーデン領を征服したので,再度ロシアに進攻したが,09年ポルタワで大敗してトルコに逃れ,トルコとともにロシア進撃を企てたが失敗,15年に帰国した。

ノルウェー攻略の要となるフレデリクスハルド要塞を攻囲中、カール12世は流れ弾に当たって落命した。


22: 名無しさん@そうだ選挙に行こう 2005/09/10(土) 20:57:37 0
>>19
ウルリカは文句を言うだけでなく犯行に及んだらしいよ。
なんでも最近の学説だとカール12世はウルリカの夫に暗殺された可能性が高いらしいから。
あと20年は戦争しようとうそぶくバカな兄貴を夫と共謀して殺害。
まんまと女王になったけど、夫に王位を奪われる。もちろん夫には愛人がいる。
そしてその後の王位は姉貴の家系へ、王朝は断絶。火サスか昼ドラだね。

200px-Fredrik_av_Hessen


フレドリク1世

フレドリク1世(スウェーデン語: Fredrik I, 1676年4月23日 - 1751年3月25日)は、スウェーデン王(在位:1720年 - 1751年)。1代限りのヘッセン王朝の国王となった。

1700年にブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世の娘で従妹にあたるルイーゼと結婚したが、5年で死別した。1715年にスウェーデン王女ウルリカ・エレオノーラと再婚した。スペイン継承戦争で神聖ローマ帝国軍に加わりフランス軍とシュパイアーバハの戦い(1703年)とカスティリオーネの戦い(1706年)で交戦したが、いずれも敗退している。

国王時代は全くの傀儡であったとされているが、即位以前はカール12世の義弟として、ウルリカ・エレオノーラの王配として隠然たる実力があったとも言われている。当時のスウェーデンは大北方戦争の最中であったが、ロシアとの勝敗は決していたため、フレドリクは強い反露感情を持っていたという。ノルウェーに固執するカール12世の行動は、親西欧派の立場を取るフレドリクにとっては脅威となりかねなかった。カール12世の死には暗殺説も取り沙汰されており、フレドリクの関与も疑われている。


30: 世界@名無史さん 2005/09/15(木) 23:05:43 0
やっぱ大北方戦争の意義は大だな。

バルト海への出口を押さえられてたら18世紀以降のロシアの大発展もなかっただろうし。
あと、スウェーデンの覇権が長引いたら、たぶんプロイセンの興隆もない。
むしろ、ザクセン(+ポーランド(+ウクライナ))あたりが、帝国内、引いては東中欧での存在感を高めたかもしれない。

大北方戦争(1700年 - 1721年)は、スウェーデンと反スウェーデン同盟(北方同盟)を結成した諸国とがスウェーデンの覇権をめぐって争った戦争であり、近世の北欧、中欧、そして東欧における重要な画期となった。


14: 世界@名無史さん 2005/09/05(月) 23:15:56 0
グスタフアドルフ
そうさ奴は強かった。強い騎士だった。
でも、その後の王たちはね、、、

18: 世界@名無史さん 2005/09/09(金) 17:32:07 0
デンマーク王国も一時期エストニアの北部を占領してた。

29: 世界@名無史さん 2005/09/15(木) 16:36:46 0
スウェーデンがアメリカに植民地を持ってた時代もあった・・・

97: 世界@名無史さん 2005/11/12(土) 02:13:57 0
>>29
デラウェア州

31: 世界@名無史さん 2005/09/18(日) 20:52:53 0
ノルウェーの影が薄いのは何でですか?

32: 世界@名無史さん 2005/09/18(日) 23:18:53 0
スウェーデンやデンマークの支配下にあったから

33: 世界@名無史さん 2005/09/19(月) 14:38:41 0
ノルウェーなんぞヨーロッパの僻地、ド田舎で漁業とフィヨルドしかないビンボ国。
影が薄くても仕方がない。もっとも最近は北海油田のおかげで石油成金になり「EUのような貧乏人の集まりに入れるかw」と態度がナマイキになった。

39: 世界@名無史さん 2005/09/20(火) 00:31:04 0
一応ノルウェーもアイスランド、グリーンランド、スコットランドの一部を支配して「帝国」だったこともある。短かったけど。

40: 世界@名無史さん 2005/09/20(火) 00:39:38 0
>>39
それいつの時代?なんていう帝国?

41: 世界@名無史さん 2005/09/20(火) 12:22:36 0
>>39
13世紀後半ぐらいの話だね。
でも、グリーンランドは、支配してたっけ?

42: 世界@名無史さん 2005/09/20(火) 22:36:59 0
帝国でググって色々調べていたけど、一般的にはデンマーク帝国とスウェーデン帝国が有名らしい。
デンマーク帝国はクリスチャン4世の頃、スウェーデン帝国はバルト帝国のこと。

44: 世界@名無史さん 2005/09/21(水) 13:34:19 0
中世の北欧諸国の軍事組織はどんなものだったんでしょう?
例えばフランスのような封建制はなかったと聞きますが。

46: 世界@名無史さん 2005/09/22(木) 00:32:38 0
北欧の中世は、~14世紀ぐらいまでだっけ?
デンマークのヴァルデマー4世がいち早く封建制を打ち砕いて、国民国家の基礎を築いた。これは封建制を導入した時期が遅かったにも関わらず、かなり早い封建制からの脱皮ということで、注目に値する。カルマル同盟によってデンマークの旗の下に、全北欧が統一され、めでたしめでたし、とw

マルグレーテ1世が度々用いたポンメルンの騎士団は、封建制の論理にドップリを漬かった振る舞いをしてたらしい。まあ、北欧じゃなくてドイツ諸侯だしね>ポンメルン

50: ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y 2005/09/27(火) 20:39:05 0
>>46
デンマークでは、レードゥング(海軍役)と呼ばれるものがあった(スウェーデン、ノルウェーのレイザングに相当)。
各大地区が1隻の船を拠出し、乗組員は小地区から奉仕してきた農民がなる。大地区は42の小地区からなるので、1隻当たり42人である。小地区は12軒以下の個別農場が集まったもので、しがって大地区は、最大42*12=502戸。各小地区からは4年に一度成人男性を船員に差しだす。
この制度は、北欧に起源を発すものではなく、800年頃のフランクに存在し、イングランドにも似たようなものが存在し、うちイングランドから導入されたと推測されている。

成立時期は、ノルウェーが最初に導入し、デンマークでは11世紀後半から12世紀初頭、体系が整ったのは13世紀という見方がある。スウェーデンでは13世紀にならないと文献に登場しない。北欧では、租税らしいものがなく、王の巡幸における歓待(ヴェイスラ)ぐらいしかなかったが、この海軍役を、代納というかたちで租税が誕生したとされ、このことが、中央集権化につながったとされる。

ノルウェーのレイザングでは行動範囲は王国領内のみという防衛に限っている。この範囲を越える遠征は、王と誓約による臣下と志願兵のみとなる。デンマーク・スウェーデンでは防衛に限ってはいないが、叙述史料からはノルウェーと同様だったとされる。


角田文衛、上田正昭監修、初期王権研究委員会編『古代王権の誕生 4ヨーロッパ編』
角川書店
熊野聰『北の農民ウヴァイキング 実力と友情の社会』平凡社
ヒ-スマン姿子『ヴァイキングの考古学』同成社

47: 世界@名無史さん 2005/09/27(火) 01:07:15 0

バルト語族って、地名や人名を見る限りなんかかっこいい名前が多いよね。
個人的には、へべれけに酔っ払ったおっさんがしゃべってるような言語のスラブ語族より、バルト語族やゲルマン系の人々に東欧やバルカン半島に広く分布してほしかった。スラブ語族はゲルマン民族大移動後の空白地やロシア、バルカン半島に瞬く間に広がっていったのに対し、バルト語族があの狭い地域からまったく移動しなかったのには、何かわけでもあるんでしょうか。

54: 世界@名無史さん 2005/09/28(水) 20:11:58 0
>>47
バルト人はかなり早くから移住してきた印欧語族で、北方十字軍であぽーんされるまで三千年ぐらいあそこにいたとか。その間に周辺の土地は後からきた民族のものに。

ちなみにプロシア人やクール人は船でバルト海に繰り出してスウェーデンやデンマークの沿岸を襲ってたらしい。
サガの中で主人公がバルト人に捕まって奴隷にされる話があるとか。

48: 世界@名無史さん 2005/09/27(火) 02:56:44 0
遊牧民族の襲撃を免れてきた地帯でもあるよね?
あの場所から追い出されることがなかったので民族移動の必要がなかったのかな。
バルト三国は深い森林が外寇から護ってきた観があるしね。

52: 世界@名無史さん 2005/09/28(水) 05:40:12 0
>>48
ヴァイキングとしてヨーロッパ中に移住しまくってたなような……
ところでVikingて今なんて表記してるんだろ?
バイキング?ヴァイキング?ヴィーキング?ビーキング?

53: 世界@名無史さん 2005/09/28(水) 16:44:33 O
Vikingの表記はViking.

現地での発音をカタカナで音写したのを知りたかったのなら、ヴィーキング。

55: 世界@名無史さん 2005/09/29(木) 23:20:40 0
二世紀のプトレマイオスの本に出てくるプロシア人の部族が十三世紀にまだ存続してたらしい。

58: 世界@名無史さん 2005/09/30(金) 00:56:09 0
デンマークのヴァルデマール二世は、エストニアに得ていた領土を足場にロシアへ大規模な十字軍遠征を行おうとした。
マシュー・パリスによれば、「デーン人がまたイングランドに侵攻しようとしている」と噂になるほど大掛かりな準備をしていたらしい。

59: 世界@名無史さん 2005/10/01(土) 20:18:16 0
ポーランドやリトアニアがバルト海に進出したことはありますか?

60: 世界@名無史さん 2005/10/01(土) 21:04:41 0
ポーランド=リトアニア連合王国の王ジグムント3世は、一時スウェーデン王を兼ねた。
もっとも、元々スウェーデンのヴァーサ王家の出だったが。

61: 世界@名無史さん 2005/10/02(日) 01:06:31 0
何故リトアニアはキリスト教の受容が欧州で一番遅かったのでしょうか。
リトアニアよりも欧州の中心から遠そうなフィンランドのほうが早くキリスト教化したと知ったときは結構意外でした。
周りをドイツ・ポーランド・ロシア・フィンランドといったキリスト教に国々に囲まれているんだから、北方十字軍が起こされる前にキリスト教化されてもおかしくはないと思うんですが、14世紀の末期まで改宗が遅れた理由とかはあるんでしょうか。

あとキリスト教を受け入れる前のリトアニアの宗教とはどのようなものだったのでしょうか。
詳しい方ご教授願います。

62: 世界@名無史さん 2005/10/02(日) 19:39:41 0
フィンランドのキリスト教化が早かったのはスウェーデンやロシアと近すぎたからでは。

リトアニアはプロシアやエストニア、ラトビアより内陸だったから、北方十字軍の侵略を受けるのが遅く民族を伝統宗教vsキリスト教の図式で団結させる時間があったのでは。
ロシアのポロツク公国とかも近くにあったけど、カレリアなんかと違って毛皮が取れる土地じゃないので侵略するメリットがなかった。

63: 61 2005/10/03(月) 02:01:29 0
>>62
なるほど、ありがとうございます。
フィンランド 12世紀
ラトビア   13世紀 
エストニア  13世紀
古プロイセン 13~14世紀前半
リトアニア  14世紀後半
このようにキリスト教化した時代に違いが出るのはやはり地理的な要因が関係してるんですね。

64: 世界@名無史さん 2005/10/03(月) 03:15:31 0
スウェーデンは、キリスト教を受け入れるはるか前からフィンランドに進出し、かつ、交流をもち続けてきたからね。
ヴァイキングにとっては、「海続き」の方が自然に行き来しやすいみたいだし。

65: カラジチ ◆mWYugocC.c 2005/10/03(月) 08:53:38 0
リトアニアとバルト海の間は沼地だったそうなので、交通の便が悪かったんでは……

66: 世界@名無史さん 2005/10/03(月) 10:22:52 O
>>65
ソレダ!

川さえあれば、余裕こいて大陸縦断やっちゃうヴァイキングさんたちも、沼地には勝てないか。
そういや、言語学的に見てもゲルマン系とエストニア人とは、接触はほとんど無かったと断定されているんだが、やっぱ原エストニア人の故地も陸の孤島だったのかな?

67: 世界@名無史さん 2005/10/03(月) 12:18:56 0
ドイツ騎士団がいなかったら、リトアニアはウクライナ経由で正教を採用してただろうか?
実際、採用してた時期もあるし。

69: 世界@名無史さん 2005/10/03(月) 19:13:14 0
>>67
ロシア人の臣下がかなり多かったしね。
そのためにキエフ府主教座まで作ろうとしてた。

88: 世界@名無史さん 2005/10/20(木) 15:52:24 0
アルフレート・ローゼンベルクはバルトの出身。
彼の祖父はスラヴ系のラトヴィア人。
生まれたのはレヴァルで、国籍からいえばロシア人。
こんな人物がナチのイデオローグになったんだから…

89: 世界@名無史さん 2005/10/20(木) 19:13:35 0
ドイツ観念論の祖カントもカリーニングラードで生まれたんだよね。

90: 世界@名無史さん 2005/10/20(木) 21:04:47 0
ケーニヒスベルクと呼べよ。

92: 世界@名無史さん 2005/10/30(日) 02:58:54 0
>>90
「王の山」という意味だが、これはドイツ騎士団を支援していたボヘミア王オタカル2世を記念して名づけられた。

93: 世界@名無史さん 2005/11/01(火) 09:21:57 0
ボヘミアといえばヤン王と組んでポーランドを攻撃したりしてた>ドイツ騎士団
たしか騎士団自体がヤンの後見下に入ったことがあったはず。

99: 世界@名無史さん 2005/12/05(月) 01:46:48 0
ハムレットって実在のモデルがデンマークにいたんでしょうか?

101: 世界@名無史さん 2005/12/05(月) 02:13:22 0
>>99
実在かどうかはわかりませんが、オリジナルの話はあったようですね。
12世紀に書かれた史書、「デンマーク人の事績」サクソ・グラマティクス、東海大学出版会に、アムレートという名前のデンマーク王として出てきます。
もっとも、「煩悶するお坊っちゃん」ではなくて、荒々しいヴァイキング戦士の典型のような描かれ方でしたが。

103: 世界@名無史さん 2005/12/11(日) 02:56:09 0
ハンザって、地中海貿易に比べると地味だよね。
入門書とかないし。

108: 世界@名無史さん 2005/12/17(土) 20:37:49 0
>>103
旅行ガイドもどきぐらいで、新書とか文庫とかなさげ。

ノヴゴロドのハンザ商館は、隔離されていて市内で取引することを禁止されていたりしていて、どっかの国の出島に似ているような気がする。

109: 世界@名無史さん 2005/12/17(土) 21:47:01 0
日本ハンザ史研究会 邦文文献目録
http://hansegroup.blogspot.jp/p/blog-page_9129.html

106: 世界@名無史さん 2005/12/14(水) 23:01:51 0
ヴァイキング時代終焉後のバルト海・北海って治安はなんぼか良くなったんですか?

111: 世界@名無史さん 2005/12/19(月) 09:54:54 0
>>106
バイキング時代終わった後はデンマークでは無名の王が続き、スウェーデンでは王朝自体が存在しなくなる。
独立農民や貴族が荒らしまわるのは十分可能な気もするが、、、

112: 世界@名無史さん 2005/12/21(水) 22:40:00 0
大フィンランド主義だと、カレリアもエストニアも入るそうだね。
人種的には近いのかな、蒙古班や蒙古襞はどうなんだろ。
また、言語的にはどうなのかな。

歴史的には後紆余曲折あったが.......
カレリアは、ルター派じゃないのかな。
エストニアは?

113: 世界@名無史さん 2005/12/21(水) 22:44:17 0
エストニアはルター派。

115: 世界@名無史さん 2005/12/21(水) 22:47:33 0
ラトビアも北ドイツ系の影響でルター派。
リトアニアとポーランドは一時ほとんどがカルヴァン派になったが、その後反宗教改革でカトリックに戻った。
南ドイツは一時ルター派が増えたが、その後反宗教改革でカトリックに戻った。

116: 世界@名無史さん 2005/12/21(水) 22:48:24 0
カレリアは正教会。

117: 世界@名無史さん 2005/12/21(水) 22:49:33 0
つまり北ドイツ系国家とスウェーデンとデンマークの支配を受けたところがルター派。

118: 世界@名無史さん 2005/12/21(水) 23:14:23 0
ロシアの修道士がサーミ人にも布教してたとか

120: 世界@名無史さん 2005/12/23(金) 14:07:52 0
サーミが完全にキリスト教に帰依したのが16世紀ころだと読んだ記憶ガス。

122: 世界@名無史さん 2005/12/31(土) 13:27:16 0
フィンランドが一大勢力を誇っていた時代ってあったけ

123: 世界@名無史さん 2005/12/31(土) 13:34:49 0
>>122
スラブ系が進出してくる前のウラル山脈以西のロシアはウゴル民族の独壇場だったが、せいぜいそれぐらいだろうな。

国としての最大版図は、WW2でスターリングラードでナチスが大敗する直前だろうな。

124: 世界@名無史さん 2006/01/04(水) 22:14:14 0
北欧三国の現国王って、イギリス王位の継承権があるんだね。

125: 世界@名無史さん 2006/01/04(水) 22:35:57 0
チャールズ皇太子のデンマークとノルウェーの王位継承権の方はどうなんだろう?
エジンバラ公は、ギリシア王のゲオルギオス1世(デンマーク王クリスティアン9世の子)の孫だ。
ノルウェー王家もクリスティアン9世の孫から始まっている。

126: 世界@名無史さん 2006/01/05(木) 18:01:17 0
閨閥を作って互いに継承権を持ち合うことで、断絶を避けている。

131: 世界@名無史さん 2006/01/10(火) 13:31:51 0
スカンディナヴィア半島にユダヤ人っていたんですか?
あまり聞かないような・・・

133: 世界@名無史さん 2006/01/11(水) 01:36:41 0
浅い歴史だが、WW2でスウェーデンが中立だったから、ユダヤ人が大量に流れ込んでるよ。

134: 世界@名無史さん 2006/01/12(木) 01:26:06 0
ヴァイキング時代の墳墓からハザールのコインや武器が出土してるらしいけど人間まで行ってたかどうかは知らない

135: 世界@名無史さん 2006/01/13(金) 23:29:30 O
カルマル同盟が続いていたら、ヨーロッパ史はどうなっていただろうね。
宗教改革では、ルターの最大の擁護者が北欧王家で、30年戦争では、北欧が団結して新教側について。

136: ひろっち ◆l5Ju6Ly8I2 2006/01/13(金) 23:31:44 0
間違いなく今のドイツに並ぶ以上の経済力持ってたと思いますよ☆
あくまでも今みたいに中立国家にならなかったらですけど。。。

137: 世界@名無史さん 2006/01/15(日) 18:50:15 0
スウェーデン(+フィンランド)陸軍だけでも、30年戦争で活躍して、バルト帝国まで登りつめたんだから、その上デンマーク=ノルウェー海軍も、味方につけば無敵だったろうね。

しかし、その後の大北方戦争で出る杭は打たれたように、統一北欧もロシア・ドイツ諸侯・ポーランドあたりに包囲される運命は変わらないような希ガス。
ロシアは単独でスウェーデンを撃破したが、統一北欧相手では、戦いが長引きそうだな。
ロシアが列強入りするのが1世紀は伸びたかも。

138: 世界@名無史さん 2006/01/20(金) 21:36:53 O
大北方戦争は統一北欧とロシアが泥沼化し痛みわけ。

舞台はナポレオン戦争へ。史実ではイギリスはデンマーク海軍を叩き、ロシアはフィンランドを制圧した。基本路線は変わらないだろう。
ナポレオンと統一北欧が手を組む組まないに関係なく難癖つけて挟撃の挙にでるだろう>英露
ピーンチ!どうあっても北欧の没落は避けられないのか?
ナポレオンが自ら滅ぼした神聖ローマ帝国の帝冠を手土産にナポレオン=北欧同盟を結ぶも、史実を覆すに能わず。

但し、ロシア帝国が手に入れるのはバルト三国まで。
デンマーク=ノルウェー艦隊もイギリス艦隊と互角の勝負。
海外の植民地は失わないかな?

142: 世界@名無史さん 2006/02/05(日) 19:18:41 0
エストニア人を5回訪問した感想
ほとんどの人は、人種的に完璧な北欧系の顔立ち、ごくまれに、ラップランド系とか、シベリアのシャーマンにつながる人たち藻見られる。北欧系の人は、白髪に近いプラチナ・ブロンド、年かさの少女は、ファッションモデルとして、西欧のリクルーターが狙っている。

143: 世界@名無史さん 2006/02/05(日) 22:16:12 0
昔のスカンジナビアはむしろ茶色がかった髪の人が多かったとか。

144: 世界@名無史さん 2006/02/07(火) 00:16:04 0
北欧と意外に接点が多かったのがトルコ。

大北方戦争もオスマン帝国をもっと引っぱり混めてればその後の展開は変わって来たろう。

引用元: ・北欧・環バルト海史


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