41ESQYY3APL


1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/03/31(土) 18:54:02.22 ID:Sl+eCT0z0
語りましょう








8: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/20(金) 19:28:32.16 ID:eS3OsKVqO
マグロは庶民が食べる安い食材だったらしい

4: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/01(日) 03:55:08.79 ID:Tzuln+MrO
犬食べてたってマジ?

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/02(月) 15:35:00.85 ID:TwxQerMG0
>>4
生類憐れみの令の唯一いいところは犬食文化は完全になくなった
たぬきは食うけど

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/21(土) 08:54:42.54 ID:tPiv8o6VO
>>5
これは嘘発言。
江戸のイカモノ屋には泥鰌などと共に犬を調理した記録がある。
日本における犬食の廃止は、明治からとされる。

6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/02(月) 17:10:58.81 ID:Jl2tXDGBO
そんなんで無くなるもんなんだね。
あんまり美味しくなかったのかな?
珍味的な扱い?

10: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/21(土) 05:04:12.37 ID:N2vum+mU0
>>6
中国系朝鮮人経営の店で犬を食ったことがあるけど、あえてもう一度食いたいとは思わなかった。
強烈なクサみはないんだが、肉の味は特にしない、脂ものっていない・・・
いや、肉に味はあったのかもしれないが、スープの香辛料に負けていた。
で、噛み応えはあったような。
熊肉よりはマシだし、不味くはないけど、うまいとも思えなかった。


12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/21(土) 10:52:29.74 ID:fQwLXSDu0
明治の書生という種族は、犬でも猫でも食ってたぞ

13: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/04/21(土) 11:25:45.52 ID:TA0pJ4bg0
書生=幕臣崩れ=反薩長=新聞小説書きという構図があるので、薩長の進める西欧化と犬食い禁止には、反発心が強かったのかも
だいたい薩長は当人達も江戸時代には守っていないわけで俺達にやらせる論理がない、というところでしょうか

17: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/18(金) 00:55:31.96 ID:+hbuJ+9o0
武田鉄也の「大砲が怖くて赤いきつねが食えるか」は、明治の書生の「薩長が怖くて犬猫が食えるか」のもじりだということを、みんな忘れている。
それで、「江戸は美しくて江戸時代には犬を食う蛮習なんて江戸では一掃されていました」なんて嘘をつく。
犬を食わなくなったのは、明治新政府の欧米風習移入からですよ。

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/19(土) 06:29:12.50 ID:afx3W7Pc0
薩長って薩摩なんか犬食いの本場じゃん

19: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/19(土) 09:44:22.36 ID:QwymXnYf0
薩摩だって江戸時代に洋服なんて着てませんよ。

明治新政府の西洋万能主義の中で、犬食いは江戸時代の蛮習扱いされ、>>18みたいな人々が、「薩長だって江戸の頃には食ってただろ」と食べるのを止めなかったわけ。

20: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/05/19(土) 09:49:17.62 ID:QwymXnYf0
そのため、明治以降も書生のバンカラ気質と呼ばれるものの中に、洋服は好まず、犬や猫を食って何が悪いか、などというものが見える。
明治新政府の西欧主義への反発なんですよ。

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/06/25(月) 17:23:53.84 ID:xIbFua3i0
>>20
ベクトルが妙な方向に向かった反動保守だな

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/05/20(月) 23:56:43.22 ID:djzhVTk80
犬は昭和50年過ぎても大型プラント工事現場ではよく食われてた
キジやハトも食われてたが、捕まえやすくて数の多い野犬が酒の肴になってたな
こういう施設の工事現場は基本的に町から離れてるから生鮮食料品が不足するんだよ。

同じ理由で昭和30年代までは全国の石炭鉱山採掘現場でも犬が食われてた。

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/01(火) 00:16:50.36 ID:L1iSHj530
誰かハヤシライスの本家争いに詳しい人・・・

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/04(金) 00:24:49.01 ID:kCGIFfNu0
精養軒:「ハッシュト・ビーフ・アンド・ライスの略。うちが元祖。」
丸善:「創業者、早矢仕有的が元祖。精養軒はマネ。」
…こうしてウィーンの「ザッハー・トルテ訴訟合戦」も顔負けの泥仕合が続いている。

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/08(火) 00:31:01.03 ID:rNvParwG0
昭和12年に特急「つばめ」の一等車(展望車)で出たコーヒーが本物でなく代用品だったと、オーストリア人が文句を言っていた。
輸入品はまだ足りていた時代のはずだが・・・???

37: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/26(土) 00:16:10.61 ID:s1ekOtF50
本当のコーヒーを淹れる事の出来た飲食店は昭和初期には少数派。
「カフェ」という単語は別の意味に(エッチな場所)に使われる事が多かった。
本当のカフェは銀座のパウリスタ(今でもある)など極く僅かだった。

38: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/28(月) 00:23:26.92 ID:FPdEFl1L0
幕末明治から大いに逸脱してすまんが、昭和18年くらいに荷風さんが
「戦争になったのでリッチモンドの煙草が買えなくなった」
「とうとうリプトンの紅茶が底をついた」
と嘆いている。
開戦直前までは「オリーヴの実の油漬け」なども入手できたらしい。

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/28(月) 19:17:46.99 ID:d5VbYTf10
そら、昭和以前ですらこんな具合だからな

1862
横浜に外人用牛肉店2軒。

1870
政財界人が競って牛乳屋を経営。

1872
明治天皇が肉食奨励のため「自ら膳宰に命じて」1月24日牛肉試食。政府は政策としてそれをニュースとして報じる。

1874
「村上開新堂」麹町に洋菓子店を開く。東京における洋菓子製造の元祖。

1899
缶ジュース初登場。

1900
北海道トラピスト修道院でホルスタイン牛を輸入。粉乳が育児用として母乳にまさると宣伝。

1903
家庭の肉料理に豚肉が普及。

1905
牛肉の需要が増大して価格が高騰。
1904年の10貫目14,5円が一躍25,6円に。「月刊食道楽」に西洋食料品、西洋台所器具の広告が相次いで登場。

1909
森永チョコレート発売。本邦最初の板チョコを生産。

1910
バターの生産量、初めて国産が輸入を上回る。

1913
「婦人之友」がパン食のすすめ記事掲載。森永製菓、日本最初の「ミルクキャラメル」発売。

1919
明治屋がコカコーラを輸入発売。

1923
学校給食が東京市で本格化。

1924
神戸が肉食消費地日本一に。概算で神戸市民一人当たり年間約9kg。

47: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/11/18(月) 00:40:50.79 ID:4UeDnELw0
>>38
荷風を読むと、明治後期(ふらんす物語)にはフランス語でわざわざ「コンフィチュール(煮つめた果物)」と注釈つきで書いているが、昭和(戦前)の断腸亭日乗では単に「ジャム」としている。
この40年くらいの間に、日本にも洋風の食材が急速に普及した事が分かる。

40: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/10/31(木) 00:19:34.11 ID:LBQgzFri0
牛乳配達の定着はいつごろかな?
戦後は浮浪児が早朝に配達されて置いてある牛乳をそっと盗んで栄養源にしていたらしいが・・・

91: 代理屋 2017/12/22(金) 20:39:23.79 ID:vWBi8MZM0
>>40
宅配牛乳は明治のはじめかららしい。↓web

《これは、千里軒といった運送業兼牛乳屋の話。玄関に袴をつけた番人をおいていた。牛乳を注文にきたお客は「遠路お気の毒ですが、どうか毎朝一合ずつお届けなすってください」といって、番人にお願いをしたというから、いかにも、もと武家である。
『牛乳と日本人』(吉田豊著、2000年、新宿書房刊)》

ちなみに戦前は、東京などで興真牛乳が人気でした。
ぐぐったところ創業は1906(明治39)年。
いまも「こーしん牛乳」として健在だそうで、そういえばどこかで見かけたことあった。

戦前、興真牛乳の広告は、木村伊兵衛など育てた花王の伝説の宣伝マン太田英茂氏が独立後創設した会社がやってたそうで。
(*多川精一『FRONT 戦争のグラフィズム』平凡社 頁25)

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/11/09(土) 22:38:44.85 ID:fE6w88coO
納豆は今と同じ様な食べ方だったのか?
かき混ぜて葱と辛子醤油で御飯に掛けて食べる。

45: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/11/10(日) 08:51:30.05 ID:eJHJJlJc0
江戸時代なら納豆は納豆汁で食うのが基本だよ
辛子は結構後だねぇ

46: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/11/10(日) 15:11:24.79 ID:kpgLu7R60
開国したあと外国奉行の下役たちが下田のハリスのところへ飯時に押し寄せて牛肉やハムをかっぱらっていたらしいな。

48: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/11/22(金) 17:10:21.44 ID:HKu31o4y0
この10年くらい、フランス料理のジビエ(野鳥獣)料理が根付いてきたけど、江戸期は「ももんじや」という野鳥獣を売る店が両国橋の袂にあったらしいね。
あと、ロバート・フォーチュンの日記に、上野(だったか?)に、野鳥獣を売る店があって、
その中には猿も売ってたと書いてあった。

51: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/01/31(金) 20:37:53.60 ID:UZQhrK5C0
焼肉も餃子も麻婆豆腐も唐揚げもみんな戦後生まれ
一体昔の人って一体なに食べてたんですか?焼き魚に豆腐に漬物とかだったんですか?

52: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/02/04(火) 10:18:15.60 ID:t4IGtPw20
江戸時代の庶民は一日二食でご飯に漬物

56: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/06/15(日) 14:27:04.06 ID:EJSGuSXS0
>>52
白米は山盛り

53: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/02/04(火) 19:37:31.89 ID:0XtlcqID0
後は納豆、菜っ葉、味噌

66: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/03/17(火) 01:13:31.52 ID:ykP9tTPN0
---細井和喜蔵「女工哀史」より、女工の一週間の献立-----

no title


飯は食い放題でした。

68: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/05/06(水) 06:18:32.85 ID:Teo7Ba5I0
>>66
塩分摂り過ぎやろ?

71: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/03(土) 04:27:30.65 ID:KYnZ1P/o0
>>66
おかずがなさすぎてたくあんだらけやないか
そんな中、大根 たくあんの意味がわからんわな

しかしみんながみんなそうじゃないだろうけど、こんな食生活でよく100まで生きれる人もいたもんだな

57: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/07/02(水) 00:11:16.29 ID:GFzey7r+0
まだ普通選挙ではなく選挙違反の概念もなかった時代。
候補者がヒイジイサンの家に迎えに来て、一緒に投票所に行き、帰りはそのまま人力車で上野の精養軒に招待されて西洋料理を御馳走になったという記録がある。

58: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/07/30(水) 00:47:41.01 ID:o4W0w/cU0
うちの箪笥の裏から出てきた家計簿(明治時代)には

no title

…となっている。
つまり西洋料理は蕎麦の10倍以上、天婦羅の3倍近くという事になる。
今でいえば1万円近くのフルコースという事かな?
60: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/07/30(水) 13:07:10.45 ID:IrWmhnar0
石油って何に使ったんだろう
ランプの灯かりとか?

61: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/07/31(木) 00:24:31.50 ID:OcEOvBKl0
比率としては大体現代と同じじゃね。
洗濯屋が少し安い気もするが(量にもよる)、ザル蕎麦を800円とすると、タクシー数区間で1600円、少し高い店の天婦羅のコースがお銚子2本くらい込みで4000円
特別な時のフレンチディナーに仏蘭西葡萄酒込みで11,600円
石油はやっぱり灯油かな? まだファンヒーターもクルマのスカイアクティブ(?)もなかった時代だから!

73: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/17(土) 18:23:03.95 ID:PF9Y0bL00
大日本帝国時代の食文化はわからないところがいまだに多いよな。
肉食がどれくらい普及していたのかなど。

74: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/18(日) 00:06:07.38 ID:XbarTyDT0
>>73
つい最近までその時代を生きてきた人が沢山いたのにね
こういう普段の生活に身近なもの程記録に残りにくいという好例

75: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/18(日) 00:16:32.38 ID:B1VnetJe0
明治の頃、うちの先祖は川でウナギを捕まえて食ってたそうだ
爺さん、婆さん談

77: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/18(日) 03:28:10.09 ID:QsbCfnRc0
西郷は豚骨、いわゆる骨付き豚肉を甘辛く煮たのが好物だったらしいね
今でいうスペアリブだね
昔から薩摩は豚肉の改良に熱心だったらしい

78: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/09/19(月) 17:19:11.31 ID:JNLLVGZt0
うちは明治の頃はウサギを育てて正月に〆て御馳走にしてた
ウサギの飼育は子供にやらせていたため
子供は泣きながらウサギ食ってたらしい

その反動で子供達が成人して親が隠居してからはウサギを〆る事はやめて代わりに鶏を〆てたが、孫達が首無しの鶏が走り回る姿を見てトラウマになったらしく世代交代すると鶏も禁止

79: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/09(月) 01:34:41.49 ID:pR5mOzwd0
上野に精養軒
銀座にオリンピック(スポーツじゃないよ、シアトルで修業したシェフがオレゴンのオリンピア山に因んで付けた)
海軍のコックがカレーを学んで除隊後に全国津々浦々に洋食屋を開いた。
ナイフは右手、フォークは左手を田舎まで誰もが出来るようになったのは、やっと高度成長の昭和30年代。

81: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/25(水) 12:14:43.05 ID:ZGL+Mbze0
>>79
ハイカラさんが通るでは武家屋敷に住んでいる旗本の子孫で陸軍少佐の娘という恵まれた家の紅緒がフォークとナイフの使い方を知らなかったよね。

80: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/01/09(月) 20:44:27.92 ID:eRENyjjH0
昭和30年代くらいまでは地回り品が大半だから、食卓にのぼる食材の大半は都市近郊で栽培された菜っ葉か、輸送が可能な根菜、キャベツ。
牛肉よりも豚肉が、豚肉よりも鶏肉のほうが高級品だった。
水炊きのカシワなど高級茶屋で食うようなものだった。大規模採卵やブロイラーがはじまったのも昭和30年代、都市化で近郊農地がどんどん宅地化されたのも昭和30年代以降。
おでんなんてのはコンニャクと豆腐とイモとアゲとはんぺん(ないしちくわぶ)くらいしか入ってなかった。戦後すぐの辞書には「おでんとはコンニャクの煮物」とある。

90: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/11/08(水) 00:50:03.83 ID:+xpvkUHj0
ラーメン屋はないんかいな?

93: 名無しさん@お腹いっぱい。 2018/02/05(月) 02:48:24.45 ID:ab8mcM5B0
>>90
現存する日本最古のラーメン屋
http://www.daikan-honten.com/
白湯醤油ラーメンですね。

95: 名無しさん@お腹いっぱい。 2018/02/05(月) 22:58:52.37 ID:QEdWw8ZM0
>>93

湯治、こんなに愛される料理になるとは想わなかっただろうね。

96: 名無しさん@お腹いっぱい。 2018/02/12(月) 18:05:33.99 ID:vofwyony0
1877年(明治10年)の写真です。東京の下町の女性達らしいですが、料理を作る所を撮らせてくれと写真家が頼んだ写真です。作っているのはごはんと味噌汁とほうれん草の和え物だそうです。

no title

98: 名無しさん@お腹いっぱい。 2018/03/28(水) 00:05:33.50 ID:UCQwqTOb0
>>96
味噌をすってるのがいいねw
自家製味噌をおかんが作ってたときはすってた

引用元: ・幕末・明治の食文化について





幕末単身赴任 下級武士の食日記 (生活人新書)
青木 直己
日本放送出版協会
売り上げランキング: 70,466