1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 09:16:00 ID:zEbaq/mi0
有名なのは魏の曹奐から司馬炎への禅譲








3: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 12:26:34 ID:jXZz1X/B0
定式化したのは王莽による西漢の簒奪からかな?

三度辞退するんだよね。

5: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 12:30:53 ID:A4EuH+9UO
実質的に作ったのは王莽
定制化したのは曹操・丕ってとこだな

15: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 13:38:30 ID:ROMixXGFO
伝説の時代だが堯舜も禅譲だな

9: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 13:03:23 ID:LMK2qeLx0
時代区分論との関係でいうと禅譲は中世特有の現象だという説がある(宮崎市定)

10: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 13:20:00 ID:jXZz1X/B0
宋代以降か、明代以降か、
権臣でも簒奪は難しくなったようだね。

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 14:04:21 ID:waYEVHO50
禅譲がなくなった理由は科挙制度が確立して貴族がいなくなったのと藩鎮の解体で兵権が皇帝に集中したことかな

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/29(火) 20:34:15 ID:Mo3M6hjg0
明代の権臣は、長く続いても、その仕える皇帝一代限りだからね。

16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/05/31(木) 16:16:36 ID:wbKZqcvQ0
もし宋朝が外敵の侵略を受けることがなければ、そのままずっと続いただろうか?

17: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/01(金) 22:26:10 ID:ZfeVrkFe0
>>16
莫大な人件費&軍事費の負担に耐え切れずに財政難→重税のコンボで民衆反乱で滅んだと思う。

21: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/19(火) 04:13:56 ID:vT3YLfQK0
禅譲が徳のある者に王位を譲るという本来の意味からいえば劉備→孔明なんか条件そろったのに
でも禅譲受けてたら忠臣とは呼ばれてないだろうな

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/19(火) 23:49:50 ID:XZd57zT30
>>21
劉備だって、もし諸葛亮が禅譲の申し出を受けていたら、即座に殺しただろうな・・・・・・

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/22(金) 02:09:48 ID:sK2XTSfe0
宋の太祖を裏切り者とか不忠義物とは思わないけど忠臣とは呼べないようなものだな

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/22(金) 09:27:35 ID:opXd99Qg0
忠義・・・・・難しいな
主君と政道どっちを建てるかで迷うだろうね
暗君だったら簒奪しちゃっても英雄だけど

28: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/23(土) 03:57:28 ID:o5ED9cLZ0
劉禅は凡君だけど暗君や暴君ってほどじゃないからな
帝位奪うには根拠が弱いよな

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/23(土) 08:12:19 ID:ZZx71k2uO
>>28
それは献帝に言ってやってくれ
李厳の発言なんかを見る限り、諸葛亮即位待望論があったのは多分事実

31: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/23(土) 23:00:43 ID:ycuBW3Xk0
もし蜀が天下とったら帝位は献帝かその子孫に返すんだろうか
それとも理由をつけて劉備家が世襲するんだろうか
どう考えても後者だろうから蜀は滅びたおかげで美しい忠義の国になれた

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/27(水) 09:20:07 ID:fVxa9HYQ0
後者にしても、献帝の子孫は厚遇されるべき

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/27(水) 09:52:42 ID:+Tlh0AtW0
魏だって、自分の一族よりはよほど厚遇しただろ

34: 劉邦 2007/06/27(水) 11:47:30 ID:nREH7iav0
献帝は山陽公となっても皇帝だった頃より境遇が良くなってる。
順運で晩年運開く人だからね。

35: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/27(水) 15:18:12 ID:VgP4iqZ70
劉邦さんの立場からしたら、一応自分の子孫なら、劉備系が取って代わってもいいわけなんかな?

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/27(水) 23:16:50 ID:E0CsM2qU0
家系の詳らかでない者で許せるはずはないかと。

38: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/28(木) 09:26:48 ID:RqUb1FYU0
劉備が漢室の末裔なのは明らかでしょう。
あの時代に勝手に劉姓を名乗って、堂々としていられるはずがない

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/28(木) 09:40:05 ID:yOLPy2lA0
でもそういうの何万人もいるよ

42: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/07/02(月) 00:01:32 ID:M6aXLGJN0
皇室の劉氏だと税の免除などの特典があるらしい
しかし当然ウソとばれれば一族処刑
それを考えると劉備が漢の一族って名乗ったのもあながち100%捏造とは言い切れない

73: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/14(火) 12:37:23 ID:baelLwuu0
初めの堯舜禹からして中国は禅譲の歴史だからな。
根本的に万世一系は無理か。

74: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/08/17(金) 09:25:24 ID:tMTLzFxh0
万世一系っていうのもそれはそれで異常だけどな

76: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/10/03(水) 00:06:44 ID:hToQX1tX0
形は禅譲、実は簒奪。
歴史上に禅譲の事例は数多くあれど、実質的にはほとんど簒奪でしょ。

77: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/10/03(水) 01:16:00 ID:FIvjLrXV0
まぁそうでしょ
簒奪して殺害がデフォ。
実際マジで禅譲しますよって君主燕王檜くらいじゃないかな。
こいつは馬鹿でもあるが、形式的には禅譲の理想型を行った。国は即おかしくなったが。

80: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/10/09(火) 23:59:36 ID:diUSvlkd0
本気で禅譲する奴は馬鹿としか思えない。

81: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/10/10(水) 05:54:01 ID:CrQupeOS0
劉備にあやまれ!

83: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/10/16(火) 14:52:14 ID:hIQykCx/0
>>81
劉備の遺言って、あれは絶対に本気じゃないよ。
もし諸葛亮が、皇帝になる意思を示していたら、その場で多分殺されていた。

85: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/09/05(金) 17:46:58 ID:zhiiwxbQ0
>>83
忠誠心を確かめるためのテストみたいなものだったんだろうね。

89: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/09/21(日) 17:31:01 ID:YsqvH2Gl0
>>81
あれ、結構本心だったと解釈したいなあ。
諸葛亮が本当に引き受ける可能性が有ると思ってたかどうかは別として、本心から息子が無能ならお前が取れって言った、と解釈しても良いんじゃないのかと。

あの時代のリーダーの価値観なんて分からんけどさ、現代人的に考えれば、もう自分は死ぬって状況で、意地でも息子に継がせたいと思うものだろうか。
そういう執着心が薄れるって状況は有るんじゃないかな。

たとえば荊州にいたころ、「荊州を奪え」と言われたのに「忍びない」と言って従わなかったのは絶対義理云々じゃなくて政治的計算も入ってるだろう、と思うけど
本当に死ぬ直前だったらそういう計算抜きになることも有るんじゃなかろうか。

93: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/09/29(月) 11:25:24 ID:VTN2UcG30
>>89
君が子に取って代われと言うのは別に子孫を誅殺しろとか言う訳でもないだろうしね。
なにより漢復興を考えるなら孔明の力は不可欠で、(もし子に能がなくそれがために賊臣はびこる状態で)職務を妨害されるなら、いっそ実質的なトップとして子を退けてでも事に当たって欲しいって事じゃないの。で、事が成ってから劉氏の中で有能な者を建てるかすればいいわけで。
もしかしたら、民が平穏に暮らせるのならいっそのこと諸葛氏に国を奪われても構わないとさえ思ってたのかも知れない。
復古的ロマンよりもより現実的な選択肢のような気もするけどなあ。

92: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/09/25(木) 03:06:40 ID:o0LuwoN50
つか、あの状況で劉備が孔明に言ったのはテストだったとして、分かりましたって言ったから孔明処刑したら、蜀崩壊だろ。
劉備がいくら氏ぬ直前だったからって、それくらいは分かる気がする

94: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/09/29(月) 11:53:59 ID:+PnNtxzz0
陳寿自身は「劉備は本気だったよ」と評してるし、古代の君主としては失格だろうけど、本気で国取られても良いと考えてた、と思っても良いよね。

まあ推測するしか無いんだけどさ。
劉備も諸葛亮が受けるわけ無いってくらいは判断できた気もするし。

97: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/09/30(火) 11:00:51 ID:dvScPh/K0
忠誠心を試すというよりは、
諸葛亮から「お前が国取れ」→「取りません」という言質を取ることによって後々の禅譲という形での簒奪を防ぐ、って感じじゃないかね。
まあどっちかというと、この発言自体が諸葛亮の禅譲に正当性を与えてしまいそうだから違うかね。

無粋な憶測かもしれんがね。

100: 名無しさん@お腹いっぱい。 2008/09/30(火) 19:48:43 ID:FvAJyaEk0
諸葛亮を信じてた場合
・本気で諸葛亮に国を取らせようとした
・自分の死後、諸葛亮に先帝のお墨付きという権威を与えるために敢えて言った

諸葛亮を信じてなかった場合
・忠誠心をテストした
・死後、簒奪できないように言質を取った

まあこれくらいかね、解釈は。

108: 名無しさん@お腹いっぱい。 2009/08/24(月) 22:52:53 ID:KFZ5TMmP0
簒奪ではない禅譲は尭→舜→禹を除けば柴宗訓→趙匡胤の一例のみ

112: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/02/09(木) 17:00:07.20 ID:w/ePqIKC0
何で趙匡胤を最後に禅譲が行われなくなったの?

113: 名無しさん@お腹いっぱい 。 2012/02/09(木) 19:58:43.46 ID:5wGi7U4O0
>>112
漢民族(南宋、明)と異民族(金。元、清)が興亡を繰り広げたから。

114: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/02/10(金) 01:43:14.79 ID:Q5Rt4DJr0
ただし清そのものは北元の大ハン位を伝国璽と共に譲られている。
とはいえ既に中原の政権でなくなって久しい北元の帝位だし、どちらかと言えばモンゴル諸民族への権威を獲得したと解すべきだけど。

引用元: ・禅譲について語る