1: 名無し三等兵 2006/11/08(水) 02:39:17 ID:olh1wLbA
シナ事変の時に、日本軍と八路軍が川を挟み激しい銃撃戦をしていた。
その時近くにいた村の少年が川に落ちてしまった。
両軍とも溺れる少年に気づいてはいるが、戦闘中の為どうにもならない。

少年はどんどん流されていく。
その時、見かねた日本軍の兵士が仲間の制止を振り切り川に飛び込んだ。

すると八路軍の銃声がぴたりと止んだ。
日本軍も射撃を止め、両軍が少年の救出を見守っていた。

少年の救出が確認されると再び両軍の激しい銃撃戦は再開された・・・。







395: 名無し三等兵 2007/05/27(日) 12:02:25 ID:???
ところで、握り飯に撃墜されたP51の話は何回出た?

401: 名無し三等兵 2007/05/27(日) 18:04:48 ID:???
>>395
kwsk

403: 名無し三等兵 2007/05/27(日) 21:07:38 ID:???
海軍の爆撃機が2機のP51に追われ、海面すれすれで逃げ回ったが、後方銃も打ち尽くし、もはやこれまでとなったところで銃手が弁当の握り飯を相手に投げつけた。
P51は得体の知れぬ黒い物を避けるため急旋回したところ、翼端が海面を叩きドボン。
2機目も同じ要領でドボンだったと思う。

405: 名無し三等兵 2007/05/28(月) 06:53:46 ID:???
>>403
お米の神様がよく罰当たりめ!と激怒しなかったの。

406: 名無し三等兵 2007/05/28(月) 10:25:03 ID:???
>>403
おにぎりは竹槍よりも役に立つのか、すばらしいw

407: 名無し三等兵 2007/05/28(月) 11:07:20 ID:???
パイロットとしては反射的にさけちゃうんだろうなぁ。
自機にむかってとんでくるものは。

409: 名無し三等兵 2007/05/28(月) 12:44:22 ID:???
アルミホイルに包んだおにぎりはりっぱなチャフです

419: 名無し三等兵 2007/05/30(水) 23:09:03 ID:39rV/ytq
場所は忘れたが、南洋の島にオランダ、イギリス軍を蹴散らして進駐した日本軍。緒戦で調子コイてる日本軍はオランダ、イギリス人よりも強圧的で、地元土人に偉そうにしていた。

しかし、田植えの季節になると、そのほとんどが百姓出身の日本兵は田植えが懐かしく、いてもたってもいられない。ついに「どけ!土人ども」と勝手に田植え、および田んぼの整備、米作りの指導をやりはじめる。


戦後、地元民は
「今まで色んな連中が支配者としてこの島にやってきた。みんな横暴な態度だったが、泥だらけになって一緒に田植えをしたのは日本兵だけだった」
と言ったとか。

522: 名無し三等兵 2007/06/27(水) 23:23:11 ID:SjjWwMUa
>>419
これは面白いな。欧米人ならぜったいヤラナイ発想だ

523: 名無し三等兵 2007/06/27(水) 23:43:13 ID:???
>>419って当時の宣撫工作じゃない?

420: 名無し三等兵 2007/05/31(木) 00:08:09 ID:???
シベリアに抑留されていた、ある日本兵。
手先が器用で、ソ連兵の持っていた機械やカメラを修理し、重宝されたことで待遇がよくなり、日本に生還することができた。

日本に帰ってからは大工で生計を立て、幸せな老後を送っていたのだが、あるとき、ソ連製カメラを日本に輸入していた業者と知り合い、1台のソ連製カメラ「フェド」と対面することになる。
「なつかしいなあ、よく修理したよ、これ・・・壊れてるの?ちょっと貸して」

シベリア時代を思い出しながら、フェドを分解していた元日本兵の大工氏、カバーを外したところで、はたと手を止め、流れる涙を止められなくなった。

分解しないと見えないカバーの裏に「昭和21年 xxxx」、自分が修理した記念に、鉄筆で書いたサインが残っていたのだ。
戦後数十年を経て、数万台が作られたというフェドの、自分が修理した中の1台が、海を越えて手元に帰ってきたのである。

そのフェドは今も、元日本兵の大工氏の手元にあるという。


427: 名無し三等兵 2007/05/31(木) 19:10:25 ID:???
>>420
ロシアカメラを趣味的に扱ってる人の本に載ってたエピソードだね。
現地でのカメラ買いつけはロシア美人がやってるとか。

468: 名無し三等兵 2007/06/09(土) 14:46:16 ID:???
>>420
感動すた d(゚∀゚)GJ!!!

453: 名無し三等兵 2007/06/03(日) 13:51:01 ID:???
パンツァーマイヤーことクルトマイヤー著「擲弾兵」より

その夜、ビューゲルザックSS曹長は変わった体験をした。
彼は人間には避けられぬ欲求を感じ、小さな納屋を訪ねた。
風の当たらぬところで、ゆうゆうと用を足しにかかった。
「しかし、運命とはわからぬもんですな。」
フリッツ・ビューゲルザック一人だけではなかったのだ。
目の前にソ連軍の少尉が座っていて、黙って彼に期間拳銃を向けた。
しばらく前からフリッツの『重大用件』を眺めていたのだった。
とにかく、われわれは悲鳴を耳にした。
懐中電灯で照らしてみると、ズボンを下げたままのフリッツが、口も利けずにソ連軍将校を指差しているではないか。
このときほど大笑いしたこともなかった。
相手もフリッツに差し出された煙草が実にうまかったのではないだろうか。

454: 名無し三等兵 2007/06/03(日) 16:57:47 ID:???
その後、ソ連将校はどうなったの?

455: 名無し三等兵 2007/06/03(日) 18:22:47 ID:???
>>454
その後のことは書いてないけどこの本のほかの事例とかを見るに将校は捕虜にして司令部に送ったんじゃないかな

あとロバート・キャパが北アフリカの取材で道中腹痛に襲われサボテンの木陰で用を足してさぁ行くかと立とうとしたら目の前にドイツ語で「警告!地雷原!」と書いてあって半べそになりながら近くにいた運転手に「工兵をよんでくれー!」といった
しばらくするとその運転手はイギリス軍工兵と「雑誌記者」を連れて戻ってきた

456: 名無し三等兵 2007/06/03(日) 20:13:51 ID:???
>>455
その話、ロバート・キャパだったのか。

458: 名無し三等兵 2007/06/04(月) 18:21:17 ID:fm+TpwJD
マイヤーはけっこうほのぼのとした話がありますね
英雄スレにも書いたのだけど
カーン防衛戦で敵の艦砲射撃が始まったので穴に逃げ込んだらいきなり挨拶されたので振り向いたら同じ穴にカナダ兵がいて砲撃がやむまで2人で見詰め合ってたそうな
砲撃がやんだらそのカナダ兵は自分の陣地の方へ歩いていったそうな

459: 名無し三等兵 2007/06/04(月) 18:41:41 ID:???
うろ覚えだけど用便ネタはよもやまシリーズにもあったな、用をたそうと茂みに入っていったら先客が立ち小便をしてたそうで 
どうだい調子は?的に話し掛けたら引きつった表情で振り返り 

ジャ、ジャップ?

く、くろんぼ? 
そこにいたのは黒人兵だったそうで、お互い戦う事も忘れお化けにでも遭遇したかのように悲鳴をあげて反対方向に走り去ったそうな。

469: 名無し三等兵 2007/06/09(土) 18:39:40 ID:ek5m0VpC
上の方でマイヤーネタがあがってたのでドイツ軍ネタ投下

オットーカリウスがティーガーに乗り始めのころの話
作戦会議が終わって自分の部隊に帰ろうと街道を車で走っていたがそこは渋滞の名所。そこでカリウスは車の先に幕僚旗をつけることにしたしかし最初はうまく進んだがやはり渋滞にはまってしまいそこで「本物」の幕僚に首根っこつかまれてしまった。

この話以外にもフランスで訓練中部下の寝床のために藁をもらいに農家へ、しかし農家は「お偉いさんの証明書がなくちゃやらないよ」と分けてくれない。そこでカリウスは証明書をもらいに司令部に行くが司令部はすでにもぬけの殻
なのでカリウスは「自分」で証明書を書いて藁をもらうがすぐに上にばれて怒られる。

そして東部戦線初期の頃カリウスのティーガーの乗員だったある伍長
蹂躙と体当たりが何よりも大好きな男
敵がこちらに気づいていないので素通りさせようとしているのに「撃てー」と何度も連呼しかたなくカリウスは撃つ羽目に。

484: 名無し三等兵 2007/06/12(火) 21:25:52 ID:???
ある満鉄「蘇家屯」駅の駅員氏。

終戦時の混乱の中でも、大きな駅だった蘇家屯では治安もよかったため、ソ連兵の略奪をまぬがれた満鉄支給のウォルサム懐中時計を、満鉄の思い出の品として、日本に持ち帰る決心をした。

しかし、日本への引き揚げ船に乗船する際、手荷物の内容は厳しく検査され、ものによっては中国官憲による没収もあり得たのだが、駅員氏、懐中時計を荷物に入れるのではなくしっかと左手に握り締め、荷物に気を取られていた中国官憲の目をかすめて、持ち出しに成功。

80年代に至っても、満鉄の支給番号入りウォルサムの懐中時計は、元駅員氏のもとで、1分の狂いもなく、時を刻んでいたという。

488: 名無し三等兵 2007/06/13(水) 10:26:03 ID:a54uzqKK
オットーカリウスネタ

オーストリア出身の乱暴者だった勇敢なツヴェティ曹長だけは無難ではなかった。
私たちが警戒態勢を解き、ソ連軍から死角となる高地の陰で物資の補給中まるで青天の霹靂のように飛んできた跳弾が彼に当たったのだ
彼は戦車の上に立って弾薬の積み込みを手伝っていた。
そして、命中を食らったのだ
よりにもよって文章では書きがたい体の部分に。
少なくともドイツの中年の人々なら、また、誰でも品位ある社会生活をしている人なら、彼の下腹部に当たったことというに違いない。
ともかく、私たちは爆笑した。
また、これが彼を激怒させた。
ツヴェティはこれまでの戦闘ではまったく無事だったが、この不運な負傷のため中隊を去らなければならなかった!

490: 名無し三等兵 2007/06/13(水) 13:48:25 ID:???
>>488
たまたまたまにあたっただけだろ? と野暮な突っ込みをしてみる。

492: 名無し三等兵 2007/06/14(木) 11:57:39 ID:???
ガキの頃うちの爺さんと風呂に入ったら爺さんに男の根幹がなかった
聞いたら大陸で破片くらって竿と袋をざっくり持ってかれたとか
負傷した部下すら叱咤するような厳しい班長がそのときだけは恐ろしくやさしかったっていうから笑えるけど
ちなみにその班長も無事に復員してよりによってうちの隣に住んでたんだが実に怖い爺さんだった


しかし三度もご奉公したくせに負傷がその一回だけだってんだから
>>490じゃないけど本当にたまたまあたったんだろうな
しかも未だに死ぬ気配ないし

493: 名無し三等兵 2007/06/14(木) 12:34:19 ID:???
>>492
禁欲は健康にいい、みたいな話をたまに聞くけど、もしかしてそのせいかな。

494: 名無し三等兵 2007/06/14(木) 13:51:07 ID:???
>>492
人生の楽しみのかなりの部分を奪われた、おじいさんに同情申し上げる
あと、おばあさんにも

596: 名無し三等兵 2007/07/05(木) 02:35:02 ID:???
23 名前: 名無し三等兵 投稿日: 2001/07/30(月) 23:13

私のおばあちゃんから聞いた話。

とある地方都市に住んでいたおばあちゃん一家。
おばあちゃんが町はずれに買い物中(昼間)に空襲になって、おばあちゃんは家族が心配で、なんと空襲下の町中へ走っていったと。
空襲自体は大したことがなかったので、幸運にも家族は無事だった。
私が「それおばあちゃんが危なかったじゃん?」と聞くと、「そうなんだけれどねえ。とっさになるとねえ」と照れ笑いしていました。

そんなおばあちゃんも、一昨年ガンで死にました。

597: 名無し三等兵 2007/07/06(金) 09:08:09 ID:???
おばあちゃま、無事でよかったね。当時は女学生?

当方の知り合いのおばちゃまも、女学生で勤労動員に出たとき、刈谷で単発機の機銃掃射受けて命からがらだったって。
映画の同様なシーン観ると、今でもゾッとすると。

598: 名無し三等兵 2007/07/06(金) 17:23:49 ID:???
実家の池を浚ったら、12.7mmの薬莢がごろごろ出てきたなあ。
警官だったじいさんが近所に落ちたのを拾い集めてまとめて捨てたと言ってた。
「見ただけで脚がすくむと、嫌がる人が多かったからねえ」とのこと。

599: 名無し三等兵 2007/07/06(金) 17:24:03 ID:???
ウチの亡くなった爺様も機銃掃射の経験があると言ってたな。
農家の長男で召集はされなくて農業の傍ら三菱で航空機の生産に携わってたそうだが、農作業中に何度かF6Fに襲われたそうな。
向こうも本気で当てる気がないのかヘタクソだったのか、適当にブッ放してすぐ消えるのでしまいにゃ慣れてしまったとか。
いかにも明治生まれらしく寡黙だが洒落っ気もあるカコイイ爺様だった。
今度久しぶりに墓参りにいってみるかな。

600: 名無し三等兵 2007/07/06(金) 17:47:55 ID:???
機銃掃射で田んぼにうちこまれて飛行機が去ったらうちの親父が火箸を持って田んぼに走っていってたそうだ。
ぷくぷく泡が出ていてすぐわかったそうで出来うる限り回収していたそうです。
終戦後に飛行場の近くの雑木林などに戦闘機などを隠していたが物資不足で付近の住民が車輪や布の部分などを引っ剥がして居たそうで、勝手に操縦席に座ってラダーの動きであそべたそうでうらやましい話。

604: 名無し三等兵 2007/07/07(土) 02:00:34 ID:lhlw0fwm
友達の家の田んぼに焼夷弾の不発弾が埋まっているということで、小学生の頃に馬鹿仲間と掘り起こしに行こうとして親に止められたが、今では田んぼは全て住宅地に変わっていた。
処理班が来た話も聞かないが、爆弾は今どうしているのだろう。

606: 名無し三等兵 2007/07/07(土) 09:07:09 ID:???
>>604
ほのぼのしねーよ!
ぞっとするよw
怪談の季節には早いよ!

610: 名無し三等兵 2007/07/07(土) 09:46:37 ID:???
小学生の頃、友人の家の玄関先に太さ2、3cmで六角形の細長い物がぶらさげられてた。
これは何かと聞くと婆ちゃんが、「うちの庭先に落ちて来た焼夷弾だよ。」って。
今思えば子弾の弾殻だったんだろうけど、当時は「爆発すんのかな?おっかねーな、オイ」って思ったし、飾ってあるのも不思議でしょうがなかった。

611: 名無し三等兵 2007/07/07(土) 10:55:10 ID:???
そういや家の親父、子供の頃自宅にあった焼夷弾をハンマーでガンガンぶっ叩いて壊して中身出して
火付けて遊んだって言ってたな
なかなか最初は火がつかないんだが発火点になって火が付くと勢いよく燃えて水ぶっかけても消えなくなるって言ってた

612: 名無し三等兵 2007/07/07(土) 12:10:30 ID:???
ばあ様が防火演習で焼夷弾の消化訓練をやったらしい。
本物の焼夷弾を使ってやったらしいんだが、なかなか消えぬといってたよ。

ばあ様はおしゃれさんだったらしく、その訓練にスキー用のゴーグル(レンズがガラス製)を使ってた。
訓練中に焼夷弾が弾けて火炎が散乱、怪我は無かったらしいが、ガラス製ゴーグルに付着した内容物でガラスが溶けてたそうだ。
空襲で爆弾(焼夷弾ではなく)を受けると一ブロックが吹き飛んじゃうんだよ。怖いよねえって言ってた。

他にも、銀座でOLやってたらしいが、東京湾であった観艦式の時に会社をサボって見学→ばれて上司に大目玉。
関東大震災を弟を背負って逃げ回る。
などの逸話がある。

そんなばあ様は90半ばでまだ元気。
8割以上自分の歯を残し、せんべいをバリバリ食べる。
いつまでも元気で居てくれ。

614: 名無し三等兵 2007/07/07(土) 23:48:33 ID:???
病院で入院中に仲良くなった同室のお爺さんから聞いたんだが、

終戦後すぐに友達と遊んでたら沖からB24が低空で飛んできて「でっかいなぁ~」とか思ってたらパッパッて落下傘が開いて裏山に墜落してきたとか。

村人は竹やり持って集まってきたんだけど、駐在さんが止めて海に落ちた搭乗員を助けに行き、陸にあげたらアメリカ人達は怯えきっててハンズアップしてたらしい。
その米兵達はMPが引き取りに来たんだが、機体はしばらく放置されててお爺さん達はレーションやらチョコレートやら食べ放題だったんだと。

友達は動力砲塔の機銃部分を山小屋に引き込んで隠してたり、山ほどあった機関砲弾を岩の間に挟んで信管を石でぶっ叩いて撃発させて遊んでる子もいたんだって。

退院してしばらくたつけど元気かなぁ。

628: 名無し三等兵 2007/07/09(月) 22:36:04 ID:???
今は故人となられた、俺の中学校時代の先生の話から。

終戦直後、授業が再開されて女学校に通っていた先生、帰り道、進駐軍の兵士に「ヘイ、ガール!」と呼び止められた。
逆らったら何をされるかわからないと思い、大人しく足を止めると、気がついたら数名の兵士に囲まれていた。

”これは乱暴されるに違いない、もう逃げられない”と、覚悟を決めていたら、「プリティガール、ナントカカントカ」と、かわるがわる頭をなでられた。
小柄な先生、年よりもずっと若く、というか、子供に思われたらしく、チョコレートを差し出され、思わぬおやつをもらって嬉々として帰った。

「プリティって言われたのはうれしかったけど、花の乙女を子供扱いとは失礼しちゃうわよね(笑)
でもね、あのとき進駐軍の兵隊さんの言葉がよくわからなかったのがきっかけで、今、こうして英語の先生になったのよ」

640: 名無し三等兵 2007/07/12(木) 13:22:53 ID:cYClQkfo
終戦時、海軍航空隊の飛行機の整備をしていた爺ちゃん。
戦争が終わってアメリカ軍がやってきて飛行機はスクラップになることになった。
しかしその飛行機(ゼロの21型だったらしい。古いのも残ってるんだな)は随分長く生き残った愛着のある機体。

基地の整備斑みんなで機体にお別れ会みたいなことをしたいので、米軍に引渡しは一日まってくれといったらしい。
けれども米軍はそれを認めず接収していった。しかし、米軍の士官に爺ちゃんだけ呼ばれた。
爺ちゃんは英語がある程度できたのでその機体が部隊で一番愛着をもたれていた幸運機(ずっと生き残った)である
ことを説明。すると米軍士官は、
「私は日本の航空隊の武装解除はすみやかにやるようにいわれているので、スクラップにすることをとめる権限はないし、一日待つ権限も持ち合わせていない。君たちの気持ちはわかるが無理だ」
といって爺ちゃんに話してくれたらしい。丁重な態度だったので爺ちゃんも基地の人たちもあきらめたのだが、スクラップするとこにおいてあるまま中々順番が回ってこずにしばらくずっとおいてある。
三日くらいおいてあったので(予定ではその日のうちにスクラップだったらしい)その間に綺麗にみがいて、パイロットもお別れをして、その後潰された。後から作業をしていた米軍に聞いたらなんと爺ちゃんと話した士官が「最後にスクラップにしろ」と順番を入れ替えたらしい。

驚いて御礼を言いにいこうとしたらその士官さんはすでに別にの場所に移動。いまだにその粋な計らいに礼をいいたかったのだがいえなかった。
と後悔したママ爺ちゃんもあの世に。しかし、なにも言わずに順番入れ替えた士官さんカッコイイ。

644: 名無し三等兵 2007/07/12(木) 22:57:26 ID:???
>>640
外資が長かったのですが、経験では良いアメリカ人はそんな感じです。
真摯に話をすれば、通じた場合、自分の権限内でベストは尽くしてくれます。
誇り高き軍人だったのだと思います。

646: 名無し三等兵 2007/07/13(金) 05:58:35 ID:???
婆ちゃんの話だが、庭で作業してたとき、通りかかった進駐軍の車がやおら停止して兵隊が興奮の面持ち降りてきた。

何事ぞ、まさか…と身構える婆ちゃん達。兵隊は何か話しかける。
ガクブルしながらもよくよく落ち着いて応対してみると、作業で使ってた「とうみ」とか「千歯こき」が珍しいんで写真に撮りたいとの事だった。

なーんだと言うことで、実演して見せたら大興奮でパシャパシャ。
さらには他の兵隊まで来て撮影大会の様相を呈したそうな。

「こんなもんの為に貴重な印画紙をつかうとはね~」ってのが感想だったって。

647: 名無し三等兵 2007/07/13(金) 08:45:10 ID:???
その兵隊さん、国で小麦作ってたんじゃないの?に一票

648: 名無し三等兵 2007/07/13(金) 13:41:44 ID:???
国に帰ったら売り込もうとしたに一票

650: 名無し三等兵 2007/07/13(金) 17:23:35 ID:???
今調べたが「千歯こき」は、江戸時代中期の発明、「とうみ」は中国の発明ということだ。
メリケンの眼には、エキゾチックに映ったんだろう。
国では、ジョンディア辺りのトラクター(田舎のコンバーチブルw)やコンバイン使ってたんだろうから珍しかったんだろう。

引用元: ・@@ 戦時中・戦場でのほのぼのとした話し3 @@