1: 世界@名無史さん 04/04/07 15:39
三国時代には腐るほど出てくるけど晋とか五胡になると、匈奴漢は別として、漢の末裔を称する人はでなくなりましたよね?
三国時代以後の漢の末裔を追いましょう








4: 世界@名無史さん 04/04/08 12:34
劉ついてればみんな末裔?
宋の劉裕なんかどうよ?

6: 世界@名無史さん 04/04/09 14:09
劉って名前だけで生きていた人がいるよね

8: 世界@名無史さん 04/04/09 21:40
劉備なんか名前だけで生きて偽皇帝にまで上り詰めた皇帝だろ?
日本で言えば徳川家康が源氏を称して征夷大将軍になれたのと一緒

9: 世界@名無史さん 04/04/09 22:50
南朝・宋の劉裕なんか、劉備以上に怪しいと思うが。

10: 世界@名無史さん 04/04/10 22:00
劉裕って漢の末裔否定してなかったか?

20: 世界@名無史さん 04/04/12 17:59
劉姓って劉邦以前はほとんど見ないし、それが大姓になってるんだから、劉氏であれば漢皇帝の縁者の子孫と見てもいいだろうし、言いもするのでは。

66: 世界@名無史さん 04/05/27 00:40
>>20
項羽のおじの項伯は劉邦から劉姓を賜っている。
こういう賜姓の例はそんなに多くないのだろうけれど。

23: 世界@名無史さん 04/04/13 13:23
劉家ってのはそんなに続いてるもんなのかね?
よく中国人で劉って名乗ってる奴が未だに居るけどどうなの?

24: 世界@名無史さん 04/04/13 13:55
劉裕の出身地の劉氏は一応みんな楚王の末裔だと言うことになっています。
もちろん本当にそうなのもいたでしょうし、騙りもいたでしょう。
で本人は「そんなのわかるか」と言う態度だった。
と何かで読んだことがあります。

25: 世界@名無史さん 04/04/13 22:34
あれ?
宋の国号を決めるとき、家臣が「同じ劉姓なんだから、漢を名乗っては?」と進言されたとき、「俺が漢の血統を継いでるわけ無いだろう!」と一笑したエピソードがなかったっけ?

32: 世界@名無史さん 04/04/15 19:22
あれ?漢の末裔を称していたなら、国号を「宋」にするのはおかしくない?
いくら建前でも、「漢王朝再興」は劉氏の悲願であるはず
劉蜀だって正式な国号は「漢」だし。
劉淵ですら「漢」を名乗ったくらいなんだから、大陸の南半分を治めている国の皇帝なら「漢」にするのが当然じゃないか?

33: 世界@名無史さん 04/04/15 19:31
五代十国の後漢、北漢は劉姓だけど匈奴系かなにかでしたっけ?
南漢はアラビア系かなにかだと言う説もあるみたいですね。
単に同性のよしみで漢?

41: 世界@名無史さん 04/05/03 02:38
>>33
北漢は南匈奴の嫡流なので、古くは代々漢皇室から嫁取りしてた単于の子孫。
母方でいえば漢皇帝の血をひいている。蜀漢・南朝宋・南漢より血は濃いかも。

44: 世界@名無史さん 04/05/04 10:30
ちなみに現在、劉氏は中国全土に存在しているが、山西省と安徽省の2ケ所に集中してとくに多い。
山西省の劉氏は北漢・劉淵の子孫、安徽省の劉氏は前漢の淮南王劉安の子孫

・・・と通俗的にはいわれているが、真相不明。

47: 世界@名無史さん 04/05/04 21:07
>>44
前漢中山靖王勝(武帝の異母兄弟で劉備の先祖とされる人)は、120人も子供がいたそうですから子孫もたくさんいそうな気がしますけどね。
劉裕は確か楚元王交(劉邦の弟)の子孫だと言われる地方の劉氏出身。
ただし本人は関係を否定だったかと。
それだと真偽どちらにしても劉邦の直系子孫ではないですね。

45: 世界@名無史さん 04/05/04 20:51
この前の歴史が動いたで劉邦の子孫を称する集団が居たが、本物かな?

47: 世界@名無史さん 04/05/04 21:07
>>45
死ぬほど子孫がいるはずなので本物の可能性も高いでしょうが、証明は困難じゃないでしょうか。

55: 世界@名無史さん 04/05/11 02:55
皇叔という称号は劉備だけ?

56: 世界@名無史さん 04/05/11 12:00
>>55
『演義』のみのはずだ。

58: 世界@名無史さん 04/05/17 04:52
皇叔という称号じたい実在したのか?

62: 世界@名無史さん 04/05/20 19:41
唐の時には皇太子でも皇太弟でもない皇太叔が実在していますね。
一般名として皇帝の叔父を皇叔と呼ぶことはありえたのでは?
劉備がそう呼ばれることはありえないでしょうけど。

73: 世界@名無史さん 04/08/25 02:37
前漢・後漢通じて漢室ゆかりの劉氏には労役免除など税制面の優遇があった。
だが、漢の歴史が400年近く続くなかで余りにも人数が増えすぎて社会問題にもなったほど。
劉備の場合、祖父が孝廉として登用されているのでその時に身分調査が行われたのでは?
また、正史を読む限り伯父から援助を受けるなどの一族にまつわるエピソードもあるから一応一族の共同体内にはいたのではないかと…。

75: 世界@名無史さん 04/09/18 15:21:06
>>73
そうすると、劉備の系図が朝廷の調査で本物だと判明したという話は演義のヨタ話じゃなくて正史に載ってる本当の話だったのか…。

79: 世界@名無史さん 04/09/19 11:52:40
>>75
正史自体にも中山靖王の子孫と書いてある。
ただ、途中系図が飛んでいて役人になった祖父の代まで途中の2・3代、空白になっているところもある。
ただ、正史が魏・晋を正統にして書いている以上、劉備が似非だったらそのことを書いた方が政治的に好都合な筈。
また、同時代の史書に劉備個人の所業を非難するものはあっても、劉備の系譜に疑問をつけたものは無かった筈。

81: 世界@名無史さん 04/09/19 13:00:54
>>79
>途中の2・3代、空白になっているところもある

『蜀志』先主伝には、中山靖王劉勝の子の劉貞が元狩六年(117B.C.)に陸城亭侯に封ぜられたが、酎金の不足により侯位を失い、子孫がその地に住み着いたとある。
しかしこれは『漢書』の記述と食い違っていて、『漢書』によれば、劉貞は元朔二年(127B.C.)に中山国の陸成県にて侯に封ぜられ、元鼎五年(112B.C.)に侯位を失ったという。
劉備が生まれたのが延熹四年(161)であるから、約270年前の話で、1世代30年と考えても劉貞から劉備まで8から9世代あることになる。

先主伝では劉貞の次に名前が出るのが劉備の祖父の劉雄であるから、劉貞から劉雄まで5から6世代は不明であって、2・3代どころではない。
庶人となった家系の300年近くあとの話だけに、言った者勝ちといったところか。中山靖王の子孫との話は、積極的に肯定も否定もできないと考える。

83: 世界@名無史さん 04/09/19 14:46:09
>>81
劉雄は官に就いているのだから、ある程度の身元確認がされていてしかるべきだろう。
劉備の生きていた後漢末期ほどは体制は揺らいでいないだろうから、劉雄が偽って漢の属尽であると主張するのは困難だと思われるが…。

85: 世界@名無史さん 04/09/19 16:10:27
>>83
劉雄は漢の属尽と偽らずに官途についた可能性は?

82: 世界@名無史さん 04/09/19 13:01:40
>劉備が似非だったらそのことを書いた方が政治的に好都合な筈。

『三国志』の作者陳寿は、旧主の国である蜀漢に一定の敬意を払って『蜀志』を書している。
積極的否定材料があればともかく、前述したように不明確なのであれば、分かっていることだけをそのまま書するのが陳寿の執筆姿勢に合致すると感じる。

>同時代の史書に劉備個人の所業を非難するものはあっても、劉備の系譜に疑問をつけたものは無かった筈

裴松之注は魚豢『典略』の「劉備は臨邑侯の末裔」とする異説を引いている。前漢には臨邑侯はなく、『後漢書』によれば、北海靖王興の子の復が臨邑侯に封ぜられたとあるので、これは中山靖王劉勝の末裔説を否定するものである。ただしこの記述の信憑性は低いとされる。

83: 世界@名無史さん 04/09/19 14:46:09
>>82
臨邑侯説を取るにしても劉備が漢の属尽であることは否定していない。

86: 世界@名無史さん 04/09/19 16:33:39
劉備より、劉裕の楚王末裔伝説を研究しないか?
なんで彼は楚王の子孫を称しておきながら、皇帝になったとたん急に否定し始めたんだろう

89: 世界@名無史さん 04/09/23 10:12:00
>>86
教えてくんで申し訳ないですが、劉裕は楚王の子孫説を否定したあと、誰かの子孫だとあらためて称したのですか?
それとも、先祖は不明だ(どっかの農民とか)といったのでしょうか。

90: 世界@名無史さん 04/09/23 18:45:18
>>89
特に誰の子孫も自称していないね。
項羽(楚の将軍の孫)や劉邦(赤帝の子孫)や司馬一族(河内の名族)みたいなもんじゃん?

87: 世界@名無史さん 04/09/20 01:56:44
途中でアホらしくなったんじゃないの?ふと我に返って。

91: 世界@名無史さん 04/09/23 19:03:39
後漢末は皇室と関係ない劉氏のほうがよっぽど稀少だとおもうが。

93: 世界@名無史さん 04/09/23 21:21:23
劉邦の一族以外のルーツを持つ劉氏は珍しいのでは?

95: 世界@名無史さん 04/09/23 21:42:10
あと、功臣に国姓を与えるということがすでにこの時代からあった。
項羽のおじ項伯がその1人だが、他にもいたはず。

97: 世界@名無史さん 04/09/23 22:47:35
>>95
『史記』『漢書』によれば

射陽侯 劉纏(項伯)
平皋侯 劉它
桃侯  劉襄
玄武侯 (不明)

の四名。劉襄の子は景帝の丞相の劉舍。

94: 世界@名無史さん 04/09/23 21:40:01
匈奴の王族が、漢帝室の婿ということで劉氏を名乗っている(僭称?)

96: 世界@名無史さん 04/09/23 22:17:44
匈奴が劉氏を僭称し始めたのは、劉淵の父親の右賢王劉豹からだね。
オフラの子供の。

ところで劉淵って、蜀の劉禅に「懐帝」というシ号を贈ってるんだね
やっぱり匈奴の出だけど、劉氏には敬意をはらってたんだろうな。

97: 世界@名無史さん 04/09/23 22:47:35
>>96
同時に漢の高祖以下の祖宗を祀っているので、漢の血統を継ぐのだという政治的アピールの一環でしょう。

99: 世界@名無史さん 04/09/29 21:41:18
劉姓の祖は劉累じゃないの

104: 世界@名無史さん 04/10/23 13:25:59
>>99
そうだよ

劉氏には二種類あって、帝堯の子孫である劉累、周の王室の新しい分家で子爵の劉氏(劉康公など)がある。
漢王室は前者。前者と後者はお互いに濃厚な婚姻関係を代々きづいてきたから漢王室は周王室の親類だよ。
文帝の祖母は魏の王女だし。


106: 世界@名無史さん 04/11/20 02:13:37
漢のじゃないけど 漢代に生まれたものの末裔としては張魯の直系が現代まで教祖やってて一番濃く残ってるよな
名前は天師道に変わってるけど

107: 世界@名無史さん 04/11/20 11:35:58
↑五斗米道ってのはあだ名みたいなもんで正式名称じゃない
正式には「天師道」じゃなかったとしたらなんて逝ったんだろう?

112: 世界@名無史さん 05/01/22 23:45:21 0
飛鳥大仏等で有名な止利仏師(鞍造止利)は日本に帰化した渡来人。元の名は司馬達等。
晋朝皇室の末裔、つまりは司馬懿の子孫だという説がある。

113: 世界@名無史さん 05/01/23 16:52:20 0
>>112
倭王武が派遣した司馬曹達は、司馬というのが官職で名前が曹達。
(開府儀同だから長史・司馬・諮議参軍という三役を設置している)

新撰姓氏録には曹丕や曹植の子孫の氏族がいる。

この曹達が曹丕か曹植の子孫で倭王に仕えていたのかも知れないね。

114: おぎまる ◆JJi5gOTcvk 05/01/26 21:49:48 0
>新撰姓氏録には曹丕や曹植の子孫の氏族がいる。

遼東公孫氏の子孫までいますからねえ。
ちなみに、曹魏王室の子孫には筑紫氏を称したものもいました。

115: おぎまる ◆JJi5gOTcvk 05/01/26 22:04:35 0
新撰姓氏録によると、後漢光武帝の末裔が下村主、章帝の子孫が高安造、霊帝の子孫が谷・丹波・坂上・山口・桜井・檜前の諸氏だそうですが、もしかするとハッカーと戦った下村氏は光武帝の末裔で、丹波哲郎先生や谷のよしくんは霊帝の末裔なのでしょうか…

116: 世界@名無史さん 05/01/30 12:45:06 0
>>115
丹波哲郎氏の家は、由緒正しき(宮中に仕えた医者の)丹波氏の直系らしいですから、家伝が正しいなら、まさしく漢帝の末裔ですね。

120: 世界@名無史さん 05/03/19 17:08:12 0
氏族ってかなりの眉唾だろ。眉唾の眉唾って…史書を調べれば分かる。
後漢霊帝には劉弁と劉協の二皇子しかいなかった。
東漢氏は霊帝の子孫を称しているが、劉協・劉弁の子孫とはいっていない。
つまり謎の第三皇子が登場するわけ。
劉弁は若いうちに董卓に殺されたので跡継ぎはなし。
劉協は魏に帝位を譲ってから、劉協の玄孫の時に胡族によって皆殺しにされたと史書に載っている。
つまり幽帝の子孫は存在しない

123: 世界@名無史さん 2005/03/23(水) 18:20:34 0
>>120
東漢氏は献帝(山陽公)の子孫じゃなかったっけ?
東漢氏の本家筋の坂上氏の系図ではそうなってたような気がする。

124: 世界@名無史さん 2005/03/24(木) 16:20:17 0
>>120が皆殺しになってるはずって書いてるじゃん。

125: 世界@名無史さん 2005/03/24(木) 20:32:10 0
>>124
だから、東漢氏の家伝では、生き残りがいて、日本に来たってことになってるんじゃないの?
平家の落人伝説みたいなもので。
あれも壇ノ浦で死んだことになっている武将の子孫と伝えていることが多いし。

126: 世界@名無史さん 2005/03/24(木) 21:47:27 0
どっちにしても眉唾なことに変わりはあるまい。

128: 世界@名無史さん 2005/03/24(木) 23:58:02 0
日本に来れば、先祖のことを確認できる奴なんていないから、詐称しただけだとおもわれ。
何処の馬の骨ともわからんよりは○○の末裔って名乗った方が有利だろうし。

130: 世界@名無史さん 2005/03/29(火) 22:01:50 0
日本に行って皇帝の子孫を称するのは
現代人がアメリカに行って、チンギスハーンの子孫を自称するようなもんか?

引用元: ・三国時代以後の漢の末裔